常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 愛しのマリナ】第三十話 エンジニア女子会

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 六階の開発サーバ室に戻った真里菜は、自分の端末に向き合っていた。
 ディスプレイには、現行データベースサーバの設計書が表示されている。

「お疲れ様です」

 開発サーバ室に久米が入って来た。
 久米がこの部屋に入れる権限を持っていることを、真里菜はこの時初めて知った。

「新本番データベースサーバは今週搬入されるんでしたっけ?」

 久米はインフラのスケジュール表を見ながら、吉井にそう訊ねた。

「はい、確かそうだったと思います」
「届いたら今月中に構築をお願いします。来月からシステムテストを新本番データベースサーバで行いたいので」

 そう言って、吉井に缶コーヒーを渡して出て行った。

「久米さんって、この部屋に入れるんですね」
「そうですよ。昔インフラチームだったそうですよ」
「へえ」
「久米さんのパスカードはその時のアクセス権限のままだから、こうやって入れるんですよ」

 真里菜はバリバリの業務系かと思っていた久米が、元々はインフラをやっていたことに驚いた。

「新本番データベースサーバって? あっ、思い出した。採用面談の時、聞いたことがあります」
「新システムに刷新されると同時に、全サーバがリプレースされるんですよ。今週中に新本番データベースサーバがデータセンターに搬入される予定になってるんです。今月中に構築お願いしますよ」
「ええ!? 今月中に作るんですか! 結構すぐじゃないですか。忙しくなるなあ......」
「ハハハ、昨日突然決まったことで、申し訳ない」
 
 決めたのは上の人間たちだが、吉井はすまなそうに頭を下げた。
 嫌がるふりをしながらも、データベースエンジニアである真里菜は新本番データベースサーバの構築には意欲があった。
 ただ疑問になることがあった。

「IPアドレスとかホスト名はどうするんですか? 現行の本番稼働しているデータベースサーバと被るわけには行かないですよね」
「ああ......今月までは仮のIPとホスト名を割り当てることになってます」
「来月からは?」
「教育環境のデータベースサーバのIPとホスト名を割り当てるんですよ」
「じゃ、教育環境データベースサーバは、どうなるんですか?」
「お客さんの判断により今月で廃止になることが決まりました。教育環境関連のサーバは今年度で保守切れになるし、維持費を考えると......」

 吉井はサーバごとの状態が時系列に書かれた資料を真里菜に見せた。

サーバスケジュール.png

 新本番サーバの構築が今月中にスケジュールされている。

(ZZZ.ZZZ.ZZZ.ZZZ→YYY.YYY.YYY.YYY→XXX.XXX.XXX.XXXか......)

 そのせいで、新本番サーバは本番運用開始までに都合三回もIPアドレスとホスト名が変わるという慌ただしさだった。

 真里菜は思った。
 あの忌まわしい教育環境が無くなる。
 そう思った真里菜は、早く証拠をつかまねばならないと思った。


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「上田さん、バッチのパフォーマンスが出ないんだけど、見てくれませんか?」

 内線で久米にそう頼まれた真里菜は、四階の開発室に向かった。
 初めて開発室に入った真里菜は、ここで慶太が働いてたのかと思い感慨に浸った。
 プロジェクトが山を越えたせいもあるのだろうが、思ったよりも落ち着いた職場だと思った。
 メンバーも和気あいあいと作業している様子だ。
 ただ一人、角に追いやられて寂しく仕事しているのが荒川なのだろうか。
 誰からも話し掛けられず、窓際族と言った風情だ。

「バッチチームの南部寛子さんです」

 久米が紹介したのは二十代後半と思しき、女性だった。

「すいません、私の作ったバッチがどうも遅くなってるみたいで......」
「どういう処理をしてるんですか?」
「一営業所ずつ売上集計処理するバッチなんですけど、それだと制限時間に間に合わなくて......」
「なるほど。一営業所ずつ処理してますね。これだと営業所ごとの処理時間が積み重なって、時間掛かりそうですね」

 真里菜はバッチ処理を見てそう言った。
 結合テスト環境でそのバッチを動作させて見た。
 データベースサーバのCPU、メモリ、ディスクに関してはそれほどリソースを使っていないようだ。

「営業所の数はいくつですか?」
「AからFまでの六つです」
「バッチを六営業所同時にパラレルで実行するように作り替えることはできますか?」
「パラレルですか......そうすると、同じテーブルを更新する場合、テーブルロックしてしまったりしませんか?」
「大丈夫ですよ。営業所コードをキーにしたパーティションテーブルにすれば」

 真里菜はそう言うと、パーティションテーブルとパラレル処理の関係をEXCELに書いて説明した。

「今のバッチは、営業所単位で存在するデータを、A営業所目からF営業所目まで順に処理します。これだと営業所ごとの処理時間が積み重なって、時間掛かる」

serial.jpg

「そこで、テーブルとバッチを営業所単位に分割し、バッチ処理を並列に行うことにします。AからFまで同時に行うから、理論上1/6の処理時間で終わります」

para1.jpg

「なるほど、そうなんですね! これなら速くなりそうです」

 寛子を納得させた真里菜は、早速、開発環境のテーブルをパーティション化しデータを移す作業を行った。
 寛子はその横で処理をパラレルに変更する作業を行った。
 一時間後、同じ環境でパラレルに変更した処理を流して、時間とリソースを測った。

「すごいです! ホントに1/6の時間で終わりました」
「リソースも大丈夫ですよ」

 寛子はペコペコと、真里菜に礼をした。

「本番環境は開発環境よりもサーバ性能がいいはずだから、もっと速いはずです。でも気を付けて欲しいのが、パラレル処理にしたことにより、当初のシリアル処理よりも単位時間当たりのリソースが、多く必要になったことです。同じ時間帯に流れる他バッチの性能が圧迫されるかもしれないので、そこは許容範囲かどうかを、システムテストでしっかり確認してください」
「はい!」

「キーンコーンカーンコーン」

 作業に熱中していて、いつの間にか定時を過ぎていた。

「あの、お礼にお茶を御馳走したいんですが?」

 パフォーマンスチューニングが上手く行ったので、ご機嫌そうに寛子がお茶に誘って来た。

(バッチチームのメンバーだから、久米の情報が得られるかも......)

