【出版することになりました】「職場がツライ」を変える会話のチカラ

2010/03/03 19:45:00

 みなさん、こんにちは。

 最近、このコラムでは物語を書いてきましたが、今回、ご案内させていただきたいことがあり、エンジニアライフの場をお借りすることをお許しください。

 この度、おかげさまで「職場がツライ」を変える会話のチカラ~ちょっとの工夫で雰囲気・環境・人間関係が改善する~という本を出版させていただくことになりました。

「職場がツライ」を変える会話のチカラ

 3月5日ごろから店頭に並び始める予定です。アマゾンさんでは予約が始まっています。

■この本のテーマ

 この本は、「日常の会話をちょっと工夫することで、『働きやすい職場』に変えていくこと」がテーマの本です。チーム作りや組織活性化に関する内容ですね。

 わたしがエンジニア時代に体験した肉体的、精神的な苦痛や、チームをまとめることができずに悩んだ管理職時代の苦悩から、「どのように乗り越えてきたか」「どうしたらうまく行かせることができたのか」など、「日常の会話をちょっと工夫することで、職場が活発になり、自分自身も楽しくなる」――このようなことを中心に書きました(エンジニア時代の苦悩や、そこから学んできたことについては、出版社のサイト《序章 思いやりも笑顔もない職場で働くつらさの中で見つけたこと》でお読みいただけます)。

 これをお読みになって、「リーダー層が読む本かな?」と思われている方もいらっしゃるかもしれません。もちろん、チームが1つにまとまらずにお悩みのリーダー層に役立つノウハウもたくさん含まれていますが、リーダー層だけではなく、社会人数年から管理職になる少し前の、主に現場の最前線で働く方に役立つ内容でありたい……という思いも込めて書きました(エンジニアライフをお読みのみなさんは、ちょうどそういう立場かもしれませんね)。

出版社のサイトから説明文を引用します。

仕事そのものは嫌いじゃないけれど、毎日の厳しいノルマや長い労働時間、結果を出すことへのプレッシャーなどから、スタッフみんなが精神的にも肉体的にも疲れ果て、自分のことで精いっぱいで、誰も他の人のことをフォローしたり気遣ったりする余裕もなく、チームはバラバラ、雰囲気最悪、みんなイライラしてて怖いし、自分のモチベーションも上がらない、この殺伐とした空気の中にいるだけで胃が痛くなる、職場に行くのがツライ!――と感じているあなた。
ほんの少し「会話の工夫」をすることで、仲間との信頼感を高め、おたがいに協力しあえる「働きやすい職場」へと変えることができるんです。

 チームをまとめる「責任」があるのはリーダーかもしれませんが、チームがまとまるきっかけになったり実際にまとめるのはリーダー以外の、たとえばあなたのような、ちょっとした気遣いができる方だったり、ムードメーカーだったり、リーダーを客観的に見ているからこそ分かる立場の方であったりすることも多いはず。

 「肩書き」や「責任者」としてのリーダーの立場ではないけれど、自分(たち)が少し工夫し、実践し合っていくことで、「自分の職場を変えることができるんだ」ということを知って欲しいと思っています。

 また、私たちの周りにある多くの情報の中には、「いい環境を作るのなら、まず、他人に尽くしなさい」というような情報がたくさんあります。けれども、自分が満たされていないのに、他人のために尽くすというのは、とても難しいですよね?その気持ち、よくわかります。なぜなら、わたし自身がそうだったからです。

 自分を犠牲にして、まわりに尽くすというよりも、あなた自身にストレスを発散し、自分を上手にマネジメントできるようになって欲しい。そして、あなたが満たされ、やる気が出てくることによって、周りも巻き込めるんだということを知って欲しいと思い、「自分自身を上手にマネジメントする」ということにもページを割きました。

 この本が、少しでもみなさんの「職場がツライ」を変えるきっかけになればと願っています。

■この本が生まれたきっかけ

 ちょっと話はずれてしまうのですが、「夢を叶える」という観点で、コラムニストのみなさん、読者のみなさんのご参考になるのではないかと思い、この本が生まれた経緯についてお話しますね。

 この本は、2006年7月から書いているメールマガジン「しごとのみらい ~わたしの未来は、わたしが決める~」がきっかけで生まれました。メールマガジンでは、先ほども触れたような、エンジニア時代に体験した肉体的、精神的な苦痛や、チームをまとめることができずに悩んだ管理職時代の苦悩から、「どのように乗り越えてきたか」「どうしたらうまく行かせることができたのか」などの体験を綴ってきました。

 書き続けていると、そのうち、読者さんからコメントをいただくようになり、「少しはお役に立てたんだな。うれしいな。」と思うようになりました。この頃から「いつか、本を出版してみたい……」という夢を抱くようになりました。

 けれども、わたしは地方に住んでいる無名の田舎者。特別文章が上手いわけでもありませんし、出版社さんや編集者さんとつながりがあるわけでもありません。「どのようにしたら本を出版できるのだろう……」その方法は全くわかりませんでした。当時のわたしにできることといったら、「本を出版したい」という思いや、「もし、出版できたとしたら○○になるだろうな~」などのイメージを頼りにしながら、メールマガジンを書き続けることぐらいしかありませんでした(参考:ビジネスマンの不死身力:新年に描いた夢のかなえ方(ITmediaエンタープライズ))。

 下手は下手なりに、書き続けていると少しはマシになってくるんでしょうね。メールマガジン配信スタンドのビジネス向け特集で、連載のお話をいただいたりするようになりました。

 ちなみに、普段文章を書くときには、「専門的な知識や経験を、難しい専門用語を使わずに、日常の会話をベースにして平易な言葉で書 くこと」「たとえ話や物語などを使って、分かりづらいことを直感的に分かるようにすること」「煽ったり、威嚇したりはせず、読者さんに語りかけるように書 くこと」などを意識しています。出版社さんからお話をいただいたのも、この辺りが理由のようです。

