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    <title>結婚は人生の墓場となり得るのか？</title>
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    <updated>2016-04-28T00:44:19Z</updated>
    <subtitle>組み込み系システムに3年、オープン系システムに7年。徹夜がこたえるお年頃。独身貴族から平民へと降格したホリは、墓場へまっしぐらなのだろうか……。</subtitle>

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    <title>カリスマPMになりたくて</title>
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    <published>2009-07-01T08:30:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:44:19Z</updated>

    <summary>　仕事に対してモチベーションが上がらない時がある。人間なので、好不調の波はあるだ...</summary>
    <author>
        <name>ホリススム</name>
        
    </author>
    
        <category term="職場" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/horisusumu/">
        <![CDATA[<p>　仕事に対してモチベーションが上がらない時がある。人間なので、好不調の波はあるだろう。この業界に長くいると、自分なりにモチベーションを高める方法というのは、自然と身についてくるのだ。それはまた別の機会に書くとしよう。</p>

<p>　では、プロジェクトにおいて開発者のモチベーションを上げるにはどうすればよいのか？ PM としてプロジェクトを管理する立場にあると、この<strong>開発者のモチベーションを上げる</strong>というのは、重要な仕事の1つとなるのである。</p>

<p>　開発者それぞれ、モチベーションに差があるのは当然だろう。同じプロジェクトを対応していても、差があるのはあたりまえだ。では、なぜモチベーションに差がでるのか。それは開発者個人のモチベーションが以下のように分けられるからだと、ぼくは考えている。</p>

<ol><li>顧客に喜んで使ってもらえるシステムを作りたいと考える、顧客志向の強い者</li>

<li>プロジェクトを通して自分の技術力を高め、困難な課題に挑戦する者</li>

<li>自分の責任範囲にはしっかりと責任を持ち、挑戦せず、確実性を選ぶ者</li>

<li>上から言われたことしかやらない。自分の担当部分以外にはまったく無関心な者</li>

<li>隙あらば手を抜いて怠けようとする者</li></ol>

<p>　1から5まで、数字が少ないほどモチベーションが高いように思われる。もちろん、これはそのモチベーションに合致した仕事を与えられたときに限ることだ。上位にそれほどモチベーションの差はないが、下位とは明らかに違うのである。</p>

<p>　ここでいうモチベーションというのは、「プロジェクトにプラスになる行動をする開発者」という意味もある。自分の役割をきっちりとこなすだけで、プロジェクトとして問題はないが、さらにその上をいくことが望ましいのだ。</p>

<p>　プロジェクトを担当する開発者のモチベーションが、すべて3以上なのが望ましいのだが、なかなかそうはいかない。PMが何か言ったところで、簡単に上がるようなものではない。となると、適材適所というのが一番開発者のモチベーションを高める秘訣かもしれない。</p>

<p><strong><span style="font-size: 1.2em;">■カリスマPMとの出会い■</span></strong></p>

<p>　このコラムを考えていたとき、ふと思い出したことがある。開発者としてまだペーペーだったころ、上記以外でモチベーションが高まったパターンがあったことを。</p>

<p>　それは、2年目の下っ端開発者だったころ。AさんというPMの元でPGをしていた時のこと。ポジション的に顧客の顔が見えず、特別面白い仕事というイメージはなかった。ダラダラとやっても終わる、上記で言うところの4のような状態だったかもしれない。</p>

<p>　そんな時、全体会議でAさんと話をし、Aさんのプロジェクトに対する熱い思いを知らされ、めちゃくちゃモチベーションが高まったのだ。ぼくが担当しているのは、小さな機能ひとつ。しかし、Aさんからプロジェクト全体の話を聞き、そのプロジェクトにかけるAさん熱い思いを知らされると、こちらまで熱くなってしまったのだ。</p>

<p>　それからは、ことあるごとに、忙しいAさんのところへ押しかけ、アイデアを提案したり、相談にのってもらったりもした。普段ならば、PMとはレビューの時に少し話をするだけの関係のはずが、Aさんとはかなり親密になっていたのだ。</p>

<p>　AさんはPMとしてもすばらしく、人間的にもすばらしかった。ぼくの心の中では、顧客や自分のためでなく、Aさんのために頑張ろうという変な感情がわいてきたのだ（注：ぼくはいたってノーマルです）。</p>

<p>　Aさんが困っていれば助けになろうとし、Aさんの期待にこたえるために頑張ろうとした。文章にするとやけに気持ち悪くなるが、そう思っていたのだ。例えるなら戦国時代に武将が殿様を慕うような、そんな感覚かもしれない。</p>

<p>　Aさんがプロジェクトを成功させるために、意図的にそうしていたのか、今となってはわからない。そのころのぼくにはカリスマPMとしてAさんは光輝いていたのだ。</p>

<p>　Aさんとは、それ以来仕事をしていない。昔の記憶が美化されたこともあり、Aさん以上のPMには出会っていないように思う。当然、ぼく自身もAさんの域には達していないのだ。</p>

<p>　いつかぼくも、PMとして仕事をしている間に、開発者から心酔されるAさんのようなPMになりたいのである。</p>]]>
        
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    <title>予定がある日に限ってトラブルは起きる</title>
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    <published>2009-06-25T10:20:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:44:19Z</updated>

    <summary>　今日は予定があるから早く帰ろうと思った日に限って、急な仕事が入り、予定をキャン...</summary>
    <author>
        <name>ホリススム</name>
        
    </author>
    
        <category term="ワークスタイル" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/horisusumu/">
        <![CDATA[<p>　今日は予定があるから早く帰ろうと思った日に限って、急な仕事が入り、予定をキャンセルせざるを得ない。こんなことはないだろうか。今日は大事な日だからどうしても早く帰りたいという日に、急な仕事がぶつかってくる。よくあることだ。</p>

<p>　まるで嫌がらせのように、ピンポイントでバッティングする仕事。普段ならば、なんてことない平日が、その日だけ戦場のようになる。ありえないことだ。これは、神様があえて試練を与えているとしか思えない。もしくは、その予定はキャンセルすべきだという、神様からの啓示なのだろうか。虫の知らせか、何なのか、マーフィーの法則的な何かが働いているようだ。</p>

<p><strong><span style="font-size: 1.2em;">■噂話がトラブルを呼ぶ？■</span></strong></p>

<p>　昔、あるユーザに納入したシステムで、納入時にトラブル続発でそうとう苦労したシステムがあった。もう3年も前のことで、今は落ち着いているシステムだった。ある日、先輩とそのシステムについて話をしていたとき。</p>

<p>　「そういえば、例のシステム、最近落ち着いているよね。納入当初は1年くらいバタバタしっぱなしだったからなぁ」</p>

<p>　「いやぁ、あれは苦労しましたよ。ただ、最近は落ち着いてくれたから一安心ですけど」</p>

<p>　なんて話をしていると、突然電話がかかってくるのだ。電話を受けると、案の定、そのシステムについてのトラブルだったりする。</p>

<p>　今までおとなしかったシステムが、噂話をしたことで急に騒ぎ出す。神様がぼくたちの話を盗み聞きしながら、“油断するな”と戒めるように、トラブルを発生させたのだろうか。偶然にしてはできすぎている。しかし、こんなことがよくあるのだ。</p>

<p><strong><span style="font-size: 1.2em;">■神様のいたずら？■</span></strong></p>

<p>　なんでこんなことが良くおきるのか？ 考えてみると、決して神様のいたずらだけではない、ちゃんとした理由があるのだ。</p>

<p>　システムのトラブルの場合、実は先輩はある一定期間毎にトラブルが発生するかもしれないと予測していたのだ。最近トラブルがないと感じていたのは、ユーザ側でメンテナンス作業等があり、トラブルの周期がリセットされていたようなのだ。</p>

<p>　先輩はトラブルが起きないことに安心していたが、もしかしたらという思いを拭い去ることができなかった。そこで、心の奥底にあった何かが会話として出てきたのだろう。その日にトラブルが起きたのはまったくの偶然だが、その近辺で起きてもおかしくないと先輩は感じていたのだ。</p>

<p>　予定がある日に限って急な仕事が入ることも、実は冷静に考えるとそう感じてしまうだけというのがある。</p>

<p>　普段の仕事でも、急な仕事というのは良くあるのだ。ただ、何でもない日常で、急な仕事が入ったところで、焦ることなく普通に対応できる。それが、予定がありその日に帰るべき時間が決まっている場合は、普段と変わらない急な仕事であっても、焦ってくるのだ。となると、急ぎの仕事が突然やってきたという印象が強くなる。</p>

