<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
    <title>IT業界を生き抜く健康生活</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/" />
    <link rel="self" type="application/atom+xml" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/atom.xml" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2019-03-18:/infra//28</id>
    <updated>2019-01-30T05:13:04Z</updated>
    <subtitle>＜＜【東北人魂】仙台遷都、福島東北オリンピックの実現へ＞＞</subtitle>

<entry>
    <title>闇推し（笑）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2019/01/2.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2019:/infra//28.11888</id>

    <published>2019-01-30T05:30:16Z</published>
    <updated>2019-01-30T05:13:04Z</updated>

    <summary>　無駄と密接に関連する「闇」について 　1年前書ききれていなかったと思うのであた...</summary>
    <author>
        <name>龍澤ヒデアキ</name>
        
    </author>
    
        <category term="ライフハック" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/">
        <![CDATA[<p>　無駄と密接に関連する「闇」について</p>
<p>　1年前書ききれていなかったと思うのであたらめて。</p>
<p>◆</p>
<p>　エンジニアの方は、定期的に「闇」に還ることをお勧めします。</p>
<p>　意図的に、なるべく真っ暗な闇をつくってそこに20分ほど身を落としてみてください。</p>
<p>　もちろん暗さだけでなく、無音であることが望まれます。</p>
<p>　我々には誰も「精神と時の部屋」を用意してくれないので(笑)　その代わりといってよいでしょう。</p>
<p>◆</p>
<p>　私は都市部に住んでおりますが、もはや世の中に「闇」ってないですね。</p>
<p>　あるとしたら、墓地ぐらいですかね...</p>
<p>　なぜ世の中から闇がなくなったかといえば、現代人が闇、すなわち無の象徴を無「用」なものとしてとことん排除してきたからでしょう。</p>
<p>　なぜ排除してきたかといえばまずは本能的なもので、闇に対する恐怖でしょうね。</p>
<p>　人間に恐怖を与えるものはすべて無用であるという考え方。</p>
<p>　「都市」そのものも、人間が自然や外的からの恐怖を回避する目的で成立してきたという歴史的経緯があります。</p>
<p>◆</p>
<p>　でも実は、闇（および無）こそ現代人にとって必要なものだと思います。</p>
<p>　なぜならば、闇（無）とはおそらく、人間が還るところだからです（だから恐怖を伴う）。</p>
<p>　人間は闇の中のほうが実はよく眠れています。真っ暗だと逆に眠れない、というのはわからないでもないのですがそれは寝付きの話で、眠った後部屋が明るいままだと眠りは浅いです。</p>
<p>　ただ、闇は必要とはいっても太古の時代から安全とセットである必要があります。なぜなら闇の中で人間は完全に無防備だからです。</p>
<p>　安全であるためには堅牢である必要があります。つまり、基本的に自分と信頼できる人間以外は誰も入ってこれない状態である必要があります。</p>
<p>　より安心感があり、より闇が深いほどに、人間は安心して無に還ることができるのでしょう。</p>
<p>◆</p>
<p>　私の育った田舎では至るところに闇がありました。ですので、世の中に闇夜に対する恐怖感がしっかりと残っていたような気がしますね。私が小さい頃は24時間営業のコンビニもなかったですし。</p>
<p>　住宅街をちょっと離れればこんもりとした林や茂みなどがいたるところにあり、本当に真っ暗で、とっぷり暮れた後は誰も入っていきません（いけません）でした。</p>
<blockquote>
<p>ヤンキーですらも...<a href="https://dic.pixiv.net/a/%28%28%28%28%3B%EF%BE%9F%D0%94%EF%BE%9F%29%29%29%29%EF%BD%B6%EF%BE%9E%EF%BD%B8%EF%BD%B6%EF%BE%9E%EF%BD%B8%EF%BE%8C%EF%BE%9E%EF%BE%99%EF%BE%8C%EF%BE%9E%EF%BE%99" h="ID=SERP,5121.1">((((;ﾟДﾟ))))</a></p>
</blockquote>
<p>　闇夜に対する恐怖感は、無意識のうちに神仏および霊に対する畏敬の念と直結していたような気がします。</p>
<p>◆</p>
<p>　ところで、安心感付きの闇があれば人間は瞑想状態にも簡単に入れます。それが、闇をつくることをお勧めする理由なのですが...</p>
<p>　瞑想状態とはすなわち、人間にある種のスイッチが入るということです。</p>
<p>　最近は「ゾーンに入る」とかあたりさわりのない言葉に置き換わっていますが、スイッチが入るということは「あっち側」にいってしまうということですからね。</p>
<p>　ということは、昔の時代の人（かなり昔、19世紀以前とか）って、いたるところに闇があったということは瞑想もしていたと思うのです。</p>
<p>　もちろん、本人はそのことに気づいていなかったと思いますけども。瞑想をしている自覚はなくとも自然と瞑想状態に入っていた（入れた）ということです。</p>
<p>　幽霊をみるとかって、そういうことだと思うのですね。オカルトチックな意味でなく、だれもが自然に、意識すらすることなく、霊的な世界と交信していたに違いないと思うのです。</p>
<p>　それが、路地に街灯が灯り、世の中に闇がなくなってしまって、現代人にはそういう体験がまったくなくなってしまいました。</p>
<p>◆</p>
<p>　さて</p>
<p>　現代のオトナは、何も生産的なことをせずぼけーっとしていたりスマホに目を落としたりしていると時間を無駄にしてる認定されてしまいますが、これが同じ何もしていないでも闇で瞑想してるとなると（なんかすごそう...と）一気に過ごしている時間の格が上がります(笑)</p>
<blockquote>
<p>「何もしていない」に変わりはないのにねえ</p>
</blockquote>
<p>　それはなぜかというと、まず「無」を徹底すると「無駄」ではなくなるということ。これは以前書いたかもしれませんね。</p>
<p>　「行為」としては何もしていない状態であってもヒトとして何か有益なことをしているに違いないと...</p>
<p>　そういう共通認識があるように思います。</p>
<p>◆</p>
<p>　もうひとつは（これが重要）闇（無）に身を落とし、静かな時間を過ごしているイコール実は何もしていないわけではないんです。</p>
<p>　さきほども書いたとおりで闇に身を落としてしばらくすると身体にある種のスイッチが入る。</p>
<p>　ということは、脳および身体が何かしら「活動」を始めるということです。そして慣れるとそれを感じることができます。</p>
<p>　経験からくる個人的な感想ですが、人間の意識上でのやらなければいけないこと、考えなければいけないことからは少し離れて、自身が本当にやらなければいけないことや考えなければいけないことを勝手に始める感じです。</p>
<p>　それはおそらく、自分にとって有意義なことに違いないのです。</p>
<p>　一方で意識上の自分は一旦バトンタッチして休息をとっている状態なので、一石二鳥なわけですね</p>
<p>◆</p>
<p>　身体に何かしらスイッチの入った瞑想状態と睡眠中の状態との違いは、</p>
<p>　あたりまえですが前者は意識がありますね。</p>
<p>　眠っているとき自分が何をしているか正直わかりませんし、夢をみているときも我々凡人は夢で動いている自分を自在に動かすことはできません。なすがままです。</p>
<p>　でも意識さえあれば...「完全には支配されていない状態」とでもいいましょうかね、日中、起きているときよりもより自分を俯瞰してみることができます。</p>
<p>　これが、とても面白いんです。面白がってよいのかどうかわかりませんが...　まあよいのではないでしょうか(^^ゞ</p>
<p>　もちろんいざとなったら意識のコントロールを試みることもできますし、自身で身体を動かして瞑想状態を解くこともできます。</p>
<p>　でも、なるべくそれは最後の手段と考えて、闇の中で、自分の身体や心の動きをじっくり観察してみてください。</p>
<p>　観察するだけでよいです。そこに解釈を加える必要はありません。</p>
<p>　善も悪もないので判断も不要ですし、何かが立ち上がってきても感情を発動させる必要はありません。</p>
<blockquote>
<p>夢では、自身をコントロールできないのでやたら感情的になったりしますけど...</p>
</blockquote>
<p>　ただ感じるということですね。それが、日常生活ではめったにできない貴重な経験となります。</p>
<p>◆</p>
<p>　では、幸運を祈ります(笑)</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>無駄と、「ゆとり、アソビ」との違い</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2018/10/post_32.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2018:/infra//28.11876</id>

    <published>2018-10-31T07:25:49Z</published>
    <updated>2018-10-31T05:58:11Z</updated>

    <summary>　このあたりで「無」という概念について深く考えていました。 無と無駄と有について...</summary>
    <author>
        <name>龍澤ヒデアキ</name>
        
    </author>
    
        <category term="ライフハック" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/">
        <![CDATA[<p>　このあたりで「無」という概念について深く考えていました。</p>
<p><a href="http://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2018/03/post_28.html">無と無駄と有について（2018/03/08）</a></p>
<p>　そして、その頃の草稿が残っていました。</p>
<p>　ですので、この草稿をベースに書き起こしてみたいと思います。</p>
<p>　「無」についてはあまりに壮大であるがゆえに、前回まとめきれませんでした（汗）。さて半年経ちましたが今回はどうなるでしょうか。</p>
<p>　それにしても「エンジニアライフ」の趣旨とは本当にほど遠くなってしまった（大汗）。</p>
<p>◆</p>
<p>　私が子供の頃は、地方で育ったというのもあり、今の子供らと違い、本当に勉強はしていませんでした(笑)。</p>
<p>　そして、ほどよく遊んでいました。毎日毎日泥んこになって～　みたいな、ありがちにカテゴライズされそうな子供の遊びはしていませんでした。毎日家に帰った瞬間にランドセルをほおりだして外に出る、とかいう行動パターンもなく、週のうち半分ぐらいは約束があるので遊びにいき、半分ぐらいは家にいました。</p>
<p>　習い事は週に２回のそろばん塾と１回のピアノ、春～夏の終わりまでは少年団のソフトボール練習が、試合前でなければ２日に１回程度、試合前は毎日でした。オフシーズンは何もありません。</p>
<p>　現代っ子に比べたら比較にならないぐらい予定が入っていません(笑)</p>
<p>　とにかく家ではどヒマでした。独り遊びしたりテレビみたり。。。それらに飽きるとぼけーっと考え事をしていました。</p>
<p>　いや、考え事じゃないな。妄想です(笑)。ひたすら妄想。</p>
<p>　そういえば家にゲームというものがなかったですよね～</p>
<p>◆</p>
<p>　一言でいえば「どヒマ」だった子供時代の私の行動ですが、すべて今の自分の血肉になっています。</p>
<p>　何かをしたことも、何もしなかったことも、です。</p>
<p>　ということは、子供時代は基本的に何をしていても無駄がないということです。</p>
<blockquote>
<p>いくつか例外はありますが、それについては本題から外れるので今回言及しません</p>
</blockquote>
<p>◆</p>
<p>　ところが、皆さんよぉくご存じかと思いますが、オトナというのは無駄な時間だらけです（汗）</p>
<p>　なぜそうなってしまうのでしょうかね？　同じ24時間を生きているのに。</p>
<p>　それに、オトナになるほどに時間の使い方が上手になっていきそうなもんじゃないですか。スキルが上がるという意味では。</p>
<p>　でも、まったくそうはならない。</p>
<p>　歳をとると、何を食べても、水を飲んでも、贅肉になってしまったりしますが...(笑)</p>
<p>　なんだかそれと似ているような気もします。</p>
<p>◆</p>
<p>　子供の頃の経験がすべてオトナになってからの血肉になる、を敷衍してみれば、我々の今、ここの経験のうち、10年後自分の血肉になっているであろうものだけが「無駄ではない」と定義できると思います。</p>
<p>　たとえばふつうに考えて、今身体によいものを食べるとか健康に気をつかった生活をするとか、あるいは仕事をする（お金を稼いで生活を維持する）ことも、このように定義すれば無駄ではないといえると思います。</p>
<p>◆</p>
<p>　オトナになると、なんだかわかりませんがあれやこれややらなければいけないことがたくさんありますよね。</p>
<p>　にもかかわらず、けっこう期限ギリギリまで何もせず、ぼーっとしてしまうのが常です。</p>
<blockquote>
<p>私はそうです</p>
</blockquote>
<p>　という意味ではそのぼーっとしていた時間は無駄ですよね。</p>
<p>　子供時代は、本当にやることがなく(笑)、だからぼーっとしていたのです。つまり、ぼーっとすることが、そのときその瞬間のやるべきことでした。やるべきことをやっているから、有益な時間だったのです。</p>
<p>　続けます。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>[再録]エンジニアとオサレ（24）　愛されキャラとは（２）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2018/09/24.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2018:/infra//28.11791</id>

