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【小説 愛しのマリナ】最終話 二十八歳、別れの手紙

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「どうしてここに?」

 振り返った真里菜は驚き、そして目を見開いたまま、立ち尽くしていた。
 さっきまで強く握られていた左手首が痛い。


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 真里菜がデータセンタで竹中を助けていた頃ーー
 話は二時間ほど前にさかのぼる。

「パパだよ......お腹ちゅきまちたねぇ」

 慶太は一人、自宅の茶の間で物言わぬ人形と向き合っていた。
 酒の瓶やスナック菓子の袋などが所かまわず散らばっていた。
 その人形は女性の形をしており、一メートル七十センチあり、響子と同じ背丈だった。
 いわゆる、そう言った類の人形かもしれない。
 ちなみに服は着せてある。
 その人形を横座りにさせ膝のあたりに、これまた希優羅を模したと思われるお猿の人形を置いている。
 慶太もその人形たちと同じ目線になるべく、胡坐をかいて向き合っている。
 そして、ブツブツと何事かを話し掛けていた。

「今度、遊園地にでも行きたいでちゅね......」

 病んでいた。
 響子に捨てられ、希優羅を奪われた慶太は、わが身の行いを振り返り自分自身を地獄の業火で焼き尽くしたいとまで考えていた。
 だが実際はそこまでのことをする勇気も無いので、生きる上での寂しさは降り積もる一方だった。
 ネット通販で買ったこの人形と過ごすことで、多少の癒しを得ていた。
 ちゃぶ台には妻と娘、そして自分が仲良く映った写真と、二人のために積み立てて置いた定期預金の通帳が置いてある。

「響子、希優羅......ごめんな......」

 仕事を優先して来た自分を悔いていた。
 だが、それは慶太が生きたいように生きた結果だったので、例え二人が戻って来たとしても、彼が同じことを繰り返すのは目に見えていた。
 だが今は、

「今度こそは家族を優先にするぞ」

 と、誓う慶太ではあった。
 その脳裏には、あれほど慶太のために死闘を繰り広げた真里菜の影は、一欠けらも無かった。
 結局、真里菜は慶太にとって、うまく行かない家庭や仕事からの現実逃避の一つに過ぎなかったのかもしれない。

「ピンポーン」

 一週間振りの来客だった。
 もしや家族が戻って来たのではと、慶太は期待した。
 ちなみに一週間前に来た客は「水道局から」来たと自称する者で、その者は「健康にいい」と言うことで、高価な浄水器を勝手に取り付けて行った。
 家族を失い放心状態の慶太は、その者の作業を横目で見ているだけだった。

「お帰り!」

 満面の笑みで扉を開けた慶太は、そこに立っているのが森本だということが分かると、落胆と驚きが混じった不思議な気分になった。

「お久しぶりです」

 森本は一礼した。

「お......おう」

 扉を開けたことで、冷気が部屋に入り込んできた。

「ブルルル」

 その時、慶太のポケットに入れてあるスマホが振動した。
 画面には「生島社長」と表示されている。

(遂に、最後通告か......)

 慶太は社長を裏切ることになった自分を恥じていた。
 大学を卒業しても就職が決まらず行き場を失っていた自分を、中小企業合同面接会の場で見つけてくれた社長には今も感謝していた。 
 だが、あれほど恩を感じていた人に仇を返してしまった。
 だから、どんな決断も甘んじ受けようと思っていた。

「はい。大沢です」
「おお、元気してたか! 新しい仕事が決まったから新年からもよろしく頼むわ!」

 首を宣告されると思って電話に出ると、元気な声で新しい仕事の話を振られて、慶太は訳が分からなかった。

「あの......例の件はどうなったんでしょうか?」
「ああ、君は無実だよ。悪いのはあの会社の連中だよ。まったく、人騒がせなやつらだ」
「はあ......」

 いつの間にか物事が解決していた。
 あの事件が遠い昔のことのように思える。
 慶太は当初、あれほど久米の策略と荒川の裏切りに怒りを燃やしていたが、一人の時間を経ることでその思いが失速して行った。
 それは、家族を失った悲しみの方が、何にもおいて大きすぎたからだった。

「君がやりたかった上流工程からの仕事だからしっかり頑張れよ! あと、この仕事は上田さんが見つけてくれたんだから、彼女にも礼を言っておくように」
「上田さんが......」
「あ、でも彼女は会社辞めちゃったな」

