常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 愛しのマリナ】第三十五話 大人が敷いたレール

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 翌朝、始業前。
 二日酔いの頭を抱えた真里菜は、ブレスケアを口に含んだまま自分の端末の前でウトウトしていた。
 しかし、寛子の酒の強さには驚かされた。
 あの後、二軒も梯子した。
 二次会のカラオケ。
 三次会のスナック。
 寛子はそこの常連らしい。
 人は見掛けによらないものだ。
 解放されたのは、時計の針が三時を過ぎたころだった。
 彼女は上機嫌で色々な情報を教えてくれたが、その代償としてこの頭痛と寝不足である。

「上田さん、新本番サーバ来ましたよ」
「はいっ!」

 眠りかけていた真里菜は、ネットワーク担当の吉井の声に驚き、目を覚ました。

「どうしたんですか? なんか具合悪そうですけど......」
「いやあ......ちょっと飲みすぎちゃって。お恥ずかしい」
「まあ、飲んでないとやりきれないこともありますよね」

 吉井は真里菜が何か悩みを抱えていて、それで深酒したと解釈したようだ。

「あっ、本番サーバって、確かデータセンタにあるんですよね。ORACLEのインストールはGUIを使うから、現地でコンソールを使って作業したいんですけど......」
「分かりました。今日時間があるなら、私と一緒に行きましょう。データセンタの入り方も教えますんで」

 新本番サーバにデータベースを構築することが、この現場での最後の仕事だった。
 このサーバにシングルインスタンスのデータベースを構築し、それをブレインズ情報システムから新しく来るデータベースエンジニアに引継ぐまでだ。
 そして、真里菜はここを去ることになる。

(その前に、久米を倒す)

 真里菜は改めてそう誓った。


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 電車とバスで一時間掛けて辿り着いた場所は、人もまばらな閑散とした場所だった。
 都心部から大分離れているというのもあるが、データセンタの周りは田んぼと山で囲まれていた。
 高校を卒業した真里菜は、東北の田舎からこの大都会にやって来た。 
 のどかな光景を前にして、自分が育った田舎を思い出し、ちょっと切なくなった。
 子供の頃、トンボを追いかけて山に入り遭難しかかったことや、ススキのなかに浮かんだ夕日を思い出した。

「ここは地盤が固いから、多少の地震にも耐えられるんですよ」

 吉井が駅から見えるデータセンターのビルを指さしながらそう言った。

「でも、障害か何かがあった時に駆けつけるのに時間掛かりそうですね」

 真里菜が思ったことをそのまま言うと、

「まあ、確かに。そのために職場の六階開発サーバ室の保守端末から、本番サーバや教育サーバに接続できるようにはしてるんですけどね。でも、いよいよになると、ここに詰めて作業することになると思います。データセンタには食料も何日分かあるし、なにより頑丈ですから」


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 一階の受付で、受付担当者に身分証明証を見せる。
 真里菜は免許証を担当者に渡した。
 数分後、確認が済んだ免許証とゲスト用のパスカードを手渡された。

「静脈登録お願いします」

 担当者に促され、真里菜は静脈読み取り装置なるものに右の手のひらをかざした。

「ピッ」

 音とともに真里菜の静脈が登録された。

「サーバ室は二重扉になっているんです。一つ目の扉がパスカードで通れて、二つ目の扉が静脈認証なんですよ。厳重でしょ」
「面倒だけど、仕方ないですよね」

 顧客の大事なデータやサーバを守るためならこれくらい普通のことだと真里菜は思った。
 その大事な顧客の資産を、私利私欲のため、そして復讐のためとはいえ、事故に見せかけて破壊しようとした久米は、真実を暴かれ断罪されて当然だと思った。

 室内はファンの音が大きく、気持ち大声で話さないと聞こえないくらいだ。
 熱気を外に放出するためのダクトが天井を蛇のように這いまわっている。
 床も壁も天井も真っ白で無機質。
 林立する二メートルはあるサーバラック群。

