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【小説 愛しのマリナ】第二十六話 ポケットから印籠

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「大沢さん、どうしたんですか?」

 尋問から一時解放され、席に戻って来た慶太を見た森本が心配そうに問い掛ける。

「ああ......何でもない」

 慶太は、これから本気出すであろう森本の仕事ぶりを見てみたかったが、それは無理そうだと思った。
 荒川の指示で慶太が、本番環境データのリカバリしたのは間違いない。

  「僕は、あなたの指示でこの作業をする。そこだけは、はっきりさせてください!」

 そう念を押したはずだ。
 だが、それは慶太と荒川だけが知っていることで、第三者がそれを証明してくれなければ、まったく意味が無かった。
 荒川の裏切りで慶太は窮地に立たされていた。
 お客は許してくれている。
 そうは言っても客の手前、内部で何らかの処分は必要なのだろう。
 恐らく荒川を残し、慶太はトカゲのしっぽのように切られるのだ。
 荒川は初めからそれを分かってて、慶太に全てのデータリカバリ操作をさせていたのだろう。
 慶太はそう思うと、何とも卑怯だと思った。
 あの時、荒川からパスカードを奪ってでも部屋を飛び出し、上に連絡すべきだったと後悔した。

「ブブー」

 突然ポケットに入れたスマホが鳴りだして、慶太は驚いた。
 スマホを取り出して確認すると「ディスクの容量が一杯になりそうだ」という警告が画面に表示されていた。

「ふう......」

 もう、慶太は仕事が手に付かない。
 と言うか、もうここでの仕事は出来ないだろう。
 そう思うと、端末に触れることが徒労のように思えた。
 現実逃避をするかのように、黙々とスマホの中の整理を始めた。

「いらないアプリがいっぱい入ってるなあ」

 不要なアプリをアンインストールし、容量を空ける。
 頭の中を空っぽにして、現実から離れようとしていた。
 スマホの中も空っぽにして行く。
 画像フォルダを開き、不要な画像を消していく。
 娘の画像が一瞬目の端に入った時、涙があふれた。
 娘の動画もある。
 その中でも、おかしな動画を一つ見つけた。
 再生してみると床がずっと映された訳の分からない動画だった。
 音声がかすかに再生された。

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  「何言ってるんですか! 報告するのが先ですよね!」
  「早く! 戻せ! 報告してる暇なんてない! すぐ戻さないと、お客が気付くだろ!」
  「私は知りませんよ。上に報告せずに作業して何かあっても」
  「いいから、さっさとやるんだ!」
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 本番環境の事故の後、ある意味極限状態での荒川と慶太のやり取りだった。
 それは慶太のスマホが動画記録した内容だった。
 あの時、慶太は荒川に突き飛ばされた。
 そのせいで慶太のズボンのポケットから、スマホが床に落ちた。
 そのはずみでアプリが起動して、動画記録が始まったのだ。
 床に裏返しで落ちたスマホは、その時の荒川と慶太のやり取りを音声として、克明に記録していたのだ。

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  「荒川さん」
  「何?」
  「僕は、あなたの指示でこの作業をする。そこだけは、はっきりさせてください!」
  「......分かった」
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(これだ!)

 慶太は、そう思った。

 これを突き付ければ、もう上の人間は荒川をかばうことは出来ないだろう。
 荒川は本番事故の隠ぺいと、虚偽の報告をしたとして、この現場を追われるだろう。
 最悪、会社を首になるかもしれない。
 荒川が追われた後は久米がしっかりリーダーをし、森本がそれをしっかりサポートするのだろう。
 チームは上手く回りプロジェクトは遅れを取り戻し、大成功で終わることが目に見えていた。
 慶太も身の潔白が明らかになり、そのままこの仕事に携わることが出来るかもしれない。

「荒川さん」
「ん......」

 荒川は目を慶太に合わせず、こちらを向いた。

「ちょっと、いいですか」
「ああ......」

 先程の裏切りをすまないと思っているのか、大人しくついて来た。
 

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 誰もいないドリンクコーナーで二人で向かい合う。
 慶太は何も言わずに、ポケットからスマホを取り出して卓に置くと、例の動画を再生させた。

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  「僕は、あなたの指示でこの作業をする。そこだけは、はっきりさせてください!」
  「......分かった」
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 動画の音声を聞いた荒川の顔が青ざめる。

