常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 愛しのマリナ】第三十四話 健気な彼女

»

 寛子と久米は付き合っているのだ。
 彼女がtnsnames.oraの改ざんを、彼氏に頼まれて行ったのだろうか。
 好きな相手の出世を望んで、悪事に手を染めたのだろうか。
 純粋そうな彼女からは、全く想像が出来ない。

 だが、自分に置き換えるとどうだろう。
 慶太が自分の出世のために、真里菜に悪事を働くようにすすめて来たら。
 真里菜は考え込んだ。

(いや、あのバカが手の込んだ悪事なんて思い付くはずがない)

 そう結論付けた。
 だが、久米と寛子はどうだろう?
 二人がどの程度の仲かにもよるが......

---------------------------------------------------------------
 「最近、久米さん、たまに訳が分からない依頼をしてくるから。はあっ? て思うんですよね」
 「訳が分からないこと?」
 「この前何て......」
---------------------------------------------------------------

 真里菜は先日ベロッチェで、寛子と話したことを思いだしていた。

(訳の分からない依頼って何だろう)

「何か思い当たる節があるんですね」

 森本は、ずっと黙り込んだままの真里菜の顔を見てそう言った。

「うん......。でも確認して見ないと分からない」

 真里菜は、寛子共犯説がどうもしっくりこなかった。
 真面目で純粋な彼女は、いくら彼氏からの頼み事とはいえ、そんなことに加担するだろうか。
 彼女とはまだ出会って日も浅いし、まだ友達の一歩手前といった関係だが、真里菜の勘では不正はしない人間のように思えた。
 それは、真面目な仕事ぶりを見ても良く分かった。
 彼女に話を聞くのはもう少し、確証を持ってからにしたいと思った。
 不用意にこの話を切り出したことで、彼女を傷つけるわけには行かないと思った。


---------------------------------------------------------------

「いつも綺麗に使ってくれてありがとね」
「いえいえ、こちらこそ綺麗なトイレで気分がいいです」

 トイレの洗面台で手を洗っていた真里菜は、横でタイルの壁を拭いている清掃員の外山に礼を言った。

「みんなせかせかしてるのか、水を出しっぱなしにしたり、床や洗面台をビショビショにしちゃうんですよ」
「すいません。私も気を付けます」
「あんたはいいんだけどね。まあ、最近は皆、仕事が落ち着いたみたいで、ちょっとマシになったよ」

 外山は洗面台の蛇口を拭きながら、鏡越しに真里菜と視線を合わせながら言った。

「大沢さんと同じ会社なんだってね」
「はい。大沢がお世話になりました」
「彼は何やってんのかね、今頃......。突然いなくなったから心配だよ」

 慶太は外山に気に入られていたようだ。
 戸山の残念そうな顔からそれが良くわかる。
 
「あの人が不祥事を起こしたって聞こえてくるけど、そうは思えないなあ」
「やっぱりそう思いますか?」
「だって、バカに真面目だもん」

 真里菜は慶太が褒められていると思って喜んだが、それはぬか喜びだった。

「あの感じの人なら、うちの人に推薦してやってもいいなと思ったんだけどね」
「え?」
「いや、こっちの話さ」

 外山は掃除を続けた。


---------------------------------------------------------------

 六階の開発サーバ室に戻った真里菜は、ふと壁に掛かっている清掃当番表に目をやった。
 先程、外山と接したことが頭の片隅に残っていたのだろう。
 それで普段気にしない当番表に目が吸い寄せられたのだった。

  「12月7日(日) 13:00から16:00 担当 外山」

(事故当日だわ......)

 外山が、事故当日の13:00から16:00に六階サーバ室で清掃作業を行っていたとしたら、久米から指示を受けて教育環境用保守端末を操作している「誰か」を見た可能性がある。
 真里菜はそう思うと同時に、足が女子トイレに向いていた。


---------------------------------------------------------------

「ああ、確かにその日はサーバ室で掃除してたね」

 外山は事故当日、開発サーバ室にいた。
 何でこんなことを訊くんだろうと不思議そうな顔を、真里菜に向けた。
 女子トイレから場所を変え、ビルの人気の無い地下にある清掃員詰め所で二人は話していた。
 モップや車輪の付いた掃除機など、業務用といった感じの大きな清掃用具が置いてある。

