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【小説 エンジニアの事故記録】第十六話 馴れ初め ー高校時代編ー

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 職場の近くにある半地下の喫茶店「ルーベンス」で、二人は向かい合っていた。
 レンガ造りの店内は薄暗く、天井付近に明り取りの細長い窓と少量の照明があるだけだ。
 その窓から外を窺うと、街を行き交う人々の忙しなく動く靴だけが見える。
 ドリンクコーナーで話そうと誘った幸一郎だったが、小山は首を横に振った。
 職場の人が来ないところがいいだろうということを提案し、この喫茶店を選んでくれた。

「お待たせしました。当店オリジナル・ブレンドコーヒーでございます」

 ちょび髭で白髪オールバックのマスターが一杯立てのオリジナルブレンドを、大切そうに持ってきた。
 サイフォンで時間を掛けて淹れられたそのコーヒーは、芳醇な香りをたたえていた。
 その香りを嗅いで気持ちを落ち着かせようとした幸一郎ではあったが、如何せん緊張は取れなかった。

「うん、酸味が効いててうまい」

 小山はコーヒーを一口啜ると、その味をべた褒めした。
 それが聞えたのだろうか、マスターが遠くで「うんうん」と頷いている。

「借りは返さなくていいとか言ってたお前が、いきなりその借りを返せなんて、どういう風の吹き回しだ?」

 小山にそう問い掛けられた幸一郎は、緊張からか何も言えず黙っていた。

「さて、話を聞こうか?」

 コーヒーカップをソーサーに置いた小山は、身を乗り出した。
 聴く体制を整えたと言ったところだろうか。

「......実は......」

 幸一郎は気持ちを落ち着かせるために、スーッと深く息を吸い込んだ。
 小山は黙ってその様子をじっと見ている。

「実は、水谷さんのバッチがコケたのって、僕のせいだと思うんだ」
「なに!?」

 小山は幸一郎の告白に、表情をこわ張らせた。
 気を落ち着かせるためだろうか、もう一度コーヒーを啜った。
 恐らく渚沙のことで相談に来たと思ったのだろう。だが、彼の予想と幸一郎の発言はまったく異なっていた。
 目の前にいる同級生は、今まさに騒動の元凶となっているバッチ停止事件についての犯人は自分だと言い放っている。
 その同級生を前にして、小山はどう返答していいか分から無い様子だ。

「なんか、厄介そうな話だな」

 しばらく間があって、ようやく小山は言葉を発した。
 幸一郎は昨日の23時15分から25分にかけて、自らが行った秘密裏のテーブル移動を小山に全て告白した。
 それを小山は黙って聴いていた。
 そして、全てを聴き終わるとこう言った。

「それを見られたくなかったから、俺にインカコーラとか言う飲み物買いに行かせたんだな」

 と、幸一郎を落ち着かせるためか、わざとおどけた調子でそう言った。

「まあ......そうだが......」

 小山は「フウッ」と溜息をついた。

「そん時に言ってくれたらいいのに」
「え?」
「一人で勝手に行動を起こす前に、俺に一言相談しろよ。一緒にどうにかする方法だって考えられただろう。水谷のバッチのことだって俺は知ってたんだから、後のことも考えてどうにかしてやれたのに」

 と、小山は眉根を寄せ、残念そうな表情でそう言った。
 それを聴いた幸一郎は、何で小山と言う信頼のおける友を前にして、助言の一つでも仰ぐことが出来なかったのだろうかと悔やんだ。
 それが出来なかったのは、

(小山が上長に報告するかもしれない)

 という、自分にとって都合の悪い状況を避けたい一心からだった。
「でも、僕がその時、助けを求めたら吉田課長に報告しただろ?」
「しないよ」
「え?」
「俺はサブリーダーだぞ。緊急事態の時、その場の状況から判断して、どうするか決める権限は与えられている。何よりバッチを停めないことが大事なんだ。どう対応したかは事後報告でいいって吉田課長からも言われている」
「そ......そうなのか......」
「そうだよ。テーブル削除して作り直しとか七面倒くさいことする必要無かったんだ。お前と水谷のバッチの時間をずらせばいいだけの話だろ。お前と水谷バッチの後続バッチは無いんだから開始時間が遅くなっても影響はないって俺は把握してる」