「分かってますよね。私の言いたいことが」
「あ......ああ......」

 荒川は伏し目がちになり、すまなそうに声を出した。

「あなたは私を裏切ったんですよ」

 下を向いたまま歯を食いしばって苦しそうな表情をする。

「私はこの音声を、上に伝えます」
「ま......待って! それだけは」

 荒川が泣きついてきた。

(ふん、今までの態度は何だったんだ。状況次第で、ころころ態度変えやがって。最後まで悪者でいろってんだ)

 と、慶太は思った。

「あなたは、私を犯人にしようとしたんですよ!」

 ちょっと強めに言ってやる。
 その瞬間、

「すいませんでしたぁ!」

 荒川は慶太の前で土下座していた。
 それが何を意味するか、慶太は理解した。

(それで俺に折れろと言うのか、随分高い土下座だな。俺にとっては安い土下座だがな)

 と、慶太は思った。

「おっと......」

 背後から声が聞えた。
 田中がドリンクコーナーに行こうとしたらしいが、二人のこの状況を見て引き返して行った。
 その後、清掃員の外山が掃除道具の入ったカートを押しながら、二人の横を通り過ぎる。

「そんなんで謝ってるつもりなんですか?」
「......すいません......」

 決定的な証拠を突き付けられて、荒川は何も言えないでいた。
 慶太はこの音声をどうするかは、荒川の態度次第だと考えている。
 今までのことを謝ってくれたらそれでいいとも思っていた。
 ここに来たその日から受け続けた屈辱と受難の日々を思い起こしていた。
 だが、この証拠を復讐の道具として今使おうとしている自分に対して嫌気が差して来ていた。
 
(これじゃ、逃亡者をさらし者にしたり、代わりに来た人間に嫌がらせをしてきたこいつと同じじゃないのか?) 

 慶太はそう思った。

「それを持っていくのだけは勘弁してください」

 勘弁してください? こいつはひたすら謝れば事が済むと思っているのだろうか。
 この証拠を付き出せば、こいつは終わりになるのだろうか?
 慶太は自信満々だったが、ふと疑問に思った。

(こんなもの、どうせ握りつぶされて終わりなんじゃないのか)

 実際に二人が話している映像が映っているならまだしも、ただの床が撮影された音声だけのものである。
 現に上の連中は、自社の荒川をかばおうとして、慶太の言い分を聞かずスパッと切ろうとしている連中だ。
 ねつ造したものだとか言って、取り合わないかもしれない。
 こんなものを持ち出して、弱った荒川を揺すっているような自分にも腹が立って来ていた。

「たのみます......」

 顔をくしゃくしゃにして泣き出している荒川を見た時、

(こいつにだって守るべき家族がいるんだよな......)

 ひれ伏す荒川のズボンのポケットから、スマホが転げ落ちた。
 待ち受け画面には、荒川の娘と思しき女の子の笑顔の画像が表示されている。
 それを見た慶太は、荒川から裏切られた怒りで頭がいっぱいだったが、元はと言えば、罠を放ったであろう久米が一番の悪者なのだということを思い出した。
 そう考えると、荒川を攻めるのはもうやめようと思った。

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  「ほら、慶太、落ち込んでないで元気出しなよ!」
  「だってさ、なかなか仕事が上手く行かないんだよ。やるだけやってるんだけどなあ」
  「将来PMになろうって男がそんな、弱気でどうするのよ? 皆と仲良く楽しく仕事が出来る場所を提供できるようなPMになるのが夢なんでしょ? そんなことで躓いてどうするの?」
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 不意に、昔のことが思い出された。
 交際前の慶太と響子は、こうやって行きつけの居酒屋で仕事の悩みを話し合っていた。
 落ち込む慶太を、響子はいつも明るく励ましていた。

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  「だあだあ......」
  「希優羅は、お父さんによく似て来たね~。私に似ればモテモテだったのに」
  「何だと!? それは聞き捨てならないなあ」
  「だあだあ......」
  「あはは、希優羅がパパに似て残念だって、泣いてるよ」 
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(希優羅......、響子......)

 慶太は娘と妻の顔を思い出した。

(ずっと......何もしてやれなくて、ごめんな)

「荒川さん」
「は......はひ......」
「森本をよろしくお願いいたします」

 慶太は頭を下げると、その場を去っていった。

つづく

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