常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 エンジニアの事故記録】第十八話 都合のいいストーリー

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「テーブルを削除したのは、大竹君です」

 A会議室に入って来るなり、小山はそう言った。
 左手には設計書の束を持っている。

「くっ......」

 幸一郎は小さく呻いた。

 ショックで一瞬、意識を失った。
 その間、「全宇宙の生き物が猫になる(※1)」という意味不明な妄想が頭に浮かび現実逃避し掛かった。
 だが、意識はすぐ現実に引き戻された。
 震えを止める為に、膝の上に置いた拳を握りしめた。
 渚沙が小山と幸一郎の方を交互に見ている。

「それはどういうこと?」

 吉田課長は小山に問い掛けた。
 小山を犯人にしたいであろう吉田課長の声は、硬い響きを持っていた。

「これを見て下さい」

 小山は吉田課長の向かい側の席に座ると、ダブルクリップで止められた二束の設計書を、卓の真ん中に置いた。
 それは、
  「売上データ蓄積バッチ」の設計書
   ※設計:小山、プログラム作成:幸一郎
 と、
  「売上分析バッチ」の設計書
   ※設計:渚沙(一部、小山の指導有)、プログラム作成:渚沙
だった。

 小山は「売上データ蓄積バッチ」の設計書を指し、こう言った。

「昨日の23:00に大竹バッチが実行され、売上履歴テーブルにデータが無事に入りました」

 それは一同、周知の事実なので意見は出なかった。
 渚沙が小さく頷いている。

「大竹バッチは23:15に完了しました。その5分後、23:20に水谷バッチが実行されました。ですが、売上履歴テーブルが存在しないのが原因ですぐに失敗しました」

 その事実も、ここにいる全員知っている。

「存在しないということは誰かが消したということになるのですが......それは先程も言ったように、そこにいる大竹君が売上履歴テーブルを削除したからです」

 幸一郎は自分を指してきた小山のその指を、折り曲げたいと思った。
 先程、喫茶店で本当のことを小山に告白し、助けを請うた自分を悔いた。

「どういうことだね? 大竹君」

 吉田課長が問い掛けて来た。
 その様子を、眉間にしわを寄せた渚沙が下唇を噛み締めながら、じっと見ている。

「どうして?」

 その渚沙が小さく絞り出すような声で、幸一郎に向かって言った。
 眼には涙を浮かべている。
 バッチ殺しの容疑者として、渚沙が幸一郎を疑っているのは誰が見ても明らかだった。
 被害者である渚沙の声を聴いた幸一郎は、初めて自分の行ったことを、ここにいる全員、いやプロジェクトメンバー全員に詫びようと思った。
 今まで自分の立場のため、そして渚沙に嫌われたくない一心で、自分の行いを隠し通そうとして来た。
 だがそれも小山の告発で水の泡となった。
 そして、第三者の突き上げがあるまで本当のことを言おうとしなかった自分に腹が立った。
 醜くいとさえ思うようになっていた。
 サッサと本当のことを言って謝罪することで、そんな自分を切り捨ててしまいたい。

「ええっと、ですね......」

 幸一郎が本当のことを言おうと口を開いたとき、吉田課長が被せるようにしてこう言った。

「ちょっと待て。小山、君は何で大竹君が犯人だって分かったんだ?」

 どうも吉田課長は、小山を犯人に仕立て上げたいらしい。
 よっぽどこの部下が自分にとって鬱陶しいのだろう。

「それを説明しにここに来たんです」

 小山は一つ咳ばらいをすると、皆を見渡し口を開いた。

「大竹君は昨日の夜、水谷バッチにバグがあることに気付いた。だから、テーブルを削除することでわざと水谷バッチを停めたんです」

 新たな事実に、会議室の空気が変わった。
 先程まで幸一郎という船は難破仕掛けていたが、潮目が変わったことで陸地に向かって進みだした。
 吉田課長はじっと小山を見つめている。
 渚沙も小山の方を見ている。
 石川はテーブルの真ん中に置かれた設計書の束を見つめている。
 謝罪しようとした幸一郎は、じっと小山の次の言葉を待った。

「設計書の、ここを見てください」

 小山は「売上分析バッチ」の設計書をパラパラとめくった。
 開いたところには、彼が調査した時に書き込んだであろうメモが朱書きされていた。

「水谷、売上分析バッチは、売上履歴テーブルからデータを取って来て顧客別に幾ら使ったか集計する機能があるだろ?」
「うん」
「その集計した結果から、売り上げが一万円以上の顧客を上得意テーブルに入れる処理は覚えてるよな?」
「うん」
「それが間違ってたんだ」

 小山はその処理について書かれた部分を指さした。
 
「売上が千円以上の顧客は上得意テーブルに格納する」

 設計書にはそう書かれていた。

「千円......」

 目を見開いて設計書を確認した渚沙は、ハッと驚いたように声を上げた。
 顔が青ざめている。
 自分の作成した設計書が間違っていた。
 その設計書を元にバッチを作り、それがバグを含んでいたことを、ここで初めて知った。
 渚沙の唇がわなわなと震えている。

「本来なら売上が一万円以上というところを千円以上という条件で処理をしていた。そうなると上得意テーブルには本来なら格納され無い顧客のデータが入ることになるんだ。これがどういう意味か分かるか?」

 渚沙の顔を真っすぐ見ながら小山はそう問い掛けた。

「あ......あ......ええと......」

 渚沙は、気を紛らわそうと手に持ったペンを手遊びするようにいじり出した。
 明らかに答えに窮している。
 被害者面して幸一郎のことを攻めていた自分が、実はその幸一郎に助けられていたということを知った。
 幸一郎に会わす顔が無いという恥ずかしさからか、顔が真っ赤だ。

