常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 愛しのマリナ】第二十一話 デッドロック

»

 慶太は足早に、真里菜と希優羅がいるビジネスホテルに向かった。
 既にデイユースプランのチェックアウト時間は過ぎていた。
 ロビーのソファーには、真里菜が膝に希優羅を乗せて待っていた。

「ごめん、遅くなって」

 ソファーの二人に慶太は、声を掛けた。

「あ......」

 希優羅を抱き心配そうな顔をした真里菜が、慶太を見上げた。

「どうしたの? 遅かったね。顔色が悪いよ」
「ああ......大丈夫......」

 憂鬱そうな顔を見た真里菜は、慶太の額にそっと手を当てた。

「大丈夫、熱はないみたい」
「ありがとう」
 

---------------------------------------------------------------

 本番環境のデータを秘密裏にリカバリした荒川と慶太は、その後、本来の教育環境データベースのメンテナンス作業を行った。

 だが、この保守端末では本番環境に接続してしまう。
 そこで、TeraTermで教育環境のデータベースサーバに直接接続し、そこで作業することにした。
 TeraTermを起動し、教育環境のデータベースサーバのIPアドレスを入力してログインした。
 そして、sqlplusで直接、教育環境データベースにログインし、ログインしたデータベースが本当に教育環境なのかを、そのデータを参照することで確認した。

 慶太は、「sqlplus adm/adm」と入力し、教育環境データベースへ接続した。

「select * from hobby;」

 データの中身を確認すると、古い趣味データが入っている。

「今、本番環境のデータと保守環境のデータは同じだから、別のテーブルを見てみないと分からないですよ」
「社員マスタを見てくれ」

 荒川に指示された慶太は、

「select * from shain;」

 と入力し、社員マスタの中身を表示させた。

  教育用社員1
  教育用社員2
    :
    :

 実名でない、教育用の社員名称が出力された。

「よし、教育環境だ」

 ここで荒川が作業者となり、慶太がチェッカーとなって、本来の作業であった教育環境データのメンテナンスを行った。
 hobbyテーブルのデータを削除し、insert文をTeraTermの画面に貼り付け実行する。
 画面からの確認も問題ない。

「大丈夫。バレないはずだ」

 荒川は自分に言い聞かせるように言った。
 それを聞いた慶太は、もう何も考えることが出来ないくらい疲労困憊していた。
 端末室を出る際、慶太はふと自分のスマホが無いことに気付いた。
 辺りを見渡し、それが床に落ちていることに気付くと、それを拾い上げ画面を見つめた。

(そうか、さっき荒川の椅子がぶつかった時に、反動でポケットから落ちたんだな)

 動画撮影機能が勝手にONになっている。
 慶太は、それを停止させるとポケットに収めた。


---------------------------------------------------------

 ホテルを後にした慶太と希優羅を抱いた真里菜は、その足で駅に向かって歩いて行った。

「希優羅ちゃんはいい子だね。ちゃんと私の言うことを聞いてくれたよ」
「そうなんですか? 僕の言うことは全然聞かないんだけどなあ」
「だあだあ......」
「おやおや、なんでちゅか?」

 希優羅と真里菜がじゃれ合っているのを見た時、慶太はすべてを話したいという衝動にかられた。

「上田さん......実は......」
「何?」

 --自分は、事故の隠ぺいに手を貸した--

 言えなかった。

「なんでもないです」
「なんなの? もう......口がへの字になってるよ。なんか怪しいことでもしてきたんでしょ?」

 真里菜はクスっと笑った。


----------------------------------------------------

 希優羅を抱いて家に戻ると、リビングで響子が慶太の帰りに気付かずに大声で電話で話しているのが見えた。
 ハンズフリーで相手の声も丸聞こえだ。
 とても楽しそうに話している。
 旅行の余韻からまだ抜け出したくないといった風情だ。
 旅から帰って来たばかりなのか、キャリーケースが床に転がったままだ。
 話に夢中で、慶太が後ろに立っていることに未だ気付いていない。