「おお......」

 真里菜は久々のサーバ室に興奮した。

「これが、新本番データベースサーバですよ」

 吉井が指さした先にあるラック。その中にタンスの引き出しのように新本番データベースサーバは収まっていた。

「コンソールはこれです」

 吉井はラックからコンソールを引き出した。

「LinuxとOracleのメディアです」

 吉井は持参したインストール用のメディアをカバンから取り出すと、それを真里菜に渡した。

「このサーバのIPアドレスって、仮のものを振るんですよね」
「新本番データベースサーバは、仮のIPであるZZZ.ZZZ.ZZZ.ZZZを振ってください。本番運用開始前に現行本番データベースサーバのIPであるXXX.XXX.XXX.XXXに置き換えます。今は現行と新とで、IPアドレスが被るわけには行かないですからね」
「そうですね」
「それと、ネットワークにはまだ接続せずに単体で作業してください」
「はい」

 一通りの説明を終えた吉井は、帰り支度を始めた。

「これは、教育環境のデータベースサーバですか?」
「そうですね」

 真里菜が指さしたラックには、教育環境用サーバ一式がセットされていた。

「教育環境データベースサーバのIPアドレスはYYY.YYY.YYY.YYYです。今月中に教育環境は破棄されるんですよ」
「そうでしたね」
「もう、新システムになるし、今の教育環境は意味がなくなりますからね。それにサーバも保守切れになるし、維持費を考えると破棄することになりました」
「なるほど」
「私は打ち合わせがあるので戻ります。分からないことがあったらメモっといて下さい。明日、職場で話しましょう」
「ありがとうございます」

 吉井を見送り、サーバ室に一人になった真里菜はLinuxのインストールメディアをDVDドライブに挿入し、インストールを始めた。

(あの久米に自白させるには......)

 インストール後、真里菜はIPアドレスに、あえて「YYY.YYY.YYY.YYY」と教育環境と同じものを設定した。
 それは、教育データベースのIPアドレスだった。
 そして、ホスト名も教育データベースのものを設定した。
 真里菜はLinuxのインストールを終えると、次にORACLEのインストールメディアをDVDドライブに挿入し、インストールを始めた。
 そして、作成したデータベースの名前を、これまたあえて「ENDB_KYOIKU」という教育環境と同じものを設定した。

(強引な方法で行くしかない......)


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 新本番データベースの構築は思いのほか順調に進んだ。
 前任者が残した手順書とスクリプトに手直しをして、粛々と作業をしたら午前中でシングルインスタンスのデータベースが出来上がった。
 職場に戻った真里菜は自身の端末を起動した。
 エクスプローラーを起動し、昨日、寛子が手帳に記していた例のバッチが存在するパスに移動した。

「これか......」

 そのフォルダには、get_resource.batというDOSコマンドが記載されたバッチが置いてあった。
 真里菜はそれを開いて中身を確認した。

get_resourcebat.png

 tnsnames.oraに記載されている接続先IPアドレスとSIDを変更し、接続先確認をするバッチであることは間違いない。
 ご丁寧に、最後に自分自身を消去するようにできている。
 恐らく、寛子はこのバッチをUSBに入れて、六階開発サーバ室の教育環境接続用保守端末のデスクトップに置いて実行させたのだろう。
 バッチが実行され、tnsnames.oraのHOST句に書かれているIPアドレスが、YYY.YYY.YYY.YYYからXXX.XXX.XXX.XXXに変更され、SID句に書かれているインスタンス名が、ENDB_KYOIKUからENDB_HONBANに変更されたのだ。
 最後に、result.txtが出力され、そこにはselect name from v$database;の実行結果である「endb_honban」という本番データベースの名称が記載されているはずだ。
 寛子はそのログを久米にメールで送付し、久米はそれを見て満足したことだろう。

 真里菜は以下の図の通り、バッチの動きを想像した。

<get_resource.bat実行前>

get_resource実行前.png

<get_resource.bat実行後>

get_resource実行後.png

「ん......」

 不意に意外な人物からメールが来ていることに真里菜は気付いた。

「To:上田さん

  お疲れ様です、堀井です。
  ちょっと、定時後にお時間ありますか?
  仕事とは関係ないことなのですが、、、、
  確認したいことがあるので。」

 真里菜は何故、リアルチームの堀井からメールが来るのか訳が分からなかった。
 彼女とは一度か二度、開発データベースの使い方について話したことがあるだけで、その他に交流があったわけでは無かった。
 つい先日、物凄い剣幕で荒川を叱っていた姿が記憶に新しい。
 その彼女が突然、仕事以外のことで確認したいことがあるとはいったい何なのか。
 不思議に思った。
 一瞬、久米が堀井ともつながっていて、真里菜への刺客として送り込もうとしているのか? そう考えた。
 だが、それは考えすぎだと思った。
 とりあえず断る理由が無かったので、会うことにした。


