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【小説 愛しのマリナ】第三話 壮行会

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 ベロッチェの喫煙コーナーで、面談を終えた社長、慶太、森本の三人は明日のことを話していた。

 グローバルソフト興行が縁天株式会社から受注した結婚情報サービスシステムのバージョンアップ開発は上流工程の遅れが目立っていた。
 そして、しわ寄せを受けた開発工程でさらに遅れが目立ち既にデスマーチのような状態に突入していた。
 このシステムは、縁天が提供する結婚情報サービスに登録した会員の情報管理を行うものである。
 現行のシステムは、単純に会員の情報を管理するためのものだが、今回のバージョンアップで会員同士のマッチング、男女会員のコンタクト日程調整などのデータを扱う機能を追加しようとしている。
 社長が言うには、このシステムプロジェクトはグローバルソフト興行が元請けで要件定義や設計を行い、開発は子会社のブレインズ情報システムが行っているとのことだった。

「このプロジェクトは忙しいプロジェクトなんだよ。人が必要なんだ。だから俺たちみたいな経験年数五年未満でも雇ってもらえたんだよ」

 慶太は先ほどの森本の質問に答えた。
 
「なんすか、それ、誰でもいいってことですか!?」
「ああ、ごめん。言い方が悪かった。もちろん技術者として俺たちが必要とされているんだ。いい面もあるぞ。忙しいプロジェクトだからその分、自身を急成長できるチャンスだ! ヤリガイあるぞっ!」

 慶太はデスマーチという言葉をヤリガイという言葉に置き換えた。
 ヤリガイと言う言葉に、森本が反応してやる気を出してほしかったのである。
 だが、森本の表情は何となく暗く、今すぐにでもこの場から帰りたいという雰囲気が漂っていた。
 社長はハイライトの二本目を灰皿に押し付けながら、慶太そして森本を真っすぐ見据えて話し始めた。
 
「荒川さんと作業の話をしたんだた、とりあえず三カ月ごとの契約ということでお願いされたよ」
「作業的には、プログラマとテスターという位置付けなんですよね?」

 慶太が問いかける。
 
「そうだ。基本的には前任者がやり掛けてた範囲は大沢がを引き継いで終わらせること。そして、森本は急病でプロジェクトから離脱したメンバーがいるそうだから、その人の分を引き継いで終わらせること」

 慶太は(あれっ?)と思い、社長に問い掛けた。

「森本と私は、逃げた人の分を引き継ぐって話しか聞いてないですよ。急病の人の分まで引き継ぐなんて、初めて聞きましたよ」

 社長は煙草の煙を口から吐き出すと、こう言った。

「さっき金の話した時、荒川さんにお願いされたんだよ。森本にも立派に金払うんだから一人分の仕事してもらうって」

 とにかくこちらは負い目のある弱い立場であり、口答えすら出来なかったようである。
 慶太は、うんざりした。

「このプロジェクトのカットオーバーっていつなんですか? あの荒川って人、そういうこと何も教えてくれませんでしたね」

 慶太が知りたいことを社長に問い掛ける。

「製造完了が十二月、その後テストやらなんやらで三月末納品。四月から本稼働だそうだ」
「今年中で開発完了ですか。一カ月でどのくらい作らなきゃいけないか分からないけど、前任者がどれくらい進めたかが鍵ですね」

 慶太は腕を組んで、明日のことを考えていた。
 それまで社長と慶太の会話に入りもせず、窓の外ばかり見ていた森本がカバンを持って立ち上がった。

「用事があるんで帰っていいですか?」

 唐突にそう言われた社長は、残念そうにこう言った。

「夕方から君たちの壮行会をしようかと思ってたのに、帰るのか? ちょっとくらいいじゃないか」
「壮行会だなんて大袈裟な。ちょっと行って来るだけですよ」

 慶太は自分に言い聞かせるようにして言った。

「いや、君らはこれから飲みに行く暇がなくなるくらい忙しくなるんだから、飲みに行きたいんだ」

 飲みに行く暇がなくなる、という言葉に慶太は少しゾッとした。

「ほんと、用事あるんで帰ります」

 森本は頑なに、社長の誘いを断り帰宅するつもりだった。

「......そうだな、明日から忙しいし、今日はゆっくり休んでくれ」

 折れた社長は渋面になり、森本の帰宅を許した。

「お疲れ様でした」

 森本はそう言うなり、自社とは反対方向にある最寄り駅へ歩を進めた。

「最近の若いやつは、飲み会とかでコミュニケーションを取らないんですかね」
「なに言ってるんだ、君だってまだ二十八だろ、若者よりじゃないか」
「まあ、そうですけどね」

