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    <title>Crazy for life（セイカツ イチバン、IT ニバン）</title>
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    <updated>2016-04-28T00:40:29Z</updated>
    <subtitle>「生活イチバン、ITニバン」という視点で、自分なりのITを追及するフリーエンジニアです。ストレスを減らすIT、心身ともにラクチンにしてくれるITとはどんなものかを考えていきます。</subtitle>

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    <title>そもそも</title>
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    <published>2015-09-02T06:00:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:40:29Z</updated>

    <summary>　いつでも、どんなときでも、そもそもの話を考えるのは重要な習慣だ。 　問題が発生...</summary>
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        <category term="スキル" />
    
    
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        <![CDATA[<p>　いつでも、どんなときでも、そもそもの話を考えるのは重要な習慣だ。</p>
<p>　問題が発生した時に「そもそも」と言い出すと「今は『そもそも論』に時間を費やす時ではない」と遮られることが多い。</p>
<p>　確かに納期ギリギリで問題が発覚した時に「そもそもさぁ・・・」などと始められると、イラッと来るものだ。</p>
<p>　しかし、そもそもを考えるということは、本質を見極めるということだ。緊急時だからといって本質を見極めることなく、対症療法的な対応ばかりしていても、根本的な解決にはならない場合が多い。</p>
<p>　原因を突き止めて反省をして、再発防止策を練ることがなければ、きっとまた同じ失敗を繰り返す。</p>
<p>　だから、どんな状況であろうとも、そもそもを考えることをやめてはいけない。</p>]]>
        
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    <title>地方自治体は、在宅勤務革命に便乗してはいけない</title>
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    <published>2015-08-05T06:00:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:40:29Z</updated>

    <summary>　月曜日、たまたまTVを付けると、「もう会社には通わない　～在宅勤務“革命”～」...</summary>
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        <![CDATA[<p>　月曜日、たまたまTVを付けると、「<a href="http://www.nhk.or.jp/gendai/yotei/index_yotei_3695.html" target="_blank">もう会社には通わない　～在宅勤務“革命”～</a>」という番組をやっていたので、ぼんやりと眺めた。確かにIT企業で働くエンジニアにとって、この流れは非常に身近なテーマに感じられる。</p>
<p>&nbsp;　しかし、この流れに地方自治体も期待を寄せているという話を聞くと、どうにもイワイワと違和感が鎌首を持ち上げて来てしまう。ここから先は、今回の番組の趣旨からは外れた内容なので、番組の批判ではないということを予め断っておく。</p>
<p>　また、この違和感は、地方自治体の職員が在宅勤務することに対する違和感でもない。そうではなく、地方創生の旗のもと、人を地方に呼ぼうという文脈の中で在宅勤務というキーワードが語られることへの違和感なのだ。</p>
<p><strong> ■違和感の正体</strong></p>
<p>　ではなぜ私が、在宅勤務”革命”に自治体が期待を寄せることに違和感を持つかを説明しよう。なぜなら、在宅勤務できる人というのは、どこででも仕事ができる人なのだ。そのような人が、自分が住む場所を選ぶ際の判断基準を考えて欲しい。</p>
<p>　親がそこにいる、その町で生まれ育った、という人もいるだろう。そういう人が、故郷に戻って暮らしたい、あるいは親を介護するために戻らざるを得ない、というパターンの需要は、確かに少しはあるだろう。しかし、その町の出身者で、在宅勤務にマッチする職種とスキルを持ち合わせる人が一体何人いて、その内の何人が地元に戻りたいと考えるだろう。</p>
<p>　また、その町とまったく縁も所縁もない人が、その町で暮らしたい、その町で働きたいと思うかどうか、という点も考えなければならない。もしそのような魅力がすでにあるのなら、在宅勤務の人に期待を抱く必要もなく、今だって人は集まって来ているはずではなかろうか。</p>
<p><strong> ■魅力がなければ人は寄って来ない</strong></p>
<p>　そう、魅力だ。何か惹きつけられるものがあるからこそ、人はそこに集まる。そこで暮らそうと思う。</p>
<p>　つまるところ、地方に必要なのは、どこでも仕事ができる人を呼び寄せることではない。「ここでしかできない、ここだからできる、だからここで暮らしたい」と考える人を呼び寄せることなのだ。</p>
<p>　地方創生の担い手とは、そういう人たちなのだから。</p>]]>
        
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    <title>自分の世界をインストールしてみよう</title>
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    <published>2015-07-31T06:00:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:40:29Z</updated>

