常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 愛しのマリナ】第二十話 強行突破

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「どういうことなんですか?」
「お......俺にもわからん......」

 作業責任者であり、作業者でもある荒川は、ヤバいことになったと思っているのだろう。
 慌てて、まともに話すことも出来なくなった荒川を見て、改めて慶太はとんでもないことになったと思った。

「まず、手順の何が間違ってたか見ましょうよ」

 チェッカーである慶太は少し冷静である。
 手順を作ったのは自分ではないし、操作者でもない。
 自分は単に、手順書の通り荒川に指図をしただけである。
 手順書と異なることを指示して失敗したのなら、自分にも責任はある。
 だが、手順書通りにやって何か問題が発生したとなれば、それは手順を作成した者と、レビューで評価したレビュアーの責任である。
 そして、その手順を作ったのは荒川だった。

「この手順って、レビューしたんですか?」
「いや......」

 毎回、教育環境データベースのデータパッチにはこの手順書を使っている。
 実績がある手順だからと、レビューを省いていたようだ。

「くっ......どうしたらいいでしょうか?」

 荒川が慶太に対して下手にものを頼んだのは、この時が初めてである。
 余ほど窮しているのか、頼み込むような弱気な顔をしている。
 初めからこんな姿勢で仕事を依頼してくれれば、自分も反抗しなくて済んだのに、と慶太は思った。

「どうしたらって? リカバリの手順は無いんですか?」
「い......いや、無い......」

 恐らく、今までこういった事態に遭遇したことが無いのだろう。
 失敗することなど想定していないのである。
 じゃあ、手順の中で取得したバックアップは何に使う気なのか? と突っ込みを入れたくなった。

「そもそも、上に連絡しなくていいんですか? 今こんな状況で本番データが変わっていることを」
「あ......あ......」

 痛いところを付かれたようで、二の句が継げないでいる。
 本番データを破損させているのだから、お客や上長に報告して、判断を仰ぐのが常識だった。
 こちらの独断で物事を決められる状況ではない。

「お......大沢さん......データ、戻してくらさい......」

 ろれつが回らなくなっている。
 頭がヒートアップしてあらぬ方向に回転しているようだ。
 慶太に泣きつくなんて、普段の荒川からすると考えられない。

「何言ってるんですか! 報告するのが先ですよね!」

 ここぞとばかりに、慶太は正論を吐いた。
 それを聞いて、荒川はハッとなった。
 ガタっと音を立てて席を立つ。
 荒川の座っている椅子が、立ち上がった反動で慶太の座っている椅子にぶつかった。
 その拍子に慶太は椅子からずり落ちて、床に尻もちを付いてしまった。
 ポケットからスマホが飛び出した。
 床に叩きつけられたスマホから音がする。
 アプリが起動したらしく、その起動音のようだ。

「早く! 戻せ! 報告してるなんかしてる暇ない! すぐ戻さないと、お客が気付くだろ!」

 慶太に怒鳴られた荒川は、我を取り戻したのかいつも状態に戻っていた。
 それは、不安を振り払うかのようで、見ていて悲壮感すら漂った。

「expしたダンプを、本番環境にimpしろ!」

 確かに、始めから本番環境に接続していたのだから、取得されたダンプファイルは本番のものだ。
 それをimpできれば、復旧は出来る。
 不幸中の幸いと言うか何と言うか、今は最悪だが、更に最悪のパターンだけは回避できている。


 故意でなく本番環境や開発環境を壊してしまったとき、人は壊す前に戻りたいと切に願う。
 そんなことが絶対できるわけがないのだが。
 丁度、自動車を運転していて事故を起こしたときに似ている。
 前の車と軽く接触しただけでも、

「ああ、何てことしてしまったんだ」

 油断していた自分を呪い、事故を起こす前に戻りたい、ただ戻りたいと後悔する。
 慶太にも思い当たることはある。
 自分の開発環境にデータをインポート中、端末のコンセントに躓いて、電源を落とした時のことを。
 数時間かけてインポート中だったデータが一瞬でパーになった。
 再び数時間かけてインポートすることを思うと、自分の不注意を呪った。

  パッチあての最中に、間違えてCTRL+Cで終わらせてしまったとき......
  重要な手順をうっかり飛ばして、環境が起動しなくなったとき......
  環境を取り違えたことを、処理を流した後に気付いたとき......