 そんなことを続けていた2009年5月、出版社さんから出版のお誘いのメールをいただくことができました。うれしかったですね。本当にうれしかったです。

■今回の経験から学んだこと

 今回の機会をいただいてみて、改めて思ったことは「やり続けることの大切さ」です。何のとりえもないわたしでも、こんな機会に恵まれたのは、きっ と「書き続けていたから」だと思います。書き続けるのは、最初は大変ですよね。でも、書き続けているうちに楽しくなってきました。楽しさの1つは、普段から「ネタになることはないか」と探し続けることで、日常の中に気づきが増えることです。書くことの楽しさは他にもたくさんありますが、それはまた別の機会に。

 もう1つ。学んだことは、「どこに住んでいる、何をしていているに関係なく、チャンスをつかむ環境が整っている」ということ。出版のお話を頂いてから約1年。実は、現在に至る今まで、編集者さんと一度もお会いしたことがありません。対面の打ち合わせも、電話もゼロ。メールのやりとりだけで、なんと出版までできてしまいました。わたしは地方に住んでいますので、この恩恵を特に感じました。

 このエンジニアライフでは、コラムニストと読者のみなさんが、それぞれの体験を本音で語り合う場がありますよね。コラムはいずれも実体験から生まれた意見ですばらしく、きっと多くの方にとって貴重な情報になっているはず。近い将来、出版に限らず、コラムニストのみなさんの中から、新たなチャンスにめぐり合える方が出てくるのではないかと信じています。

 大変なこともつらいこともたくさんありますが、今、できることから少しずつ行動していくことで、いろんな広がりや結果が見えてくると思います。みなさん、がんばっていきましょう!

■追伸:

 本の内容や、著者としての思い、出版に至った経緯は「特設サイト」にてさらに詳しくお話ししました。もし、よろしければ、こちらの特設サイトもご覧ください。

小説「わたしのみらい」―不安と期待のあいだで

2010/02/19 17:15:00

 あるエンジニアの歩み方を小説として連載しています。初回の物語はこちら、前回の物語はこちらです。

 いつもなら子供と一緒に入浴するのだが、今日は1人で入ることにした。

 ぬるめのお湯に肩までゆっくりとつかる。天井からぶら下がる明かりをボンヤリと眺めていると、起業への期待を抱く自分と、不安を抱く自分が、言葉を交わし始めた。

 (独立?そんなことできるのか?)

 (できるさ。ここは一旗あげてみようと思っているんだ)

 (でも、奥さんに反対されたらどうする?)

 (恵子なら、きっと分かってくれるよ)

 (お父さんとお母さんは、絶対に反対すると思うよ)

 (う~ん、それはそうかもしれないな)

 (うまくいくはずなんかないよ。こんな不景気の時に)

 (ピンチはチャンスと言うじゃないか)

 (あんな、神谷さんの言うことに惑わされちゃダメだよ)

 (でも、「出会いは必然」っていうじゃないか)

 (プログラムを作るって言ったって、どうやって仕事を探すの?)

 (それは……まだ考えていないな)

 (お前は今まで、会社の看板があるから仕事ができていたんだよ。独立なんて絶対に無理だよ)

 (ボクのスキルがあれば、いけると思う)

 (仕事を辞めてからの生活費は大丈夫?)

 (う~ん、それは……そうだね。プラス思考でなんとかなるさ)

 (家族がいるのに、今からそんな冒険をして大丈夫なの?)

 (不安な世の中だからこそ、自分で稼ぐ力を身につけておきたいんだ)

 (みんなそうやって楽観的に独立して、去っていくんだよ。現実を見ろよ、現実を……)

 2人の会話は続く。頭のてっぺんで考えると、不安はまるで次々と押し寄せる波のように浮かんでくる。

 (こんな不景気なときに、本当に独立などできるのだろうか?・・・)

 頭は独立を否定する。だが、体は、もう答えを知っているようだった。

 浴槽から出て、シャワーを勢いよくひねる。

 (このまま、考えていても仕方がない。え~い、やってみるか!)

 シャワーの温度を熱くする。冷たく、不安な気持ちを熱いお湯で洗い流した。

 頭をバスタオルで拭きながらリビングに戻る。食事の後片付けをしている恵子の目を盗み、神谷の携帯にメールを送った。

 「近藤です。先日はありがとうございました。あれからいろいろと考えました。不安はたくさんありますが、今回をいい機会だと捉えて、起業する方向で動いてみようと思います。準備をするにあたり、何から始めたらいいでしょうか? アドバイスをいただけたらうれしいです。」

 (本当に、これでいいのだろうか?)

 先ほどの決意が、もう、揺らぎ始めている。送信ボタンとキャンセルボタンを押すか、迷う。小さい画面には、「送信しました」という文字が映し出されていた。

 しばらくすると、携帯のメール受信音が鳴った。

 「おめでとう。近藤君の勇気ある決断を、心から祝福するよ。起業のアドバイスだね。メールより電話のほうがいろいろと伝わると思うから、明日の昼休みに電話くれるかな?」

 明日電話すると返信した。

 寝室に向かう。

 タケシは妻の恵子と保育園に通うヒロトと3人暮らし。毎晩、ヒロトを寝かしつけるために、3人一緒に布団に入る。恵子は、ヒロトに昔話を聞かせている。いつもなら、それに釣られてタケシもウトウト始まるのだが、今夜は、なかなか目が閉じようとしてくれない。

 寝付けぬままボンヤリと布団に入っていると、タケシの意思とは関係なく、向こう側から不安が襲ってくる。なるべく頭の中を空っぽにして、考えないようにしようと思えば思うほど、不安は大きくなった。それを振り払うように、背中を丸めて頭の上から布団をかぶり、悪魔のささやきが聞こえぬよう、指を耳に突っ込んだ。

 しばらくして布団から顔を出すと、恵子の昔話は、2人の寝息に変わっていた。

 (この2人を、路頭に迷わすわけには絶対にいかない……)