    <summary>　私はアート方面に関してはあまり詳しくないのだけれど、インスタレーション作品を観...</summary>
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        <category term="スキル" />
    
    
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        <![CDATA[<p>　私はアート方面に関してはあまり詳しくないのだけれど、インスタレーション作品を観る（というか、体験する、という方が正しいのかな？）のは大好きだ。</p>
<p>　インスタレーション(installation=インストール)というと、なんだか漠然としていて分かりにくいが、要するに作家がその場に自分の思い描く世界をインストールすることだ、と私は捉えている。</p>
<p>　だから私にとって、インスタレーション作品の良し悪しは、インストールされた世界が私の好みに合っていて、楽しめるかどうかにかかっている。</p>
<p>　そんなわけで、自分好みの世界をたくさん発見するために、<a href="http://www.ntticc.or.jp/index_j.html" target="_blank">ICC</a>などで行われるアートイベントにはちょくちょく足を運ぶし、トリエンナーレやビエンナーレといった芸術祭があれば、少し遠くても、できるだけ訪れるようにしている。ついこの前の日曜日、7/26から始まった「<a href="http://www.echigo-tsumari.jp/about/triennale_2015/" target="_blank">大地の芸術祭（越後妻有アートトリエンナーレ）</a>」も、初日から3日かけてクルマで回って来たばかりだ。</p>
<p>　たとえばこの「大地の芸術祭」の、廃校となった小学校の校舎全体を使った『最後の教室』という作品では、まるでホラゲーの世界に紛れ込んだ錯覚を受けるし、コインランドリーを舞台とした『憶測の成立』という作品では、かなり「してやられた！」という気分を味わうことができる。</p>
<p>　そのようなインスタレーション作品の中には、ITテクノロジーを効果的に活用したものもたくさんある。ある意味、デジタル系のインスタレーションを手がけるアーティストは、エンジニアなどよりもよっぽど純粋に、妥協せずにテクノロジーに正面から向き合っているように見えたりもする。</p>
<p>　我々エンジニアも負けてはいられない。たまには仕事ではなく、純粋に、目一杯テクノロジーと戯れてみるのもいいのではないだろうか。目標は、もちろん自分の思い描く世界をインストールすることだ。規模の大小は関係ない。パソコンやスマホの中だけだっていいのだ。</p>]]>
        
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    <title>安全性を追求するなら、人間を遠ざければいい</title>
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    <published>2015-07-22T07:30:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:40:28Z</updated>

    <summary>　どうやら海の向こうではハッキングでクライスラー車のコントロールを奪うデモに成功...</summary>
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        <category term="技術動向" />
    
        <category term="業界動向" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/onot/">
        <![CDATA[<p>　どうやら海の向こうでは<a href="http://www.gizmodo.jp/2015/07/post_17726.html" target="_blank">ハッキングでクライスラー車のコントロールを奪う</a>デモに成功したらしい。</p>
<p>　こういう話は大好きだ。もちろん「過度なIT化の弊害だ」などと、したり顔で警鐘を鳴らしたくなるというわけではない。単純に、色々と妄想したくなるだけだ。</p>
<p>　もういっそのこと、予めコントロールを奪えるユニットを備えておいて、警察官が追跡中の違法運転車両を強制停止できるようにすればいいのだ。これで暴走族も走り屋も一網打尽だ。</p>
<p>　あるいは、道路標識から制限速度を読み取って、それ以上のスピードを出せなくするというのはどうだろう。しかし、それをやってしまうと緊急時に必要なパワーを出せなくなる。そこは考慮する必要がありそうだ。</p>
<p>　ところで、<a href="http://getnews.jp/archives/1053945" target="_blank">脳波で車を運転する</a>というアイデアもあるようだが、これは実際のところ、どうなのだろうか。手足を使って運転していれば、考える前に体が勝手に反応して危険を回避することもできるが、 脳波というのは、それと同レベルのスピードで脳波を拾うことができるのだろうか。シンクロ率が低いと上手くコントロールできないのではないかと余計な心配をしてしまう（あぁ、EVAとは神経接続だから、ここでシンクロ率を出すのはちょっと違うか）。</p>
<p>　まぁいずれにせよ、<a href="http://gigazine.net/news/20150721-self-driving-car-more-safety/" target="_blank">Googleの公道テストの状況</a>をみると、事故は常にヒューマンエラーによって起こっているのがわかる。やはり最終的には自動運転によってヒューマンエラーの入り込む余地をなくすのが正解なのかもしれない。</p>
<p>　そう。人間など、運転席から追い出してしまえ！</p>
<p>　さて、<a href="http://www.gizmodo.jp/2015/07/post_17716.html" target="_blank">アップルが自動車事業に本腰を入れている</a>のではないかという噂も真実味を帯びてきた今日この頃。しばらくは妄想ネタに不自由しないで済みそうだ。</p>]]>
        
