常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 愛しのマリナ】第三十九話 二年前

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 新幹線をやり過ごした真里菜は、駅を出た。
 外は激しい風と雷雨で、道行く人々がお猪口になった傘と悪戦苦闘している。
 駅前のロータリーでタクシーを拾うと、

「XXX町のデータセンターまで」

 と、運転手に告げた。

 竹中を助けるために、真里菜はデータセンターに向かった。
 仕事納めは済んだが、契約自体は今月末までである。
 気持ちとしては、仕事として助けに行く半分、真面目な竹中を気に入っているので、情で助けに行く半分。
 途中、タクシーの中で二年前の、あの日のことを思い出していた。
 あの日も風と雷雨の夜だった。

(慶太......あの時のことを、覚えてないなんて悲しいよ)


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 二年前、
 とあるプロジェクトの端末室にて。

 外は雷雨だった。
 夜八時。
 時折、光ったと思ったらその直後に激しい落雷の音がする。

「だめだ......起動しない。なんでよ......もう」

 真里菜は涙声で、ぼやいた。本番データベースサーバのコンソールを前にして俯いていた。

「ノード2のクラスタウエアが起動しない?」

 一時間前、それを聞いた現場責任者であるプロパー社員は、困惑した表情になった。
 その日、夜七時から、真里菜は本番環境のORACLEデータベースにバグ対応用の個別パッチをあてる作業を行っていた。
 二台RAC構成のORACLEデータベースは、LinuxをOSとしたサーバに構築されていた。
 二台のRACデータベースにパッチをあてた後、ノード1のクラスタウエアを起動した。
 そして、ノード2のクラスタウエアの起動を行ったときに、それは起きた。

「はい......何度やってもダメです。クラスタウエアのログには起動失敗のエラーメッセージが出て来てしまって......」
「ノード1は起動出来て、ノード2が起動できないんじゃRACの意味が無いし、ノード1だけじゃ日中の処理量をさばききれないだろ? 今晩中に何とかしろよ。サポートにでも何でも問い合わせてさ」

 データベースのことを知らないプロジェクトマネージャーであるプロパー社員は、お手上げといった様子だった。
 まるで急かすことだけが自分の仕事かのように、一緒に調査しようともせず、真里菜一人に任せきりだった。
 データベースエンジニアはプロジェクトに一人だけと言うことが多い。
 それだけに、それに関わる全ての疑問や問題は真里菜一人に覆いかぶさって来るのだった。
 途方に暮れた真里菜は、サポートセンターに調査を依頼するため、クラスタ系のログを採取していた。
 だが、無情にもサポートセンターから告げられた回答は、

「頂いたログからでは、今すぐ回答できません。今晩中には回答できないかもしれません」

 とのことだった。
 その回答にひどく落胆した真里菜は、涙目でプロパー氏にそのことを伝えた。

「何とかしろよ! まず、あなたの作った手順がおかしかったんじゃないのか!?」

 真里菜が作成したパッチをあてる手順書にまで、さかのぼって疑いを掛けて来た。

(あなたにレビューして、OKもらったから今日の手順でやったんじゃない! それを今更......)

 真里菜は心の中でプロパー氏のことを毒づいた。
 プロパー氏は、データベースサーバの横に椅子を二つ持ってくると、真里菜に座れとばかりに、その椅子を顎で指示した。
 即席の手順読み合わせが行われた。
 プロパー氏は一つ一つの手順に、どうしてこうしたのかを事細かに訊ねて来た。
 先日のレビューではそこまで突込みが無かったが、今は、真里菜の粗を探すためプロパー氏は容赦無かった。

「ふむ。別に手順が悪いわけでは無さそうだ」
「ちゃんと、開発環境でも検証したし、この手順でOKかどうかもサポートに確認しました」

 とりあえず、手順のせいで無いことが分かった真里菜は少しほっとしたが、問題は何も解決していなかった。

「もともとのデータベースを構築する手順が悪かったんじゃないのか!?」
「そんなことありません!」

 とことん疑ってくるプロパー氏に、真里菜は声を荒げた。
 今になって振り返ってみれば、データベースの知識がないプロパー氏としては真里菜のやったことを疑うしかなかったとも思える。
 だが、当時の真里菜としては、プロパー氏が責任逃れをしようとして、彼女の粗をせっせと探しているようにしか見えなかった。

 真里菜は端末室を飛び出し、トイレの個室で泣いていた。
 諦めかけている自分に腹が立ったし、かと言って何もできない自分が情けなかった。

(逃げたい......)