 布団になど、入っていられなかった。2人を起こさぬように体をそっと起こすと、タケシは寝室を後にした。とりあえず、何かを始めなければ不安で仕方がない。リビングにある通勤カバンの中からペンと手帳を取り出し、起業に必要なことを書き出してみることにした。

 (一体、何から手をつけたらいいのだろう? 当面の生活費の確保と、仕事の確保と、それから……)

 当たり前のことしか浮かんでこない。

 数年前の起業ブームのときに、あこがれで買ったビジネス書があったことを思い出した。本棚からそれを取り出し。適当にページをめくる。「ビジョン」「ミッション」「事業計画」「ビジネスモデル」といった、どこかで聞いたことがある言葉が、ところ狭しと並んでいる。

 「ビジョン」「こころざし」「社会的意義」……今までだって何度も聞いたことがあるし、それはとても大切なことだと、頭ではわかっている。「お客様のために」「社会が良くなるように」――格好いい言葉を並べることはできるが、今の、不安だらけのタケシにとって、「ビジョン」のような前向きな気持ちは浮かんでこない。それらは絵に描いた餅のようで、全然リアリティがなく、気持ちに響くものが何もない。

 (オレにとってのビジョンってなんだろう?ビジョンを持てないオレって、ダメなヤツなんだろうか? ビジネスモデル? 儲ける仕組み? ……全然わからないや。こんなことで、本当に大丈夫なのかな? オレ……。)

 時間をかけても、手帳は白紙のままだった。

 (とりあえず、簿記でも勉強して、お金の流れでも知っておいたほうがいいかな?)

 ノートパソコンの電源を入れ、オンライン書店で、レビューの評価が高い簿記の本を注文した。

 会社の昼休みに、神谷に電話をした。

 「近藤です」

 「あぁ、近藤君?起業、よく決心したね。応援するよ。今の心境は?」

 「昨日、『よしっ』と決めたときは意気揚々でしたが、一晩たったら、すごく不安になってきました」

 「そうだろうね。僕たちは、今まで経験がないところに足を踏み入れようとするときに不安になる。例えば、今まで入ったことのレストランに入るときだって、『この店、おいしいのかな?』と不安になり、迷うぐらいだ。

 これから大きな一歩を踏み出そうとしているんだから不安に思うのは当然のこと。みんな、最初は不安なんだ。でも、その不安は、近藤君を危険から守るための安全装置だと考えて欲しい。多くの人は、この安全装置が働くと、そこでとどまってしまう。だから、決断しただけでもすごい勇気なんだ。その勇気がある自分を褒めてあげて欲しい。」

 神谷の言葉には、いつも勇気付けられる。

 「さて、早速だけど、起業するためにはやるべきことがいくつかある。今、メモできるかな?」

 携帯電話を左側の肩に挟み、右手にペンを持つと、タケシは神谷の声に耳を傾けた。

 「さて、起業するうえで、まず最初にやるべきことはなんだと思う?」

 「そうですね、ビジョンやミッション、事業計画やビジネスモデルを決めることですかね?」

 昨日、ビジネス書で読んだ言葉をそれっぽく並べてみる。

 「そうだね。それも大切なことだね。でも、今の近藤君にビジョンが浮かんでくる? 多分、不安が一杯でそれどころじゃないんじゃないかな? もちろん、ビジョンを持つことは大切なことだけど、それほど慌てなくても、仕事におけるビジョンは、時期が来たらちゃんと浮かんでくるから大丈夫。

 また、事業計画書やビジネスモデルも確かに大切だけど、近藤君の場合は、仕事を1人で始めるんだよね? 1人なら小回りも利くし、事業計画書を銀行に出して融資を受けるわけではないから、近藤君がどうなりたいのかをはっきりさせて、「今、ここ」で、できることは何かを考え、実際にいろいろと試しながら考えることもできる。

 それを踏まえた上で、今、考えておきたいことは2つある、「生活の確保の確認」と「ご家族の同意」だ。

 まず、生活の確保についてだ。毎日を安心して暮らせないと、不安で仕事どころではなくなってしまう。生活といえば、お金が必要だよね。1年間ぐらい働かなくても生活できるぐらいの余裕があると安心だ。家族3人なら、300万円ぐらいあればどうにかなるだろう。余計な出費を抑えれば、それでも十分豊かに生活できる。近藤君の貯金をかき集めて、どのぐらいあるか調べて欲しい。もし、足りなければ、親御さんなど、身近な人に借りるのもいいだろう。

 僕の意見では、この時期 ……つまり、軌道に乗る前のスタート時期は、できるだけ出費を抑えたほうがいい。実家に住むことができるのなら、家賃を払う必要もなくなるからそれもいいね。親御さんも、一緒に住むことができて喜ぶかもしれないしね。幸い、近藤君は、技術力とアイデアで仕事を生み出すんだから、仕事場所も比較的自由だし、レストランを経営するような、一か八かで大きな借金をしなくても大丈夫。」

 タケシは、「300万円確保」と手帳に書き込んだ。

 「次に、ご家族の同意だけど、いきなり『プログラマで飯を食っていく』と宣言しても、『はい、そうですか』と言う家族はまずいない。奥さんなら『どうして今じゃなきゃいけないの?』と生活が不安になるだろうし、親御さんなら、腹を痛めて産んだ子供に、安定した生活を送ってもらいたいと願うだろう。ひょっとしたら、『こんな不景気な時代に、なんてバカなことを……』と喧嘩になってしまうかもしれない。

 こんなときに、事業計画書やビジネスモデルを綿密に作ってご家族に説明しても、意味がまったく通じずに、逆に、大きな壁を作ることになるだろう。

 家族にとって最大の不安は、お金や生活の心配だ。「今、独立なんかして本当に将来大丈夫なのか?」という不安を拭ってあげる必要がある。その不安を乗り越えて、ご家族に応援してもらうには、これから話す流れでご家族に説明すればうまく行くだろう」

