常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 愛しのマリナ】第二十八話 妻の逆襲

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「荒川って人が事故を起こして得するというか、喜ぶ人って誰かいる?」
「バッチチームのリーダーで久米と言う人です」

 慶太は久米のことを話した。

「プロジェクトが成功すると荒川は出向が解けて親会社に戻れるって、久米が言ってました。ただ、久米自身もプロジェクトでの活躍が認められれば親会社の社員になれるって、言ってたんです。ただ......」
「ただ?」
「親会社に入れる枠は一つしかないらしくて」
「なるほど」

 お茶を飲んで、一息つくと、真里菜はこう言った。

「まとめると、久米は大嫌いな荒川を罠にはめて、プロジェクトを首にしようとした。
 その動機は、自分が親会社に入りたいためにやったってとこかな。
 で、慶太君はその巻き添えを食った。
 荒川は首になるはずだったけど、慶太君が協力しなかったから出来なかった」
「そんなとこだと思います」

 真里菜のまとめで慶太の頭も少し整理された。

「久米が保守端末のtnsnames.oraを変更したから、本来なら教育環境に接続されるはずなのに、本番環境に接続されたんです。それで、tnsnames.oraを確認しようとしたけど、その保守端末は久米の手で撤去されていて......」
「でも、仮にtnsnames.oraが変更されているのが分かっても、その人がやったかどうかはどうやって証明するつもりだったの?」
「確かに......」

 慶太は確かにそうだなと思い、何も言えなくなった。

「あと、気になってるのは手順書で接続先の確認部分が無かったってことなのよ。普通、作業前に自分がどこに接続しようとするかは確認するでしょ。それを省くなんて事故を誘発するような手順は、どう考えてもおかしいでしょ」
「元々の手順がおかしかったってことですか?」
「元々の手順にはその確認部分があったんじゃない。で、誰かが、その部分を切り取ったんじゃないの?」

 荒川は作業中、データベースに接続するところで、手順を前にして考え込んでいた。
 今考えると、接続先の確認手順が無かったことを不思議に思ってのことかもしれなかった。

 だが、実績ある手順と割り切ってそのまま作業を続行した。
 それで、今回のような事故が起きたのである。

「接続先の確認部分を切り取ったのが、久米かもしれないってことですか?」
「作業前に本番環境に接続されることがバレちゃったら、元も子もないじゃん。だから、tnsnames.oraと手順書の改ざんはセットでやったと思うよ。私が久米だったらそうするよ」

 慶太は、真里菜の推理は大胆だと思った。
 だが、現場にいない自分がそれをどうやって証明すればいいのか、その術が思い付かない。

「慶太君」
「はい」
「私に任せといて」
「え?」
「君だって会社、首になりたくないでしょ。全部、うまく行くようにしてあげるよ」

 慶太の無罪を証明してくれるのはありがたかった。
 漫画の件ではアシスタントまでしてもらった。
 だが、そうまでしてくれる真里菜に対して、慶太はずっと不思議に思っていたことをここで訊いた。

「何で、こんな僕にここまで協力してくれるんですか?」
「え? それは......」

 真里菜は顔を赤らめた。

「慶太君に......助けられたことがあったからね。恩返しだよ」
「え......そんなことありましたっけ?」
「もう! 覚えてないの!? 一緒のプロジェクトにいた時だよ......」

 その時、玄関の扉がガチャリと開く音がした。
 鍵を掛けている扉が、いとも簡単に開くなんてあり得ない。
 慶太は響子が合鍵を持っていることを思いだした。

(タイミングを見計らったかのようだ......)

 慶太はそう思った。
 クローゼットに真里菜を隠したとしても、この鍋の理由や、女の匂いの理由は隠せない。
 何より、玄関には女ものの靴だってある。

「誰? その女?」

 居間に踏み込んだ響子は、座っている二人を見下ろし、低い声で問い掛ける。
 慶太は、そこに立つ響子の姿を見て、絶句した。

「どうして、ここに?」
「は?」

 眉間にしわを寄せて、険のある尖った声で訊き返す。

「どうして、ここに? って、どういう意味よ。ここは私の家でもあるのよ。なんで、いちゃいけないの? なんで、帰ってきたら驚かれないといけないの?」

 慶太は何も言えなかった。
 この状況は、言い訳すらできない。

「荷物を取りに来ただけです」

 響子はそう言うと、自室に入り荷物をまとめ出した。

「あの......私は、慶......、大沢さんの同僚で、上田と言います」

 暗い部屋でキャリーバッグに荷物を詰め込んでいる響子に、真里菜は恐る恐る声を掛けた。
 だが、響子は無視して作業を続けた。

「大沢さんが身体を壊したって聞いて、それで一人だって言うのを聞いて、様子を見に来ただけです。他には何もありません」

 だが、それは火に油を注ぐ様なものだった。
 真里菜は、あのホテルの写真が流出していることを知らない。
 響子から見ると、真里菜は夫の不倫の相手としか思えないのだ。
 自室から出てきた響子は、真里菜の横を通り過ぎると、慶太に向き直りこう言い放った。