 小山に相談しときゃ良かった、幸一郎は後悔の念で胸が潰れそうになった。
 この聡明なサブリーダーは全バッチの関連と実行時間を把握していたのだ。
 だが、その事を今知ったとて、幸一郎の愚行を巻き戻すことはもう出来ない。

「どうしたらいい? 何とかならないか?」

 苦しげに吐き出された幸一郎の言葉には「自分のやったことを隠蔽してほしい」という思いが込められていた。
 かつ、それを察してほしいという願いがこもっていた。
 だが無情にも、

「それは無理だ」

 と、あっさり小山は突っぱねた。

「仕事の上での不正は、ちょっとかばいきれないぞ」
「そんな......頼むよ」

 幸一郎は拝むような仕草をし頼んだが、小山はうんともすんと言わない。
 まるで取り付く島が無かった。

「お前、借りは返すって言ったじゃないか!」

 小山の態度につい声を荒げて幸一郎は怒ってしまった。
 マスターがビックリした様子でこちらを振り返った。

「それところとは別だ!」

 恐らくプライベートのことでは何とか出来るが、仕事では何とか出来ないと言っているのだろう。
 幸一郎はもっともだと思った。
 だが、このまま自分のことやったことがばれて、社内で吊るしあげられ、渚沙からも軽蔑された挙句、もう二度と口も聴いてもらえないなんてあってはならなかった。
 まったく身勝手な保身だったが、今の彼に取ってはそれが何よりも死守したい事柄だった。

「こんなに頼んでも無理か......」

 幸一郎はどすの効いた声で、小山に詰め寄った。

「ダメなもんはダメだ!」

 小山も売り言葉に買い言葉のような感じで声を荒げて拒否して来た。
 マスターはその激しいやり取りを、コーヒーを入れる手を震えさせながら聴いている。
 グルメ専門フリーペーパー「レッドペッパー」では「喫茶ルーベンス」をこう評していた。

「落ち着いて、珈琲とクラシックミュージックと絵画が愉しめる店」

 だが、今ではその雰囲気もどこかに吹き飛んでいた。
 それはテーブルを挟んで、険悪な雰囲気で睨み合っている幸一郎と小山によって。

「お前の......打球のせいで、僕は空手が......」

 そう言いかけた時、幸一郎は自分がとてつもなく卑怯な人間だということに気付いた。
 高校の頃、小山のホームランボールで右手の甲を骨折した幸一郎は、自ら空手の道を断念してしまった。


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 高校三年の夏、幸一郎の母校にて。

 退院した幸一郎は、島崎靖子から体育館裏に呼び出された。

(何の用だ?)

 と疑問に思いながら呼び出し場所に向かっていた。
 まだ右手を包帯で固定し自由に動かせないでいた。
 空手の練習を一週間も出来ていない。
 そしてインターハイも出場できなかった。全ての出来事がストレスになって来ていた。

「来てくれたんだ......」

 彼女は人気のない体育館裏で待っていた。
 ハニカミながら幸一郎の方に、ゆっくりと近づいてくる。

「野球部の練習、大丈夫なの?」
「うん。ちょっとお使いに行くって言って来たから」
「へえ」

 野球部のマネージャーである彼女は、一、二年生のマネージャーに練習の準備を任せて来たのだそうだ。
 そうまでして、自分に何の用があるのだろうかと幸一郎は不思議に思った。

「この前は、ありがとう。退院出来て良かったね」
「ああ、お見舞いに来てくれてありがとう」

 小山のホームランボールから身を守ってくれたことに対して、靖子がお礼を言っているのだと分かった。

「ねえ、大竹君って付き合ってる人いるの?」
「え?」

 靖子はショートカットの短い髪の毛先を右手でつまみながら、照れ臭そうに訊いて来た。

「私、君のこと全然知らなかったけど、あの助けられた時から気になってたんだ......」

 靖子は次の言葉を言おうか言うまいか、逡巡しているようだ。
 だが、思い切ったかのようにこう言った。

「もし、誰とも付き合ってなかったらさ......」

 幸一郎の喉がゴクリと鳴った。
 この先の言葉は聴かずとも予想が出来た。
 学年で可愛いと評判の彼女が、自分の彼女になるなんて願っても無いチャンスだった。
 だが、靖子は小山の彼女だったはずだ。