「数日前のことだから、覚えてたらでいいんですけど......その日の15:00頃、六階の開発サーバ室で誰かが部屋の右端にあるパソコンで作業していたのを見なかったですか?」

 外山は考え込んだ。
 そして、こう言った。

「よく覚えてるよ。サーバ室に飲み物は持ち込んじゃいけないんだけど、その娘は持ち込んでたから。そしてそれを床にこぼしてたからね。拭いてあげたからよく覚えてるよ」
「それは......どんな女の人ですか?」
「黒髪が長くて、眼鏡してて真面目そうな大人しい感じの娘」
「名前は?」
「名前は分かんないよ。ただ久米さんと仲良くしてるのをよく見るね」
「ありがとうございます」

 真里菜は、その娘は寛子だと確信した。


---------------------------------------------------------------

 「To:上田さん

  お疲れ様です、南部です。
  今日、定時後に時間ありますか?
  訊きたいことがあるので、よろしくお願いいたします。」

 真里菜が寛子宛てにメールを送ろうとグループウエアのメーラーを起動したら、丁度、当の本人からメールが来ていた。

(こっちから約束を取ろうとしたけど、向こうから来てくれるなんて、渡りに船だわ)

 真里菜は手間が省けて良かったと思うと同時に、このタイミングで向こうから誘いが入ることに違和感を感じた。

(久米が、寛子を使って私の動きを探ろうとしている?)


---------------------------------------------------------------

 定時後、二人は職場のビルの一階で待ち合わせをし、駅前のコメダワラ珈琲店に向かった。
 道中、真里菜は天気のことや世間話を寛子に振ったが、彼女は押し黙ったまま何も答えず真っすぐ前を向いたままだった。
 何か心に重いものを抱えているようで、眉間にしわを寄せている。
 彼女の体から、不機嫌そうなオーラが漂っている。


---------------------------------------------------------------

「シロノワール、超デカいね! 拳三つ分くらいあるね!」

 真里菜がおどけて見せても、寛子はうつむいたまま答えようとしなかった。

「どうしたの? 具合悪いの?」
「上田さん、ちょっといいですか?」

 思い切ったように寛子は、こう言った。

「昨日、久米さんとどこに行ってたんですか?」

(なんだ。それで機嫌が悪かったのか)

 真里菜に探りを入れるために、久米が寛子を送り込んだのかと思ったが、それは杞憂だった。
 彼女は真里菜が自分の彼氏と浮気をしているかどうか心配で、真相を確認に来たのだ。
 直接彼氏を問い詰めず、まずは疑わしい愛人と思われる方から調査するなんて、いじらしいと思った。

「何でも無いよ。ただちょっと職場の悩みを相談しただけだよ」

 真里菜は努めて明るい感じで答えた。
 フレンチで食事したことは伏せた。
 そこまで言うと、デートと思われてしまう。

「えっ!? 何で久米さんに相談するんですか?」
「えっと......久米さんがリーダーだしプロパーだから何でも相談するようにってプロジェクト教育の時に言われたし、ほら、私って来たばっかりだから、やり方分からないところも多くて。大丈夫だよ。私、他に好きな人がいるから」

 言い訳っぽくなったが、最後の「好きな人がいる」という言で、寛子は安心したようだ。

「なら、良かったです。ちょっと心配で......」

 寛子は眉が垂れ下がり、子犬のような人懐っこい顔になった。

「さあて、真里菜さんの疑いも晴れたことだし、ちょっと飲みに行かない?」
「疑いって何だよ!? あたしは容疑者かなんかだったの?」

 二人はケタケタと笑い合った。

---------------------------------------------------------------

 280円均一の焼き鳥店チキン男爵で、真里菜と寛子は夕方六時半から酒を飲んでいた。

「今日は、久米さんとは約束ないの?」
「ああ......最近彼も忙しいみたいで」
「仕事は早く帰ってるみたいじゃない」
「何か、お客さんと飲みに行くのが忙しいとかって。最近、相手にしてくれないんだ」
「そう......」

(こんなに可愛い彼女いるのに、私と嬉しそうに飲みに行くやつだしなあ)

 真里菜は呆れた。

「すいまへーん、サングリアもう一杯!」
「大丈夫?」
「いいんですよ! あんな男のことなんて忘れたいんだから」

 真里菜は寛子を酔わせるために酒をどんどん飲ませていた。
 寛子は彼に対する日ごろの不満を連発した。
 それは裏を返せば、ほとんどノロケとも取れた。

「バッチチームって忙しいの?」
「ううん。まあ、元々設計が固まってたから、リアルチームみたいに最初から無茶な残業は無かったよ」
「休日出勤とか全然無いの?」
「今月は一回あったかな」

(いつだ? 12月7日か?)

