常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 愛しのマリナ】第三十八話 清掃婦は見ていた

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「今日で最後ですね」

 エムドナルドバーガーの二階席の窓際の席で、森本と真里菜は横に並んで座っていた。
 窓の外は枯葉が舞っている。
 12月29日。
 仕事納めの日に真里菜は、プロジェクトを去る。
 森本は来年の4月の新システム運用開始まで残るが、その後は仕事次第で契約がどうなるか分からない。

「久米さん、首にならなかったですね」


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 結局あの後、久米は荒川に謝罪した。
 謝罪を受けた荒川は、土下座する久米を見下ろしこう言った。

「何で、こんなことしたんだ?」

 久米は新人の頃、荒川から受けた屈辱を話した。
 それを聞いた荒川はこう言った。

「そんなこともあったっけ?」

 キョトンとした顔でそう言った。
 荒川にとっては小さいことでも、久米にとっては大きなことだった。
 それは、真里菜が慶太から受けた恩を、いつまでも忘れていないことに似ていた。
 嫌なことをされた当人や、助けられた本人は、そのことが印象的でよく覚えている。
 だが、嫌なことをした当人と、助けた本人は、比較的切迫感がない分、そのことに対して印象が薄いのか覚えていないことが多いのかもしれない。

「まあ、いいや。俺のせいで辛い思いさせたんなら。今回のことは黙っとくよ。プロジェクトをよろしくな」

 荒川は明るい感じでこう言った。


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 荒川は久米の件を、上に報告しなかった。
 久米をかばったままの荒川は、来年から別のプロジェクトに異動する。
 
「例の仕掛けも上手く行ってよかったですね」
「うん。でもバレないかヒヤヒヤしてたよ」

 久米を倒した後、新本番データベースサーバと教育環境データベースサーバの、IPアドレスとホスト名を、本来のあるべき姿に戻した。
 真里菜としては、お客が使用している現行本番、教育データベースサーバに影響を与えず仕掛けを作ることが大前提だったため、こういった面倒くさいことをしていたのだった。
 その後、予定していた教育環境データベースサーバのデータベースメンテナンスを急いで行った。
 SHUTDOWN ABORTして強制停止された新本番データベースは、データが教育環境のままだが、本番運用していないし、業務チームにも公開していないので問題なかった。

「でも、荒川が久米をかばうなんて、どういう心境の変化なんだろうね」
「大沢さんのせいじゃないですか?」
「え?」
「田中さんに聴いたんですがね......」

 田中は、荒川が慶太に土下座している場面を見ていた。

「大沢さんにしてもらったように、久米にもそうしたんじゃないんですか?」
「そっか......」
「大沢さんって、何気に他人に影響を与えてますよね。まあ、良いも悪い意味でも。でも、悪いことの方が多いかな......」

 森本は色々思い出したようで、クスっと笑った。


 荒川が久米をかばったことにより事故の本当のところを、お客に対して隠ぺいしたことになる。
 お客にとっては直接的な被害は無いが、プロジェクト内でこういうことを行っていたというのは問題だった。
 だが、真里菜としてはもう、そのことはどうでも良くなっていた。
 あれほど久米を断罪すべきだと思っていた気持ちが、スーッと薄れて行った。
 内輪もめにこれ以上付き合いたくも無かったし、
 真里菜の目的は、慶太を助けることだったからだ。
 後のことは、当人たちでどうとでもやればいいと思っている。
 慶太の無実が明らかになった時点で、ここでやることはもう終わったという気分だった。

「森本君、色々ありがとうね」
「いえいえ、結構、楽しかったですよ。探偵ごっこって感じで」

 森本はフライドポテトにバーベキューソースを、つけつけして食べている。
 真里菜はズズズと、シェイクを飲んでいる。

「大沢さんのところ、行かなくていいんですか?」

 不意に森本が訊ねる。

「慶太君とは、二度と会わないよ」
「えっ......?」
「会社も今月で辞めるから。今日の夜の新幹線で、田舎に帰るの」

 森本は悲し気な顔になった。

「何で?」
「慶太君に、会わす顔が無いって思ったんだ。やっぱ」

 真里菜は自分が、慶太とその妻が別れることになった原因になったことがずっと胸に引っ掛かっていたのだった。

「ん? 森本君、何か目が潤んでるよ。もしかして私が辞めるのが悲しかったりする?」

 真里菜は森本をからかうように言った。
 からかわれたと思った森本は、鼻をすするとこう言った。

「人にはそれぞれの考えがあるから止めませんよ」

 真里菜は窓の外を見た。
 行き交う人々のその上に降る雪を見てから、森本に向き直るとこう言った。

「森本君、最後に一つお願いがあるの」

 そう言うと、真里菜は森本に一枚の封筒を渡した。


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 定時後、真里菜は荷物を片付けると席を立ち、吉井に声を掛けた。

