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【小説 愛しのマリナ】第十八話 仮想家族

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 土曜日のノルマを何とか終えた慶太は、ビジネスホテルに投宿している真里菜と希優羅の元へ向かった。
 二人がいる201号室の扉を開ける。
 まず、目に付いたのは、床には散乱したおむつの袋や、タオルなどだった。
 熱を出した赤ん坊の世話が大変だったことがうかがえる。
 真里菜はベッドで希優羅に添い寝していた。
 慶太は、真里菜が希優羅の本当の母親のように見えた。
 物音に気付いた真里菜は目を覚ますと

「あ、お疲れ様」

 と言った。

「お疲れ様」

 慶太は自然な笑顔で、それに応えた。
 希優羅の額に手をやると、だいぶ熱は下がっているようだ。

「ありがとう、希優羅の体調、良くなったみたい」

 慶太は安心した。

「赤ちゃんの面倒見たの初めてだから、スマホでいろいろ調べながら頑張りましたよ」

 真里菜が笑顔で答える。

「ちゃんとお医者さんにも診てもらって、ただの風邪だって分かったから安心したよ。ちゃんとお薬もらって来た」
「ありがとう。ほんと、恩に着る」
「いえいえ。でも、奥さんはどうしたの?」
「いや、何だか友達と旅行するとかで、希優羅を任されちゃったんだよ。僕も仕事が入ってたんだけどね」

 妻に電話した時、受話器の向こうから聞こえたあの男の声。
 あれは友達なのだろうか......慶太はそう思った。

「ひどい、子供を置いてっちゃったんだ。私だったら考えられない......」
「僕が土日休めなかったのも悪いんだよ」
「それは慶太君のせいじゃないよ、今の仕事が忙しいのは、前から分かってたじゃない」
「ありがとう、そう言ってくれるのは上田さんだけです」

 慶太のことを心底気遣ってくれるのは真里菜だけだった。
 それだけに慶太の心は響子から離れ、真里菜に傾いていった。

「何だか私たち、家族みたいだね......」

 希優羅を膝にのせた真里菜は、そう言って慶太を見つめた。

「うん......そうだね」

 二人はベッドの上に、横に並んで座り見つめ合っていた。
 このまま流されたいと慶太は思った。

「ママ......」

 その時、寝言で希優羅が響子のことを呼んだ。
 それを聞いて慶太は我に返った。

「希優羅ちゃんは、ママが好きなんでちゅね~」

 それを察した真里菜は、希優羅をあやした。

「あっ!」

 慶太は思わず声を上げた。

「何!?」

 それを聞いた真里菜は、ビクッと肩を震わせた。

「上田さん、手伝ってくれるかな!? 漫画描くのを!」
「え? 何のこと? 訳わかんないんですけど......」

 慶太は森本と漫画で勝負をすることになった経緯を、真里菜に説明した。
 この唐突で現実感のない話を、真里菜は真剣な顔をして聞いてくれている。

「じゃ、私がアシスタントみたいにベタ塗りとか、すればいいのね!」

 響子と違って真里菜は乗り気だった。

「短大の時、漫画家志望の子の手伝いしてた時あるから、アシスタント的なことは結構できるよ!」
「ありがとう! まさかこんな強い味方がいるとは......」
「ふふふ......ただのエンジニアじゃないよ、私は」

 真里菜はいたずらっ子のような顔になって言った。

「家に道具と原稿を取りに行ってくる!」
「待って、私ちょっとコンビニでご飯買いたいから、一緒に行こう」

 二人でホテルのロビーまで行き、そこから慶太は自宅に、真里菜はコンビニに行くため離れた。
 お互い手を振り合って、しばしの別れを惜しんだ。
 

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 眠っている希優羅を横目に、二人は漫画の制作に取り掛かった。
 慶太は下書きが済んだ原稿にペン入れをする。
 それが終わったら、原稿を真里菜に渡し、消しゴムかけとベタ塗り、ホワイトをしてもらう。
 狭いビジネスホテルの一室で、二人は黙々と作業を進めた。
 二人とも目がランランと輝いている。
 エンジニアの習性として、徹夜作業は嫌と言いつつも、腹をくくったとき、異常にテンションがあがることがある。
 結局、エンジニアにとって、何かを完成させることは最も充実した時なのだ。
 今の二人は、対象はシステムでなく漫画だったが。