 何事にもマイペースな森本に、慶太はこれからの不安を感じていた。

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 夕方までネットカフェで時間を潰した慶太は、頃合いを見計らって自社に戻った。
 自社に戻るなり慶太は自分の机の引き出しの奥から、JAVAの参考書を取り出すとカバンの中にしまった。
 
「まずは簡単な文法を思い出すところからだな」

 慶太はそれまでVBのプロジェクトばかり関わっていた。
 JAVAをやるのは入社してから受けた研修と初めて関わったプロジェクトでのOJT以来だ。
 
「あら、大沢君、戻ってたの?」
「上田さんこそ、どうしたんですか?」
「私は、ちょうど今日早く帰れたから......現場も近いし寄ってみたんだ」

 と、上田真里菜は長い黒髪の毛先を指で遊びながら答えた。
 
「僕はJAVAの教科書を取りに来たんです。明日からJAVAの仕事だから」
「あっ、うちの外注の人が逃げたっていう仕事でしょ。可哀想だね。かなり忙しいみたいだけど......」

 色白で華奢な真里菜は、いつもスーツを着ている。
 慶太と同じ年だが、慶太より年下に見えるのは目が大きく童顔だからか。
 短大卒で入社した真里菜は社歴は慶太より二年長い。
 
「はい、気持ちはちょっと滅入ってるけどやるしかないなって......社畜ですから......あはは」

 慶太は自嘲気味に言った。
 
「大変だね、お子さんもまだ小さいのに」
「ははは......毎日寝顔しか見れなくなる日々が続くのかなあ......」

 社員が全員派遣で出払って閑散とした社内で虚ろな目をした慶太を、真里菜は見つめていた。
 二人は二年前、三カ月間ほど他社の同じプロジェクトで一緒にプログラマとして仕事していたことがある。
 その時はよく二人でランチをしに行ったものだ。
 二人は仕事の話も仕事以外の他愛のない話も、何故かぴったりと合った。
 これがウマが合うというものなのか、と慶太は思ったものだ。
 だが慶太は既に響子と婚約していたので、真里菜とはそれ以上の関係にはならなかった、と言うか、ならないようにしていた。
 そのプロジェクトが終わってからは、月一回の自社会議で会うだけの仲になっていた。
 
「おい、大沢、そろそろ飲みに行くぞ!」

 トイレから戻って来た社長が、慶太に声を掛ける。
 真里菜に気付いた社長は
 
「おお、上田さんも行くか? 今から大沢の壮行会だ! 大沢とは、これからしばらくゆっくり飲む機会がないからな。是非一緒に行こう!」

 それを聞いた真里菜は
 
「私も行っていいんですか!?」

 嬉しそうに便乗しようとした。


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 三人は自社近くの居酒屋で飲むことにした。
 
「過酷な現場に向かう、大沢慶太にカンパーイ!」

 社長の励ましているんだか、怖がらせてるんだか、良くわからない号令とともに即席の壮行会が始まった。
 
「明日から、大沢君と、あと、ここにはいない森本君には、わが社の名誉挽回のために頑張ってもらわんとな」

 既に酔いが回ってタコのように真っ赤になった社長が、慶太のグラスにビールをなみなみと注ぎながら言った。
 
「はい、体を壊さない程度に頑張ります」

 とは言ったものの、明日からの不安は尽きることがなかった。
 会ったことも無い外注社員が犯した失態の尻拭いに、明日から行くのである。
 不安がなくなるわけがなかった。
 そして、飲めども飲めども、心地よい酔いはやってこなかった。
 真里菜は社長がトイレに行くのを見計らうと、浮かない顔をして飲んでる慶太にそっと近づき、こっそりこう言った。

「森本君には気を付けたほうがいいよ」
「え!?」

 慶太は思わず、カンパチの刺身を醤油に浸すのを忘れて口に入れてしまった。

つづく

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