 慶太は驚きのあまりスマホを手から落としていた。
 電話はその拍子に切れた。

「辞めたってどういうことだ......」

 目の前にいる森本に問い掛ける。
 すると森本は、一枚の封書を手渡した。

「上田さんからです」

 慶太は糊でびっちり閉じられた封書を、ビリビリと開けて中の便せんを取り出した。
 そこには、こう書かれていた。


  「こんにちは。

   元気してますか?
   私はまあまあ元気です。
   この手紙が届くころ、慶太君にもいいことが起きてるはずだよ。
   全てはうまく行ったと思う。
   多分......
   あとは、慶太君の頑張り次第だね。
   これで、ちょっとは恩返しできたかなあ?
   って、慶太君は覚えてないのか。
   寂しいなあ。

   二年前のあの日だよ。
   データベースが起動しなくて私が困ってた時、
   慶太君が缶コーヒー持って助けに来てくれたじゃない。
   あの時の君は、私のヒーローだったなあ。

   その恩返しがやっとできました。
   あっ、でも奥さんとのことがあるから、それと相殺されちゃうかな。
   ......って言うか、マイナスって感じ(涙)
   でも、これで少しは罪滅ぼしが出来たかな。


   あと、私、会社辞めます。
   できれば、もう一度、慶太君と仕事がしたかったな。

   しばらくは田舎でのんびり過ごします。

   慶太君、奥さんと希優羅ちゃんと、また一緒にやっていけるといいね。

   それで、本当にすべてうまく行ったってことだからね。

   んじゃ     
                                 真里菜より」

 今どき、メールでもLINEでもないところが、真里菜の決意を物語っていた。
 この手紙の返信先は、封筒のどこにも記載されていないからだ。

「上田さん......」

 慶太の目から涙があふれて、ぽろぽろと零れ落ちた。
 それを見た森本はこう言った。

「大沢さん、上田さんは今日の夜の新幹線で、田舎に帰るそうです」

(そうか......)

 慶太の気持ちは、それほど波立つことは無かった。
 自分でも、真里菜を追う気持ちが湧いて来ないという事に驚いた。
 さっき涙があふれ出たのは、一時の感傷だったのだろうかとも思った。

「追わなくていいんですか?」

 森本は、念を押した。
 慶太は眉間にしわを寄せた。

「い......いや......」

(行けない......)

 家族を取り戻したい気持ちが邪魔をして、真里菜を追いかけることが出来ない。

「おいっ!」

 森本は目と顔を真っ赤にし、両手で慶太の襟首をつかんだ。

「上田さんが、どんな気持ちであんたのことを、助けてくれたのか考えろよ!」

 慶太は森本のこうした目をどこかで見た覚えがある。いつだったか......
 ギラギラした瞳は、熱い想いが沸点に達し、煮えたぎったしぶきが吹きこぼれているかのようだ。

「あんたがそうやって、家族がどうのこうのってヘタってる時に彼女は......どれだけ苦労して戦ってたのか考えたこともねえのかよ!」

 森本は、響子人形を蹴飛ばした。
 それがテーブルにぶつかり、家族の写真が入った写真立てがぱたりと倒れた。
 今、最も大切なものに危害を加えられたのを見た慶太は、怒りに震えた。

「おまえ! 何すんだ!」
「そんなもんが、そんなに大事かよ!」

 森本は倒れた人形を足蹴にした。
 人形の空気が抜けて、惨めにしぼんでいく。
 それを見た慶太は、森本に殴りかかった。

「てめえ!」
「なんだ、このやろう!」

 森本の力と言うか、圧が凄い。
 こんな華奢な体のどこからこれだけのパワーが噴き出してくるのか不思議だった。
 揉み合いになりながら、慶太はふと思った。

(こいつ、もしかして......真里菜のことを)

 慶太は両手を森本の前に出し、一歩下がってこう言った。

「分かったよ。上田さんの気持ちが。きちんと彼女に会いに行ってくる」

 慶太は森本の気持ちを確かめるために、わざとそういう素振りを見せつつ玄関の方に向かった。
 森本の横を通り過ぎ、玄関のドアノブに手を掛けようとすると、後ろから肩を掴まれ無理やり振り向かされた。


ゴキイィ!!


 顔面に重い一撃を喰らった。
 殴られると星が見えると言うが、その時、慶太は目の前が真っ暗になるとともに、その中に回転する数個の白い星を見た。
 床に尻もちを付いた慶太は、自分を見下ろしている森本に対してこう言った。

「お前が、上田さんを追えって言うからだろ!?」

 鼻血が唇を伝って顎から床に滴り落ちるのが分かった。

「好きな人まで奪われてたまるかよ!」

 慶太に真里菜を追えと言ったり、追うなと言ったり、
 森本の一見矛盾しているが、恐らく一貫していると思われる行動原理がやっと分かった瞬間だった。
 慶太は森本から漫画を奪った。
 そして、今、芝居とはいえ真里菜をも奪おうとした。
 慶太は森本の目を見た。

(これだ......)

