言語の歴史は人類の歴史。そして人類はコンピュータを言語で動かすようになった。

たのしいなぜなぜ分析

»

みなさんは、なぜなぜ分析というのをご存じでしょうか。説明が面倒くさいのでWikipediaを見てください。なぜなに分析というと、狭い会議室に大の大人がキュゥキュゥとひしめき合って、結論の出ない議論を繰り返すようなそういうイメージを持っています。どういうことか、議論すればするほど無難な結論に向かっていく傾向があるようです。

セキュリティーや業務改善で、一つのお題に対してなぜなぜ分析をする。そういう課題を与えられた上司を観察したことがあります。めちゃくちゃつまらなそうにやっていました。一つ一つの「なぜ」を紙に書き出していたのですが、内容にやる気の無さがほどばしっていました。会社は、方法で成果がえられると思っているのでしょうか。まず、そこから分析すべきではないかと思います。

なぜなぜ分析という言葉は使いませんが、ロジカル派なエンジニアはなぜなぜ分析が大好きです。そして、熱くロジックを語ります。本来はなぜなぜ分析は楽しいものです。つまらなくなるか楽しくなるかの大きな分かれ目は、自発的にやったかどうかです。そしてもう一つ重要な要素が、意見に自由が許されるか否かです。

自由な発想というのは諸刃の剣です。イノベーションを生み出せる可能性がある一報、既得権を脅かします。同じく、冷静に分析することも同様に諸刃の剣です。ピンチを切り抜けるヒントが得られる可能がある一方、希望と反する結論にたどり着く可能性もあります。やり方が正しければ結果はでるが、それが実行可能かどうかは誰も保証できません。

結論です。なぜなぜ分析を楽しくやりたいなら、自由な意見を認めた上で自発的にやりましょう。なぜなぜ分析で結果を得たければ、不利益を受け止める覚悟をしましょう。最善の解決策が「あなたが退職すること」ということもあります。「なぜなぜ分析は生きるか死ぬかのバトルロイヤルだ。」くらいの意気込みでやってみたら、ちょっとしたイノベーションが起きるかもしれません。

Comment(1)

コメント

仲澤@失業者

無難になっちゃいますね。
また、本質的で根源的になっちゃうので、当初の問題の解決にはなりませんが、
何かの判断基準にはなる結論を得られるかもしれません。

(例)
Q.学校がすべきことは何か
A.(突き詰めると)生徒の生命を守る。

ひょっとすると、KJ法の方が良いかもしれません。

コメントを投稿する