「あなたは、自分が正しいと思っているんだろうけど、全然違うからね。
一人でなんでも色んな人をまとめ上げてるつもりだろうけど、自分の家族一つだってまとめ切れてないじゃない。
そんな人が、将来プロジェクトマネージャーになって、自分のチームを笑顔いっぱいで仕事できる場所にしたいだって?
笑わせんじゃないわよ。
今の職場から引導を突き付けられて、
会社を首になりかけて、
そんな状況で、懲りもせず今度は、不倫ですか?」

 一気にまくし立てられた勢いに負けた慶太は、何も言えなかった。
 こうなった責任の一端は自分にもある。
 仕事を理由に家庭を顧みなかったことを後悔した。

「部下の漫画家の夢を力づくで諦めさせて、無理やり、やりたくない仕事に向かわせて。
それも、全部自分のためなんでしょう。
自己満足と自分が楽をしたいために、人の夢を勝手に奪っておいて、それで自慢げな顔して、俺はあいつの才能を見出してやったんだって、してやったりの顔してるんでしょう?」

 響子に言われて、確かにそうかもしれないと思った。
 慶太がそんな勝負を申し出なければ、森本は今も漫画家の夢を目指していたに違いない。
 そして、一念が通じて、漫画家になれたかもしれない。
 そう思うと、自分は人の夢を奪うという、取り返しのつかないことをしたのではと思った。

「あなたは、最低よ。
技術者なら、漫画で勝負するんじゃなくて、技術で勝負しなさいよ。
そんな人が、将来リーダーになろうなんて、今すぐやめて欲しいわ。
私が部下なら絶対転職する。
何も知らずに、裸の王様でいたかったでしょう。
でも、今、私が全部言ってあげたから。これで終りね」

 響子は腹にため込んだものを一気に吐き出すように、息もつかずにしゃべり続けた。
 だが、慶太も言わずにおれない部分があった。

「君だって勝手なもんだよ。希優羅を置いて旅行に行ったりしてたじゃないか。それに、誰と行ってたんだ? 君だって人のこと言えるのか!?」

 慶太は気になっていた。
 あの旅行で、響子は男と何をしていたのか。
 そんなことをこのタイミングで問い詰めたら、もう二人の関係は終わりになるのは目に見えていたが、自分だけが悪者になるのはごめんだった。

「ふん、そうよ。あんたの知らないところでこっちも、今のあんたと同じようなことしてたわよ。それがどうしたっていうのよ。元はと言えば、こっちの言うことに訊く耳を持たなかったあんたのせいなのよ。
全てが積み重なって出来上がった、これがあなたの作った世界なのよ!」

 慶太は自分の周りを見渡した。
 真里菜と目が合ったような気がする。
 だが、それ以外のものが目に入らない。

「離婚しましょう」

 目の前にいる女が何か言ったのが分かった。
 森本は漫画を諦めた。いや、諦めさせた。
 荒川をかばったのも結局自己満足じゃないのか。
 自分は、自分の思うように生きて、結局誰も幸せに出来ていないんじゃないのか。

「希優羅は、あなたには絶対に渡しませんから!」

 目の前の女はそう言い放つと、玄関に向かって歩いて行った。

(それだけは、やめてくれ!)

 でも、言葉が出なかった。
 もう、自分にはそんな資格は無いと思ったからだ。

 扉の閉まる音が、とても遠くに聞こえた。
 カンカンと、その女が階段を下りて行く音が聞える。
 追わなきゃ......と思っても、もう動くことも出来なかった。
 修復不可能なところまで来てしまったと、悟っていたからだった。

「慶太君......」

 真里菜が心配そうな顔をして、声を掛ける。

「出て行ってくれ......」

 慶太は絞り出すような声で言った。

「え......」

 慶太の押し殺したような声に、真里菜はビクッとなった。

「君がここに居たから、いけないんだ! 出て行ってくれ!」

 気が動転している慶太は、自分でも辺り構わずに当たり散らしているのは分かっていても、それを止めることが出来なかった。

「ごめん......」

 真里菜は目を潤ませると、部屋を出て行った。
 一人になった部屋で、慶太は一人、後悔していた。

「独りぼっちになっちゃった......」

 そうつぶやくと、頬を何か熱いものが伝っていくのが分かった。

つづく

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