<p>　べつに神様の嫌がらせではない。単純に自分でそう感じているだけなのだ。</p>

<p>　何か大事な予定があるときの突然の仕事はイライラし、強く印象に残る。冷静に考えてみると、べつに普段対応していることと変わらないのだ。</p>

<p>　何か大事な予定がある日は、あえてそう思わないようにすることにした。今日も普段とかわらない日常だと。そして、終わったころに「あー、今日は予定があった」と思いだし、定時で帰る。予定はもともとなかったという気持ちでいるのだ。</p>

<p>　逃げ口実で、まったく解決策にはなっていないが、これが精神衛生上に良いということがわかった。そのかわり、集合時間に遅れる男というレッテルを貼られてしまったのである。</p>]]>
        
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    <title>みなさん、馴れ合っていますか？</title>
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    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2009:/horisusumu//86.4214</id>

    <published>2009-06-17T10:45:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:44:19Z</updated>

    <summary>　新婚をテーマとして掲げておきながら、最近はめっきりテーマにそったコラムを書いて...</summary>
    <author>
        <name>ホリススム</name>
        
    </author>
    
        <category term="ライフハック" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/horisusumu/">
        <![CDATA[<p>　新婚をテーマとして掲げておきながら、最近はめっきりテーマにそったコラムを書いていない。というか、入籍してすでに半年以上たった今、はたして新婚と言っていいのだろうか。いつまでが新婚なのか。半年？ 1年？ それとも、子供が生まれるまで？</p>

<p>　そんなことはさておき、新婚生活にもさすがに慣れるのだ。良い言い方をすれば「慣れ」。身も蓋もない言い方では「マンネリ」。</p>

<p>　慣れは良いことなのか、悪いことなのか。何に対しても自然と慣れというのは発生する。奥さんの料理にも慣れ（新鮮味がなくなったとも言う）、奥さんも味の好みを把握し、常においしいものを作ってくれるのだ。たまにでてくる突飛な創作料理にも慣れてしまった。くだらないことでの喧嘩もなくなった。良い意味での慣れなのだろう。</p>

<p>　日々生活するうえで、習慣化されることは大事だ。その結果発生する慣れというのは好ましいことだ。家庭での慣れは、その生活が習慣化した証であり、夫婦円満な証拠かもしれない。</p>

<p><strong><span style="font-size: 1.2em;">■馴れ合いは楽だ■</span></strong></p>

<p>　家庭での慣れは好ましいことだが、仕事上での慣れ（馴れ合いとも言う）は好ましくはない。ITエンジニアとして似たような仕事を10年続けていると、どうしても馴れ合いというのは発生してしまうのだ。</p>

<p>　馴れ合いは楽だ。決まった顧客から、定期的に似たような開発を発注され、外部へ委託する。やることはほぼ決まっており、大きなトラブルもなければ、赤字になることもない。会社から見ると、優秀プロジェクトになるのだろう。</p>

<p>　そんな馴れ合いの仕事ばかりしてきた人が、突然別の仕事をしたらどうなるのか。</p>

<p>　馴れ合いの中で仕事をしてきた人は、違う環境へ来ても、馴れ合いを目指してしまうのだ。プロジェクトとしては馴れ合いではすまされない、食うか食われるかの状態。顧客にしても、馴れ合いが許されるような状況ではないのだ。</p>

<p>　馴れ合いの関係であれば、受け入れ検査は軽くすませ、何か問題があれば適宜対応するという対応だったらしい。しかし、現在担当しているプロジェクトは受け入れ検査がすべて。そこで問題が発見できず、後日仕様漏れが発覚してもそれは受け入れ側の検査ミスということになるのだ。それをわかっていない担当者は、受託側に馴れ合いを求めるのだ。</p>

<p><strong><span style="font-size: 1.2em;">■馴れ合いを打破する刺激■</span></strong></p>

<p>　習慣化すると馴れ合いが発生するのはしょうがないこと。馴れ合いを防ぐには、担当者を頻繁に入れ替え、新鮮な気持ちでプロジェクトにあたらせるしかないのだろう。担当者にすれば、新たな環境でノウハウを学びなおすということで、本人のスキルの棚卸しにもなる。良いことずくめだが、会社としてはなかなかそううまくいかないのが現状だ。</p>

<p>　刺激を求め、自ら新天地を求める開発者は良い。そうではなく、馴れ合いの環境にどっぷりとつかったままの開発者には、外部から刺激を与えてやる必要があるのだ。</p>

<p>　夫婦間も同じく、慣れだけではいけない。たまに刺激が必要なのだ。そんなことから、習慣化した生活に刺激を与えようとある考えを実行した。</p>

<p>ある日、奥さんには内緒で夕食を作り、帰ってきたらびっくりさせてやろうと思っていた。しかし、帰ってきた奥さんは、怪しげな視線をぼくに投げかけるだけなのだ。</p>

<p>　「普段やらないことをなんで急に？ 何か後ろめたいことでもあるんじゃないの？」</p>

<p>　やぶへびである。余計な刺激は、やらないに限る。</p>]]>
        
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    <title>現実のオフィスは、ドラマのように華やかではない</title>
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    <published>2009-06-10T09:35:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:44:19Z</updated>

    <summary>　「開発部なんで、1人ずつパーティションで区切られた、広いスペースで開発している...</summary>
    <author>
        <name>ホリススム</name>
        
    </author>
    
        <category term="職場" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/horisusumu/">
        <![CDATA[<p>　「開発部なんで、1人ずつパーティションで区切られた、広いスペースで開発しているのかと思いました」</p>

<p>　これは新入社員がうちの部門に配属されて言った一言だ。思わず「外資系じゃないんだから」「海外ドラマの見すぎじゃない？」と言ってしまったのだ。希望に満ち溢れた新入社員は、会社のオフィスとはこうあるべきだというイメージができあがっていたのだ。</p>

<p>　東京に居を構える企業にとって、オフィスの広さは悩みの種だろう。広いスペースを用意すればそれだけコストがかかり、開発費の増加へと繋がっていく。必然的に社員たちは、東京の住宅事情と同じく、狭っ苦しい場所へと押し込まれることになるのだ。</p>

<p><strong><span style="font-size: 1.2em;">■用途にあわせたフロアレイアウト■</span></strong></p>

<p>　うちの部門は開発部ということで、書類作成や事務作業を行うフロアと開発フロアの2フロアがある。ほかの部門と比較すると、2倍のスペースを占領していることになる。どちらも狭いスペースに押し込まれていることに変わりはないが、事務フロアと開発フロアでの居心地が大きく違うのだ。</p>

<p>　事務フロアは、よくあるタイプの机が向かい合わせでいくつか連なってグループとなっている。そのグループが効率よくスペースを使えるように、まるでパズルのように隙間なく組み込まれているのだ。そのために背中合わせの席両方に人が座っていると、間を通ることができないことになる。それほど、無駄なくスペースを有効利用？ しているのだ。</p>

<p>　開発フロアも狭いことには変わりないが、机よりもサーバラックや特殊機器が、わがもの顔で場所を占領しているために、開発者たちが隅っこにおいやられているといったほうがいいだろう。どちらのフロアもドラマの世界からは程遠い光景だ。</p>

<p><strong><span style="font-size: 1.2em;">■良いフロア、悪いフロア■</span></strong></p>

<p>　事務フロアも開発フロアも仕事をするうえで多くの時間をすごす場所だ。同僚とのコミュニケーションを円滑にするために、長時間を過ごすフロアというのはとても重要な意味をもっている。</p>

<p>　結論からいうと、事務フロアはコミュニケーションが円滑ではなく、開発フロアは自然と良好な関係が築けるようになっていたのだ。</p>

<p>　事務フロアは高さをあわせた机が連なっているだけなので、隣の人とは何の仕切りもないはずだった。目の前にディスプレイがあるのはしょうがないが、それ以外は、本来なら開けたフロアであるはずだった。それが、なぜかパーティションもどきがいつのまにかできあがっていたのだ。</p>

<p>　事務で使うPC本体は足元に置くのが通例だった、しかし誰が始めたのか、いつの間にか机の上の右側か左側に置くようになっていた。このＰＣ本体による擬似パーティションで、隣の人との壁を作っているのだ。</p>

<p>　クリエイティブな仕事なので、壁に囲まれていた方が集中できるというのは分かる。中には隣の人に見られたくないことをやっている不届き者もいるのかもしれない。しかしこのことが、隣人とのコミュニケーション阻害要因になっていることは間違いないのだ。</p>

<p><strong><span style="font-size: 1.2em;">■開発者同士の距離■</span></strong></p>

<p>　開発フロアには擬似パーティションは存在しない。サーバを机に置くなんてことはスペースの無駄遣い以外のなにものでもないからだ。結果的に隣人との距離は近くなる。狭いフロアでサーバ類優先のレイアウトのため、開発者の密接度は高いのだ。</p>