    <published>2018-09-07T07:59:41Z</published>
    <updated>2018-09-07T07:40:33Z</updated>

    <summary>3年半前。 　SEに何かお願いしようとするときの不機嫌さといったら（苦笑） 　ホ...</summary>
    <author>
        <name>龍澤ヒデアキ</name>
        
    </author>
    
        <category term="ワークスタイル" />
    
        <category term="人間関係" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/">
        <![CDATA[<p>3年半前。</p>
<p>　SEに何かお願いしようとするときの不機嫌さといったら（苦笑）</p>
<p>　ホントこの業界、愛されキャラが少ないよなあと思いながら書いたのではないかと思います、たぶん。</p>
<p>　今はどうなんでしょう。おそらく変わっていないのでしょうね。</p>
<p>　「わかりません」「できません」「工数がありません」</p>
<p>　とにかく仕事の守備範囲が狭くて、手の届くところしか守ろうとしない、動かない方が多いプロジェクトにずっと携わってきました。マネージメントする側からしたらストレスしかないです。ピッチャーいいところに投げて詰まらせてもことごとくポテンヒットになっちゃうんですから。</p>
<p>　そういうチームの中でひとりでも、ボールに飛びつく姿勢を見せ始めればそれだけでもチームに活気を与えます。</p>
<p>　最初はそういうことを始める人間に対してまわりの目は冷ややかですが、やがて少しずつメンバー全体に好影響を与えるようになります。</p>
<p>　ただし...そのチームが属する組織自体が腐っていなければ、の話ですが...</p>
<p>　「動ける」方は、組織が腐っていることがわかったら転職したほうがよいですし、自分がとどまるべき組織かを判別するためにも組織内でとりあえず動いてみるべきだと思います。　</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><span style="color: #0066cc;" color="#0066cc"><a href="http://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2015/01/24-0a0e.html">http://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2015/01/24-0a0e.html</a></span></span></p>
<p>　私が書き続けてきた「モテる」とは結局、ビジネス・シーンで愛されキャラになることなのかもしれないなあ、という結論に達しました。前回、結論を先に書いてしまいましたが（笑）。</p>
<p>　今回は前回の続きになりますが、若かりし頃「オレに仕事ふるなよゴルァ」オーラを全開にして、現場で身を守っていた（つもりだった）私が、ある日から徐々にそのオーラを弱めていったところ、最初はウザい雑務が死ぬほど入ってきてホントに心からこのギョーカイがイヤになりましたが、やがてウソのように楽になってきたという、そのあたりについて自分の経験を交えながら書きたいと思います。</p>
<p>◆</p>
<p>　また長くなりそうなので（笑）結論を先に書きますと、この話は「愛されキャラ」とつながってきます。その、「ウソのように楽になって」くる頃に、その人は「愛されキャラ」にとても近づいているのです。</p>
<p>　「愛されキャラ」になるかどうかは、現場でなるべく笑顔を絶やさないようにしよう、という強い意志を持つかどうかで決まります。</p>
<p>　私のように笑顔が苦手な人間は、無理して「愛されキャラ」になる必要はないと思います（自分の経験から）。ただし、私は、むっとした顔をし続けるのはやめました。それなら笑顔が苦手な人間でもできます。</p>
<p>　そして、IT業界の大多数の人は笑顔が苦手であると推測していますので、僭越ながら私の手法が参考になると思っています。</p>
<p>　愛されキャラの方ってすごくモテるのでうらやましいのですが、現場でむっとした顔をやめて、かつ誠実に仕事をしていれば少しはモテます（笑）。私はそれぐらいでいいかな、と...</p>
<p>◆</p>
<p>　さて、最初ウザい雑務が入ってきてイヤになるのに、やがてラクになってくる理由のひとつは、あたりまえですが自分が成長するからです。カンタンにいえば生産性が上がるということですね。雑務をこなす過程で自分のペースがわかるようになるのです。</p>
<p>　つまり...</p>
<p>　自分のペースを守るために、むっとして仕事をブロックしていたはずなのに、結局のところむっとしていようがいまいがその現場で仕事はしなければならないわけで。</p>
<p>　以前書いたと思いますが、むっとしてブロックしたとしてもまわりまわって仕事はふってくるわけですから、ふってきた時点ですでにクリティカルになっていることが多いのです。だから最初から、納期に少しでも余裕のある時点で受入れて、自分のペースで仕事したほうが結果的にはすごくラクです。</p>
<p>　と、いうことに気づくわけですね。ああ、最初から受け入れたほうがラクなんだ、と...これも成長です。</p>
<p>　とりあえず受け入れて、複数のタスクが平行して走る中でイヤになって投げ出してしまわずに効率性を考え続け、とりあえずこなすところはこなし（考えながらも手は止めない！）、手順化して他部署にふれるところはふり、打ち返すところは打ち返し...ということを繰り返しながら自身の生産性（イコール「腕」）を上げていく。</p>
<p>　つまり、<span style="color: #4040ff; font-size: large;"><strong>「けっこうたいへん」な状況じゃないと自分が磨かれない</strong></span>ということです。（ここ、重要）</p>
<p>◆</p>
<p>　むっとすることによるブロックを解除して、引き合い（最初は雑務）が増えはじめる状況というのは（ビジネスにおける）「モテはじめ」ということに他なりません。モテはじめの時期は大変な時期なのですがその段階をすまし顔で（内心泣きながら）突破していくとどうなるか？</p>
<p>　<span style="color: #4040ff; font-size: large;"><strong>現場で尊重されるようになります。</strong><span style="color: #111111; font-size: medium;">（ここも重要）</span></span>尊重されると、ラクになるんですよね、精神的に。</p>
<p>　そして、尊重されると、ごほうびとして雑務じゃなくて「ちゃんとした」仕事がふってくるようになります。実は、この「ちゃんとした」仕事っていうのは雑務よりも何倍もキツいんですが（笑）。</p>
<p>　周りから尊重され、精神的にラクになり、かつ自身の「腕」も上がってきている状況でふってくる「ちゃんとした」仕事を受けたところからが、さあ、勝負です！</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>[再録]リアクション・モード（３）衝動的に会社にいく（いける？）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2018/07/post_31.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2018:/infra//28.11674</id>

    <published>2018-07-26T09:12:29Z</published>
    <updated>2018-07-26T08:23:23Z</updated>

    <summary>　1年前の記事です。最近まとまって書く時間がとれず（ネタはありあまるほどあるのに...</summary>
    <author>
        <name>龍澤ヒデアキ</name>
        
    </author>
    
        <category term="ライフハック" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/">
        <![CDATA[<p>　1年前の記事です。最近まとまって書く時間がとれず（ネタはありあまるほどあるのに）過去ログに頼る今日この頃（苦笑）。</p>
<p>　さて</p>
<p>　考え方は昔からまったくブレてないんですけど、ずーっとイヤイヤ会社に行ってる状況って、致命的だと思うのです。</p>
<p>　だって、せっかくの人生ですよ？</p>
<p>　一時的にであれば、修行という意味でキビしい現場に身をおく必要はあると思います。でも、それを超えてしまうとねぇ...</p>
<p>　（石の上で？）３年は苦労しろとかいう話を聞きますが３年は長すぎでしょうね。</p>
<p>　ですから、まずやるべきことは、バリバリ音がするぐらい仕事「しちゃう」ことなんですよ。</p>
<p>　突き抜けるぐらいに。</p>
<p>　そうすれば、（高い確率で）イヤイヤ会社に行く状況から抜けられるはずです。</p>
<p>　ちなみに、仕事というのは、人生のプライオリティNo1にしなくともバリバリやれます。生産性を極限まで高めるためには、逆にどっぷり仕事に浸からないほうがよいのです。</p>
<p>　それでも状況が改善されない場合は...</p>
<p>　おっとその前に、バリバリと音がするぐらい仕事「したくない」のであれば、おそらくその原因は、その現場に貢献したくないという考えに支配されてるからだと思うんですよ。</p>
<p>　ですから、配置替えか、あるいは転職しかないと思うんです。</p>
<p>（以下再録）</p>
<p><a href="http://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2017/06/post_11.html">http://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2017/06/post_11.html</a></p>
<p>思うがままに生きる。衝動的に生きる。リアクション・モードで生きる。</p>
<p>　ところでこれ...ラクだと思います？</p>
<p>　相当、キツいと思いますよ。</p>
<p>　まずその境地に至るまでにかなりの紆余曲折が発生しますし...</p>
<p>　その間は、キツいことだらけのはずです。</p>
<p>　で、最終的にそういう生き方ができるようになったとして、キツさがなくなるんじゃないんです。自分の人間力が圧倒的に上がって、キツさを感じなくなるだけなんですよね。</p>
<p>　思うがままに生きようが、他人や周りに阿って生きようが、選ぶのは本人なのでどっちでもいいんですけど、他人や周りに阿って生きるほうが実はラクなんですけどね。</p>
<p>　「生きる」ってホント大変ですよね。そもそも毎朝起きるのって大変だし（笑）。</p>
<p>　言葉を選ばずにいえば「他人や周りに阿って生きる」とは果たして生きていると言えるのかどうか...</p>
<p>◆</p>
<p>　前回書いたように、まず、サラリーマンは劇的なパラダイム・シフトが必要で、「衝動的に会社にいく」状態にならなければなりません。</p>
<blockquote>
<p>（苦笑）オーバーにいえば、ですけど</p>
</blockquote>
<p>　ですよね？　毎朝毎朝会社に行きたくないんだったら、その衝動を優先し続けていれば、すぐクビです。</p>
<p>　この資本主義社会で、収入源が絶たれてしまったら、いかように生きることすらもできません。</p>
<p>　つまりリアクション・モードで生きるためには自分を変える必要があるんです。</p>
<p>　私は、いろんな回り道をしましたが概ね、そういう状態になることができています。</p>
<p>　気がつくと仕事を始めていたり、いつの間に今日の仕事の段取りを考えながら背広に着替えたり。</p>
<p>　そこに、なんの感情も交えることはありません。気負うこともないし嫌だと思うこともない。</p>
<p>　義務感もない。</p>
<p>　実は正直なところ「行きたい」わけでもないんですけど（苦笑）。そういう予定にしてるから、そうする。それだけ。</p>
<p>◆</p>
<p>　これを長期的に実現するには、（一般的観点でみて）イヤなことが起きたときの対処法（うまく受け流す）および、翌日に引きずらないための一日（あるいは１週間）のクロージング方法を確立することが必要です。</p>
<p>　次の日をニュートラルな状態で始められるようにするということ。</p>
<p>　引きずらないこと。</p>
<p>　もうひとつ重要なのは仕事を「ファースト」にしないこと。仕事を、自分の一日の予定のひとつとしてフラットに組み込むこと。</p>
<p>　そのためにどうしたらよいか。いろんなところで書いているのですが、ひとつの方法は早起きなんです。</p>
<p>　つまり、仕事の開始時刻から逆算して起床しないこと。それをやってしまうとまるで、自分の人生が仕事中心みたいじゃないですか。</p>
<blockquote>
<p>仕事中心「みたい」じゃなくて実際そうなんでしょうけど...</p>
</blockquote>
<p>　仕事の開始時刻から逆算している時点で、仕事に支配されてるということなんですよ。</p>
<p>◆</p>
<p>　「たかが仕事」で自分のマインドをネガティブに「してられっかよ！」という気持ちになればいいんです。</p>
<p>　自分のマインドをネガティブにされるのは<strong><span style="color: #ff0000;">「（自分を）汚される」</span></strong>というイメージを持ちましょう。</p>
<p>　汚されるのって、イヤじゃないですか？</p>
<p>　汚されないためには、防衛する必要があります。具体的には、はいは～いと、受け流す術を身に着ける。</p>
<p>　そして一日の終わりにはリセットする。その手法を確立する。</p>
<p>　今現在、仕事に自分のマインドを左右されまくり！の人は、ちょっと闘う必要はあるでしょうね。ただなすがままにされていてはダメです。</p>
<p>　まずは仕事から「コントロールを取り戻す」ということです。</p>
<p>　それが冒頭に書いた、リアクション・モードに移行するまでの「紆余曲折」に該当します。　</p>
<p>　お金をいただけるから、ちょっとはイヤな目に遭っても仕方ないとか、我慢しようとか、みんなに迷惑かけるから付き合いで残業しようとか、そういうのって、<strong><span style="color: #ff0000;">この国の悪しき洗脳</span></strong>なんですよね。</p>
<p>　自分の圧倒的な生産性と品質によって、それに見合うお金をいただくのはあたりまえなのですが、そこに感情が入り込む余地は（実は）ないのです。</p>
<p>　なぜなら、感情が入り込むと生産性も品質も下がるから。</p>
<p></p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>[再録]「小損を取る」（14）　実践編その４：電車に乗ったとたん小走り（反面教師）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2018/06/14.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2018:/infra//28.11636</id>

