晴コーディング雨デバッグ@エンジニアライフ 『なれる!SE7 目からウロコの?客先常駐術』――これじゃあ、これじゃあまるで。奴隷じゃないか

2012/09/25 16:46:29


Amazon.co.jp: なれる! SE7 目からうろこの?客先常駐術 (電撃文庫): 夏海 公司,Ixy: 本

■どうせ今回もあれでしょ? 客先にキレイな女担当がいて、あんたとイチャイチャしてそれで問題が解決するのよ

 ドーモ、エンジニアライフのキチ◯イ担当コラムニスト、terukizmです。

 今回はじめて僕が記念すべき初レビュー! 風味の駄コラムを書かせていただきますのは、『システムエンジニアの過酷な日常をコミカルに描く異色の電撃文庫』(公式ホームページより)として一部界隈で大ヒット爆進中、

 コミカライズや『ランティス』によるボイスドラマ化(ドラマCD化も決定)などマルチメディア展開爆走中、『このSE向けライトノベルがすごい!(筆者脳内ランキング)』常勝高高度戦略爆撃中の、

 『なれる!SE』、シリーズ最新刊です!

 とはいえ、中にはご多忙ゆえご存じない方もいらっしゃるかと思いますので、ゼントラーディ軍参謀よろしく簡単に説明しますと……。

  • 見た目小学生の合法ロリ上司。ツンデレ系美少女ネットワークエンジニア『室見立華』さん(CV.東山奈央)
  • なぜか筆者の周辺で一番人気。ヤンデレ系美少女オペレータ『姪乃浜梢』さん(CV.茅野愛衣)
  • 普段の冷静・沈着・無表情キャラとメール本文のギャップがたまらん『橋本』課長(CV.井上麻里奈)
  • 某アイドルをプロデュースする奴のバb(■■検閲■■)『カモメ』さん(CV.ホアアーッ)
  • たくあん(CV.日笠陽子)

 といった美少女たちに囲まれ、弱小SI企業に新卒入社してしまった主人公『桜坂工兵』くん(CV.石川界人)がキャッキャウフフしつつも、愛と勇気と希望を胸に、ダース単位で沸き起こるさまざまな困難や危機へ勇敢に立ち向かい、成長していく姿を描いた、

 まさにSEによるSEのための、全米号泣のSEサクセスストーリーなのです!

 ……そんな間違ったことは言ってませんよね……たぶん……。

■簡単な面談(と言ってはいけないらしい、なぜだかよく分からないが)

 で、今作のテーマですが、サブタイトルにもあるように、ズバリ「客先常駐」。もうこの時点で香ばしスメルがプンプンで「イイニオーイ」としあわせのパンをこねこねしたくなるわけですが、当然この業界、もちろんただの「客先常駐」ではございません。

 「業務委託」いわゆる「SES」です!

 これこそまさに、紙コップの水をこぼさないことに定評のあるとうふ屋のせがれも驚愕のドリフト・ダイブ!

 前巻で唐突に通信機器名が実在商品名になったり某転職斡旋サイトの裏事情解説を始めたことすらベイビー・サブミッションめいたワザマエ! アイエエエエエ!! 

■困りますよ、いつまでも指示待ちで、もっと自発的に動いてもらわないと

 とまあ、本当毎度毎度申しわけないのでレビューに戻りますと(おくすり、のみました)、今回のお仕事は就活生の憧れのスーパー大企業様(頭文字N)の引き継ぎ案件(前任企業は撤退、既存資料は現状乖離、政治的受注、絶賛赤字炎上中という四暗刻役満(16000オール)。

 これにSES常駐の2人月標準160H(上限20)という契約でドナドナされていく主人公工兵くんと、その上司でメインヒロインの立華さん。

 この常駐先の描写がこれまた秀逸なのですねー。

  • どこかの倉庫を改造したプロジェクトルーム
  • 1つの机に2人が座る
  • ファイルのダウンロードは一切禁止
  • 私物持ち込み一切不可のセキュリティ対策
  • 全部まずは稟議書を通してから
  • 客先では社名を偽り「名刺切らしてまして」

 架空!! 架空の話!!(迫真)

 ご覧になっている方の中にも反射的に左手薬指とか邪眼が疼きはじめたり、普段は眠っているもう1つの人格を抑えるのに必死になってしまう方も多いんじゃないでしょうか。

 あ、該当しない人はそのまま。該当する方にはおくすりを出しておきますので次の方どうぞ――

■It's not my business――ってやつですよ

 とまあ、説明になってない説明をだらだらと書き連ねたわけですが、今作が秀逸であるのは「リアルな」技術描写や精神面の描写、背景描写だけではなく、「撤退戦」をテーマにしているという点だと個人的に思います。