<p>　同じ仕事をする開発者が隣にいると、気軽に話しかけることができる。ペアプログラミングではないが、相手が今何をやっているのか、瞬時に判断することができるのだ。何か悩んでいればアドバイスすることもでき、コーディングに熱中していれば、話しかけずに集中させてあげる。何か調べものをしていれば、一緒に調べたり。相手との距離が縮まると、良好なコミュニケーションが築けるのだ。</p>

<p>　今までの経験上、開発者同士の関係が良好なプロジェクトはかならずうまくいく。もしかしたら、もともと良い関係の人たちだから近くにいても問題なかったのかもしれない。しかし、事務フロアよりは明らかにコミュニケーションは良好なのだ。</p>

<p>　壁がないとくだらない雑談にも花が咲きやすい。海外出張のハプニング話に盛り上がり、気づけば2時間話しこんでいたのはここだけの話である。</p>]]>
        
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    <title>人生において、仕事はちょっとしたスパイスにすぎない</title>
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    <published>2009-06-02T10:25:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:44:19Z</updated>

    <summary> 　2週間ほど日本を離れ、意図的に情報を遮断すると、あまりの急激な変化にとまどう...</summary>
    <author>
        <name>ホリススム</name>
        
    </author>
    
        <category term="ワークスタイル" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/horisusumu/">
        <![CDATA[<p> 　2週間ほど日本を離れ、意図的に情報を遮断すると、あまりの急激な変化にとまどうのである。日本を出発する前は、新型インフルエンザの国内発症第1号がでるかでないかという状態だった。そのため空港での検疫はものすごいものがあった。</p>

<p>　帰ってくると、いつの間にか新型インフルエンザ発症数がカナダについで第4位。空港の検疫も簡単なアンケートを書くだけに変わっていた。出発前は新型インフルエンザに気をつけろと言われたのだが、日本にいるよりも海外にいたほうが安全だったのでは？ なんて思うほどだ。</p>

<p>　帰りの機内で久しぶりに日本の新聞を読むと目新しいニュースばかりだ。下部の週刊誌の広告に書かれていた「ダウンタウン松ちゃんデキ婚」というのを見て、「まぁーた、週刊誌が適当なこと書いて」と思っていると、すべて事実であったり。今回は日本にいない間に、ずいぶんといろんなことがあったなぁという感じだ。</p>

<p><strong><span style="font-size: 1.2em;">■日本人はマジメだ■</span></strong></p>

<p>　2週間ほど日本をはなれると、通常の仕事モードに戻すのがずいぶんと大変なのだ。若干、現実逃避の気分がぬけきれておらず、仕事に行きたくなくなるのだ。さらに今回は、旅先の人々の人間性というか、仕事に対するスタンスを目の当たりにしているだけに、よりそのように思ってしまうのだ。</p>

<p>　あらためて思うのは、日本人がマジメだということだ。約束の時間はきっちり守るし、必要以上に相手に気を使う。仕事をしていないことに負い目を感じるほど、マジメに仕事をすることが美徳となっている。しかし、ぼくが行った某国は違っていた。</p>

<p>　国民性もあるのだろうが、すべてに楽観的だった。いきなり空港でロストバゲージしても「まぁ、そのうち出てくるから、とりあえずホテルの連絡先を教えてくれ」という感じだ。荷物が無事届いたのは2日後……。</p>

<p>　待ち合わせの時間に余裕で遅れてくるわ、頼んだ食事と違うメニューがでてきても。「ああ、悪い。じゃあ、それはサービスで今から作るから10分待ってくれ」という感じだ。最初は違和感をおぼえていたことも、だんだん慣れてくると、そのゆるさが心地よくなってくるのだ。</p>

<p>　仕事よりも人生を楽しむ生き方。土曜日に打ち合わせがあるなんていうと激怒するのだ。</p>

<p>　「土曜日は家族と過ごし、日曜日は教会へ行く日だ」</p>

<p>　仕事は人生に刺激を与えるスパイスにすぎない。スパイスのかけすぎは禁物、メインの味を壊してしまう。人生で大事なのは家族であり、趣味だという考え方だった。正直、かなりのカルチャーショックを受けた。これが成立するのもこの国だからだろう。なんだかうらやましくなってしまったのだ。</p>

<p><strong><span style="font-size: 1.2em;">■帰りにひと波乱■</span></strong></p>

<p>　この国のしきたりにも慣れたころ、帰りの空港でまた波乱が起きた。国際線ならば出発の2時間前には空港にいる日本人にとって、搭乗予定時間の40分前に搭乗ゲートが変わるのは勘弁してほしかった。</p>

<p>　搭乗予定時間の10分前になっても、ほとんど周りに人がおらず、不安になり、もう1度確認したからよかったものを。危うく飛行機に乗り遅れるところだったのだ。</p>

<p>　出社すると、時差ぼけ状態の男に、いきなり2週間前と同じフル稼働を要求された。ボケた頭の片すみには「移住したい」という思いが、当分こびりついてはなれなかったのである。</p>]]>
        
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    <title>ITエンジニアに英会話は必要か？</title>
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    <published>2009-05-12T10:00:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:44:19Z</updated>

    <summary>　英語が苦手だ。学生時代から英語が苦手で、それは今でも克服できていない。この業界...</summary>
    <author>
        <name>ホリススム</name>
        
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        <category term="キャリア" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/horisusumu/">
        <![CDATA[<p>　英語が苦手だ。学生時代から英語が苦手で、それは今でも克服できていない。この業界では英語が苦手な人も多いのではないだろうか。TOEICの職種別平均スコアを見ても、SEは他の職種に比べ低い値となっている。</p>

<p>　しかし、そうは言っても英語はビジネススキルとして必要なものだ。ITエンジニアでいえば、必要な技術書の翻訳がされていない場合は、英語をそのまま読むしかない。そんなことから、英語を読むことはなんとかクリアしている。翻訳サイトを使わずに、大まかな意味を把握することはできるのだ。</p>

<p>　ただ、英会話が必要かというと今の時点では僕には不必要だ。</p>

<p>　TOEICでいえば、リーディングとリスニングは鍛えることができる。しかし、英会話の力をはかることはできない。となると、必然的にTOEIC対策として勉強するのは上記2つであり、英会話力を鍛えることはしないのだ。</p>

<p><span style="font-size: 1.2em;"><strong>■英会話のモチベーション■</strong></span></p>

<p>　社会人としてやる気に燃えていた新人時代。これからの時代、英会話は必要だろうと英会話学校に通おうとしたことがあった。しかし、よく考えたら今の仕事をしている限り、英会話を使うことがないのだ。使わないのであれば、勉強しても、その成果を実感することができないのだ。</p>

<p>　周りに外国人の友達もいなければ、英語が堪能な知り合いもいない。仕事上で付き合いのある中国人は、英語が大の苦手ときている。六本木に繰り出して、バーで外国人に気軽に話しかけて友達になるべきか？ そんなことができるほどの度胸と英語力があれば、こんなことで悩まないのだ。</p>

<p>　英会話を勉強するためのモチベーションがない。将来的に必要になるから、できた方が良いから、なんて理由で気長にやり続けることができるだろうか？ 僕はできない。「来月から海外転勤だよ」と言われれば、尻に火がついてやる気になるだろうが、今はそうではないのだ。</p>

<p><span style="font-size: 1.2em;"><strong>■非英語圏での英会話■</strong></span></p>

<p>　そんな考えの男にも、英会話を勉強するという気持ちが盛り上がることがある。それは海外に行ったときだ。普通に英語圏の国に行ってそう思うのは当然かもしれない。しかし、気持ちがさらに盛り上がるのは、英語が公用語ではない非英語圏の国へ行ったときだ。</p>

<p>　中国へ行ったとき。同じアジア人ということもあり、ホテルなどで最初に話しかけられる言葉は必ず中国語だった。それに対して、僕がちんぷんかんぷんな顔をしていると、すぐに英語で話しかけてくる。そのときのうれしさというのは、英語圏の国で聞く英語の比ではないのだ。</p>

<p>　中国語はほとんど理解できない。しかし、英語ならば少しは理解できる。イコール、今まで意志の疎通をはかれなかった人と、はかれるようになる。そのことで英会話ができるという錯覚におちいるのだ。結果として、僕は中国にいる間、英語がペラペラな気分になっていたのだ。</p>

<p>　日本に帰ると、この英会話力をさらに伸ばそうという気持ちになる。しかし、英語を話す機会がないと、だんだんとトーンダウンしていくのだ。すべては意思の弱さと、英会話に対する真剣さが足りないことにあるのだろう。</p>

