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【小説 愛しのマリナ】第二十二話 リーダーはつらいよ

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 慶太は久米とドリンクコーナーに移動した。
 久米は缶コーヒーを慶太に手渡し、椅子に掛けるように言った。

「ありがとうございます」

 慶太は礼を言って着席した。久米は缶コーヒーのプルトップをプシュッと開けると、中のものをぐいっと一口飲んだ。

「くあー、この一杯のために仕事してんだなあ」

 わざとおどけて見せることで、慶太をリラックスさせようとしているようだ。

「こうして大沢さんと、まともに話すのは初めてですね。バッチチームの久米です。うちのメンバーがお世話になっています」

 久米は丁寧にお辞儀をした。
 慶太もそれに合わせて丁寧に礼をした。
 紳士的な久米は、同じ会社の社員でもある荒川とは正反対だった。
 久米がリーダーになっているバッチ系チームはリアル系チームと違い、スケジュールがやや前倒しで進んでいることもあってかメンバーにも余裕があった。
 それもひとえに久米の調整の仕方や、メンバーのまとめ方がうまいのだろう。
 荒川と比べると、その差がよく分かる。

「荒川はやりにくいでしょ?」

 慶太はどう答えていいか分からなかった。
 久米と荒川は同じ会社なのだから、ここでの慶太の発言が荒川に筒抜けになるのではないかと危惧した。
 だが、それは杞憂だった。

「ここで話したことは、荒川には言いませんから」

 久米は密談ということにしたいと申し出た。
 ということは、何かヤバい相談であることは確かだった。

「一体、何の話でしょうか?」
「君、荒川をリーダーから外したくないかね?」

 あまりに率直な問いかけに慶太は驚いた。

「あいつは、色々やってはいるが、どうもいまいちだ。それは君たちメンバーを見てれば分かる」

 久米も同じプロジェクトのリーダーという立場から、荒川の仕事ぶりをよく見ていたのだ。

「あいつはメンバー同士で作業を進めたり、調整しあったりするのを嫌うだろう。それは何故だと思う?」

 慶太は昔、外山が言っていたことを思いだした。
 荒川が昔は、メンバーと楽しそうに協力し合って仕事をしていたこと。
 なのに、ある日、荒川がメンバーを殴ってチームを滅茶苦茶にしたこと。

「あいつは、昔メンバーを殴った。派遣できてる外注のメンバーを」

 考え込んでいる慶太を見て、久米が不意を突くように言った。
 やはり、外山が言ったことは事実だったのだ。
 では、何で殴ったのかそれが気になった。

「僕がブレインズ情報システムに新人で入社した時のことだ。当時、グローバルソフト興業の社員だった荒川は二十八歳で初めてプロジェクトリーダーを任せられたんだ。若くしてリーダーになったあいつは張り切っていた。今とは全く正反対のやり方でメンバーをまとめようとしていた。みんなの意見を聞き、やり方もメンバーの提案を尊重したんだ」

 なるほど、外山の言ったとおりだと、慶太は思った。

「最初はそれでも良かった。だが、荒川が知らない間にメンバー同士でやり取りすることが多くなった。
まあ、いちいち上を通さない方が物事は早く決まるからな。
そのうちメンバー同士で、荒川を通さずに何でもやるようになった。
初めてのリーダーという立場で、荒川にも未熟なところがあったのも原因だったが。
リーダーの言うことを聞かないメンバーは、それぞれ作業しやすいようにことを進めた結果、作業が属人化していった。
それでも、まだ回っていた。
だが、時間が経って納期が迫ってくるとボロボロと欠点が目立ってきた。
それに気付いて、メンバーを厳しく管理しようとした時には、もう遅かった。
チームは荒川の制御できないくらいにメンバーが力を持ちすぎていた。
チームで一番年少だったのにリーダーを任された荒川は、年上のメンバーに口出しにくくなっていたんだ」

 慶太は、気持ちを落ち着けるために、一口コーヒーを啜った。

「荒川の知らないところで、スケジュールの遅れが発生し出した。
そして、納期に間に合わないことが分かったんだ。
荒川はメンバーを問い詰めた。
だが、逆に開き直ったメンバーにちゃんと管理していなかったことをなじられたんだ」

(それで、メンバーを殴ったと......)

