常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 愛しのマリナ】第三十三話 共犯者

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「弊社の大沢のこと覚えてますか?」
「は......?」

 久米の表情が一瞬曇ったように見えた。
 だが、すぐに元のにこやかな表情に戻った。

「いやあ......大沢さんは残念なことになった。あれから元気していますか?」

(よく言うわ)

 真里菜は心底呆れた。

「まあ、自社に戻って元気にやってますよ」
「そりゃあ、良かった。じゃ、出ましょうか」

 久米はこの話を、早く終わりにしたいような感じだ。

「待ってください。ちょっと話したいことがあるんです」

 立ち上がった久米のスーツの袖を掴んで引き止めた。
 
「ん......?」

 周りの客が何事かと一斉にこちらを向いた。
 久米は苦虫を噛み潰したような顔をして席に着いた。
 誘いにも乗らない上に面倒なことを訊いてくる真里菜を、疎ましく思っているようだ。

「あの事故について質問したいんです。これはデータベース管理者として知っておきたいんです」
「ああ......あの事か」

 久米の表情が次第に能面のようになる。興冷めして行くのが分かった。
 やはり男は単純だなと、真里菜は思った。

「あの時、教育環境にしか接続されないはずの保守端末から、何故、本番環境に接続出来たかを知りたいんです」
「ああ......そんなことか」
「そんなことって、どういう意味ですか?」
「そこが問題の本質じゃないって意味だ。そもそも、接続先確認の部分を記載していない手順書で作業を行ったのがいけないんだ。これは荒川の怠慢だよ」

 久米は真里菜を煙に巻いているようだ。
 しらばっくれて居るようにも見える。
 そこで、カバンから二つの手順書を取り出して久米の目の前に置いた。

「何だこれは?」

 それは、接続先確認がある11月28日の手順書と、接続先確認が無い11月30日の手順書だった。
 職場の文書を外に持ち出したことについて、いちいち久米は突込みを入れなかった。
 その代わり、二つの手順書を交互に見比べ何かを考えているようだ。

「両方とも久米さんが作ったものですよね。作成者のところにそう書いてあります」
「そうだね」
「荒川さんは、11月30日に使用された久米さんが作った手順をコピーして、事故の元になった手順書を作りました。その手順書には接続先の確認がありませんでした」

 久米はつまらなそうな表情で真里菜の話を聞いている。

「それが今回の事故と、一体どう関係するんだ?」
「久米さんが作成した11月28日の手順書は接続先の確認手順があるのに、荒川さんの手順の元になった今年11月30日のものにはありません。これは、どういうことですか?」
「ふうん......」

 久米はの声は少し震えていた。
 それは、意表を突かれたというか、調査がそこに及んでいることへの驚きを含んでいるような感じがあった。

「今回の作業が、久米さん自身だったらって考えてみてください。11月30日の手順をコピーして今回の手順書を作成し、自分が事故を起こしてるかもしれませんよね」
「何が言いたいんだ?」
「tnsnames.ora変えたの、あんただろ?」

 真里菜はカマをかけた。

(さあ、どう出る?)

「は?」

 久米は声を上げたが、あまり表情は驚いていないように見える。

「荒川さんが直近の手順書をコピーして手順書を作ることを知っていた。だから、自分が作った手順書からわざと接続先の部分を省いた。
接続先を確認されると、tnsnamesの変更が見抜かれると思ったから省いたんでしょ?」
「ふむ、それで」
「事故当日の午後三時に、あなたは六階開発サーバ室に入り、保守端末のtnsnames.oraを教育環境から本番環境に向くように改ざんした。
 その後、tnsnames.oraの改ざんを確認するために、sqlplusで本番環境データベースへの接続の確認をした」

 真里菜は、さらに証拠となるlistener.logを見せながら説明した。

「tnsnames.oraを改ざんし、その改ざんがバレないようにコピー元の手順から意図的に接続先確認を省いて、荒川に事故を起こさせた。その犯人が私だというんですね」

 久米がまとめた形でそう言うと、真里菜は無言でうなずいた。

「おかしいなあ」
「え......?」
「それが全部正しいなら私は、事故当日の午後三時、客先に居ないことになる」

 久米は顎に手を当て考えるようなふりをしていた。

「え......?」
「その時間、私は客先に居たんですよ。それは、お客さんも証明してくれます」

 真里菜は驚いて何も言えなかった。

「事故当日、客先で午後三時半からデモがありました。
 午後三時にはもうお客さんと同じフロアに居ましたよ。
 私が遠隔操作を出来るような超能力者だったら出来てたかもしれませんね」

 久米にはアリバイがあったのだ。
 では、一体だれがtnsnames.oraを改ざんし、接続確認を行ったのか。

「荒川がコピー元として使った手順だって、私が変えたとは限らないでしょう。svnとかで管理してるんならともかく、単に共有ストレージに置いてあるEXCELファイルですからね。誰でも触れるでしょ。間違って誰かが開いて消したかもしれないし」
「そんなことは......」
「私が手順書から接続確認の部分を切り取るところを見た人がいるんですか? 居たら連れて来て下さいよ」

 森本が言った通り、やはり証拠としては力が弱かった。
 カマが空振り、地面に穴を穿つだけで終わった。
 その穴からカマが引き抜けない。
 久米はアリバイがあり絶対バレない自信があったのだ。
 真里菜は負けたのだ。

