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【小説 愛しのマリナ】第二十七話 「来ちゃった」

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 本日付で、慶太は現場を外された。
 それは、あの秘密のリカバリが慶太主導で行ったことで決着がついたからだ。
 トカゲのしっぽのように切られた慶太は、引き継ぐ時間も与えられず現場を外された。
 ビルから出ようとしている慶太を見掛けた久米は、呆れたように言った。

「ちゃんと、荒川がやったって言わないと......ねえ。君が首になってしまったじゃないか」
「久米さん......」
「君は荒川のことを嫌ってたから適任だと思ったんだが......。
 奴を切れるチャンスだったのにな。
 まあ、宮川部長はエビデンスが大好きだからなあ。仕方無いか。
 荒川をリーダーから外せるだけでもうまく行った方だな」
「くっ......」
「これで邪魔者はいなくなった。僕がグローバルソフト興行の社員になる日もそう遠くない。どこかの現場で君を見掛けた時は、優しく対応してあげるよ。ごくろうさん」

 慶太は怒りに燃えた。
 そして、久米の方を向き、こう言った。

「あなたがやったんでしょ」
「は?」
「保守端末を本番環境に向かせたのは」
「何だ? 言い掛かりか? 証拠はあるのか?」

 久米は、慶太を馬鹿にしたかのような笑みを浮かべた。

「ううっ......」

 慶太は何も出来ない自分に腹が立った。

「じゃあな」


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「どういうことだ? 説明してくれ」

 その日の夕方、自社の近くにあるドドールコーヒーで、社長と慶太は向かい合っていた。
 当然、社長にも今回の件でが原因で、プロジェクトから外されたことがブレインズ情報システムから伝えられていた。

「すいません......」

 慶太は頭を下げた。

「どうして、こんなことになったんだ? 仕事に不満があったのか?」
「いえ......自分でも、ちょっと......」

 逃亡者の後をフォローする形で入ったが、一週間ちょっとでプロジェクトを外されることになった。
 社長から見れば、そう言うことだ。

「家で謹慎してろ。処分は追って知らせる」
「え......? どういうことですか?」

 慶太が動揺しながら訊くと、

「どうしたもこうしたもあるか! お前自分がやったこと分かってるのか?」

 周りが振り返るような大声で、怒鳴りつけた。


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 慶太は家路を急いでいた。

「希優羅......、響子......」

 娘と妻の名前を呼ぶ。
 今まで仕事が忙しくて満足に相手もしてやれなかった。

「ごめんな......」

 明日から、沢山相手してやれるぞ。
 慶太はそう思うことで、仕事を失ったショックを少しは忘れることが出来た。


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「希優羅! 響子! ただいま!」 

 ハイテンションを繕って扉を開けるが誰もいない。
 手に持ったお土産のケーキの重みを虚しく感じた。

 リビングの食卓に、封筒が置かれていた。
 スネーク探偵社と書かれた封筒の端から、写真らしきものが飛び出している。
 慶太はそれに手を取ると、目が飛び出すほど驚いた。

 その写真には、慶太と真里菜が写っていた。
 ビジネスホテルから出ていくところが撮られていた。
 希優羅を介抱するために止む無く宿泊したビジネスホテルで、知らない間に激写されていたのだ。
 更に都合の悪いことに、そこには希優羅が映っていなかった。
 恐らく部屋で寝かせている時に撮られたのだろう。
 これでは、慶太が希優羅をほったらかして浮気しているようにも見えてしまう。

「この人誰?」

 薄暗い廊下から足音もさせず現れた響子が問い掛けて来た。
 眠っている娘の希優羅を、胸に抱いている。

「会社の人だよ。この前、君が旅行に行ったとき希優羅が熱を出したんだ。その時この人にホテルで介抱してもらったんだよ」

 何で正しいことを言っているのに言い訳っぽくなるんだろう? 慶太はそう思った。

「この人の髪の毛って、この前、あなたの肩についてたのと同じ長さだね」

 響子は感情を押し殺したような平板な声で、確認するかのように訊いて来た。
 写真に写った真里菜の髪を指さしながら。
 明らかに響子は、慶太が真里菜と浮気していると思っている。
 慶太としては、ことには及んでいないから堂々としてればいいのだが、これは心の問題だった。
 あの時、気持ちがあちらに傾いていた以上、真面目な慶太にとっては、何もしていなくても嘘を付いているような気分で、もう何を言っても自然にならず、言い訳っぽくなってしまうのだった。

「なあ、そんなことより、今日から休みが多めに取れたんだ。久しぶりに遊園地にでも行こうじゃないか! それと、君の仕事のことも相談に乗れるよ!」

 慶太は明るく響子に向かってそう言ったが、反応が全くないので壁に向かって話しているような印象を受けた。

「実家に帰らせてもらいます」

 響子はそう言い残すと、踵を返して出て行った。
 慶太は、その場に倒れ込んだ。


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「慶太君......ねえ......」

 耳にスマホを当てながら誰かと話しているということは、分かる。
 ただ、現実と夢がごっちゃになった状態で、今、誰と何を話しているかが分からない。
 夢の中の会話なのか、現実に着信した電話に応えているのかが、ボケた頭では判断できない。
 慶太は自分がどれくらい寝込んでいるのか分からなくなっていた。
 恐らく、四日? いや五日?
 テレビ観ず、ラジオ聴かず、ネット見ず、妻と娘が去った家で一人、ずっと寝込んでいた。
 満足に食事もせず、体はやせ衰えていた。
 少し熱もあるようで、何もする気が起きない。
 ところで、今話してるこの人物は誰だ?