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 駅前のショッピングモールにある、象のマークのモスドムバーガーにて、
 堀井との定時後の会談を終えた真里菜は、その足で職場に戻ると森本に電話した。

「もしもし」
「はい」
「ちょっと、ドリンクコーナーに来てよ」
「はい」

 真里菜は森本をいつものように相談役として、呼びつけた。
 森本の方も何も言わずにいつものように来てくれた。


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「帰ろうとしてたのに......なんですか? 手短にお願いしますよ」

 帰宅の邪魔をされて不服そうな顔をする森本に、真里菜は一言こう言った。

「堀井さんと食事にくらい行ってやりなさいよ」

 森本は目が点になっている。
 捜査のことについて相談を受けるかと思って来たてみたら、堀井のことを言われ訳が分からないといった様子だ。

「どういう意味です?」

 堀井は森本と真里菜がいつも昼食に行くのを、横目で見ていた。
 森本に好意を寄せている堀井は、二人ができているのではないかと心配になり、真里菜に確認を取ったのだった。

「女の気持ちも分からないと、面白い漫画描けないわよ」

 言ってから真里菜は、「しまった」と後悔した。

「まあ、確かにそうですよね」

 予想に反して森本は激高することも無かった。
 慶太との漫画勝負に負けたことで、自分に足りない部分が分かったのか、それとも諦めたことで素直に聞く耳を持つようになったのか、何が原因かは定かでは無いが、森本は別段表情を変えることも無かった。

「堀井さん、あなたに好意を持ってるみたいだよ。その気がないならちゃんと言ってあげなよ」
「そうしたほうがいいんですね」
「うん。だけど、どうすればいいか分からないなら、取りあえず付き合ってみたら? ふふっ......」

 真里菜は自分がこのプロジェクトに何のために潜入したのか一瞬、分からなくなった。
 そんな自分が滑稽で、思わず笑いが出た。

「大沢さんといい、上田さんといい、何でも僕の行く先にレールを敷きたがりますよね」
「レールって......」
「自分で決めますよ。それくらい」

 少し反省した。
 森本が堀井と付き合えば、森本頼みで堀井も協力してくれるかもしれない。
 そうなると捜査が進めやすくなると考えた自分勝手さに、嫌気がさした。
 慶太も真里菜も態のいいことを言っては、森本を利用しているだけなのかもしれない。

「で、話変えましょうか。捜査の方は進んでますか?」

 真里菜が俯いてしまったため物事が進まないと感じたのだろうか、森本は話を変えた。

「ああ、えっとね。バッチチームに南部寛子さんっているでしょ」
「いますね。あの真面目そうな人ですよね」
「あの人、久米さんと付き合ってるんだって」
「へえ」

 森本はカップに入ったリアルゴールドのカルピス割をグイっと飲んだ。
 上下する喉ぼとけに、真里菜は見入った。

「南部さんが久米さんの共犯者ってことですか?」
「うん」

 真里菜は昨日、寛子と飲みに行ったときのスマホ動画を森本に見せた。
 彼女が無邪気に久米に協力したことをしゃべっている姿が克明に記録されていた。
 そして、例のバッチをプリントアウトした紙を見せた。

「なるほど、この動画とバッチを見せれば久米さんも逃れられないですね」
「あとは、どう追い詰めるかなのよ」
「追い詰めるって?」
「久米は、自分の復讐とか出世目的で、平気に人を嵌める人だよ。その動画を見せても、しらばっくれるかもしれない。あの女が嘘ついてるとか、勝手にやったことだとか」
「ふむ」
「だから、白状せざる負えない状況に追い込みたいの」
「どうやってやりますか?」
「久米にも荒川と大沢君が味わった同じ状況に、陥ってもらおうと思うの」
「えぐいなあ」
「もっと、えぐいわよ」
「ほう」

つづく

※あと、五、六話で終わる予定です。

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