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【小説 愛しのマリナ】第二十四話 突撃! 隣の編集部

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「そんなはずは無い......何かの間違いだ......」

 いつも表情一つ変えず淡々と仕事をこなす森本とは、大違いの慌てっぷりだ。
 それだけこの結果が信じられないのだろう。

  ■第三十六回 ヤングマガデー新人賞 受賞者発表(応募総数二百件)

   大賞  :「無人島物語 恋愛編」ロクスケ(23)
   準大賞 :「轟け! SE魂」大沢慶太(28)
   佳作  ;「お菓子職人女子高生パティ」小倉ミサ(19)
   奨励賞 :「ドラゴン戦記」森本武(23)

 一目瞭然だった。
 慶太は初投稿だった。しかも漫画を描いたのが初めてで準大賞に入っていた。
 慶太はこの結果に自分でも驚いていた。
 それに引き換え、あれだけ自信をもって投稿した森本は信じられないといった顔で、誌面から目が離せないでいた。

「嘘だ......嘘だ......嘘だ......」

 乾いた震える唇から、呻くような声が絞り出された。
 それを見た慶太は、何も声を掛けることが出来なかった。
 残酷な結果だった。
 別に漫画家になりたいわけでもない慶太が準大賞になり、あれほど漫画に人生を捧げている森本が参加賞の一つ上という結果。
 人生とは皮肉だった。
 慶太はプログラムの才能は凡人並だがエンジニアを志し、森本は単なる腰掛としてしか考えていないエンジニアという職に才能があるのだった。
 この二人の才能が逆だったらどんなに幸せだったろうか。

 以下、選評の抜粋。

 ■準大賞「轟け! SE魂」大沢慶太
  キャラが良く出来ている。
  システムエンジニアという仕事を通して主人公が成長する姿が爽やか。
  最初にラストを持ってくる構成も秀逸。
  絵は未熟だが将来性あり。(編集者M)

 ■奨励賞:「ドラゴン戦記」森本武
  いつも投稿してくれて、レベルは上がっているが、まだまだ。
  絵は十分なので、ストーリーやキャラ作りに力を入れてくれ。(編集者I)

 森本は突然、自分の漫画のコピーが入ったカバンを脇に抱えて、席を立った。

「森本!」

 森本はベロッチェの入り口に向かって走り出した。
 店を飛び出した時、丁度、青信号になった横断歩道を走り抜ける。
 慶太も後を追った。
 だがベロッチェの精算(未払いの森本分含む)と、赤信号に捕まったことで、彼を見失ってしまった。

「あいつ......大丈夫か......」

 慶太は信号が変わるのを待ちながら、森本が早まったことをしないか心配で仕方なかった。

「もしや......漫画を持って行ったって言うことは......」


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 慶太は職場から二駅ほど離れた週間ヤングマガデーの出版元である、瀧書房を目指した。
 慶太はそこに森本がいるという予想をしていた。
 だが、本当に的中するとは。
 森本は今まさに、瀧書房が入居するビルに入ろうとしていた。
 恐らく森本は、自分の漫画がなぜ奨励賞なのか納得が行かずに、編集部に訊きに行くつもりなのだ。
 エントランスの受付で、受付嬢と何かやり取りをしている。

「森本!」

 慶太が声を掛けると、森本は振り返った。
 慶太を睨みつけ唇を震わせ何かを言おうとしたが、踵を返すと黙ってエレベータに乗り込んで行った。
 慶太は閉まっていくエレベータの扉に両手を差し入れ、強引にこじ開けて乗り込んだ。

「何で来たんですか?」

 押し殺したような声で森本は問い掛けた

「おまえこそ、何で仕事ほったらかしてこんな所にいるんだ!?」

 それもそのはず、始業の時間はとっくに過ぎている。
 森本は黙っていた。
 自分から何か言うのは、プライドが傷付くと思ったのだろうか。
 ここに居る時点で、何をしようとしているかは察せられる。
 エレベータは八階で止まった。
 降りると、廊下の突き当りに扉がある。
 扉の横に「ヤングマガデー編集部」と書かれたプレートが、掲げられている。

「大沢さん、帰ってくれませんか?」

 そこで初めて森本は、慶太を帰らせようとした。

「だめだ、今のお前を一人に出来ない」

 二人で押し合いへし合いしていると、部屋から一人の男が出て来た。

「あっ、森本さんじゃないすか! お疲れさんっす!」
「伊集院さん、お世話になってます」

 森本が笑顔で答えた。
 こんなに腰が低く愛想がいい森本を、慶太は初めて見た。
 そして、このラフな格好をした三十代前半と思しきイケメンのいかにも業界人然とした男は何なのか?