<p>　そんなに海外へ行く機会がない僕も、近々モチベーションアップのチャンスがやってくる。来週から仕事＋プライベートで2週間ほどヨーロッパへ旅立つのだ。新型インフルエンザで騒がれているこの時期になぜというのもあるが、前々から決まっていたことなので、どうにもキャンセルができないらしい。</p>

<p>　帰ってくると確実に英会話に対するモチベーションは上がっているだろう。それをいつまで保つことができるのか……。さらには、“ITエンジニアと新型インフルエンザ”というタイトルでコラムを書くことになるかもしれないのである。</p>]]>
        
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    <title>仕事とプライベートの境界線</title>
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    <published>2009-04-28T08:00:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:44:19Z</updated>

    <summary>　仕事とプライベートの境界線。これは仕事中にプライベートのことをするとか、私用電...</summary>
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        <name>ホリススム</name>
        
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        <category term="人間関係" />
    
    
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        <![CDATA[<p>　仕事とプライベートの境界線。これは仕事中にプライベートのことをするとか、私用電話をするということではなく、仕事上で知り合った人とプライベートでどこまで付き合うかということだ（社内恋愛は除く）。</p>

<p>　僕自身の話でいえば、ここ最近はない。仕事上で知り合った人とその後、仕事上でのつき合いはあっても、プライベートで何か一緒にするようなつき合いには決してならないのだ。たとえ家が近く、趣味が合ったとしても、お互いなんだか触れてはいけない部分のように、深くは入り込まないのである。</p>

<p>　最近では、派遣として短期で来た開発者が、最寄駅が同じで酒を飲むのがものすごく好きな人だった。お調子者の上司が「一緒に飲みにいけば？」なんてことを言っても、お互い「ま、まぁ……」という感じで、微妙な空気がながれたのだ。</p>

<p>　仕事関係の人とプライベートまで一緒はちょっと、という気持ちから、距離を保っているのだ。確かに距離感は大事で、浅い関係は楽だ。しかし、なんだか寂しいのだ。</p>

<p><span style="font-size: 1.2em;"><strong>■原因は年齢？ それとも社会的な風潮？■</strong></span></p>

<p>　僕が入社したころは、派遣社員も含めてボーリング大会や屋形船の宴会など、イベントが盛りだくさんだった。花見などは、社外の人も結構参加していて、何がなんだか分からない状態だった。それでも、楽しかった。</p>

<p>　あのころと今とは違う。僕自身の年齢的なものもあるのだろう。若いころに仕事上で知り合った人とはすぐにうちとけ、仲良くなり、プライベートでも遊んだりした。いまだに一緒にスノボに行く関係の人もいる。ひどいときには、2～3回しか話したことのない客先担当者と一緒にスノボに行ったこともあったくらいだ。</p>

<p>　仕事上の制度としても、昔は同じチームで長い間いくつものプロジェクトを担当していた。それが、今はプロジェクト制となり、プロジェクトが終われば即解散というのもザラだ。もしかしたら、それも関係が希薄になっている原因なのだろうか。</p>

<p><span style="font-size: 1.2em;"><strong>■プライベートは秘密主義■</strong></span></p>

<p>　社内的にも、個人主義的なものが昔よりも強くなったのだろう。15年前には東京ドームでソフトボール大会を開いたり、社内で慰安旅行に行ったと聞いたことがある。そのころの写真を見せてもらうと、皆若く、はじけていた。そして、なんだかよく分からない一体感のようなものもあった。今、そんなイベントを開催したところで、人が集まらないのだろう。</p>

<p>　個人的なイベントに関してもそうだ。結婚したという報告を正式にすれば、部内全員から何かしらのお祝いの言葉をいただいたりもした。同期が回覧を作ってくれたりもした。しかし、中には人知れず入籍だけして、誰にも知られず、ある日突然、結婚休暇をとって周りが気付くというパターンもある。これは極端な例かもしれないが、プライベートを秘密にしたい人はそこまでするのだ。</p>

<p>　今はプライベートと仕事をきっちりと線引きし、仕事は仕事、プライベートはプライベートと極端に分けるのが主流なのだろうか。ドライで変な気を使わずにすむのかもしれない。しかし、なんだか昔のように、仕事を抜きにしても付き合えるような関係を築けなくなったことが寂しくもあるのだ。</p>

<p>　このコラムを読んでいるITエンジニアの方々が、仕事関係の人とどの程度までプライベートの付き合いをしているのか、知りたいところなのである。</p>]]>
        
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    <title>想像力を鍛えろ！</title>
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    <published>2009-04-21T07:55:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:44:19Z</updated>

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        <name>ホリススム</name>
        
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        <category term="ライフハック" />
    
    
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        <![CDATA[<p>　もし、こうすれば、その結果としてどうなるのか。何か行動を起こすときは、多かれ少なかれ、誰もが何か想像することだろう。何かを発言するときや、コラムを書く場合も、どんな反応が返ってくるか、多少は想像するのである。</p>

<p>　奥さんと険悪な雰囲気になったとき、僕は想像力をフルに働かせるのである。</p>

<p>　“ここでこう言うと、さらに機嫌が悪くなって、明日は弁当なしかもしれない”</p>

<p>　“こう言えば、なんとか機嫌も直り、家庭も円満に……”</p>

<p>　想像力を働かせるということは、その後の出来事を良い方向へ導くために行うことだ。</p>

<p>　想像力の欠如は、現実であってもプロジェクトであっても好ましいことではない。</p>

<p><span style="font-size: 1.2em;"><strong>■プロジェクトでの想像力■</strong></span></p>

<p>　プロジェクトをマネジメントする上で最も重要なことの1つに、この想像力がある。それはさまざまな形で関わってくることだ。</p>

<p>　プロジェクトの開始前に、どのようなリスクがあるか有識者を含めてレビューをする。これは、いわばどのような問題が起こりうるかを事前に想像することだ。未経験な領域では、経験者を交え、想像力を補完する。予想されうるリスクは事前に対策をうち、プロジェクトを成功へ導く架け橋とするのだ。</p>

<p>　プロジェクトのレベルまでいかなくても、個人のレベルでも想像力は重要だ。この処理をこうやって実装すると、その後、どんな弊害が起きるか。拡張性を考えるべきか、それとも影響度を少なくすべきか。想像力を働かせ、選択しなければならない。</p>

<p><span style="font-size: 1.2em;"><strong>■想像力の欠如から■</strong></span></p>

<p>　ここ最近も想像力の欠如で危うく大失敗しそうになったことがある。それは、大阪のあるユーザーのシステム更新時のこと。</p>

<p>　FDでパッチをあてにいくという簡単な作業であったため、気楽なものだった。半分は観光気分もあったかもしれない。僕はFD1枚持って、現地へ赴いたのだ。</p>

<p>　実作業は実質5分。事前確認の打ち合わせを簡単に済ませ、いざマシン室へ。しかし、客先担当者に連れられて行った先には……。</p>

<p>　なんとサーバにはFDドライブがなかったのだ。客先には事前に伝えておいたのだが、FDドライブがない可能性は想像できなかった。代替手段もあることはあるが、システムとしてよろしくないということで、急遽、近所の電気店にUSBのFDドライブを買いに走った。</p>

<p>　FDドライブがないというのは、客先も認識していなかった。僕もそうだが、PCにはFDドライブ付きが当たり前と思っていた。最近のサーバはFDドライブがないということを失念していた。想定外だが、想像すれば、その可能性にも行き着いたはずだったのだ。</p>

<p><span style="font-size: 1.2em;"><strong>■ポーカーフェースは想像力の産物■</strong></span></p>

<p>　どんなに想像力を働かせても、想定外の出来事というのは起きるものだ。そのとき、その人の本質的力が試されるのだ。あらゆるパターンを想像していれば、類似問題から解決のヒントを得ることができるかもしれない。</p>

<p>　予想外のことが起きると、内心ものすごくあたふたする。しかし、立場上、それは決して表に出さず、平然な顔をすることにしている。ポーカーフェイスだが、頭の中では打開策を類似問題から必死に模索しているのである。</p>

<p>　予想外な出来事を解決したときの爽快感はものすごいものがある。もちろん、緊張とプレッシャーでぐったり疲れきってしまうが、それは心地良い疲れだ。</p>

<p><span style="font-size: 1.2em;"><strong>■想定外■</strong></span></p>

<p>　想像力を鍛え、神経を研ぎ澄まし、奥さんの逆鱗に触れない言葉を選ぶ。しかし、昨日までは安全地帯だったはずの場所（言葉）に、今日は突然地雷が埋め込まれているのだ。</p>

