夫の転勤により正社員歴たった2年のCOBOLプログラマーが、ITコンサルタントになるまでの物語。

コボラーからITコンサルタントへ(8) 転勤5回目:PMデビュー!

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 エンジニアライフをご覧の皆さま、こんにちは!

 本業はITコンサルタント、副業は産業カウンセラー。

 TKT48プロデューサー&SE女子部部長の奥田美和です。

 

 このコラムを書いていて、ふと「もしも夫が転勤族ではなく、最初の会社に勤め続けていたら、今頃どこまで昇進できたのだろう?」と思いました。

 正社員コボラー歴たったの2年。だから、「昇進」(地位が上がること)も「昇格」(等級が上がること)も経験したことがありません。でも、肩書きだけは「SE」から「プロデューサー」「コンサルタント」にバージョンアップしているのだから、不思議なものですね。

 

 さて、前回の「コボラーからITコンサルタントへ(7) 転勤3~5回目:またExcel」の続きです。

 

■ブラックベンダーとの遭遇

 タイ・大阪転勤から東京に戻ってきて、5年ぶりに社会復帰した職場は、大学の医学部精神科関連の研究室でした。職種は、技術補佐員 兼 教授秘書。

 大学時代は心理学科で臨床心理士を目指していたので(どうしてSEを目指すことになったのかは「コボラーからITコンサルタントへ(1)」をご覧下さい)、もし臨床心理士になって就職先に大学の精神科を選んでいたらこのような仕事をしていたんだなぁ……と思いながら、精神科医の仕事の流れや業界用語などを勉強していきました。

 

 教授の研究内容は欧米で開発されたITシステムを使うということで、Google先生に聞きながら欧米の英語のサイトや論文も読み込みました。

 今回は、その欧米のITシステムを組み込んで、まずはC/S(デスクトップ)システムを作り、次に携帯電話のメールと連動したシステムを作ります。(当時はまだスマホもiPadもない時代でした。)

 

 ベンダーがすでにシステムのプロトタイプ(叩き台)を作っているというので、教授に資料はないかと聞いてみるものの、手元には全くないとのこと。

 ベンダーに聞いてみると「ありません」という。

 

 「詳細設計書ではなく、ヒアリング結果をまとめた要件定義書レベルでいいのですが」

 「ありません」

 「議事録を見せて頂けますか?」

 「ありません」

 

 議事録もなくて、設計書もなくて、どうやってシステムを作ったのだろう?

 でも、「詳細な設計書はありません」という返答には、4次請けベンダーで働いていた頃に慣れているのでマイペンライ!(タイ語で「問題ないよ」。)

 

 プロトタイプが納入され次第、私の方でバグ出し(色々な入力方法を試してエラーを出すこと)しつつ、要件定義書と外部設計書と内部設計書を書きあげ、教授に確認してもらいました。

 教授の要望を加えた設計書と、バグ出しの結果エラー100個の一覧を添えてベンダーに送ったところ、「打合せの際に言われていません」とのこと。

 「議事録を残されていないので私の方では真偽は分かりかねますが、御社の代わりにヒアリングし要件定義した結果、このようなニーズが出ておりますので、ご対応よろしくお願いいたします」と返しました。

 この時「後で何か言われた時のために、必ず議事録は残しておく」と学んだことが、後々、顧客から色々と言われた時に役に立ったのでした。

 

 システム自体は1人月(SE1人で1か月くらいで作れる)規模のものだったのですが、3大学8病院が使い、システムの判定結果次第で患者さんの治療方法を変える必要があるという重要なものだったので、修正して納品される度にバグ出しを繰り返しました。

 今回のシステムは医師・看護師というITが苦手な方がユーザーなので、PCインストラクター時代に出会った「一番パソコンが苦手だったシニアの方」のとんでもない操作っぷりを思い出しながら、「普通はそんなことしないでしょ」というような入力までテスト。

 例えば、数字項目に「あ」と入力して「再計算」ボタンを押してみると……案の定システムが落ちました。(※落ちる=急に動かなくなること。)

 設計書に「数字項目は、半角数字のみ入力可とする(半角数字しか入力できないようにするか、半角数字以外が入力された場合は入力エラーを表示すること)」と追加し、また多数のエラー一覧と共にベンダーに送りました。

 

