常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 愛しのマリナ】第三十二話 ろくろを回せ!

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「はい......」

 そう言うと、荒川はバインダーから一束の手順書を抜き取り、真里菜に渡した。
 その手順書には、手書きのチェックが記入されていた。

(これが、荒川と慶太が事故当日に使った手順か......)

 真里菜はそう思った。
 慶太が言っていたように、これから接続しようとするデータベースの確認手順がまるっと無い。

「この手順、接続先データベースが教育環境かどうか確認する手順が入ってませんが、何故ですか?」
「ええっと......それは。前回使用したものがそうなってたから、そのまま使ったんです」
「......と言うことは、今まで使い回して来た手順書に確認の手順が無かった。だから今回のものにも無いと言うことですね」
「は......はい」
「ちょっと端末を借りますね」
 
 真里菜は荒川の端末を操作し、エクスプローラを起動した。
 森本に教えてもらった「教育環境データベースメンテナンス手順書 三年分」が入った共有ディスクのフォルダに移動した。
 そのフォルダには、excelで作成された手順書が三年分ズラリと存在していた。
 だいたい月一、二回メンテナンスが入っていたようだ。
 総数としては百ファイル近くがある。
 真里菜はその中からランダムに一つのファイルを選んで開いた。
 選んだファイルは今年の11月28日の手順書だった。

<<教育環境データべメンテナンス手順_20171128.xls>>

確認あり手順.png

 社員マスタデータをメンテナンスするための手順書のようだ。
 その当時の手順書には、「select name from v$database;」で、接続先が教育データベースかどうかを確認する手順が入っていた。
 図で言うところの#2,3,4の部分だ。
 そして、その時の手順作成者の欄には「久米」と記載されていた。
 教育環境データベースなら手順書のように「endb_kyoiku」と表示され、本番環境データベースなら「endb_honban」と表示される。
 この手順があれば、環境取り違え事故は起きなかったのだ。

「荒川さん、あなたは手順を作る時、どれを元にして作成しましたか?」
「ああ、これかな」

 指示したのは、荒川が作成した「教育環境データべメンテナンス手順_20171207.xls」より一つ前の手順書だった。
 それは今年の11月30日の手順書だった。
 真里菜はその手順書をダブルクリックし、開いた。

<<教育環境データべメンテナンス手順_20171130.xls>>

確認なし手順.png

「接続確認部分が無い......」

 11月28日の手順書に存在した#2,3,4の部分が無い。

 そして、作成者は11月28日のものと同じく「久米」となっていた。
 作業日は11月30日。
 荒川が事故を起こす12月7日、その一週間前に使用した手順だ。

「前回使用したものをコピーして今回の分を作成するんですか?」
「ああ......まあ慣例というか、習慣と言うかね。直近に使用したものをコピーして、それを元に今回特有の処理を加えて作るんだ。工数削減のために」
「元になった11月30日のものには接続先の確認部分がありませんでした」
「そうなんだ......せめて、確認する手順があれば、今回のような事故にはならなかったのにね......。まあ、コピー元の手順を確認しなかった俺が悪いんだけどね」

 実績のある手順を元にして作成した手順と言うことで、レビューも省かれていたそうだ。
 だから、誰も接続先の確認が無いことに気付かなかったのである。
 荒川は力が抜けたような自嘲したような風情でポツリと言った。
 荒川自身はプロジェクトから外されるから、今更どうでもいいとでも思っているのだろうか。

「でも、11月28日には接続確認の手順が入っています」
「なに!?」
「そして、荒川さんがコピー元として利用した11月30日の手順書には、接続確認の手順が入っていません」

 荒川は目を凝らして、二つの手順書を見比べた。

「両方、久米が作ったものだ......どういうことだ」
「基本的には作業者が手順書を作るんですよね。前回作業した久米さんが接続先を削除したのかもしれません」
「何だってそんなことを......もしかして......」
「荒川さん、待ってください。まだ、久米さんが接続先を確認する部分を意図的に省いたかは、まだ分からないんです」