「楽しかったねー。また行こうね」
「おう」

 相手は男の声だった。
 土曜日に響子に電話した時、受話器の向こう側から聞こえた声だ。
 と言うことは、響子はこの男と旅行に行っていたのか。

「ただいま」

 慶太の声を聴くや否や、速攻で電話のスイッチを切った響子は、何事も無かったかのように笑顔で振り向き、

「お疲れ様」
「誰と話してたの?」

 慶太は真顔で問い掛けた。

「友達だよ。一緒に旅行に行ったの」

 響子は笑顔で答えた。

「その友達って......」
「希優羅、おかえり~」

 響子は、希優羅を慶太から奪って行った。
 問いを遮るかのように食い気味に。

「君が旅行に行ってる間、希優羅は熱を出して大変だったんだぞ!」
「あら、大変だったわね。誰かに面倒を見てもらったの?」
「え......」

 響子を怒鳴りつけようと思った慶太だったが、その一言で気勢をそがれてしまった。
 怒りに任せて一気にまくし立てたら言い合いになり、真里菜に助けてもらったことをポロっと言い出してしまいかねない。

(響子は何か感づいているのではないか?)

 慶太はその時初めて思った。
 とりあえず、月末に届くはずのクレジット明細だけは、先に妻に見られるわけには行かない。
 そこには、ビジネスホテルのダブルにチェックインした分の請求が記載されているからだ。

「君こそ......」
「何?」
「いや......もう寝るよ」

 お互いが何かを隠している。慶太はそう思った。
 どちらかの隠しているものがバレた時、そこから一斉に処理が流れ出すはずだ。
 その処理は、きっと誰も願ってない内容のはずだ。
 今は、それを恐れてデッドロック状態だった。


---------------------------------------------------------------

 荒川は、次の日から態度が変わっていた。

「荒川さん!」

 堀井に声を掛けられた荒川は、それまでボーっとしていたのか、その声に驚くとビクっと身を震わせ、

「な......なんですか?」

 と怯えた様子だった。
 明らかに、先日の「秘密のリカバリ」がいつバレるかとビクビクしているのが分かる。
 仕事もどこか上の空で、慶太らメンバーを叱責することが少なくなっていった。
 その分、管理作業もおろそかになり、結合テストが始まったというのに、メンバーを上手くまとめ切れていない様子だ。
 今日は、田中の機能と慶太の機能の連携を確認するところだ。
 慶太の側で受け渡すデータの項目が足りず、うまく動かない。

「仕様の漏れですね。設計書の見直しをお願いしたいのですが。とりあえず、テストはどう進めましょうか?」

 田中が仕様の漏れを荒川に指摘すると、

「ああ......」

 頷きはするが、すぐに手を打とうとする様子がない。

「じゃ、このテストは修正された設計書を受け取って改修してからにしますね」

 と、提案すると、

「ああ、そうしてくれ」

 と、思いつめたような顔で言う。
 そんな中、森本は体調不良と称して午後一で帰って行った。
 明日の自分の試験の準備は、とっくの昔に終わっているようだ。
 ヤングマガデー新人賞の発表は、明後日水曜日だ。

(俺はそれまでここにいれるのかな)

 自嘲気味にそう思った慶太は、何故かフッと笑いが出た。


---------------------------------------------------------

「荒川さん、体調でも悪いのかな?」
「どうなんでしょうね......」

 事情を知らない田中は、荒川が単に体調が悪くなっただけと思っている。
 慶太は日曜日、荒川が本番環境に対してやらかしたことを知っている。
 そして、不本意とはいえ、自分はその隠ぺい工作に手を貸してしまった。
 荒川が悩んでいる本当の理由が漏れるということは、慶太にとっても不幸でしかなかった。

「とにかく、もうちょっとしっかりしてほしいですよね。テストが進まない」

 堀井が自販機でジュースを買いながら、会話に参加してきた。
 

---------------------------------------------------------------

 そして、大した進捗もないまま、結合テスト一日目は終わった。
 明日は、堀井と森本の機能をテストする予定である。
 そして今日も残業し、フロアに一人残された慶太が帰ろうと戸締りている時、一人の男が声を掛けて来た。

「大沢さん、荒川のやつのことについて話したいんだが」

 それはバッチチームのリーダー久米だった。

つづく

Comment(0)

コメント

コメントを投稿する