常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 エンジニアの事故記録】第五話 告白

»

 幸一郎は百本の薔薇の花束を、自信たっぷりに渚沙に差し出した。
 渚沙はそれを受け取るのをためらったようだが、すぐに失礼と思ったのだろうか、戸惑う素振りを見せながら両手でそれを受け取った。
 まるで腫れ物にでも触るかのようにソーっと。

「今日はなんかの記念日だったかな? 私、何かした?」
「いえ......そんなことは......僕の気持ちです」

 大丈夫、声は震えていないし、落ち着いている。
 そう幸一郎は自分に言い聞かせた。
 ただ、渚沙が引いている感じに見えるのは気のせいだろうかと気にはなった。

(やっぱり白いスーツの方が良かったか?)


---------------------------------------------------------------------

「18時を過ぎたのに、小山君来ないね」

 渚沙が店の壁に掛かった時計を見て、困ったような顔をしてそう言った。

「そうですね、なにをしてるんでしょう?」

 幸一郎もそれに合わせて、心配そうな顔をして応えた。

「ブルルルル......」

 その時、幸一郎のスマホが振動した。
 ディスプレイには、小山と表示されている。
 幸一郎は電話に出た。

「あ、小山君、今日大丈夫?」
<頑張ってるか?>
「ああ」
<良い返事を待ってるぞ>
「ああ」

 幸一郎は電話を切ると、渚沙に顔を向けてこう言った。

「残念です。小山君は仕事が急に入って来れないそうです」
「そうなの......」

 渚沙の顔が、一瞬残念そうになったのを幸一郎は見逃さなかった。
 幸一郎は渚沙の気持ちを推し量ろうとした。
 それは小山が彼女にどう思われているかと言う一点に尽きた。
 恋愛経験がそれほど多くない幸一郎は、その分野では器が小さく余裕が無かった。
 それは、好きな女性に好きな人がいた場合の痛みを受け入れることが自分に出来るのかという、不安から来るものだった。
 もう少し経験値があり器が大きければ、渚沙の態度に対しても余裕を持って、

「そんなに、小山が来てほしいの~? 僕だけじゃ不足かい?」

 といった、軽口を言いながら道化を演じることで笑いを取り、場を和ますことも出来たかもしれない。
 そして、面白い奴と思われればチャンスも作れたことだろう。
 だが、今の恋愛レベル2か3くらいの彼にとっては、こういった切り返しを行うには技術が足りない。
 この渚沙の残念な顔は、酷く彼を不安に陥れ情緒不安定にした。
 その挙動不振な様子を見た渚沙はフォローするようにこう言った。

「あ、でもフランス料理楽しみだなあ」
「は、は、はい。楽しみですね」

 何だかお互いギクシャクした状態になったと感じ取った幸一郎は、この雰囲気を変えたい一心でこう言った。

「はじめましょうか」

 そう促すと、渚沙は無言で小さくうなずいた。
 店員を待っている間、渚沙は先ほど貰った百本の薔薇の花束をどうすればいいか、両手に持ったまま困っているようだ。
 その様子を見た店員が、こう声を掛けてくれた。

「花瓶をお持ちしましょうか?」

 だが、渚沙はこう答えた。

「籠で」

 店員はすかさず、籠を持って来てくれた。
 渚沙の足元に置かれた籠に、暫定的に百本の薔薇は無造作に生けられた。
 喜ぶと思って調達して来た薔薇が、それほど効果を発揮してい無さそうだということに幸一郎は落胆した。

「お客様、まずは飲み物をオーダー願います」

 店員が牛皮で出来た表紙をまとった重厚感あるメニューを持ってきた。
 そのメニューから顔を上げた渚沙は、迷う様子も無くこう頼んだ。

「スパークリングワイン」
「えっと......僕は......」

 幸一郎はこういったオシャレなフレンチで食事をしたことが無かった。
 いつもは友達とチェーンの居酒屋や飲食店を中心に、晩飯活動を行っていた。
 この店だって、小山が「めしログ」というグルメサイトから探して来てくれたものを、ネット予約しただけだった。
 今だってまだ店の雰囲気に慣れていない。
 豪華な内装と、ムードのある間接照明にビビっている。

「ノンアルコールビールで」

 なんとか自分でも理解できる飲み物を頼んだ。

「え? 何で?」

 渚沙は驚いたような顔をした。
 今日の仕事は終わっているので、お酒を飲むのが当然と思っていたようだが、ここで飲まないのには幸一郎なりの理由があった。

「あとで飲まない理由は教えます」
「変なの~」

 得意げに答えた幸一郎に対して、渚沙は不審げというか不思議そうな顔をした。
 その顔を見た幸一郎は、またも不安を募らせたが例の「アレ」で、ここで何かしくじったとしても、巻き返しが出来るという自信があった。

「この店は来たことあるの?」
「あ、実は初めてで」

 実際に渚沙を目の前にすると、緊張する。
 アルコールを流し込んで緊張をほぐしたいものだったが、ここでは切り札「アレ」のために我慢した。

「前菜とドリンクでございます」

 条件反射的に卓に置かれたノンアルビールを、幸一郎は一気に飲み干してしまった。
 緊張のあまりカラカラに乾ききった口の中と喉を潤したかったが為の行為だったが、「ふー」と息を付こうとしたとき、目の前で渚沙がグラスを差し出して構えているのを確認した。