「真里菜です......」

 電話の相手は名乗って来た。
 と言うか、きっとさっきから名乗ってはいたのだ。
 それを慶太が夢うつつの状態だったため、聞き逃していただけなのである。
 相手の話を聞き、徐々に覚醒していったことで、やっと夢と現実の判断が付くようになり相手が誰なのかを認識できるようになった。

「上田さん......」

 慶太は真里菜と最後にいつ会ったのはいつだったか、思い出そうとした。

(そうだ、ビジネスホテルで漫画を一緒に描いてからだから、一週間前かな?)

 そう思い出すと、真里菜に森本のことを話していないということに気付いた。
 漫画を手伝ってくれたのに、その漫画がどうなって、そして森本がどうなったかを報告していない。
 そのことを正直にすまないと思った。
 色々な出来事の連続で余裕がなく、思いがそこに至らなかった。

「森本が、仕事に本気を出してくれましたよ......多分......」

 多分と言ったのは、あの後すぐにプロジェクトを外されて、森本の仕事ぶりを見ていないからである。
 連絡も取っていないため、プロジェクトがどうなっているのかもわからない。
 森本がどう覚醒したのかを見ることが出来なかったのは、心残りの一つではある。

「よかったね」

 真里菜は嬉しそうに言った。
 漫画の賞を獲ったことを悟ったようで

「賞金で焼肉奢ってね」
「ははは」

 笑ったことで、慶太はやっと我に返った。
 自分の寝床の周りを見渡してみると、衣類やタオルが散乱している。
 風邪薬やペットボトルのお茶が転がっている。
 無意識に着替えたり、水分を取ったりはしていたらしい。
 生への執着は、ショックで寝込んでいても、あるようだ。

「今、何してるの?」
「無職」

 自嘲するように簡潔に答えた。

「そうなんだ」
「正確には、プロジェクトを首になって、今、謹慎中です」

 何で謹慎中なのかは訊かれなかった。
 慶太としては少し聞いてほしい気持ちもあった。

「ずっと家にいるの?」
「うん......体がなんか調子悪くて」
「奥さんは?」
「ああ......えっと......実家に帰ったんだ。娘を連れて。しばらく戻ってこないと思う」

 ビジネスホテルで真里菜と二人でいるところを激写されたことが原因で、彼女との不倫を疑われ、妻が去っていった。
 疑わしいことをしている慶太にも責任はあったが、あの時は、希優羅が病気だったせいで仕方ない部分もあった。

「ご飯、ちゃんと食べてる?」
「ああ......」
「待ってて」

 電話が切れた。

「ピンポーン」

 数分後、チャイムがけたたましくなった。
 扉を開けると、

「来ちゃった」

 真里菜が食材の入った袋を手に提げて立っていた。

「え......?」

 慶太は驚きのあまり玄関に立ち尽くしてしまった。
 ヨレヨレのジャージを着た寝ぐせ頭の慶太を見た真里菜は吹き出した。

「大丈夫? ボロボロだよ」
「何とか......」

 慶太は真里菜に笑われて少し和んだ。

「でも、何で僕の家が分かったんですか?」
「うちの会社、今じゃ考えられないけど、社員の連絡簿配ってたじゃない。今も持ってるんだ。そこに住所載ってるからね」
「ああ、そうなんだ」
「上がっていい?」
「あ......それはちょっと......」

 慶太は散らかった部屋を見られるのが嫌だった。
 慶太の肩越しに、部屋を覗こうとした真里菜は

「エロ本でも隠してるの?」

 慶太は思わず吹き出してしまった。


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「水炊きにしたの」

 ミトンを手に装着した真里菜が、鍋を運んできた。

「うまい!」
「でしょ?」

 真里菜が得意げな顔で答える。

「慶太君」
「はい」

 真里菜が改まって問い掛けて来た。

「社長に聞いたんだけど、プロジェクト外されたんだって?」
「はい」
「理由ははっきり聞いてないけど、大変だったみたいだね」
「ええ......」

 慶太は何と言っていいか分からない。
 表向きは慶太が不祥事を犯したのが原因で外されたことになっている。
 だが、真実は慶太が荒川をかばったことで、犯人となり切られたのだ。

「本当はどうなの?」
「うん......」
「口がへの字になってるよ」

 慶太は真里菜には、嘘が付けないような気がした。
 何よりも彼女には、本当のことを話したいと思った。

「実は......」

「そうだったんだ......」
「そうなんです」
「でも、何でその保守端末が本番データベースに接続出来てたのかが気になるね」
「そうなんですよ」

 真里菜も慶太と同じ疑問に突き当たっていた。
 やはり根本はそこにあるような気がした。
 荒川は教育環境にしか接続できない保守端末を使って作業をしているという認識があった。
 それは、作業数日前からその端末を予約していたことでもわかる。
 手順に接続先を確認することが無いという不備はあるものの、本来ならその端末は本番には接続されないように設定がされていたはずなのだ。
 誰かが意図的に本番環境に接続するように仕向けたとしか思えなかった。
 慶太はそれが久米だと睨んでいる。

「荒川って人が事故を起こして得するというか、喜ぶ人って誰かいる?」
「うん......」

 こんな観点から質問してくる真里菜を、探偵みたいだなと思った。
 そして、慶太は自分が、事故の翌日に久米に呼び出されて会話をしたことを、真里菜に話した。

つづく

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