 久米は接続先を確認されると、自分が仕掛けた罠、tnsnamesの変更が見抜かれると思い手順から省いたのだろう。
 「手順書は前回のものを使い回す」という慣例を逆手にとって、荒川を嵌めようとしたのだろうか。

「あなたは、何かを突き止めようとしてるんですか? だとするなら、何か協力することはありますか?」
「それは、あとでお願いするかもしれません。今は、決定的な証拠をつかむまで待ってください」

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「これが、十二月分、本番環境データベースのlistener.logを調査した結果よ」

 真里菜はlistener.logの調査結果をプリントアウトしたものを、森本に見せた。
 二人はエムドナルドバーガーの二階、窓際の席で昼食を取りながら捜査について話していた。

「今月分だけに絞った理由は?」

 森本はログに目を通しながら、真里菜に尋ねた。

「久米が11月30日に教育環境で作業してるみたいなの。その時は、tnsnames.oraはまだ変更されてないはずよ。変更するとしたら、それ以降で行ってるはずってあたりを付けたの」
「ほう」
「で、本番データベースサーバのlistener.logを確認したら、事故が起きた当日の午後三時に、教育環境専用の保守端末からの接続をリスナーが受け付けた履歴があったわ」

 真里菜は12月7日午後三時のlistener.logを見せた。

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2017-12-7 15:00:00 *
(CONNECT_DATA=(SERVER=DEDICATED)(SID=endb_honban)(CID=(PROGRAM=D:\Oracle\product\10.2.0\client_1\bin\sqlplus.exe)(HOST=KYOIKU_HOSHU)(USER=admin))) *
(ADDRESS=(PROTOCOL=tcp)(HOST=XXX.XXXX.XXXX.XXX)(PORT=458)) * establish * endb_honban *0
---------------------------------------------------------------------

 教育環境接続用保守端末(KYOIKU_HOSHU)から、sqlplusを使って本番データベース(endb_honban)に接続されたことが、このログからわかる。

「事故はその日の午後五時半頃に起きたから、その二時間半前の午後三時に、tnsnames.oraが改ざんされて、接続確認が行われたってことですね」
「そう言うことになるわ」

 真里菜は自分のチキンナゲットを、森本に差し出した。
 何か差し上げることで、いい思い付きが出て来ることを密かに期待した。
 森本は差し出されたナゲットを一つ取ると、バーベキューソースにそれを浸して口に入れた。

「手順の方はどうなりましたか?」
「荒川と一緒に確認したわ。ちょっとこれ見て」

 久米が関わった二つの手順書を見せた。
 11月28日の接続先確認があるもの、そして、11月30日の接続確認が無いもの。
 森本は二つの手順書を交互に見比べてこう言った。

「11月28日の手順と比べると、11月30日の手順書は、わざと接続確認を省いたみたいに見えますね」
「森本君もそう思うでしょ。事故の元になった12月7日の手順は荒川が、11月30日に久米が作った手順をコピーして作ったの。このプロジェクトでは前回の手順書を確認せずにコピーして、使い回す習慣があるみたいなの。それを悪用して、荒川が接続確認の無い手順を使うように仕向けたのよ」

手順作成.png


 森本は二つ目のチキンナゲットに手を伸ばした。
 食べ終わると、こう言った。

「事故当日12月7日の午後三時に、久米さんが六階開発サーバ室に入り、保守端末のtnsnames.oraを教育環境から本番環境に向くように改ざんした。
 その後、tnsnames.oraの改ざんを確認するために、sqlplusで本番環境データベースへの接続確認をした。そして、作業時に改ざんがバレないように、コピー元になるであろう11月30日の手順から接続確認の部分を削除した。こんなストーリーですかね」
「そうなるね。取りあえず、この持ち札でヤツに切り込んでみようと思うの」
「う~ん......」