「大沢さんに、仕返しして来いって言われたんですか?」

 真里菜はうつむき、黙ったままだ。

「彼も僕を疑ってましたからね。
 あれ? 彼は結婚してるんでしたよね。
 こんなに言うことを聞いてくれる可愛い女の子の友達までいるなんて、隅におけない人だったんだなあ。全然、仕事出来なかったくせに。あんなトロい男のどこがいいんだか」

 真里菜は慶太のことを悪く言われて腹が立った。
 何か言い返したいが、言葉が思い付かない。
 慶太の身の潔白を証明したいがために、見切り発車でことを進めてあっさり負けた。
 悔し涙で視界が霞んだ。

「tnsnames.oraの改ざんとやらも、手順の改ざんとやらも、大沢さんがやったんじゃないんですか?」
「え?」
「彼は荒川を嫌ってたからなあ。荒川に仕返ししたかったんじゃないんですか? 動機としては十分じゃないですか?」

 真里菜は慶太本人から、事故の経緯や久米が怪しいということも聞いている。
 だから、彼じゃないという確信を持っているが、久米がアリバイがあるということで一瞬、もしかしたらと思ってしまった。

 二年前、真里菜は慶太と同じプロジェクトで一緒に仕事していた。
 真里菜はある危機に見舞われた。
 その時、慶太に助けられたことを思いだした。
 助けられた時、ふと見た彼の損得勘定が見当たらない純粋な笑顔を思い出した。

(絶対、慶太じゃない)

 1%でも慶太を疑った自分を恥じた真里菜であった。

「さて、悩みがあるとか何とか言ってたけど、何でしたっけ?」

 久米は意地悪そうな顔をして、耳に片手を当てるポーズをした。

「いえ......その......」

 狼狽する真里菜に、どすの効いた声でこう言った。

「おい! 僕を犯人呼ばわりして、どう落とし前を付けてくれるんだ?」

 ビビッて何も言えない真里菜に、久米はふっと笑った。

「ははは、下手に手を出して弱みを握られても困るからな。ここらで解散にしますかね。お代は払っておきますよ」

 久米は店員を呼ぶと会計を済ませて、一人でさっさと出て行った。
 負けた悔しさと慶太を疑った自己嫌悪で、テーブルクロスが涙で濡れた。


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 次の日、昨日のことなど何事も無かったかのように、日常は動いていた。

「森本さん、ランチ一緒に行きませんか?」
「すいません、上田さんと行くんで」
「上田さんって?」
「自社の先輩です。最近、インフラチームに入った人ですよ」
「そうなんだ......」

 堀井のランチの誘いを森本は断った。
 二日に一回こうして誘いを受けている。
 しかし、森本は真里菜と捜査の話をするためにこうした付き合いを断り続けている。
 堀井は悲しそうな顔をして、森本を見届けた。

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 エムドナルドハンバーガーで真里菜は森本に昨日のことを話していた。

「そうなんですか......」

 森本は遠くを見つめて、そう呟いた。
 久米にアリバイがあることが分かり、捜査はまた振出しに戻っていた。

「あっ、上田さん、悪いお知らせです」
「なに?」
「上田さんの契約が今月までになりました」
「何で?」
「なんでも、ブレインズ情報システムから新人を連れてくるらしくて。久米さんが言うにはその人を、一人前のデータベースエンジニアにしたいそうなんです」
「そうなの......。私が切られたことで、社長怒ってるかな?」
「大丈夫ですよ。向こう都合で切られたんだから。こっちが怒っていい立場ですよ。多分、昨日のカマ掛けが失敗したことで、色々嗅ぎまわってるのが久米さんにバレたからですよ。契約の都合で向こうが即日切れなかったのは、不幸中の幸いですね」
「自分にとって都合の悪い人はすぐ切るんだね......あと、一週間くらいで証拠をつかまないとね。悠長なこと言ってられなくなったわ」

 真里菜は溜息をついた。
 森本は腕を組んで考えこんでいるようだ。

「事故当日の午後三時に、久米さんは六階開発サーバ室に入り、保守端末のtnsnames.oraを教育環境から本番環境に向くように改ざんした。
 その後、tnsnames.oraの改ざんを確認するために、sqlplusで本番環境データベースへ接続の確認をした。
ただ、それを実行したはずの久米さんは、その時、客先に居て保守端末の前にはいなかった。だから、実行できないはずだった。
そう言うアリバイが成り立つんですよね」
「そうね。だから困ってるのよ」
「じゃあ、客先からリモートで実行したんじゃないんですか?」
「リモートでって、客先にパソコン持って行って、お客さんの前でそんな怪しいこと出来る? それは無理じゃない......ファイヤウオールだって開けて無いだろうし......」
「じゃ、事故当日の午後三時に、誰かに六階開発サーバ室に入ってもらって、tnsnames.oraの改ざんと接続確認をやってもらったか......ですかね」

 森本は思い付く限りの可能性を真里菜に対して挙げて行った。
 真里菜は、ここにホワイトボードがあれば書き出したいくらいだと思った。

「共犯者がいるってこと?」
「まあ、言葉は悪いけど、そんな存在が久米さんに居るんじゃないんですか? 久米さんがリーダーになり子会社から親会社に出世することで得するような存在の人が」

 真里菜は、覚えている限りの記憶と知っている限りの知識を頼りに、そんな人物がいるかどうか頭の中を検索した。

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「私、今、職場恋愛してるんですよ~」
「へえ」
「久米さんと」
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(寛子か!?)

つづく

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