「ダイレクトメールや割引券は上得意テーブルに格納された顧客を対象に送付される。だけど、条件が千円以上だと一万円以上の時と比べて、その対象者が想定した人数の十倍以上になるかもしれないんだ。もしも、バッチ処理が無事に完了していたとしたら......今日中に上得意テーブルに格納された顧客にダイレクトメールが送付されていただろう。本来は送付されるはずのない顧客にもな。ベルルーノにとっても印刷代や送付代で沢山の費用が掛かることになる」

 想定される障害、そして損害について小山は語った。
 渚沙の表情は赤から、今度は青くなって行く。

「水谷バッチのバグを、昨日の夜に気付いた大竹が俺に相談したんだ。それで売上履歴テーブルを削除するという強引な方法で対応することを承認した」

 ここで石川が初めて設計書の束から視線を上げ、小山を見つめた。
 「テーブル」という言葉が耳に入ったからだろう。
 データベースに関わることは、DBAとして聞き捨てならないのだ。

「テーブルを消したことは謝る。だが、とにかく時間が無かった。だから大竹もこんな方法しか思い付か無かったんだ」

 小山は渚沙に頭を下げた。

「......と言うことは、売上分析バッチで不正なデータを作り込むのを防ぐために、売上履歴テーブルを削除したんだな」

 幸一郎に確認するため、吉田課長がざっくりとまとめた。

「は、はい」

 幸一郎は頷いた。
 皆に謝罪しようと思っていたが、小山の思わぬ助け舟で真実を語ることが出来なくなってしまった。
 やはり小山は幸一郎の味方であり、どこまでも借りを返すつもりなのだと再認識した。

 結果的に、幸一郎は渚沙のミスをバッチ殺しで防いだことは事実だ。
 それは渚沙を助けるために行った訳では無い。
 我が身可愛さでテーブルを削除し、結果的に渚沙バッチのバグを防げただけだ。
 それを小山が上手いこと、幸一郎が渚沙を助けたというストーリーに仕立ててくれているのである。
 先程まで小山に真実を話したことを後悔していた幸一郎だったが、この思わぬ追い風に真実を語る気持ちは薄らいでいった。
 何よりここで真実を語れば、借りを返そうとしている小山に恥をかかせることになる。
 そう思うと、幸一郎はその口を真一文字に閉じた。

「これしか方法が無かったんですか?」

 石川が初めてここで小山に問い掛けた。

「すいません、本当に切羽詰まってて......私も大竹君の思い付いた方法しかないと思ってしまいまして......」

 幸一郎は石川の視線を感じた。
 DBAという役割からだろうか。
 この女はデータベース以外のことにはあまり反応しないが、ことデータベースの話題になると何かと敏感に反応を示す。

「水谷」
「......なに?」

 小山から突然呼びかけられた渚沙は、ビクついた。
 彼女の目はまだ泳いでおり、表情は真っ青だ。
 自分に非が無いと思い参加したこの集まりで、まさか当の自分が元凶だったという事実に気が動転しているようだ。

「大竹にお礼を言うんだぞ」
「う......うん」

 渚沙はそう言うと、幸一郎の方を向いて、

「ありがとうございました」

 と、頭を下げた。

「は、はい」

 彼女のお礼を受けた幸一郎は、心の中で小山を称えた。

(小山。ありがとう!)

 彼は借りを返そうとしている。
 幸一郎はそれを利用としている。
 それを知らない小山は、このピンチを幸一郎のチャンスへと変えてくれた。
 小悪党だった幸一郎は一転、渚沙にとってのヒーローになった。
 吉田課長は小山が犯人で無かったことが判明したことで、落胆しているようだ。
 肩を落とし、フーと溜息をついてこう言った。

「とりあえず会議室を明け渡す時間だから、ここはひとまず終わりにしよう」

 そして、渚沙、小山、そして幸一郎に顧客への第二報の作成を依頼した。
 会議室を出ようとする小山の無言の背中を、幸一郎は感謝の念を込めて見つめていた。
 その小山は幸一郎の方を振り向くことなく、右手でサムズアップして見せた。

(お前......)

 幸一郎は胸が詰まった。
 客観的に見ればこれで小山もある意味、共犯者とも言える。
 その共犯者を得て、幸一郎の行いは完全犯罪となった。
 ただ、ただ、この小心者の犯罪者は同級生に感謝するだけだった。

 軽やかな足取りで幸一郎は会議室から出ようとした。
 その背中を、誰かがトントンと叩いた。

「大竹さん、ちょっといい?」

 振り返ると、そこには無表情の石川が立っていた。

つづく

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(※1)詳細は「【小説 工ンジ二アの事故記録】第+ハ話 全宇宙猫化計画」を参照。

Comment(4)

コメント

コバヤシ

次回はDBAからの追求で主人公ピンチ!ですかね??
主人公にイライラしつつ、主人公の行動や考え方が自分への戒めになります。
それにしても、主人公の逃げの考えは腹立つー

atlan

第+ハ話ってただの現実逃避か・・・・何かと思った

湯二

コバヤシさん。

コメントありがとうございます。

DBAが出て来たということは、、、そういうことかもしれません。
今後とも、反面教師として使用してください。

湯二

atlanさん。

コメントありがとうございます。

宇宙人を出してくださいと言うリクエストに応えたら、こんな展開になってしまいました。
小休止と言ったところです。

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