<p>　地雷を踏んだホリは、激しい爆発に巻き込まれ、部屋の隅に避難するしかない。夫婦の間では、時に想像力を超える出来事が起こるので注意が必要なのである。</p>]]>
        
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    <title>理系 vs 文系</title>
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    <published>2009-04-14T06:55:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:44:18Z</updated>

    <summary>　去年、定年退職した上司はこう言ったのだ。 　「アセンブラの時代は良かった。プロ...</summary>
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        <name>ホリススム</name>
        
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        <category term="ライフハック" />
    
    
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        <![CDATA[<p>　去年、定年退職した上司はこう言ったのだ。</p>

<p>　「アセンブラの時代は良かった。プログラマという職業が誰でもなれるわけではなく、選ばれた者だけがなれる、ちょっとした職人だったからなぁ」</p>

<p>　プログラマが特別な職種だったのは、はるか昔。今は誰でも簡単にプログラマとなれる時代なのだ。プログラミング言語の発展。誰もが直感的にアプリケーションを作れる高機能な開発ツール。まさに、いたれりつくせりだ。</p>

<p>　今の時代、ITエンジニアが理系の特権であるはずもない。しかし、そうは言っても、職場は理系にあふれているのだ。僕自身も理系であり、周りも理系である。バブル期に入社した先輩の一部には文系も存在するが、すでにどっぷりと理系に毒されているのだ。</p>

<p>　ということで、僕の周りには文系がほとんど存在しないのである。</p>

<p><span style="font-size: 1.2em;"><strong>■理系夫と文系妻■</strong></span></p>

<p>　うちの奥さんは文系だ。国語や英語が得意だから文系というわけではなく、数学や理科が嫌いだから文系になったという、生粋の理系嫌いである。理系アレルギーと言ってもよい。</p>

<p>　そんな理系アレルギーな文系と、理系にどっぷりつかった理系が一緒に生活するとどうなるのか。当然、さまざまな問題が発生するのである。結婚して約半年。一緒に生活して感じた理系と文系の違いを暴露したいのである。</p>

<p><strong>1. 理系的 定義を決めたがる</strong></p>

<p>　何かある話題で会話をしていたとき、意見が分かれることがあった。そのとき、お互いが話題としていることの基準がズレていたのだ。そのため、まず、根本的な定義をそろえようとすると……。</p>

<p>　「また理系はすぐそうやって……」</p>

<p>と言われてしまうのだ。</p>

<p><strong>2. 理系的 しゃべり</strong></p>

<p>　理系的しゃべりの典型？ としてオタク的な印象があるのだろう。早口だったり、相手の意見を聞かずにまくし立てたり。我が道をいくしゃべりだ。しかし、それが喧嘩となると、文系的（？）もしくは女性的しゃべりに負けてしまう。理系的なしゃべりで相手を言い負かしても、その何倍ものすさまじさで、圧倒的な攻撃が待っているのである。</p>

<p><strong>3. 理系的 分析</strong></p>

<p>　ある日、2人で府中競馬場へ行った。お互い競馬は素人。何も分からず競馬新聞とにらめっこしながら根拠のない予想を繰り返していた。何レースか経験するうちに、理系は確率と統計を重視し、文系は直感（主に馬の名前など）を重視するのだ。そして、なぜか勝つのは文系である。</p>

<p><strong>4. 理系的 本や映画の好み</strong></p>

<p>　夫婦ともどもミステリー小説が好きだったりする。そこで、好みの作家が明らかに分かれるのだ。僕は理系作家と言われる人が好みだが、奥さんはその作家を毛嫌いする。</p>

<p>　そして、映画の好みも違うのだ。DVDをレンタルするとき選んだのを見て一言。</p>

<p>　「理系が好きそうな作品だね」</p>

<p>と言われるのだ。</p>

<p><strong>5. 理系的 端的な返信</strong></p>

<p>　ある日の奥さんのメール</p>

<p>　「今日の帰りに駅前のスーパーで○○か△△買ってきて。タイムサービスが10時半から始まるから。○○と△△は好きな方でいいよ。あと、何か食べたいものがあったら買ってきて良いよ」</p>

<p>　それに対するホリの返事。</p>

<p>　「了解」</p>

<p>　シンプルイズベスト！ しかし、それが理系的だと言う。これは理系に限らず、男全般としてこうなのではないだろうか……。</p>

<p>　ここまで書いて、理系だからではなく、単純にホリの性格や好みだろうという意見もあるかもしれない。そう、まさに、そのとおりだ。</p>

<p>　理系だから、文系だからというのはない。タイトルに書いといてなんだが、結局はお互いの性格なのだ。理系でありながら、適当なところは超適当だし、奥さんは文系でありながら、ある面ではめちゃくちゃ数字に強かったりする（家計簿をつけるのが楽しいという）。</p>

<p>　結局は、理系文系関係ないという、詐欺のようなコラムなのである。</p>]]>
        
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    <title>新人よ、KYであれ！</title>
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    <published>2009-04-08T07:00:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:44:18Z</updated>

    <summary>　4月で社会人暦丸10年ということになる。早い。とてつもなく早い。歳をとるごとに...</summary>
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        <name>ホリススム</name>
        
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        <category term="職場" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/horisusumu/">
        <![CDATA[<p>　4月で社会人暦丸10年ということになる。早い。とてつもなく早い。歳をとるごとに時が経つのを早く感じるのはすでに常識だろう。その結果、4月に大量発生するフレッシュマンを見て、「あー、ついこの前、自分もそうだったなぁ」という、とんでもない錯覚をしてしまうのである。</p>

<p>　思えば新人時代は何をやるのも新鮮で、緊張感にあふれていた。打ち合わせで先輩たちの発言する単語の意味が分からず戸惑ったり、ちんぷんかんぷんな仕事を命じられ、ストレスを感じながら四苦八苦したこともあった。</p>

<p>　物事の重要性がよく分からず、些細なことも大げさに受け取ったかと思うと、重要なことを軽く受け流したり。すべてにおいて、新人らしい新人だったと思う。</p>

<p>　では、新人と今を比べて何が一番変わったのか。スキルや仕事の進め方についてレベルアップしているのは当然として、それ以外に大きく変化したことに気付いたのだ。</p>

<p><span style="font-size: 1.2em;"><strong>■麻痺する感覚■</strong></span></p>

<p>　良い意味でも、悪い意味でも、当たり前の社会人となってしまったのだ。顕著なのは、精神的に図太くなったことと、会社という枠組みにどっぷり浸かってしまったということだ。</p>

<p>　新人時代を振り返ると、かなり打たれ弱かったと思う。ちょっとしたことで悩み苦しんでいた。若いという字は苦しいに似ているという言葉があるように、常に悩んでいたような気がする。単純に経験の差というのもあるのだろう。しかし、ちょっとしたトラブルに落ち込み、そして、次もまたバグるかもとビクビクしていたのである。</p>

<p>　それがいつの間にか、ちょっとやそっとでは動じなくなり、打たれ強くなったのだ。毎回悩んでいたらやってられないと、どこかで吹っ切れたというのもある。それでも、たまに自分の動じない心に驚くことすらある。</p>

<p>　今ではグループで一番の強心臓の持ち主ということになっているのだ。</p>

<p><span style="font-size: 1.2em;"><strong>■新人だからこそできる発言■</strong></span></p>

<p>　図太さと共に身につけたのが、組織に属すということだ。図太さは、まぁ許せるとしても、この部分は好ましくないことなのだ。</p>

<p>　新人の特権といえば、空気の読めない発言で、周りを震撼させることだ。僕自身も、何度会議中に進行役の先輩を固まらせたことか。</p>

<p>　怖いもの知らずというよりも、何が怖いのかも分かっていなかった時期。そして、その発言の中にはキラリと光るものもある。新人だからからこそできる発想というのもある。今では、新人時代のような発言ができるはずもなく、周りを見て、まるくおさめることに終始してしまうのだ。</p>

<p>　毎年新人が入るたびに思うことがある。常に新鮮な気持ちを忘れないようにしたい、と。しかし、それは想像以上に難しいことなのだ。</p>

<p>　プロジェクトの進め方や仕事の進め方にしても、今までの経験からそれが最適だという先入観を持ってしまう。会社としての業務の進め方にしてもそうだ。そこに、新人ならではの奇抜な発想と発言。普通に社会人として過ごしていれば、出てくるはずのない発言が平気で飛び出す。この瞬間は、驚きと共にうらやましくもあるのだ。</p>

