社内SEの実態を公開

情報システム部門に配属されて 後編

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 いまだに思い出せません。そのときのラーメンの味を……。

 「何でも好きなの頼んでいいよ。コースでも食うか?」

 とA社のC部長に言われたが、私は無難なラーメンを頼んだと記憶しています。暦は12月28日くらいだったかな? 年末で冬休みに入っていました。

 「とりあえず、新年はこっちに出社しなさい。大変だったろうから、ゆっくり休みなさい」

 というような話をされました。「A社に戻って何がどうなるの?」って思いつつ、ひねくれながら生返事です。

■私を取り巻く状況

  • 主目的であるシステムの稼働を完了した直後でメンテ・フォローが必須
  • そのシステムを他部署への展開を打診されていた
  • A社はリスクが大きいと判断し、B社に対し撤退を示唆
  • B社の亡くなった上司は展開を強行。私を引き抜きにかかっていた

 A社の社長とB社の亡くなった上司の間で、すったもんだがあったようです。話し合いは平行線のままで上司は亡くなってしまいました。こういう状況ですが、というか、こういう状況になってしまったからこそ、撤退を強行しようとしているのでしょうね。経営者としては当然の判断なのかもしれません。人材が豊富であれば、追加で人員投入し、長期的な案件に育てることもできたでしょう。残念がらそんな人員もいなく、業務知識・経験も追い付けない状態です。私がある程度、経験を積んで育ってきたので、他のトラブル案件にアサインした方が安パイってことなのでしょう。小さなITベンダには分不相応な案件でしたので、ここでの撤退は妥当でしょうね。普通に考えて。

■無限ループな冬休み

 ただ、私の気持ちは無限ループで大晦日・正月を過ごしていました。こんな感じです。

 【スタート】 この状態で私がB社から抜けるのは人としてどうなんだ!引き継ぎもしておらず、B社の同僚も置き去りなんて。このまま抜けたら組織解体かも。見捨てられるわけがない! 突然撤退しようとしているA社にはもういられない!

 → じゃあ、転職して残るのか。エンジニアではなく社内SEとして。技術的なバックアップはもう期待できない。業務も知らない若造の私が1人でやっていけるのか。

 → A社は小規模な無名の会社。B社は誰もが知っている有名な会社。家族のことを考えるとB社に行くことはチャンスなのでは。

 → だからこそB社なんてやっていけるわけがない!すぐにつぶされて辞めてしまうに決まっている! ベンダじゃないんだぞ! 大して経験もないくせに……。

 → こういう状態でB社から撤退するのはしょうがないじゃないか。元の鞘にもどるだけ。SEとして経験を積み、プロマネを目指せばいいじゃないか。そっちのが楽だし。

 → 【スタート】に戻る

 私は決断力・行動力・実行力には定評があったのですが、さすがに悩みました。結論は出ないまま、新年を迎え、仕事始めになりました。

■憂鬱な仕事始め

 取りあえず、言われたとおりA社に出社しました。かなり久々。自分の席とパソコンが用意されていて、とある部署にアサインされました。「何をするんだ?」って感じです。

 「大変だったんだから、しばらくはゆっくり仕事してね」

 いろいろな人に同じこと言われました。仕事は研究開発っぽいもの。別に期限もなく、可能性を調べて開発するって感じ。できても、できなくても問題ないような。そして「ゆっくり」やらなくてはならないそうです。なんだそりゃ! みんな私のご機嫌をうかがっている感じで、非常にイライラしていました。B社の件はどうすんの?B社の同僚は!? 私の作ったシステムは!!!

