常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 愛しのマリナ】第三十一話 恩返し女M

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「元の場所に置いておきましたよ」

 久米は修理と称して持ち出していた教育環境接続用の保守端末を、六階開発サーバ室の元の場所に設置した。

「お疲れ様です。でも、教育環境のメンテナンスが行われるのは今月までなんですよね。せっかく修理して戻って来たのに、来月にはこの保守端末を返却しないといけないのは、もったいないですね」

 教育環境は今月まで使用して、来月から廃止されることが決まっていた。
 吉井がそう答えると、久米がこう言った。

「来週にある最後のデータメンテナンスは、ほとんどのテーブルのデータを変更するんで時間が掛かりそうです。お客さんも、廃止する前に教育環境を使えるだけ使っておこうって感じなんですかね」

 久米が開発サーバ室を出たのを確認した真里菜は、戻って来た保守端末の電源を入れた。
 表示されるはずの作業目的、そして作業者と確認者を入力する画面が表示され無かった。

「吉井さん、作業管理画面が出てこないんですけど」
「ああ、きっと修理した時、OSから再インストールしたんじゃないんですか? 後で久米さんに話しておきますよ」

 そうなると、この保守端末での作業履歴、つまり久米がtnsnames.oraを変えたことも、荒川が事故を起こしたことも無くなっているのだろう。
 真里菜はtnsnames.oraを確認したが、それも元の通り教育環境データベースサーバに接続されるように設定されていた。

「やっぱり、何もかも消された」

 真里菜は溜息をついて、保守端末の電源を切った。
 

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「本番データベースサーバの方は確認したんですか?」

 真里菜と森本は、エムドナルドハンバーガーで昼食を取りながら、これまでの捜査のことを話し合っていた。
 そこで、森本にそう言われた真里菜はハッとした。

「これ以上、保守端末のtnsnames.oraを追いかけても仕方ないですよ。もう改ざん前の状態に戻ってるわけだし。それよりも、データベースサーバ側にはまだ何か情報が残ってるかもしれない......」
「と言うと......?」
「保守端末から接続された履歴が残っているのかを確認してください。久米さんは保守端末のtnsnames.oraの向き先を教育環境データベースサーバから本番環境データベースサーバに改ざんした後、SQLPLUSかなにかで、ちゃんと本番環境に接続できるか確認してるはずです」
「なるほど」

 データベースエンジニアとしての真里菜は、そこに気付かなかった自分に少し腹が立った。
 tnsnames.oraが改ざんされたのなら、本番データベースサーバに、教育環境接続用の保守端末から接続された履歴が残っているはずだ。
 そのログを突き止めることが出来れば、保守端末のtnsnames.oraが変えられたことを間接的にだが証明できる。

「保守環境からの接続履歴は、何を確認したら分かりますか?」
「listener.logに載ってるはずだわ」

 ORACLEはクライアントからの接続を、リスナーと言うプロセスで受け付けている。
 listener.logには、クライアントからの接続をリスナーが受け付けた履歴がログとして記録されているのだ。
 情報としては、接続元、つまりクライアントの端末名とリスナーがその接続を受け付けた日時が載っている。
 端末名は保守端末のマシン名で、接続日時は久米が保守端末から接続したであろう日時が記載されたログがあるはずだ。

「荒川さんが事故を起こす前に、このtnsnames.oraの改ざんと接続確認は行われているはずです。だから事故発生時刻つまり、12月7日17:30より前のlistener.oraを確認しましょう」
「そうだね」

 森本の聞き方は、真里菜が確信に向かうように仕向けられているような感じだ。
 どんだけ能力高いんだこいつはと、真里菜は思った。

「でも、それだけじゃ証拠にならないですよ」
「うん、分かってる」

 恐らく久米にその履歴を見せたところで、保守端末から本番環境データベースに接続したのは自分じゃないと、しらを切るだろう。
 そして、自分がtnsnames.oraを変えていないとも言うだろう。
 保守端末から本番環境データベースに接続があったというログだけでは、久米がtnsnames.oraを変えたことを証明できない。

 真里菜は時計を見た。
 もうすぐ昼休みが終わろうとしている。

「森本君。時間は大丈夫?」
「はい。打ち合わせも無いんで、僕は多少遅れても大丈夫です。そう言えば、事故当時の手順に接続先を確認する部分が無かった言ってましたよね」
「うん。確認の手順があれば、接続先が教育環境じゃないってのが分かるでしょ。tnsnames.oraの改ざんがバレないように、久米が手順からその部分から消したんじゃないかって私は思ってるの」
「教育環境データベースのメンテナンス手順書なら三年分がプロジェクトで使用している共有ディスクにあります。そこに証拠が無いか漁ってみて下さい。パスは後でメールします」
「ありがとう」
 

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 エムドナルドハンバーガーを出て会社に戻る途中、森本が真里菜にこう訊ねた。

「なんで、そこまでして大沢さんのことを助けようとするんですか?」
「えっ......それは......」
「まあ、いいですけどね。はっきり言って、大沢さんのやってることは滅茶苦茶でしたよ。人のプライドをズタズタにしてるんですからね。僕じゃなかったら、いや、僕でも腹立ったけど......自分が仕事できないからって、漫画で勝負して、それで僕を負かして仕事に向かわせようとするんですから」
「ごめん」