<p>　そんな新人たちも、次第に会社という枠にはまり込み、毒されていく。どんなにトゲトゲした新人であっても、あっという間に丸くなってしまうのだ。これが組織の恐ろしさなのだろうか。そして、気付けば自分が新人の角を削っている立場になっていることにも愕然とするのである。</p>

<p>　新人の新鮮な発想というのは常に大事にしていきたい。そして、そんな環境も作っていきたい。ベストは自分が常に新鮮な発想をすることなのだが、それも難しい。今から若手に戻るにはどうすればよいのか、模索している最中なのである。</p>

<p>　続く</p>]]>
        
    </content>
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    <title>さよならS君</title>
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    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2009:/horisusumu//86.4206</id>

    <published>2009-04-01T07:30:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:44:18Z</updated>

    <summary>　春は出会いと別れの季節とよくいうが、社会人になると学生時代ほど劇的な変化はなく...</summary>
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        <name>ホリススム</name>
        
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        <category term="職場" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/horisusumu/">
        <![CDATA[<p>　春は出会いと別れの季節とよくいうが、社会人になると学生時代ほど劇的な変化はなくなるのだ。自分がどこかに異動しない限り、出会いといえば新入社員や他部署から異動になった人。別れといえば、これまた異動になる人。それほど出入りが激しい部署ではないので、ほとんど実感はなかった。</p>

<p><span style="font-size: 1.2em;"><strong>■突然の別れ■</strong></span></p>

<p>　2年間、苦楽を共にした派遣社員であるS君が、この3月をもって契約満了となり、4月からは契約更新しないことが決定したのだ。うちのグループに開発として派遣されてきたS君。正確にいうと、僕の下で一緒に働いてきた仲間だった。</p>

<p>　S君は僕より1つ年下。開発者としてのスキルが高く、ヒューマンスキルも非常に高い人物だった。上司からの評判もよく、S君本人の希望もあり、もしかしたらうちの正社員になるかも、というような状況だったのだ。</p>

<p>　それが世界的な不況のあおりをモロに受け、風向きが変わってきたのだ。コスト削減を言い渡された開発部には、内製化を促進しろというお達しが出たのだ。どんなに能力があろうと、仕事ができようと、派遣社員から切られていく。この時ほど厳しい時代なのだと感じたことはなかった。</p>

<p>　もとをただせば、仕事さえあればS君は切られることはなかったのだ。少ない仕事をまずは社員に優先的に割り当て、社員では捌ききれなくなってはじめて派遣社員を使う。これは当然のことだろう。</p>

<p>　客観的にみれば、S君よりできない社員は多い。社員の代わりにS君を使った方が、よっぽど効率よくプロジェクトを進めることができるのだ。しかし、それが通じるはずもなく、S君はうちの会社を去っていく。</p>

<p>　正直に言うと、S君は4月からもうちの会社に残るものと思っていた。それが、上司の考えなのか、社員には内密に処理が進められていたようだった。そのことを知り、上司に抗議をしたが、受け入れられるはずもない。</p>

<p>　自分の力のなさをこの日ほど感じたことはなかった。一緒に仕事をしてきた仲間のために、何もすることができない。自分にもっと権力があれば助けることができたのだ。「何を甘ったれたことを言っているんだ」とか、「そんなこと日常茶飯事だ」というのは頭では分かっている。しかし、どうにかしたいと思うのだからしょうがないのだ。</p>

<p><span style="font-size: 1.2em;"><strong>■厳しい現実■</strong></span></p>

<p>　S君の頑張りは一緒に仕事をしていた僕が一番よく分かっていた。奥さんと小さな子供を地元に残し、単身赴任で東京で2年間仕事をする。正社員になったら家族を呼ぶと楽しそうに話すS君の顔。客先のマシン室で監禁状態にありながら、明るく将来の夢を語るS君。火を吹く直前でなんど消化してもらったことか。</p>

<p>　思えばS君と僕はほんのわずかな運、不運の差でしかない。僕はギリギリ今の会社に滑り込み。1年違いのS君は就職氷河期で思うように就職できなかった。おそらく今年、就職活動中の学生たちも、自分たちの不運を呪っていることだろう。</p>

<p>　送別会の日、S君は最後の挨拶でこう言ったのだ。</p>

<p>　「やっと長い単身赴任を終えて地元に帰るので、これからは家族サービスに力を注ぎます」</p>

<p>　S君は最後まで場の雰囲気を考える男だった。</p>

<p>　そして、S君は僕にだけこっそり教えてくれたのだ。</p>

<p>　「地元に帰っても仕事がないから、当分、東京にいます。だから、飲みとかあればいつでも呼んでくださいよ」</p>

<p>　これが現実なのである。</p>

<p>　S君がこのコラムを読んでいるか分からない。そして、読んだとしても自分のことだと気付かないかもしれない。S君の境遇は珍しくもなんともない。同じような境遇の人は沢山いるだろうからだ。しかし、そんなS君にエールを送りたい。</p>

<p>　「君のスキルがあればどこにいっても十分やっていけると思う。だから、諦めずに頑張れよ！ S君！」</p>

<p>　この業界は広いようで狭いのだ。優秀なS君のことだから、いつかどこかのプレゼンで、コンペチターとして登場してくるかもしれない。</p>

<p>　続く</p>]]>
        
    </content>
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    <title>それでもボクは走りつづける</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/horisusumu/2009/03/post-1079.html" />
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    <published>2009-03-26T10:00:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:44:18Z</updated>

    <summary>　先日、東京マラソンが行われた。テレビで特集が組まれていたので見た人も多いのでは...</summary>
    <author>
        <name>ホリススム</name>
        
    </author>
    
        <category term="ライフハック" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/horisusumu/">
        <![CDATA[<p>　先日、東京マラソンが行われた。テレビで特集が組まれていたので見た人も多いのではないだろうか。ゴールした瞬間のさわやかな笑顔。とても楽しそうだ。</p>

<p>　実は僕も去年の放送を見て、衝動的に、<strong>ノリ</strong>で今年の東京マラソンに応募していたのだ。</p>

<p>　ミーハー根性丸出し。一番運動をしていた学生時代でさえも10キロを走るのがやっとのレベル。社会人となり足腰が弱まる一方のデスクワークに従事している男が、調子にのってフルマラソンに申し込んだのである。</p>

<p>　結果は見事落選。倍率7倍の壁は厚かったのだ。しかし、これはある意味幸運だったのかもしれない。ずぶの素人が調子にのると怪我をするだけなのだ。</p>

<p>　そんな幸運を逃すかのように、落選メールの最後に書かれていた「あなたは落選しましたが、こんなマラソン大会もありますよ」的な文章につられ、またしても申し込んでしまったのだ。そして、不幸にも（？）青梅マラソン30キロを走ることになってしまったのである。</p>

<p>　さすがにいきなり走るのはまずいと思い、2カ月前からちょこちょこと走り始めたのだ。ひたすら走るという孤独な作業を黙々とこなしながら、「30キロ？ 余裕でいけるじゃん！」などと思い始めていたのだ。このころ最も長く走ったのは平地を15キロ。およそ半分である。青梅は山道を30キロ、平地とは段違いだということを忘れていたのである。</p>

<p><span style="font-size: 1.2em;"><strong>■プロジェクト＝マラソン？■</strong></span></p>

<p>　なんだかんだとありながら、無事走り終えて思ったのは、マラソンとプロジェクトは似ているのではないかということだった。<br /><strong><br />●【1週間前】</strong></p>

<p>・マラソン</p>

<p>　<span style="color: #3300cc;">ワクワクドキドキ。緊張というよりも楽しみの方が大きい。未知の領域へチャレンジするというワクワク感。</span></p>

<p>・プロジェクト</p>

<p>　<span style="color: #ff0033;">新しい仕事が始まるという期待と不安。メンバーと顔合わせをし、やる気満々でモチベーションも上がり始める時期。</span></p>

<p><strong>●【スタート直後】</strong></p>

<p>・マラソン</p>

<p>　<span style="color: #3300cc;">あまりの人の多さに渋滞気味。しかし、スローペースでいい感じ。まだまだ余裕がある。</span></p>

<p>・プロジェクト</p>

<p>　<span style="color: #ff0033;">スケジュールにも余裕があり、のんびりとした気持ちで仕事にあたる。メンバーと余裕の談笑。</span></p>

<p><strong>●【折り返し地点】</strong></p>

<p>・マラソン</p>

<p>　<span style="color: #3300cc;">まだ余裕。目標タイム達成のため、このあたりから調子にのって少しスピードを出し始める。</span></p>

<p>・プロジェクト</p>

<p>　<span style="color: #ff0033;">オンスケジュール。仕様も固まり、あとは淡々と進めていくだけ。スケジュールに余裕があり油断し始める。</span></p>

