私、にこらしかが、ITに関する所感や小説を綴っていくコラムです。

[小説] Close To The Edge(6)一蓮托生(いちれんたくしょう)

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「よし、サービスが立ち上がった。見てみよう」
 
 コンソールでFireFoxを立ち上げ、立ち上げたサービスに管理者権限でログインした。GoogleMAPに青い線が表示されている。
 
「これが全ユーザの行動履歴だ。空白地帯がなさそうだから、大きな被害はなさそうだな」
 
 そして、オフィスに待機しているアキの電話番号で、絞り込みをした。
 
「これがアキの行動履歴だな。アドホックによるタイムラグがあるだろうけど、数分前の履歴がある。そしてここにメッセージが表示されているだろ? 『余震怖い』って」
「確かに。無事そうだ。この機能、使えそうだな。よし、メディアに連絡してくる!」
「一つ、相談がある。一分で決めよう」
「なんだ?」
「このサービス、本当に公開していいのか……」
 
 悩んでいる僕の背中を、リョウタは再び強く叩いた。
 
「やる、に決まっているだろ。ここまできたら、やれることをやるだけだ」
 
 一蓮托生だろ、とウインクしてきたリョウタの顔を見て、決心した。
 
「よし、では広報、よろしく頼む!」
 
 任せておけ、と叫び、リョウタはサーバ室から出て行った。
 
 僕は、一人になって、ファン音がより響くようになったマシン室の中で、モニターをじっと見ていた。
 
 十分後から、サービスに対するトラフィックが増え始め、同時にSNSの投稿も増えていった。メディアは公開を渋っていたのか、テレビで見た、という表現は見当たらなかったが、SNS上ではこのシステムを利用し、安否確認が取れた、との喜びの声が並んだ。と同時に、何の権利で個人情報を公開しているんだ、という批判も、同じくらい投稿されていた。
 
 リョウタは、都度都度、『広報の公式見解』として、真摯に回答していたが、賛否は同じくらいの割合のまま、拮抗していた。
 
 更に三十分くらい経ち、アクセス数が伸び続けて、サーバリソースの消費が、危険な領域まで達してきたため、スケールアウトを行い、トラフィックを分散した。そのころになると、メディアもこの動きを無視できなくなったのか、一部で取り上げられてきたようだ。それと同じくして、地震後の正確な状況が分かってきたのか、大災害が起こっている、という情報が減少し始めてきた。
 
 サービスイン二時間後、アキから電話が来た。
 
「手短に。こちらは無事です。社長のお気に入りのオブジェは落ちて壊れましたが。そして、アイマの話題が凄いです」
「そうか、分かった。僕たちは、今日は帰れないだろうから、アキちゃんは自分の判断で動いてくれ」
「かしこまりました。社長とリョウタさんもお体には気を付けて」
 
 電話もつながり、アキの話も聞けたため、この行動履歴閲覧サービスの停止を決断した。広報として孤軍奮闘していたリョウタに、一時間後にこのサービスを停止するよう、広報してほしい、と伝えると、リョウタはすぐに行動した。
 
 <地震に伴う大規模通信障害の緊急対応として提供していた、弊社のアイマ行動履歴検索サービスですが、通信の復旧に伴い、十九時に本サービスを停止いたします。喜びに声に加え、いろいろと本サービスに対するご意見をいただき、大変感謝しております。今後につきましても、まずは安全第一で行動なさってください>
 
(続)

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