常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 エンジニアの事故記録】第十七話 取り調べ

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「さては、女が出来たな」

 大山先生からは苦い顔でそう言われた。
 幸一郎は、初めて出来た"彼女"にのぼせ上っていた。

 小山が打者としての調子を落としたのは、靖子に振られたからだろうか。
 その辺りの因果関係は、はっきりとは分からない。
 だがそれを裏付けるかのように小山は明らかにやる気をなくし、野球部の練習を休み出した。
 時期的には幸一郎と靖子が小山に隠れて付き合いだしてからだ。
 幸一郎はそのことについて悪いとは思いながらも、靖子との付き合いをやめることが出来なかった。

 欲望に弱い人間は、自然と恩師からも離れて行った。
 右手の負傷のせいもあったが、空手からはどんどん遠ざかって行った。
 スポーツ推薦からは外され、受験勉強で大学を目指さないといけないストレスから、現実逃避するかのように女の方に逃げて行った。

 結局、靖子とは高校卒業後、すぐに別れた。
 彼女は大学に進むと、すぐにサークルの先輩を好きになり、浪人生の幸一郎を置き去りにしてそっちに行くようになった。
 結局はそういう女だったのだ。

 そして、現在。

(僕は、小山を利用しようとしているんだ......)

 目の前にいる小山を見て、幸一郎はそう思った。
 その小山はコーヒーを一口啜り、カップを置くとこう言った。

「お前が空手を諦めることになったのは、俺のせいだと思っている」
「......ああ」
「ずっとすまないと思っていた。だから何かしてやりたいと、ずっと思っていた」
「だから......今......」
「それは、無理だって言ってるだろう」

 二人は向かい合ったまま、しばらくじっとしていた。

「とにかく、仕事での不祥事をかばうことは出来ない。素直に皆に謝ってくれ」

 小山は伝票を持って立ち上がると、レジに向かって歩いて行った。

「待ってくれ! 俺はお前のせいで空手が出来なくなったんだぞ!」
「何度も言っただろ! 借りは必ず返す! でもこの件じゃない! 分かってくれ!」

 そう言い残すと、小山は会計を済ませて店を出て行った。
 幸一郎は一人残された。
 放心し首がだらりとなる。

(僕は最低だ......)

 そう思った。

(借りを返さないといけないのは僕の方なのに)

「ブルルルル」

 ポケットに入れていたスマホが振動した。
 ディスプレイを見ると、吉田課長と表示されていた。
 出ようかどうしようか迷った。
 だが、出ない訳には行かない。
 言い訳を考えながら通話ボタンを押して応答する。

「はい......」
<ちょっと、A会議室に来てくれないか......>
「......はい」

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 死刑宣告を言い渡された気分だった。
 フラフラと立ち上がり、店を出る。
 真夏の日差しに、心と身体をやられそうになりながら職場に向かう。
 職場の入ったビルの前に着いた。
 このまま踵を返して逃げようかと、一瞬考えた。

「大竹さん、何してるんですか?」

 突然、後ろから室井が声を掛けて来た。
 手にはコンビニ袋を提げている。

「いや......ちょっと休憩してました」
「そうなんですか? 私もちょうど休憩がてらコンビニ行ってたんですよ」

 逃げる間を失った幸一郎は、室井と一緒にエレベータで四階の開発フロアへ移動した。

(もしかしたら、別件で呼ばれたのかもしれない)

 という根拠の無い望みが、不意に頭に浮かんだ。
 その希望に後押しされ、A会議室の扉を恐る恐る開けると、そこには吉田課長、渚沙、DBAの石川の三人がいた。
 石川というデータベースのプロの存在を認めた時、やはり自分が犯人だとバレたのかと思い、部屋から飛び出したくなった。
 石川はブロンズ情報システムの社員で、幸一郎にとってはプロパーと言う立場である。
 小山と渚沙からすると三年先輩であり、大学を現役で卒業してたら三十一くらいか?
 ホワイトボードには渚沙が作った売上分析バッチの動きや、コケた原因についての考察が書かれていた。
 問題の売上履歴データテーブル(URIAGE_RIREKI)のカラム構成も書かれている。

