社内SEの実態を公開

情報システム部門に配属されて 前編

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 もう何年も前の話です。私の中の心の傷というか、罪悪感というか。「これでいいんだ」と肯定しながら生きてきましたが、「あの時、会社を辞めていなかったら、どうだったんだろう?」という後悔に似たような感情を持っていることも否定できない事実。

 今回のコラムは小さなITベンダから転職して、今の職場であるユーザー企業側の情報システム部門に転職したときの話です。

 世間はITやらインターネットやら、ホームページやらで騒いでいた頃。新聞の企業広告にURLなるものが表示されて「すげー」と思ったのを覚えています。それで単純にITの世界で働き、ホームページとか作って起業してやるぜ! とアホのような感覚でSEになることを決めたのでした。

 就職活動をしてみると「経験者募集」ばっかり。あっても「資格保有者」とか。無資格・未経験の私はどうしようか悩んだ末、「未経験でも可」という求人にかたっぱしから応募してみました。業務内容・会社名なんて確認もせず。何とか決まったのがA社でした。アルバイトに毛が生えた程度の待遇でしたが、「経験を積んで転職すればいいや」くらいの軽い気持ちでした。

 祝! 社会人です! 自分のパソコンが支給され、名刺をもらい、スーツを着て出勤するだけで一人前になることができた気がしました。とにかく早くプログラムをしたい一心で、空いてる時間は何か作っていました。関係ないのに仕様書を見せてもらったり、担当以外の仕事も手伝わせてもらいました。「残業=かっこいい」とか思っていた頃もありましたね~。

■異動命令

 1年ほど経った頃、上司に「今度、B社へ出向してくれ。前任者が辞めるから交代で」と唐突に言われました。私が今まで働いていたA社はシステム会社。B社は一般企業です。B社の情報システム部門に行け、って事のようです。「まあ、これも経験かな?」どうせ一時的だろうと思っていたので「分かりました」と答えました、がぁ!!!

 「やばいところに来てしまった。早く切り上げて自社に帰らないと!」

 初日で痛感しました。人の問題もありますが、一番大きな点はエンジニアは自分1人だということ。技術で困っても誰も助けてくれません。そして会話は業務中心。業務用語が当たり前のように使われています。まったくの別世界に来てしまいました。業務を一から教えてくれる雰囲気はなく、ふられた仕事は、

 「このシステムを稼働させろ!」です。

 前任者が1人で構築し、挫折したシステム。そんなもん、初日に言われて動かせるか!

 いきなり強烈はプレッシャーです。胃が痛くなりました。大きな問題は3つ。

  1. 動かないシステムの構成・仕様がよく分からない
  2. そのシステムがカバーしている業務が分からない
  3. どうして動かないのか、何が問題なのかが分からない

 救いのない状況。前任者を捕まえても、「もう僕やめるし、分からないよ」と言うばかり。しゃーないんで、1個づつ問題を片付けます。まずシステム構成。前任者がドキュメントらしいものを残さなかったので、プログラムから読み解きました。動かないプログラムを読み解くってのもなかなか切ない気持ちです。1人押し付けられた前任者の孤独と苦労が垣間見えます。

 プログラムを読んだんで、ある程度システムは理解しました。が、業務を理解するのは無理。物を売って計上するという考えがなかなか理解できなかったのです。そこの業務は簡単に言うとこんな感じ

  1. 国内で物を買う
  2. 買ったものを加工する
  3. 加工したものを輸出する

という貿易業務です。貿易実務の本を読んだりして大変だった記憶が。値決めも複雑な計算式で、ざっくり言うと

 売り単価=(仕入単価+加工賃(重量・材質あたりの係数で算出)+船積の費用(保険とか運賃とか)+海外の代理店の費用)×利益率

 おおよそこんな感じです。それを専門用語で言われるので理解するのに時間がかかりました。いきなり「CIFがどうのこうの」言われて見意味不明! そこで初めて「インコタームズ」なる存在を私は知るのです。参考までにCIFといえば、Cost, Insurance and Freight。運賃と保険料も輸出者が負担するってことですって。

 取引ごとに契約を入力して船積の状況を管理し、売上したり、仕入とか諸掛(この言葉も意味不明だった)を計上したり。そして月次決算が終了するのです。決算終了間近のシステムトラブルは即死なんで、月末は胃の痛みが……。

 そんな胃痛にも耐えてようやくゴールが見え始めました。不具合のあったプログラムですが、一から作り直す荒業で乗り切りました。やっと自社へ撤収! だと思っていたら、大事件発生。詳細は過去のコラム「ブルドーザー」を参照ください。

 A社に戻るか、B社へ残るか、すったもんだの最中に、ブルドーザー上司が亡くなってしまったのです。

■お通夜にて

 無常なことに、どんなに大事件が発生しようとも、業務は行われ、業務システムは動いているのです。お通夜の日、ギリギリまで担当するシステムの対応をしていました。「こんな日に!」やるせない思いでいっぱいです。

 「こんなんじゃお通夜行けないよ」心ないことを言う人も居ました。悔しかったです。

 年末の寒い中、何とか仕事を終えてお通夜に向かいました。色んな人に「これから大変ですね」と言われました。周りを見渡すと、遠くの方にA社の人達が見えました。私は話をしたくなかったんで、避けるよう離れていました。帰り道、何とも説明のつかない感情をこらえきれず、1人で泣きながら帰ったのを覚えています。

■お葬式にて

 気が重くて行くのを躊躇していました。でも最後なんだと思い、こっそり後ろほうに隠れて参列していました。話しかけられるのにうんざりしていたので。さすがに同じ部署の方に挨拶しないと、と思い、そそくさと近づいたのですが「どうも」くらいしか言葉が出てきません。同僚の目にはうっすら涙が……。

 「また、がんばっていこうね!」と同僚が言い終わらないうちに、背後に人の気配が!!! 振り返ると、A社の人達が私を取り囲んでいます。

 「ちょっと時間あるか?」

 しまった、逃げられなかった! 7~8人に取り囲まれて、拉致されるように昼飯に連れていかれました……。

 つづく

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