ふつーのプログラマです。主に企業内Webシステムの要件定義から保守まで何でもやってる、ふつーのプログラマです。

福袋をめぐる妻の戦争

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 世の中には、経験するまでわからないことがたくさんある、と細川マモルは思い知らされた。大晦日の午後、暖房の効いたリビングでぼーっとテレビを見ていたマモルに、2 歳年下の妻、ミユキが声をかけたのだ。
 「ね、これ見て」
 言いながらミユキがテーブルの上に広げたのは、一枚の大きな紙だった。A4のプリントアウト4枚をつなぎ合わせてある。印刷されていたのは、何かの施設の見取り図らしい図形の数々と、いくつもの書き込みだ。右側の1/4には時刻と文字列。スケジュール表のようだ。
 「これ、何?」
 「明日の行動予定よ」ミユキは当然のように言った。
 「明日?」マモルは食べかけのみかんを一房、口に放り込みながら訊き返した。「明日って、正月だよ」
 「当たり前じゃないの。明日は朝から福袋をゲットしに行くのよ。言ったでしょ?」
 マモルは記憶のページを慌ただしくめくった。そこに記載されていたのは、現在携わっているくぬぎ市案件のコンテナの仕様や、チケットの内容だったが、クリスマスの後に妻から言われた言葉が、確かに書いてあった。
 「あ、ああ、そうだった」マモルは頷いた。「忘れてないよ、もちろん。で、これは何?」
 「だから明日の行動予定よ」ミユキはテーブルの上を指した。「これに従えば、効率よく目標を達成できるはず。それには二人の綿密な連携とコミュニケーションが必須なの。だから、これからシミュレートするわよ」
 マモルは改めてプリントアウトを見た。
 「これはどこ?」
 「言ったでしょ」ミユキは夫を睨んだ。「トレッサよ」
 トレッサ横浜は、横浜市港北区にある、200 以上の店舗が入った複合商業施設である。この手のショッピングモールとしては珍しく、土日祝日でも駐車場が無料だ。結婚する前、マモルもミユキと一緒に何度か行ったことがある。
 「そうだっけ、ごめん。じゃ、これはトレッサのフロア図?」
 「そうよ。人気の福袋は競争率高いから、綿密な戦略が必要なのよ」
 戦略じゃなく戦術では? と思ったものの、それを口に出すほどマモルは愚かではなかった。代わりにフロア図を半ば感心し、半ば呆れながら見渡した。トレッサ横浜のホームページからハードコピーしたらしい画像に、それぞれの店舗の福袋の内容が詳しく記述されている。トレッサ横浜は、北棟と南棟に分かれていて、2階の連絡橋で繋がっているが、「左側通行!!」と注記まで入れてあった。
 正直なところ、マモルは福袋などに興味はなかった。現在の開発はピークで、12 月29 日までくぬぎ市の開発センターに通い、昨日も自社に出て残務をこなしていたのだ。新年の8 日からインテグレーションテストが開始になるので、やらなければならないことは山積していて、正月の出勤も覚悟していた。事実、エースシステムの今枝などはそのつもりでいたようだが、東海林など数人のプログラマが休みにすることを進言し、PLの白川がそれを認めたのだ。1 月の出勤は4 日からなので、マモルたちが得た正月休みは今日も入れて4 日間だ。マモルは蓄積した睡眠負債を少しでも返済しようと、ほとんど寝正月にする予定だった。
 だが一方で、ミユキには新婚早々、いろいろ不安な思いをさせてしまったことについては、とても申し訳なく感じていた。ミユキも同じ業界だが、勤務しているのは準大手システム会社の総務部なので、残業がほとんどない。サードアイのように、日付が変わってもまだ仕事をしていたり、土日でも出勤になる会社など、ミユキの常識からすればブラック企業としか思えないだろう。ことあるごとに、一緒にいられる時間が少ないことの不満と不安を洩らしており、マモルには耳が痛かった。せめて福袋ぐらい付き合わなければ、家庭の危機につながりかねない。