「チュン、チュン......」

 雀の鳴き声が聞こえる。
 朝の光が、締めたカーテンの隙間から部屋に差し込んでくる。
 慶太は目を覚ますと、横で希優羅、真里菜が眠っているのを確認した。

「いつの間にか、寝ちゃったんだな......」

 慶太と希優羅、真里菜は川の字で眠っていた。
 漫画は明け方、何とか完成した。
 話を考えるのが六割、描くのに四割の時間を使った。
 面白い漫画は、話が重要という、自分の考えを反映した時間配分だった。
 慶太は自分の漫画を読み返したところで、もっと時間があれば話が練れたのにと、ちょっと残念な思いがした。
 絵の方は、学生以来描いていなかったので、言うまでもなくへたくそだった。
 真里菜のベタ塗りと、後処理のお陰で、仕上がりは綺麗に見える。
 描いた漫画を封筒に入れた。
 出勤前に郵便局に立ち寄り、ヤングマガデーの新人賞に、それを郵送で応募した。
 来週の水曜日が賞の発表の日だ。
 
  ■ヤングマガデー新人賞
   大賞 :50万円(別冊ヤングマガデーに即掲載)
   準大賞:20万円
   佳作 :10万円
   奨励賞:5万円
   ※30ページ以内の、未発表作に限る。

 文句なし大賞になれば慶太の勝ちだが、それは流石に難しいだろう。
 だとすると、準大賞以下のどれかに入賞して、かつ森本よりも上の賞であるのが勝利条件になる。
 森本がどんな作品で勝負してくるかは分からないが、長年の経験から向こうに分があるだろう。
 勝負を仕掛けて置いて、負けることになればこれほど恥ずかしいことは無いが、投稿してしまったものは、もう仕方が無い。
 やれることはやったのだから、後は最悪なパターンも考慮して、全てが伸し掛かって来た時のために、少しでもこなせるようにと技術の勉強をしておこうと思った。

「森本君、本気出してくれるといいね......」

 希優羅を抱えた真里菜がビジネスホテルに戻る途中に言った。

「大丈夫だと思う。上田さんも面白いって言ってくれたし」
「私が面白いって思った漫画は、絶対売れるんだよ!」
「ありがとう」
「どういたしまして」
「じゃ、日曜出勤行ってきます。今日も......希優羅をお願いしていいですか?」
「なに改まってんの? 水臭いな! いいに決まってんじゃん」
 

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「仕事頑張ってね!(^^)」

 職場に着き、自席に着くと真里菜からLINEメッセージが来ていた。

(「お仕事頑張ってね!(^^)」か、こんなメッセージ貰うの久しぶりだな......)

 響子とこんなやりとり、昔はしてたのに。
 いつからこうなったんだろう。
 慶太は思った。
 
(それにしても、昨日ベロッチェで見た荒川は、職場と全然違う雰囲気だったな)

 昨日、職場を抜け出してコンビニに行く時に、ベロッチェで見かけた荒川は優しいパパと言った感じだった。
 そう、一緒にいたのは、恐らく荒川の娘と妻にあたる人なのだろう。
 「昔は、ニコニコしてみんなと仲良く仕事をしていた」頃、あんな表情をしていたんだろう。
 忙しい仕事の合間に抜け出して家族に会うなんて、なかなか出来た親父だと思った。
 その優しさを少しでも、プロジェクトメンバーにも与えて欲しいと思った。

「おはようございます」
「あ、田中さん、おはようございます」

 田中がカバンを机に置きながら、挨拶する。
 その後に、疲れた顔をした荒川が開発室に入って来た。

「おはようございます」
「うす」

 小さな声でボソッとあいさつした荒川は、ドスンと自分の席に座るとPCの電源を入れ、すぐに喫煙室に向かって行った。

「相変わらずだなあ......」

 田中はポツリと言った。
 家族といる時はあんなに優しい顔をしているのに、プロジェクトメンバーといる時は不愛想極まりない。
 同じ人間なのに、対する相手が変わるだけでこんなに態度が変わる。
 だが、それは慶太だって同じことだった。
 響子と向かい合えば喧嘩ばかりだが、真里菜とは仲良くやっている。
 そして、荒川と森本以外のプロジェクトメンバーとも仲良くやれてきている。
 一体何が違うのだろうかと思う。
 響子とだって当初はうまく行っていた。
 荒川だって昔はメンバーと仲良くやっていた。
 でも、何かが狂ってうまく行かなくなった。
 それはシステムで言うところのバグみたいなもの、なのかもしれない。
 人間関係のバグ。
 慶太はそう思うと、バグなら取り除くことはできるとも思った。

「全機能の開発と、単体テスト終わりました」
「はい、お疲れ様」

 夕方五時、やっと全ての作業が一区切りついた。
 スケジュール通り、明日の月曜日から結合テストに入ることが出来る。

「お先に失礼します」

 田中は用事があるとのことで、急いで帰って行った。
 慶太も帰ろうと、後片付けをしていると、荒川に呼び止められた。

「ちょっと今から、データベースのメンテナンスに付き合ってくれないかな?」


つづく

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