 慶太は思い出した。
 慶太に漫画をダメだしされた時、編集者に漫画を否定された時、その時に見せた真っ直ぐなギラギラした目だ。

(こいつ、それだけ真里菜のことを......)

 慶太は自分がいない間に、二人の間でどれだけのことがあったか分からない。
 だが、自分と違って森本が純粋に真里菜を愛しているということだけは、はっきり分かった。
 
「森本......見ての通り、俺はこんな奴だ。未だに家族を忘れられない。
 だから、上田さんを幸せにすることは出来ない」

 慶太は改まってそう告げた。

「でも、お前なら出来る。
 その目を見たら、出来ると思う。
 頼む......彼女を幸せにしてやってくれ」

 気付くと森本の足元で、土下座していた。
 森本はひれ伏す慶太を見つめて、こう言った。

「はい......」

 森本はドアノブに手を掛け、外に出ようとした。
 そのまま外に出るかと思ったら、慶太の方を振り返り、こう言った。

「大沢さん......」
「何だ?」
「僕は、漫画を諦めたわけじゃありません」
「そうか......」
「ですが、このエンジニアと言う仕事の楽しさが、やっと分かってきました」
「うん」
「いつか、大沢さんの原作で、漫画を描かせてください」
「エンジニアものでか?」
「はい」

 そう言うと、森本はドアを開け外に飛び出していった。
 見送って一人になった慶太は、スマホの電話帳からある人物を選択し電話を掛けた。


「もしもし、響子か?」


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「森本くぅん!」

 話は今に戻る。
 真里菜は驚いたような、大きな素っ頓狂な声を上げた。
 新幹線の中の人、ホームの人、周りの人が何事かと振り返った。

「どうしたの?」

 新幹線の中の真里菜。
 ホームにいる森本。
 ホームと新幹線の段差を隔てた二人の間には、50センチほど間があった。

「ぼ......僕は......あ、あなたのことが」
「えっ?」

 顔と耳を真っ赤にした伏し目がちの森本は、何事か伝えようとしていた。
 頭髪の生え際からは汗がにじみ出ている。
 森本が何を言おうとしているのかその様子から、真里菜は何となく分かった。

(あ、こいつ仕事は出来るけど、そういうとこは"うぶ"なんだなあ)

 と、妙に感心したりした。
 そして、可愛いな、とも思った。

「す......す......す」
「え?」

 真里菜は思わず手を耳に当てて聴き返すポーズを取った。

(森本君、君は私のことが本当に好きなのかな?)

ピリリリリリリリリリ

 けたたましくサイレンが鳴り響いた。
 
「まもなく、新幹線が発車します」

 無情にも、二人にはもう時間が無かった。

「す......すすすすすすすす」
「もう、じれったいなあ!」

 真里菜はホームに飛び降りた。
 その拍子に森本は、新幹線に乗り込んでしまった。

「あっ......」

 その瞬間、二人を引き裂くように新幹線の扉が閉まった。
 新幹線が出発し、森本と真里菜はお互いの顔が遠のいて行くのをずっと目で追いかけていた。


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「この携帯電話は電波の入らないところか、電源が切れています」

 森本のスマホは電源が入っていないのか通じない。

(こんな時に、電池切れかよ!)

 真里菜は頭を抱えた。
 電話さえつながれば、次の駅で待ち合わせできるのに。
 彼が列車の中の公衆電話の存在に気付けば、電話が掛かってくるかもしれない。

 だが、真里菜のスマホは一向に振動しなかった。

 途方に暮れ、フラフラと駅の外に出た。
 終電も過ぎ去り、駅の周りはシンと静まり返っていた。
 雨はやんでいるが、真黒な黒い空はどこまでも墨で塗りつぶしたみたいだ。

 例えば新幹線が次の駅に止まったとして、彼はそこで降りて真里菜のことを待っているのだろうか。
 真里菜は彼と出会うことが出来るのか、ふと不安になった。
 連絡が取り合えてない以上、二人はこのまますれ違ったままなのかもしれないと思った。