 森本を前にすると、真里菜は慶太の漫画を手伝ったことが、ちょっと負い目に感じられるのだった。
 だから思わず謝ってしまった。

「ははは......何で上田さんが謝るんですか。まあ、僕も迷ってたんです。結果が出ないのに、このまま漫画を続けててもいいのかなんて。結果的には大沢さんの無茶なやり方で、僕は仕事に打ち込むことが出来たからいいんですけど。
でも、普通の人はあの人のしたことは自分勝手だって思うし、好きになる人はほとんどいないと思いますよ」

 森本の評価は慶太にとって身も蓋も無かった。
 事実、慶太の身勝手さは、奥さんをして三下り半を突き出させる程なのだ。
 そして、森本の評価を聞いた真里菜も、確かにそうだと思うことは多々あった。
 だが、そんな人間を救おうとしている自分まで、どうしようもない人間だとは思わなかった。
 そんな人間が好きな自分に呆れることはあっても。
 友達の彼氏を見て、何でこんな男と付き合っているのだろうと思うことがあるが、それは、その友達当人にしか分からない彼の良さがあるのだろう。
 それは自分を振り返っても良く分かる。
 慶太は仕事があまり出来ないが、その分時間を掛けて真面目に丁寧にやってはいた。
 それを評価されて、真里菜と一緒にいたプロジェクトでは更新を切られることなく、完了まで残ることが出来た。
 困っている人を見捨てることが出来ず、自分の仕事が遅れても、終電が無くなったとしても手伝っていた。
 慶太が人を助けすぎて自分の仕事が遅れて全体スケジュールに影響が出た時は、流石の真里菜もちょっとは考えようよ、とは思ったが、いつの間にかそれも可愛いところではあるなと思うようになっていた。
 人は自分に無いものを人に求めるものだが、真里菜にとっての慶太はそういう存在だった。
 いびつで不器用で真面目なところが、自分に無いところだった。
 前のプロジェクトで慶太のことが気になり始めてから、そう思うようになっていた。
 真里菜も慶太に影響されて、困ってる人を見るとちょっと助けるようになった。
 だが、慶太のように暑苦しく真面目でも仕事が遅く、周りのことを考えずに協力を強いるような仕事の仕方は今後、出来なくなって行くのだろうと思った。
 世の中の流れでそう感じていた。
 真里菜は、そんな慶太が路頭に迷わないように助けたいと思った。
 それが真里菜のやりたいことだったし、気付いたら、いつもそうしていたのだった。

 真里菜は遠くを見つめてこう言った。

「恩返しがしたかったんだよ」

 真里菜は、前のプロジェクトで慶太に助けられたことを話した。
 それが、慶太を好きになったきっかけでもあった。

「そんなことで?」

 だが、森本は特に驚かなかったようだ。
 それは、彼にとっては何でもない簡単に解決できること--だからか。

「えっ? そんなことって......私には大したことだけど......」

 真里菜は頬を膨らませて、怒ったような仕草をして見せた。
 五分ほど歩くと、職場が入っているビルに着いた。
 ビルの屋上にある貯水タンク。横から飛び出した排水管に引っかかったビニール袋。何気ないものに視線を奪われた真里菜は、一瞬

(慶太に会いたい......)

 そう思った。澄んだ青空が眩しいと感じた。


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 四階の開発室で、真里菜は寛子を相手にバッチ処理のパフォーマンスチューニングについて、打ち合わせをしていた。
 真面目な寛子は、データベースのパフォーマンスチューニングに興味を持ったらしく熱心に真里菜の話を聴いていた。

「もう! テストデータ作って置いてって、言ったじゃないですか!」
「す......すまん」

 すると、少し離れた窓際の席から、堀井が荒川を叱る声が聞えて来た。

「今度の土日までに仕上げてください。私の分の性能テストが遅れちゃいます」
「土曜はともかく、日曜は予定が......」
「は? 私が予定があるときは、休ませてくれなかったじゃないですか!? 自分の時は、そんなムシのいいこと言うんですか!?」

 荒川はあの事故後、リアル系の開発リーダーを外されメンバーに降格されていた。
 受け持つ機能も与えられず、今では他のメンバーのテストデータを作ったり、ドキュメント修正といった補助的な役割のみを担うようになっていた。
 それもこれも、全て久米が荒川に与えた役割だった。
 そして堀井は、もうリーダーでもない荒川に対して、過去に受けた屈辱を晴らすかのように怒鳴り散らすのだった。

「今月でプロジェクトを抜けるからって、適当にやってんじゃないのあの人」

 プンプン怒りながら堀井は真里菜たちの横を通り過ぎ、開発室から出て行った。

「荒川さんもしんどい立場になっちゃったわね」

 その様子を見た寛子がポツリとつぶやいた。

「荒川さん」

 寛子との打ち合わせが終わった真里菜は、久米が開発室に居ないことを確認した。
 そして、暗い表情の荒川に声を掛けた。

「あの、余り思い出したくも無いと思うのですが、あの事故の日、12月7日に使用した......教育環境をメンテナンスした時の手順書を見せていただけないでしょうか?」
「この前の教育環境データ変更の手順書ですか?」

 荒川と真里菜はこの時初めて、面識を持った。
 荒川はなんでこの女が、そんな手順を見たがっているか不思議なようで、困惑した表情をしていた。

「私はデータベース担当で新しく来た上田と言います。私は立場上、この前の事故でどういう手順が使われたか知っておく必要があると思っています。確認させてください」

つづく

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