 タケシは、次の言葉に耳を傾けた。

 これは物語です。話の展開上、特定の個人、企業、商品名等を連想させる表現が場合によってはあるかもしれません。いずれの場合においても、それらを批判、非難、中傷するものではございません。また、こうすれば絶対にうまく行くという保証をするものでもありません。主人公が成長する過程で起こりうる思考や体験を再現するものとして、ご理解いただければ幸いです。

小説「わたしのみらい」―奇跡のイメージ

2010/02/03 19:40:00

 あるエンジニアの歩み方を小説として連載しています。初回の物語はこちら、前回の物語はこちらです。

 「じゃあ、変な質問をするようだけど、ちょっと想像してみて欲しいんだ。もし、明日の朝起きたら、今の問題がすべて解決していて、何でも思いどおりになっているとしよう。どうなっていたらうれしいと思う?」

 「何でも思いどおりになっているとしたらですか? そうですね。まず、転籍がなくなっていたらうれしいですね」

 「そりゃあ、転籍がなくなっていたらうれしいよね。でも、転籍の話はもう起きてしまったことだし、過去の出来事は変えようがない。過去は変えられないけど、未来なら変えられるよ。発想を未来に傾けてごらん。もし、今の問題がすべて解決して、何でも理想どおりになっているとしたら、どうなっているとうれしいだろう?」

 「そうですね……どういう形で働いているかはともかく、今までは自分の意思に関係なく、上司に言われてやらされる仕事が多かったので、できることなら自分の仕事は自分で決めたいんです。好きな仕事だけを選んでやりたい。そうすれば、もっと集中して、夢中になって仕事ができるんじゃないかと思います。後は、お客さんから喜んでもらいたいです。『近藤さんにプログラムを作ってもらってよかった』って言って欲しいなと思います」

 「それを現実にするためには、どんな手段が考えられそう? 最初の一歩でもかまわないよ」

 「手段ですか?……今は、よく分かりません」

 「本当は分かっているんじゃない? 今、できるかできないかを考えているでしょう? 朝起きたら、何でも理想どおりになっているんだよ。たとえ話でいいんだよ。『例えば……』に続く言葉を考えてごらん」

 「例えば――ボクのような考え方でもいいと言ってくれている企業を探す。他には――そうですね――、家族もいますし、現実的ではありませんが――独立する。あと何があるかな? 神谷さんの会社に入れてもらう」

 「僕の会社に? ははは、まあいいだろう。もし、その中でもっともワクワクすることを選ぶとしたらどれにする?」

 タケシは迷った。

 (今から転職先を探しても、またこの1カ月間の繰り返しかもしれない。独立するって言っても、何をどうしたらいいのかわからない。神谷さんの会社に入れてくれたらラッキーだな)

 「また、できるか、できないかを考えているでしょう? あ、僕の会社には今、人は足りているからね、念のため」

 すべてを見透かされているようだった。

 できるか、できないかを考えなくていいんだったら、独立することにしようか。でも、どうしても現実を考えてしまう。

 「さて、どうしたい?」

 「できるか、できないかは関係ないんですよね。じゃあ、独立することにします」

 「オーケー。じゃあ、独立して、プログラムを作ってワクワクしている自分を想像してごらん。どうやってそうなったかは考えなくていい。独立してうまくいっているところを想像すればいいよ」

 「想像っていうのが、いまいちよくわからないんですが……」

 「想像っていうのは、頭の中でイメージすることさ。じゃあ、少し練習してみよう。例えば、今日の朝ごはんは何を食べたの? それを思い出してごらん。目の前に、食卓の映像なんかが浮かんでこない?」

 そういわれると、朝に立ち寄ったファストフードのセットメニューが目の前に思い浮かんだ。

 「そう、その感じ。それがイメージ。そのときの匂いを思い出してごらん。おいしそうなにおいがするでしょう?」

 おいしそうはハンバーガーのにおいがしてきた。

 「何か聞こえているものはある?」

 店員が「いらっしゃいませ~」とレジの方で接客している声が聞こえる。

 「想像っていうのは、そういうことさ。じゃあ、独立して、プログラムを作ってワクワクしている自分を想像してごらん。どんな場所で、どんな仕事をしているのか? お客さんは誰なのか? その仕事をしているとどんな気分になるのかを想像してみるんだ。そうだな、独立して仕事がうまく行っている人を今までテレビで観たことはないかい?」

 以前、独立して仕事が軌道に乗っている若手社長がテレビで紹介されていたことを思い出した。その社長と、自分を置き換えてみることにした。

 「今、何している?」

 「モニタの前で、プログラムを作っています」

 「今そこは、何年後ぐらいなの」

 「う~ん、そうですね~。3年後ぐらいかな?」

 「どんなプログラムを作っているの?」

 「そこまではよく分かりませんが、顧客から頼まれたプログラムを作っているみたいです。Webのシステムかな?」

 「Webのシステムを作っているんだね? 今、どんな気分で作っているの?」

 「そうですね。なんだか心から楽しんでいるというか、胸の奥のほうから満たされているような感じがします。自分で仕切っている……みたいな」

 「顧客からはどんな評価をされているの?」

 「そうですね。喜んでいただいているようです。細かいところまでよく気がついてくれるって」

 「そう、それはよかったね」

 深呼吸した。とてもいい気分だった。

 「今、イメージの中で、近藤君は独立をして、軌道に乗り始めていると思う。自信に溢れているかもしれないね。今、そこにいる近藤君から、3年前に悩んでいた近藤君にアドバイスすることができるとしたら、どんなアドバイスをしてあげたい? 何から始めたらそこにたどり着けるのか、教えてあげてくれないかな?」

 (独立して理想の仕事をしているこの状況から、悩んでいる自分にアドバイスをするとしたら、どんなアドバイスをするだろう? 勇気をもって、一歩踏み出して欲しいとアドバイスしたいな)

 「勇気を持って、一歩踏み出せって言ってあげたいです。それと、今できることから、何か始めてごらんって言ってあげたいです」

 「わかった。本当にありがとう。では、イメージするのはここで終わりにしよう。お疲れさま」

 小学生の頃、タケシは宇宙飛行士になりたかった。ブラウン管のテレビに映し出される青い地球の映像を見て「あの、広い宇宙から青い地球を眺めたら、どんな気分なんだろう?……」と、目を閉じて、まるで本当に宇宙飛行士のように宇宙空間を浮遊していることをイメージするだけでワクワクしたことを思い出していた。とにかく、自由だった。

 久しぶりの感覚は、何だか懐かしく、何だか新しかった。この自由な空間をいつから忘れてしまったのだろう? 今なら、「宇宙飛行士になれるのは日本の中でもわずか数名だ」などと、すぐに現実を考えてしまう。サラリーマンになってから今まで、いつも現実しか考えてこなかった。ワクワクすることなど忘れて、「しなければならない」という言葉が口癖になっていた。小学生の頃のボクが36歳のボクを見たら、どう思うのだろう?

