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飛田ショウマの憂鬱 (2)

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 以前に、誰かが首藤課長のことを「出世主義者で権威主義者、なおかつ原理主義者」と評していたのを耳にした飛田は、言い得て妙だ、と納得したものだった。

 出世主義については、周囲の評だけではなく、本人が公言しているのだから間違いない。以前に忘年会の席で、「出世できないサラリーマンに価値はない」と断言しているのを飛田は聞いたことがある。

 権威主義というのは、出世主義にも関連しているのかもしれないが、職位や資格など、とにかく肩書きをありがたがる性格からそう言われている。首藤課長が人事総務部管理2 課に在籍していた時期に、社外から「有識者」を講師に招いての講習や研修がやたらに増えたことがあった。管理2 課は社員研修を総括する部署だから職務を遂行しているだけ、と言えなくもない。しかし、それまでは人材育成研修サービス会社の提案によって年間のカリキュラムを作成し、部署・職位に応じた研修が行われていたのに、聞いたこともないような「○○大学名誉教授」とか「△△社取締役」といった肩書きの人から「○○式スピード経営とは」とか「△△メソッドによる年功序列廃止施策」といった、単に講師のありがたいお話を延々と聞かされる講習に変わってしまった。社員の評判はひどく悪かったが、企画した本人は「他業界・他業種の情報や知識を幅広く吸収することで、卑近に固定されがちな社員の視点を、より高みのマネジメント的視点に転換することに、一定の効果があった」と自画自賛していた。

 そして原理主義だが、これは規程やルールを病的なまでに好むところから来ていた。社員規則、開発基準、コーディングルールを何よりも優先するのだ。数年前、当時、経営企画課にいた首藤課長は、自らが委員長となってシステム開発基準検討委員会を立ち上げ、半年間、8回の会合を経て「シグマファクトリー新システム開発基準」を誇らしげに発表した。あたかも一から作り上げたように吹聴していたが、中身は経済産業省が通商産業省という名前だった頃に発表され、以後、一度も改訂されていない「システム管理基準」を、一部変更しただけのものだった。もちろん現場のプログラマたちの意見は、一切、取り入れられていない。

 あくまでも基準であり、規則ではなかったため、社内のほとんどのプログラマたちは、この開発基準を無視するか、理由を付けて使用を回避した。首藤課長は切歯扼腕しただろうが、開発部門ではなかったため強制する手段を持たなかった。だが、システム開発課課長になって以来、首藤課長は公然と「シグマファクトリー新システム開発基準」の適用を推進してきた。実際には強要した、という表現が正確だ。一定以上の規模の開発では、名目上のプロジェクトマネージャには課長がなる。プロジェクトマネージャが「開発基準に沿って進める」と宣言すれば、メンバーは従わざるを得ない。その方針が最初に適用されたのは、10 月中旬にスタートした株式会社キャッスルライフ通販の在庫引当システムだった。4 人月規模のプロジェクトで、チームリーダーは、野見山という飛田の1 年下の社員だ。野見山は、今回の八十田建設プロジェクトでも、サブリーダーの一人になっている。

 プロジェクトは最初の2週間で、早くも停滞し始めた。開発基準に沿ったドキュメント類の作成が工数を消費し、スケジュールを圧迫しているのは明らかだったが、信念なのか、意地なのか、首藤課長は方針を変えようとしなかった。それどころか、原因をメンバーのスキル不足に転嫁するような言葉を口にし始めた。

 別のプロジェクトで多忙だった飛田は、その状況を横目で見ているだけだったが、メンバーの1 人が疲労で倒れたとき、野見山が秘かに助けを求めてきた。

 「俺にどうしろと言うんだ」

 「少し手伝ってもらえませんか」野見山は訴えた。「ドキュメント作成はぼくらがやるんで、実装の方を」

 「設計終わってないのに、実装やるのか?」

 「このままじゃ絶対遅れるんですよ。課長が誰の責任にするかわかるでしょう?」

 「お前らだろうな」飛田は腕を組んだ。「でもなあ......」

 「大丈夫です。課長、何かのセミナーで金曜日までいませんから」

 「そうか」課長のスケジュールなど気にもしていなかった飛田は苦笑した。「わかった。じゃあ、こうしよう。俺が実装の最初の方をとにかく進める。お前は、それに合わせてドキュメント作れ」

