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【小説 エンジニアの事故記録】第十五話 真夏のホームラン

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 幸一郎は頭を抱えた。
 売上履歴データテーブル(URIAGE_RIREKI)が無かったのは、バッチの動作ログから判明している。
 つまり、バッチがコケた原因は分かっている。
 今後は、何故テーブルが無かったということに向かって調査が進むのだろう。
 それは幸一郎にとって大きな問題だった。
 テーブルが無いということは、削除されたか、始めから無かったということになるのだが、始めから無かったという説はすぐに却下されるだろう。
 何故なら、昨日の昼に小山と幸一郎がテーブルの存在確認して問題が無かったことを、吉田課長に報告した事実がある。
 残る説は、テーブル削除だけになる。
 渚沙のバッチが動作する前にテーブルが削除されたということになるが、それはいつなのか。
 そして、誰がやったのか。
 売上履歴データテーブル(URIAGE_RIREKI)を参照する幸一郎のバッチが無事に終了しているので、渚沙のバッチが動作する前にテーブルが削除されたということに調査は行きつくだろう。
 そして、問題は誰がやったのか。

「ORA-エラーが同じ時間帯に、他にも出てないか調べてみるわ」

 DBAの石川がそう渚沙に声を掛けた。
 ひっつめ髪でポニーテールの石川は、銀縁眼鏡を人差し指でスッと上げ直すとサッサと開発室の扉を開け外に出て行った。

「あの人は障害が発生すると張り切るんだよなあ」

 以前、誰かが飲み会で彼女のことをそう評していたのを思い出した。
 緊急事態になると張り切る人をたまに見掛ける。
 普段はマイペースに仕事をこなすが、何か起こると自分が持てる全ての技術を投入することに情熱と生き甲斐を感じているような人がいる。
 それが石川なのだろうか。
 恐らく五階のサーバ室に行き、データベースを調査するのだろう。
 データベースエンジニアである石川が、テーブル再作成に気付くのは時間の問題だ。
 昨日の夜、バッチが動いた時間帯にサーバ室にいたのは小山と幸一郎だけだ。
 つまり、この二人だけが売上履歴データテーブル(URIAGE_RIREKI)を削除出来たことになる。
 もちろん、小山はやってないと言うだろう。
 そうなれば、幸一郎が問い詰められることになる。
 幸一郎は思った。
 自分の小さい肝では詰問に耐えられず、黙って行ったことを全て自白してしまうかもしれない、と。
 全てが白日の下に晒された時、メンバーからの信頼を失うだけでなく、渚沙から軽蔑され、会話には応じてくれないだろう。
 最悪、ブロンズ情報システムとの契約を切られることだってありうる。

「どうすれば......」

 幸一郎は脳みそをフル回転させ、自分が今どうすればいいかを考えた。
 自らの保身ばかりを考えている。
 仕事で使うよりも沢山の脳細胞を動員して、あらん限りのパターンを考えシミュレーションしたのは言うまでもない。
 それほど、彼は追い詰められていた。

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「上手く行けば、これでお前への借りを返せるかな......」
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 小山が言っていたそんな言葉が、幸一郎の頭の中に浮かんだ。

(そうだ! 借りだ!)

 足は自然と小山の座る席に向かって行った。
 声を掛けようとしたが、直前で止めた。
 小山の隣の席は吉田課長だ。
 幸一郎が彼に何か話し掛けるのを、今は見られたくない。
 一旦、開発室を出ると廊下でスマホを取り出し、小山のスマホに電話を掛けた。