 そう思うと、真里菜は意外と身近に大切なものがあったのかもしれないと気付いて、大きな喪失感に襲われた。
 森本と数日、職場で過ごしたことを思いだしていた。
 恐らく彼は、真里菜と一緒に慶太の無実を勝ち取るための活動をしていくうちに、彼女に心惹かれて行ったのだろう。
 慶太を想う真里菜を横目で見ながら、彼がどんな思いでずっと加勢していてくれたのかと想像すると、今頃になって胸が痛くなり、涙が出た。

「女は惚れられて一緒になるのが一番だよ」

「え!?」

 声がする方を振り向くと、そこには一台のタクシーが停車していた。
 窓から顔を出している人物は続けてこう言った。

「何やってんだい! 早く乗りな!」
「外山さん!」


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「夜は、タクシードライバーをやってるのさ」

 夜の街を流していた外山は、偶然、真里菜と森本が駅に入って行くのを見たのだそうだ。
 真里菜は、偶然にしては出来すぎているとは思いながら、感謝して助手席に乗せてもらった。
 一般道を突き抜け、高速道路をかっ飛ばす。

「自分の年金は、自分で稼がなきゃね」

 六十代と思しき社長夫人は、そう言った。
 信号待ちで二人は会話した。

「あの新幹線は、次の△△駅に停まる。彼はそこにいるはずだよ」
「は......はい」
「しかし、あんたは鈍感だね」
「え?」
「あの森本って男の子、ずっとあんたのこと好きだっていう目で見てたよ」

 真里菜は普段クールと言うか飄々としている森本からは、そんな雰囲気を微塵も感じなかった。
 そして、外山がそんなところまで見ていたのかと言うことに、驚いた。

「ブルルルル」

 真里菜のスマホが振動した。
 画面を見ると「公衆電話」と表示されている。
 森本だと判断し、電話に出た。

「上田さん! 今どこですか!?」
「自分がいるところは、どこか分からないけど、△△駅に向かってる」
「僕は、今、△△駅に着きました。待ってます」
「はい」
「真里菜さん、僕はあなたと一緒に仕事をしていくうちに......その......す......」
「森本君」
「はい」
「会った時に、ちゃんと面と向かって言ってください」

 信号が青になり、二人を乗せたタクシーは発進した。


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「着いたよ」

 真里菜はタクシーから降りると、外山に会釈した。
 深夜の△△駅のロータリーに人はいない。
 だが、目を凝らしてみると、地元の戦国武将と思われる像の横に人がいる。
 森本だ。

「幸せにね」
「はい」

 そう言い残して真里菜は、森本に向かって走って行った。


おわり

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

Comment(10)

コメント

atlan

前に書いたコメントの通りに・・・
「いつか、大沢さんの原作で、漫画を描かせてください」

湯二

atlanさん。
コメントありがとうございます。

その節はありがとうございました。
思いっきり、最後の最後でパクらせていただきました!

第二部まんが道編です。(予定ないけど)

イマイ

しばらく見てなかったら、知らないうちに小説連載されててしかも面白くて毎回楽しみにさせていただいてました。
データベースの世界は疎いもので、このような形で見せていただき初心者に分かりやすかったです。
次回作も期待しています。お疲れ様でした。

湯二

イマイさん。
コメントありがとうございます。
面白く読んでいただけたのなら、書いた甲斐がありました。
データベース(ORACLE)が分からない人でも、分かってもらうように書くのが大変でした。
でも、分かってもらえたようでうれしいです。
次回作も何かその内!

ピーマン

最後まで楽しんで読ませていただきました!お疲れさまでした!

初学者

楽しかったです、次回作楽しみにしてます。

湯二

ピーマンさん。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
コメントもありがとうございます。
仕事の合間の息抜きに読めるようなものを、今後も作っていくのでよろしくお願いいたします。

湯二

初学者さん。
コメントありがとうございます。
次回作も考えているので、ちょっとだけ期待していてください。

武装少女マキャヴェリズム

面白かったです。
いやそれは無いだろーみたいな無茶苦茶な展開もあり
自分の専門外のデータベースの話もあり
比較する訳ではありませんが、個人的にはリーベルGさんの小説より好きです
次回作もぜひ!

湯二

武装少女マキャヴェリズムさん。
コメントありがとうございます。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。

漫画みたいな小説を書きたかったので、こんなものが出来てしまいました。
三日で描いた漫画が賞を獲るとか、
同じプロジェクトのメンバー同士で罠を仕掛け合うとか、
掃除のおばちゃんが都合のいいキャラ設定だとか、
全部、むちゃくちゃです。
あと、ここがエンジニアのサイトなので、技術的な話も載せないかんなと思い、データベースの話も足しました。

次回作も、頑張りますんで、お付き合いください。

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