<p><strong>●【20キロ～25キロ】</strong></p>

<p>・マラソン</p>

<p>　<span style="color: #3300cc;">どっと疲れる。折り返しからのスピードアップがあだとなり、スローダウン。気力も萎え始める。</span></p>

<p>・プロジェクト</p>

<p>　<span style="color: #ff0033;">問題が発生し、少し焦り始める。やばい雰囲気がただよう。余裕を持たず最初から引き締めていればと後悔。</span></p>

<p><strong>●【25キロ～28キロ】</strong></p>

<p>・マラソン</p>

<p>　<span style="color: #3300cc;">もう無理。足が痛くてまったく動かない。苦悶の表情。</span></p>

<p>・プロジェクト</p>

<p>　<span style="color: #ff0033;">メンバーがピリピリし始める。休日出勤し始める。メンバーから脱落者発生。</span></p>

<p><strong>●【28キロ～29キロ】</strong></p>

<p>・マラソン</p>

<p>　<span style="color: #3300cc;">なぜ申し込んだのか後悔し始める。そして「二度と走るか！」という思いだけが強くなる。今すぐにでも棄権したくなる。苦しい表情すらできなくなり、終始無表情。</span></p>

<p>・プロジェクト</p>

<p>　<span style="color: #ff0033;">最初からやりたくなかったと、他人への責任転嫁を考え始める。このプロジェクトにアサインした上司を恨み、「二度とやるか！」と思う。プロジェクトメンバーに精気がなくなる。</span></p>

<p><strong>●【残り100m】</strong></p>

<p>・マラソン</p>

<p>　<span style="color: #3300cc;">異常に長い。歩く歩道を逆走しているかのようにゴールが遠い。意識が朦朧としてくる。</span></p>

<p>・プロジェクト</p>

<p>　<span style="color: #ff0033;">徹夜と休出で曜日感覚なし。一生やり続けるような妄想を頭の中に思い描く。逃げ出したくなる。</span></p>

<p><strong>●【ゴール】</strong></p>

<p>・マラソン</p>

<p>　<span style="color: #3300cc;">何より、もう足を動かさなくて良いんだということに喜ぶ。ゴールした瞬間の記憶はない。</span></p>

<p>・プロジェクト</p>

<p>　<span style="color: #ff0033;">終了してもまったく実感がない。淡々と時間だけが流れていく。</span></p>

<p><strong>●【その後】</strong></p>

<p>・マラソン</p>

<p>　<span style="color: #3300cc;">完走の景品を受け取り、足を引きずりながら歩く。ゴールから30分後。ふと頭をよぎるのは「来年も走ろうかな」という思いだった。「二度と走るか！」と思ってから30分。なぜかまた走ろうという気になってくる。</span></p>

<p>・プロジェクト</p>

<p>　<span style="color: #ff0033;">久しぶりの休日ではじめて終わったと実感する。そしてまたやっても良いかなと考えてしまう。</span></p>

<p>　マラソンもプロジェクトもペース配分が大事なのだ。そして、修羅場になると、プロジェクトもマラソンもその場その場では死ぬほど辛いのだ。正直二度とやりたくないとその時は思う。しかし、それが終わってみると、懐かしくなり、辛いとわかっていても“<strong>またやってもいいかな</strong>”と思えてくるのだ。</p>

<p>　極度のM気質なのか、それともボロボロになった自分に酔うナルシストなのだろうか。</p>

<p>　おそらく、来年の東京マラソンにも申し込むのだろう。そして例年どおり落選し、また青梅マラソンを走り、ゴール間近で“<strong>二度と走るか！</strong>”と後悔しているような気がするのである。</p>

<p>　続く</p>]]>
        
    </content>
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    <title>あなたはITエンジニアに向いていますか？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/horisusumu/2009/03/it-afe7.html" />
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    <published>2009-03-18T09:00:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:44:18Z</updated>

    <summary>　「あなたはITエンジニアに向いていますか？」 　こう聞かれたら、あなたは何と答...</summary>
    <author>
        <name>ホリススム</name>
        
    </author>
    
        <category term="ライフハック" />
    
    
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        <![CDATA[<p>　「あなたはITエンジニアに向いていますか？」</p>

<p>　こう聞かれたら、あなたは何と答えるだろうか。</p>

<p>　自信を持って「向いています！」と答えるだろうか。それともうつむき加減で「向いていません」と答えるだろうか。</p>

<p>　この業界に入ったきっかけとしてはいくつかあるのだろう。</p>

<ul><li>たまたま求人があったから</li>

<li>理系で情報系の学校へいってたから</li>

<li>パソコンが好きでプログラミングが趣味だったから</li></ul>

<p>　いろいろあると思うが、僕の場合はプログラミングに多少興味があったからだった。</p>

<p><span style="font-size: 1.2em;"><strong>■趣味と実益を兼ねる■</strong></span></p>

<p>　趣味とはいかないまでも、プログラミングの授業は楽しく、プログラムを書くことが苦ではなかった。その延長線上ということで、必然的にこの業界へ入ったというわけだ。</p>

<p>　趣味を職業にすると趣味は趣味でなくなるとよく言われるが、僕の場合は楽しく仕事ができていたのだ。プログラミングの醍醐味を感じたのも、社会人に入ってからだと思う。プログラムにのめり込んだ時など、家に帰ってから次の日、会社に行くまでが待ち遠しくて仕方がなかったでのである。</p>

<p>　なかなか思うどおりにプログラムが動作せず、デバッグに四苦八苦しながらも楽しかった。頭の中ではアドレナリンが出まくっていたのだろう。気付けば何時間もぶっ続けで作業していた、なんてこともザラだった。そして、完成したときの充実感ときたら、下手なストレス解消法よりも、ストレス解消できていたかもしれない。</p>

<p>　そんな楽しい状況にもマンネリ化がやってくる。プログラムの達成感が昔ほど得られなくなったとき、僕はある出会いに衝撃をうけたのだ。</p>

<p>　それは、自分ではまったく歯が立たないほど、プログラミング能力に長けた人との出会いだった。</p>

<p>　彼と自分とは根本的に頭の構造が違っているように思えたのだ。天性の才能というのだろうか、彼はプログラミング能力だけずば抜けていたのだ。そして、僕は彼と自分を比較し、自分はITエンジニアに向いていないと思ってしまったのだ。</p>

<p>　本当のITエンジニアとは彼のことを言うんだと、当時の僕は思った。おそらく彼にはITエンジニアが天職だったのだろう。僕は、彼と比較して自分の能力の低さを悲観し、そして、自信をなくしていったのだった。</p>

<p><span style="font-size: 1.2em;"><strong>■天職は何ですか？■</strong></span></p>

<p>　この業界にいるとさまざまな人に出会うことがある。パソコン大好き。マニアックな知識満載な人。職人的プログラマ。すばらしく見栄えの良い資料を作る人。MFCをデバッグし、バグを発見する人。それらの人たちと自分を比較するたびに、僕には他に天職があるのではないかと思ってしまうのである。</p>

<p>　さまざまなポジションを経験し、今はほとんどプログラムを書くことがなくなった。それぞれの能力を比較すると、自分が劣っていると思うことばかりだ。しかし、僕は気付いたのだ。総合的な能力で勝負しよう。プログラミングでは負けるけれど、プロジェクト管理では勝っている。パソコンの知識では負けるけど、プレゼン資料作成では勝っている。ピンポイントでは自分より勝っている人がいるからといって、自信を喪失する必要はないのだ。</p>

<p>　このことに気付いて以来、僕は考え方を変えたのだ。比較して、その能力の違いに嫉妬するのではなく、劣っている部分はその人に助けてもらおう。得意な人にアドバイスをもらおう、という気持ちを持つことができたのだ。</p>

<p>　この気構えでいると、何もかもがすべて楽になってくる。苦手なことは得意な人にやってもらおう。そのかわり、自分が得意なことは率先してやっていこう。このことがITエンジニアとして正しいのか分からない。しかし、僕の中では前ほど焦りやプレッシャーを感じることがなくなった。</p>

<p>　そうは言っても、いまだに自分はITエンジニアに向いてないんじゃないかと思うことがある。しかし、なんだかんだといいながらも、10年以上この業界にいて、それなりに楽しくやってきたので、向いているのだろうと勝手に納得しているのである。</p>

<p>　冒頭のように聞かれたら、</p>

<p>　「向いてるかどうか分からないけど、10年続けられたから向いてるんですかね？」</p>

<p>と疑問系で答えることにしているのである。</p>

<p>　続く</p>]]>
        
    </content>
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    <title>結婚して変わったこと（2）～驚くほど物欲減少</title>
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    <published>2009-03-11T08:59:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:44:18Z</updated>