    <published>2018-06-04T23:09:27Z</published>
    <updated>2018-06-04T23:21:32Z</updated>

    <summary>　約2年前の記事再掲 　ここでは電車に乗ってる女性を例にとっていますがITエンジ...</summary>
    <author>
        <name>龍澤ヒデアキ</name>
        
    </author>
    
        <category term="ワークスタイル" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/">
        <![CDATA[<p>　約2年前の記事再掲</p>
<p>　ここでは電車に乗ってる女性を例にとっていますがITエンジニアもビジネス・シーンにおいて似たような感じだよね～と思いながら書いていたのだと思います。</p>
<p>　それにしても、日常で小さい得をがめつく取りにいく人種はあとでがつっと損をする、っていうのはホントにこれ、法則だと思いますね。</p>
<p>　エンジニアやPMはただ面倒だからという理由でやたらと効率化に走りますが、効率化の<strong><span style="color: #3366ff;">動機が不純だと</span></strong>ほぼ100％の確率で手戻りが発生して結局トータル工数は膨れ上がります。</p>
<p>　それにより末端のエンジニアは疲弊し、SIerも体力を消耗し、最終的には顧客が品質とコストの観点で割りを食っています。</p>
<p>http://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2016/04/14-bd0e.html</p>
<p>（以下再掲）</p>
<p>　「小得」をがっつり取りにいく行動のうちもっともわかりやすいのが、まだお年寄りともいえなそうな妙齢の男女が、電車に乗り込んだ途端目の色を変えて一人分だけ空いてるスペースに向かって小走りする光景...</p>
<p>　60歳前後でしょうかねぇ...</p>
<p>　小走りできるということは、足腰は丈夫な証拠ですな（笑）。</p>
<p>　席をゲットぉ！した後は、お尻をぎゅー！ぎゅー！と割り込ませ、両隣を物理的心理的に威嚇しながら（苦笑）座ります。</p>
<p>◆</p>
<p>　これが女性複数人になるとさぁ大変。一人が特攻隊として目の色変えてまず座り、バッグをどかっと隣において席取り。「ここ！座れる！」と電車の中で大声。</p>
<p>　映画館ですかここは（苦笑）。</p>
<p>　そして照れ隠しなのかわかりませんが席を取った後「ふふっ」と謎の微笑み。なぜそこで笑う？</p>
<p>◆</p>
<p>　それで静かにしてくれれば別にかまわないのですが...やけに通る声で、降りるまでエンドレストーク。しかもその内容がほとんどグチ、文句のオンパレード。</p>
<p>　対象は旦那、子供、嫁、ご近所、政治家、タレント、最近のニュースetcなんでもござれ。</p>
<p>　電車に乗ってる時間の最初から最後まで、よくもまあ会話をネガティブなネタだけで埋め尽くさせられるもんだなぁ、と。　</p>
<p>　で、聞いてると、実は会話が成立していないことが多い。つまり、言葉のキャッチボールじゃないんです。双方が勝手に好きなことをしゃべり合ってるだけ。</p>
<p>　ちなみに私、盗み聞きしてるわけじゃありませんよ（笑）。声が大きいので聞こえてきてしまうのです。</p>
<p>◆</p>
<p>　で、何を言いたいのかというと、こういった「電車で小走り」な方々は例外なく</p>
<blockquote>
<ul>
<li><em>しかめっつらで不機嫌そう</em></li>
</ul>
<ul>
<li><em>文句ばっかり</em></li>
</ul>
</blockquote>
<p>　なので、幸せそうにはみえません。</p>
<p>　みえないどころか、実際幸せではないのでしょうし、残念ながら死ぬまでずっとそうなのだと思います。</p>
<p>　私は通勤や移動の電車、バスで20年ほどフィールド・ワークした結果として（笑）、がつがつと「小得」をとりにいくクセのある人間は幸せにはなれない、と結論づけました。</p>
<p>　日々小さな「得」をがつがつと取っているにもかかわらずなぜ彼らは常に不機嫌なのか？なぜ周りの人たちあるいは世の中に対して文句ばっかり言ってるのだろうか？</p>
<p>◆</p>
<p>　その理由のひとつめは、何度も書いているとおりで世の中バランスなのですから、日常のいたるところで小得をとりにいけばどこかでがつんと「損」がやってきます。</p>
<p>　そしてそういう方々は、その損の経験を誰かれかまわずしゃべり倒してストレス発散するわけですが、しゃべっているうちにその損の記憶が強烈に刻み込まれてしまい、日々ゲットしているはずの「小得」のほうはすっかり忘れてしまいます。</p>
<p>　自分でも気づかぬうちに行っている自己洗脳です。しかも日々続けている（悪しき生活習慣）ためにどんどん洗脳が強化されていくという...　コワいですね～</p>
<p>　こういうヒトたちは常時軽く不機嫌な表情で固定されます。一瞬笑ってもすぐに元に戻ります。まぁ仮面のようなものですね。そして周りには同じような仮面をかぶった仲間が集まっているので、不機嫌が常態になっている状況がおかしいとは思わなくなります。</p>
<p>　仲間がいて、傷のなめ合いをしているので、たぶん不機嫌であってもそれなりに居心地がよいのです。</p>
<p>◆</p>
<p>　ここ数年の私の人生は真逆で、私は日常でルーティンとして取りにいっている小損は完全に忘却してしまいますが、そのおかげでたまに発生する小得を忘れてしまうことなく、じんわりと幸福感を得ることができます。</p>
<p>　私の場合、まだ修行が足りないのか（笑）常に笑顔でいることなどできませんが、不機嫌の仮面はつけておらず（つける必要がなくなった）常にすましています。ですので、不機嫌の仮面をかぶった人たちは周りにうろうろしていますが、私を警戒しているのか（苦笑）寄ってくることは少なくなりました。</p>
<p>　まわりにどんなタイプの人間が集まっているか、は人生を決定的に左右しますからね...</p>
<p>◆</p>
<p>　もうひとつの理由は、他人を差し置いてまず自分が（得を）、というスタンスの人はそりゃ幸せにはならんでしょっていう...</p>
<p>　ふつうに考えればそうだよねー、と。</p>
<p>　とある行為をすることにより自分にも小得があり、まわりも得する（あるいは具体的な得がなくとも嬉しくなっちゃうとかほっこりするとか）であれば、よいのです。</p>
<p>　でも自分は得をする、結果他人は軽く損をする、という行為を、というか、その行為を行っている自分を、肯定しちゃダメなんだと思いますね。</p>
<p>◆</p>
<p>　ちなみに、この高度資本主義社会のなれの果ての国、日本限定の話ですけどね。他の国ではどうかわかりません。日本以外住んだことないので...</p>
<p>　他人を蹴落としていかないと生命の危険にさらされるような、優しさなぞ微塵も通用しないような国や地域もあるのでしょう。あー日本でよかった（笑）。</p>
<p>◆</p>
<p>　心の中で、そういうふうに「自分だけが得したい！」とか「周りを蹴落としてやる！」とか考えるのは別にかまわないと思うのです。心というのは自分の中の「解放区」なわけですから、解放区で善人ぶってなんていられないじゃないですか。</p>
<p>　そこで日常的に部下や上司や姑や伴侶までも殺している方もいるでしょうし（苦笑）。それに比べたら「自分だけ得したい！」なんていう欲求はカワいいものです。</p>
<p>　問題なのは実際そういう行動をしちゃっている方、ということですね。</p>
<p>◆</p>
<p>　昔ならばお年寄りにカテゴライズされてもよさげな年齢層の方々が未だ健脚である、という事実は、世の中的には素晴らしいことであり、電車を利用する人たちの中には、「小走り」もできないたとえばもっともっとお年寄りの方とか、小さい子供とか、子連れのママさんとか、妊婦さんとか、足が悪い方とか...たくさんいますよね。</p>
<p>　あるいはたまたまそのときに、ちょっと体調悪いな...電車座れるといいんだけど...と考えながら乗ってくる方もいるはずです。年齢は関係なく。</p>
<p>　つまり、席に座るべきかどうかってのは早い者勝ちじゃないでしょう、と。もっとも「足の遅い」ヒトたちこそが、優先して座るべきなんじゃないでしょうか。</p>
<p>　なーんてことは、当然、私より年輩の方々は、言わなくともわかっているもんだと思っていたのですが、どうやらそうではないらしい、と...　残念。</p>
<p>◆</p>
<p>　小得をがめつく取りにいったところでまったく幸せになれないのであれば、逆に小損を取っていったほうがよい、というのは私の経験則です。発想の転換ですね。</p>
<p>　そしてそれはかなりうまくいっている自負があります。</p>
<p>　幸せになれますよ、と断言することは決してできませんが、可能性は段違いに上がりますよ、と。</p>
<p>　小得をとりにいくクセのある方は、あわせて小損はとらない（とれない）。なぜなら、その瞬間瞬間の損得勘定で動いているからです。「小損」はすべて拒否してるから、取れるわけがない。</p>
<p>　実は私も同じ（損得勘定で動く）なのですが、私の場合はできる限り「ちょっと損」のほうを意識して選ぶようにしています。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>男の身だしなみについて　～「エンジニアとオサレ」シリーズ読んでほしい</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2018/04/post_30.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2018:/infra//28.11569</id>

    <published>2018-04-23T08:12:30Z</published>
    <updated>2018-04-23T07:41:58Z</updated>

    <summary>　ふと目に留まって、最後まで読んでしまったこの記事に好感。 「男の身だしなみでイ...</summary>
    <author>
        <name>龍澤ヒデアキ</name>
        