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    <title>だれか、わたしが仕事するのを止めてください</title>
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    <published>2015-07-15T08:20:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:40:28Z</updated>

    <summary>　ハフィントンポストでは、従業員が休暇中にメールを受け取れない仕組みを導入したと...</summary>
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        <category term="職場" />
    
    
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        <![CDATA[<p>　ハフィントンポストでは、<a href="http://thebridge.jp/2015/07/stress-free-vacation-at-huffington-post-pickupnews" target="_blank">従業員が休暇中にメールを受け取れない仕組み</a>を導入したという。</p>
<p>　リンク先の記事によると、従業員は、休暇中のメールを「すべて廃棄」か「アーカイブ」の2択から選ぶ。そして送り主に対しては、休暇明けに再度送るか別の担当者に連絡するようにお願いするメールが送られるとのこと。 ドイツのダイムラーも、同じような仕組みを持っているらしい。</p>
<p>　なるほど、これはいいアイデアだ。休暇中に仕事用のフォルダにメールが溜まっていくのを見ると、ちっともリラックスできないし、休み明けにそれらのメールの処理をすることを考えると、重苦しい気分になってしまう。</p>
<p>　このようなソリューションを目にすると、私も色々と妄想したくなる。</p>
<p>　例えば、業務時間外にメールを送信できなくするというのはどうだろう。そうすれば、「どうせ今日はもう送れないなら、今日はここで切り上げて、明日の朝早めに出てきて続きをやるか」ということになり、今はやりの朝型勤務（ゆう活）の推進に役立つだろう。</p>
<p>　メールだけでは片手落ちだ。会社から貸与されている携帯電話やノートPCなどのデバイスもすべて、強制的に利用不能にするソリューションが欲しい。</p>
<p>　それにしてもまぁ、次から次へと思い付くのは、上のように強制的に仕事ができなくする環境を整備することばかりだ。ひょっとして、私も相当病んているのだろうか。</p>
<p>　ワーカホリックというのは、仕事熱心な勤勉さの表れということではなくて、自分の意思では仕事をストップすることのできない、意思の弱さの表れでしかない、という事実を改めて思い知らされたようで、どうにも心が痛い。</p>]]>
        
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    <title>断捨離は3つセットで考えるべし</title>
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    <published>2015-07-08T08:20:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:40:28Z</updated>

    <summary>　私が『断捨離』という言葉を最初に聞いたのは、確か2010年のこと。それからすで...</summary>
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        <category term="スキル" />
    
    
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        <![CDATA[<p>　私が『断捨離』という言葉を最初に聞いたのは、確か2010年のこと。それからすでに5年が経った。今ではあちこちでこの言葉を見聞きする。もう完全に市民権を得たように思われるが、本当に『断捨離』を実行できている人はどれだけいるだろうか。</p>
<p><strong>■それってホントに断捨離なの？</strong></p>
<p>　みなさんも、自分の周囲で「断捨離」という言葉を使って何か行動を起こそうとしている人を観察してみればよい。おそらくその人の行動には「断」も「離」もない。「捨」あるのみだ。</p>
<p>　「捨」だけなら、単なる一般的な消費行動の一部として組み込まれている「古くなったから捨てる」という行動以上のものではない。それって、断捨離じゃないよね？</p>
<p>　ひょっとして、ただ単に不要なものを処分する時の免罪符として断捨離という言葉を使っているだけじゃないのか？</p>
<p>　そんなことではいつまで経っても身の回りのモノは増えるばかりだ。</p>
<p><strong>■プロジェクトにも断捨離が必要だ</strong></p>
<p>　実はこれ、プロジェクトにおいても同じことが言える。プロジェクトを遂行していく上では、様々な局面で断捨離が必要となる。注意すべきは、ここでもこれら3つをバランス良く行うことだ。</p>
<p>　断捨離が必要となる典型的な局面といえば、やはり要件の変更や追加の発生時だろう。ここで例えば、本質的でない要望を断り、仕様変更や追加要望の流れを断ち切らなければならない。</p>
<p>　さらに言えば、プロジェクトの最初期の段階で要件の追加・変更に関する取り決めをしっかりしておき、後から押し寄せる要望の濁流からプロジェクトを隔離しておかなければならない。</p>
<p>　でなければ、どこかでメンツを捨てて、1次開発リリース時に実現する予定だった機能を、2次フェーズにまわせないかとお願いしなければならなくなるかも知れない。そして最悪の場合には、「あいつは使えないリソースだ」という烙印を押されて、自分が捨てられてしまうことになるかも知れない。</p>
<p>　それは極端すぎるとしても、実際問題、「断」や「離」を抜きにしていては、どんなに「捨」を続けたとしても、タスクの増加はなかなか止まらないものだ。</p>]]>
        