 言うまでもありませんが、プロジェクトは常に成功裏に終わるわけではありません。

 今作まではシリーズを通して「困難なプロジェクトを技術やアイデアで成功に収める」という大逆転劇、いわば勧善懲悪ヒーロー的なストーリーでした。

 分かりやすく言うとニチアサ枠ですよ。シャバドゥビタッチヘンシーン。あ、分かりにくいですか。すみません。

 話を戻すと、これは「なれる!SE」シリーズがジャンル的にはあくまで「ラノベ」であり、読み手が純粋にそういった『良い』読後感を求めているのも理由の1つだと思います(ベストセラー・ライトノベルのしくみ キャラクター小説の競争戦略、飯田一史、2012年、青土社)。

 僕はこれ自体は決して悪いことだと思いません。というか、むしろフィクションくらいは楽しい話を読みたいじゃないですか。

 空から美少女が降ってくる話とか、美少女型ド◯えもんが未来からやってくる話とか、あとはイカの娘とちゅっちゅしたりとかしたいんですよ!!(壁ドン)

 ですが今作のメインテーマは「いかに炎上プロジェクトから撤退するか」というもの。もちろん勧善懲悪的な要素はありますが、登場人物の過去を含め、非常に重たい展開を見せます。

 常駐委託業務の生々しい問題(ないはずの直接指示、残業未払い、倒れていく人々)や社内政治といったキーワードを絡め、SEという職業について、さらに掘り下げてきたなあ……と感じました。

 名前は聞いても今まで「ラノベだし」「しょせんフィクションでしょ」と敬遠していた方、もしくは、「もっとですまを」「いっしんふらんのだいですまを」「ですま ですま」というどえむぞくせいな方は、ぜひこれを機会に一読してみてはいかがでしょう。オススメなのです?

■さいごに

 今作で最も印象深いシーンを1つ選ぶなら、

 「どうすれば人を売る立場になれるんでしょうね」と尋ねた彼女と、

 「私達エンジニアの売りものは技術、それ以外の何物でもないわ」と言い切った彼女、

 この対比につきるのではないか、と思います。

 どちらが社会人として、会社員として、そしてエンジニアとして、正しいのでしょう?

 判断は皆さんにお任せしたいと思います。

 ここまで乱筆乱文をお読みくださいまして、まことにありがとうございました。

■余談

 以下はまるきしの余談かつ蛇足でありトイレ紙レベルの駄文でありうんぬん。

 他人様に薦めておいてなんなんですが、お仕事が本当にキツめなときは、ぶっちゃけ読まない方がよいです。ラノベと侮るべからず、かなり重めのパンチ放ってくるので精神的余裕があるときにでもじっくりとお楽しみください。

 さもないとPTSD(心的外傷後ストレス障害)の危険性があります。僕は3回くらいナムのジャングルを思い出しイカの娘の写真と真剣に向き合う必要性にかられました。嘘ですが。

 あと注意が必要なのはミリヲタめいたアトモスフィアの人ですね。「3割は全滅」「ルデル様が見てる」などシリーズ全体的に症状を悪化させる成分がかなり含まれております。

 というかシリーズ1作目冒頭からチャーチル英首相のパロディですから、これはかなり練度高いですよ。なので次はぜひ、ハルトマンとシモヘイヘとマンネルヘイムと舩坂軍曹と日系422部隊を……

 あっ あっ くすり くすりがー あああー

 

(SEは眠らない ―Fatal / stay night―)
コラムニスト terukizm

孤独のエンジニアめしばな 第3めし「ラーメン」(後編)

2012/04/23 15:42:00

Tさん「なるほど……そこで“ラーメン”となったわけですね」

Jさん「そうや。まあ実際は一刻も早く、腹になんか温かいものを入れたくて入れたくて、ただその一心で夜道を歩いてたんやけどな。そしたらふと、暗がりの中に『いかにも昔からやってます』的な中華料理屋のノレンが、ポツリと浮かびあがってきたんや」

Iさん「なかなかリスキーな雰囲気ですね……」

Jさん「わてもそう思ったわ。だが空腹には勝てん。ガラガラと盛大な音を立てて引き戸をくぐると、そこにはいかにもな感じの中年夫婦がカウンターの中にいる他、2人の客がポツンといるくらいやった。わては反射的に『ハズレを引いたな』と思ったわ」

Tさん「ありますね……」

Jさん「ふらつきながらカウンターの一番端の席に座ると同時に、おばちゃんが水を持ってきてくれた。わてはとにかく腹が減っていた……というより減りすぎていてな。正直メニューを見る気力すらないような状態やった。だが、中華の定番の定食系や炒め物系は腹が減りすぎていて、コンディションとして厳しい。まずは軽めの温かい汁物をストンと入れたいところやった。となると――わては胃の底からしぼり出すようにして、『ラーメン1つ』と注文した」
 