    </author>
    
        <category term="ライフハック" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/">
        <![CDATA[<p>　ふと目に留まって、最後まで読んでしまったこの記事に好感。</p>
<p><a href="https://www.lifehacker.jp/2018/04/lion_ban_nanoion-block-rollon-premium-men.html">「男の身だしなみでイヤなポイント」を1991件集めたら泣きそうになった話</a></p>
<p>　特にこのプロローグがなんとも。</p>
<blockquote>
<p><strong>モテたい。</strong></p>
<p>それも、恋愛的な意味ではなく、得意先や同僚・上司から猛烈にモテたい。つまりは<strong>社会人として</strong>「<strong>仕事がデキる</strong>」<strong>という意味でモテたい</strong>。</p>
<p>そして、あわよくばその上で、<strong>やっぱり異性からも圧倒的にモテたい</strong>。モテにモテまくって、困ってしまう人生を歩んでみたい。</p>
<p>そんな煩悩に振り回されている筆者の元に（以下略）</p>
</blockquote>
<p>　「エンジニアとオサレ」について書いていたのは、確認してみたら<a href="http://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2013/10/post-5b60.html">もう５年も前</a>でした...</p>
<p>　相変わらずビジネスマン男性は身だしなみについてあんまり気にしていないのでしょうかねえ。</p>
<blockquote>
<p>特にエンジニア職は...</p>
</blockquote>
<p>　あるいは、気にしているつもりがものの見事にポイントがズレているのか...</p>
<p>　エンジニアとオサレについては書きたいことがたくさんあったのでシリーズものになってしまいましたが、ぜひ５年前の一連の投稿をあらためて読んでいただきたいですね。（以下抜粋）</p>
<blockquote>
<p>エンジニア男子は、</p>
<p>ーファッションに気を使わないのが普通で、気を使うのはマイノリティである</p>
<p>ー可処分所得は結構あるが、ファッション関係には（頑なに）カネを使わない</p>
<p>ーエンジニア イコール アキバ系ネルシャツという等式は、成り立たないが近い</p>
<p>ーカジュアルデーになるとダサい</p>
<p>ー上流工程ほどオサレである比率が高い。またシステム営業も結構オサレである</p>
<p>ー上流工程ほどオサレである比率が高いとはいっても、一般的にみて「ふつー」なだけである</p>
<p>ー不潔な人は実は少ない。ダサいだけである。なぜなら、潔癖症が多いから</p>
<p>ーオサレか否かについて年齢や既婚／未婚との相関関係はない</p>
<p>ーIT業界は他業界と比較して外見が若干ダサめな人の比率が高い、と外部からも思われており、それは多分正しい</p>
</blockquote>
<p>　とにもかくにも、いちばん大事なのは<a href="http://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2014/01/post-29f4.html">清潔感</a>です！</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>無駄な仕事を無駄でなくする方法</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2018/04/post_29.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2018:/infra//28.11516</id>

    <published>2018-04-12T06:51:12Z</published>
    <updated>2018-04-12T06:39:32Z</updated>

    <summary>　前回は、通常のSEの方であれば週に70時間、1日10時間！時間を無駄にしている...</summary>
    <author>
        <name>龍澤ヒデアキ</name>
        
    </author>
    
        <category term="ライフハック" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/">
        <![CDATA[<p>　前回は、通常のSEの方であれば週に70時間、1日10時間！時間を無駄にしているに違いない、ということを書きました。</p>
<p>　そのうち6割は仕事周りです（通勤や仕事飲みも含む）。</p>
<p>　アナタが拘束されている仕事時間のうち6割は無駄ですよ、と言い切られてしまったら多くの方が憤慨すると思いますが、一方で「確かにそうかも...」と思う方も多いと思うんですよね。</p>
<p>　現在わが国のホワイトカラーの生産性は先進国最低！と各方面からdisられている現状があります。そして感触としては本当にそのとおりだと思いますし、その原因はマァいろいろあるのでしょう。</p>
<p>　ひとりが突出して生産性を上げてしまったが最後、そのメンバーに負荷が集中してツブれて（ツブされて）しまうことがわかっているから、全員が仕事をセーブしてしまうとか...</p>
<p>　確かにそれもあるのですが、俺（アタシ）は余計な仕事フられないよう今は爪を隠してはいるが本気出せばすごいんだぜ、と思っているうちに、その人のスキルはあっという間に錆ついてしまい、本当に生産性の低い仕事しかできなくなります。</p>
<p>　今のIT業界の底辺ってそういう人間の集まりなのかもしれません。悲しいですね。</p>
<p>◆</p>
<p>　そもそも有限である自分の人生時間のうち２割ぐらいしか有意義に使えていないのであれば、そりゃ不満も起こるでしょう。 　</p>
<p>　人生のうちで６割の時間を無駄にし続けていれば幸福感はそりゃ漸減していくことでしょう。お金にたとえれば、金銭的に余裕のある生活をしたい！と強く願っているにも関わらず一方でお金を浪費することをやめられない自分がいる（結果、常に生活はカツカツ）、といったような状態ですね。</p>
<p>　じゃあどうしたらよいか？　</p>
<p>　ソリューションは、ありますよ。ほとんどの方がやらないだけで。</p>
<p>　列挙しても<strong><span style="color: #0000ff;">「無駄」</span></strong>だろうなとは思いつつ、いちおう書いてみますね。</p>
<p>◆パターン１</p>
<ul>
<li>職場（現場）のすぐ近くに引っ越す</li>
</ul>
<p>　通勤時間が長く、朝晩の満員電車でストレスを感じている場合は、これだけでいろんなことが改善されます。</p>
<p>◆パターン２</p>
<ul>
<li>毎週金曜の夜は趣味（スポーツ等）の予定をいれてしまう。</li>
</ul>
<p>　団体スポーツとかがいいんですよね。それをキャンセルするとプライベートで知人に多大な迷惑がかかるような。あるいは、最初にそれなりの金額を納めてしまい、キャンセルする度に軽く後悔するぐらいの金銭的損失が発生するとか、最初はそういう縛りが必要かもしれませんね。</p>
<ul>
<li>あいつは（飲みの）付き合いが悪いという風評を（意図的に）立てる</li>
<li>朝、その趣味の自主練をするルーティンを入れる。</li>
</ul>
<p>　当然、寝るのが早くなってきます。</p>
<p>　これらは、無駄な仕事を減らすというよりは、外堀を埋めて仕事そのものの優先度を下げつつ圧縮していく手法ですね。</p>
<p>　具体的には、以前「ファースト・プレイス」の回で説明しています。</p>
<p>　仕事を圧縮すると、自分の中での優先順位を下げたとしても、生産性は自然と上がります。</p>
<p>◆パターン３</p>
<ul>
<li>期間限定で、自分でもアホちゃうかと思うぐらい全力で仕事をするモードになる。（もう一人の自分が演技している意識でOK）</li>
<li>めんどくさそうな案件、無茶ぶり、ハラスメントすれすれのワーク指示など「すべて」手を挙げる。</li>
<li>仕事や現場や環境に対して文句を言うのをやめる（これも期間限定でOK）</li>
<li>そして、なりゆきに任せる。</li>
</ul>
<p>　これは、オセロでいうところの黒を白にひっくり返していくイメージです。自らをトップギアに持っていく手法により、仕事というのは一時的であれ、無駄なことはひとつもなくなります。</p>
<p>　このパターンではどのようにことが進むかというと、</p>
<ul>
<li>（理想形）全力で仕事することに慣れてしまって、その現場でハイパフォーマンスなヤツになり、出世する、あるいはレベルの高い仕事を任される</li>
</ul>
<p>　あるいは</p>
<ul>
<li>「倒れる」</li>
</ul>
<p>　これでもいいと思うんです。倒れて、静養して、復帰してみたら見える世界が変わってますから。</p>
<p>　あまりにブラックな職場であれば、「ツブされる」こともあるのでしょうが、それは「倒れる」と同義です。とにかく期間限定であること。</p>
<p>　性善説で考えれば、</p>
<ul>
<li>その姿勢が評価され、最初は同僚や上からの無茶ぶりが続くが、やがてそれも収まってきて元の仕事のペースに戻る</li>
</ul>
<p>　という可能性も高いです。ただし、仕事のペースが元に戻っても生産性は上がっていますし、さらに現場で協力者が増えていますので劇的に楽になります。</p>
<p>◆最後に</p>
<ul>
<li>転職する</li>
</ul>
<p>　環境を劇的に変えるという意味ではまず転職を考える、も悪くないと思います。パターン１の職場の近くに引っ越す、については今の住まいから近い会社に転職する、でもよいでしょうし。</p>
<p>　ただ、パターン２あるいはパターン３を経て、自身のパフォーマンスを上げてから転職したほうが良いと思うのですよね。なぜなら、劇的な変化（自分が変わる）＊劇的な変化（環境が変わる）で人生が思わぬ方向に激変していく可能性が高まります。</p>
<p>　もちろん、良いほうへ。</p>
<p>　あるいは、自分が変わっていけば、より良い環境（変わった自分にふさわしいステージ）で働きませんかとお誘いを受けることもあるでしょうね。</p>
<p>◆補足</p>
<p>　結局何が言いたいかといえば、おわかりかと思いますが今までと異なる行動を起こすことにより無駄をなくしましょう！ということです。</p>
<p>　行動といわれても何したらよいかわからない、という方のために、具体的手法について書いてみましたが...</p>
<p>　「何したらよいかわからない！」と臆面もなくおっしゃる方というのは、手取り足取り教えても結局やりませんけどね。</p>
<p>　ここまで読んでも、ひとつひとつの項目に対して「ムリ！」「ムリ！」と心の中でマントラのように唱えて、できない理由を探し続けているでしょうから...</p>
<p>　これからの時代行動を起こす方と起こさない方との人生満足度の差は、残酷なぐらいに開いていきます。それだけは、間違いないです。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>無と無駄と有について</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2018/03/post_28.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2018:/infra//28.11491</id>

    <published>2018-03-08T01:30:57Z</published>
    <updated>2018-03-08T00:57:58Z</updated>

    <summary>　前回は例のごとく（？）思い切り脱線してしまいました。 　SEが休息が少ないのは...</summary>
    <author>
        <name>龍澤ヒデアキ</name>
        
    </author>
    
        <category term="ライフハック" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/">
        <![CDATA[<p>　前回は例のごとく（？）思い切り脱線してしまいました。</p>
<p>　SEが休息が少ないのはなぜか、みたいなことを書きたかったような気がするんだけど...</p>
<p>　結局SEの仕事は無駄が多いということ、特に通勤ラッシュと職場飲みは基本的に無駄である、といったようなことを書きました。</p>
<p>◆</p>
<p>　さて、ここ数回で「無」については私なりに定義してみました。それが世の中的に正しいかどうかはこの際おいときます。</p>
<blockquote>
<p>日本人が実はけっこう好きな仏教的な意味での「無」― 無常観的な？ ―は今はガン無視してください。いずれ気が向いたらそっち方面の話にも触れるかもしれませんが...</p>
</blockquote>
<p>　で「有」なんですけど、前回も少し触れましたが無でないという意味で有なわけですが、英語におきかえるとわかりやすい。私がイメージする「有」は"アクティブ"ということです。そういう前提で話を進めます。</p>
<p>　そして、世の中の「有」のうちの６割ぐらいは「無駄」なんじゃなかろうか？と思っています。</p>
<p>　これぞまさに<span style="color: #0000ff;"><strong>「無駄足を踏んでいる」</strong></span>ということですね。</p>
<p>◆</p>
<p>　たとえば、ある人にとって</p>
<ul>
<li>「有」（無でない時間）＝必要時間１割＋有意義なこと３割＋無駄なこと６割 　</li>
</ul>
<p>　という感じなのでしょう。</p>
<p>　必要時間とは、たとえば身体を洗ったり着替えたり歯を磨いたり食事（純粋に生きるための）をしたりという時間を指します。</p>
<p>　前回定義したとおり生活の「余裕」というのは無駄なことではなく、「有意義なこと」に入ります。</p>
<p>　仕事は、（ほとんどの人にとっては）一部有意義なことに入り、ほとんどは無駄なことに入ります。</p>
<blockquote>
<p>その理由については前回説明したので、反論があってもスルーしてそのまま読み進めてください。</p>
</blockquote>
<p>　仕事カテゴリに包含される通勤や飲みは基本的に「無駄なこと」です。 　</p>
<p>　みなさん、だいたいこんなもんじゃないですか？</p>
<p>◆</p>
<p>　また、１週168時間のうち、無（眠る＋瞑想＋休む）は一旦52時間と見積もります。</p>
<blockquote>
<p>細かいツッコミはなしで！だいたいそんなもんですから！</p>
</blockquote>
<p>　日本の現役世代に限っていうと、人生において無の時間が31%ということですね。ということは、無も含めてあらわすと、ざっくり</p>
<ul>
<li>現役世代の人生＝無3割+必要時間1割+有意義なこと2割+無駄4割</li>
</ul>
<p>　となります。</p>
<p>◆</p>
<p>　有限な時間のうちの4割を（半ば意図的に）無駄にしている我々ですが、それを週に換算すると約70時間です！</p>
<p>　１日10時間を無駄にしてるんですよ！驚いてください。</p>
<p>　その内訳ですが、仕事関連の時間を56時間／週と見積もって８割無駄にしてるとすれば45時間。自身が無駄にしてる70時間／週のうち、6割以上は仕事ということです。</p>
<p>　そして仕事をのぞく、プライベートでの25時間（１日3.6時間）の無駄時間については、いわれてみればそのぐらい無駄にしてるかも、と思いませんか（苦笑）。意味のないスマホいじり、なんとなくテレビを見る、出かけようか出かけまいか迷って気づいたら日が暮れていた、とか...</p>
<p>　その25時間のうち、平日の無駄を２＊５＝10時間とすれば、休日分は25-10=15（時間）となりますので、休日２日として１日7.5時間は無駄にしているということです。でもまあ、それが平均的なSEかもしれないと思いませんか？</p>
<p>　朝9時に起きて午前をだらだら過ごしてすべて無駄にして3時間、2時に寝るとして寝る前4.5時間（21時半以降）を無駄にしていると推測すれば、計算は合います。</p>
<p>　それと、だらだら過ごしていなくとも、苦痛とまではいかないまでも楽しくない時間はほとんど無駄です。たとえばそんなに話したくもない人と会ったり、それほど行きたくもない会合に出るのも無駄です。</p>
<blockquote>
<p>何かしら目的をもって鍛錬や、楽しくないことをしているのであれば別ですが、そんな崇高なことをやっているSEはあまりいないのが実情でしょう</p>
</blockquote>
<p>◆</p>
<p>　ここまでは最初っから推論（試論）ですので根拠はありません（きっぱり）。20数年SEウォッチングをしてきて、だいたいこんな感じかな、と思っているだけですので悪しからず。</p>
<p>　でも、誰にでも無駄にしている時間はありますし、無駄にしているという自覚（そして若干の後悔）もありますよね。１日のうちで30分でも、1時間でも、無駄にしていた時間を有意義な時間に変換していけるならば（オセロで黒から白にひっくり返していくように）、それだけで実は「劇的に」人生が変わったといっても過言ではないのです。</p>
<p>　で、じゃあどうするのか？ですが、長くなってきたので次回に続けます。が、ひとつのソリューションは以前書いたとおり「寝てしまえ！」なんですよ。無駄にするぐらいなら寝ちゃったほうがいいんです。</p>
<p>　なぜなら、だいぶ前に健康編で述べたとおり、「寝てしまった後の自分」（「ノン-アクティブ」と称してみます）のほうが、実はアクティブ状態の自分より優秀だからです。早いとこ睡眠に入って、ノン-アクティブ状態の自分にバトンタッチして身体や脳のメンテナンスをしてもらったほうがいいんです。</p>
<blockquote>
<p>いつものごとく、なかなか論が進まないなぁ...</p>
</blockquote>
<p></p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>無と無駄について（２）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2018/02/post_27.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2018:/infra//28.11471</id>