 そう考えてフロア図の右側のスケジュールを見たマモルは目を剥いた。
 「9 時!?」
 「え、なあに?」ミユキが笑顔で訊き返した。
 「この9 時って」マモルはスケジュールの先頭を指した。「朝の9 時のことだよね」
 「当たり前でしょ」
 「9 時に家を出るってことは......」
 「違うよ」ミユキは平然と訂正した。「よく見てよ。それは到着時間」
 「......」マモルは絶句した。
 「こっからトレッサまで、どれぐらいかな? そんなに道は混んでないはずだから、まあ40 分ってとこかなあ」ミユキはスマートフォンで経路を調べながら呟いた。「だから家を出るのは、少し余裕を見て、8 時10 分にしよっか」
 今さらながら、マモルは自分の思慮の浅さを思い知らされた。せいぜい、昼過ぎにのんびりと家を出ればいいだろう、ぐらいに考えていたのだ。
 「ねえ、提案なんだけどさ」マモルはおそるおそる言ってみた。「正月は家でゴロゴロしてることにしない? ほら、銀英伝、一気見とかしながらさ」
 「魅力的な提案だけどダメ」ミユキはにべもなく却下した。「アニメはいつでも見られるけど、福袋は明日じゃないと買えないからね。じゃ、説明するからよく聞いていてよ」
 マモルは諦めてフロア図を見た。
 「まず車をどこに駐められるかが重要よ。ベストなのは、ここ、南棟1 階サンワ前の平面駐車場なんだけど、駐車可能な台数が少ないし、他の人も最初にここを狙うに決まってるのよね。ダメなら立体駐車場になるんだけど、エレベーターもエスカレーターも動いてないから、階段で降りてこなきゃならない。タイムロスを避けるために1 階を狙う。わかった?」
 マモルは頷くことしかできなかった。
 「最初の目標はカルディね」ミユキはペンで南棟1 階を叩いた。「これが競争率激しいの。9 時30 分ぐらいには整理券、というか引換券が配られるみたいだから、そのときに並んでないと全て終わり。カルディの待ち行列は、このセンターガーデンになるから、まずはここに全力ダッシュよ。わかった? あ、トイレは8 時30 分から解放されてるけど、9 時40 分には閉まるから、それまでに済ましておいてね」
 マモルは頷きながら首を傾げた。少なくとも自分と付き合っていた間は、トレッサ横浜の福袋を買いに行った、という話は聞いたことがなかったが、なぜそんなに詳しいのだろう。
 「カルディの福袋はいくつかあるけど、重要なのは2 つよ」ミユキはVサインを作った。「食品福袋と、もへじ福袋。これはどっちもお一人様1 点限り。他のは後でも買えるし、引換券が配られるのはこの2 つだけ」
 「もへじ、って?」
 「簡単に言うと、食品福袋の方はコーヒーとかクッキーとかパスタとか、いわゆる輸入食品系が入ってるの。もへじは、和のものね。鍋つゆとか羊羹とか。人気が高いのは、やっぱり食品福袋の方」
 「へえ」
 マモルが感心すると、ミユキは少し悔しそうな顔を見せた。
 「この2 つの福袋はネットでも事前抽選やってたんだけど、外れちゃったのよ。だから現物をゲットするしかないってわけ。スタバみたいにネット抽選のみじゃないだけ、まだ助かるわ」
 誰が助かるんだ、という疑問を呑み込み、マモルは次を促した。
 「で、引換券を受け取ったら、マモくんに預けて、私は急いで無印の方に移動するから、しっかり受け取っておいて」
 「え、移動?」
 「そうよ。無印の福袋はスタバと同じでネット抽選販売のみで、それはやっぱり外れちゃったんだけど、福缶はお店で買えるのよ。そっちもかなり行列だから、私はそっちに並ぶの」
