筆者は1970年生まれ。先輩から、情報技術者を目指す若い方へ生きてゆくためのコラムです。

隣の芝生が青く見えた時

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 確かに、ギスギスした職場があることは認めます。そこに利害がからむから。そこに評価がからむから。いっそ辞めるついでに上司と差し違えたろか、と思うほど、むかつく時もあるかと思います。ですが、ちょっと待って。

■隣の芝生が青く見えた時

 折角の良い雰囲気を一瞬でブチ壊すやつって自分以外にたくさんいるし、折角まとまりかけた会議の議論の結果を、後から遅れて来て一蹴したり。ましてや、それが直属上司だったら、救われない。しかも、立つ瀬がない。まあ、職場のギスギスを作り出しているのは、冷静に考えると、決してあなたではないということ。そんな職場もあること。これをまず思ってください。

 でも、世の中にはもっと劣悪な職場があって、例えば、僕がサーバを構築している間にOS(Windows 2000 Server)を同僚に盗まれたり、DNSの設定ができないからといって、あからさまに嫌な態度を取る先輩社員とか。二代目社長が、古株営業マンを統率できないでいるから、僕がトイレ掃除を断っただけでクビにさせられたとか、営業に行けと言われて、断っただけでクビにさせられたとか、それはもう、ありとあらゆる種類のイヤガラセを受けました。なので、生きているだけで、いろいろありますよ、そりゃあ。

■国を捨ててどこへ亡命するか

 じゃあ、国(会社)を捨ててどこへ亡命(転職)するか、と言えば、このご時世なかなか空いた椅子はなかったりして、辛うじて空いた椅子は、今よりもっと劣悪な環境かもしれない。劣悪だからこそ、空いた椅子があるのかもしれない。ここを辞めようとする前に、そういうところまで、思いを致したことがあるだろうか。

 前の職場が靱本町にあって(大阪市西区)、いっつも6時に起きて、7時45分には家を出て、通勤急行に押し込まれて、御堂筋線に押し込まれて、電話で一次切り分けをやって、二次切り分けの外勤サポートを5件やって、家に帰れるのは午前0時、というのは珍しくなかった。

 バスがなくなったので、阪急門戸厄神から国道沿いに歩いて帰ってしんどかった、と上司に言えば、オレは靱本町から中百舌鳥(なかもず、堺市)まで、大和川を越えて毎晩歩いているんだ、下手をすれば、近所のビジネスホテルに自腹で宿泊しているんだ、と言われて、ぐうの音も出なかった時もありました。

■エンジニアを続けても、続けなくても、誰も困らない

 エンジニアを続けても、続けなくても、世の中は回っていきます。こういうことを「エンジニアライフ」で書くのも何ですが、もっと言えば、僕がエンジニアをやらなくても、誰も困らない。代わりの二等兵は、他に幾らでもいるし、二等兵が戦死したところで、すぐにでも忘れ去られるでしょう。会社に殺されてはかなわない。

 会社がために、病気にさせられたのではかなわない。なので、エンジニアを続けない、という選択肢もありますが、生活のために、また家族のために、やむを得ずにやっている、そんなのが実情ではないでしょうか。一部の例外を除けば。僕はのっぴきならない病気のために、辞めざるを得なかったわけですが。

■悩んでいる暇があるなら、今日は寝てください

 もし、あなたが夜悩んで寝られないことがあったら、僕はこう言います。明日の勤務もあることだし、クヨクヨしても1日は1日。ぐっすり寝ても1日は1日。上手にやり過ごしていってくださいよ。劣悪な環境は、ほかにいくらでもあるということを。明日の勤務に備えて、早めに寝てくださいね。何事も、Plan、Do、Action!! ぐちぐち思わず、計画を立てて何かをやってみる。マラソンを走っている最中は、走ることだけを考えればいいのです。

(エンジニアをしても、しなくても、明日はやってきますし)

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