社内SEの実態を公開

引き継がれるもの

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なんとか復職したものの、会社に来ると様々な感情に自分が支配されていきます。
周りに迷惑をかけた罪悪感。
あの時休まなければという後悔。
周りが手を差し伸べてくれれば、こんなことにならなかったのにという恨み。

誰か特定の人が悪いわけではないのですが、負の感情を抱えながら日々過ごしています。

この恨みという感情が厄介でして、水の中でもがいているような息苦しさを感じます。

職場に戻ってきて、周りを観察しながら与えられた仕事をこなしていました。3か月前は自席につく時間もなく、常に会議をしていました。ところが、今ではみんな黙って席についています。残業も多かったのですが、みんな定時ちょっと過ぎに帰っていきます。課題やシステム利用者からのクレーム、問い合わせが多かったのですが、メールや電話もほとんどありません。何故か......それはシステムベンダーに丸投げしているからです。未だにトラブルがあるようですが、当の情シスは対岸の火事と思っているのか、当事者意識がありません。その対応に恨みの感情を抱いてしまうのです。

ちゃんと引継ぎが出来なかった自分にも責任がありますが、そこまで丸投げされてしまうと、今までの自分の仕事はなんだったのだろうか......と思ってしまいます。


昔、突然上司が亡くなったことがありました。引き継ぐ時間なんてなく、必死で自分で調べて習得し、その上司が発案したシステムの再構築にこぎつけました。手を貸してくれた人たちはいましたが、コアの部分はブラックボックスで、自分で何とかするしかありませんでした。無茶なこともしましたが、おかげで自分の中でシステムの意義や思想が身に付きました。亡くなった上司の思いを引き継げたのだと思っています。

私が異動などで案件を他の人に引き継ぐとき、背景や概要を伝え、書類を作って引き継ぎますが、上手くいったためしがありません。現状についてはシステムの仕様書、課題一覧あたりを説明するのですが、今後の計画は利用者の話をじっくり聞いて、自分なりの発想で起案して、という感じて引き継ぎです。
「わからないことは都度聞いてね」と言っても、何がわからないのかが、わからないので質問がほとんどありません。
しばらくしてトラブルが発生し、どうしようもなくなった時に助けを求められます。仕方がないので助けてあげるのですが、自分で乗り越えないと身につかないのではと思っています。
そんな思いとは裏腹に、当の本人は身に着けようとは思っていません。
今回、突然私が居なくなり責任が降りかかりそうになると、みんな丸投げしてしまいました。


何故こんなに差が出るのでしょうか。上司が亡くなった時、自分一人で背負うこともなかったかもしれませんが、「やってやろう!」という気持ちになったのは何故?

生前に上司と過ごして知らずに引き継いでいた「情熱」だったのかもしれません。「情熱」を失っていた私は、周りの人には「情熱」を伝えることが出来なかったのでしょう。結局は自分の責任、周りを恨むのはお門違いですね。

Comment(2)

コメント

まんじゅ(´ん`)

お疲れ様です。地方でDevOpsごっこ見習いみたいなことをしているものです。
以下、ただの感想ですが。

熱意を伝えるのは大切かもしれないなとまずは思いました。
ましてやその熱意を伝えられなかったのも確かに自己責任かもなと思います。

しかしながら、熱意ってどうやって伝えるのでしょうね?
相手の知的好奇心のアプローチか、相手の将来を想像しながらのアプローチか、はたまたそんな理屈はどうでもいいから自分の姿をひたすら見せればついてくるのか。

とはいえ、私も精神をやってからエゴが強くなったように思います。今だけではなく、未来や周りの人たちのことを考える余裕を持って働くように努めないとと、就業中にこの様な拙い感想を書いておりました(この時点で意識が低い)。

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