■実は、ブラックなのはベンダーではなく、教育不足の技術者

 生保時代は、「システム本稼働後に、1円でもずれていたら始末書」という厳しい環境にいました。

 プログラムを1行でも修正した時は、まず練習環境で実行し、出力結果(帳票、データファイルの中身)を全てチェック。先輩チェック&上司チェックでOKが出たら、本番環境にプログラムをのせて、夜間一括処理で実行。翌朝冷や冷やしながらマシンルームに行き、出力された帳票の数字をチェックしたものでした。

 

 だから、プログラム単体テストの段階で、思いつく限りのありとあらゆる滅茶苦茶な入力をし、バグ(エラー)を100個くらい出し、潰しておきます。

 それでも、他のプログラムやシステムとの結合テスト時に10個くらい、実際に使っている本番データを使っての受入テスト時に3個くらいエラーが出ます。

 

 だから、ベンダーから発注側に納品されたシステムの受入テスト時に、100個もバグが出るのはありえない!――と、この時は思っていました。

 でも、後々、別の場所でPMをやった時も、本稼働1週間前の受入テスト時にバグが100個出ました。(3日で全て直させましたが。)

 

 その時に悟ったんです。

 ――あんなに厳しくテストの仕方を教えてくれるのは、金融業界だけなんだ、と。

 ――だったら、私が技術者に直接教えてあげようじゃない(笑)

 

 それからは、基本設計書だか内部設計書だかわからないくらいに、ボタンを押した時の操作も細かく書き、どんなプログラマーでも設計書を見ながらプログラミングすれば最低限必要なテストはするように仕向けました。普通は、発注側のPMがやる仕事ではないと思いますが……。

 

■久しぶりのSPSS

 SPSSというのは、統計ソフトです。

 大学時代に卒論を書くのに質問調査を100名分行い、因子分析して、100名に共通するキーワードを抽出しました。

 

 大学医学部教授の仕事は、病院で診察するだけではなく、研究をして論文を書くことも大事な仕事です。論文の出来次第で、国からの補助金や某所からの寄付金の額が違ってきます。

 ベンダーのお尻を叩きながら何とか完成したシステムから出力されたデータを、SPSSで分析し、期待通りの結果になっていたのを見た時、ようやくほっとしました。

 

 教授が論文を書き上げたら、印刷所にお願いして製本し、国に提出。

 まだ、スマホもタブレットもない時代。ITを活用した研究で一定の結果が出たということで、無事に翌年度の予算も下りました。

 

■IT業界に戻りたい

 初めてのPMもどきをやり終えた後で、ふと、思ったのです。

 最初から私が要件定義し設計書を書いていれば、大量のバグ修正のために納期&本稼働が3か月も遅れることなく、もっと楽に仕事ができたのではないか?

 システム開発の現場ではサブリーダーまでしか経験がなかったけれど、スケジュール管理をはじめプロジェクト管理がそこそこできたのだから、IT業界に戻ってもやっていけるのではないか?

 

 でも……派遣会社に登録しても、エンドユーザー(事業会社)側への派遣の仕事は少なく、即戦力が求められるSI(システム開発会社)の現場の仕事がメイン。大学で少しだけPMのようなことをやっただけでは難しいのではないか?

 ――そう思った私は、たまたま研究室のWebサイトを作らせてもらったこともあり、PCスクールに通ってWebサイトの勉強を始めました。

 

 また、どうやったらIT業界に戻れるか悩んでいるうちに、キャリアカウンセリングに興味を持ち、CDA(キャリア・ディブロップメント・アドバイザー)の勉強も開始しました。

 「転勤先でも働きたい」という転勤族の妻が集まり、「転妻(てんつま)コンサルタントSuai(スーアイ)」というグループを作ったのもこの頃です。

 

■東日本大震災、そして、転職氷河期へ

 2011年3月11日。

 高層ビルの中にあるPCスクールでPhotoshop、Illustrator、Dreamweaverと学び、最後にPHPでECサイトの課題を作っていた時のこと。

 

 トイレから出たところで、大きな揺れに直面しました。

 女性たちが叫び慌てる中、「このビルは最近できたし、倒壊しないようにわざと揺れるように作ってあるので、絶対に大丈夫!」と落ち着かせました。

 この時冷静だったのは……本稼働後にエラーが発生して担当課から慌てた電話が来ても、慌てず騒がずごまかして、まずは原因調査!という、今までのシステム開発現場で得た「顧客対応スキル」のおかげなのでしょう。どちらかと言えば「あんなに気合を入れてコーディングしたPHPのソースが!」と、パソコンの電源が落ちていないかの方が心配でした(笑)