 「......なるほどね。じゃあ、カルディで福袋をゲットした後は?」
 「私のスケジュールはこっち」
 私の、という言葉に、マモルはスケジュールを見直した。10 時以降は、2 つの列に分かれていて、マモル、ミユキ、とタイトルが付いていた。
 「私は無印を出た後、オペーク、ハニーズ、シャレル、ウィゴーの順にファッション系を回ってから、フランフランとロフトを見て、北棟に移動してエディー・バウアーとL.L.Bean をチェックする。これはマモくんのためよ。新しいコートが欲しいって言ってたでしょ」
「それはどうも」マモルは力なく礼を言った。
「マモくんはカルディを出たら向かいのKISSYO でワインボックス買って、次はお豆腐屋さんの茂蔵ね。それから口福堂とコージーコーナー。3 日に実家に顔出すときの手土産にするから。それでもう両手が塞がってるから、一度、車に置いてきて。カルディの食品福袋だけでも、かなり重いはずだから」
 「それで任務完了?」
 「マモくんは自由にしてていいよ。あ、あとパンが欲しかったら、チョコリングのお店、ええとアンティークに行ってみて」
 「ミユキは?」
 「私も戦利品を一度、車に置きにいきたいから、予備のキーをちょうだいね。身軽になったら、まだいくつか回るから。何か問題が発生したら、LINE で連絡して」
 「問題って、たとえば?」
 「ゲットできるはずのものができなかったとか、予想外の目玉商品を発見したとか、そういうことよ。1 万6000 円までなら、好きなもの買っていいけど、ダブルカウントを避けるために何か買う前に、必ずLINE してね」
 「で、12 時20 分にフードコートで待ち合わせか」マモルはスケジュールの最後を確認した。「ここでお昼ご飯?」
 「そうね。おうどんでも食べよ。フードコートのリンガーハットも福袋あるから、残ってたら買ってもいいかも。お食事券だけどね」
 「フードコートも人多いんじゃないかな。座れるかな」
 「座れなかったら、ミスドでもマックでもいいから、何かしらお腹に入れとかないとつらいよ」ミユキはスケジュールを再チェックしながら言った。「また並ぶんだから」
 「え?」ギョッとなったマモルは上ずった声で訊いた。「な、な、並ぶって何に」
 「初詣よ。少し歩いたところに熊野神社があるでしょ。そこに行くの」
 「ああ、初詣ね。でも並ぶって......」
 「たぶん元旦だから、並んでるはずよ。並ぶのがイヤな人は日付が変わってすぐとか、夜遅くとかに行くらしいけど、寒いしね。寒いのはイヤでしょ?」
 「そりゃイヤだけど」
 「だったら昼間に行った方がいいよね。明日は天気も良さそうだし」
 「初詣は、3 日に実家に行く途中とかじゃダメかな」
 「大きいところは3 日でも混んでるよ。小さいところは車を駐められるかどうかもわからないでしょ。寒い中、うろうろするのもイヤじゃない。だったら、確実にお詣りできるところの方がいいと思うんだけど」
 「確かにそうなんだけど、そもそも初詣って、別に行かなくても......」
 マモルは口をつぐんだ。ミユキが剣呑な目つきで睨んだからだ。
 「じゃ、もう一度、復習するよ。まず車を1 階の平面駐車場に......」
 結婚すると、みんなこうなるんだろうか、とマモルはぼんやり考えた。機会があったら東海林さんや川嶋さんに聞いてみよう、と思いながら、マモルは妻の言葉に耳を傾けた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 幸い、元旦の朝は快晴で風がほとんどなかった。マモルは安堵しながら車を運転していた。これで雨が降っていたり、風が強かったりしたら、それだけでめげていたに違いない。