    <published>2018-02-24T06:36:13Z</published>
    <updated>2018-02-24T06:25:35Z</updated>

    <summary>　前回は、現代の働き盛り世代に絶対必要なはずの「無の行為」が「無駄」によって浸食...</summary>
    <author>
        <name>龍澤ヒデアキ</name>
        
    </author>
    
        <category term="ライフハック" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/">
        <![CDATA[<p>　前回は、現代の働き盛り世代に絶対必要なはずの「無の行為」が「無駄」によって浸食されている、といったようなことを書きました。</p>
<p>◆</p>
<p>　さて繰り返しになりますが、行為としての「無」ということで前回前々回挙げたのが、瞑想（静かな時間）、休息、睡眠の３つです。</p>
<p>　この場合の「無」は要は「無産」ですね。何も産み出していませんので（傍目には）、生産性はゼロカウントです。</p>
<p>　「無」は（あたりまえですが）「有」ではありません。ですので、「無」意味を連想してしまうことが多いのかもしれませんが、「無」は「有」よりもむしろ「有意義」なのです。</p>
<p>　現代人はやたらと24時間を有（つまり予定）で埋めようとするんですけど、ほとんどが実は「無駄」だったりします。残念！</p>
<p>　しゃかりきになって無駄な予定を増やすぐらいなら上に列記した「無」を少し増やしたほうが間違いなく幸せになれます。増やし過ぎてもそれはそれで問題なのですが。</p>
<p>◆</p>
<p>　ぶっちゃけ、みなさんがやってる仕事も半分以上無駄なんですよ。もちろん私の仕事も無駄がゼロではありませんけども。</p>
<p>　私20年以上SEの生態観察してますけども（苦笑）、もう笑ってしまうぐらいみんな無駄なことやってます。そして、現場のSEも薄々それに気づいているはずです。</p>
<p>　まぁでも、自分のワークが無駄だろうがそうでなかろうが、同じく給料をもらえるのだからそれでよいのです。それどころかどんどん自分のワークを「無駄化」させて残業を増やし残業代をとりにいったりします。もしくは自ら無駄化させて残業が多いと不満を漏らしたりします。</p>
<p>　おっと、この話を始めると長いのでやめておこう（笑）そのへんを私は批判しているのではなくて、生産性による完全歩合にならなければ絶対に変わっていかないSEの習性であり、極論すればそれはSEに与えられた権利のひとつなのかもしれません。</p>
<blockquote>
<p>あるいは観点を変えると、個人単位の生産性向上／業務効率化施策であるともいえますね</p>
</blockquote>
<p>◆</p>
<p>　長時間通勤も間違いなく無駄なんですよね。それはなぜかというと、「長時間通勤を一種の『余裕』であると考えている人間がほぼほぼいない」という意味で無駄なんです。</p>
<p>　もっと具体的にいうと往復の通勤時間に対して給料をもらえませんよね？　という意味でも無駄といってよいかもしれませんね。</p>
<p>　そして、超満員電車に揺られての長距離通勤は、気付かないうちに心を蝕んでいきます。ということは、身体にとってマイナスなのですから、「無」の行為をしていたほうがよいに決まってますよね。</p>
<p>　と、私なぞは思ってしまうのですが、ちなみに長距離通勤も含め、自分の環境を最終的に選択しているのはすべて自分ですから...　SEのみなさんが長距離通勤、長時間労働、不健康な生活、等自ら選択しているわけですから（それを望んでいる／いないは関係ない）私含めた周囲はそれを尊重せざるをえません。</p>
<p>　もしその環境を変えたいと思うのであれば、周りは尊重という名の傍観をしているわけですから、黙っていても周りが助けてくれる可能性は０％なので自ら動く他ないわけです。</p>
<p>　ところがこれがですね、会社に行きたい！会社で仕事をしたい！と強く思えるようになれば、オセロで土壇場で大逆転して真っ白になるように、無駄が有意義に変わっていくのです。</p>
<p>◆</p>
<p>　あとは、同僚とか上司とか部下とか、好きでもない人との飲み会とか超無駄ですよね。</p>
<p>　その理由は長距離通勤と同じなんですよ。長時間拘束されるのに給料もらえない、どころか持ち出し！</p>
<p>　次の日仕事であれば午前中の生産性だだ下がり！　次の日休日であれば、前日痛飲してしまうと半日以上棒にふります。その時間のロスがどんだけ無駄かと...</p>
<blockquote>
<p>それがどんだけ無駄か、といくら力説しても響かないとは思いますけども...なぜなら、反論のテンプレートがすでに用意されているので。</p>
</blockquote>
<p>　そして、飲みが続くと気付かないうちに心を蝕まれる...どころか心を蝕まれていることを気付かせないように会社組織に洗脳されているわけです。コワいコワい...</p>
<p>　これも、同僚や上司が好きな人、尊敬する人、一緒に飲んで語りたい人なのであればまったく変わってくるんです。その時間は無駄ではなくなり、有意義なコミュニケーションの時間になります。</p>
<blockquote>
<p>でも、なるべく深酒はしないほうがいいと思います...(笑)</p>
</blockquote>
<p>◆</p>
<p>　ざっくりいえば仕事が好きになれば会社に「奉納」している労働時間も、往復の通勤時間も、業務後の飲みも、人生において無駄な時間ではなくなります。</p>
<p>　つまり言い方を変えれば、給料をもらうために自分の貴重な時間を差し出しているからといってそれが有意義な時間であるとは限らないということ。</p>
<p>　仕事を好きになる、というのは、自分の人生を有意義にするための、数多あるソリューションのうちのひとつとして、常に頭の片隅においておいて損はないと思います。</p>
<blockquote>
<p>ただし、それがすべてであると考えるのはキケンです。たとえば、ものすごい高報酬なのであれば別にその仕事を好きにならなくとも多くの人にとっては有意義たりうるわけで。</p>
</blockquote>
<p>◆</p>
<p>　人間って、自分が一番拘束されている「仕事」が有意義なものである（すなわち、無駄ではない）と思い込みたいものなんです。</p>
<p>　昔だったら、労働の対価で受け取るお金により自分と家族を養い、役職が上がることにより社会的地位を得、それによりマイホームのローンを返済し...といった一元的な価値観によりたとえその仕事が嫌でも有意義であると思い込むことはできたのですが、これからの時代は仕事をイヤイヤやってると生産性が頭打ちになるので、成果を残しずらくなり、楽しそうに仕事している人間に追い抜かれ、それまでの努力がすべて無駄に...なんてことになりかねません。</p>
<p>　それどころか最終的には職を失う、なんてことになったら、それはもはや屈辱でしょう。</p>
<p>　たとえ、イヤイヤ仕事しながら定年を迎えることができたとしても、高い確率で自分の人生なんだったんだと虚しく振り返ることになりそうですし...ストレスで身体のどこかは悪くなってるでしょうしね。</p>
<blockquote>
<p>そもそも我々世代、定年なぞあるんかいと（苦笑）</p>
</blockquote>
<p>　という意味ではキビしい時代なのかもしれませんね。</p>
<p>◆</p>
<p>　なんだか、いつものごとく脱線。長くなってしまったので、まとめ。</p>
<p>　１日24時間を、「無」の時間プラス、（自身にとって）有意義な時間だけにするのが理想。</p>
<p>　「無駄」な時間はいらない。世間一般でいう、好意的に受け取られている無駄な時間とは「余裕」のことであって無駄ではない。</p>
<p>　これからの時代、週に数十時間拘束される仕事が、自身にとって無駄だとしたら、致命的。なのだが、残念ながらIT業界のSEは無駄な仕事をしている方が非常に多い。</p>
<blockquote>
<p>一概に本人のせいにはできない。業界体質もあるので...</p>
</blockquote>
<p>　週168時間のうち、多くの人にとってもっとも多くを占める仕事は、意識して、絶対に、自身にとって有意義なものにする必要がある。オセロで白にひっくり返していくように。</p>
<p>　（半ば無理やり）仕事を有意義なものにするための、ひとつのソリューションは、仕事を好きになること。</p>
<p>　ただしソリューションはそれだけではない。</p>
<blockquote>
<p>時間があったらお考えください。</p>
</blockquote>
<p>　今仕事が楽しい方、仕事がしたいから満員電車に乗って通勤するのが苦じゃない方は、今の時代かなりイケてます。これからも長く、楽しく仕事を続けていけるよう、健康に留意し「無」の時間を少しずつ増やしていきましょう！</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>無と無駄について</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2018/02/post_26.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2018:/infra//28.11459</id>

    <published>2018-02-09T06:18:12Z</published>
    <updated>2018-02-09T05:56:38Z</updated>

    <summary>　前回、（私の考える）「無」の４要素について列記しました。 　瞑想、休む、眠る、...</summary>
    <author>
        <name>龍澤ヒデアキ</name>
        