 しばらくはB社に行けず、A社でダラダラ過ごしていましたが、向こうから呼び出しがあったようで、C部長と私で伺うことになりました。会議室に通されて、亡くなった上司の後任の方とお話をします。要するに「私さえよければ引き続きこちらで仕事をしてほしい」ということのようです。私の引き抜き云々はなかったことになっているのね……。また出向で働いて、落ち着くまでの後始末を1人でやらされ、A社にいずれは戻るのか? 何か振り出しに戻った感じです。私としては、B社に転職するか、今A社に戻るかという選択しか考えていませんでした。引き抜きの話もうやむやで、A社にも戻りたくない私はどん詰まり状態。そんなとき、私を導いてくれたのはある方々の存在でした。

■2人の言葉

 1人はB社で一緒に働いていた同僚の方。業務で分からないことを教えてもらいながら、システムを作れました。ただし、ちゃんと「何が」「どう分からないのか」を言わないと教えてくれませんでしたが。完成したときは一緒になって喜んでくれました。久しぶりに会ったとき、先ほどの話を含め、いろいろな相談をしました。「A社には戻りたくない、B社でやっていけるか不安、何をしたらいいのか……私はどうしたいのか!」って。同僚の方いわく、「大丈夫、B社で絶対やっていけるよ。入って嫌だったら辞めればいいしね。今辞めちゃだめだよ!」人事に話を付けてくれるって言ってもらいました。今でも感謝しきれないです。

 そして、もう1人はA社のC部長。今でも罪悪感があるのはC部長とのやり取りによるものです。実はC部長、一般企業の情報システム部門からA社にやってきたそうです。転職というよりも引き抜きに近いのか? その辺は分かりませんが。なんか、私の悩みとか、きっと決断するであろう未来まで見透かされているような感じでした。昼飯を食いながらいろいろな話をされました。

 「俺はここに来る前は○○社って所の情シスにいたんだよ。まあ、固い会社なんで、あれこれやるのも面倒だね。ほんと情シスって大変だよな、ユーザーからは文句ばっか言われるし……。今は無名の小さな会社だけど決断も早くていいよ。案件は大きくないけどな」

 私をA社に引き留めるわけでもなく、B社の情シスを批判するわけでもないのですが、C部長のお話は私の心を揺さぶりました。直接ではないのですが、言葉の端々に「頑張れ、お前ならB社でもっと大きな仕事ができる。ここにいても、お前の想像の範囲でしかキャリアは積めない。大変だが、お前なら乗り越えられる! 行けるなら迷わず行け!」というニュアンスを感じました。

■決断

 決心しました。決断のポイントは2つです。

  1. 無理やり撤退したA社の方針に対する反発心
  2. 亡くなった上司、周りの励ましの言葉、何よりも自分のため、B社で大きな案件をやりたい

 B社の同僚経由で「A社を辞めてB社に転職したい」と話をしました。すんなりとはいかなかったですが、正式に迎え入れてもらえることに決まりました。条件付で。それはA社に対してB社の社員になることを言わないこと。

 「いろいろあったので、しばらく実家に戻ります」とだけC部長には伝えました。普通それを聞いたら「次の仕事決まっているのか?」とか「辞めるんじゃない!」とか何か言われると思うのですが

 「そうか……分かった」と一言だけ。何かを察していたのかなぁ……。

 あれから何年たっても、この嘘は心に引っかかっています。正直に言えば理解してもらえたと思いますが、言ったところで私の自己満足でしかありません。SEから社内SEになるのは想像していたよりも大変でした。企業文化になれ、業務知識をある程度理解し、社内外に存在を認知され、自分自身「B社の社員になれた!」と感じるまでに10年ほどかかりました。「嫌なら辞めればいい」、1日1回は嫌なことがありますが、何とか食らいついて辞めなかったですね……。次のような決意をもっていたからかもしれません。

 「社内SEとはいえ、一般企業に転職するのであれば、営業でも経理でも何でもやってやるぜ! 辞めるときは大手企業のCIOにヘッドハンティングされるくらい実績を作ってからだ!」

 まだまだ実績はありませんので、ヘッドハンティングされるのは無理です!でも当時のシステム、当時の案件はすべて片付けました。胸を張ってC部長に報告したいのですが……。さすがに話す機会はありません。風の噂で知っているのかな? たまにそんなことを考えながらA社のホームページを見てたそがれています。

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