 幸運はさらに続いた。1 階の平面駐車場が数台、空いていたのだ。マモルがジュークのハンドルを切り、駐車場に入れている間、マモル以上に喜んだミユキは、車の中で歓声を上げていた。
 9 時5 分過ぎにセンターガーデンに駆け込むと、そこにはすでに引換券待ちの列ができていた。元旦から物好きな奴らがこんなに、と思ったものの、もちろん口には出さず、マモルたちは列の最後尾についた。
 「もうこんなに並んでるとは思ってなかったよ」
 そう囁くと、スマートフォンをいじっていたミユキは、勝ち誇ったように笑った。
 「ね、早すぎるってことはないでしょ。もう30 人ぐらいはいるんだから」
 「訊こうと思ってたけど、前にトレッサに福袋買いに来たことあったっけ?」
 「ないよ」
 「じゃ、なんでそんなに詳しいの?」
 「近所の奥さんたちと情報交換してるのよ」
 ミユキはスマートフォンを見せた。LINE のグループらしい画面で、マモルの知らないアカウントとのトークが表示されている。
 「それぞれ担当があってね」ミユキは説明した。「私はトレッサ、三沢さんはラゾーナ、大竹さんはヨドバシとか。週明けに集合して交換するのよ」
 「いつの間に、そんなネットワークが......」三沢とか大竹という名字に聞き覚えなどなかった。
 「いつもスーパーの特売情報とか教えてくれるし、たまの残業で遅くなったときとかに、安いステーキ肉をうちの分も買っておいてくれたりするの。私は会社の近くのデパートで化粧品とかスイーツとか買ってきたりね。あと、Excel 家計簿とか」
 「Excel 家計簿......あ、あれか」
 マモルには思い当たる記憶があった。新婚旅行から帰ってきて一月後、ミユキが家計簿を作りたいからVBA を教えて、と言ってきたのだ。それまでは妻がプログラミングに興味を示すことなどなかったので、マモルは喜んでVBA の基本を教えた。総務部勤務といえども、そこはさすがにシステム会社で、新人研修のときに簡単なVBA は教育されたらしい。すぐにコツを思い出し、セルの値の読み書きなどができるようになった。その後も何度かポイントを質問してきたし、難しい部分はマモルがコーディングしたこともあった。
 一ヶ月も経つと、楽天、Amazon、Yahoo!、価格コムなどの主要なショッピングサイトから、Web API を利用して最安値を取得するスクリプトをマモルが作成し、ミユキの家計簿にインポートできるような仕組みも完成していた。その頃になると、マモルの帰宅がかなり遅くなるようになったので、バージョンアップはストップしたものの、近所の奥様たちから絶賛されたよ、と嬉しそうに報告してくれたことだけは憶えていた。
 「あれ、近所の人に提供したら、すごい感謝されたよ。プログラマの夫を持ってよかったって初めて思ったわ」
 「初めて......」
 やがて9 時30 分近くになると、カルディのエプロンを着けたスタッフが現れ、マモルとミユキは無事に引換券を入手することができた。ミユキは2 枚の引換券を、プラチナチケットであるかのように陽にかざした後、マモルの手に押しつけた。
 「じゃ、計画通りによろしくね」
 ミユキはそう言い残して、列を離れ、足早に去って行った。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 二人が入手した引換券のシリアルナンバーは40 番台で、マモルが計4 個の福袋の会計を済ませるまでに、15 分近くかかった。スマートフォンで撮影してきたミユキ作成のスケジュール表を見ると、「10:15 カルディ OUT」とある。ミユキ恐るべし、とマモルは戦慄した。
