夫の転勤により正社員歴たった2年のCOBOLプログラマーが、ITコンサルタントになるまでの物語。

コボラーからITコンサルタントへ(2) 結婚前:基礎はCOBOL

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 エンジニアライフをご覧の皆さま、こんにちは!

 本業はITコンサルタント、副業は産業カウンセラー。

 TKT48プロデューサー&SE女子部部長の奥田美和です。

 

 お正月くらいのんびり……と思っていたら、お風呂に入った時に「あのロジック間違ってた!」と急に思い出したけれど、冬休み中はソースを修正できなくてもどかしい!

……ふと、そんなSE時代を思い出しましたが、皆さまはゆっくり休めたでしょうか?

 

 さて、前回の「コボラーからITコンサルタントへ(1) 始まりはN88-BASIC」の続きです。

 

■初めてのシステム開発

 生命保険会社のシステム子会社に内定し、無事10/1に内定式を迎えました。

 しばらくして、分厚い情報処理の本と、通信教育の課題が送られてきました。

 卒論と戦いながら、通信教育とも戦いながら、何とか4/1の入社式を迎えたような気がします。

 

 新入社員は3か月間、親会社の研修所に通います。

 1か月目は社会人研修、2か月目はCOBOL机上研修、3か月目はシステム開発研修。

 

 COBOL研修を受けたことがある方なら、コーディングシートを覚えているでしょうか。原稿用紙のように左から横にマス目が並び、上に数字が振ってありましたね。(ご存じない方は、「COBOLコーディングシート」で画像検索してみて下さい。)

 新人がCOBOLでプログラミングする時は、「テンプレートを使ってフローを書く」→「コーディングシートにコードを書く」→「ダム端(ホストコンピューターと連動した入出力装置)で実際にプログラミング」という順番でした。

 新人研修の間は、「テンプレートを使ってフローを書く」→「コーディングシートにコードを書く」をひたすら繰り返します。先生(各部署の4~5年目の先輩が新人研修担当になっていました)が細かくチェックしてくれて、OKが出ないと次の課題に進めません。

 この時鍛えられた「机上デバッグ」(ソースコードを紙に印刷した状態で、エラー箇所を見つけていくこと)のスキルのおかげで、後々、VB.NETだろうがPHPだろうが机上デバックできるようになったのでした。

 

 「そろそろコーディング以外のことをやりたいよね~」と新人の間に不満が募り始めた頃、3か月目のシステム開発研修が始まります。ここからは5人程でチームを組んでやります。

 普段から親会社の担当課を相手に仕事をしている、百戦錬磨の先輩方。

 いつもとは立場が逆転したからか、新人相手でも容赦なく、要件定義(顧客の悩みを聞いて解決方法を提案すること)の段階からダメ出しを連発してきます。

 要件定義が終われば、基本設計→外部設計→内部設計→詳細設計→コーディングシートにコーディング(研修施設にはダム端は無かったので、実際にプログラミングすることはできませんでした)。それぞれの工程でもダメ出しを連発されました。

 この時鍛えられた「ダメ出しの嵐に耐えうるメンタル力」のスキルのおかげで、後々、面接で落ちても、顧客から心無い言葉を投げつけられても、一晩眠ればけろりいつも通り…という力を身に付けられたのでした。

 

■運命の配属

 3か月の新人研修が終わると、いよいよ各職場に配属され、OJT(On-the-Job Training、職場で実務を経験しながら勉強していくこと)が始まります。

 私の希望は、当時社内で唯一VBの開発を行っていた、営業支援システムの部署。

 しかし、配属されたのは、COBOLの開発を行う企業年金の部署でした。

 

 その14年後、他社で念願の営業支援システムの企画提案から関わることになった時に思ったのです。あの時、VBの営業支援システムの部署ではなく、COBOLの企業年金の部署に配属になって本当に良かった、と。

 その理由は、「金融系の大型システム(オフコン、COBOLやPL/I)を経験していると、視野が広くなるので、大抵のシステム開発の上流工程から参画できる」からです。

 

 配属された翌年、ちょうど2000年問題で全てのプロラグムを見直さなければならず、たまたま手が空いていた私が担当になりました。

 2000年問題というのは、当時は日付のエリアを2桁しか取らず、1999年なら「99」とDB(データベース)に値を保存していたので、2000年になった時に「00」という値を「1900?2000?」とコンピューターが誤作動を起こすのではないか……というものです。

 

 企業年金のうち自チームで使っている帳票を全て確認し、その帳票を出力しているプログラム→そのプログラムの入力データを作っているプログラム……と、システムのお尻(出力データや帳票)から順番に入口(親会社の担当者がお客様から頂いた書類を元に、オンライン画面で入力したデータ)までを辿りました。

 当時は業務フローも紙で印刷しファイルに保存していたので、分厚いファイルをめくっては「このプログラムの入力データは、どの業務システムで出力されてるの~」と泣きながら、全てのデータの流れを追いました。

 この時鍛えられた「入力データと出力データをしっかり把握する」のスキルのおかげで、後々、どんな言語のどんな業務システムだろうが、最短ルートのシステム設計ができるようになったのでした。

 

■そして、転勤族の妻に

 2000年問題で250の帳票やプログラムと戦い、入社2年目でも協力会社さん2名をまとめた(実際は協力会社のベテランSEさんたちに助けられました…)ことで、達成感以上にプチ燃え尽き症候群になっていました。

 

 入社2年目の春に、大学時代からの付き合いの彼が北陸に転勤になり、遠距離恋愛になって1か月後には互いに寂しくなってプロポーズされたこと。

 同じく春に、第1種情報処理技術者も取得できたこと。

 実家から2時間通勤も辛くなってきたこと。

 

 これらも重なって、「資格もあるし、手に職があるから、どこに転勤になってもSEの仕事はできる!」――そう思い込んでいました。

 

 私を育ててくれたチームリーダーからは引き留められましたが、就活で頑張って入った会社をたった2年で辞めて、転勤族の彼についていくことにしたのです。

 ――正社員歴2年では派遣会社に登録できないことも、地方の仕事事情の恐ろしさも、何も知らずに。

 

次回、「コボラーからITコンサルタントへ(3) 転勤1回目:基本はExcel」に続きます。

次回もお楽しみに!

 

■本日のまとめ:SEが新人のうちに学ぶべきこと

1.机上デバッグ

2.ダメ出しの嵐に耐えうるメンタル力

3.入力データと出力データをしっかり把握する

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