技と名がつくと深入りしてしまうスキルマニアのエンジニア

ものすごく危険なシチュエーションを可能な限りリカバリーするためのレッスン

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 生まれてはじめて同性とキスをした。名はジミー。金髪碧眼の青年である。ぷうっと息を吹き込み肺が膨らむのを感じるたら、すかさず体のポジションをいれ変える。

 「イチ、ニ、サン、シ……」

 ゆっくりめのリズムでテンポよく。ふたたび息を送り込み胸部圧迫。ジミーの身体はプラスティックでできている。

■危機管理

 ふとしたきっかけで救命の講習を受けることになった。

 シロウト参加型の割に本格的で、後半では、実際の現場を想定したロールプレイも行う。わたしの役割は、玉突き事故の現場に遭遇した、第三者の「善意の人」。現場には、ダンナと意識不明になった身重の女性。もう1台、事故を起こしたドライバーとかいろいろ。パニックをおこしたダンナがウザいという設定。決してショートコントではないことをお断りしておこう。

■3つの工程

 レスキューを必要とする現場に遭遇したときのために、3つの手順がある。

1. 「止まる」

 まず、はじめにすることは状況把握である。いきなり行動をおこしてはいけない。

  • 何が起こっているか?
  • 危険はないか?

 まわりをよくみて情報収集するのだ。

2. 「考える」

 つぎに、状況整理だ。「止まる」で得た情報をもとに、行動すべきことを考える。

  • どうすればいいのか?
  • どこに連絡すればいいのか?

 なすべきことを脳内メモリにロードする。講習内容を思いだすことは重要である。ここで冷静になれるかどうかが勝負の分かれめだ。

3. 「行動する」

 最後に、状況改善のための行動をおこす。「考える」で決めた内容を実行するのだ。ただし、自分自身が危険にさらされるような行動は絶対にとってはいけない。

  • 通報する
  • ケアするか

 とるべきアクションは状況による。

 システム開発の現場では、自分の安全を確保できないのが残念である。しかし、救命では、自分の身を確実に守ることが最優先だ。

■入力。処理。出力。

  • 止まる
  • 考える
  • 行動する

 このガイドライン、どこかで聞いた覚えがないだろうか。インプットするために「止まる」。インプットした情報を元に処理内容を「考える」。考えたことを実行するためにアウトプット、すなわち「行動する」。システムの考え方とよく似ている。システムも救命も、何もないところから動くことはできない。

 よりよい行動をおこすために、2つの前工程が必要なのだ。インプット。観察力があれば「止まる」でのインプットはより多くの情報が得られるだろう。しかし、状況把握よりも大切なのは、「考える」ことだ。実際の事故現場にはちあわせてしまうと、きっとカーネルパニックを起こしてしまうだろう。冷静にクールダウンするには何が必要なのだろうか。

■与えられた役割

 たかだか、1回の講習で人の命が救えるとは思わない。実際に救命が必要な現場に遭遇しても、正しい手順で行える自信もない。そもそも、きちんと行動に移せるだろうか。

 「三多」という文章の上達メソッドがあるという。「三多」とは、3つのことを多く実行せよという意味だ。3つとは「看多、做多、商量多」のことであり、それぞれ「多く読め、多く書け、多く考えよ」である。

 順番を変えると、多くを読んで、多く考えて、多く書く。となる。これもまた、入力→処理→出力である。量は質に転化する。重要なのは「多く」である。つまり、数をこなさなければうまくはなれないのだ。

 講習のメインはロールプレイである。冒頭の交通事故シミュレーション以外にも、数本のシナリオが用意されていた。医療関係やレスキューでもないかぎり、めったなことで現場に出くわすものではない。多くの「実際の現場」に変わり、「仮想の現場」を経験する。

 人間、誰もがいい人になれるわけではない。開発の現場でさえ、見て見ぬふりをする人がいる。いつでもどこでも、優しい人でいられるものか。だからこそ、バーチャルな「善意の人」で練習する意味がある。

■One Step

 「阪神・淡路大震災」という名称に実感はない。それが、必要なことだとわかっていてもどこか他人事に感じる。わたしにとっては、単に「震災」でしかない。住んでいるところがなくなった。知っている人間も亡くなった。言葉を失くした経験もいっぱいした。

 街ではあの日を振りかえるだとか、震災を風化させないでとか、そんな声が聞こえるがどうでもいい。わたしが、こうやって語ることそのものが珍しい。震災のことはなるべくなら避けていたい。

 あの時。助けられなかった命がある。何もできなかった自分がいた。4時間の授業はトラウマとの闘いでもあった。

 地震からずっと、「止まる」と「考える」をいったりきたり、もんもんと過ごした長い時間と、偶然が重なって、受講というカタチで行動にうつすことができた。それは、自分だけのチカラでなくてもいいはずだ。いろんな人が背中を押してくれたのだと思う。ついに踏み出したはじめの1歩。

 このスキルが使われる機会がないことを願いたい。それでも、いつでも使えるようにぴかぴかに磨きたい。

 どこか遠くからレベルアップを告げるアラート音が鳴り響く……。

【本日のスキル】

  • コラムニストスキル:レベル18
  • 仮想人格スキル:レベル5
  • 封印スキル:レベル9
  • メンテナンススキル:レベル1
  • 自己紹介スキル:レベル0
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