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【小説 愛しのマリナ】第十七話 赤ちゃんと単体テストと改修と

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「バタン!」

と扉が閉まる音が聞えた。
バタバタとリビングに向かうと、響子の手書きのメモが食卓に置かれていた。

「行ってきます。希優羅をお願いします。 響子」

 寝不足と頭痛と、日々の人間関係と、仕事の疲労。
 そして漫画を一晩中描いたことで、手首が痛い。
 だが、このまま倒れるわけにはいかなかった。
 とりあえず仕事には行くが、希優羅をどうするのか?
 妻のように置き去りにして出て行く訳にはいかない。
 慶太は寝ている希優羅をそっと抱きかかえると、おんぶひもを探した。
 幸い、土日は私服OKの職場だった。
 背広におんぶひもで赤ん坊を抱えている、という図だけは免れた。
 自分と向かい合うように希優羅をおんぶひもで括り付けると、カバンの中に哺乳瓶と粉ミルクと紙おむつを入れ、扉を開けた。
 いつものバス停にその出で立ちで足早に向う。
 バスの中で、希優羅は眠っていてくれたので助かった。
 乗客が好奇の目で慶太と希優羅を見ている。
 中には「かわいいですね」と言ってくれる人もいて慶太は気持ちが和んだ。
 

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「何で赤ん坊なんか連れてくるんですか!?」

 荒川はやはり嫌な目で慶太を見た。

「すいません、あまり騒がないようにしますので」

 赤ん坊をその場にほっておくわけにもいかないので、荒川は嫌な顔をしつつも認めることにした。
 慶太は、赤ん坊を背負い単体テストとプログラミング改修をしている。

「わー、可愛い。いくつですか?」

 バッチチームの女性が興味を持ってくれた。

「まだ一歳になるかならないかです」
「パパの仕事邪魔せず大人しくて、えらいでちゅねー」
「ばぶばぶ」

 バッチチームと仲良くしているのを見た荒川が、慶太に近づき「仕事ちゃんとしてください」と、注意をした瞬間、希優羅は火が付いたように泣き出した。

「べえええええええええええええ」

 火災報知機が鳴りだしたかのようなけたたましい鳴き声で、周囲が振動でびりびりと揺れた。

「わかった、わかった!」

 荒川が耳を押さえながら立ち去ると、希優羅は泣き止んだ。
 その後も荒川が慶太に何かを言いに来るたびに希優羅は泣き出した。
 その内、荒川も自分が原因で希優羅が泣くことに気付き、近づかなくなった。

「この赤ん坊、毎日連れてくれば、荒川さん避けになりますね」

 田中が冗談めかして言った。
 だが、冗談も言ってられない事態が起こった。

「希優羅どうした!?」

 おデコに手を当てると、とても熱い。
 熱があるようで、とても苦しそうだ。

「ちょっと、風邪が皆にうつったらどうするんですか!? 家に連れ帰って奥さんに面倒見させてくださいよ!」
「ぐっ......」

 こんな時に不在の妻を呪った。そして、冷酷な言葉を投げかける荒川にも呪いを掛けたかった。
 実家の両親は他界しているし、響子の両親は九州の奥の方に住んでいる。
 慶太は響子の携帯に電話した。

「何?」
「希優羅が熱を出してるんだ」
「病院に連れて行って」
「戻って来れないのか」


「何だ? 電話か?」


 響子に話しかけるかのような、男の声が、受話器の向こう側から一瞬聞こえた。
 気付くと電話が切れていた。

 娘を安心して任せられる存在が、この大都会に一人もいないとは...... 

(どうする......どうする......)

 そんな慶太の頭の中が回転して、はじき出した答えが、

(そうだ、真里菜だ!)

 慶太は真里菜を呼ぼうと思った。
 真里菜なら頼れるし、頼りたいと思った。
 電話で連絡を取ると、慶太の職場の近くにあるデータセンタでインフラ作業をしているという。
 事情を話すと承諾してくれた。
 土日勤務は、比較的時間にゆとりがあるというか、多少外出しても咎められることは少ない。
 午前十一時に、所用と称して職場を抜け出し、最寄り駅で真里菜と待ち合わせした。
 

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 真里菜は希優羅を見ると、相好を崩し

「かわいい~」

 とほおずりした。

「風邪うつるよ」

 と慶太が言っても

「だってかわいいんだもん」

 と、ほおずりをやめなかった。

「この辺りにビジネスホテルあるよね。そこで希優羅ちゃんの介抱をするよ。慶太君は仕事してて」
「えっ!? 上田さん、仕事はどうするの?」
「大丈夫、今日はもう早退したから」