 森本は腕を組んで考え込んだ。

「ダメ?」
「いやあ......今一、決め手に欠けるなあって。状況証拠というか、そんなのばっかりなんですよね。結局、僕らが推測した作り話ですし。保守端末からの本番環境への接続確認や、手順の改ざんにしたって、久米さんがやったっていうのが証明できてないんですよ。確かに上田さんの話を聞いてると、久米さんなんだろうなって気はしますよ」
「もう、これで行くわ。久米にカマを掛けてみる。それでうろたえたところを一気に畳みかけるわ」
「上田さん」
「何?」
「そんなに大沢さんに会いたいんですか?」
「は? ちょっ......なに、言ってんのよ!?」
「早く会って、いい報告をしたいって顔に書いてありますよ」
「バカ!」


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 その日の午後七時--
 職場の近くにあるフランス料理店、マイフレンチの個室席で、真里菜と久米の二人は向かい合っていた。

「ここは行きつけなんですよ。ソムリエとも知り合いで」

 久米は得意げにそう言った。
 真里菜は久米に探りを入れるために、自ら飲みに誘った。
 寛子には悪いなと思いながらも、彼女には見つからないように誘った。
 表面上は仕事で悩んでいるので相談したいということにした。
 すると、久米はニマニマ笑いながら誘いに乗った。
 それをデートの誘いか何かと勘違いしているのか上機嫌だ。
 しかも自分の行きつけの店に行こうとまで言い出す始末だった。
 男は単純だと真里菜は思った。

「いいワインが入ったそうなので、注文しましょう」
「......ありがとうございます」

 いつ切り出そうかと、真里菜は緊張していた。
 美味しいはずの食事が喉を通らない。

「お口に合いませんか?」
「いえ......そんなことは」
「ここのフォアグラは美味しいんですよ。エスカルゴは止めてそっちにしますか?」

 久米は真里菜の顔を覗き込むようにして言った。

(優しい男だなあ、これなら女にもモテるし、チームも上手く回せるわな)

 真里菜はそう思った。
 そして、慶太とは全く正反対の出来る男だなあとも思った。
 気障なところは嫌いだが。

「仕事には大分慣れましたか?」

 ディナーコースが終わり、デザートが運ばれてきた。

「はい。インフラチームの方も優しい人ばかりで、助かってます。仕事も適度に忙しい感じで丁度いいです」
「ははは......そりゃよかった。森本君が頑張ってくれたお陰ですよ」

 久米はひとしきり森本の功績について語ると、食後の珈琲に口を運んでこう言った。

「彼がいれば、このプロジェクトも成功しますよ」
「成功すれば、久米さんも出世できるんですか?」

 真里菜は冗談っぽく訊いたが、これは真面目に確認したいことでもあった。

「そうですね。うまく行けば、親会社であるグローバルソフト興業に採用されるはずです」
「へえ......お給料アップですね」
「まあ、それだけが目的じゃないですよ。まず、グローバルソフト興業に入社して上流工程に携わって徹底的に業務知識を習得し、業務の専門家になることが夢なんです。その経験を生かして、僕はいずれは自分で起業してコンサルティング会社をやりたいんです。そこで色んなシステムの改善を行っていきたい。そして社会インフラに還元していきたいんだ。お金も欲しいですよ、そりゃ。でも夢はそれだけじゃない。人々の役に立ちたいんです」

 久米はろくろを回すような手つきで、熱っぽく夢を語った。
 真里菜は思った。
 そう言えば、慶太も「PMになって楽しい職場を作りたい」と言う旨の夢を語るとき、ドヤ顔でろくろを回すような手つきをしながら語っていた。
 何で男は夢を語るときにいつも、熱っぽくろくろを回すのか。

「そう言えば、仕事で悩んでるんですって?」
「そうなんです」
「そうですか......ではこの後、どこか静かなところでゆっくり話しますかね?」

 そして何故、夢を語った後、すぐに女を口説くのか。
 夢を語れば惚れるとでも思うのだろうか。

 真里菜としては、訊きたいことを訊いて、確認したいことを確認して、この場をさっさと終わりにしたいだけである。
 真里菜は思い切って、このタイミングで核心に切り込もうと思った。

「弊社の大沢のこと覚えてますか?」
「は......?」

つづく

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