常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 愛しのマリナ】第三十六話 求婚

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 真里菜は、ジュースを一口飲むと、森本に問い掛けた。

「次の教育環境データメンテナンスはいつ?」
「来週火曜日ですね」
「作業担当者は久米さん?」
「そうです。もう荒川さんは、事故を起こしたということで教育環境での作業は出来なくなりましたから」
「よし、そこで罠にはめるわよ」

 真里菜は一息ついてこう答えた。

「tnsnames.oraを変更して、接続先を変更するなんてチャチな真似はしないわ」
「どうするんですか?」
「接続先そのものを変える」

 そのためには、教育環境データベースサーバのIPアドレスとホスト名を、新本番データベースサーバのものに変更する必要があった。
 

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 週明け月曜日。
 久米が開発チームの全体リーダーになってからは、毎週月曜日の朝九時から打ち合わせが行われるようになった。
 その打ち合わせには、バッチチーム、リアルチームすべてのメンバーが参加する。
 バッチチームからは、寛子をはじめ女子メンバーが三人。
 リアルチームからは、田中と堀井が参加していた。
 荒川は体調不良で病院に寄るため、参加していなかった。
 森本は副リーダーになっていたため、両方のチームの意見と議事録を取る。
 進行役は、久米だった。

「明日の12月23日火曜18:00からの教育環境データメンテナンスのチェッカーは、森本君にお願いしようかな」

 教育環境は今月末で破棄されることになるが、縁天社員へのシステム教育は今月まで行われる予定だった。
 そのため、今月いっぱいまでは教育環境のデータメンテナンスも行われることになる。
 その日が明日の火曜日だった。

「無理です。私は定時後に予定があります」
「そうか......」
「田中さんか堀井さんのどちらかは時間、空いてますか?」

 二人とも首を横に振った。

「困ったな......」

 久米はバッチチームのメンバーに目をやった。
 だが、全メンバーとも久米と目を合わさないようにした。
 バッチチームのメンバーは全員女性だった。
 久米は毎週火曜日は、女子メンバー同士で女子会をやっているのを思い出した。

「あの......上田さんにチェッカーをお願いしたらどうでしょうか?」

 久米の横で議事録を取っていた森本がそう提案した。

「え?」
「今回もデータメンテナンスだし、彼女ならデータベース管理者だし、丁度いいと思いますよ」
「うーん」

 久米は腕を組んで唸った。
 ここにいるメンバー全員が、その日は全員用事があるとかで誰も参加できないことが分かった。
 メンバーのスケジュールを優先することで人気を獲得してきた久米としては、ここで無理強いするのはためらわれた。

「分かった。彼女にお願いしてみるよ」

 しぶしぶといった態で、久米は答えた。
 教育環境の話の後は、いつものように進捗の話になった。
 会の終わりに、久米はこう言った。

「明日、私は研修で終日、本社の方に行きます。定時後には戻ってきますが、日中は電話に出れないので何かあれば、森本君に相談してください」

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「ありがとう」
「どういたしまして」

 真里菜は森本に礼を言った。
 昼休み、エムドナルドバーガーで二人はレジの前の行列に並んでいた。

「田中さんにも、堀井さんにも、その日の定時に用事を作ってもらいました。あと、バッチチームの女子たちは元から火曜日は女子会なんで、根回しの必要はありませんでした」
「田中さんと堀井さんには、事情を話したの?」
「ええ。大沢さんと同じチームだったし、知っておいてもらった方が得かなと思って。上田さんの大仕掛けに協力してもらう必要もありますからね」

 列に並んでいる間、二人は店員から渡されたメニューに目を通しながら話していた。

「あとは、教育環境データベースサーバのIPとホスト名をいつ変更するかね......」
「今日の夜から明日いっぱい、お客さんは教育環境を使用しません。変更できる期間はその間だけです」
「わかったわ」

 真里菜たちの順番が来た。

「テリヤキバーガーセット。コーラとポテトで」と、森本。
「チーズバーガーセット。珈琲とナゲットで」と、真里菜。

 真里菜は二人分の株主優待券を出して、精算した。

「森本君のお陰で、久米が研修に行ってくれて助かったわ」
「会社の決まりで年に何回か、研修受けないといけないらしいですよ。仕事もひと段落ついたから、どうぞ行って来てくださいって言ったら、乗り気でした」
「久米は研修中は電話に出れないから、明日何か起きても、何も知ることは無いでしょうね」
「そう。例え、教育環境と本番環境が入れ替わったとしても」