    </author>
    
        <category term="ライフハック" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/">
        <![CDATA[<p>　前回、（私の考える）「無」の４要素について列記しました。</p>
<p>　瞑想、休む、眠る、そして闇です。</p>
<p>　今回は５要素目、ではなく、実は「無」と相反する要素である「無駄」について書きます。</p>
<p>◆</p>
<p>　無駄とは、たとえば「だらだらと～する」とかそういうことです。行為そのもの、あるいはモノなどを指すことにします。</p>
<p>　すきま時間ができるとすかさず、目的もなくスマホをながめてしまう、という行為が最近やり玉に上がったりしますが、確かにあれは無駄かもしれないですね。あとはだらだらとテレビを見るとか。</p>
<p>　でも人によっては、生活に欠かせない重要な行為なのかもしれません。つまり、ある人にとってそれは「無駄」なのかもしれませんがある人にとっては「余裕」なのですね。</p>
<p>　そしてそれはスタティックではなく、ある人にとってとある行為が超無駄なこともあれば、時には「余裕」として生活に潤いをあたえることもあります。</p>
<blockquote>
<p>大掃除を始めた途端に過去の想い出のアルバムに浸ってしまう甘美な時間が実は超無駄であるように（笑）　そして〆切間近になると部屋の掃除を始めてしまうように（笑）</p>
</blockquote>
<p>◆</p>
<p>　上述した無の４要素のうちの３つの行為、すなわち瞑想（静かな時間）、休む、眠るが見事に現代の大都市圏の働き盛り世代に足りておらず、もうすぐ社会問題化しそうな勢いなのですが</p>
<blockquote>
<p>もしかしてもうなってる？</p>
</blockquote>
<p>　なぜ足りないかというと「無駄」がまんまとこの３つの「無」を喰ってしまっているからなのですね。</p>
<p>　「無」というのは空気や水と同じように、ほとんど意識はしていないけれど人間にとって絶対に必要なものであるにも関わらず、それをないがしろにして「無駄」なことばかりしているということです。</p>
<p>　つまり、「無」とは決して「無駄」ではないのです。</p>
<p>◆</p>
<p>　無は必要ですが無駄は不要です。世の中には無駄なモノも必要なのではないか、といった言説も確かに聞きます。が、それはたぶん「余裕」のことなんですよね。</p>
<blockquote>
<p>ちなみに、無駄なモノも必要であると上から述べてる方々って１００％、電車の中で若者がみんなスマホとにらめっこしているという「無駄」には苦言呈しますから。で電車の中で若者が本を読んでいると賞賛するんでしょう。移動時間を「無駄にしてない」ということでね。</p>
</blockquote>
<p>　「余裕」は、どちらかというと「無」に近い概念です。ただし完全にイコールではありません</p>
<p>　たとえば、リビングのサイドボードにお父さんのコレクションの置物がおいてあるとして、それがでんと置いてあるのはお父さんにとっては「余裕」であり、他の家族数人にとってはガラクタ、すなわち「無駄」なのです。　</p>
<blockquote>
<p>お母さんは「掃除しずらい」と思っていることでしょう...</p>
</blockquote>
<p>　そしてどちらにとっても生活必需品でないことは間違いないのです。その置物がある日突然無くなったとしても、困ることはありません。</p>
<p>　また、その置物はふだんお父さんの視界には意識的に入ってきません。つまり、溶け込んでいるのです。<span style="color: #0000ff;"><strong>すなわち、無です。</strong></span>それが、奥さんや子供にとっては毎回目障りなものとして必ず目に入ってきます。なぜなら、無でなく無駄だからです。</p>
<p>◆</p>
<p>　続けます。</p>
<p></p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>「何もしない」ことと無について</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2018/01/post_25.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2018:/infra//28.11426</id>

    <published>2018-01-26T07:07:20Z</published>
    <updated>2018-01-26T06:54:38Z</updated>

    <summary>　もう１年以上前になりますが「無」について集中して書こうと思っていたことを思い出...</summary>
    <author>
        <name>龍澤ヒデアキ</name>
        
    </author>
    
        <category term="ライフハック" />
    
    <category term="瞑想" label="瞑想" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/">
        <![CDATA[<p>　もう１年以上前になりますが「無」について集中して書こうと思っていたことを思い出しました。</p>
<p>　そのときぼんやりと思い描いていた骨子はほぼほぼ忘れましたが（爆）、書いて手を動かしながら思い出していき、何回シリーズかでうまく着地できればよいかなと思っています。</p>
<p>　「無」について書こうと思いながらずっと放置してしまっていた理由のひとつは、内容が全く！「エンジニアライフ」にそぐわないかな、と（苦笑）。でも、よく考えるとそんなことはないんです。これを読んでくださっているみなさまにお役に立てる内容になるのは間違いないです、が刺さるかどうかはわかりません。</p>
<p>　いや、刺さることはほとんどないでしょう（苦笑）。どれぐらい役に立つかと刺さるかは逆相関ですからね...</p>
<p>◆</p>
<p>　まず、「無」に関して４つの骨子を書きます。</p>
<p>　今回は４つ列記してお終いにします。</p>
<p>◆</p>
<p>　まずひとつめは、「瞑想」です。私は瞑想に詳しくないですし、おすすめするものでもないです。どこかの団体の手先でもありませんし(苦笑)。</p>
<p>　なのですが、ずーっと昔から瞑想「もどき」を実践しています。そのやり方については、あまりに恥ずかしいのと、そして本格的に実践している方から末節のところでこれが違うあれが違うといわれたくないので、書きません。</p>
<blockquote>
<p>マニュアルなどどうでもいいのです。</p>
</blockquote>
<p>　実践しているというか、要は１日24時間、1週168時間のうちのどこかで必ず瞑想「もどき」の時間をとるようにしている、ということです。</p>
<p>　私の考える瞑想というのは要は「心静かな時間」（を確保する）。それだけです。</p>
<p>　自分を心静かな状態にもっていくためにはいろいろな準備が必要で、それは人によって異なります。朝が好きな方もいれば夜のほうがよい方もいるでしょう。座禅を組むほうがぴりっとしてよい方もいるでしょうし、呼吸法はMUSTだと主張する方もいます。</p>
<p>　私はスマホなどから離れオフライン状態になったほうが心静まりますが、必ずしもそうでないという方もいるでしょう。オフラインになってしまうと心がざわついて逆に落ち着かないという方も増えてますしね。</p>
<p>　それらは各々が見つけていくことであって、大事なのは、もう一度書きますが、週のうちで必ず（生活習慣として）その時間を確保することであり、型（マニュアル）そのものではないのです。</p>
<p>◆</p>
<p>　次は「休む」ことです。</p>
<p>　何かしら疲労感を感じた後に、休む。人間なら必ず実践しなければならない、当たり前のことなのですが、なかなかこれを行えない方が多いようです。</p>
<p>　なぜ行えないかというと、休むことの優先順位がきわめて低いからなのでしょう。たとえば、１時間PCワークして５分休憩が必要なはずが、即座にスマホを眺めるので、まったく身体や脳が休まってないとか...</p>
<p>　本人は十分に休憩してると思い込んでるのかもしれませんけども。</p>
<p>　また「休日」はその言葉のとおり休む日のはずなのに、「もったいないから」という理由で意図的に休まない方も多いです。</p>
<p>　「休む」の不足が日々少しずつ蓄積されていることにより、人間は病気になります。</p>
<p>　加齢とともにビジネスマンは、うま～く自分自身を休ませるように仕向けていかなければなりません。そのためには、休むことは自分にとって絶対に必要なのであるという気づきが必要なのでしょうね。</p>
<p>　たとえば過労で倒れるとか...そういったトリガは必要なのかもしれません。</p>
<p>　「休む」は私の場合は、具体的には、「横になる」ですね。横になって何もしない。これがいちばんです。眠くなったら寝てしまえばいいし、眠くならなければじっとして次々沸き起こってくる妄想（？）に身を任せる。ヒマを楽しむのは大事かもしれませんね。</p>
<p>◆</p>
<p>　そしてもうひとつは、今少し書きましたが「眠る」。</p>
<p>　「眠る」は１００％の日本人がやっていることと思いますが(笑)、特にSE職は、適度な睡眠量および睡眠の深さからはほど遠いのではないかと推測します。</p>
<p>　私も「眠る」の質向上については、課題です...</p>
<p>　ですが、昔よりだいぶ深く眠れるようになってきたように思います。眠りの質が向上すると、間違いなく人生好転していきます。</p>
<p>　これからの時代のSEは「眠ったもん勝ち」です。それに気づけるかどうか。</p>
<p>◆</p>
<p>　４つめ。それは「闇」です。</p>
<p>　東京に住んでいると、漆黒の闇を体験することがとても難しいです。</p>
<blockquote>
<p>現代の地方都市はどうなんでしょう？　私が育った地方都市は、夜はいたるところ闇だらけでしたが。</p>
</blockquote>
<p>　私の考える漆黒の闇は、無音とセットです。</p>
<p>　闇というのは人間が体験できる「無」そのものです。いままで書いた３つ、瞑想も休むも眠るも闇（すなわち「無」）に包まれていればもっと質が上がるのは間違いのないところです。</p>
<p>　漆黒の闇が難しいようであればなんとかしてそれに近い環境を確保したいところです。</p>
<p>　私は、家の風呂が良くも悪くも換気のための窓がないので、深夜あるいは夜明け前に閉め切って風呂に入ると疑似「闇」状態がつくりだせますので、たまに闇体験（笑）をするよう意識しています。</p>
<p>◆</p>
<p>　以上、無の４つの要素について列記しました。瞑想（静かな時間）、休む、眠る、そして「闇」。</p>
<p>　最初の３つは、人間の「行為」です。闇は、ちょっと違いますよね。</p>
<p>　とりあえず、続けます。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>スキルが高い人間が人格者ではなかった。（ブログ過去記事より）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2017/12/post_24.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2017:/infra//28.11396</id>

    <published>2017-12-31T10:45:31Z</published>
    <updated>2017-12-31T10:35:04Z</updated>

    <summary>　今回のタイトルは、さきほど再読していた自分のブログの過去投稿のタイトルです。2...</summary>
    <author>
        <name>龍澤ヒデアキ</name>
        