 結局、その計画通りには進まなかった。要件定義に曖昧な点が多く、飛田と残りのメンバーは仕様確認と実装に集中せざるを得なかったからだ。それでも、顧客担当者と仕様を確認しながら、プロトタイプとなる実装を集中的に進めたことで、何とかオンスケで進められそうな光明が見えてきた。メンバーたちの顔にも意欲が戻った。

 戻って来て状況を知った首藤課長は激怒したが、すでに飛田の示した方法で動き出していたプロジェクトの進行を止めることはできず、そのまま続行することを黙認せざるを得なかった。首藤課長は飛田に焼け付くような視線を向けたが、飛田は意に介することなく、自分の仕事に戻った。

 最終的にプロジェクトはスケジュール通りに完了し、顧客満足度も悪くなかった。だが、首藤課長はプロジェクトが終わっても苦い顔をしていた。プロジェクトの成功も飛田が大きく貢献したことは明白だったし、キャッスルライフ通販の担当者も「飛田さんによろしく」というような言葉を発したらしい。それは、首藤課長が自信たっぷりに推奨していた「シグマファクトリー新システム開発基準」の存在価値を危うくするものだったのだ。

 首藤課長が飛田に隔意を持つようになったのはそれからだった。飛田が形だけでも「でしゃばった真似をしてすみませんでした」とでも言っておけば、首藤課長も軟化したかもしれないが、そのような虚言を口にすることは飛田の行動規範には記述されていなかったのだ。

 八十田建設向け見積書管理システム構築プロジェクトは、12 月第2 週から開始された。カットオーバーは2 月末で、翌3 月1 日から稼働予定だ。スケジュール上の結合テスト完了は1 月末で、2 月末にかけてテストを行うことになる。

 首藤課長が決定した当面の進め方は、次のようなものだった。

 毎朝、長谷部が八十田建設に直行して仕様の打ち合わせを行い、昼過ぎに帰社する。その後、飛田を含む3 名のサブリーダーに仕様を説明。サブリーダーからメンバーに設計部分を指示する。メンバーは担当部分の詳細設計の作成を行う。

 事前にその方針を長谷部から知らされたとき、飛田は疑問を呈した。

 「仕様に関して不明点や疑問点があったらどうするんだ?」

 「オレに訊いてもらうことになるな」

 長谷部は旺盛な食欲を見せて、ランチの海鮮丼セットをかきこんだ。飛田は普段は一人でのランチタイムを好むが、その日は長谷部に「ランチミーティングしようぜ」と誘われたのだ。

 「そこで回答が出なかったら?」飛田はさらに突っ込んだ。

 「次の日の打ち合わせで質問してくるよ。急ぎならメールか電話で」

 飛田はカツ丼を食べる手を止めて、長谷部の手元を指した。

 「その海鮮丼、何が入ってる?」

 「は? ええと」長谷部は箸を止めてどんぶりに目を向けた。「サーモンだろ、ホタテだろ、マグロだろ、タコだろ、ハマチ、何かの白身と、あとはイクラだな。何だよ、欲しいのか?」

 「白身って何の魚だ?」

 「さあね。スズキか鯛じゃないか?」

 「店の人に確認しておいてくれ」

 「はあ? 何で? 知りたきゃ自分で訊けば......」

 「マグロは何マグロだ?」飛田は長谷部の抗議を遮って続けた。「クロマグロか、ビンチョウか、キハダか?」

 「知らんよ。食ってわかるほど舌が肥えてるわけじゃないからな」

 「じゃ、それも店の人に確認しておいてくれ。次にイクラだが、そいつはサーモンと同じ個体のものか?」

 「わかるわけないだろう」長谷部は飛田の正気を疑うような目を向けた。「なあ、お前......」

 「わからんのか。じゃ、それも確認だな。次の質問だが、タコはどこ産だ? 国産、それともモーリタニアか、モロッコか?」

 「おい、いい加減にしろよ。何のゲームだよ、これ」

 飛田は小さく笑うと、海鮮丼の詳細情報の追及をやめて、食事を再開した。

 「今、俺は5 つ質問したが、そのうちお前が即答できたのは、最初の1 問だけだ。残りは店に訊かないとわからないことばかりだった」

 一瞬、きょとんとした長谷部だったが、すぐに理解の色が広がった。

 「ああ、なるほど」長谷部も笑った。「これが仕様の質問だったらってことか」

 飛田は頷いた。長谷部は営業だが頭は悪くない。むしろ切れる方だと言ってもいい。実際、飛田がまともに会話をする気になるのは、同期では長谷部とカナぐらいだ。カナは元気と笑顔だけで社会の荒波を乗り切っているように見えるが、物事の本質を見極める賢明さがあるし、意外な粘り強さもある。