 森本はテリヤキバーガーの包みを開けながら、そう言った。

「例の文書の作成お願いね」
「分かりました。新本番データベースサーバを現行本番データサーバに見せかけるなんて、強引なやり方ですよね。バレたらどうするんですか?」
「大丈夫だよ。人ってパニックになったら、案外簡単なことでも見抜けないもんなんだよ。ところで森本君......」
「何ですか?」

「私と結婚して下さい」

 真里菜は真っすぐに森本を見つめてそう言った。

「は?」
「前から好きだったの。結婚して下さい」
「な......何言ってんですか?」

 真里菜の突然の告白に、森本は顔を赤くし二の句が継げないでいた。

「1+3は?」
「え......ええ?」

 更に、あたふたしだした。
 面白いくらいに。

「ほら、パニックになると、こんな簡単な問題も解けないでしょ?」
「くっ......」

 顔が赤くなったままの森本は歯ぎしりをさせた。
 そして、絞り出すようにこう言った。

「いつか、あんたも罠にはめてやるからな......」
「ごめんね。これで許して」

 真里菜はお詫びの印に、森本にエムドナルドバーガーの株主優待券を渡した。

「でも、やっちゃっていいの?」

 「やっちゃって」とは、久米の悪行を白日の下に晒すことだった。
 それは、久米がここから去ることを意味していた。
 そして副リーダーとして久米と共に仕事をしている森本にとって、それは不利益なことかもしれなかった。

「別に、久米さんがいなくてもやっていけますよ。どうせまた代わりの人が上に来ると思いますが、僕は自分が思うようにやるだけですから」

 森本の言葉には迷いが無いようだった。
 自分の能力に自信があるというよりは、もうここでは自分に出来ないことは無いという達観したような境地から物事を言っているようにも見える。
 彼にとっては、久米が居なくなることなど、塵芥に過ぎないことなのだろう。
 そんな無双状態の森本を見ていて、真里菜は訊いてみたいことがあった。

「森本君は、この業界でやってみたいことあるの?」
「今は......まだ思い付かないです。でも、腕を磨けばやっていけるっていうのは漫画の世界と似てますね。結果を出せば皆が認めてくれるっていうのも。だから僕はこの仕事は自分に合っていると思います」
「なるほど......」

 森本はこうやって自分の夢と今の自分に折り合いを付けているのかもと、真里菜は思った。


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 その日の定時後。
 夜九時、静まり返った六階開発サーバ室で真里菜は一人、教育環境接続用の保守端末からTeraTermを起動した。
 教育データベースサーバのIPアドレスを入力し、教育データベースサーバにSSH接続した。

「YYY.YYY.YYY.YYYをZZZ.ZZZ.ZZZ.ZZZに、と......」

 教育環境データベースのIPを、YYY.YYY.YYY.YYYからZZZ.ZZZ.ZZZ.ZZZに変更していた。
 ZZZ.ZZZ.ZZZ.ZZZとは即ち、新本番データベースサーバの仮アドレスである。
 そのアドレスを教育環境データベースに振っていた。
 逆に、新本番データベースサーバは先日の初期構築時に、ZZZ.ZZZ.ZZZ.ZZZでなくYYY.YYY.YYY.YYYと振っている。

「ふう......」

 やはり環境変更と言うのは緊張する。
 手順を誤れば、最悪データベースが起動しないこともあるからだ。
 明日、久米のやつを懲らしめれば元のIPに戻すつもりだが、戻すときもやはり気を使いそうだ。
 明日一日いっぱい、お客は教育環境を使わないはずだ。
 お客が使用しない間に、何が何でも戻さないといけない。
 そこまでの危険を冒して、真里菜は久米を倒すための仕掛けを構築していたのだった。

「何してるんですか?」
「え......?」

 真里菜が黙々と作業している背中に、誰かが声を掛けて来た。

「まったく......こんな夜遅くに」

 驚いて振り向いた先には、久米が呆れた顔で立っていた。
 
「まだ帰って無かったんですか?」
「ええ......外に出ると、ビルの外から六階の灯りが付いてるのに気づきまして......こんな遅い時間に誰かいるのかと思いましてね」

 真里菜は久米に向かい合いながらも、微かに横目で保守端末のデスクトップ画面を見た。

(大丈夫......TeraTermは閉じてるし。何も開いてない)

