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【小説 エンジニアの事故記録】第十三話 男性100人に聞きました

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 愛車のシートにクタクタになった体を放り出すように預けると、幸一郎はそのまま寝入りそうになった。
 一旦、車を戻しに家に帰ろうと思い眠気を払おうとしたが、今の疲れ切った状態で運転するのは危険すぎると判断し、コインパーキングに停めたままの愛車で眠ることにした。
 そうすれば、通勤する手間も省ける。
 ただ、パーキング代が幾らになるかは考えたくなかったが。
 時計の針は朝5時を指そうとしていた。
 真夏の日の出は早い。
 車のウインドウから白々と朝日が挿して来ている。
 後部座席に置いた百本の赤い薔薇の花束は、水の入った花瓶に生けられることもなく無残にも萎び掛かっていた。
 秘密裏のテーブル再作成とデータ移動が無事に終わり、幸一郎は安堵していた。
 ただ一つ、小山が言っていたことだけがずっと気にはなる。
 渚沙と小山が付き合っているというのは、渚沙の一方的な思い込みだったにしても、幸一郎にとっては泣けてくる事実だった。
 まどろみながら、二人の残像が頭に浮かび、その度に、浅い眠りから引き起こされていた。
 そうこうしている間に、出勤時間30分前、朝8時半になっていた。

「そろそろ行くか」

 わざわざ口に出して自分に言い聞かせるようにて、起き上がった。
 そうでもしないと、起き上がることも出来ないくらい疲れていた。
 後部座席で枯れかけた百本の薔薇をそのままにして車の外に出ると、既に通勤途中の人々の列が所狭しと行き来していた。
 寝ぐせ頭で車から出て来た幸一郎を、皆が物珍しそうにチラ見して行く。
 その列に脇から入り込み、流れに乗りながら職場があるビルまで移動した。
 全八階建てのテナントビルだ。
 職場が入っているビルは一階がコンビニで、ここで昼の弁当や飲み物、残業に向けての夕食などを買ったりする。
 四階のワンフロアを、ブロンズ情報システムがシステム開発室として借り上げている。
 五階はサーバ室として、「婦人服通販・売上管理システム」開発プロジェクトの顧客であるファッション通販大手「ベルルーノ株式会社」が借り上げている。
 そこには顧客の予算で購入した開発サーバや保守端末などが設置されている。
 他の階には、何とか興業だとか、何とか商会だとかの異業種業者が入っている。

 まず幸一郎は、一階のコンビニで歯ブラシと歯磨き粉のセットになった物とハンドタオルを買った。
 さすがに歯ぐらいは磨いておきたかったからだ。
 コンビニの袋を片手に一階でエレベータを待っていると、左脇にあるドリンクコーナーから人が飛び出して来た。

「私、そんなの認めないから!」
「わっ!」

 叫びながら登場した女にぶつかられた幸一郎は、その衝撃で手に持っていたコンビニ袋を落としてしまった。
 幸一郎はバランスを崩し膝をついてしまった。
 ぶつかって来た女の方もヨロけて転びそうになった。
 二人とも何とか立ち上がろうとした時、お互い目が合った。

「水谷さん......」

 そう言った後、幸一郎は驚いて二の句が継げなかった。
 それは、渚沙が泣いていたからだった。
 泣き顔を見られたくないと彼女は思ったのだろうか、すぐさまエレベータの向かいにある女子トイレに駆け込んで行った。
 バタン、と激しく個室の扉が閉まる音がしたかと思うと

「う......う......」

 と、嗚咽が聞えて来た。
 コンビニの袋を拾いながら、幸一郎は混乱していた。

(一体、彼女に何があったんだ?)

 すると、ドリンクコーナーから小山が出て来て、幸一郎を手招きした。


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「振ったぞ」

 そう一言、小山は告げると、リアルゴールドのカルピス割が入ったカップを口に当て、それを一気に飲み干した。
 早速、小山が渚沙を振ってくれたのは幸一郎にとってありがたかったが、どうも気になる一言が耳について離れない。

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「私、そんなの認めないから!」
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 先程、飛び出してきた際、渚沙はそう叫んでいたような気がする。
 そう叫んだ渚沙の今の気持ちは、今の時点で一体どうなんだろうかと疑問に思った。

「これでお前にもチャンスが出来ただろ?」
「チャンスって......」
「後はお前の頑張り次第だぞ。あんな可愛い女逃すなよ」

 そう言った小山の表情は何か寂しげだった。
 まるで渚沙を振ったことを後悔しているかのようにも見える。
 今までそうでもないと思っていた女が、振ってみて意外に大きな魚だったのかと後悔でもしているのだろうか。

  --男性100人に聞きました。
    渚沙を恋愛対象で見た時、
    100人中95人は彼女にしたいという回答でした。--

 幸一郎は昔のクイズ番組を引き合いに出し、恐らく世間はそう言う判断を下すだろうと思った。

100.jpg

 しなやかな背に垂れ下がる長い黒髪、顔が小さく目が大きい彼女は、小猫のように可愛らしい。
 そんな女に真剣に好かれていることを知って、気持ちがちょっと動いたのだろうか。