 Jさんは軽く首を振りながらつづけた。

Jさん「それからの記憶が正直ないんや。おそらく徹夜明けみたいな感じでぼーっとしとったんやろうな。我に返ったのは、おっちゃんの店中に響く低い『ラーメン、一丁』の声と同時に、目の前に置かれた赤い雷文模様の器やった」

Jさん「それは薄い醤油色のスープに黄色い麺の、本当にいかにもって感じの、何の変哲もないテンプレ通りの“ラーメン”やった。ご丁寧に海苔とメンマ、ナルトまで乗ってたな、たしか。わては一瞬タイムスリップしたような感じすら覚えたんやが、立ちのぼる鶏ガラスープの匂いに吸い寄せられるように、添えられたレンゲを手にした」

Jさん「スープをすくうと、透明感のあるスープの表面には、うっすらと油が浮いてるんや。そんで白ネギの破片がこう、パラパラと浮かんで光を反射しててな。ある種の美しさすら感じたわ。わてはレンゲにゆっくりと口をつけ、スープを口の中に入れた……」

 TさんとIさん、そして竹金までもがゴクリと喉を鳴らす。

Iさん「……カラカラに乾いていた口の中の細胞が、植木に水をやるように、一瞬でラーメンのスープを吸収していくんや。そして暖かな汁がゆっくりと喉から食道に抜け、胃にやさしく染み渡る……まさに体の芯から温めてくれるような感覚や。『生き返る』とは、まさにこのことやなと思ったわ」

 息を吐くTさんに続き、聞いている3人も思わず息を吐いた。

Jさん「あとは貪るように麺をすすり、チャーシューにかぶりつき、スープを最後の一滴まで飲み干した。あれはうまいとか充実しているとか、そういう言葉では言い表わせんな。『一口ごとに体中にエネルギーを満たしていく』、まさにそんな感じやった。そして最後に、コップの中の水をグーッと一気に流し込んだんや。そのうまいこと、うまいこと!! 」

 Iさんが恋に恋する少女にも似た表情で頷いた。

Iさん「ええ。ラーメンの後の水は、もはやラーメンの一部と言っていいくらいうまい」

Jさん「そうや! そんでわては、障害対応のプレッシャーとIDCの寒さ、そして空腹のストレスからも解放されて、今までになく満ちたりた気持ちで店を出たんや。あんとき食ったラーメンの味は、未だに忘れられんわ……」

Iさん「なるほど……そういうことだったんですか……」

Tさん「『難しい仕事をやり終えた後のめし』、たしかにエンジニアとして、これ以上に『うまいめし』というのはないでしょうね……」

Jさん「まあ、そういうことやな。『仕事してれば、つらいことや嫌なことは、ぎょーさんある。だがそういうときこそ、うまいものを食え』。これがわいの持論や」

Iさん「ええ、同感です」

Tさん「うまいものをうまく食べられてこそ、幸せな『エンジニアライフ』というわけですね」

Jさん「そやな! こりゃあうまい話だけに、うまくまとめられたわ!! (パァン)」

竹武「ハイ。Jさんも有意義なお話、ありがとうございます。それでは本日のお話はこのあたりでお開きということで。本日は非常に有益なお話、本当にありがとうございました」

Tさん「いえいえ、俺たちは『めし』の話をした、ただそれだけですよ」

Iさん「ええ。むしろこのような場を用意していただいたことを、逆に感謝したいくらいですね」

Jさん「そやな! これも何かの縁や。早速この後、呑みに行こうやないか!! 」

Iさん「あっ、すみません。私ぜんぜん飲めないんですよ」

Jさん「かまへんかまへん! 飲めへんならその分だけ、めしを食えばええねん! 」

Tさん「その通りですよ。この辺りにいい雰囲気の店があるんです。そこがまた、飯も酒も、安くて旨い!! 」

Iさん「そういう話なら、遠慮する理由はないですね。がっつり行かせてもらいます」

Jさん「そやそや!! 今日は食い倒すで!! 」

竹金「フフフ……皆さん楽しそうで、本当に何よりです。本来なら私もご一緒できたらよかったのですが、まだ仕事がありまして……」

Tさん「それは残念ですね……」

Jさん「せっかくの綺麗所なのになあ……もったいないわー」

Iさん「まあ我々は『花よりめし』ということで」

竹金「クスクス……折があればまた是非ともお誘いください」

 席を立つ3人。会議室から出ていく3人と並んで歩く竹金の脳裏に、あと、かすかな疑問が浮かんだ。

竹金「……あ、そういえば最後に1つ、質問してもよろしいですか? 」

Tさん「なんでしょう? 」

Jさん「スリーサイズ以外なら、なんでも答えるで」

Iさん「スリーサイズわかるんですか。すごいなあ」

Jさん「ボケに決まっとるがな! (スパーン)」

竹金「逆に『これだけはやってはならない』という、『禁断のエンジニアめし』なんてのもあります? なんて……」

Tさん「……これだけは……」

Jさん「……やってはならない……」

Iさん「……『禁断のめし』……」

 3人の足がピタリと止まる。今までの朗らかな雰囲気が嘘のように、沈黙が廊下を支配した。一転した空気に思わず狼狽する竹金。しばしの間をおくと、3人は声を揃え、搾り出すようにその言葉を口にした……