 人は青ざめて、時間を巻き戻したいと思う。
 今まさに、本番環境のデータを書き換えてしまった。
 これは、取り返しのつかないことである。
 それを無理やり、秘密裏に取り返しを付けようとしていた。

「私は知りませんよ。上に報告せずに作業して何かあっても」
「いいから、さっさとやるんだ!」

 念のため、sqlplusで、本番環境に接続できるか確認する。

「sqlplus adm/adm@endb」

 接続できた。

「select * from hobby;」
 
 先程インサートされた100件の趣味データが表示された。

「やはり、本番環境に接続するようになっている」

 慶太はそう、呟いた。
 では、何で今、この保守端末は教育環境に接続されず本番環境に接続されるようになっているのか?
 この辺りが、腑に落ちない。
 保守端末の設定がいつ変わったのかは分からない。
 確かに言えることは、この教育データベースのメンテナンスをする前には、すでに設定が本番環境向きになっていた、と言うことである。
 それを誰がやったのか?
 何のためにやったのか?
 そもそも修理に出してるほうの保守端末が、教育環境接続用で、今まで操作していたものが本番環境接続用だったとしたら......
 そうなると、荒川が端末を取り違えたことになる。
 だが、本当の原因は、今の時点ではわからない。
 それを調査する術を知らない。

「早くやってくれ! 頼む......」

 荒川が懇願する。
 どうも自分で操作したがらないようだ。

「荒川さん、上長に報告すべきです。このままデータを戻したとします。一見、何事も無かったように済むとは思います。ですが、黙ってこんなことをしたって言うのがバレた時が一番、やばいんですよ」

 慶太は一気にまくし立てた。
 荒川に考えを変えて欲しかった。
 これは立派な事故なのだ。
 だから、報告して、それから復旧に臨まないといけない。
 この状況で、独断で何かをやり、さらに取り返しのつかないことになった時、それはもう言い訳すらできない。
 だが、

「兎に角、やってくれ、頼む!」

 荒川は泣きそうな声で慶太に頼んだ。
 それは、慶太をして憐れみを誘った。
 慶太は、今すぐここを飛び出したかった。
 荒川を飛び越えて、一つ上の上長とやらに事の次第を報告したいという衝動にかられた。
 だが、慶太のパスカードだとこの部屋を出ることが出来ない。
 荒川が退出処理をしない限り、ここを出ることが出来ない。
 時計を見ると、夜七時に鳴ろうとしていた。
 慶太としては、いつまでもここに留まっているわけには行かなかった。
 ホテルには真里菜と希優羅が、慶太の帰りを待っている。
 そして、このままこの部屋に閉じ込められて、帰れないことになった時、響子に何と言い訳していいか分からない。

 不意に、数日前、荒川がベロッチェで、家族と楽しそうに話していたのを思い出す。
 子供を抱きかかえ、良いパパと言った感じだった。
 もしも、本番作業事故がバレたら、荒川は、どうなるのだろう。
 プロジェクトメンバーに手を上げて、子会社に出向になった過去を持つこの男は、このことがバレたらどうなるのか。
 黙って何事も無かったことにして終わらせたい気持ちは十分わかった。
 慶太にも子供がいる。
 家族がある。
 そう思うと、いけないことだと知りつつも、もう反論が出来ない。

 そして、ホテルに早く戻らないと、自分もヤバい。

「荒川さん」
「何?」
「僕は、あなたの命令でこの作業をする。そこだけは、はっきりさせてください!」
「......分かった」

 なぜか、奇妙な連帯感が二人の間に、この時生まれた。

 慶太は、本来なら教育環境に接続されるはずの保守端末に向かった。

「imp adm/adm@endb file=hobby.dmp log=hobby_imp.log tables=hobby feedback=1000 ignore=y」

 うろ覚えのコマンドをキーボードから入力し、本番環境のダンプファイルのインポートを試みた。
 だが、プライマリキーエラーで失敗。

「くそっ......、今、入っているデータを消さなきゃ」

 と言うことは、一瞬本番データが空になる。
 その時、バレなければいいのだが。

「delete from hobby;」

そして一気に、

「commit;」

 処理を確定させる。
 データが消えた。すぐさま、先程失敗したインポートコマンドを実行する。
 インポート完了のメッセージを確認した後、本番環境の趣味マスタ画面からデータが元に戻っていることを確認する。

「よかった......」

 荒川がため息を吐いた。
 慶太もほっとする。

「ありがとうな」

 秘密裏のリカバリ作業が終わると荒川は、頭を下げた。
 慶太に礼を言ったのはこれが初めてである。
 だが、こんなことでお礼を言われたくは無かった。
 もっと、正当なことをして、それを評価されたうえでのお礼が欲しかった。

つづく

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