「これで、水谷と付き合うことが出来たら、ちょっとは大竹への借りも返せるかな」

 小山は「フッ」と笑いながら独り言のように言った。
 幸一郎は高校三年の夏、ある事故がキッカケになり、空手の推薦で大学に進学するのを諦めることになった。
 その事故は小山が原因で起きた事故であり、彼はそのことを思い出しては、幸一郎に罪の意識を感じていたのだろうか。
 高校卒業後、住む街が離れ離れになっても、こいつはメールで幸一郎と接触を取ろうとしていた。
 こうして、たまたまエンジニアとして、しかも同じ職場で再会できたのも偶然の縁と言うよりも、何か因縁のようなものを感じている。
 幸一郎のほうは、小山の彼女である靖子と黙って付き合っていたという事実がある。
 だから幸一郎は小山に対して、貸しは無いと思っている。
 だが、そんなことを知らない小山にとってはどうも、まだ気持ちの整理が付いていないというか、借りを返すまではモヤモヤが晴れないようだ。

「事故のことは別に、借りだなんて思ってないから」

 と、幸一郎が自分の右手をグーパー動かして無事に治ったことをアピールしても彼は納得しなかった。

「いや、俺の気持ちが収まらないから」

 そう言って幸一郎の話を遮るのだった。
 人の人生は色んなものを背負っている物なのだ。
 空手を諦めることで、エンジニアの道に進むことが出来たことについて幸一郎としては感謝している。
 小山に対する恨みは無かった。
 どちらかと言うと、靖子と付き合っていたことを隠していることに負い目を感じていた。
 だが、そのことはずっと言えずにいる。

「おい、君ら!」

 不意に背後から声を掛けられた二人は、驚いて一斉に振り向いた。
 そこには、額に汗をじっとり浮かべた吉田課長が立っていた。

「どうしたんですか?」

 小山が問いかけると、吉田課長はこう答えた。

「昨日の夜動くはずだったバッチが途中でコケたんだ。心当たりは無いか?」
「え?」

 幸一郎は思わず反応してしまった。
 それは自分が作成した「売上データ蓄積バッチ」のことかと思ったからだ。
 昨日、自分が秘密裏に行ったテーブル移動がバレたのではないかとビクビクしていて、つい過敏に反応してしまった。
 怪しまれないように直ぐ平静さを装ったが、過剰反応した幸一郎を吉田課長は見逃さなかった。

「何か知っているのか?」
「い......いえ......いえ!」

 右手を顔の前で左右に一生懸命振ることで、自分は関係無いということを思いっきりアピールして見せたが、かえって怪しまれたのではないかと、すぐに後悔した。
 そんな二人のやり取りを横で見ていた小山が、幸一郎に向かって何か言おうとしている吉田課長にこう問い掛けた。

「課長、何のバッチか言ってもらわないと、答えようが無いですよ?」
「何だと? 昨日の夜何が動くかくらい把握しといてよ。分かるだろ。えっと......」

 吉田課長は小山の問いに苛立ちながらも、応えようとした。

「顧客売上分析バッチが途中でコケたんだ。何か知っているか?」

 自分が作成した「売上データ蓄積バッチ」と聞き間違えた幸一郎は、またもびっくりしたが、すぐにこう思い直した。

(顧客売上分析バッチは、僕の担当じゃない)

「いえ、特に心当たりはありません」
「そうか......」

 吉田課長は踵を返し、職場に戻って行ったようだ。
 昨日の秘密裏に行ったテーブル移動がバレやしないかとビクビクの幸一郎ではあったが、それとは関係なかったようで胸をなでおろした。

「顧客売上分析バッチって水谷の作ったやつだ......」
「そうなの?」
「あいつがこのプロジェクトに来て初めて設計から開発までやったバッチだよ。ただ、設計に関してはまだ慣れてないから俺が指導したけど......」
「へえ......」

 その話を聴いた時、やはり渚沙は、そこそこ大きな会社の社員なんだなあと思った。
 幸一郎のように外注でプログラマとしてプロジェクトに参画した人間は、最後までプログラマとして全うすることが多いが、渚沙のようにプロパー側の人間は、最初は開発チームでプログラマをてても、いずれは設計、数年も経てば顧客相手に要件定義、最終的にPMと確実に上流工程に昇って行く。

 幸一郎自身はプログラマという仕事は楽しいし、物を作るのは好きである。

 だが、好きか嫌いかは別にして、いずれは上流工程も経験しないといけないのではないかとも考えている。
 プログラマという仕事が一生続けばいいが、今のところ突出していると自負出来る程のスキルを持っていないと感じている幸一郎は、この辺りで設計の方も経験したいと思っていた。
 そういう意味では、順調に様々な経験を積んでいる同年代の渚沙や小山が羨ましかった。
 幸一郎が所属しているニッポーシステムズという社員三十名くらいの小企業は、主に技術者の派遣業を中心に行っている。
 社長が言うには「いずれはまた、請負の仕事も自社でしたい」らしい。
 過去に何度か受注した請負契約の仕事は、ことごとく失敗していた。
 理由としては、リーダー経験者や上流工程から下流工程まで管理経験がある社員がいなかったのもあるが、何より会社自体にそのノウハウが無かったので何度も失敗していた。
 最終的には全員派遣でその赤字を埋めている。
 そう言った事情からも、幸一郎はリーダーとしての経験や上流工程を経験してそのノウハウを会社に還元し、いずれやって来る一括請負の仕事に備えたいという気持ちもあった。
 だが、それがプログラマと言う仕事以上にやりたいことかと言うと、そんなことは無かった。
 未だに自分でもこの業界で何がしたいのか迷っている。

 と、数十秒の間、悠長にそういったことを考えていたが、ふと、昨日、車中で渚沙がこんなことを言っていたのを思い出した。
 
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「君のバッチが実行された後、私のバッチが実行されるんだから」
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 その言葉を思い出した幸一郎は、背筋に寒いものを感じると同時に、嫌な予感がした。

つづく

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