 「ここまで話してみて、どう?」

 穏やかな神谷の顔つきが、なんだか変わったような気がした。

 「そうですね今まで、悪いことが続いていたので、最悪の状況ばかり考えていて、自分がうまくいっている未来なんて想像したことがなかったので、なんだか新鮮でした。でも、現実を考えれば、独立がそう簡単に実現するなんて思えませんし、確かにイメージすることでテンションは上がりますが、正直なことを言えば……単に空想していても、あまり意味がないことのようにも思います。第一、独立するにしても何から始めたらいいのかわからないので、とても不安です」

 「それはそうだろうね。僕もここまでくるまでにはそういう時期があったから、その気持ちはよく分かるよ」

 今は経営者になっている神谷も同じような時期を過ごしていたと聞いて、少し安心した。

 「そう言えば、この間のコーヒーショップの別れ際に、ボクが転職した後のことを聞きたがっていたね。今日は、今まで何をしてきたかを話してあげるよ。

 スタットシステムズを辞めて、僕は小さなソフト開発会社に入ったんだ。その会社の社長と面談したとき、技術力を生かしてくれと言われてね。これからもプログラムが作れると思うとうれしかった。

 それから、ある大きな企業の情報システム部に常駐するようになったんだけど、これがもう最悪でね。思うようなプログラムも作れなかったし、毎日が顧客からのプレッシャーやストレスで本当に大変だった。心身ともに疲れてしまってね。プログラムを作りたいという意欲すらなくなってしまったんだ。

 そこで、心と体が壊れそうになるぐらいつらい思いをするのなら、『もう会社に頼るのはやめよう』『何かに依存して生きるのはやめよう』と思って独立したんだ。もちろん、今の近藤君のように、自信なんてまるでなかった。どちらかといえば、必要に駆られて……という感じのほうが近いかな。

 僕が独立したころは、ちょうどブログが流行りだす少し前でね。インターネットでホームページを作る会社が増えてきていたけれど、気軽に更新できないような時期だったんだ。そこで、ホームページを気軽に更新できるシステムを作ったんだ。

 まだ、メールマガジンなどもそれほど発行されていなかったから、どのようにホームページを作ったらいいか、どんな情報を発信したら、ホームページを通じて顧客と出会うことができるのかを、自分で作ったホームページ更新システムで試しながら、情報発信していったんだ。今ではさすがに少なくなったけれど、当時はWebに商品を載せれば儲かると思ってホームページを立ち上げては見たもの、全然アクセスがなくて、困っていた中小企業の人が多かったからね。その人たちに僕が発信した情報が受け入れられ、仕事が増えていったってわけ。それから、情報発信のコンサルティングやホームページの更新システムで事業が拡大して、今に至っているんだ。

 もちろん、最初からすべてがうまくいったわけではないけどね。でも、今となってみれば、すべていい体験になったと思う。

 今では、あのとき、顧客からプレッシャーをかけられて毎日がストレスだらけだったことにも感謝しているんだ。そんなことがなければ独立しようなんて思わなかっただろうし、今のように自分の意思で仕事をするという環境も手に入っていなかったと思うからね。

 『ピンチはチャンス』なんて、最近、なんだか交通安全の標語みたいに軽い言葉になっているけど、これは、ウソじゃないと思う。ピンチが自分に降りかかってきたとき、普通なら「ついてないな~」ぐらいで、結局何もしないで終わっちゃう。

 でも、これは僕が今まで体験してきた中で思うことなんだけど、ピンチは新たな何かを始めるための「変化のお知らせ」のようなものだと考えるようになった。ピンチを他人のせいや社会のせいにしないで、そこに向き合ってみる。それを超えたときに、仕事や、考え方の大きな変化が起こることが本当に多かった。だから、最近ではピンチがあまり怖くなくなったんだ。もちろん、ピンチはつらいけどね。でも、それを乗り越えたときに見る景色は、まるで、登山をしているときに、山を登りきる瞬間に急に視界が開けるような、そんなすがすがしさすら感じるよ。

 近藤君は今、色々と悩んでいるよね。そして、これまで転職活動をしてきて、誰かや何かに合わせたままでは、自分がやりたい仕事ができないということはよく分かったと思う。

 そこで、今、近藤君の身の回りで起きていることは、なんらかの「お知らせ」と考えてみてはどうだろう?

 さっき未来をイメージしたときに、できる/できないはさておき、独立することを選んだよね?そこで、起業も選択肢の1つとして考えてみてはどうだろう? そうは言っても、もちろん、不安だと思うけどね。その気持ちはよくわかる。僕もそうだったから。

 ピーター・ドラッカーという人は、こんな言葉を残している。

 「自らの未来をつくることにはリスクが伴う。しかしながら、自ら未来をつくろうとしないほうが、リスクは大きい」「明日を支配するもの―21世紀のマネジメント革命」 P.F. ドラッカー ダイヤモンド社

 自分のやりたい仕事をしていくためには、自分の道は自分で切り開く必要がある。今成功しているように見える人だって、誰もが最初からうまくいっていたわけではないということを考えてみて欲しい。現実から目をそらさず、他人のせいにしないで、目の前のできることから行動してきたからこそ、つかんだんだと思う。