「やや? 後ろの御仁は?」

 冷やかしてるのか丁寧な意味で言ってるか分からないが、その男は慶太を認識した。

「初めまして、森本がお世話になっています。 私は森本が勤める会社の上司で大沢慶太と言います」

 真面目な慶太は、後輩がこの軽い男の世話になっているのだろうと思い、先輩として丁寧なあいさつをした。

「大沢......慶太......? 聞いたことあるなあ」

 伊集院は顎に手を当て、虚空を見つめ考えるポーズを取った。

「あっ!」

 伊集院は突然、右手をグーにして左の平手にポンと乗せた。

「大沢さん、今回の新人賞で準大賞取った人ですよね!?」
「......はい」
「あの作品面白かったなあ。私は押したんだけど、好みじゃなかった奴が一人いて、それで大賞を逃したんだ。残念だったなあ」
 
 伊集院は慶太のことを、べた褒めした。
 それをうつむき加減の森本が横眼で見ている。涙目だ。

「おっと、森本君、用があったんだよね。僕も忙しいんだ。五分だけならいいよ。そこのブースで話そう」

 編集部の中は、電話がひっきりなしに鳴り響いている。
 編集員と思しき人たちが忙しそうに立ち働いていた。
 壁には「ギャングギャング」をはじめ、連載漫画のアニメポスターが所狭しと貼られている。
 ブースに向かう間、伊集院は慶太に森本のことを話した。
 伊集院は森本の担当編集者だ。
 ヤングマガデーでは何らかの賞を獲れば、そこから担当編集者が付くシステムなのだ。
 森本は大学生の頃に描いた漫画が月間賞で期待賞と言うのに入り、伊集院がその時から担当として付いたのである。
 森本は、伊集院のアドバイスに沿ってネームを書き、ダメ出しを受け、賞に投稿し小さい賞を獲るか獲らないかをこの五年近く続けているのだそうだ。
 伊集院は、森本をこう評した。

「なかなか日の目を見ないが、まだ若いしこれからだ」

 だが、その様子は慶太から見て、反面何か諦めのようなものが感じ取れた。
 ブースに着くと開口一番、森本は伊集院にこう問い掛けた。

「なんでこの作品が奨励賞なんですか!?」

 伊集院は今までのへらへらした顔から、急に真顔になった。
 机に置かれた森本の漫画を指さして、一言こう言った。

「面白くないから」

 伊集院は、慶太が指摘したことと同じことを、森本の漫画に対して指摘した。
 森本は先週の金曜日、慶太に見せた漫画をそのまま投稿していた。
 慶太が指摘した内容を一切修正せずに投稿していたのだ。
 それは森本のプライドだったのかもしれないが、ここにきてプロの編集者にも同じ指摘をされ、そのプライドは完全に崩壊した。

「その点、大沢さんのは即デビューレベルっすよ」

 急に軽い感じで言う。

「漫画を描いたのはこれが初めてですか? 絵がちょっと雑と言うか......すいません、未熟と言うかそこだけ気になりました」
「はあ、これが初めてで三日で描きました。話とネームだけはずっと何年も頭にありましたけど......」
「すごいな! 審査員のジェーン戸越先生も、大絶賛でしたよ。自分と同じで、絵よりもお話が重視されてて面白いって」
「え!? ジェーン戸越先生も読んでくれたんですか! 僕ファンなんです!」

 慶太が愛読してやまない「ギャングギャング」の作者だ。
 今は五回目の腰痛で休載中だ。
 再開のめどは立っていない。

「やっぱり漫画は絵も大事だけど。それよりもストーリーですよ。絵は描けばうまくなるが、話しづくりは努力だけでなく才能もいりますから」

 その時

「よう、伊集院ちゃん!」

 元気に挨拶してきたのはあのジェーン戸越だった。
 しかも腰が悪いはずなのに、しっかりと両足で歩いている。

「あ、ジェーン先生。何しに来たんすか!?」
「ちょっと、そこの回転焼き美味しそうだったから、ここに遊びに来るついでに買ってみた」

 元気そうに笑顔で答えるジェーン戸越は、腰痛など関係ないかのような軽快な歩きを見せた。

「ジェーン先生、読者いるんだから、だめですよ。そんな元気に歩いちゃ」

 伊集院がふざけた感じでジェーンを注意する。

「あ、いけね!」

 ジェーンは自分の頭を拳で軽く叩くと、舌を出しておどけた。

「ジェーン先生、この人が大沢さんですよ。今回の新人賞で準大賞を獲った」
「おお、あなたですか!」

 憧れのジェーン戸越が目の前に現れ、声を掛けて来ている。
 慶太は舞い上がる思いだった。

「あなたには才能を感じる! 是非漫画家になりなさい!」

 大先生からこう言われ、慶太は少し舞い上がったが、

「残念ながら、私は今の仕事にやりがいを感じているので、漫画家にはなりません」

 ときっぱりと断った。

「うーん、それも一つの考えですね」

 ジェーンは残念そうに言った。
 そんな中、森本は一人蚊帳の外にいた。
 不意に立ち上がると、自分の原稿をびりびりに破いた。

「あーあ」

 伊集院とジェーンは、揃って呆れたような声を上げた。
 漫画家のタマゴのこういう場面は見慣れているのだろう。
 特に驚いている様子はない。
 だが、そんなこと見慣れていない慶太は驚いていた。
 森本は走って編集部を飛び出していった。
 慶太もそれを追って出て行った。

つづく

Comment(2)

コメント

現実は厳しいですよね。
才能とやりたい仕事がなかなかマッチしないという...

湯二

和さん。
コメントありがとうございます。
なかなか難しいですよね。
ただ、やりたいことも仕事になると大変だと思います。
二番目に好きなことを仕事にすると丁度いい、なんてことをその昔、聞いたことがありますね。

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