「短い間ですけど、お世話になりました」
「こちらこそ、お世話になりました。この業界狭いからまたどこかで会いますよ。その時はよろしくお願いします」

 真里菜は笑顔でうなずいた。
 この仕事を辞めるから、吉井と出会うことはないかもしれない。
 だが、そのことは興が削がれるので言わないでおいた。

「あ、竹中さんは?」
「今、データセンタに居ますよ。新本番データベースの構築で。彼は熱心ですよね」

 真里菜の後釜で来たブレインズ情報システムの新人だ。
 真里菜が罠として使用した新本番データベースサーバの再構築を行っている。
 久米はその男をデータベースエンジニアとして育てたいらしい。
 色々知ってしまった真里菜を切るための、久米にとっての態の良い人事なのだが。
 数日前やってきた竹中は、真面目で真里菜の言うことを良く聴いた。
 関わったのは一週間足らずだったが、覚えることが多いデータベースの引継ぎにも、良くついて来てくれた。

「納会にも出ずに仕事なんて、彼は真面目すぎですね」

 真面目すぎる竹中にちょっと心配になる真里菜だった。


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 四階開発室のフロアでは、すでに仕事を切り上げたメンバー達が納会を始めていた。
 普段は端末が置かれている机の上には、所狭しとスルメやポテチといった乾きものと缶ビールが置かれている。
 楽しそうに皆、今年一年の締めを楽しんでいるといった感じだ。
 遠くで、

「荒川さん、向こうのプロジェクトでも頑張ってください」

 という励ましの言葉が聞こえて来た。
 送別会も兼ねているのだろうか。
 開発室に入った真里菜は、メンバーの一人一人に挨拶して回った。

「お世話になりました」

 ビールが入った紙コップを片手に、寛子と楽しそうに話している久米にも挨拶した。

「あ......ああ。短い間だったけどありがとう」

 久米は真里菜と目を合わさずに言った。

「プロジェクト成功するといいですね」

 真里菜はちょっと意地悪そうに言った。

「う......うむ」

 久米がちょっと気まずそうな顔をしながら、腫れが引いて来た右頬を指で搔いた。
 
「真里菜さん、また一緒に飲みにいこーね!」

 寛子が酔っ払ったとろんとした目で声を掛けて来た。
 真里菜に缶ビールを渡そうとする。
 それを受け取り、一口それを飲んだ真里菜はこう言った。

「そうだね。今度は東北で、きりたんぽでも食べながら」

 部屋の隅で森本が一人、壁にもたれ缶コーラを飲んでいる。
 真里菜は目で礼をすると、森本は微かに頷いた。


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 真里菜が職場のビルから出ようとすると、掃除道具が入ったカートを押している外山と出会った。

「今日で終わりなんだってね」
「お世話になりました」
「あ、それ捨てといてあげるよ」

 真里菜は飲み干して空になったビールの缶を、外山に渡した。

「次はどこで仕事するんだい?」
「この仕事はもう辞めるんです。東北の田舎に帰ります」

 社長と森本以外で、この話をしたのは外山だけだった。
 話した理由としては、外山が仕事関係の人間では無いというのもあったし、気さくで話しやすかったというのもある。

「うちの会社に来るかい?」
「え......?」

 真里菜は清掃員になる気は無かった。
 かと言って、田舎に戻って何をしようか考えていなかった。

「グローバルソフト興業の社長、うちの旦那なんだ」

 グローバルソフト興業は、久米や荒川が属するブレインズ情報システムの親会社だ。
 日本有数のSIベンダーで久米はここに入るために、荒川を事故に見せかけて失脚させようとした。

「うちの会社に関わる現場を、時には清掃員、時には弁当配達員、時にはコンビニ店員として、観察し、社長であるうちの旦那に報告するのが私の本当の仕事さ」

 あまりに突飛で漫画みたいなことを言う外山を見て、真里菜はクスリと笑ってしまった。

「本当ですかあ?」
「ほんとよ~」

 外山も軽い感じで返して来た。

「こうやって、色んな職場で色んな人を見て、元気がなくなって来てるうちの会社を変えてくれそうな人を探してるんだよ」
「そうなんですか」

 もしかしたら外山は、ここで色々あったことも何となく知っていたのかもしれない。
 敢えて何も言わずに、誰がどういう行動をしているか観察して、誰を「うちの会社」に入れようかずっと吟味していたのかもしれない。