 正直に言えば、僕は、誰にでも起業を勧めるわけじゃない。安定に生活することだって、家族を持っていれば当然の欲求だし、人はそれぞれいろんな生き方があるから、それはそれでいいと思う。だけど、今の近藤君のように大きな挫折を味わった時、本当に悩んで、それでもどうにか変えたいという人にとって、起業という選択肢は決して悪いものじゃないし、今はまだわからないかもしれないけれど、近い将来、自分の人生を自分で舵取りしていくのはとても楽しいということに気づく日が来ると思う。

 近藤君が、一歩踏み出してみるのなら、僕はキミをサポートしてあげたいと思う。だけど、急に独立なんて言ってもすぐには決意できないだろう。近藤君は結婚しているのかい?」

 「はい、保育園の子供も一人います。」

 「そうか、ちょうどかわいい時期だよね。それなら、なおさら不安だろう。奥さんの同意も必要だ。きっと、親御さんへの報告もいるよね。それはともかく、まず、近藤君の意思が重要だ」

 「分かりました。今すぐにっていうのも無理なので、しばらく時間をいただけませんか?」

 「もちろんさ。結論を先延ばしにするのは、悩みをずっとひきずることになるからあまりいいことではない。いつ、結論を出す?」

 「そうですね……1週間考えてみたいと思います。」

 「わかったよ。1週間十分に考えてごらん。そうだな、頭で考えようとすると損得計算を始めてしまうし、不安なこともたくさん出てくるだろう。重大な決断こそ、できるかできないかではなく、自分の本心に問いかけてみて欲しい。自分を信じ、自分の直感を信じて欲しい」

 「分かりました」

 「せっかく居酒屋に来たのに、全然ビールを飲んでいなかったね。冷えたビールで乾杯しなおそう。よし、じゃあ、この後は難しいことは忘れて、楽しく飲もうじゃないか!」

 タケシは、少しだけ明るい未来があるような気がしていた。

 これは物語です。話の展開上、特定の個人、企業、商品名等を連想させる表現が場合によってはあるかもしれません。 いずれの場合においても、それらを批判、非難、中傷するものではございません。主人公が成長する過程で起こりうる思考や体験を再現するものとして、ご理解 いただければ幸いです。

小説「わたしのみらい」―転籍の意味

2010/01/26 15:48:37

 あるエンジニアの歩み方を小説として連載しています。初回の物語はこちら、前回の物語はこちらです。

 「もしもし、神谷さんですか? あの~近藤です。この間、コーヒーショップで久しぶりにお会いした近藤タケシです」

 神谷と偶然に再会してから1カ月。タケシは神谷に電話した。

 「おー、近藤君か。どうした? 何かあった?」

 「ええ。実はあの後、転職しようと思って何社か面談を受けたんですけど、どうもうまくいかなくて……」

 「あ~、この間コーヒーショップで話していた転職の話ね。うまくいかないっていうのは、具体的にはどんな風にうまくいかないの?」

 「えっとですね~、先日もお話したと思うんですけど、ボクはプログラマとしてメシを食っていきたいと思っているんです。そこで数社と面接を受けたんですが、そこでいわれるのは決まって『リーダーになって欲しい』ということなんです」

 「なるほど。本当はプログラマでメシを食いたいのに、リーダーになって欲しいといわれて、今後どのようにしたらいいのか悩んでいるんだね?」

 「そうなんです。そこで、この間お会いしたときの『何か悩みがあったら連絡してもいい』という言葉を思い出して、思い切って電話してみました。突然の電話ですみません」

 「そうだったんだね。事情はよくわかったよ。でも、よく電話をしてくれたね。大切な悩みを相談してくれて本当にうれしいよ。悩むっていうのはさ、本当はこうでありたいって思いがあるからこそ悩むんだよ。だから大いに悩めばいいさ。大丈夫、きっとうまくいくよ」

 “大丈夫”という言葉を聞いただけで、タケシはなんだか癒された気がした。

 「それで、どうしようか。近藤君はどうしたい?」

 「そうですね。とりあえず、一度お会いして話を聞いて欲しいなと思っています」

 「分かった。じゃあ……」

 2日後の夜に会うことを約束して、タケシは電話を切った。

 2日後の夜7時、タケシは神谷が指定した居酒屋に向かった。「軽くお酒を飲みながら考えた方がリラックスして本音が話せるだろう」という神谷の心遣いが、タケシにはうれしかった。

 電車から降りると、天気予報に反して局地的な雷雨に見舞われた。駅を出ると道路を挟んだ向かい側に、待ち合わせた店の看板が目に入る。タケシはかばんを頭の上に抱えて、横断歩道をダッシュした。幸い、あまり濡れずに済んだ。

 肩についた雨を右手で払いながら店に入ると、威勢のいい店員に出迎えられた。神谷の名前を告げると、細い店内の奥にある個室へ案内された。神谷はすでに到着していた。

 「お疲れさん」

 神谷はいうと、タケシを案内してくれた店員に、生ビールを2つ注文した。

 「やぁ、約1カ月ぶりだね。今までずいぶん悩んできたようだね。顔を見ればわかるよ」

 気持ちは顔にも表れているのだろうか?