 この仕事をしていて、初めてそう思った。
 オンラインシステムが稼働する朝六時までに、データベースを2ノードRACとして起動させなければならない。
 だが、今の自分には原因を見つけ、解決し、元通りに起動する自信が無かった。
 真里菜が一しきり泣いてトイレから出てくると、廊下に慶太がいた。

「どうしてここに?」
「端末室の灯りがついてたから、どうしたんだろうと思って」

 彼は開発室で遅くまで仕事をしていたが、端末室の灯りに気付いて立ち寄ったのだった。

「端末室に入れてください」

 慶太はそう言うと、真里菜と共連れで端末室に入った。
 部屋の隅にある机の上に、自分と真里菜とプロパー氏の分の缶コーヒーを置いた。

「まずは、一息ついて一緒に考えましょうや」

 その言葉が、今の真里菜にはありがたかった。
 慶太と真里菜は、そのプロジェクトで初めて一緒に仕事することになった。
 慶太は業務SEとして、真里菜はデータベースエンジニアとしてそのプロジェクトに派遣されていた。

「上田さん......大丈夫ですか?」

 慶太が心配そうに声を掛ける。
 真里菜は慶太の缶コーヒーで少し自分を取り戻し、元気を振り絞ってこう言った。

「大丈夫。ここで踏ん張ってスキルアップして見せるわ!」
「そうこなくっちゃ!」

 慶太と真里菜はそれから数時間、原因調査にあたった。
 慶太はデータベースに詳しくはないので、真里菜が欲しいログやデータを指示を受けて採取する役を担った。
 真里菜はそれを追加情報としてサポートに送ったり、自分でもネットを使って調査をしたり、開発環境で再現するかどうかを、様々なパターンであれこれ試していた。

「上田さん! syslogがいっぱいだからじゃないですか!?」

 慶太が終電間近の午後十二時前に、それを発見した。
 dfコマンドで確認すると、syslogの出力先である/varに割り当てられたディスクの使用率が100%。
 そこに出力されているmessageファイルが、たった一つで70GByteにもなっていた。

「どういうこと!?」

 真里菜は「tail -1000 message」コマンドで、messageファイルの下1000行だけを表示させた。
 そこには、ノード2からノード1へのインターコネクトを使った通信をDROPするメッセージが大量に出力されていた。
 ログメッセージの出力時刻を見た。
 個別パッチを当てた後に、ノード2のクラスタウエアを起動している最中にに出力されたものだと分かった。

「ノード2のクラスタが上がらなかったのは、ノード1とのインターコネクト通信が許可されていなかったからか」

 iptablesの設定を確認すると、ノード1とノード2のインターコネクトとして設定したIPアドレスを、ACCEPTする設定が抜けている。
 インフラチームの誰かが手違いで、iptablesからインターコネクトのACCEPT設定を外したのだろうか。
 とりあえず、原因は分かった。
 真里菜はそれを、プロパー氏と慶太に説明した。
 
「ノード2のクラスタウエアが起動する時、ノード1とインターコネクトを通じて通信しようとするんです。その通信を許可する設定がノード1と2のiptablesから抜けていたのが本当の原因です」
「で、具体的にはどうすればいいんだ?」

 プロパー氏は原因が分かり、安堵したのか声が少し優しくなっている。
 一方、慶太は説明を良くわかっていないようだが、真里菜の元気な様子を見て、笑顔でうなずいている。

「はい。
 ノード2からの通信がノード1からブロックされたことで、インターコネクト通信をブロックしたという旨のログがmessagesファイルに大量に出力され、それがディスクを圧迫しています。
 だから、まずログの出力先である/var/logからmessageファイルを消して、空き領域を作ります。
 そして、ノード1と2のiptablesにインターコネクトの通信許可を設定します。
 それが完了したら、ノード2のクラスタウエアの起動を試します」

 腕を組んで考えた後、「お願いします」と、プロパー氏は言った。

「大沢君、終電前だけど大丈夫?」
「僕のことは気にしないでください」

 慶太をチェッカーにして真里菜は、作業を行った。
 ノード2のクラスタウエアが起動し、インスタンスもデータベースも無事起動することが出来た。

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「大沢君、ありがとう」

 いつの間にか、雨はやんでいた。

 長い闘いから解放された二人は、職場のビルから深夜の街に出て家路を急いだ。

「ディスクがいっぱいってことに気付いてくれたから、本当の原因が分かったんだ。君のお陰だよ」
「いやあ、僕はORACLEのことはよく分からないから、素人考えでディスクとかいっぱいじゃないかとか、そういう初歩的なことしか見ることが出来なかったんです」
「でも、そこが良かったんだよ。専門家になりすぎるとさ、そういうとこが抜けちゃうんだよね。だから、無知な慶太君が来てくれて助かったよ。」
「僕って、褒められてるんですかね?」