    <summary>（注）今回のコラムはまったくITエンジニアとは無関係である。 　生々しい話で恐縮...</summary>
    <author>
        <name>ホリススム</name>
        
    </author>
    
        <category term="ライフハック" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/horisusumu/">
        <![CDATA[<p>（注）今回のコラムはまったくITエンジニアとは無関係である。</p>

<p>　生々しい話で恐縮だが、結婚するには金がかかるのだ。披露宴に新婚旅行、新居への引っ越し、新しい家具、そして日々の生活費。独身時代であればすべて自由に使えた給料が、そうもいかなくなるのが結婚である。</p>

<p>　そう、誰もがその落差に驚く恐怖の<strong>“お小遣い制”</strong>である。</p>

<p>　本コラムの読者で既婚者の方々の中には「自分で全部管理するからべつに変わらないよ」という人もいるかもしれない。給料の中から奥さんに生活費だけ渡し、あとは全部自分の好きなように使う。理想かもしれないが、うちはそうではないのだ。最初が肝心だったのかもしれないが、うちは奥さんに財布の紐を握られてしまったのである。</p>

<p><span style="font-size: 1.2em;"><strong>■独身時代の欲求■</strong></span></p>

<p>　独身時代はものすごく物欲が旺盛だった。というか、人間の三大欲求自体がかなり旺盛だったかもしれない。あれやこれやと趣味に金をかけ、頻繁に飲みにくり出す。安いチェーン店の居酒屋に行けばいいものを、小洒落たところに行ったりもする。</p>

<p>　消費欲求と物欲が高まれば、当然高いレベルの収入を求めてしまうのだ。もっともっとと上を目指すあまり、転職サイトを見て自分の年収を査定してみたり、学生時代の同級生と話をすると、すぐに年収の比較になったり。いま考えれば、浅ましいことこの上なかったのである。</p>

<p>　そんな物欲旺盛な男が結婚し、お小遣い制になるといったいどうなるのだろうか。</p>

<p>　小遣いではまかないきれずに、こっそり消費者金融に手をだすのか？ はたまた、手っ取り早く増やすことを夢見て、ギャンブルに手を染めるのか？ もしくは、勝手に家の生活費に手をつけるのか？</p>

<p>　答えはそのどれでもなく、流されるまま柔軟に対応できてしまうのだ。</p>

<p><span style="font-size: 1.2em;"><strong>■驚きの現実■</strong></span></p>

<p>　ボーナスが支給され、さぁ、何を買おうかと考えた時、ふと気づいたのだ。小遣いというのはひどく個人的なものを買うときにだけ使うもので、それ以外のものは、すべて家計から出ることになっているのだ。</p>

<p>　独身時代に主に使っていたのは、</p>

<ul><li>飲み代</li>

<li>食費</li>

<li>趣味</li>

<li>買い物</li></ul>

<p>　これらは実は結婚したことにより、こうなるのだ。</p>

<ul><li>飲み代：結婚してからとたんに飲みの誘いが減少。ゆえにほとんどなし</li>

<li>食費：昼食は手作り弁当。夜は自宅で食事</li>

<li>趣味：2人共通の趣味は家計から、それ以外は小遣い</li>

<li>買い物：奥さんの強烈な査閲を通過できれば家計から</li></ul>

<p>　人間というのは自分が自由に使えるお金から何かを買うと満足するのだ。それが家計から出るとなると満足感はないのである。</p>

<p>　結果として、家計から出るお金は物欲を満たしたと感じないのだ。元をたどれば入り口は同じはずなのに、なんだか人のお金のような気がしてくるのである。となると、家計で買ったものは自分のモノという認識が希薄となり、自然にその欲求も減少してしまうのである。</p>

<p>　何かを買ってもそれはホリ家のもの。何かを買おうとしても、「すぐ必要じゃないから、別にいいか」となってしまうのである。</p>

<p>　独身時代には決して満たされることがなかった物欲が、結婚したとたんに格段に減少したのである。</p>

<p>　恐怖のはずのお小遣い制でやっていけるのは、ただ巧妙に飼いならされ、マインドコントロールされているだけなのだろうか？</p>

<p>　<a href="http://el.jibun.atmarkit.co.jp/horisusumu/2009/01/post-cc78.html">過去のコラム</a>に、自分が気づかなければ手のひらで転がされていても良いと書いたが、この件も同様だ。</p>

<p>　物欲が減少し、何に対してもガツガツすることがなくなったホリは、いつの間にか、肉食から草食系男子へと品種改良されていたのかもしれない。</p>

<p>　続く</p>]]>
        
    </content>
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    <title>勉強とは、未来に向けた種まきである</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/horisusumu/2009/03/post-3bd3.html" />
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    <published>2009-03-04T07:00:00Z</published>
    <updated>2016-04-28T00:44:18Z</updated>

    <summary>　この業界にいる限り、常に勉強は必要だろう。何も新しい言語や技術を学ぶことだけが...</summary>
    <author>
        <name>ホリススム</name>
        
    </author>
    
        <category term="ライフハック" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/horisusumu/">
        <![CDATA[<p>　この業界にいる限り、常に勉強は必要だろう。何も新しい言語や技術を学ぶことだけが勉強ではない。日々の業務におけるちょっとした調べ物や、新しい発見。例えばいままで知らなかったエクセルの機能を使ったり、他の人のコーディングを見て、そのソースコードに影響を受けたり。すべてを勉強ととらえているのである。</p>

<p>　日々の勉強とは別に、意識的に机に向かって時間をとることを一般的には勉強というのだろう。社会人になればなるほどその時間をとるのは難しくなってくるのだ。僕に関して言えば、結婚したことでさらにハードルは高くなるのである。</p>

<p>　まだ半年もたっていない今だから感じるのかもしれないが、今のところ変わらないような気がするのだ。これが子供がいたりすると、また変わってくるのだろう。どのようにして勉強時間を確保するのか。それはモチベーションと共に、永遠の課題なのかもしれない。</p>

<p><span style="font-size: 1.2em;"><strong>■目先の結果を求めてしまう弱い心■</strong></span></p>

<p>　<a href="http://el.jibun.atmarkit.co.jp/horisusumu/2008/12/post-fd13.html">過去のコラム</a>に「資格を取得した」ということを書いたので、このコラムを読んでいる方々は僕に対して<strong>“マジメにちゃんと勉強する人”</strong>というイメージを持っているかもしれない。実は、資格試験の勉強をするということは、僕の中ではやりたくないことなのである。</p>

<p>　タイトルにも書いたように、未来に向けた種まきとして勉強をしたいのだ。長期的な視野で、目先の結果にとらわれず勉強していく。いつ芽がでて、花を咲かせ、実を生らすかわからなくても、僕は種をまき続けたいのである。</p>

<p>　理想はコツコツと種をまき続けることだが、なかなかそうもいかないのだ。仕事をしていると、否が応でもやらなければならない勉強というのが目の前に立ちふさがってくるのである。</p>

<p>　例えば、部内の平均点を下げない程度に得点する必要があるTOEIC。これはまさに受験勉強の再来というべきか、ひたすら得点を稼ぐテクニックを学んでいくのである。もちろん、純粋に英会話の勉強としてやればよいのだろうが、短期的に得点アップするためには、テクニックに走るしかないのである。</p>

<p>　その他には、上司を黙らせるためだけにとる資格。仕事のできるできないが、持っている資格によって決まるはずがないのだが、グループのノルマ達成のために、部下の尻を叩くのが上司なのである。多少興味がある分野であれば、それなりに楽しんで勉強することができるが、これも本意ではないのだ。</p>

<p><span style="font-size: 1.2em;"><strong>■未来を見据えた強い心■</strong></span></p>

<p>　未来を見据え、すぐに結果をだせなくても続けていきたい勉強がある。しかし、それをやり続ける強い心がないのだ。周りがTOEICを勉強していれば、影響されてTOEICに手をだしたり、すぐに結果がでる資格試験に手を染めたりもする。</p>

<p>　誰にも影響されないブレない信念を持っていれば、僕は自分がやりたい勉強を続けることができるのだろう。しかし、今は簡単に折れてしまうほどのやわな信念でしかないのだ。</p>

<p>　いつ芽がでるかわからないが、ひたすら種をまき続ける。種をまかなければ芽がでないのは当然として、種をまき、育てることも重要なのだ。</p>

<p>　今、僕はいろいろな種をまきつつ、それを細々と育てている。いろいろな邪魔や誘惑と戦いながら、いつか大きな花を咲かせることを夢見て頑張っているのである。</p>

<p>　続く</p>]]>
        
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