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    <title>シンプルさを保つということ</title>
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    <published>2015-07-01T04:00:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:40:28Z</updated>

    <summary>　システム開発の現場で「シンプル」という言葉が使われる場合、その意味は「単純で簡...</summary>
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        <name>onoT</name>
        
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        <category term="スキル" />
    
    
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        <![CDATA[<p>　システム開発の現場で「シンプル」という言葉が使われる場合、その意味は「単純で簡便なこと」を指すのが普通だろう。利用者の省力化を目指すことが最大の目的であるようなシステムの場合には、この考え方は当然のことだ。</p>
<p><strong>■シンプルライフは単純ではない</strong></p>
<p>　一方、実生活の中で「シンプルライフ」といった場合の「シンプル」は、それとは少し方向性が違う。この場合のシンプルさのスタート地点は、持ち物を減らすことだ。これは一見するとUIをスッキリさせることと同じように感じる。</p>
<p>　しかし、決定的な違いがある。UIをスッキリさせるのは利用者を迷わせないためだ。しかし、シンプルライフで持ち物を減らすのは、ある意味、迷わせるためと言える。つまり、ここで持ち物を減らす意味というのは、しっかりと対象に向き合って、じっくりと考えるためなのだ。</p>
<p>　例えば掃除において、簡便さを追求するならば、極論すればロボットに掃除をさせればいい。しかし、生活の場でのシンプルさとは、それをホウキとチリトリで済ませることだ。細分化された道具をたくさん揃えるのではなく、少ない道具を工夫をして使いこなす。重要なのは、この「工夫して使いこなす」ということだ。</p>
<p>　対象についての深い洞察が、作業の本質を浮かび上がらせる。それが作業の質を向上させる第一歩だ。つまり、シンプルライフとは、物を減らすことが目的なのではない。生活の質を向上させることこそが最終目的なのだ。</p>
<p><strong>■シンプルさを保つ意味を考えよう</strong></p>
<p>　同じように、開発の現場をシンプルにする目的は、開発の対象にしっかりと向き合って、じっくりと考えることでなければならない。ところが、現実のプロジェクトでは、案件の都度、新しい言語を覚えたり、ツールを導入したり、手法を試してみたりと、開発対象からの集中力を削ぐもののなんと多いことか。</p>
<p>　もちろん、新しい言語やツールや手法を否定しているわけではない。ただ、納期に余裕のないプロジェクトで、納期を短縮するために、アレがいいらしい、コレがいいらしい、と新しい何かを試すというのは、大抵の場合は自殺行為となる。ただでさえ時間が少ないのに、わざわざ開発対象への集中力を削ぐなど、正気の沙汰とは思えない。</p>
<p>　そうやって完成したシステムは、きっと利用者を思いっきり迷わせることになるだろう。</p>
<p>　そうならないために、我々は常に自分の周りをシンプルに保つ必要がある。対象に向き合い、考えるために。</p>]]>
        
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    <title>記憶の素材</title>
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    <published>2015-06-24T07:00:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:40:28Z</updated>

    <summary>　人はどこまで自分の記憶を辿ることができるのだろう。 　私の一番古い記憶は、幼稚...</summary>
    <author>
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    </author>
    