「座って」

 吉田課長に促され、幸一郎は着席した。

「これを見てください」

 石川がすっとプリント用紙を差し出した。
 そこには売上履歴データテーブル(URIAGE_RIREKI)のレイアウトとデータベースに問い合わせたであろうUSER_TABLESの結果が記載されていた。

「データベースの情報を確認したところ、売上履歴テーブルの作成時間が昨日の23時25分になっています」

 幸一郎は胃の底からムカつくものが湧き上がって来るのを感じた。
 ORACLEはテーブルの作成日時まで管理していたのか、とこの時初めて知った。
 石川は幸一郎を真っすぐ見て、こう問い掛けた。

「このテーブルの作成を担当したのは大竹さんと聞いていますが、間違いないでしょうか?」

 一瞬、自分じゃないと嘘を付いてその場を逃れたかった。
 だが、吉田課長や渚沙そして小山は売上履歴データテーブル(URIAGE_RIREKI)の作成者が自分だということを知っているはずなので、そんな言い逃れは出来ないと思い、

「......はい」

 と、正直に答えた。

「昨日の23時25分に作成したのでしょうか?」
「あ......えと......」

 幸一郎はどう答えていいのか考え込んでしまった。
 素直に答えてしまうと自分が昨日行った秘密のテーブル移動がバレてしまう。
 かと言って、体のいい言い訳をすぐに考え付くほど彼は器用では無かった。

「昨日の16時に小山と一緒にこのテーブルが作成されていることを確認したわけだろ。そのテーブルの作成時間がなんで昨日の23時25分になっているんだ?」

 吉田課長は不思議そうな顔をして、小山が設計し幸一郎が作成した「売上データ蓄積バッチ」の設計書と本番リリース手順をパラパラとめくっている。

「ほう、売上データ蓄積バッチで使用するテーブル作成やシェルのcron登録は、三日前に済ませてるじゃないか」

 吉田課長が独り言のようにそう言うと、それがみんなの耳に届いたのか会議室の空気が変わったような気がした。
 三日前に作成したテーブルの作成日時が何故、昨日の23時25分なのか。
 これは、誰かが三日前に作成したテーブルを一旦削除し、23時25分に作成し直したことを意味していた。

「君のバッチが動いた後に、水谷のバッチが売上履歴テーブルが無いとエラーを吐いてコケている。と言うことは、君のバッチが完了した後、水谷のバッチが実行される間に問題のテーブルが削除され、水谷バッチがコケたあと再作成されたということになる」

 吉田課長は椅子から立ち上がり、ホワイトボードの前に立つとマッキー(黒細)を手に取り、今話したことを時系列に書き出した。

 7/29
    23:00 売上データ蓄積バッチ実行
    23:15 売上データ蓄積バッチ完了
    23:20 売上分析バッチ実行→すぐにエラーで停止
       (売上履歴テーブルが無いから)
    23:25 売上履歴テーブルが再作成される
 7/30
    06:00 お客さんが分析データを参照できないとの連絡あり

 先ほど幸一郎が立てた仮説まんまだった。
 その仮説は現実だった。
 その現実を突きつけられた幸一郎は目の前が真っ暗になった。
 本番環境を無断で変更したことについて咎められるのは当然だ。
 そして、それが原因で本番障害が発生するなんてあってはならない。
 だが、今、あってはならないことが起きていて、全ては幸一郎自身の愚行が原因だった。

「問題は、誰が、何故、23時25分に売上履歴テーブルを再作成したか、だよな」

 吉田課長はホワイトボードに書いた文言を見つめながら呟いた。
 そして、振り返って幸一郎の方を向いてこう訊いた。

「知らないか?」

 表情と声音からは、幸一郎を疑っているのかどうなのか良く分からなかった。
 吉田課長にとっては犯人がテーブルを再作成した理由が、自分の常識の範疇では想像出来ないからなのだろう。
 だから、幸一郎に対して純粋に自分の疑問を訊いているような感じに見える。
 だがプロジェクトリーダーという立場上、誰が何のためにやったのかは突き止めておく必要がある。
 吉田課長としては、誰がやったかを把握し、それをお客にどう報告するか、課長自身の身をどう守るかも含めて考える必要がある。