 「電話を4 回かけるだけのことじゃないか」

 「金曜日の夜だったら?」飛田は食べながら訊いた。「回答が得られるのはいつになるんだ?」

 「月曜日になるな」長谷部は渋々認めた。「急ぎなら携帯に連絡くれれば......」

 「お前か、顧客の担当者か、どっちかの携帯がつながらなかったら、そこで途絶えるな」飛田は指摘した。「金曜日の夜や、土曜日の午後に携帯に出る保証あるのか? 出なかったら設計や実装がそこでストップするぞ」

 「他の部分を進めればいいだろう」

 「そこがコア部分だったらどうするんだ」

 長谷部はホタテを箸で突き刺したまま考え込んだ。

 「......わかった。お前はどうしたいんだ?」

 「気を悪くしないでほしいんだが」飛田はそう前置きした。「たとえば、顧客から何かの画面にこういう機能を追加して欲しい、と言われた場合、長谷部じゃ是非の判断ができないだろう?」

 「まあな」長谷部は肩をすくめた。「オレでは技術的に可能かどうかもわからんから、持ち帰るしかないだろうな」

 「逆に、ある機能の実現方法が複数あるとして、メンバーにどの方法を採用すべきか、と訊かれても答えられないだろう?」

 「確かに」

 「俺が言いたいのは、顧客との仕様打ち合わせに、プログラマを同席させたらどうか、ということだ。技術的な面での決断を下せる人間をだ」

 「つまりお前を、ってことか」

 「そういうことになるかもな」

 「まあ、オレとしては助かるが」長谷部はようやくホタテを口に運んだ。「でも、お前が毎日午前中抜けると、逆に他の奴らが困らないか?」

 「そこは何とでもなる」

 「ふーむ。とにかく首藤課長に相談してみるよ」

 飛田は口の中だけで舌打ちした。

 「......お前の一存では決められないか?」

 「それは無理だなあ。後で怒られる」

 その日の夕方、長谷部に合図された飛田は、リフレッシュルームに入った。

 「ダメだった」長谷部は苦い顔で言った。「失敗した。最初は開発メンバーの誰か、ってことで話をして、課長も特に反対はしなかったんだが、飛田を連れて行くつもりだと言った途端に却下された」

 そうだろうな、と飛田は思った。長谷部の裁量の範囲と解釈し、既成事実を作ってしまうべきだったのだ。だが、長谷部の性格からして、それは難しかったかもしれない。

 「なあ」長谷部は迷うような表情を浮かべた。「もう少し、首藤課長に歩み寄れないか? 別に媚びを売れとは言わない。ほんの少しだけ、上長として顔を立ててやればいいじゃないか。それぐらい、何の損にもならんだろ」

 「俺が首藤課長を嫌っているわけじゃない」飛田は指摘した。「向こうが俺を嫌ってるんだ。俺はあの人を尊敬していないだけだ。だからといって、その感情を仕事に持ち込むようなことはしていない。歩み寄るなら向こうの方だ」

 「上長から折れるのは難しいんだよ」

 「まともな管理職なら、それぐらいの度量を持ってるものじゃないのか」

 長谷部は沈黙した。

 そんな風に長谷部が藪をつついてしまったせいか、翌日の開発ミーティングで方針を説明する際、首藤課長はわざわざメンバー全員に念を押した。

 「混乱を避けるためにも、顧客との窓口は長谷部くんに絞ります。仕様の確認などは、必ず長谷部くんを通すようにしてください」

 メンバーは頷いたが、当の長谷部は自信なさそうな顔だった。それを見た首藤課長は、元気づけるように長谷部の肩をぎゅっと掴んだ。

 「心配しなくていい。長谷部くんならやれるから。私も全面的にバックアップする」

 「はあ......」

 そのとき飛田は気付いた。首藤課長が長谷部をリーダーにしたのは、飛田との間にクッションを置くためだと思っていたが、いわゆる子飼いの部下として長谷部に目を付けたためでもあるのかもしれない。