<なんだ?>
「ちょっと来てくれ。話がある」
<......分かった>

 一瞬、間があった。
 幸一郎の緊張した声を聴いて、何で今時分に電話してくるのか不思議なのだろうか。
 数秒後、開発室から小山が出て来た。

「なんだ?」
「ちょっと話があるんだ。人のいないところに行こう」
「重要なことなのか? 今、忙しいんだけどな」

 幸一郎は自分を落ち着かせるために、深呼吸した後、こう言った。

「借りを返してもらう」

 それを聴いた小山は、なんだか穏やかな表情をしたように見えた。

「......なるほど......そうか」

 小山は黙って歩き出した。
 幸一郎はその後に付いて歩いて行った。
 歩きながら幸一郎は、あの夏を思い出していた。


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 幸一郎、高校三年の夏、母校「大都会西高校」にて--

 幸一郎はグラウンドの外周を走っていた。
 空手部だった彼は春の予選を勝ち抜き、一週間後のインターハイに向けて練習をしていた。

「この暑いのに道着来て、ランニングとは大変だな」

 向かいからやって来たユニホーム姿の小山が、手を振りながらそう言った。

「そっちこそ暑そうな野球部の服着て、練習何て、大変だな」

 話し掛けて来た小山に、幸一郎はそう答えた。
 お互い笑い合うと、二人は立ち話を始めた。

「今日は県予選前の調整なんだよ」

 帽子を取り汗をぬぐいながら小山はそう言った。
 甲子園の県予選がもうすぐある。
 その前に調整と称して、軽く練習しているのだそうだ。

「他のやつはもう引退したんだろ? 一人で練習って大変じゃないのか?」

 小山が額の汗をぬぐいながら、幸一郎に問い掛けた。

「一、二年生はいるし、形は基本一人で練習出来るからな」

 春の大会で成績を残せなかった他の三年生はすでに引退していた。
 幸一郎は一年生から共に苦労して来た同期が居ないことを少し寂しく思っていた。
 だが、最後のインターハイで好成績を残せれば、大学推薦の道も開けてくる。
 そう思えば、多少の孤独感も我慢することが出来た。

「お前の方は今年こそ甲子園、行けそうなのか?」
「ああ、今年は二年生にも強力なのがいるし。上手く行けば......」

 小山は控えめに言ったが、その言葉には自信がみなぎっていると幸一郎は思った。
 当時二人は特に仲がいいわけでもなかったが、部活は違えどきつい練習をしている同族意識からお互いに校内で会えばこうして挨拶がてら雑談を交わす間柄だった。

「それにしても他のやつは、受験勉強だとかで忙しいのを見てると、部活やってて大丈夫かなって思うよ」

 夏の太陽に照らされて伸びっぱなの雑草を見ながら、小山は呟くように言った。

「お前は勉強しっかりやってるから大丈夫だろ? 僕は勉強なんて全然してこなかったから大学に行きたかったら、スポーツ推薦で行くしかないんだよ」

 他の三年生は受験勉強で忙しい中、小山と幸一郎は勉強そっちのけで部活に打ち込んでいた。
 日も暮れた部活の帰りに、まだ灯りが点いている教室で補習に勤しむ生徒の影を見ると自分は空手だけをやっていていいのか、という焦りに駆られることもあった。
 空手の形競技に打ち込みすぎた幸一郎は、高校生活で勉強した時間はほとんど無かった。
 反対に小山は文武両道を体現したかのように、学年で常に成績はベスト5に入っていた。
 そして、野球部のマネージャーをしている可愛い彼女までいる小山を、幸一郎は羨ましいと思っていた。
 
「俺の成績じゃ、志望校は難しいって担任にも塾の先生にも言われてるんだよ。部活終ってから家帰って勉強するの眠いのに、これ以上、勉強時間増やせないよ」

 小山がそうぼやくのを、幸一郎はグラウンドを見つめながら聞いていた。
 野球部が練習の準備をしている。
 二人が通っている大都会西高校は偏差値が54か55くらいだった。
 小山の目指している大都会工業大学は偏差値が70近くあるので、校内でトップだったとしてもまだ足りないのである。

「そんなに勉強して何になりたいんだよ?」
「俺、パソコンとかインターネット好きだからさ、コンピュータ関係の仕事したいんだよ」
「スマホのアプリかなんか作るのか?」
「お前、システムエンジニアって知ってるか? プログラム組んでコンピュータシステム作るんだよ」

 小山は技術の授業で学んだコンピュータの授業が随分好きなようである。
 そこで初めてプログラミングと出会った。
 何でも、プログラムした通りに作ったものが動くのを目の当たりにしてから、その楽しさに魅かれて行ったという。
 それは数字を二つ入れれば、足し算、引き算をする簡単なプログラムだったりしたが、それこそが彼の将来を決めた。
 今ではパソコンを購入し、家で勉強しているそうだ。

「ふうん。そんな仕事があるのか」

 この年で進学だけでなくちゃんと自分で調べて将来の職業まで決めている小山を、尊敬の念で幸一郎は見ていた。

「野球はもうやらないのかよ?」
「やるよ。やるけど草野球を趣味でやるくらいだよ。プロのスカウト何て来るわけないし」

 甲子園に行けるか行けないかレベルのチームのメンバーでもプロになれないなんて、厳しい世界だと思った。

「大竹は空手続けるんだろ?」
「ああ、大学で良い成績残して、卒業後は職員兼指導員として本部道場で働くよ。大山先生にもそうしろって言われてるんだ」
「大山先生? 日本史の? あの人怖いよな~」
「ああ、だけど僕は尊敬しているんだ」