「か......かんぱいは?」

 急いで飲み干した幸一郎を、苦笑いしながら見ていた。

「あ、す、すいません喉乾いてたもんで」
「いえ、いえ」

 店員が、すぐにやって来てこう尋ねた。

「もう一杯お持ちしましょうか」
「お願いします」

 乾きは失せたが、緊張は失せなかった。


---------------------------------------------------------------------

「水谷さん、だいぶ仕事は慣れましたか?」
「うん、外注社員さんたちも優しいし、小山君もいるしね。あと......大竹さんもいるし」

 渚沙はちょっと慌てながら付け足すように幸一郎のことを言った。
 その様子にまたも少し不安を募らせた。
 メインディッシュの仔牛の赤ワイン煮込みの味がよく分からない。

「ありがとうございます」
「いいんだよ。そんなかしこまらないでよ。同じ年なんだから、ため口でいいんだよ」
「はい、いや、うん。ありがとう......ございます」

 渚沙がそう言ってくれたことはありがたかったが、なかなか敬語をすぐにため口へと変換するのは難しかった。
 敬語とため口の境目を行ったり来たりしながら、一生懸命話す幸一郎に彼女はこう言った。

「大竹さんって、職場だと凄い真面目そうだけど、外だと意外に面白いんだね」

 しどろもどろに、頭を掻きながら話す幸一郎をユーモアがあると思ったのだろうか。
 三杯目のスパークリングワインで頬を赤らめた渚沙は、片手でスマホをいじりながらそう言った。

「はあ」

 好意的に思われてるのかと思い、恥ずかしさの余り頭を掻いた。

「小山君と大竹さんって、高校が一緒だったんだよね? 仲良かったの?」

 スマホを卓に置いた渚沙は、突然、昔のことを訊いてきた。
 プロジェクトの何人かは二人が同級生だったということを知っている。
 渚沙もその内の一人だ。

「あ......ああ、まあまあ仲いいですよ」
「なんで、しどろもどろになるの?」

 渚沙が軽く突っ込みを入れて来た。
 小山の話題の時、彼女が嬉しそうになるのがやはり気に食わないのか?--幸一郎は自分に問い掛けた。

「彼、野球部だったんでしょ? 母校が甲子園に行けて今日凄く喜んでたもんね」
「あいつが高校三年生の時、惜しくも県大会の決勝で負けて出場を逃したから、やっぱうれしいと思いますよ。僕は高校二年の時、空手でインターハイに出たけど」
「え?」

 幸一郎はどさくさに紛れて渚沙が訊いていないことを、自慢げに語りだした。
 それは彼女に自分のことを知ってもらいたいというのもあったし、小山のことを話題の端に追いやりたいというのもあった。
 だが、渚沙は話の流れが突然、不自然に流れた為、あっけにとられたような表情になっていた。
 それでも、こう応えてくれた。

「へえ、すごいね! 人は見掛けに寄らないもんだね」
「高校の時、無理やり勧誘されて始めたんですよ。小山のやつも誘ったんですがね、野球がやりたいの一点張りで話を聞かなくて。一緒に入った部員は十五人いたかな。最後は、僕を含め三人にまで減ってました。練習がハードでしたからね。まあ、仕事でへこたれないのもあの頃鍛えられたからですよ」

 幸一郎は仕事でへこたれることが年に何度かある。
 部活のキツさを乗り越えられたからといって、社会のキツさに耐えられるわけでは無いようだ。
 
「僕は組手はダメだったけど、形(かた)の方で大山先生に認められて色んな大会に出れるようになったんです。で、期待に応えようと猛烈に練習して一年で茶帯を取って、二年で初段になりました。あ、大山先生って言うのは、部活の顧問で僕の尊敬している人なんですよ」

 自慢話は止まらなかった。
 だが、そんな話にも渚沙は「すごい」とか「おお」とか反応を示してくれていた。
 元来、性格の良い人間なのだろうが、それを幸一郎は自分に興味を持ち始めたのではと勘違いをしだしていた。

「今は空手やってないの?」
「え......え、三年の時辞めました」
「え? なんで?」

 今までノリノリで話していた幸一郎は、ここで言葉に詰まってしまった。
 その理由を話すということは、小山とのことも話さなければならない。

「いいよ......無理して話さなくても」

 幸一郎が急に深刻そうな表情で黙ってしまったのを見て心配してくれたのか、渚沙は優しくテーブル越しに彼の肩を叩いた。
 顔を上げた幸一郎は、優しい表情をした彼女と目が合った。

 そして、幸一郎はもう言わずにはおれなかった。

 ここで告白が成功して、その後、例の「アレ」で素敵なひとときを過ごせば展開次第では共に一夜を明かせるという幸運も期待できる。
 幸一郎は楽観主義者では無いが、失敗した時のことを考えたくない余り上手く行ったと時の状態を想像することで現実逃避しているようなところがあった。

「水谷さん」

 突然、真顔で幸一郎が身を乗り出して声を掛けて来たので、渚沙はビクついた。

「な......何!?」
「今日は、聴いて欲しいことがあって、ここに来てもらったんだ」
「はい」

 渚沙も真顔になった。
 幸一郎の真剣なまなざしに、何かを悟ったのかもしれない。

つづく

Comment(2)

コメント

匿名

毎回楽しく読んでます。
形競技を知ってる読者がどんだけいるか・・・。
空手といえば瓦、ビール瓶、氷を割るというイメージが大半なんじゃなかろうか。
高校から初めてインハイまでいったってのは大したもんだ。

湯二

匿名さん。
コメントありがとうございます。
毎回、読んでいただき、どうもありがとうございます。

一応、オリンピック競技になりましたから……
なるべく、その辺りが分かりやすく伝わるように書いていきたいと思います。
エンジニアと形でANDを取って人類を検索すると、何人くらいヒットしますかね。

コメントを投稿する