常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 エンジニアの事故記録】第十九話 ぼくのやりたいこと

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 バッチ殺しの取り調べが終わった後、石川に声を掛けられた幸一郎はノコノコと彼女に付いて行った。

(これはもしかして......告白?)

 幸一郎は彼女の後ろを歩きながら、一瞬、期待した。
 幸一郎が渚沙バッチのバグに気付き、勇敢にもそれを阻止したという与太話が、彼女の心に響いたのだろうか。
 よく見ると、石川の切れ長の眼は涼やかで、細面の顔立ちは上品な印象を与える。
 要は和風の美人と言うことだ。
 彼女を女という観点で再点検すると、一気に彼女候補へと立ち上がって行った。
 そう思い始めると、年上もいいなあなどと不埒なことを考え始めた。
 先程、小山から渚沙への再チャレンジのチャンスを与えられた幸一郎ではあったが、こちらの石川の方も捨てがたいと思うようになっていた。


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 二人は一階のドリンクコーナーに辿り着いた。
 他に誰もいない。
 そこには二種類の自動販売機がある。
 一つは、コーラやコーヒーなどが売られているノーマルタイプのものだが、もう一つは缶に入ったおでんばかりで埋め尽くされた電気街で良く見掛けるタイプのものだった。
 おでん缶が石川の手に握られている。
 幸一郎の手にはブラックコーヒーの缶が握られている。
 先程から二人とも黙って向かい合っている。
 石川の表情が心なしか硬い。
 メガネレンズが蛍光灯の光に反射して、その瞳が良く見えない。

 おでん缶は缶切り不要なつくりの物だった。
 素手で開けられるようにプルタブみたいなものが付いている。
 緊張に耐えられなくなった幸一郎は、一口コーヒーを啜った。
 苦味と酸味が程よく効いたブラックコーヒーが口いっぱいに広がった。
 少し緊張が溶けた幸一郎は、石川がおでんの缶をどうするのか興味津々で観察した。
 彼女はプルタブに指を引っ掛け、パッシュっと勢い良く缶の蓋を開けた。
 缶から串に刺さったおでんを引き抜き、先端から順に並んでいるコンニャク、ちくわぶ、大根を無言で平らげて行った。
 おでんを選択するのも変わっているなあと思ったが、まさかホントに食べるとは思わなかったので、驚いた。

(結構、天然な人なのかな?)

 黙々と食べ終えた石川は串を缶の中に放り込んだ。

「おでん......好きなんですか?」
「うん」

 ハンカチを取り出し上品な手つきで、口元を拭きながら彼女は答えた。

「結構売れてるんですよ。残業する人が夜食に買っていくから」
「へえ、わざわざコンビニまで行くのも面倒だったら、ここでおでん缶って言うのもいい考えですね。今度買ってみます」

 幸一郎は石川の性格をよく知らない。 
 取りあえず当たり障りのない受け答えをし、話を合わせた。
 だが、彼女の表情は硬いままだった。

(石川さんってどんな人か分からないから、何を話していいか分からないや......)

 取り調べの後、声を掛けられるとしたら渚沙か小山だろうと思っていたが、意外にもプロジェクトのDBAである石川からだった。
 幸一郎自身、彼女とは本番データベースの接続方法や、ORACLEのちょっとした技術的質問をしたときに言葉を交わしたくらいで、世間話なんてしたことが無い。
 ブロンズ情報システムの社員であり、小山や渚沙の三年先輩になるらしい。
 ORACLE Platinumの資格やデータベーススペシャリストの資格を持っているそうだ。
 この案件のデータベースも一から彼女が設計、構築、運用まで行っている。
 ベルルーノ株式会社の「婦人服通販・売上管理システム」で使用されている3ノードRACのORACLEデータベースは、幸一郎のやらかしさえ無ければ今日も平常運転していたはずだ。
 石川がデータベースに関してはかなりの手練れであることは確かだが、それ以外の彼女については知らないことだらけだ。

