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【小説 エンジニアの事故記録】第十二話 馴れ初め ー新人時代編ー

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「俺と付き合ってるって、水谷のやつホントにそう言ったのか?」
「ああ」

 幸一郎が大きくうなずくと、小山は黙り込んでしまった。
 顎に右手を当て、「考える人」よろしく、何か考えているようなそぶりを見せた。

「ふーん、そうか。もしかしたら......」
「もしかしたらって?」

 幸一郎はその先を、早く知りたくて仕方が無かった。

(もったいぶってないで早く言えよ!)

 何かを思い出そうとしているのだろうか。今度は腕を組み、天井を見つめ考え込む小山を見てそう思った。

「あのことを勘違いしているのかもしれないな」
「あのこと?」

 すると、小山の話は五年前にさかのぼった。
 当時、ブロンズ情報システムに同期入社したばかりの小山と渚沙は、同じ研修グループに配属されていた。
 そこには、同じように入社したての男女が四人ほどいた。
 誰が発起人かは覚えていないそうだが、合計六人で同期会というものを結成しお互い励まし合って頑張って行こうということになった。
 同期会とは言っても、社会人経験などほとんど無く、かつ学生気分もまだ抜け切れてい無いメンバーが中心だったので、SNSのグループみたいなちょっとした飲み会サークルレベルのものではあった。
 みんな郷里が異なり、小山以外は就職と同時にこの大都会にやって来た。
 慣れない社会人生活の中で、お互いの不安を慰め合うのを目的として徒党を組んだといったところか。

「そういうことで、二カ月の研修の間、この六人で週末は飲みに行ったり遊びに行ったりすることが多かったな」

 小山は遠い目をしつつ、しみじみと昔を思い出すかのように語った。
 彼が言うには、丁度、三対三の男女というのも絶妙な人間関係と言うか、それぞれが仲良くなって行くのには好条件だったとのことだ。

「それで?」

 話がなかなか核心に迫らないので、幸一郎は少々苛立った。
 何より、こういったリア充のような同期の仲良し会と言うことを経験したことが無い幸一郎にとっては、小山の話は何だか羨ましいし、自分にそんなことが無かった分、妬ましく思った。

(そんなことはどうでもいい。渚沙とは一体どういった関係だったか訊いてんだ!)

 そんな幸一郎の妬みを他所に、小山は過去の話を続けた。

「そして研修も終わり、それぞれの配属先に分かれるということで、この六人で会えるのも今後はなかなか難しいって話になってさ、最後に打ち上げを盛大にやることになったんだ」

 居酒屋での打ち上げは楽しく進み、いつしか誰が誰を好きかと言うようなことを告白し合うという、安い都会派ドラマのような展開になって行った。
 卓を囲んだ六人が、時計回りに順繰りに誰が誰を好きかと言うことを告白し合うのである。

「そこで、水谷の番が来た時に、あいつ、俺のことを言ったんだよ」
「え......」

 幸一郎は絶句した。

「まあ、その時は酒も入ってたし俺は冗談だと思ったんだ。で、その後の王様ゲームで、みんな酔ってたせいもあるけど、俺と水谷をキスさせようとしたんだよ」

 幸一郎は嫉妬の炎で怒り狂いそうになる自分を懸命に押さえつけていた。
 そう言えば、渚沙が「キスしたことある」と言っていたのを思い出した。

「そ......それで?」
「まあ、遊びでだけどな......」

 小山は右手と左手の人差し指をくっつけたり離したりして、キスしているところを表現した。

「お前!」

 幸一郎は吠えて襲い掛かりそうになったが、大山先生の顔を思い出すことで、寸での所で思いとどまった。

 いくら学生気分が抜けていないとは言え、社会人にもなったいい大人が王様ゲームに興じた挙句、接吻と言う成行に何とも言えない羨ましさと腹立たしさを感じた。
 高校三年の時、右手の甲を事故で複雑骨折したことで空手での大学推薦を諦めることになった幸一郎は、一般入試で大学進学を目指したが失敗した。
 その後、怪我がキッカケで思うように形を演舞出来なくなったことで自暴自棄になり空手を辞めた。そして二浪した挙句、大学は諦めた。
 何とかコンピュータ系の専門学校に入り、そこで基本情報処理試験をギリギリのところで合格出来ず、落ち込んだまま卒業した。
 そんな幸一郎は在学中に就職が決まらなかった。
 自身の人生を株価に例えると、一番の底値の時期だったと今でもそう思う。
 専門学校卒業後、失意の状態でたまたま参加した「第二新卒向け合同会社説明会」にて、ニッポーシステムズの社長と出会い「明日から来てくれ」の一言で入社が決まった。
 希望を持ってスーツに袖を通した入社初日。
 自社のフロアで挨拶を済ませ、さて研修でも受けてそれからここで働くのかと思いきや、社長に連れられて自社とは異なる会社のフロアに置き去りにされた時は訳が分からなかった。
 自分の会社で働くのが常識と思っていた幸一郎は、後にこういった働き方がこの業界の常識だと知ることになる。
 その日から、派遣先の激狭いオフィスで半年間、ほとんど毎日終電まで働くなんて思いもしなかった。
 空手部での形の稽古は確かにきつかった。
 腰をしっかり落とし、裸足で摺り足で前進する動きのせいで、足の皮がむけ、腿の筋肉はパンパンに張っていた。
 あまりの肉体的なしんどさに、社会人になって働くの何て楽勝だと思っていた。
 だが、その考えは甘く、納期に追われ一日十二時間以上ディスプレイに向かう仕事は、形の稽古とは別種の精神的な辛さを伴う苦行を思わせた。