 両手にずっしりと重い福袋のバッグを持ち、マモルはKISSYO に向かった。以前にここで買った鴨のハンバーグは美味しかったな、と思い出しながら、お年玉付きワインBOX を購入。息をつくヒマもなく三代目茂蔵豆富に向かい、ワゴンの上に並んでいる福袋を掴んでレジに並んだ。
 「すでに重いんだけど......」
 愚痴をこぼしながら、マモルは慎重な足取りで柿安口福堂に向かった。和菓子の専門店だ。あんこが苦手なマモルは、あまり近寄らない店だが、ミユキは鬼まんじゅうなどが好きでよく買っている。ここで赤い鯛焼きの絵がプリントされた福袋を購入する。
 「これで最後か」
 サーティワンアイスクリームの行列を横目に見ながら、コージーコーナーに入った。マドレーヌ系の洋菓子に目がないマモルは、展示されている福袋の中身を熱心に検証した。これで1,080円というのはかなりお得だ、と納得し、レジに並んだ。
 腕がちぎれそうな思いで、戦利品をジュークまで運んだ。1 階の駐車場でよかった、と心から思いながらスマートフォンを取り出す。ここまでのスケジュールは順調に消化、とLINE で報告した直後、スマートフォンが震動した。
 「はい?」
 『作戦変更よ』ミユキは息せき切ってまくしたてた。『すぐ北棟に行って』
 「北棟?」
 『情報が入ったわ。北棟の2 階で銀だこの福袋が大行列になってるみたい。すぐに買えると思ってたけど甘かった。すぐに行って並んで、5,000 円の福袋を買って。私はちょっと手が離せないから。お願いね』
 通話はブツリと切れた。マモルは頭を振って、店内に戻った。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 銀だこの福袋には、確かに大行列ができていた。マモルが中身を調べてみたところ、たこ焼きの引換券とたこ飯の素などが入っているらしい。5,000 円の福袋だと、12 枚の引換券が入っているらしい。ざっと計算してこれだけでも8,000 円以上になる。これも近所の友達と分配するのだろう。
 列の半分ほどまで進んだとき、またスマートフォンが震動した。
 「はい?」
 『今、どこ?』
 「どこって、まだ銀だこに並んでる途中だけど」
 『あとどれぐらいかかりそう?』
 「そうだな」マモルはレジまでの人数を数えた。「あと7、8 分ってとこかな」
 『終わったら、急いでまちおかまで来て』
 「まちおか?」
 『お菓子のお店よ。タリーズの前にあるでしょ』
 「ああ、あそこか」
 『急いでね。このままじゃ負けちゃう』
 何に負けるのか、という問いをマモルが発する前に、通話は切れた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 マモルが銀だこの福袋を持って、南棟のおかしのまちおかに駆けつけると、両手にたくさんの紙袋やバッグを抱えたミユキが待ちかねたように手招きした。
 「ほら、あれ」
 ミユキが指したのは、まちおかの一角だった。駄菓子やスナック菓子が大量に積まれたワゴンで、数人の男女が競い合うように袋に押し込んでいる。
 「時間限定サービスよ。1,000円で詰め放題なの。チョコ系を中心にお願い」
 「なんで君は行かないの?」
 「お一人様一回なのよ」ミユキは悔しそうに言いながら、マモルの手から福袋を受け取った。「でも、あの男の子なんか、一回レジ済ませてから、また並んでるのよ。しかも、高そうなチョコばっかり狙って。ずるいじゃない」
 「ミユキも並べばいいのに」
 「そういうルール違反はダメでしょ。ほら、行って!」
 詰め放題コーナーでは、文字通りの争奪戦が繰り広げられていた。レジでビニール袋を受け取ったマモルは気後れしながら参加し、ミユキがよく食べているカカオ72 %のチョコレートに手を伸ばしたが、横から割り込んできた手に先を越されてしまった。思わずそっちを見ると、さっきミユキが何度も参加している、と指摘した小学生ぐらいの男の子だった。