「あー、腹立つとお腹空くんですよね。私」

 幸一郎を睨みつけてそう言った。

「え?」

 悪い予感がした。

「大竹さん」
「はい?」
「あなたは、とんでもないことをした」
「えっ?」

 石川は真っすぐに幸一郎を見据えた。
 ただ怖いと思った。

「あなたはデータベースを冒涜した」
「えっ!?」

 「冒涜」と言う重々しい単語を聴いた瞬間、幸一郎は衝撃を受けた。
 一瞬、声の主が何でそう言ったのか意味が分からず、自分の中で反芻した。
 そしてようやく理解した。

「テーブルを削除したことですか?」

 声が震えているのが自分でもわかった。
 それは石川の形相が鬼のようになっていたからだ。
 刹那、怒りの声が地を這うように響き渡った。

「もしも、削除対象のテーブルを間違えたらどうするつもりだったの?」
「す......すいません......」
「データベースにはデータというお客にとっての大切な資産が詰まっているんです。それは削除すれば二度と取り返しがつかないものなの。まあ、厳密にはバックアップから戻すけれど、その間、業務が止まるわ。それだけ脆くて大切なものなの。分かる? だから遠隔地にデータセンターを作って......」

 言葉の端々から伝わるデータベース愛。
 石川にとって自身が作成したデータベースは子供のようなものであり、聖域なのだ。
 その聖域を土足で踏み荒らされたことに対する怒りを、闖入者である幸一郎にぶつけているかのようだった。
 彼女の説教を聞きながら、幸一郎は恐れおののきながらも少々落胆していた。

(なんだ。告白じゃないんだ)

 それから石川の話は延々と三十分ほど続いた。
 話はデータベースの話から宇宙の話へ行ったかと思うと、人生の話になったりした。
 どんどん饒舌になっていく。
 そして、どんな話も最後はデータベースに行きつくのだった。

「......と言うわけで気を付けてね」
「はい」

 幸一郎は石川を見て思った。
 自分もこれだけ好になれるものを見つけたいと。
 高校時代は空手がそうだったが、それを辞めた今、自分には石川のようにこれだけ打ち込めて愛せる対象があるだろうかと思った。
 自分はプログラマとして、プログラムを作り、それが業務画面やバッチ処理と言う形で世に送り出される。
 顧客がそれを実際に活用し、業務を効率的に回し売り上げを伸ばし、そして社会の役に立つところを見るのは誇らしい。
 何より、実際にシステムを使っている時の顧客の満足げな表情を見た時は、この仕事の素晴らしさを感じた。
 だが幸一郎はこの業界で自分が本当にしたい仕事が何なのか、まだ分からなかった。
 プログラマと言う仕事は楽しい。
 だが、それが本当にしたいことかと言うと疑問だった。
 楽しいこととやりたいことは別だった。
 将来に渡って、今後十年、二十年、プログラマを続けたいかと思うと、自分には難しいと思った。
 何より徹夜で働くことは年を追うごとに辛くなるだろうし、次々に出てくる新しい技術にも着いて行けるか不安だった。
 情熱を持続させることが出来るかどうかという問いに対して、自分の中で答えが出せないでいる。
 就職して五年目だ。
 小山や渚沙のように管理者を目指したほうがいいのかもしれない。
 今の自分の立場ではそのチャンスはなかなか来ないのだけれど。
 だから、たまに転職サイトを見ることもある。
 それよりも管理者になることが自分のやりたいことなのかも疑問だった。
 目の前にいる石川は、どういう過程でデータベースエンジニアになったのだろう。
 初めからデータベースと戯れることが好きだったのだろうか。
 やっているうちに好きになったのだろうか。
 幸一郎は彼女に対して、尊敬の念と羨ましさがない交ぜになった複雑な感情を持った。

 一しきり喋り終え一息ついている石川を見て、取りあえず解放されるだろうと幸一郎は安心した。
 だが、彼女は一言付け足した。

「私は騙されないわよ」

 石川は幸一郎の目をしっかりと見つめ、そう言った。

「どういうことですか?」

 幸一郎は本能的に何のことだか分かり、しらばっくれた。

「テーブルを再作成して、表領域を勝手に移動させるのは、やめてね」

(やっぱ、バレてる!)