        <category term="スキル" />
    
        <category term="ライフハック" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/onot/">
        <![CDATA[<p>　人はどこまで自分の記憶を辿ることができるのだろう。</p>
<p>　私の一番古い記憶は、幼稚園に入る直前のことだから3歳か4歳のことだったと思う。手作りのカバンを母親から貰ってはしゃいでいたのを、今でも朧げながら覚えている。厚手の布製のカバンで、ランドセルのように背負えるタイプだった。</p>
<p>　しかし、それは本当に私の記憶なのだろうか。それとも、もっと後になって、当時のアルバムを見たり親の話を繰り返し聞いたりする中で単なる知識として刷り込まれたものにすぎないのだろうか。よしんば自分の記憶だったとしても、それが当時の事実をそのまま正確に記録したものと言い切れるものでもない。</p>
<p>　そう。記憶というものは、事実のスナップショットではない。我々が過去を思い出すとき、そこにはなんらかのフィルターが掛かっているものだ。</p>
<p>　では、なぜフィルターが掛かってしまうのだろうか。それは、客観的な事実ではなく、自分にとって都合の良い真実を求めたがるという、多くの人間に共通する性質によるものだ。だから、あまり客観的な事実が外部記憶にたくさん蓄積されていくと、不都合なことが発生することになる。</p>
<p>　例えば、「<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%98%E3%82%8C%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%8B%E6%A8%A9%E5%88%A9" target="_blank">忘れられる権利</a>」という概念がある。これは、他人から見えなくするために、自分の情報を、巨大な外部記憶装置であるネット上から消し去る権利のことだ。しかしそれは、裏を返せば自分自身が「忘れる権利」ということもできるだろう。</p>
<p>　真実の醸成には、事実の中から記憶に残したい瞬間を切り出して、それを刻の流れという名のエキスに浸し、化学反応が起こるのを待たなければならない。SNSに投稿される旅先の美しい風景や楽しげなスナップは、それ自体すでに事実を加工したものであり、いわば真実として記憶しておきたい素材と言える。刻が、それらの素材をより一層輝かせてくれることだろう。</p>
<p>　ところが、日本の夏に大量発生するといわれている「<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%AB%E3%83%83%E3%82%BF%E3%83%BC" target="_self">バカッター</a>」たちは、事実をそのままネット上に垂れ流してしまうという特異な生態で知られている。炎上してしまったら、もう後の祭だ。彼らにも忘れられる権利はあるかも知れない。しかし現実問題として、彼ら自身、自分がやってしまったことを忘れ去ることは非常に難しいだろう。「若気の至り」で済ませるには、あまりにも早く、あまりにも広く拡散されすぎてしまう。それが良くも悪くもネットの特徴なのだ。</p>
<p>　今年も、夏は、もうすぐそこだ。外部記憶の使い方には、十分注意しようではないか。</p>]]>
        
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    <title>あなたは丁寧に仕事をしているか？</title>
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    <published>2015-06-17T06:00:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:40:28Z</updated>

    <summary>　「どんな仕事をするときにも共通する、もっとも本質的な、片時も忘れてはならない大...</summary>
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        <category term="スキル" />
    
        <category term="職場" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/onot/">
        <![CDATA[<p>　「どんな仕事をするときにも共通する、もっとも本質的な、片時も忘れてはならない大切な心構えとは何か」と問われたとしよう。あなたなら何と答えるだろうか。</p>
<p>　私なら、それは「常に丁寧さを心がけること」だと答えたい。</p>
<p>　大辞泉によると、丁寧とは「細かいところまで気を配ること。注意深く入念にすること。言動が礼儀正しく、配慮が行き届いていること。」などと定義されている。</p>
<p>　まさに、どんな仕事にも求められる基本的な態度を過不足なく表しているではないか。</p>
<p>　とはいえ同時に、なんと耳が痛いことだろう。なぜなら多くの職場には、これが欠けている人が溢れているのだから。</p>
<p>　誤字・脱字の多いメールを受け取ることなど日常茶飯事だ。スケジュールや納期の設定から始まって、プロジェクトのあらゆるフェーズにおけるコミュニケーションや成果物なども、そこから推して測るべし、といえる。</p>
<p>　その結果、もっと丁寧にやっていれば起こり得ないような事象が今日もあちこちで発生しているのだ。</p>
<p>　これは組織やプロジェクトの問題ではない。個々人の態度の問題だ。だから、自分以外に責任転嫁することは出来ない。 納期に追われている、というのも言い訳にならない。それが仕事を丁寧にやらなくていいという免罪符になるわけでもない。</p>
<p>　私自身、過去を振り返ってみると、思い当たる節がいくつもある。それはもう、嫌になるくらいたくさんある。だからこそ、声を大にして言いたい。もっと丁寧に仕事をしようよ、と。</p>]]>
        
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    <title>義理チョコ考</title>
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    <published>2015-02-12T07:00:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:40:28Z</updated>