 まあ、子供のやることだから、と鷹揚に構えていたマモルだったが、今度はミニサイズのスニッカーズを横取りされ、思わずムッとなった。その子供が勝ち誇ったような笑いを浮かべたため、対抗心に火が付いた。
 プログラマをなめるなよ、と心の中で叫びつつ、表面は冷静さを装って、グミやガムなどを詰めていった。背後でミユキが何か言っていたが、マモルはあえて無視し、慎重に敵の動向を観察し、戦術を組み立てていた。
 やがてその瞬間が来た。
 菓子の山が崩され、まちおか限定と書かれたイチゴ味のチロルチョコの袋が出現した。男の子の目に欲望の光が走ったのを、マモルは見逃さなかった。位置的にはマモルが有利だったが、ターゲットに興味がないふりで横を向き、他の菓子に注意を向けた。
 男の子が他の客を押しのけ、強引に身を乗り出してきたのを、マモルは周辺視野で確認しつつ、仕事でも発揮したことがないような集中力で、時間と距離を測っていた。そして、ギリギリまで引きつけたタイミングで、素早く手を伸ばした。
 マモルの手がチロルチョコの袋をつかみ、男の子の手はむなしく空を切っていた。
 勝利の雄叫びを上げたいところだったが、さすがにそれは自重した。代わりに、チロルチョコの袋を男の子に見せびらかすようにゆっくりと持ち上げ、ビニール袋に押し込んだ。
 後ろにいるミユキを振り向き、勝利の笑みを見せたが、ミユキはしきりに前を指していた。
 「え?」
 振り向くと、段ボールを抱えた店員が、大量の菓子をワゴンの上に補給しているところだった。チロルチョコの袋も、カカオ72 %のチョコの箱も、たくさんあった。マモルと男の子は思わず顔を見合わせた後、照れたように笑いながら目を逸らし、それぞれ目の前の山にゆっくり手を伸ばした。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 戦利品を抱えた2人がフードコートに入ったとき、予想通りの人出で、空いている席は皆無だった。マモルはミスドかマックか、と諦めかけたが、ミユキは平然と窓際の方に向かい、座っていた家族連れに声をかけた。マモルが見ていると、その家族連れの奥さんが手を挙げて、すぐに家族を促して席を立った。ミユキは会釈して座り、マモルを手招きした。マモルは急いで向かいの席に座った。
 「これもネットワーク?」
 「そうよ」ミユキはコートを脱ぎながら言った。「席をキープしとくから、おうどん買ってきてくれる? 私は釜揚げの並ね。ネギをたっぷり」
 まもなく2人は暖かいうどんをすすっていた。
 「まあまあね」ミユキは片手で戦利品をチェックしながら言った。「予定してたものは全部ゲットできたし。あ、マモくん用にエディー・バウアーの福袋もちゃんとゲットしといたから、後でサイズとか見てみてね。合わないのは交換に出すから」
 「うん、ありがと」
 「どう」ミユキは興奮の余韻が残った笑顔で、マモルの顔を覗き込んだ。「面白いでしょ」
 「そうだね。思ったより」マモルは頷いた。「コツもつかめたし。来年はもっとうまくやれると思うよ」
 「よかった。じゃ、明日もよろしく」
 マモルは箸を止め、怪訝な顔をミユキに向けた。
 「明日って?」
 「明日はクイーンズスクエアの初売りよ。言ったでしょ」
 「そうだっけ......」
 「もう、しっかりしてよ。明日の最重要目標は、ロクシタンだから。これはカルディの比じゃないぐらい競争率が激しいから。整理券は1人1枚だから、みんな彼氏や旦那を連れてくるのよ。いやあ、ホントにマモくんと結婚してよかった」
 マモルは恐怖の目で、はしゃぐ妻の顔を見つめた。

