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【小説 愛しのマリナ】第一話 面談に行こう!

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 朝七時に仕掛けて置いた目覚ましが、電池切れで鳴らなかった。
 そのせいで大沢慶太は、七時半に目が覚めた。
「おい! いつまで、寝てるんだ!?」
 横で娘と眠っている妻の響子に、つい八つ当たりをしてしまう。
 寝起きでむくんでいるうえに、朝から怒鳴られて不機嫌になった妻の顔を見た慶太は、さすがに悪かったと思い、
「ごめん......」
 と小声で謝った。
「......パン、食べる?」
 寝起き特有の低い声で妻が訊ねる。
「いや、時間無いから、いらない」
 慶太は寝室を抜け出すと、隣の部屋のクローゼットからクリーニングしたてのスーツを取り出した。
 今日は新しいプロジェクトの面談の日だった。
 流石に、昨日まで着ていたヨレヨレのスーツで面談に臨むのは社会人の常識に反する、そう考えていた。
 真面目でエンジニアという仕事に志を持つ慶太は、パリッとしたワイシャツに袖を通したとき、「よし」と心の中で気合を入れた。
 時計の針が八時を指す前に家を出るつもりでいた慶太は、カバンをひっ掴むと玄関に向かって足早に歩いて行った。
 玄関に座り込み靴を履いている慶太の背中に向かって、パジャマのままの響子がこう言った。
「今日くらい休めないの? あんなに忙しかった仕事がやっと昨日終ったばかりじゃない。渡辺さんの旦那さんは、ちゃんとリフレッシュ休暇とか取ってるのよ」
 リフレッシュ休暇という言葉は、慶太だって知っている。
 そして、あれは大企業の社員しか取得できないものだということも知っている。
 慶太のような社員数二十人の零細企業では、そんな福利厚生は社則にすら載っていなかった。
「うちはうち、よそはよそだよ。その分残業代や休日手当ももらってるんだから。この時代にありがたいじゃないか」
 慶太は月並みな答えをもって、この話を終わらせようとした。
「私も、そろそろ働きたいの」
 一瞬、慶太の背中がぴくっと動いたのを響子は見逃さなかった。
「毎日終電で帰って来て、希優羅(きゅら)ともまともに遊べてないじゃない。社長に相談して、もっとゆとりのある仕事に回してもらえないの?」
 希優羅とは、慶太と響子の間に出来た、一歳になる娘のことである。
 慶太はキラキラとしたこの名前を聞くたびに「優」でよかったのではないかと思う。
 第一、試験の時に名前を書くのが大変である。
 もしもこの娘がシステムエンジニアになった時、設計書に書かれたこの名前をどれほどの人が正しく読めるだろうか?
 響子にしてみればこの名前に思い入れがあり、生まれる前から決めていたのと事で、その強引さに慶太が半ば押し切られた格好になっていた。
 何事も決めたら他人のことを顧みずトコトンやり抜こうとする気の強い響子に、慶太は辟易することが多かった。
 どちらにしてもこの名前がいいと思うかどうかの判断は、希優羅自身が決めることではあったが。
「慶太がそんなに毎日帰りが遅いとさ、希優羅を保育園に預けたとして、分担して送り迎えが出来ないじゃない」
 響子に子育ても家事も任せきりにしているので負い目を感じてはいたが、あくまで仕事優先である慶太は曖昧に、
「うむ......」
 と、歯切れの悪い返事をし、ふと腕時計に目をやった。
 時計の針がいつの間にか八時を過ぎていることに気付き驚いた。
 早くバス停に行かなければ! 五分前にバス停に着くことができない!
 今から家を出ても充分バスには間に合うのだが、五分前行動にこだわる慶太は、くるりと響子に背を向けると、
「行ってくる!」
 と言い放ち家を出た。
 バタンと音を立てて閉じたドアの向こう側から、妻が何かを訴えていた。
「○×△......■○○! ■■○○■○○■■%%%%!」
 慶太はドア越しであることと、頭が五分前で一杯になっていたため、妻の訴えを聞き取ることが出来なかった。
 先ほどの話の流れからおおよその見当はついたが、それは考えないようにしてバス停に向かった。