 慶太は久米の話を、脳内で反芻し理解しようとした。

「それが原因で、荒川は親会社のグローバルソフト興業から、子会社のブレインズ情報システムに出向になったんだ」
「そうだったんですね」
「今は全く真逆のやり方をしているだろう。あいつは不器用すぎるんだよ。やり方を変えたからってうまく行くわけがない。もっと頭を使わないとな」

 久米は人差し指で自分のこめかみの部分をつついた。
 慶太と同い年で二十八歳の久米は、その年で開発リーダーを務め、メンバーからの受けもいい。
 こういう根回しが得意なのもメンバーから好かれる原因なのだろう。
 何より身のこなしがスマートで、この設計が滅茶苦茶なプロジェクトを上手くまとめ上げ、バッチチームの残業は日に一時間か二時間くらいだ。
 これは管理している久米の力量と言ったところだろう。
 少なくとも、荒川よりは久米のほうが開発リーダーとしての才能はある。
 荒川は昔のようにメンバーが好きなようにやってプロジェクトが失敗するのを恐れるあまり、自分でなんでも管理し、メンバー同士で仲良くなるのを避けたいのだろう。
 逃亡者をさらし者にしたり、メンバーを大声で怒鳴ったり、残業や休日出勤を強要するのも、自分を大きく見せようとする強がりなのかもしれない。
 その歪んだやり方が、過去の失敗から来る教訓だとしたら、何て悲しいことなんだと慶太は思った。

「で、何で私にこんな話をするんですか?」
「私は知っているんだ。日曜日、君と荒川が本番環境のデータを無断でリカバリしていたのを」

 慶太は脳天に電気が走った。
 あの時間、開発サーバ室に久米はいなかったじゃないか。

「あそこで失敗したと気付いた時、上に判断を仰がなかったのはだめだな。パニックになってたとは言え」

 久米はコーヒーを一口飲んで、一息ついた。

「あの時、私は客先で打ち合わせをしながら、お客と一緒に実際の本番環境の画面を見ていたんだ。そしたら、ある瞬間、趣味一覧画面のデータが消えた。そして、すぐに文言の違うデータが表示された」

 慶太を真っすぐ見ながら、久米は言った。

「その後、F5キーで更新したら元のデータに戻っていた」
「......そうなんですか」
「丁度、その時間、荒川が教育データのメンテナンスをするのは知っていた。だから、荒川が恐らく、環境を取り違えて、一瞬本番データを改ざんしてしまったんだと分かったんだ」

 久米は何もかもお見通しなのだろう。

「荒川が作業責任者で、君がただの確認者だったことは知っているんだ。保守端末の作業履歴を確認したから分かる。これは荒川が独断でやったことで、君はそれに従っただけなんだろ?」

 「これ」とは、秘密裏のリカバリ作業のことだ。
 慶太は思わず「はい」と答えそうになったが、一瞬、先日見た荒川が家族で親しそうに過ごしている場面を思い出し、黙った。

「君と荒川は、いずれ上に呼び出されて今日のことを問い詰められるはずだ」

 客はこのことを、グローバルソフト興業に報告していないが、久米としては上に報告するつもりなのだろう。

「その時、君は、荒川の指示の元、本番データをリカバリした、と言うんだ。
あくまで、荒川が独断で指示したことを強調するんだ。
自分の身を守るために」

 久米は、荒川一人を悪者にしたいようだ。慶太はそう思った。

「恐らく、荒川はそれでお役御免になるだろう。それで、荒川がいなくなったら君たちのリーダーは、僕だ。毎日定時で帰れるようにうまくやるよ。土日だって休めるよ」

 と、理想的なことを述べた。
 確かに荒川のやったことはバレたらプロジェクトを外されるレベルだろうし、最悪、首だろう。

「私がリーダーになり、君がその下で活躍してくれれば、いずれうちの会社にも推薦してあげますよ。そうなれば奥さんも喜ぶでしょう。荒川でなく、私がグローバルソフト興業の社員になれば、そんなことも可能ですよ」
「グローバルソフト興業の社員?」
「このプロジェクトが成功すると、私と荒川のどちらかが、グローバルソフト興業の社員になれるんですよ」
「どちらかしかなれないんですか?」
「枠は一つしかないんだ」

 慶太はそこまで聞くと、

「久米さん」
「何ですか?」
「荒川さんにいなくなってほしいんですか?」
「ははは......私はあいつが嫌いなんだよ」

 久米は笑った。
 目は笑ってはいなかったが。

 慶太に一礼すると、立ち上がって扉の方に向かった。

 久米が、上に報告するのはそう遠くない。
 おそらく荒川は、何らかの処分を受けることになるだろう。
 久米がリーダーになるのは願ったりだが、どうも引っ掛かるものがある。
 そもそも......

(教育環境に接続できるはずの保守端末が、何故、本番環境に接続されるようになっていたのか......)

 慶太はそのことがずっと引っ掛かっていた。

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 「このプロジェクトが成功すると、私と荒川のどちらか活躍したほうが、グローバルソフト興業の社員になれるんですよ」

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 先程の、久米の言葉を思い出していた。
 慶太は何となく、久米が口を滑らせたような気がした。
 荒川がいないと得することがあるのだ。

(荒川は嵌められて、自分はその巻き添えを食っただけなんじゃないか?)

 先程の会話で慶太は、直感的にそう思った。
 久米が何か絡んでいる。
 だが、証拠がない。
 慶太は、考え込んだ。
 だが、糸口がつかめない。

つづく

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