 

 PCスクールの講座が終わったら、PCスクールに来る求人に応募するつもりだったのですが、震災のおかげで求人はストップ。

 もう1つの選択肢・キャリアカウンセラーになるために、まずは人事で採用・教育の仕事がしたいと思っていたのですが、派遣会社のWebサイトを見ると、こちらも求人案件激減のため「採用経験がある人」のみの募集に。

 

 しょうがないので、久しぶりに技術職専門派遣会社に登録しました。登録した後で気がついたのですが、実は、登録条件がありました。

 SEはブランク2年まで、Web制作はブランク2年まで or 未経験の場合はパソコンスクール卒業1年まで。

 

 さらに、大学SE時代の経験は、システム開発の経験としてはカウントされない事が判明。つまり、SEとしては7年のブランクがあることになります。パソコンスクールに通っていて良かった!

 

 IT業界での経験が生かせないとなると、パソコンスクールで学んだWeb制作の仕事を選ぶしかないのですが、Web制作の仕事も「1年以上の実務経験がある人」のみの募集ばかり。

 だから、紹介される仕事は、大学SEの時もやっていたExcel VBAの仕事。VBAは昔はプログラマーの仕事だったのに、今は事務職の仕事なんですね。派遣の分類だと「OA事務」なんです。

 

 八方塞がりになったので、派遣だけではなくハローワークや公的機関のWebサイトなど毎日10サイトほどチェックしていました。同時に、CDAの通学講座の中で学んだ事を、自分をクライエント(相談者)に見立てて自己分析してみました。

 

 Webデザインは未経験。そもそも、(今は)デザインセンスに欠ける。

 でも、htmlコーディングは実務経験(大学研究室のWebサイト作成)があるし、長年趣味でやっていたから自信あり。

 

 そこで、Webデザインではなく、コーディングメインの仕事に焦点を当てて検索開始。偶然、「コーディングをはじめ、あれこれやってくれる人を募集」している会社に巡りあい、派遣社員として採用になりました。

 

 次回、「コボラーからITコンサルタントへ(9) 転勤5回目:IT業界からWeb業界へ」に続きます。

 次回もお楽しみに!

 

■本日のまとめ:IT業界以外の事業会社の社内SEに転職する時に覚悟しておくこと

1.最新の技術からは遠のく。社内システムの開発はほとんど外注。

2.ネットワーク設定の知識が必要。IT企業とは異なりパソコンが苦手な社員が多く、パソコンの各種設定から各種質問まで対応力が必要になる。

Comment(4)

コメント

通りすがり

いつも楽しく拝見しています。
が、本日のコラムの「肩書きがバージョンアップ」に疑問がでました。
役割が違うだけでアップもダウンもないのではないかと。
SEという肩書が低いものとは思えないのです。
気にしすぎかも知れませんが。
とはいえ、コラム頑張って下さい。

h

>1.最新の技術からは遠のく。社内システムの開発はほとんど外注。

これってどっかに統計ってあるんですかね?
私は建設業の中小企業に勤めているのですが、よくお付き合いをする同業他社6社の方と年1,2回話しているのですが、6社中4社は半分以上内製を行ってどうしても外注しなければならない(元請け企業等のからみで)とこは外注という感じです。
また最新技術云々とありますが、工事士等の体調管理のためにウェアラブル端末を利用したIoT等々あり、局所的ですが最新技術を学ばなければならなかったりもします。

私の周りだけ特殊なのかもしれませんが、そこまで悲観的にならなくてもよいかと。

>通りすがりさん

コメント有難うございます♪

仰る通り役割が違うだけなんですが…
名刺の肩書きが「SE」だと会えないエライ人にも、「コンサルタント」だと会えてしまうので、不思議なものです。

>hさん

コメント有難うございます♪

統計調査まではチェックしておらず、私が経験した9業界13社での主観です…。すみません。

私が働いていた建設業の中小企業では最新技術は学べなかったんですが、それは基幹システムだからというだけで、今は&現場では最新技術にトライしているかもしれませんね。

あと、事業会社の規模にもよる(零細~中小企業は外注する余裕が無かったり、システム規模が小さければ内製が普通かも)と、今気づきました。

考え不足&言葉不足ですみません…。

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