 慶太は今年で二十八歳になった。
 大学を一浪しているので、今年で社会人五年目だ。
 細身で眼鏡をかけ、髪は短く耳を出すようにしている。
 恰好からシステムエンジニア然として見えることを心がけていた。
 妻の響子は慶太と同じ二十八だ。
 元は雑誌の編集者をしていたが、今では専業主婦をしている。
 慶太と同じ身長が170センチあり、結婚前はすらりとしていたが、今は少しふっくらしている。
 二年前、二人は市が主催の婚活パーティーで知り合った。
 現在の夫婦仲は良くも悪くもないといった感じである。
 慶太としても子育てには参加しているつもりだが、仕事が忙しいことが原因で、家事や育児が響子のほうに集中し、そのことが彼女の不満を募らせる形になっている。

 短かったというよりも、無かったといった方が正確だと思われる秋が終わり、季節は冬、十二月になっていた。
 冬の青い空は澄んでいて、雲一つなかった。
 慶太は白い息を弾ませながら、早足でバス停に向かった。


 揺れるバスの窓際の一番後ろの席で、慶太は「週間ヤングマガデー」という漫画雑誌を読んでいた。
 毎週楽しみにしていた「ギャング・ギャング」が作者の腰痛のため、また休載になっていた。
 これで五度目だ。
 このジェーン戸越という作者はいつも、何らかの理由をつけて休載を繰り返している。
(サラリーマンだったら、とっくに首だぞ。この作者)
 慶太はそう思った。
 だが、文句を言いながらも再開されたときは、喜んで読んでいる自分を悔しく感じている。
 子供の頃から漫画好きの慶太は、今でも漫画雑誌を毎週買っては読んでいる。
(自分だったらこういう話にするのに)と、自分にとってつまらない漫画だったらそう思って読んでいる。
 忙しい仕事の合間の、小さな楽しみでありストレス発散だった。
 慶太は「ギャング・ギャング」のギャング試験編の続きを空想しながら、アイドルが水着姿で浜辺で寝そべってるグラビアページをぼんやりと眺めていた。


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 慶太は面談会場となるブレインズ情報システムが入居しているビルの、対面にあるコーヒーショップ「ベロッチャ」にいた。
 今回の発注者であり、受かれば派遣先となるブレインズ情報システムは大手SIベンダであるグローバルソフト興業の子会社である。
  大手SIベンダの子会社と言うことで、社員数は百数十人だが業界では割と有名だった。
 暖房が効きすぎる店内で一人、アイスコーヒーを飲みながら、自分の雇い主である生島社長を待っていた。
 そしてもう一人、今回一緒に面談を受ける新人の森本を待っていた。
 待ち合わせ時間の九時はとうに過ぎていた。
 この待ちぼうけは、五分前行動好きの慶太を苛立たせた。
「九時を指定したのは社長の方じゃないか」
 と、窓の外を行き交う人を眺めながら呟いた。
 その時、不意に肩をポンと叩かれた慶太は後ろを振り返った。
 社長がアイスコーヒーと灰皿を持って立っていた。
「遅いですよ、もう九時半過ぎてるじゃないですか」
「君は真面目だなあ。面談開始は十時なんだからぼちぼち来ればいいんだよ」
 自分のことは棚に上げて謝りもしない社長にイラっと来たが、愛想のある声と、ピカチュウみたいな太目の体、人の好い禿げ上がったあごひげアザラシみたいな顔のせいで、
「まあいいか」
 と許してしまった。
 人の好い町工場の親父みたいな風貌の社長は、一見するとIT企業の社長には見えない。
「ちょっと、あっちの席で話そうか」
 社長が顎をしゃくって指示した先は、喫煙コーナーだった。
 これから面談だからスーツにタバコの匂いを付着させたくない、と思っている慶太ではあったが、社長が喫煙者であったため仕方なしに後に付いて行った。
「森本がいないから、先に行っておくけど、今回のブレインズ情報システムさんのプロジェクトはデスマーチだから」
 社長はハイライトを口にくわえながら言った。
「簡単に言わないでください」
 呆れたように慶太は言った。
 社長は毎回デスマーチという単語を使う。
 実際にプロジェクトに入ってみると、一日何もすることが無く暇だったこともあるので、デスマーチという言葉は社長にとっては特に意味のない「枕詞」のようなものであった。
「森本には言うなよ、そういうことを知ると、あいつ面談でやる気なくしそうだから」
「あいつ、そういうやつなんですか?」
「ちょっと根性がないやつではあるな。森本は前のプロジェクトが終わって、行くところが今のところないんだ。お前に教育してもらおうと思って、今回付けたんだ」
「新人を教育しながらデスマーチをこなさないといけないなんて、無茶させますね」
「まあ、そう言わずに、手当少しつけるから」
 社長が申し訳なさそうに、手を合わせて言う。
 慶太が所属するするダイナ情報サービスは、社員二十人の会社である。
 自社パッケージ「学校時間割管理ソフト ノートの助」が全く売れず、社長以外の社員全員が派遣で出稼ぎに行っている。
 慶太は別のプロジェクトとの契約が終わったばかりだが、有休をとる暇も許されず、間髪入れずに次のプロジェクトにアサインされようとしていた。
「社長、こう言っては何ですが、社員への仕事の与え方に問題があるような気がするんです。私はプロジェクトが終わったばかりなんですよ。それも毎日終電で帰る日々が続いたようなプロジェクトが。妻にも言われました、まともじゃないって。プロジェクトが終わった社員は、せめて少しは休ませるとか、考えていただけないでしょうか?」
「すまんね、実は......」
 社長は一呼吸置くと、すまなそうな口調でこう言った。
 「君達が入ろうとしているプロジェクトに逃亡した者がいて、そいつがうちの人間だったんだよ。正確に言うと、うちで契約社員として雇ったフリーランスの外注なんだけどね」
 慶太は絶句した、人が逃げ出すような現場にこれから放り込まれようとしていることに。
 今回社長が言うデスマーチという言葉が、急に現実味を帯びて慶太に重くのしかかって来た。
 社長が言うには、その外注は元々そういった殺気だとか、不吉な気配を感じるのに長けているのかは定かではないが、プロジェクトがデスマーチに入る前に逃げた出したのである。
 つい数日前、社長がネットカフェに雲隠れしていたその外注を見つけ出し、下界に連れ戻した。
 その時には既にその外注は、ブレインズ情報システムから引導を渡されていた上に、社長はペナルティを喰らわされていた。
 