 生ビールが運ばれてきた。

 「今までお疲れさま。そして、これからの前途を祝して」

 2人はグラスを合わせた。軽く口にする神谷とは対照的に、タケシは半分ほど一気に飲み干す。さっき、ダッシュしたからだろうか? いや、今日の展開が読めずに、口が渇いていたからだ。

 「さてと……面談にいっていろいろあったようだけど。そのあたりから話を聞いていこうか。この1ヵ月を振り返ってみて、どうだった?」

 「そうですね、意気消沈というところですね」

 「そうか、意気消沈か」

 「う~ん、なんというんでしょうね。先週、電話でお話した通りなんですけど、この1カ月間にいくつかの会社の面談を受けてみました。『ずっとプログラマでい続けたい』というボクの思いとは対照的に、ボクの年齢で求められるのは『人をまとめる』ことばかりで。思い通りにいかない苛立ちや、自分自身を否定されたような悲しさや、早く就職先を見つけなきゃという焦りなんかがあって、やるせないというか……正直ちょっと疲れましたね。なんかこう、うまく言葉にできないんですけど……」

 「大丈夫、ちゃんと伝わっているよ。そうだよね。やるせなくなっちゃうよね」

 タケシは、誰にも話せない胸のうちを聞いてもらっているだけで、この1カ月、胸の辺りでモヤモヤくすぶっていた何かが、少しずつ晴れていくような気がした。

 「ところで……この1カ月、いろいろと悩んだと思うんだけど、そのおかげで気づいたことや分かったことってある?」

 「そうですね……。ボクたちの年代で求められているものが改めてよく分かった気がします。世間一般では人をまとめる立場にならなきゃいけないんだなって。もっとも、それは当たり前というか、自然の流れとしてよく分かっていたんです。これまでいろんなプロジェクトで仕事をしてきて、リーダーがいなければ仕事は回らないのはよく知っていますからね」

 「そうだね。リーダーの存在は重要だよね。確かに世間一般はそうかもしれない。でも、近藤君はずっとプログラマの仕事をしていきたいんでしょ?」

 「はい」

 「少し見方を変えて考えてみよう、今、近藤君は『これからプログラマで仕事を続けるのは難しい』という否定的な面ばかりに目を向けているように思う。だけど、同じ出来事にも、否定的な面だけではなく、肯定的な側面もあると思うんだ。例えばね、今日、店に入るとき、どしゃぶりだったよね? 雨が降ると、一般的には気分がどんよりする。では、雨はいつも気分を沈ませる悪いヤツなんだろうか? うちの実家は四国で農業をやっているんだけど、今年の夏は雨が降らなくて大変だったらしい。つまり、雨には大地を潤し、作物を育てるという側面も持っているわけだ。雨が降っていると、なんでこんなこんなときに雨降っちゃったんだよ~って思う。けれども、雨を天気に変えることはできないけれど、雨の肯定的な側面に気づくと『そうか、雨も必要なんだな』ってことになる。そうだろ?」

 「そうですね。つまり、この1カ月の出来事は悲惨だったけれど、見方を変えれば何か役に立つことがあるかもしれないって意味ですね?」

 「そういうこと。さすがセンスがいいね。では、少し視点を変えて考えてみよう。今後プログラマとして仕事をしていく上で、この1カ月で気づいたことや分かったことはある? 『この1カ月悩んだおかげで……』とか『転籍なったおかげで……』みたいに、『おかげで』につながる文章を考えてみるといいと思うよ。あまり難しく考える必要はない。ゲーム感覚で気軽に考えるのがポイントだよ」

 今まで、否定的な考えしか思い浮かばなかったタケシにとって、このゲームはなんだか面白そうだった。

 「そうですね~。この1カ月のおかげで……、なんだろう? 今まで自分と向き合うことなんてなかったけど、改めて自分が何をしたくて、何をしたくないのかを確認できた」

 「いいねえ、その感じ。他には?」

 「はじめて転職活動をしてみて、いまの自分の市場価値が分かった」

 「うん、それから?」

 「会社がずっと守ってくれるわけじゃないということが分かった。会社に依存しているだけではなく、自分の将来は常日頃から考えておく必要があることが分かった」

 「そうそう、その感じ」

 「はじめて独立を考えてみた……面倒くさいと思ったけど(笑)」

 「うん、正直でいいよ」

 「あ、そうだ、大事なことを忘れていました。転籍になったおかげで、こうして神谷さんに再会できた!」

 「あはは、うれしいことを言ってくれるじゃないか。そうか、この1カ月で、たくさんのことを学んできたってわけだ。普通、よほどのことがない限り自分の将来を考えるなんてことはまずない。だからこそ、この機会を大切にして欲しいと思うんだ」

 肯定的なことを考えていたら、今回の転籍にも、何かしらの意味があるように思えてきた。

 「じゃあ、改めて聞くけど、これからどうしたい?」

 「そうですね。やっぱりプログラマとして仕事をしていきたいと思います。でも、今のままではだめだとは分かっても、どうしたらいいのかが全然分かりません」

 これは物語です。話の展開上、特定の個人、企業、商品名等を連想させる表現が場合によってはあるかもしれません。 いずれの場合においても、それらを批判、非難、中傷するものではございません。主人公が成長する過程で起こりうる思考や体験を再現するものとして、ご理解 いただければ幸いです。

小説「わたしのみらい」―36歳、転職の現実

2010/01/14 18:45:00

 あるエンジニアの歩み方を小説として連載しています。初回の物語はこちら、前回の物語はこちらです。

 (独立か…)

 今までも考えたことがないわけではなかった。独立して自分がやりたい仕事を好きなようにできることに、一種の憧れのようなものを持っていた。システムを作る技術力やセンスには自信がある。以前パートナー会社の社員にこんなことをいわれたことがある。

 「近藤さんって、スタットシステムズのブレインですね。技術的に難しそうなシステムでもきっちりと作ってくれますし、不具合も少ない。だから、近藤さんに任せておけば安心できます。近藤さんの実力なら、独立しても大丈夫なんじゃないですか? 応援しますよ。」

 独立したら、パートナー会社が仕事を回してくれるかもしれない。

 (独立するためには、プログラミングのスキル以外に何が必要なんだろう? パートナー会社と取引するってことは、少なくてもお金に関する知識は必要だよな。請求書ってどうやって出せばいいんだろう? 領収書ってどうやって事務処理するのかもわからない。今までは経理任せだったもんな)

 憧れがある一方で、独立するためには何が必要なのかを考えれば考えるほど面倒臭くなる。とりあえず転職先を探すことにした。

 上司の笠原に転籍の話を聞いてから1週間が経とうとしていた、会社は3日休んだが、いつまでも体調不良という理由で休むわけにもいかないし、今進行中のシステム開発を止めて仲間に迷惑をかけるわけにはいかない。