 首藤課長が出世の階段を駆け上がっていくつもりなら、自分をサポートしてくれる忠実な部下が必要となる。シグマファクトリー株式会社の主業務はシステム開発だから、開発部門での部下にしたい。スキル面だけを見るなら飛田がトップガンだが、人間的に苦手だし、唯々諾々と従う性格でもない。長谷部は性格もいいし、指示に従ってくれるが、開発者としてのスキルも経験も足りない。だからチームリーダーに据え、新規顧客のプロジェクトの立役者としての功績を与えたいのだ。長谷部の心情など考えもせず。

 その想像を裏付けるかのように、首藤課長は2 週間の予定だった長谷部の在籍期間を、今年度いっぱいまで延長する、と付け加えた。

 「長谷部くんにはニューリーダーとして、力を発揮してもらうつもりです。ほら、みんな、拍手拍手」

 メンバーたちは、戸惑いながらバラバラと手を叩いた。長谷部は照れくさそうな笑顔を浮かべていたが、飛田の見るところ歓喜している様子ではない。

 この調子だと、首藤課長は今後、ますます重要な役割に長谷部をアサインするに違いない。逆に飛田は、開発メンバーの一人、というポジションに留められ、プロジェクトの中でどんなに重要な役割を果たしたとしても、その功績は長谷部と、その上長である首藤課長のものになるだろう。

 長谷部が言ったように、飛田がもう少し首藤課長の上長としての権威を認め、それに準じた態度を示していれば、異なる状況に落ち着いたかもしれない。自分のためではなく、長谷部のために、飛田は後悔した。もっとも首藤課長のような上司を、自分が全く尊敬できないことはわかっているので、意味のない後悔ではあったが。

 ミーティングが終わった後、野見山が近づいてきた。その後ろには、もう一人のサブリーダーである篠崎が立っている。

 「飛田さん、ちょっと時間ありますか?」

 「いいよ」飛田はプリントアウトを揃えながら答えた。「今?」

 「いえ」野見山は、長谷部と何か話している首藤課長を横目で見た。「別の場所で」

 「じゃ、10 分後にリフレッシュルームで」

 「すいません。一服してから行きます」

 「肺の換気をしてから来いよ」

 ヘビースモーカーの野見山と、スモーカーの篠崎は揃って苦笑した。以前、野見山が喫煙室から戻った足で営業の事務スタッフの女性に話しかけた途端、オフィス中に響き渡る声で「あっちに行ってください!」と叫ばれたことがあったのだ。その女性が妊娠初期で、タバコ臭い呼気に過剰反応した結果だったが、周囲の社員は野見山がセクハラ行為か何かをしたと誤解したようで、女性社員たちが野見山に詰め寄った。すぐに事情は明らかになったが、その直後、「喫煙室からオフィスに戻る前に、1 分以上、肺の換気をすること」という通達が、人事総務部総務課より全社に出された。

 その通達を提案したのは、当時、人事総務部管理2 課に在籍していた首藤課長だった。飛田が首藤課長を評価した希有な事例だ。もっとも、一部では「女子社員のウケを狙っただけじゃないのか」という声も聞かれたのだが。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 リフレッシュルームの隅の席に陣取った3 人は、早速密談を開始した。

 「飛田さん」野見山は必要もないのに声を潜めた。「このプロジェクト、大丈夫ですかね?」

 ストレートに来たな、と思ったものの、飛田はあえて冷静な口調で訊き返した。

 「大丈夫とは?」

 「PM とTL です」野見山は個人名を避けた。「プロマネの方はまあいいですよ。名前だけなんですから。でもリーダーの方は営業から来たばかりじゃないですか。実装の経験なんてないでしょう」

 「新人のとき、全員、プログラミング研修は受けたぞ」

 「Java とPHP で掲示板とチャット作るやつですよ。あれができるのと、業務システムを構築するのとじゃ、難易度が6万倍ぐらい違いますよ」

 「つまり?」

 「この体制じゃカットオーバーに間に合わないか、中身がボロボロになるか、どっちかだと思いませんか」

 飛田は篠崎の顔を見た。

 「篠崎さんも同じ考えですか?」

 篠崎は無言で頷いた。篠崎は40 代の契約社員だったが、大抵のプロパー社員よりも確かなプログラミングスキルを持っていて、飛田と技術的な会話が成立する数少ない相手である。大抵のメジャーな言語は使いこなせるし、プライベートでは、Ruby on Rails のライブラリをGitHub で公開したりしているそうだ。契約期間は2 月末で切れるが、実装工程は社外に切り出していく、という社の方針によって、ソリューション事業部としては再契約の意志がない。