「じゃあ、私じゃなくて、大沢をいつかお願いします」

 真里菜は慶太の携帯番号を外山に教えると、手を振り去っていった。


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「大沢が無実で良かったよ」

 そう言うと、目を細めて生島社長はコーヒーを啜った。
 真里菜と社長は、自社近くにある喫茶ルーベンスでお茶をしていた。

「ブレインズ情報システムの久米さんって人から、一週間ほど前に電話が来たんだよ。あれは大沢のせいじゃないって」
「誰のせいって言ってました?」
「弊社の人間の手違いでした、と言ってたな」

 久米は自分がやったことは濁して、慶太に罪が無いことだけを社長に謝罪したようだ。
 まったく、どこまでも卑怯な男だ。
 だが、真里菜はもうこのことを追うのは止めた。
 久米だって仕返しを受けて、荒川に謝罪した。
 荒川もそれを許した。
 そして、真里菜は慶太の無実がはっきりして、彼が会社を首にならなければそれでいいのだ。

「お詫びとして、森本の月の契約金が二倍になったんだ。まったく不幸中の幸いってやつかあ。がっはっは!」

 久米は開発リーダとして、その辺の財布も握っているのだろう。
 森本は久米からも、態のいいように使われているのかもしれない。

「で、やっぱり辞めるのか?」

 社長は急に真顔になり、話を変えた。
 
「はい」

  一分ほど、沈黙があった。
 短大を卒業してダイナ情報サービスに入社してから、今までの約八年間を思い出していた。
 学生時代に、特別やりたいことが無かった真里菜は、卒業後の進路も特に考えていなかった。
 ただ、コンピュータの授業だけは何となく面白かったので、就職先もそれ関連で行こうとぼんやりとは思っていた。
 それに、内勤で外に出なくて良さそうだというのも彼女には魅力に映っていた。
 就職活動が遅めのスタートだったので、大きな会社は無理だったが、人手不足の小さな会社からはいくつか内定を貰えた。
 その中から、今の会社を選んだ理由も「何となく」だった。
 入社して一、二年は、自社独自のパッケージソフトを開発していたが、それが売れなくなり赤字になると、外に派遣されるようになった。
 行く先々で、関わる人々、扱う言語そして、OSが変わる中で、真里菜はそこそこ仕事をこなしていた。
 だが、短くて三カ月、長くても半年で、人々も言語もOS変わる生活というのはひどく疲れた。
 何より言語にしても何にしても、使い物になりそうと手応えを掴んだところで
 
 「はい、次」
 
 という感じで現場が変わるのはもったいないと思うようになっていた。
 数々の現場を渡り歩く中で、特定の技術のプロフェッショナルが重宝がられているのを多く目にした。
 それらの人々は長く同じ現場にいることが出来たし、現場を移るにしても、その技術を即戦力としてすぐに生かすことが出来、頼りにされていた。
 その頃から、真里菜は彼らのような、何か特筆したものを身につけたいと思った。
 それは、やりたいことが先にあったというより、今の現状を変えたいから何かやりたいことが無いかを探すという逆転の考えでもあった。
 だから、真里菜は、PMになる夢を持つ慶太や、漫画家志望の森本のような真正の夢追い人を見た時、少し気後れするのだった。

 どんなシステムでも必ず使用される技術はある。
 その中でも、最初にこれが死んだら完全にシステムが止まる、そういう根幹を成す部分を極めれば一生やっていけるのではと思ったとき、真里菜の場合は「データベース」に行きついた。

 ......と、言うことを思い出し感傷に浸っていた。

「......まあ、後は追わないけど、いつでも戻って来いよ」
「はい。それと、社長」
「なんだ?」
「大沢君の仕事のこと、よろしくお願いします」
「ああ、分かってるよ」

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「まもなく、東北行き新幹線が入ります」

 富士うどんでカレーライスセットという簡単な晩飯を済ませた真里菜は、駅のホームで新幹線を待っていた。
 荷物は既に宅急便で実家に送っている。
 帰って仕事を探すにしても、しばらくはゆっくりしようかと思っている。

「ブルルルル」

 新幹線がホームに入ってきた瞬間、真里菜のスマホが振動した。
 着信は「竹中」となっている。

「はい」
「上田さん......助けてください。データベースが起動しません......」

つづく

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