 DBAである彼女は状態監視と称して、日々、データベースから様々な情報を取得していた。
 その中には、テーブルの状態、つまりはその容量、そして格納されている表領域も含まれていた。

「売上履歴データテーブルの昨日の状態と、今日の状態を比較してみたの。そしたら配置先の表領域がUSERSからGYOMU_DATAに変わっていた」
「あ......ああ......ああ」

 その観点から攻められては、幸一郎にとって言い訳のしようも無かった。
 自分はやはり逃げきれないと観念しかかった時、ふと、こう思った。

(じゃ、なんでさっきの取り調べの時、この調査結果を発表しなかったんだ!?)

 幸一郎の思いを見透かしたかのように、石川はこう言った。

「吉田課長がいるあの場では、敢えて言わなかった」
「え?」
「君と小山君が口裏を合わせて、何かを隠しているのは分かってる」
「は......はひぃ......」

 呂律が回らなくなるほど動揺していた。
 石川は先ほどの取り調べで配られた顧客への第一報を取り出した。

「ここをよく読んでください」

 彼女が指さした先にはこう書かれていた。
 
『現在、売上履歴データテーブル(URIAGE_RIREKI)は存在しているので、[ORA-00942: 表またはビューが存在しません。]が発生した原因は調査中』

「おかしいと思いませんか?」
「え?」
「さっきの会議で小山君は、君が水谷さんのバッチを停止させるためにテーブルを削除したって言ってました。それを聞いた時、私は矛盾してると思ったの」
「あ......」

 幸一郎は、小山と自分が抱えている矛盾に気付いて思わず声を上げてしまった。

「テーブルが削除された理由を知っている小山君が、何でこんな第一報を書いたの? 君がバッチのバグに気付いてテーブルを削除したことを知っている小山君が、何で何も知らないかのように水谷さんと調査を行ってたの? 第一報が提出された後、本当の理由を隠すために君と小山君の間で何かやり取りがあったんでしょ?」
「ああ......」

 石川の予測がずばり的中していたので、幸一郎は何も言えなかった。

「というのは全部、状況から推測しただけです。君と小山君のやり取りが何らかの形で残っていればいいけどそんなものは無いから、真実はどうなのか何とも言えませんけどね。まあ、吉田課長がこの矛盾に気付いていないのは運が良かったですね」

 返事のしようも無かった。
 
「何も言えないってことは、ズバリってことかな。まあ、それはいいとして。早く小山君に私が今話した矛盾を伝えてあげて下さい」
「え?」
「吉田課長がその矛盾に気付いて、私が君にしたようにカマをかけて来たら......小山君は言い逃れ出来るかしら。君にも不利なことになると思います」

 確かにそうだと思った。
 敵だと思っていた石川が、味方に見えた。

「私が指摘すると、彼は皆にバレたと思って動揺するかもしれないので、君から伝えてください」

 細かい気遣いまで見せてくれた。
 そんな石川は自分に掛かって来た電話に出ている。

「ちょっと、本番データベースサーバでCPU閾値超過の警告が上がったらしいので、見て来ます」

 彼女が何故、自分と小山を助けようとしているのかが疑問だった。

「あの......」

 ドリンクコーナーから出て行く石川に、幸一郎は思わずその疑問を投げ掛けようとした。
 石川はピタッと立ち止まりこう答えた。

「小山君を不利な立場にしたくなかったから」

つづく

Comment(2)

コメント

コメダ

いつも拝見しています。

ここまでダメダメで後ろからハイキックかましたい主人公も珍しいですね笑
男としてもビジネスマンとしても小山に遠く及ばない幸一郎は、ここから巻き返せるんでしょうか。

湯二

コメダさん。

コメントありがとうございます。
読んでいただきありがとうございます。

なんだろう、懲りないというか、バカというか、性根を叩きなおしてやってください。
見捨てられないように、少しでもマシな人間になる様な話にはしたいと思ってます。

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