    <summary>　毎年バレンタインデーが近づくと、普段はあまり耳にすることもなくなった「義理」と...</summary>
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        <category term="人間関係" />
    
        <category term="職場" />
    
    
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        <![CDATA[<p>　毎年バレンタインデーが近づくと、普段はあまり耳にすることもなくなった「義理」という言葉が、にわかに脚光を浴びる。最近では義理チョコを禁止する企業も増えてきたというが、それでもやはり義理チョコ市場は今年も盛況のようだ。</p>
<p>　義理の根底には、「相手から良くしてもらった、お世話になった」という事実に対して、恩に報いたいというか、感謝の気持ちがあるのだと思う。そう考えると、義理チョコを根絶することは難しいと言わざるを得ない。</p>
<blockquote>
<p>　義理と人情を秤にかけりゃ　義理が重たい男の世界</p>
</blockquote>
<p>と歌ったのは高倉健さんだが、男の世界だけではなく、会社組織の中でも、やはり義理は重たいものだ。義理とはいわば組織を円滑に回すための潤滑油のようなもとも言えるだろう。</p>
<p>　例えば、日常の業務の中で、席が近いメンバー同士でちょっとしたお菓子を分け合ったり、休暇で旅行に行ったらお土産を買ってきたりということはよくある話だ。また、クライアントやパートナー企業へのご挨拶で菓子折りを持参する、ということだって普通に行われている。こういうちょっとした心遣いを迷惑と感じる人はあまりいないのではないだろうか。</p>
<p>　義理チョコも心遣いの一形態にすぎない。社員に禁止令を出すなど、個人的には無粋なことだと感じてしまう。</p>
<p>　ところで私は昨日、義理チョコ作りの手伝いをした。それとは知らずに、私の気持ちがちょっとだけ詰まったチョコを受け取る人が世の中には数人いるということだ。まぁこんな告白こそ、無粋の極みなのだが。</p>
<p></p>]]>
        
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    <title>美しきニッポンの農村に、IT化の波が押し寄せる</title>
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    <published>2015-02-04T08:10:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:40:28Z</updated>

    <summary>　農業は、人類史上もっとも早くITを駆使することによって発展した、先進的な産業の...</summary>
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        <category term="技術動向" />
    
    
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        <![CDATA[<p>　農業は、人類史上もっとも早くITを駆使することによって発展した、先進的な産業のひとつだといえる。天体観測にもとづく「暦」として結実したその成果は、21世紀に生きる我々さえも、いまだに日々その恩恵に浴している。</p>
<p>　今、そんな輝ける歴史を誇る農業のIT化が再び叫ばれている。</p>
<p>　夜にはフクロウが鳴き、少し歩けば田畑が広がるような田舎に住む私としては、10年後、20年後の地元の風景を妄想せずにはいられない。</p>
<p>　まず、現在進行中の、農地の大規模集約化がさらに進み、広大な田畑を自動運転の耕運機などが駆け巡ることになる。これは近い将来、間違いなく一般化するだろう。</p>
<p>　大規模集約化は、農業の法人化によって可能となる。そしてそれは、現在着々と進んでいる。若者にとって就職先の選択肢がひとつ増え、過疎化しきった農村に若い労働力が戻るということでもあり、これはよいことだ。</p>
<p>　さて、妄想を続けよう。</p>
<p>　種まきや苗の植え付けなども当然のことながらフルオートメーション化され、農業クラウドサービスで最適な時期を判断して実施される。</p>
<p>　そうやって育てられる農産物は、最先端のバイオテクノロジーにより、害虫や病気に強く、味や形がよく、栄養価の高いものばかりだ。</p>
<p>　もちろん、農地の環境はセンサーで温度や湿度、土壌の養分などを常にチェックされていて、作物に最適な状態に保ち続けられる。それらのシステムの動力源は、農地の上に設置されたソーラーパネルや水路に設置された水車発電などによってまかなわれる。</p>
<p>　上空には鳥型ガーディアン・ロボットが旋回して害鳥を追い払い、地上では人型ガーディアン・ロボットが害獣の侵入を24時間体制でガードする。</p>
<p>　収穫期ともなれば、パワードスーツに身を包んだ農家のおっちゃん、おばちゃんたちが、掛け声も勇ましく大量の収穫物を軽トラックに積み込む姿が、ニッポンの農村の新たな風物詩として定着するだろう。</p>
<p>　あぁ、美しきニッポンの農村。わたしの愛して止まない、ニッポンの農村よ。</p>
<p>　願わくば、新しいテクノロジーには、景観に配慮したデザインをお願いしたいものだ。無粋なデザインは、ニッポンの農村に似合わない。</p>]]>
        