「明日の教育環境データメンテナンスのために、保守端末の操作の仕方を覚えておこうと思って」
「そうですか......熱心ですね」

 久米はそれ以上、突っ込んで来なかった。
 まさか、教育環境のデータベースサーバのIPアドレスやホスト名を変更しているとは思わないだろう。
 だが念のため、真里菜は話題を変えたかった。

「久米さんって、新人の頃、インフラチームだったんですよね」
「誰から聴いた?」

 久米の顔が険しくなった。
 態度が変わったことからも分かるように、これは知られたくない過去のようだ。

「寛子さんです」
「あの女め......余計なことを」

 明らかに怒りをあらわにした声を出した。

 真里菜はこの時、明日突き出そうと考えていた証拠となる動画、そしてバッチをここで見せることにした。
 今、久米に罪を認めさせれば明日、面倒な仕返しをする必要もないのだ。
 何より、真里菜は本当は、仕返しは仕返ししか生まない虚しさが嫌だった。
 真里菜は寛子と居酒屋で話した内容を再生させた。

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「12月7日 15:00~ 久米さんのバッチ実行 保守端末から、ね」
「そう」
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「あの女、べらべらと......」
「彼女に何も知らせずに、作業だけさせたことが裏目に出たみたいですね」

 バッチを叩くということの意味を知らない寛子だけに、隠すこともなく何気に真里菜にやったことを話してしまった。

「荒川さんとの過去も聴きました。復讐のために事故を起こさせたんですよね」

 新人の頃、インフラチームだった久米の不出来を罵り、別のプロジェクトに飛ばしたのが荒川だった。
 久米の犯行動機は、自身の出世の他にこの復讐も含まれていると真里菜は考えていた。

「憎む気持ちは分かります。やり返したい気持ちも分かります。だけど、あなたのやり方は間違ってます」

 真里菜は毅然とそう言うと、久米はこう言った。

「確かに、君が言ったように荒川には酷い目にあわされた。奴にも同じ目に合せようと考えたのは多少ある。だが、グローバルソフト興業に入ることや、自分の夢を考えるようになってから、そんなことは、もうどうでもよくなった。ただ奴が僕の将来のために邪魔だったから、罠に嵌めることを思い付いたんだ」

 声が少し震えているような気がした。
 真里菜は久米の声を聴いて、強がりを言っているような気がした。
 やはり、出世のためだとかカッコいい動機じゃなく、復讐と言う泥臭い動機が強いのだと思った。
 スマホが無いかポケットを探ると、無い。
 机の上に置いたままだった。

(くっ......録音出来たらよかったのに)

「寛子の動画を証拠に使っても意味ないぞ」
「え!?」
「全部、寛子がやったことにしてしまうからな」
「どういう意味?」
「あいつは俺の言うことを何でも聴くからな。その動画も何もかも、あの女を説得して、全部、罪をかぶってもらう」

 真里菜は、怒りで震えた。
 こんな卑劣な男がいようとは。

「そんなことより、僕と付き合わないか?」
「え?」

 突然の久米の告白に、真里菜は戸惑った。

「君は頭もいいし、度胸もありそうだ。寛子はどうもトロいし、愛想をつかしたいと思ってたんだ」

 真里菜は怒りで奥歯を噛み締めた。
 自分まで抱き込んで罪を隠蔽しようとしていることと、平気で恋人を切り捨てようとする態度に。

「君だって、もっといい給料で仕事したいだろ? 僕と付き合えば......」
「最低!」


 バシイ!!


 気付いたら、真里菜は久米の頬をひっぱたいていた。
 見下ろすと久米が尻もちを付いている。

「今の一発は忘れないからな......」

 口の端を右の手の甲で拭きながら、よろよろと立ち上がると、

「じゃ、明日はよろしく頼むよ」

 久米は踵を返し開発サーバ室から出て行った。

(やはり、仕返ししか無いのか......)

 真里菜はそう思った。

つづく

Comment(2)

コメント

匿名

敵対する人物との対決場面で証拠の動画をスマホで見せたあと手放すってことあり得ますかね
後の描写で一連の会話が立ち話ということがわかるし、持ったままかポケットに入れるかで、少なくとも机の上に置きっぱなしは不自然に感じました

湯二

匿名さん。
コメントありがとうございます。
読んでいただきありがとうございます。

指摘ありがとうございます。
描写が甘かったですねー。
そこまで読んでいただきありがとうござます。
これからの参考にさせていただきます。

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