「許せない......」

 渚沙が小さな声で絞り出すようにそう呟いた。
 自分のバッチを停止させた誰かに怒りを感じているのだろう。
 そして、その誰かのせいで、自分に非があると疑われていたことに腹が立っているのだろう。
 元凶が幸一郎だと、渚沙が知った時、恋のセカンドチャンスはもう無い。
 そして、自社とブロンズ情報システムとの営業停止も現実的なものになるだろう。


「誠の道を守ること」


 大山先生が良く口にしていた道場訓を思い出した。
 やはり正しいことをしなければ、人はこうして罰せられるのだ。
 嘘を付いてはいけない。幸一郎はそう思った。
 だが、この段になっても、まだ本当のことを言えない自分を呪った。

「テーブルが再作成された時間帯って、確か小山君がサーバ室で作業してたんじゃないかしら」

 石川が不意にそう言った。
 銀縁眼鏡の真面目そうな女で、ひっ詰めて後ろに束ねた黒髪がツヤツヤ輝き、富士額が美しい。

「昨日私が、22時くらいに帰ろうとしたとき、サーバ室で作業があるって言ってましたから」
「なに?」

 吉田課長が急に気色ばんだ。
 石川としては自分が知っている事実を言ったまでで、別に幸一郎に助け舟を出したつもりは無いのだろう。
 だが、結果的には疑いの標的が小山に向いたことだけは確かなようだ。
 それは、吉田課長が何だか嬉しそうな顔をしたことでも良く分かった。

「あいつめ、なんかやらかしたな。普段からちゃんとやってますだのアピールしときながら、事故など起こしよってからに、もう......」

 急に吉田課長はにやにやしながら、ホワイトボードに「小山に確認する」と書き出した。
 自分にとって目の上のたん瘤というか、色々口ウルサイ部下をこれで他所に飛ばす理由が出来たと思ったのだろうか。
 それを見た渚沙は、唇を噛み締め、複雑な表情になった。

 その時、会議室の扉が三回ノックされた。
 吉田課長が応じようとノブに手を掛けた時、勝手にノックの主が扉を開けて入って来た。
 その主は部屋に入って来るなりそう言った。

「テーブルを削除したのは、大竹君です」

 その主こと、小山は幸一郎をしっかりと見据え、そう言った。

つづく

Comment(6)

コメント

まりも

この主人公、ダメダメじゃね?

湯二

まりもさん、コメントありがとうございます。

ダメダメさが伝わったみたいで、嬉しいですね。

主人公の株価は、今、最安値。
反発して、最高値を狙えるかどうかってとこですね。

つき

いつも楽しみにしております。
>結局、靖子とは高校卒業後、すぐに分かれた。
結局、靖子とは高校卒業後、すぐに別れた。
がよいと思います。

FIRE

システムエンジニアに限らず、新入社員には是非読んで欲しいですね。

主人公が犯した数々のミス。
そして、基本動作となる報連相の失念。
基本動作を忘れるとどうなるのか?を新入社員に問い掛け、その結果を考えさせる。

システムエンジニア以外には分からないキーワード(テーブルとか)のフォローは必要だけど。。。

今後の展開も、期待しています。

湯二

つきさん、コメントありがとうございます。

早速、修正しました。
誤字の指摘ありがとうございます。
読者から、そういうコメントを貰えるようになったのは嬉しいことです。

湯二

FIREさん、コメントありがとうございます。

新入社員の教材として是非活用してくれる企業があれば嬉しいですね。
※そんな発想は無かったですが。。。
話では誇張して書かれていますが、報連相の大切さですね。
>システムエンジニア以外には分からないキーワード(テーブルとか)のフォローは必要だけど。。。
ここはITエンジニアがよく訪れるサイトなので、ITのキーワードを盛り込んだ話にしています。
近代麻雀に載ってる漫画に麻雀シーンがあるのと同じ感覚ですね。

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