 幸一郎が地獄絵図の中で亡者として描かれていた頃、大企業に入社した小山はぬくぬくと研修なる物を受け大切に育てられていたかと思うと羨ましさを通り越して、何故か呆れた。
 そして、同期会と言う男女の出会いまで手に入れて、挙句は王様ゲームとは言え、自分の一目惚れの相手とキスまで済ましているのである。
 自分と他人を比較して自分が如何に不幸かを思い起こし、不幸な主人公を演じてみた。
 だが、本音は以下の通りだった。

(俺だって、王様ゲームしたいよ!)

 不幸な主人公とカッコつけてみたところで、純粋に王様ゲームが羨ましいだけのことであった。

「で、その後、店出て二次会に行こうってなった時に、確か......、水谷は皆に付いて行かずに、俺の手を引っ張って路地裏に連れて行ったんだよ」

 幸一郎はこの先の展開を聴きたいような聴きたくないような、むしゃくしゃした感情に包まれていた。

「で、小声で、付き合ってって言われたんだよ。確か......」

 小山は話しているうちにその頃のことを詳細に思い出してきたのだろう。
 話がだんだんとリアルになって来ている。
 何でも、渚沙は入社当時から小山の爽やかな笑顔と、体育会系ならではの頼り甲斐のある態度に魅かれて行ったらしい。
 研修が終わり、渚沙は東北支社に配属が決まり、小山は大都会の本社勤務に決定していた。
 渚沙としては遠距離恋愛になると分かっていながら、思い切って告白したのだろう。

 幸一郎にとって最も腹立たしかったのは、自分が大好きな渚沙とのキス(それは取りあえず王様ゲームでの遊びだったにしろ)、そして告白を、今の今まで忘れていた上に、そんな渚沙の気持ちをつゆ知らず、幸一郎に、その彼女を引き合わせようとしたことである。

「お前、最低!」

 そう言いだしそうになったが、グッとこらえ、ここで確認したいことがあった。

「告白された時、お前は何て答えたんだ」
「えっと......」

 小山は思い出すように腕を組んで考え込んだ。

「あ、確か、あー、はいはいって軽い感じで応えたんだ。どうせ冗談だと思って。みんな待ってるし」
「このゲスが!」

 幸一郎は拳を突き出す代わりに、その場にあった消しゴムやらボールペンを小山に投げつけ、罵倒した。

「お前は、水谷さんの気持ちを踏みにじってるんだぞ! 知らない間に!」

 小山としては知らない間にそうなっている。
 だから、罪の意識を全く感じていなかったのだ。
 今まではそうだが、思い出した今となっては違う。
 そして、渚沙の気持ちを幸一郎から聴いた今となっては事情は異なる。
 それに気付いたようで、彼は腕を組んで目をつぶり考え込んだ。

「確かに......忘れていたとはいえ......でも、普通、あの俺の返事でOKしたと思うか? それに俺と水谷はこの五年間何も無かったんだぜ。それでも水谷のやつ俺と付き合ってるって言ってたのかよ」
「水谷さんは、付き合ってるのかな?って疑問を持ってはいたみたいだけど、お前のこと信じてるみたいだったぞ」

 研修の後、たまに連絡を取り合っていた同期会も、それぞれの配属先でみんな忙しかったり、退社する者も出てきたりして会も自然消滅した。
 残った同期会のメンバーが会うのは、年に一回の社をあげての盛大な忘年会の時だけだったそうだ。
 それでも渚沙は出張で大都会に来る時は、小山を食事に誘っていたという。
 だが、小山はそれを断り続けていたというのだ。

「だって、草野球の練習あるし」
「お前、ふざけんじゃねえぞ!」

 またも幸一郎は声を荒げて小山を罵倒した。
 羨ましいにもほどがあるし、鈍感で無神経にもほどがあった。
 そのたびに渚沙は悲しい思いをし、二人の関係が壊れるのが怖くて確認する勇気も無く、恋の迷宮を彷徨い歩いていたのだろうか。
 それにしても、一目惚れで好きになったとはいえ、遊びでしたキスと生返事のOKだけで、ずっと相手のことを問い詰めもせず信じている渚沙は純情すぎると思った。
 そして、そんな純粋な渚沙を幸一郎は是非とも彼女にしたいと思った。

「お前の気持ちも知っているし、水谷の気持ちも分かった。よし、俺が動けばいいんだな」
「動くって?」
「俺があいつを振ればいいんだろ!」

 幸一郎にとってはそれは願ったりだが、小山のことを信じ切っている渚沙にとっては辛いことだろうと思った。
 そして、なんだか自分が二人の関係に終止符を打つきっかけになったようで、渚沙に申し訳が立たない気がした。

つづく

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