「すぐに代わりの人間を連れてこい」

 それがブレインズ情報システムからの要望というか、命令だった。
「今後、ブレインズ情報システムとの営業を停止する分けには行かない」そう考えた社長は、大沢を格安で代替人員として差し出したのである。
 しかも相手の顔色を見て「それだけでは誠意が足りない」、と一人早合点したお人好し社長は、ほぼ無償で新人の森本も付けた。
 慶太はこういったことを包み隠さず、ざっくばらんに面白おかしく話す社長のことがとても好きだった。
 就職が決まらず大学を卒業し、第二新卒で彷徨っていた慶太を拾ってくれたのもこの社長だ。
 毎回滅茶苦茶な仕事振られても、最悪な現場に送り込まれても耐えていられるのは、この社長がいるから出来ることだった。
 そして今回のデスマーチの件も、社長に頼み込まれてるような形で、仕方なく引き受けることになった。
 休暇や仕事の件に関してはうやむやにはされたが、一応社長にお願いしてみたということで、響子に対しては義務を果たした気分ではいた。

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「遅いな、森本のやつ。何やってんだ」
 ベロッチェの壁に掛けられた時計の針は九時五十分を指していた。
 もうそろそろここを出なければ、面談に間に合わない。
「電話してみます」
 慶太はスマホを取り出すと、LINEを開き「森本」のアイコンをタップし電話を掛けようとした。
 その時、慶太のスマホにLINEのメッセージ通知が届いた。
 森本からのメッセージだった。
「すいません、ちょっと遅れます。十時半くらいになります」
 と書かれていた。
「社長」
「なんだ?」
「森本のやつ十時半くらいに来るって」
「あほかっ!?」
 社長は椅子から転げ落ちそうになった。


つづく

Comment(2)

コメント

デベロッパ

フィクションだからぶっちゃけて書いているのか、それとも今後のテーマになっているのかわかりませんが、
派遣(もしくは派遣でもないただの人貸し)の事前面接なんていうこの業界の腐った部分を書いてますね。

> 一見するとIT企業の社長には見えない
そりゃIT企業ではなく派遣業なんでしょうから…。

> 契約社員として雇ったフリーランスの外注
期間契約だろうが社員として雇ったならフリーランスでも外注でもないでしょう…。

この辺をさも当然のように書かれると読んでて面白くはない…かも。まだ話のテーマが見えてきませんが、今後の展開を楽しみにしてます。

湯二

デベロッパさん、コメントありがとうございます。

社長の風貌にまで感想を下さり、ありがとうございます。

テーマはそれほど深く考えてはいません。
お話を書こうと思っています。
このあと、フィクションということで、リアルとは程遠いあり得ない展開が多々起こります。
読んでいただき、そこが合わないと思われましたら、申し訳ありません。

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