 そう思った真里菜は、お茶に行くことにした。


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「助かりました。本当にありがとうございます」

 寛子はペコペコお辞儀をしている。
 黒髪で眼鏡の寛子は、いかにも理系のお嬢様といった感じだ。

「いいんですよ。仕事なんですから。あと、お茶も割り勘で」

 真里菜の方が恐縮してしまう。
 二人は職場のビルの対面にあるベロッチェで、お茶をしていた。

「それにしても、女性でインフラやってるなんて珍しいですね」

 寛子が感心するように言った。
 真里菜としても自分自身、それは常々思っていて、確かにインフラをやっている女性は少ないと思っている。

(ケーブル持って地面を這っている姿はカッコいいと思うのだがなあ......)
(サーバコンソールに向かって、仕事してる姿はカッコいいと思うのだがなあ......)
(まあ、サーバ室は乾燥してて、お肌に悪いけどね)

 真里菜はぼんやりそう思った。

「上田さんは、好きな人いるんですか?」
「は?」

 突然、寛子がそう訊ねて来て真里菜はお茶を吹き出しそうになった。

(言えない......言えない......。こんな純粋そうな娘に、妻子ある人を好きだなんて......)

「言えないんだ~。残念」

 真里菜が黙って下をうつむいたので、寛子は場がしらけないようにおどけた様子で、こう言った。

「私、今、職場恋愛してるんですよ~」
「へえ」
「久米さんと」

 再度、真里菜はお茶を吹き出しそうになった。
 と、同時にこれは貴重な情報源を得たかもしれないと思った。

「久米さんってどんな人なんですか?」
「え? 優しい人ですよ。けど......」
「けど、何?」

 真里菜は捜査の情報を得るというよりも若干、野次馬根性の方が強くなっていた。

「誰にでも優しいんですよね。他メンバーの女子にも受けがいいのが複雑と言うか......仕事以外のことも楽しそうに話したり、私以外の女の人とランチしに行ったり飲みに行ったりするんですよ。どう思いますか?」

(何だ。ただの女たらしか)

 真里菜はそう思った。

「まあ、いいんじゃないの」

 初対面の時からキザったらしいと言うか、そういう印象を感じていた。
 だが、それは単なる好みの問題だ。
 自分だって、端から見たら慶太のような不器用なダメダメ人間の方が好きなのである。

「そう言えば、久米さんって昔インフラやってたって聞いたんだけど。ホント?」
「そうだよ」

 二人は同じ年、そして同性と言うこともあっていつの間にか、ため口で会話するようになっていた。

「新人の時、インフラチームに配属されたの。その時はよく、俺はインフラ作業には向いてないって泣き言ばかり言ってたな」

 あの久米が自信を無くして泣き言を言ってたんだ。
 真里菜は意外に思った。

「それから、あることがきっかけで、業務チームに異動になったんだけどね。それからは上手くやってるから結果的には良かったんだけどね」

 人には向き不向きがあるが、彼はインフラ系には向いていなかったのだろう。
 その代わり、業務系には向いていたのだ。
 真里菜が気になったのは、何がきっかけで業務チームに異動になったのか、ということだった。

「どんなきっかけだったの?」
「本人には私が言ったこと秘密ですよ」

 元来、うわさ話や身の上話しが好きな質なのか、秘密と言いながらも寛子はしゃべりたそうだった。

「開発用のデータベースを期限までに作成することが出来なかった久米さんは、当時業務チームのリーダーだった荒川さんに、超怒られたんだ」

 慶太から聞いた話によると、久米が新人だったころ荒川はあるプロジェクトの業務チームで、リーダーだったらしい。
 寛子の言っていることと、慶太の言っていることが、一致している。
 ただ、久米が荒川に怒鳴られていたというのは初めて聞いた。

「開発作業に遅れが出るじゃないか! って凄い剣幕で怒られてたの。私はその時、新人で荒川さんのチームに居たんだけど、そんなに怒んなくてもいいんじゃないのって思ったよ。まあ、チームのメンバーに強気のところを見せたかったんだろうなとは思ったけど」

 荒川は業務チームのメンバーから信頼されたいがために、久米を大袈裟に怒鳴りつけたりしたのだろうか。

「荒川さんが久米は出来ない奴だから外せって言ったのが、上に伝わったのかどうかわからないけど、それから久米さんは別のプロジェクトに飛ばされて......」

 真里菜は久米が、荒川を嫌っている理由が分かって来た。
 そして、これは復讐でもあるのだと思った。
 久米にとっては、荒川を外して自分が親会社の社員になることも重要だが、それ以上に重要なのは、この復讐なのだ。

「最近、久米さん、たまに訳が分からない依頼をしてくるから。はあっ? て思うんですよね」
「訳が分からないこと?」
「この前何て......」

 そこで、寛子のスマホが鳴りだした。

「あ、ごめん。今から行くね」

 電話を切ると、こう答えた。

「すいません、久米さんに呼ばれちゃって。また今度ね」

 寛子はすまなそうに言うと、席を立って店から出て行った。

つづく

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