 二人はこうしてお互い将来のことについて確認し合った。

「じゃ、頑張れよ!」

 小山は手を振ると、爽やかにグラウンドの方に向かって行った。
 それを見送った幸一郎は、その場で形の確認を始めた。
 道場では裸足だが、今はスニーカーを履いている。
 道場に戻ってやればいいのだが、急に得意形「観空大」※の最初の動作を確認したくなったのだ。
 幸一郎は何としても最後のインターハイで好成績を残したかった。
 学校の成績が悪いので、スポーツ推薦で空手の名門である大都会産業大学に行くのを希望しているからだ。
 それは、顧問であり師匠でもある大山先生からもそうしろと言われている。
 形の出来はいいのだから、いずれは本部の指導員になれとも言われていた。
 幸一郎としてもそう言われて嬉しかったし、将来やりたいことが見つかったような気がした。
 そう思えば、暑さで気が萎えそうな日でも自分を奮い立たせることが出来た。

「プレイボール!」

 グラウンドの方からそう聞こえた幸一郎は、形の練習をいったん止めグラウンドを見た。
 紅白に分かれての練習試合が始まったらしい。
 小山が打席に立っている。
 ピッチャーが振りかぶり、ボールを投げた。
 一球目からフルスイングで打ち返す。
 その打球は弧を描いて、幸一郎の方に飛んできた。

「おおっ! 飛ばしたなあ」

 感心してボールが飛んで行くであろう軌跡を目で追いかけると、その終点には女生徒が歩いていた。
 ドリンクが沢山入った重そうなコンビニの袋を両手に持ち、ヨタヨタ歩いている。

(あれは野球部のマネージャーの......小山の彼女か......)

 きっとあのドリンクは部員への差し入れなのだろうと、幸一郎はその女をじっと見てそう思った。
 彼女は荷物に気を取られて、小山の高速スピンが掛かったホームランボールが、こちらに向かって飛んできているのに気づいていないようだ。

(あっ! やばい!)

 勢い良く飛んできた硬球は女に当たりそうなくらい近づいている。
 幸一郎は走り出た。彼女を助けるために、その硬球が当たらないようにキャッチしようとした。
 だが、球技が余り得意ではない幸一郎はその硬球を受け止めることが出来なかった。
 硬球は、幸一郎の右の手の甲に激突した。

 激痛で目が覚めた。
 一瞬気を失っていたようだ。
 右の手の甲が痛い。
 倒れた拍子に頭を打ったのだろうか、後頭部も痛い。
 周りには野球部の連中もいたし、心配そうな顔をした小山もいた。
 女生徒を守ることが出来たが、幸一郎は右手に大怪我をしてしまったようだ。
 瞬時に自分の将来は終わったと思った。
 大人になった今、振り返ってみれば大袈裟だと思うが、当時の幸一郎はまだ若く人生経験も少ないため、空手が出来なくなることは人生終ったも同然だった。

 それから、小山はなにかにつけ幸一郎のことを心配してくれた。
 それは右手を骨折して拳が使えなくなった幸一郎に気を使ってのことだろう。
 結局、その怪我で幸一郎は高校生活最後のインターハイに出場出来なかった。
 そして結果を残せなかった幸一郎は、空手の推薦で大学に行くことが出来ず、二年浪人した後、専門学校を卒業し今の仕事をしている。


「昨日はありがとうございました」

 助けた女は一人で、幸一郎が入院している病院へ見舞いに来た。
 頭に包帯を巻き、右手をギプスで固めた幸一郎は突然の彼女の来訪に驚いた。
 ベッドから半身を起こし、

「あ......はい」

 と、少々照れながら答えた。

「私、二組の島崎靖子って言います」

(へえ、小山の彼女はそんな名前だったんだ)

 と、妙に感心した。
 幸一郎は彼女を守るために、右手を骨折したのだった。
 ショートカットがよく似合う活発そうな顔立ちの靖子は、幸一郎のために買ってきたという果物をベッドに横づけにされている棚の上に置いた。
 幸一郎は彼女が直ぐ帰るものと思ったが、そんなことは無かった。彼女はベッドの横にある椅子に座った。
 そして、顔を赤らめながらその持ってきた果物の皮を、不器用そうに包丁で剥いていた。

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つづく


※全部で六十五挙動の長い形。
 八人の敵と闘う手と言われるくらいに、動作の変化に富んでいる。

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