 慶太のためにわざわざ仕事まで切り上げてくれたことに感謝した。
 響子とは大違いだった。
 そして、真里菜が妻だったら、と心底思った。
 二人でビジネスホテルのフロントでチェックイン処理をする。
 部屋に入ると、ベッドに希優羅を寝かせた。
 慶太はカバンの中にある粉ミルクと哺乳瓶と紙おむつを机に置いた。
 その他には何かと入用になると思い、真里菜に金銭を渡そうとした。

「大丈夫だよ。このくらい私の方で出しとくから、今度お酒奢って」

 慶太は真里菜を、何ていい女なんだ、と思った。

「ありがとう、後で連絡する」

 足早にホテルを後にし職場に戻った。
 

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「お先に失礼します」

 堀井は予定通り、午後から入院している父親の見舞いがあるとのことで、帰って行った。
 田中は堀井の単体テストを、慶太と協力して行っていた。
 森本が趣味で作ってくれたJUnitとテストデータのお陰で、事が順調に運んでいる。
 その合間に、自分の受け持つ機能の改修とテストも並行して行っていた。
 開発と単体テストという異なる作業を同時に行うと、頭の切り替えにオーバーヘッドが掛かって効率が悪いと分かった慶太は、

「田中さんは、私と堀井さんと自分の分の単体テストを行ってください。私は田中さんの機能と自分の機能の改修をします」
「大丈夫ですか? 私のやってる機能はちょっと癖がありますけど......」
「大丈夫です。だいぶJAVAにも慣れて来たし、設計書を読めば何とか」

 ここに来て、森本には及ばないまでも、慶太のJAVAの実力も伸びて来ていた。
 実際、田中の機能に取り組んでみた慶太は、小さな改修なら楽しんで行う余裕も出て来ていた。
 そして、二人で、作業を種類ごとに分担したことによって、作業の効率が少し上がった。
 

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 定期的に休憩と称して、田中と慶太はビル一階にあるジュースコーナーに行くことにした。
 そこで、お互い分からないところはリラックスして会話してすることで、解決出来て行った。
 これだけ自由に仕事が回せているのは、荒川が私用と称して職場からいなくなっているせいもあった。

「お子さんは、大丈夫ですか?」

 80円のカップドリンクを飲みながら、田中が訊いてきた。

「大丈夫です。預けてきました」
「そうですか......」

 田中はそれ以上、詮索してこなかった。

「大沢さんも、だいぶJAVA使いになってきましたね」
「はあ......まだまだですよ」
(森本なら、こんな改修なら瞬殺だろうな......)

 褒められても、慶太は森本と比較して少し落ち込んだ。

「森本さんは、よく出来る人ですよね」

 田中がしみじみと言った。

「勤怠が悪いのが玉に傷ですがね......」

 慶太は伏し目がちになった。

「出来る人が、出来なくて悩んでる人に、教えてあげて、出来る人に成長させる。
 で、ある日、皆出来る人になる。
 出来るようになった人は、それまでの仕事を効率よくこなせるようになり、出来る人の手を借りなくて済むようになる。
 そして、元から出来る人は新しい技術を習得する時間が出来て、その技術が必要になった時、皆に教えることが出来る」
「はい」
「そうやって循環して行ったら、みんな早く帰ることが出来てハッピーでしょう。まあ、なかなかそうならないのが現実ですが......」
「まあ、そうですね」
「森本さんには、本気出してほしいなあ。それを目の当たりにすれば、荒川さんだって考えが変わると思うんですよ」

 田中はそう言うと、カップに入ったドリンクを一気に飲み干した。

 やはり、才能のあるやつは、のらくらしていても、誰の目にも分かるものなのだ。
 

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 作業に戻った慶太は、どうにも眠気が治まらなかった。
 荒川が外出したまま戻ってこない。
 監視役がいないことで緊張が解けたのか、日々の疲れからか、まぶたが重い。

「ちょっと、ガム買ってきます」

 田中にそう言うと、一階のコンビニに向かった。
 その時、対面のベロッチェに荒川がいるのが見えた。
 大人の女の人と、小さな女の子と向かい合って楽しそうに話している。


つづく

今週金曜日3/17、来週火曜日3/21は、お休みいたします。

Comment(2)

コメント

匿名

17,21は休みなのか!
リーベルGさん共々、毎回楽しみにしています。

湯二

匿名さん、コメントありがとうございます。
毎回、楽しみにしていただきありがとうございます。

作者、お仕事が忙しくて、お休みいたしました。

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