「いつ?」
「えーっと、いつだったかなあ......」

 寛子は酔いが回って、真里菜の質問に対して警戒無く何でも答えるようになっていた。

「だめだ、思い出せない」

(くっ......なんだよ......)

 真里菜は少し落胆した。
 そして、すぐにこう訊いた。

「そう言えばさ、この前お茶した時、久米さんがたまに訳が分からない依頼をしてくるとか何とか言ってたじゃない」
「ああ、あれね」

 寛子は鶏のから揚げをつまみながら答えた。

「何か、数週間前の日曜日かな、会社行って保守端末からバッチを実行して来いって」
「バッチ?」
「なんか、サーバのリソースを取るバッチとか言ってた」
「いつの日曜?」

 寛子は自分の手帳を開いて、カレンダーが載っているページの、とある日付を指さした。
 そこには

「12月7日 15:00~
 久米さんのバッチ実行 右端の保守端末から」

 と、書いてあった。
 真里菜はスマホ用シャッターリモコンのスイッチを入れた。
 向かい合う二人の真ん中に置いてある真里菜のカバン。
 そのカバンの中にあるスマホ。レンズだけ密かにカバンから露出させたスマホが、bluetoothで接続され動画撮影を始めた。

「これって、六階の開発サーバ端末室からバッチを実行したの?」
「そう。この実行のために、私のパスカードで六階に入れるように久米さんが申請してくれたんだ」
「なんでこんな事しろって言ったの?」
「さあ、分かんない。俺は客先に居て出来ないから、実行した結果ログだけを後でメールしろって、言われたの」
「なるほど」

 このバッチを実行することで、tnsnames.oraの接続先が教育環境から本番環境に改ざんされ、接続確認まで行われるのだろう。
 久米はその実行ログを後で寛子から受け取ることで、作業が完了したことを確認できるのだ。

 久米にとっては、寛子にこの作業の意味を知られてはまずかったのだろう。
 意味を伝えて作業をさせようとしたら、断られるかもしれないと考えたのだろう。
 やってくれたとしても罪悪感に駆られて、誰かに話してしまいかねない。
 それを警戒して、意味を伝えなかったのだ。
 だが、彼女が意味を知らないことが裏目に出た。
 意味を知らない寛子だけに、隠すこともなく何気に真里菜にやったことを話してしまった。
 やったことは「頼まれたバッチを実行した」それだけかもしれない。
 真里菜以外がこの話を聞いても「そうですか」で終わるだろう。
 だが、真里菜にとってはそれが何を意味するのか分かるのだった。

「確かに、変な依頼だね。どんなバッチなんだろう?」
「きっと、データを流出させたかったんじゃない? あはは」
 寛子は冗談っぽく言った。

「寛ちゃんは、その保守端末がどこに接続されるか知ってたの?」
「いや、知らない」

 何も知らない女を使って作業させれば、自分のアリバイが作れると思ったのだろうか。
 しかし、何もかもこの女がしゃべってしまった。

「12月7日 15:00~ 久米さんのバッチ実行 保守端末から、ね」
「そう」

 真里菜は念を押すように手帳の内容を読み上げた。


---------------------------------------------------------------

「トイレ行ってくる」

 寛子はふらつきながら立ち上がると、店の草履をはいてトイレに向かった。
 それを見届けた真里菜は、自分のカバンからスマホを取り出し撮影した動画を確認した。
 先程の寛子との会話と映像が記録されている。
 寛子の手帳にはバッチが置いてある共有ディスクのパスまで書かれていた。
 真里菜はそれをしっかりと記憶していた。
 明日はバッチの中身が、自分の想像しているものと同じかどうか確認するつもりだ。

「これで、揃ったわ」

(寛ちゃん、ごめんね。)

つづく

Comment(0)

コメント

コメントを投稿する