「ちょっと、待ってよ! 君は小山と付き合ってるんだろ!?」

 それを聞いた彼女は目を丸くして、意外そうな顔をした。

「え? それ誰が言ってたの?」
「小山自身が言ってるよ」
「ああ、まだ友達レベルだよ」

 靖子が言うには、半年前に誰もいない部室で告白されたのだが、その時「友達から」と彼女は答えていた。
 最近は手をつなぐくらいにはなったが、靖子としては小山はまだ彼氏と言う位置付けでは無いそうだ。
 それを小山は彼女になったことと勘違いしているのだろう、というのが靖子の見立てだった。

「でも、二人は友達でも、いずれは付き合うって前提なんだろ?」

 幸一郎は念を押した。
 靖子の小山に対する気持ちをハッキリ確認したいと思った。
 それは、告白されたことで「彼女と付き合いたい」と、幸一郎が調子に乗ってそう思うようになっていたからだった。

「う~ん、半年くらいかな? 友達として付き合ってみたけど、あいつ何か堅物でさ。細かいんだよね。デートの計画何て分単位でどこに行ってとか、あれを忘れずに食べるとか、あと遅れると怒るしさ。私はもっとゆるい方がいいんだよね。遊園地とか映画館とか凝ったコースにしなくてもいいんだよね。食べ歩きなんかしながら公園散歩とかでいいのに」
「僕、公園散歩好きです!」

 即答した幸一郎の頭の中には、小山の影はどこにも無かった。
 代わりに靖子との甘い生活がお花畑のように広がっていた。

「やった! 気が合うじゃん!」

 靖子は嬉しそうに言った。

 数日後、靖子は小山に引導を渡した。
 その話を靖子は、嬉しそうに話した。

「あいつ、別れないでくれって、泣いてたよ」
「そうなんだ......」

 同時に、野球部のマネージャーも辞めたのだそうだ。
 幸一郎はそれを聴いたとき、激しい罪悪感に襲われた。
 だが、こうして幸一郎は靖子と付き合うようになった。
 当初の罪悪感は残しつつも、初めてのお付き合いに夢中になった。
 そのことを、今、喫茶ルーベンスで幸一郎に向き合っている小山は知らないだろう。

「ショックを与えたくないから、小山には黙っておこう」

 と、幸一郎は靖子に提案した。
 それは建前だった。
 本音は「小山の怒りと悲しみに満ちた顔が見たくない」、「自分が悪者になるのが嫌だ」という幼稚なものだった。
 そして、靖子はしっかり言いつけを守り、小山に黙って幸一郎と付き合ってくれた。 

 空手を諦めていた幸一郎には思う存分、彼女との時間があった。
 空手を辞めたのに生き生きして行く幸一郎とは反対に、小山は崖を転がり落ちるかのように凋落して行った。
 まず、野球部の練習を休みがちになった。
 甲子園の県予選前、主将と言う立場でありながら体調不良と言うことで、週二、三回と練習を休むようになった。
 予選での試合もどこか上の空と言うか身が入っていない様子で、幸一郎は客席からその様子を心配そうに見ていた。
 それでも強力な二年生達の活躍により、チームは何とか勝ち続け遂に甲子園まであと一歩、決勝戦まで駒を進めた。

 3-0で迎えた九回裏。
 母校「大都会西高校」は、相手の「江戸川個岩高校」に3点リードされていた。
 後攻の大都会西高校が攻撃で、二死満塁の状態だった。
 ここでホームランが出れば逆転サヨナラになる。
 打者は一回戦から調子が悪く、この試合でもヒット0の小山だった。
 しかし、監督は代打を出さなかった。
 彼に全てを賭けていたのだろう。
 だが、監督の期待は裏切られた。
 小山は空振り三振で打席を去り、大都会西高校は初の甲子園出場を逃してしまった。

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つづく

Comment(2)

コメント

匿名

うーん。やっぱりテーブル削除の前に小山くんに相談していてほしかったなあ。
どんどん主人公の印象が悪くなってく気がする・・
でも毎回気になって読みにきてしまいます。

湯二

匿名さん。

コメントありがとうございます。

いつも、読みに来ていただき、ありがとうございます。
これからもっと印象が悪い人物になっていきますが、見捨てないで読みに来てください。

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