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    <title>マスクは日本の国民衣装である</title>
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    <published>2015-01-28T07:00:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:40:28Z</updated>

    <summary>　風邪の予防策として、我が国で最も一般的に普及しているソリューションといえば、や...</summary>
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        <category term="ライフハック" />
    
    
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        <![CDATA[<p>　風邪の予防策として、我が国で最も一般的に普及しているソリューションといえば、やはりマスクだ。日本の冬は、マスクの冬。街の中でも電車の中でも、これだけ多くの人がマスクをしている国など、世界広しといえど他にはないのではなかろうか。</p>
<p>　和服の人とすれ違うことはなくとも、マスクの人とすれ違わない日はない。そう考えると、マスクはもう、日本独特の民族衣装と言っても過言ではない。</p>
<p>　そんなわけで、和装振興議員連盟の方々には、是非とも全員マスクをかけて記念写真を撮って頂きたいと思う次第である。</p>
<p>　「国民衣装であるマスクをつけて、国民が一致結束してウィルスに対応している姿を示す」とかなんとか。</p>
<p>　毎年ウィルスに苦しめられている人も多い。したがって、記念撮影時には、くれぐれも派手な和服を避けて、しめやかに執り行っていただきたい。</p>
<p><strong>■マスクを制するものは日本の冬を制す</strong></p>
<p>　ところで、マスクはウィルスの通過自体のガードはできないが、口元の乾燥を防ぎ、ウィルスが繁殖しにくい環境を作ってくれるという効果は期待できるらしい。</p>
<p>　ちなみに、わたしはアロマオイルを1滴たらしたティッシュを折りたたんで、マスクと口の間に挟んだりしている。個人的にはユーカリのオイルが気に入っている。</p>
<p>　これは満員電車でのキョーレツで不快な匂いのガードにも使えるし、デスクワークで集中したい時や、ストレスでイライラしている心を鎮めたい時にも使えるので、エンジニアの皆さんにもオススメだ。</p>
<p>　ただ、原液が直接肌に触れるのは肌荒れの原因となりNGなので、たらした面が肌に触れないように折りたたむことと、たらした直後は結構刺激が強いので、しばらく（30分くらい）放置してからマスクに挟むという点には注意してほしい。</p>
<p>　これから始めようという人は、直接マスクにスプレーできるアロマスプレーも売っているし、マスクに貼るアロマ保湿フィルターといったものもあるようなので、まずはそういったもので試してみるのもいいだろう。</p>
<p>　マスクを制するものは日本の冬を制す。皆さんにも、是非ともハッピー・マスク・ライフを楽しんで頂きたい。なにせ、マスクは日本の国民衣装なのだから。（もういいって）</p>
<p></p>]]>
        
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    <title>スマートじゃなきゃダメですか？</title>
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    <published>2015-01-21T06:30:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:40:28Z</updated>

    <summary>　今の世の中、右を向いても左を見ても、スマートなんちゃらで溢れている。 　スマー...</summary>
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        <category term="スキル" />
    
    
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        <![CDATA[<p>　今の世の中、右を向いても左を見ても、スマートなんちゃらで溢れている。</p>
<p>　スマートフォン、スマート家電、スマート歯ブラシ、スマート洗面台、スマートベッド、スマートキッチン、スマートハウス、スマート植木鉢、スマート飯、スマートなんちゃら、スマートかんちゃら。スマート、スマート、なんでもかんでもスマートだ。</p>
<p>　しかし、本来モノには善悪などないし、スマートもへったくれもなく、ニュートラルな存在でしかないはずだ。スマートであるべきなのは、それを使う人間の方ではないか。</p>
<p>　だから、あまりにもスマートさを前面に押し出したモノを見ると、「愚かなオマエらでも使えるようなモノを作ってやったんだぜ。ありがたく思いな。」とバカにされているような気がしてくる。</p>
<p>　たかがモノの分際で、そんなにスマートさをアピールするんじゃないよ。そんなことだから、流行り廃りが激しくなって、製品寿命が短くなるんだよ。</p>
<p>　わたしは、そんなスマートなモノではなく、スマートなヒトに喜んでもらえるようなモノを作りたいと思っている。</p>
<p>　それにしても、まぁ、そんなことよりも、まずは正月に餅を食い過ぎて、今まで以上にスマートさを失ったこの体型をなんとかせねばな。スマート体重計ってのもあったっけな。</p>]]>
        