    </author>
    
        <category term="人間関係" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/">
        <![CDATA[<p>　今回のタイトルは、さきほど再読していた自分のブログの過去投稿のタイトルです。20140225時点での自分のキモチ...(笑)</p>
<p>　このIT業界、のインフラレイヤに絶望を感じていたころですね(笑)。21世紀になって10何年経過しているのに、なー～んにも変わっていかない感じがしていて。</p>
<p>　絶望は今も変わらず感じておりますし(苦笑)、この業界は間違いなくこれからも衰退する一方でしょう。ITが進化していく方向性というのは、IT業界でダブついている技術者を淘汰していく方向性と軌を一にしています。</p>
<p>　AIで人間の仕事が奪われる、という議論が喧しいですが、真っ先に職を追われるのはIT技術者だというのは、みなさんお気づきですよね？</p>
<p>　ではどういう技術者の仕事が奪われるのか？　というか、奪われるのはITの技術そのものなんですよ。技術がいらなくなる、ということは、技術者が存在する意味がなくなるということなんです。</p>
<p>　でも、相変わらず世の中に「ビジネスマン」は残ります。ビジネスマンは、資本主義社会の潤滑油として絶対必要だからです。</p>
<p>　そして、もちろん低賃金のワーカーも残りますよ。でもそれは、たまたまITっぽいワークをするだけであって、もはや技術者とは呼べないですよね。いわゆるマックジョブです。</p>
<p>◆</p>
<p>　2014年当時結局何を言いたかったのかというと（今になると当時のもやもやがわかります）、たとえばスペシャリストかゼネラリストか、といったようなありきたりな二元論ではなく、</p>
<blockquote>
<p>この業界の人って二元論にあえて拘泥するのが好きな人が多いですよね。</p>
</blockquote>
<p>21世紀のビジネス・シーンをすいすいと泳いでいくために一番必要なのって、ただ単に「人間的魅力」じゃね？っていうことなんです。</p>
<p>　必要なのはスキルではなく人間的魅力なんです。結局、そこに帰結するんですよね。技術職だろうが何職だろうがそこから逃れることはできないんですよ。</p>
<p>◆</p>
<p>　私は、2014年からたった数年でだいぶオトナになったようでして(笑)、業界単位でビジネスを考えることをすっかりやめました。<span style="color: #0000ff;"><strong>ITは単なるツールです。</strong></span></p>
<p>　ビジネスというのはもっと網羅的、相互補完的に考えていくべきだと強く思うようになりました。そして<span style="color: #0000ff;"><strong>IT業界という泥舟からは下船しました。</strong></span></p>
<blockquote>
<p>いちおうフォローしておきますが、泥舟がずっと崩壊せず、泥舟のまま漂流し続ける可能性はありますよ。というかこれといった指針もないままに（亜米利加の言いなりのままにｗ）これからもずっと漂い続けるのでしょうね。でも、泥舟が「補強」される可能性はもはやないでしょうね。</p>
</blockquote>
<p>◆</p>
<p>　この投稿バックナンバーをご確認いただくとわかると思うのですが（そんなヒマな方はいないでしょうけど）、健康をキーワードに業界内から変えようとしていたんですよ。たった6年前ですが自分、アオかったです(笑)。</p>
<p>　自分は業界の体質について文句ばかり言いながら何も行動を起こさない方々とは違うという自負はありました。そのアツい自負もさらに輪をかけてアオいんですけどね（苦笑）</p>
<p>　最初は、微力ながら自分からはたらきかけて業界を変えていこう！と鼻息が荒かったのですが、やがて自分のアオさや傲慢さに気づき（苦笑）、次のフェーズでは、自分が変わっていくことで周りを影響を与え、結果的に少しずつ変えていこうという考え方に変わりました。でも結局、周りが変わることに期待していることに違いはなく、傲慢なのは変わっていないのだということに気づいたのが2014年ぐらいだったと思います。</p>
<p>　で、やっと気づいたのが、まず、IT業界というものがそもそも泥舟だということ。そして、泥舟イコールぬるま湯であり、文句言いながらそこに棲息している方々というのは実は居心地がいいからそこにいるのだということ。文句を言ってはいるが内部から変革していく気など毛頭ないのだということ。</p>
<p>　そして自分が、この泥舟ってむっちゃ乗り心地悪い...と感じているという事実から眼を背けていたということ。</p>
<p>　舟そのもの、そして乗組員の雰囲気を変えて乗り心地のよい泥舟に変えようとしている自分が、間違っていました。そこにいる限り自分は常に居心地の悪いマイノリティのままであり、それは自分の人生にとって、そして精神衛生上よくないので、降りるという決断をする他なかったのです。</p>
<p>　そこからは「おさきにー」という感じで、新しい環境で、周りのしがらみも気にせずどんどん自分が変わっていったような気がします。周りを気にしなくなったので自分の道を邁進することができるようになりました。</p>
<p>◆</p>
<p>　さて、今回の投稿にオチも結論もございませんが(笑)、今年も私の拙い文章を載せていただく場を提供いただけたことに心から感謝します。ありがとうございました。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>[再録]サード・プレイス（シリーズのその５）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2017/12/post_23.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2017:/infra//28.11375</id>

    <published>2017-12-15T08:00:00Z</published>
    <updated>2017-12-15T07:46:16Z</updated>

    <summary>http://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/201...</summary>
    <author>
        <name>龍澤ヒデアキ</name>
        
    </author>
    
        <category term="ライフハック" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/">
        <![CDATA[<p><a href="http://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2016/11/post_4.html">http://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2016/11/post_4.html</a></p>
<p>(20161124)</p>
<p>　約１年前にファースト・プレイスについて提案してみましたが、この考え方がメジャーになるのは数年後か、数十年後か...</p>
<p>　あるいは私が生きている間にはメジャーにならないかも（爆）</p>
<p>（以下、現時点でのサマリおよび補足）</p>
<ul>
<li>「自分がしたいことを、する場所、そして時間。」こそが「主」（ファースト）で仕事や家庭が「従」。そう「あるべき」とか力説する必要すらいずれなくなる。なぜなら、それが当たり前になるから。</li>
<li>なぜ当たり前になるか？　ファースト・プレイスを確固たるものにすると結果的に仕事の生産性が上がることが徐々に証明され、世の中に認知されていくから。（どう考えてもWIN-WIN）</li>
</ul>
<blockquote>ここのところちらほらと、未来形の仕事をされている方が昔よりも目立ってきており、ファースト・プレイスを確固たるものにしている方の生産性が爆上げになっていることに気づくべきです。未来形の仕事とは、決してアヤしいビジネスではありません。むしろ現代の企業、および旧態依然としたサラリーマンのふるまいよりはよっぽど正々堂々としています。</blockquote>
<ul>
<li>「従」とはないがしろにすることではない。たとえば家庭を「従」にするとは（昭和的な）家庭を顧みないということではない（それ、人間としてレベル低すぎですから）。ファースト・プレイスを確固たるものにすることにより育児家事の生産性も上がるのは必定。</li>
<li>ファースト・プレイスは生半可な「プレイス」ではない。仕事（主）に対する趣味（従）といったような甘いものではない。なぜなら人生を賭けるレベルだから。甘くはないが、楽しい。</li>
</ul>
<p>（補足おわり。以下再録）</p>
<p>◆</p>
<p>（略）</p>
<p>「サードプレイス」っていう言葉が、以前、私の周りでけっこう流行っていたのです。今でも巷では流行っているのかもしれませんが。</p>
<p>　スターバックスが提唱しているコンセプト？でしたっけ。カンタンにいえば、家と職場の往復じゃなくてもう１か所、自分の場所を持ちましょうよ、みたいなことだと思います。</p>
<blockquote>
<p>別にコーヒーショップである必要はないｗ</p>
</blockquote>
<p>　そしてそこは、居心地のよい場所である必要があります。まぁあたりまえのことですが。</p>
<p>　そして、その「サードプレイス」がどのようなハコなのかとか、どこにあるのかとかではなくて、</p>
<blockquote>
<p>そこにいることによるステイタスとかそういうことでもなくｗ</p>
</blockquote>
<p>　そこで何をするのか？が大事だと思っています。</p>
<p>（略）</p>
<p>　サードプレイスっていうのは（私の定義ですので、世の中的な定義とは乖離があるかもしれません）、家でも職場でもないところ、ということは、極論すれば「何もしない場所」ってことです。何も「生産」をしないところ。</p>
<p>　スタバでこれみよがしにPCを立ち上げて（なぜかMacBookAirであることが多い）仕事してる風な方を、否定はしませんけども、そういう方にとってはスタバは「サードプレイス」ではなくただの職場の延長です。</p>
<p>（略）</p>
<p>「何もしない」というのと、休息とは違います。（それも私の個人的な考え方です）</p>
<p>　何もしなくていい場所で、休息するなんて、もったいなさすぎます。休息は家ですればいい。</p>
<p>　「何もしない」の定義でいうと、たとえば読書とかはOK。何もしてなくないじゃん！本読んどるやん！というツッコミが入りそうですが...</p>
<p>　まぁそういうことで一旦ご容赦ください（苦笑）。</p>
<p>　「仕事や家庭と関係のないことをする」が「何もしない」ことなんですよ、たぶん。</p>
<p>　言い方を変えると、「仕事や家庭と関係のないこと」が、現代人にとっては「何もしない」になっちゃうんですよね、悲しいことに。</p>
<p>　それこそが大事なのに！</p>
<p>　何かしら自分にとって有益なことをしているにも関わらず、です。読書しかり。</p>
<p>◆</p>
<p>　テレビとかネットとかゲームは...確かにそれは「何もしない」に含まれるのですが、え、それやっちゃう？という感じ。私から言わせると。そもそも時間を浪費したくないので...</p>
<blockquote>
<p>とっくに人生の折返し過ぎてますから！時間ないんです！</p>
</blockquote>
<p>　ていうか最近のオトナって家庭に完全にテレビ、ネット、ゲームが入り込んでるじゃないですか。だからそういうのは家でがっつりやればよくって、「サードプレイス」っていうのは「デジタルデトックス」の場所でもあるべきだと思いますね。</p>
<p>◆</p>
<p>　さて、「何もしない」場所、そして時間を、現代人が、確保しなければならない理由はなんでしょうか？</p>
<p>　それは、まぁありていにいえば「明日への活力」ってことなんでしょうね。明日からもまた、バリバリと働き、バリバリ家事育児をし、家族サービスをし、そしてそれらの生産性を上げるために、「何もしない」と。</p>
<p>　でも本当は、違うんですよ。</p>
<p>　それだったら凡百の飲み会と同じですよね？</p>
<p>　「何もしない」のだけれど、それは「生産」をしないというだけであって、「休息」でもないのだとすれば、何かはしているわけで。</p>
<p>　その「何か」というのは、自分が選択するのです。マスコミやいわゆる「常識」等に惑わされることなく。</p>
<p>◆</p>
<p>　自分がしたいことを、する場所、そして時間。</p>
<p>　つまり...</p>
<p>　サード・プレイスが「主」で、仕事や家庭が「従」なんです。実は。</p>
<p>　ぜんぜん「サード」じゃないんです。ファーストです！（笑）</p>
<blockquote>
<p>目からウロコが落ちませんでした？笑</p>
</blockquote>
<p>　「仕事や家庭が『従』なんです」と断定すると違和感を感じるのであれば、「従」である「べきなのです」。</p>
<p>　それでいいのです。</p>
<blockquote>
<p>ここで川平慈英さんの「イインデス！」を脳内に送り込んでください（笑）</p>
</blockquote>
<p>　もし違和感を感じるのだとしたら、それが正しいのかもしれない。なぜなら、それはこれからの時代に主流になる生き方だからです。</p>
<blockquote>
<p>つまり必ずしも今は主流じゃないという...</p>
</blockquote>
<p>　これからはサード（ファースト）・プレイスを持っていない人生のほうがおかしい、と揶揄される時代になります。</p>
<p>◆</p>
<p>　仕事はまだしも...家庭を「従」と考えていいのだろうか？と、思いますか？</p>
<p>　なんか最近あからさまに家族第一主義の方が増殖してますしね...いわゆるイクメンとかイクメンとかイ(ry</p>
<p>　仕事や家庭を「従」と考えるとはいっても、以前書いたかもしれませんが、ないがしろにしろといってるわけではありません。</p>
<p>　どっちが明日への活力なのか？っていう話なんですよ。つまり、自分の時間を極力確保し、自分のやりたいことに対する生産性を極限にするために、家庭があり、仕事があるんです。</p>
<p>　これもこのシリーズで最初にぶち上げた「劇的なパラダイムシフト」のひとつです。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>[再録]いくとこまでいくと劇的なパラダイムシフトが起こりますよ。(２)</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2017/11/post_22.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2017:/infra//28.11345</id>

    <published>2017-11-27T02:15:39Z</published>
    <updated>2017-11-27T02:00:48Z</updated>

    <summary>http://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/201...</summary>
    <author>
        <name>龍澤ヒデアキ</name>
        