 「で、どうしろと?」

 「首藤課長に直談判して、チームリーダーを飛田さんにしてもらうというのはどうでしょう?」

 「......それは、やめた方がいいな」

 「どうしてですか?」

 俺の顔を見た時点で、首藤課長とは理性的な会話が成立しなくなってしまうだろうからだよ。そう吐き捨てたいところだったが、飛田は思いとどまり、別の言い方に変えた。

 「自分が決めたことに反対されたら、誰だっていい気持ちはしないだろう。特にあの人は面子で仕事する人だ。自分の決定が間違っていたとは、絶対に認めないな。第一、俺がチームリーダーになれなくてひがんでいるみたいでイヤだ」

 「はあ、そうですか」野見山は考え込んだ。「じゃあこういうのはどうでしょう? 長谷部さんの指示は表面的に聞くだけにして、裏で飛田さんが実際の指示を出すのは」

 飛田と同様に、野見山も権威とか職位というものに服従する人間ではない。物事を自分の思い通りに進めようという欲求に関してなら、飛田よりはるかに手段を選ばない奴だ。キャッスルライフ通販の件でも、飛田を使嗾して首藤課長の指示を無視させることで、結果的に遅延しかけていたプロジェクトをオンスケで終わらせ、しかも自分は無傷だったのだから。飛田が野見山の立場だったら、正面から首藤課長に異を唱え続けただろう。

 プロジェクトの達成だけを考えるなら、野見山の考えも悪くない。たぶん長谷部の目と手は、詳細レベルにまでは及ばないだろうから、表面的に見える部分と、実際に進行している部分を分離させて進めるのは難しくはない。いつまでも誤魔化せるものではないだろうが、スケジュール的に後戻りができない時点まで、その状態を維持できるなら......

 「いや」5 分ほど熟考した後で、飛田は首を横に振った。「悪いがそれはできない」

 そんなことをしたら、長谷部のプロジェクト管理能力に大きな×を付けることになる。飛田と違って、長谷部はごく普通に職位と給与が上がっていくことを望んでいるだろうから、その足を引っ張るのは気が進まなかった。

 そう説明すると、野見山は残念そうに頷いたが、篠崎が重い口を開いた。

 「それが本当に長谷部さんのためなんでしょうか」

 「どういう意味ですか?」

 「長谷部さんは、営業マンとして出世したいのではないかと思いまして」

 抜擢されたから期待に応えようと努力してはいるが、本心では開発よりも営業に戻りたいのではないでしょうか、と篠崎は付け加えた。

 「そうだとしても、それこそ長谷部自身が解決すべきことです」飛田は答えた。「まさか失敗をするように仕向けて、営業に戻すわけにいかないでしょう」

 篠崎は謝罪するように小さく頷いた。

 「とにかく」飛田は二人の顔を順に見た。「まだ開始してもいないのに、あれこれ言っても意味がない。少し様子を見よう。長谷部は営業にしては切れる奴だ。案外、プロジェクト管理が得意だったりするかもしれんぞ」

 自分でも信じていない言葉を最後に飛田は立ち上がり、第1 回サブリーダー秘密会談は終了した。

(続)

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コメント

Edosson

誰か、渕上さんを連れてきてよ。

通りすがり

楽しく読ませていただいております。

>ランチの海鮮丼セットがかきこんだ。
ランチの海鮮丼セットをかきこんだ。
ですかね。

リーベルG

通りすがりさん、ご指摘ありがとうございました。

リーベルG

来週の月曜日まで夏休みなので、第3章の更新をしておこうと思ったら、間違えて公開してしまいました。指摘されて元に戻したので、うっかり見てしまった人は、一度記憶から消しておいてください。

通りすがりの外科医

文中の「プロジェクトの成功も飛田が大きく貢献したことはは明白だったし、キャッスルライフ通販の担当者」の「は」が重複してます。

リーベルG

通りすがりの外科医さん、ご指摘ありがとうございました。

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