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    <title>ITの神様のいう通り</title>
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    <published>2015-01-14T03:45:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:40:28Z</updated>

    <summary>　私は典型的な現代日本人なので、大晦日には除夜の鐘など聞いて煩悩を振り払おうとす...</summary>
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        <![CDATA[<p>　私は典型的な現代日本人なので、大晦日には除夜の鐘など聞いて煩悩を振り払おうとするし、年が明ければ初詣に出かけて神様に今年も万事うまく行きますようにと願をかける。</p>
<p>　ジョンレノンは「神なんか、俺たちの痛みを測る概念でしかないんだぜ」と歌ったが、典型的な現代日本人にとっては「神なんか、俺たちの欲深さを測る概念でしかないんだぜ」といえるのかも知れない。</p>
<p>　そんな私の不謹慎でいい加減な態度が見透かされたかのように、おみくじでは以下のように告げられた。</p>
<p>　<strong>願望：叶う。されど無理な願いはよせ</strong></p>
<p>　なんだかAnubis氏の一連のWBSなどのコラムを思い出して、ついニヤニヤとしてしまった。</p>
<p><a href="http://el.jibun.atmarkit.co.jp/photos/uncategorized/2015/01/14/kanda.jpg" onclick="window.open( this.href, '_blank', 'width=400,height=390,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0' ); return false"><img class="asset  asset-image at-xid-photo-48330183" style="width: 120px; float: right; margin: 0px 0px 5px 5px;" alt="Kanda" title="Kanda" src="http://el.jibun.atmarkit.co.jp/onot/images/2015/01/14/kanda.jpg" /></a></p>
<p>さて、私は仕事柄、毎年ITの神様としても名高い神田明神に参拝し、IT御守りをいただいている。上のおみくじは、そこで引いたものだ。</p>
<p>　そういえば愛宕神社では去年からEdyでお賽銭を納めることができるらしい。また、京都法輪寺の電電宮は、お守りがSDカードになっていて、そのカードの中には菩薩像の画像が入っているとか。</p>
<p>　しかし、どこの神様もきっと、我々の願いに対して口を揃えておっしゃるだろう。</p>
<p>　<strong>無理な願いはよせ</strong></p>
<p>　まぁ「天は自ら助くるものを助く」ということだ。</p>
<p></p>]]>
        
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    <title>IT業界にとどまるな</title>
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    <published>2015-01-07T07:50:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:40:28Z</updated>

    <summary>　最近、どうも「IT業界」という言葉がしっくりこない。 　同じく、「ITエンジニ...</summary>
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        <category term="スキル" />
    
        <category term="ワークスタイル" />
    
    
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        <![CDATA[<p>　最近、どうも「IT業界」という言葉がしっくりこない。</p>
<p>　同じく、「ITエンジニア」という言葉もしっくりこない。</p>
<p>　今では、どんな業界でも、ITの力は必須だといえる。しかしITはそれ自体が目的ではなく、なにか目的を達成するための手段でしかない。</p>
<p>　にもかかわらず、「自分はIT業界に所属しているITエンジニアだ」という思いが強い人の中には、ITそれ自体を目的としてしまっている人が少なからずいるように感じる。</p>
<p>　自分ではなかなか気づかないことだが、たとえば社内の違う部門の人や経営層から「これだからエンジニアは・・・」とか「これだから開発のヤツは・・・」というたぐいの言葉を耳にしたことがある人もいるにちがいない。</p>
<p>　そういう言葉が聞こえたら要注意だ。あなたはすでに、IT自体を目的としてしまっているのかもしれない。</p>
<p>　もし思い当たる節があるなら、今年は自分がIT業界の人間だと思うことをやめてみることをお勧めする。ユーザー系企業のIT部門にいるなら、自分は、会社が属している業界の人間だと思うべきだ。当たり前のことのようだが、IT部門の社員の中にはそういう意識をあまり持っていない人も結構いるのだ。</p>
<p>　受託系の企業でも、パッケージ系の企業でも、その企業が得意としている業界や自分がアサインされているプロジェクトがターゲットとしている業界を、自分が所属する業界と考えてみればいい。</p>
<p>　今年はITという殻を破ってみよう。</p>]]>
        
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