    </author>
    
        <category term="ライフハック" />
    
        <category term="ワークスタイル" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/">
        <![CDATA[<p><a href="http://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2016/10/post_2.html">http://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2016/10/post_2.html</a></p>
<p>(2016/10/31)</p>
<p>　この投稿はけっこうリトマス試験紙になりうると思いますよ。これを読んで脊髄反射的に反論したくなったり、「ただの理想論」とか「サラリーマンじゃないからそういうこといえるんだろ」とか「じゃあ具体的にどうしたらいいんだ！」とか逆ギレしたくなった方は...</p>
<p>　21世紀の、今の時点では正常です(笑)。ただ、今後はどうなっていくのでしょうかね。</p>
<p>-------</p>
<p>（略）劇的なパラダイムシフトというのは...</p>
<p>　いわゆる労働というのは、労働時間＊時給で給料をもらうわけですね。だから、特に労働で家族を養っているような方は、自分の時間を犠牲にしてたくさん働きます。</p>
<p>（略）</p>
<p>　管理職になると残業が廃止され、結局年俸制に移行します。基本的に年俸というのは、額は双方合意の上ということになってます。</p>
<p>（略）</p>
<p>　年俸制ということは、結果を出していれば見かけ上の労働時間は問われません。見かけ上の労働時間とはつまり、会社にいる時間のことです。ということは、ふつうに考えれば人間はなるべく働かずして成果を出せる方法を死ぬ気で考え、そしてスマートに成果を出し、合意していた年俸をもらう、という方向に動くのが当然なのですが、悲しいかなこの国はそうではありません。</p>
<p>　会社にとってはうま～くできたシステムであるわけですが、よくよく考えてみるとこの国の管理職というのは朝から晩まで会社にいて社員の管理をしていないと成果を上げられないようにできているのです。</p>
<p>◆</p>
<p>　さて、私のような立場の人間は、会社に10時間いたからって一切報酬はもらえません。</p>
<p>　その前にまず、仕事をとってきて契約するところからです。</p>
<p>　契約を交わすということは、合意するということなんですが、契約金額というのは概して安いものです（苦笑）。我々って立場が弱いので...（涙）</p>
<p>　そして安い割には事務処理とか、けっこう稼働がかかったりしますね。</p>
<p>　であれば、我々はどうやって生きていくかというと、複数の仕事をとってくる他ありませんね。</p>
<p>　で、複数の仕事をとれたとして、その複数の仕事を完遂しなければお金をもらえません（お金を「請求できません」）。アタリマエですよね。</p>
<p>（略）</p>
<p>　ということは、それぞれの仕事の生産性を極大化していかなければなりません。仮にひとつの仕事をロストしたら先方に迷惑がかかるだけでなく、極端にいうと「社会的信用を失墜」させます。</p>
<p>　それはビジネスマンとしてリスクが大きすぎます。</p>
<p>◆</p>
<p>　そして、私のような立場の人間は、人生のすべてを仕事に費やすことはできないのです。</p>
<p>　なぜならば、【絶対に】自分の投資する時間を確保しなければならないからです。それも仕事です。</p>
<p>　これを確保しないと先細りになって路頭に迷います。</p>
<p>　健康への投資ももちろん含まれます。ということは、「睡眠」すらも自分への投資、つまり仕事といってよいでしょう。</p>
<p>◆</p>
<p>（略）　自分の時間を時給ン円で切り売りして働いた分だけお金をもらう、というこの国の堅牢な労働システムに、だいぶ前から疑問を呈しているのです。</p>
<p>　会社の年俸制も、本来の正しい意味でのそれであれば肯定できるのですが、世の中の会社っていうのは、管理職は２００時間／月以上働く前提で考えており、管理職に残業手当をつけたら会社がツブれてしまうから、という理由で、無駄に部下がいない管理職を増やし、人件費を抑制しているだけの話です。</p>
<p>　つまり、年俸制という名前はついていますがこの国のそれは根本的に間違っているのです。</p>
<p>◆</p>
<p>　だから、たっくさん仕事をとってきて仕事をすればよいのです。10万円の案件を10件並行で進めて月百万稼げばよいのです。それが本来のビジネスマンのあるべき姿だと思っています。</p>
<p>　で、10万円の仕事の契約で、取り交わすアウトプットを、1日（8時間）で出せるようにすればよいのです。そうすれば８＊１０＝８０時間で１００万円稼げます。</p>
<p>　（話をわかりやすくするためにたとえを使っています）１０万円の仕事というのは時給１０００円の労働者は１００時間かかります。それを８時間でアウトプットを出せる人間になるのです。生産性を１２．５倍にするのです。</p>
<p>　そうするとどうなるか？というと、アタリマエの話ですが、ビジネス・シーンでのアナタは一般的な労働者よりも１２．５倍の価値のある人間です。</p>
<p>　ふつーの労働者より１０倍以上の価値があるとビジネス・シーンで認められたならば（自己ＰＲも大事ですが）、その価値どおりに引く手あまたになります。</p>
<p>　仕事も選べるようになります。</p>
<p>◆</p>
<p>　かりにアナタが優秀な方で、最初っから、１０万の仕事を５０時間でできるとします。その仕事を４つ抱えて月２００時間で４０万円稼げます。</p>
<p>　ただしこの状況のままではじり貧です。そして、健康も害するでしょう。</p>
<p>　なので、どんどん生産性を上げて生産性を約10倍にしつつ、自分の価値を高めてどんどん新しい仕事もしつつ、さらに仕事と同じ優先度で時間をつくって自分への投資もしつつ、と...</p>
<p>　そういうサイクルをつくっていくのです。そうすると...</p>
<p>◆</p>
<p>　結論。働けば働くほど儲けられる、というこの国のスタティックな価値観を、根底から覆すことができるのです。</p>
<p>　最終的には「働かなければ働かないほど儲けられる」に...なりはしません、が、限りなくそれに近づいていきます。</p>
<p>　これがパラダイム・シフトの第一段階です。（まだ「劇的」ではない）</p>
<p>　私は不労所得という考え方に対して否定的なので、働く時間はゼロにはなりません。というか、なってはいけないと思っています。</p>
<p>　たとえば、われわれって日常のルーティンあるじゃないですか。歯を磨くとかもそうだし食事もそうです。</p>
<p>　仕事も、必須のルーティンとしてそこに組み込むのです。つまり、人生を豊かにするためには仕事をやらなければなりません。</p>
<p>　つまり、パラダイムシフトの第二段階（ほぼ完成系）というのは、「自分が仕事していることが完全に日常に組み込まれ、仕事をしているのだが仕事を意識しなくなる」という状態です。</p>
<p>　この状態って実は、むちゃくちゃ生産性高いんですよね。</p>
<p>（略）</p>
<p>◆</p>
<p>　私の個人的な考え方ですが、勝手に自分の銀行口座が増えていく「システム」を構築することに躍起になっている方がたくさんいますが、どうもそういうのに否定的で...</p>
<p>　そういう方々の理想形は、日常の中から「仕事」を「排除」していくことのようなので。</p>
<p>　私の考える劇的なパラダイム・シフトというのは、バリバリ仕事しているのだけれども自分が仕事をしていると意識しなくなる、ということです。</p>
<p>◆</p>
<p>　これからの時代、働いて働いてガンガン稼ぐ、という考え方も、不労所得だけで生きていくという考え方も、どちらも苦しくなるだけです。</p>
<p>　生産性を極大にして、結果仕事をしていることを意識しなくなる（けど常に対外的には生産性の高い仕事はしているので、当然報酬は振り込まれる）というのを目標にしたほうがよいのでは、というのがこの21世紀における私の提案です。</p>
<p>　私は強くそう思っていますがどういうライフ・スタイルを選ぶかは自由です。私もそういう状態になっているわけではありませんし一生完成系にはならないでしょう。でもだいぶ近づいてはいます。</p>
<p>　目標をどこにおくか、でどういう人生を歩むかが全く違ってきますので...！</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>リアクション・モード（12） 終章</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/2017/10/12.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2017:/infra//28.11303</id>

    <published>2017-10-28T08:00:31Z</published>
    <updated>2017-10-28T07:39:02Z</updated>

    <summary>　リアクション・モードの話がどうしても生活習慣論にシフトしていってしまうので、お...</summary>
    <author>
        <name>龍澤ヒデアキ</name>
        
    </author>
    
        <category term="ライフハック" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/infra/">
        <![CDATA[<p>　リアクション・モードの話がどうしても生活習慣論にシフトしていってしまうので、おさらいして一旦ここで切ります。</p>
<p>◆</p>
<p>　最初は、「サード・プレイス」の話から入って、「サード・プレイス」を「ファースト・プレイス」まで昇華すべきだということを書きました。</p>
<p>　アラフォー越えたら、仕事よりも、家庭よりも、熱中すべきものを持つべし、と...</p>
<p>　それが結果的には仕事にも家庭にも好影響を与える。</p>
<p>　逆にいうと仕事や家庭に悪影響を与える「プレイス」はサードどまりということです。</p>
<p>　そして熱中する対象は基本的に「善事」でなければならない。なぜなら、そうでないと仕事や家庭に好影響を与えることはできないし、間接的に世の中に貢献することもできないから。</p>
<p>　善事であるべし、にプレッシャーを感じるのであれば、とてもわかりやすい悪事でなければそれでよいです。悪事でないことに熱中しているうちに、なんとなく善時寄りになっていきますので。</p>
<p>◆</p>
<p>　で、結論から書きますと、「ファースト・プレイス」を生きている方というのは、衝動にしたがって生きているのです。</p>
<p>　熱中を超えているといいますか...</p>
<p>　やりたいことを、やりたいようにやっている。もしくは、その状態にどんどん近づいている。</p>
<p>　この状態を私は「リアクション・モード」という言葉で表現しています。</p>
<blockquote>
<p><strong><em>もちろん私のオリジナルではありません</em></strong></p>
</blockquote>
<p>　無理をしていない。だから、ストレスもない。</p>
<p>　私も、そうなりたいと思い、日々精進しています(笑)。</p>
<p>　熱中！って、なんか力んでる感じがして、少し無理がありますよね？</p>
<p>　やりたいことを、やりたいようにやっているにも関わらず、お金には困らない（笑）。</p>
<p>　という人種が、この国には確かに存在しています。</p>
<p>　そして、周りにキラわれない。</p>
<blockquote>
<p><strong><em>周り、とは本当にその方の周囲ということであり、マスコミとか世論とかよくわからないネット民とかにはキラわれていることが多いかも</em></strong></p>
</blockquote>
<p>◆</p>
<p>　でここからいつもの生活習慣論に入っていってしまうわけですが、衝動にしたがって（リアクション・モードで）生きれるようになるためにはたとえば自堕落な人間ではダメで...</p>
<p>　民主主義国家には法律というものがありまして(笑)、自堕落な人間が衝動にしたがって生きれば遅かれ早かれ法に抵触します（苦笑）。</p>
<p>　ふつうの庶民であれば、まず法に抵触しないことを最優先にするので、衝動的に生きることをやめてしまいます。</p>
<blockquote>
<p><strong>それは、悪いことではないんですよ。遵法精神というのはとても大事ですから。</strong></p>
</blockquote>
<p>　なので、リアクション・モードで生きるためには良質な生活習慣をベースとして持っている人間でないといけない、という主旨でずーっと書いてきました。</p>
<p>◆</p>
<p>　ところで（最後に）、なぜ衝動にしたがって生きるほうがよいかというと...</p>
<p>　まぁざっくりいえばそのほうが楽ですから(笑)。</p>
<p>　ストレスがたまりませんからね。</p>
<p>　もし人生のステージが上がり、衝動にしたがって生きれば生きるほど人生がらせん状に好転していくのであれば、その道を選ぶっきゃないでしょ、一択でしょ、と私なぞは思います。</p>
<p>　なので、まずは人生のステージを上げることに注力しています。そしてそれと並行して少しずつ衝動で生きている時間が長くなるように、シフトチェンジしている最中です。</p>
<p>◆</p>
<p>　でも...それだけじゃなくてですね、あえて大げさな言い方をすれば、それは次世代の人間の「解放」なんですよ。</p>
<blockquote>
<p><strong>これついては相当長くなるので（苦笑）今回はさわりだけ...機会があったらちゃんと書きます。</strong></p>
</blockquote>
<p>　それを今の時代に先行して始めてみませんか(笑)と、誘(いざな)っているわけです。</p>
<p>　戦後の70年で日本人のライフスタイルは激変したそうです。私は今から遡ること約50年前、物心ついてからは約40年前の日本からしか体験として知りませんが、間違いなく、とんでもなく変わっていますよね。</p>
<p>　昔アタリマエでなかったことが、今ほとんどアタリマエになりました。</p>
<p>　今アタリマエでないことが、未来にはアタリマエになっている可能性は高いです。</p>
<p>　全員とはいいませんが、ストレスフリーで生きることができる人間の割合は、今よりも数十年後のほうが間違いなく増える。</p>
<p>　増えるどころか多数派になると、私は信じています。</p>
<p>　それは、この国が、その日の食べるものにも困っていた不潔な時代から、清潔で飽食の時代にあっという間にシフトした事実（奇跡）よりも、難易度としてはぜんぜん高くない。</p>
<p>◆</p>
<p>　前回書いたとおり、概ね生活習慣が自分で意志を持ち、動き出すようになったらリアクション・モードで生きれる準備ができたということですから、堂々と衝動で生きてみたらいいと思います。</p>
<p>　最初はいろいろなカベにぶち当たりますけどね。それにめげず...</p>
<p>　やめなければ、次の世代につないでいくことができます。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

</feed>