(終)

 この物語はフィクションです。トレッサ横浜は実在しますが、細部は現実と異なる場合があります。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 サードアイの若手プログラマ、新婚ほやほや細川くんのお正月ストーリーです。
 タイトルは、デイヴィッド・ベニオフの「卵をめぐる祖父の戦争」から。第二次世界大戦中の話ですが、どことなくコミカルで少し悲しい部分もある傑作です。

 そして、こっちが本題ですが「デバッグ・オブ・ザ・デッド 下」をKDP で発売開始しました。書き下ろしの「ドキュメント・インシデントZ 後篇」の他、用語集、クリスマス話の2つも入れてあります。

 今年もよろしくお願いします。

Comment(20)

コメント

匿名

いったい何と戦っているんだw

へなちょこ

マモル君の気持ちが痛いほどわかる自分が悲しい!!

匿名

お年玉作品ありがとうございます!
細川くん大変だなあwwww

DotD下も見てきます~。
同姓の登場人物、本人だよなー?で終わってるので続きがとても気になる。
上で追加されたエピソードもなかなかのものでしたので、まだの方は是非。

トメェト

銀英伝を一気見していた私は細川くんと気が合いそうだ…

とあるPM

近隣在住なので毎回ニヤついて読んでます。今回はソラで店舗の場所がわかるので吹き出してしまいました。ローカルネタ良いですね

L

とあるPMさんに同意ですw
私も近隣在住で、毎年熊野神社に初詣に行っていますw

匿名

まいった、オペレーションMMの時に買ってしまったせいでどうやってもDotD(上)にデータが差し替わってくれない。
コンテンツの削除をして買い直してもダメなのでお手上げ……

匿名

まいった、オペレーションMMの時に買ってしまったせいでどうやってもDotD(上)にデータが差し替わってくれない。
コンテンツの削除をして買い直してもダメなのでお手上げ……

匿名

もしやこれはリーベルGさんの体験談・・・?

匿名

Ku さん
情報ありがとうございます。そちらのページを参考に問い合わせてみます。

リーベルG

匿名(2019/01/08 11:00)さん、購入していただいていたんですね。ありがとうございます。
こちらでも、Amazon の方に問い合わせてみます。
何かリアクションがありましたら、ご連絡します。

匿名

Amazon に問い合わせたところ、最新のデータが配信されるように修正していただけました。
(サムネが古いままではありますが、中身は正しいのでそこは気にしない方向で……)
重ねてのお礼となりますが、Ku さん情報ありがとうございました。
また、作者様におきましても問い合わせ戴いているとのことで、ありがとうございます。

のり&はる

やさしい世界…

リーベルG

匿名さん、お手数をおかけしました。
とりあえず最新データを入手できたようでホッとしました。
まだまだ、KDP には謎の部分が多いです。

KZEE

鬼まんじゅうをご存知とは驚きました
愛知県では有名ですが、他県の方は知らないことが多い印象です
今は全国区になっているのでしょうか

atlan

駐車場の入場に時間がかかるなら家族は入り口付近で下ろして待ち行列に入れてしまい運転手は後から駆けつける・・ですね、今回は不要だったようだけど
(駐車場の空き具合にもよるけど)

リーベルG

KZEEさん、どうも。
自分も愛知県出身なので普通に近所のスーパーとかにありましたが、確かに関東地方ではあまり見ないですね。
妻はこっちの生まれなので訊いてみたところ、何かは知っていたので、今ではそれなりに知名度が上がっているのかもしれませんね。
朝ドラの「半分、青い」で有名になった「五平餅」も、子供の頃は日本のどこにでもあるのだと思っていました。

don

デバッグ・オブ・ザ・デッド、とりあえず書き下ろしだけ読みました!
なるほどヨコハマ撤退はこうして起こったと。
最後の刑事さんの話に出てきた島の人は、やっぱりあの人ですよね。
ハウンドの計画をあれこれ想像してわくわくしてます。
3連休は本編をゆっくり読もうと思います。

匿名

私もオペレーションMMの時に買ったため、自力で更新できずにサポートにお願いしました。
KDP(と言っていたような、違かったらすみません)では、Amazon側が内容や版数を管理しないため、購入者の書籍一覧に更新版が反映されず、購入者側で更新処理することは出来ないとサポートに言われました。

前述の匿名さん同様、サムネはオペレーションMMのままですが、内容は更新されました。
同じ書籍扱いにしてくれたのは、購入者が2度も課金しないで済むようにとのリーベルGさんの優しさだと思っています。ありがとうございました。

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