 二人は、あはは、と笑った。
 その笑い声は、人がいない深夜の街に鳴り響いた。

「ごめんね......奥さん怒ってるでしょ? まだ新婚なのに」
「大丈夫ですよ。仕事も大事ですから。じゃ、これで!」

 慶太は屈託の無い笑顔を見せた。
 そしてタクシーに乗って帰って行った。
 真里菜はそれをずっと見送っていた。

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(慶太、これがきっかけだったんだよ......)

 タクシーでデータセンターに向かいながら、真里菜はその時のことを思いだしていた。


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「慶太君に......助けられたことがあったからね。恩返しだよ」
「え......そんなことありましたっけ?」
「もう! 覚えてないの!? 一緒のプロジェクトにいた時だよ......」
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(それを「そんなことありましたっけ?」なんて......ね)


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「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 竹中は泣きながら真里菜にペコペコと頭を下げた。

「現行データベースかと思ったら、新本番データベースの方だったんだね」

 真里菜は、本番稼働中のデータベースが障害を起こしているのかと思って急いで来てみたら、実は新本番データベースだったので拍子抜けしていた。

 データベースが起動しない原因は、ただの設定ミスが原因だった。
 竹中は初期化パラメータを間違えて設定したらしく、共有プールが多めに取られてデータベースがメモリを確保できず起動できなかったようだ。
 パラメータを設計書通りに設定したら起動できた。

「気を付けてね」
「はい!」

 竹中を見つめて真里菜はこう言った。

「私、君を助けたことずっと忘れないから、君も助けられたことを、ずっと覚えといてね」


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 時計の針が十時を過ぎていた。
 まだ最終の新幹線に間に合う。
 真里菜はタクシーで駅に戻るつもりだった。
 だが、足は自然とある方向に向いていた。

「あ......」

 気付くと真里菜は、慶太が住むマンションの前に立っていた。

(社長が慶太の無実を伝えてくれるから......私が言いに行く必要ないんだよね)

 頭ではそう考えていても、心の中は別だった。

(ホントはね、ただ会いたいから来たんだよ)

 真里菜は見上げた。
 慶太が住む部屋の窓から、灯りがついているのが分かる。
 そこに慶太がいるのが分かった。
 だけど、もう一人いる。
 それは女性の形をしていた。

「慶太君......希優羅ちゃんと奥さんが戻って来てくれたんだね。良かったね」

 真里菜は気付くと雨に濡れていた。
 傘が自分の足元に落ちている。
 ふと、頭の中が真っ白になっていた。
 頬を伝うものが雨水でないことだけは、理解できた。


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 真里菜は、午後十時半発の東北行き新幹線を、駅のホームで待っていた。
 駅前の山田そばで、モツ煮込みとそばのセットで夜食を済ませた。
 車内で食べる冷凍みかんは買ってある。
 年末のせいかたくさんの荷物を持った人々が、列をなしている。

「東北行き新幹線が入ります......黄色い線の内側まで下がって......」

(さよなら、大都会......)

 真里菜は感傷に浸っていた。
 涙は流れなかったが、心にぽっかり穴が空いたような感覚だった。
 新幹線のドアが開き、列の先頭から整然と乗り込んでいく。
 最後尾の真里菜は、ゆっくりとホームと車両の段差を乗り越えようとする。
 
ガッ!

 新幹線に乗り込もうとする真里菜の、その手首を、誰かが掴んだ。
 
 
つづく


次回、最終話です。

Comment(2)

コメント

VBA使い

助けてもらって好きになる、そういうことありますね。
私の知ってる人でも、それがきっかけで結婚した人がいます。

次回で最後ですか…お疲れ様でした。

湯二

VBA使いさん。

コメントありがとうございます。
読んでくれてありがとうございます。

何気ない一言や、行いが、された人にとっては、結構、そういうきっかけだったりするんですよね。
結婚まで行ったら、それはすごいことだと思います。

思った以上に長くなってしまいました。
二十話くらいで終わるかなと思ってたけど、長々と続いてしまいました。
読んでくれた人が一番大変だったんじゃないかなと思います。

あとちょっと何で、よろしくお願いいたします。

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