 タケシは仕事を続けながら転職活動をしようと考え、インターネットの転職サイトに登録した。この転職サイトでは、転職の条件や職務経歴を匿名で登録しておくと、企業側からオファーをくれるような仕組みになっている。登録して1週間後、「あなた様のスキルや経験を弊社で生かしませんか?」というようなオファーのメールが数社から届いた。その中の数社にメールで連絡を取り、面接の日程を決めた。

 「オファーのメールが来るってことは、オレも捨てたもんじゃないってことだよな」

 タケシは、届いたオファーメールに返信しながら、転籍を告げられ、失いかけた自信少しだけ取り戻せた気がした。

 ある日の午後、会社を半日休んで面接に挑んだ。スタットシステムズと同じ規模のシステム開発会社だ。転職が始めてのタケシにとって、面接で何を聞かれるのか多少の不安はあった。だが、リクルートスーツに身を包んだ新入社員じゃあるまいし、オブラートに包んだ奇麗ごとではなく、今思っている本音をぶつけていくことに決めていた。

 受付でアポイントの確認を取ると、応接室に通された。喉が渇いてしきりに唾を飲み込む。静まり返った応接室で革張りの椅子にすわり、深呼吸をする。胸の鼓動が早くなっているのがはっきりと分かった。

 (大丈夫。今までやってきたこと、これからやりたいことをそのまま話せばいい)

 しばらくすると、ドアをノックする音が聞こえた。50代後半と思われる大柄な男の後に続いて、40代前半と思われる、やや若そうな男が応接室に現れた。

 「お待たせしました。近藤さんですね」

 「はい、近藤タケシです」

 相手が名刺を差し出してきた。名刺を出そうと上着の内ポケットに手を入れかけたが、これから転職しようと言うのに、今の会社の名刺を出すのは不自然かと思い、慌てて手を下ろした。相手の名刺には、人事部長とシステム開発課長と書かれている。40台前半のこの人が、未来の上司になるのだろうか?

 椅子に腰掛けると、人事部長がこう切り出してきた。

 「この不況の時に、なぜ、弊社に転職しようと思ったのですか?」

 「実は……」

 会社からリストラされそう……と言いかけたが、印象が悪いかと思い、一度口から出そうになった言葉を飲み込み、こう続けた。

  「わたしはプログラムが作ることが好きです。システムを作ることが好きです。これまでも、大手企業など、数多くのシステム開発に参画してきました。特に、インターネットの技術を中心にしたシステム開発には自信があります。わたしは今後も、システム開発の現場で技術力を生かしたいと思っています。ですが、現在の会社ではスキルを生かすことができず、御社への転職を希望しました」

 「なるほど、技術者として活躍したいんですね。よくわかります。弊社にもそういう社員がたくさんおりますので。逆に、弊社ではリーダー層が不在で困っているのです。ところで、近藤さんはプロジェクトリーダーの仕事についてはどうお考えですか?」

 36歳という年齢を考えるとこの質問は妥当だった。ここで変にウソをついてリーダーにされても困る。自分の気持ちを正直に話すことにした。

 「わたしもこれまでチームで仕事をする機会もありましたので、プロジェクトマネジメントの重要性はよく承知しています。ですが、わたしは開発の現場に身を置きたいと思っています。先ほども申し上げたように、わたしはプログラムを作ることが好きなんです」

 この後、システム開発課長から、これまでどんな仕事をしてきたか、どんなスキルを持っているかをヒアリングされた。

 「近藤さんのお気持ちはよくわかりました。それでは、面接の結果は1週間ほどで改めてご連絡されていただきます。本日はご足労いただきましてありがとうございました」

 今日の面接が終わった。

 面接の結果の連絡はまだ来なかったが、その後もいくつかの会社の面接を受けた。どの会社に行っても、「将来はリーダーになって欲しい」という会社がほとんどだった。36歳という年齢を考えれば、それは、当然のことだと頭ではよくわかっていた。

 だが、タケシにとっての転職条件は「とにかくプログラムを作り続けること」。それが叶うのなら、少しぐらいは給料が下がってもいい。単純にプログラムを作りたい。ただ、それだけだった。一方で、それは、それ以上のことはあまり考えていないことを意味していた。

 ある面接で、小規模のシステム開発会社の経営者と面接を受けた。今までの面接のように「プログラマとして現場で働きたい。プログラミングを極めてみたい」ということを告げた。その言葉を聞いた経営者は、タケシにこういった。

 「残念だけど、プログラマとしては採用できないな。正直なことを言えば、プログラマならもっと若い人がいい。近藤さんは、仕事への情熱は前向きだし、プログラムを作り続けたいという気持ちはよく分かる。20代ならそれでもいいのかもしれない。だけどね、いくら『極めたい』と言っても、それだと趣味の域を超えていないんだよね。趣味はお金をもらってやるもんじゃない。お金を払ってやるものだよ。そんなに極めたいのなら趣味でやればいいじゃない。近藤さんの場合、視点が自分にしか向いていないんだよね。お金をもらって働くプロだったら、自分自身のスキルを極めたいだけじゃなくって、仲間とかお客さんとか、他の視点も必要なんじゃないかな」

 ショックだった。顧客への視点が必要なことぐらい、言われなくても分かっていた。純粋な気持ちでプログラムを作りたい……ただそれだけなのに、エンジニアのど真ん中にあるものを否定されたタケシは、人格を全否定されたような気持ちだった。

 (こんなに現場で働きたいという気持ちがあるのに、オレは、やりたい仕事をすることも許されないのか……)

 これが、36歳、転職の現実だった。

 これは物語です。話の展開上、特定の個人、企業、商品名等を連想させる表現が場合によってはあるかもしれません。 いずれの場合においても、それらを批判、非難、中傷するものではございません。主人公が成長する過程で起こりうる思考や体験を再現するものとして、ご理解 いただければ幸いです。

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コラムニスト プロフィール

竹内義晴
テイクウェーブ代表。ビジネスコーチ。エンジニア教育などに携わっている。

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