3人「「「……『職場めし』……!! 」」」

竹金「えっ?! 」

つづく

参考文献: 極道めし

孤独のエンジニアめしばな 第3めし「ラーメン」(前編)

あらすじ: ITエンジニア向け情報サイト「&IT」の企画により、『エンジニアめし』という題材で、お互いのめし論をぶつけあうことになった3人のコラムニストたち。2番手のコラムニストIが「寿司」を題材にエンジニア観を披露し、共感を得た。そして最後の語り手となったコラムニストJが題材に選んだのは――“ラーメン”――!!

Iさん・Tさん「「“ラーメン”……!? 」」

Jさん「そや……“ラーメン”や……」

 ううむ……と黙りこむ2人。見かねた竹金は、思わず声を上げた。

竹金「あの……“ラーメン”が『エンジニアめし』だと、何か問題あるんでしょうか? 」

 しばしの沈黙を破り、Tさんが応えた。

Tさん「そうですね……強いて問題とするならば、“ラーメン”と一口に言うのは、『あまりに広すぎる』」

Iさん「ええ、そのとおりです」

 Iさんも頷く。

Iさん「“ラーメン”は言わずもがなの国民食であり、『ラーメン屋がない街は存在しない』と言っても過言ではないでしょう。生活の一部として“ラーメン”が密着している我々日本人にとって、“ラーメン”とは特定の店の、特定の“ラーメン”を指す場合が多いのです」

Jさん「そやな。一口に『ラーメン食べにいこか』と言っても、それは『△△という店の××というラーメンを食べに行く』の省略表現にすぎないんや」

Tさん「典型的なのが『ラーメン◯郎』ですね」

Jさん「そや。あそこのは、もはや“ラーメン”ではなく『◯郎』という食べ物やからな」

Tさん「ええ。そしてそのように『狙った店のラーメン』が何らかの要因――たとえば臨時休業だったり、行列になっていたり――といった理由で摂取が阻害されると、代換手段を失ってしまう……代わりに他の店でラーメンを食べても、逃した幻のラーメンが脳裏にチラついて心からいま口にしているラーメンを味わうことができないという、恐ろしいリスクを抱えた『めし』なのです」

Iさん「『がーんだな……頭の中はすっかりあの店のラーメンになっていたのになあ……』という絶望感は、例える言葉が見つからないですね」

Jさん「そやな……気持ちはよう分かるで。そないな時に食う飯はいくらうまくても、どこか上滑りしていくんや……」

Iさん「加えて近年のラーメンブームにより、“ラーメン”は従来の『しゅうゆ・とんこつ・みそ・しお』という分類が、もはや通用しないほどに差別化が進んでいます。そんな中で“ラーメン”を『エンジニアめし』として定義するのは、あまりに範囲が広すぎる。言い方を変えれば、少々、乱暴すぎるのではないでしょうか?」

Tさん「しかも選択肢はラーメン屋のラーメンだけではありませんよ。修羅場の友、非常食および夜食として、机の中にカップラーメンを常備しているエンジニアは、俺の統計では80%以上にも達しています」

竹金「(それはどこから取った統計なんだろう……)」

Jさん「そやな……不夜城と化した開発室の中、作業待ちの時間でコンビニへと走り、ふたとビニールを急いではがして粉スープとお湯を入れ、深夜遅くにすするカップラーメン……あれは体に悪いことは分かりきっとるのに、悔しいくらいうまいんや……」

Tさん「さらに言うなら、カップラーメンの中でも定番中の定番『カップヌ◯ドル』でさえ、小エビが嬉しい『しょうゆ』、一部で絶大な人気の『カレー』、抜群の安定感の『シーフード』、この3つによる宗教戦争は、長きにわたって不毛な争いを続けています。カップラーメン全体を視野に入れてしまえば、それはもはや『世界大戦規模』と言っても過言ではありません」

Iさん「Jさん、あなたならこの“ラーメン”という『めし』の選択が、非常にリスキーなことくらい、百も承知しているはずです。 ならば、なぜ!? 」

Jさん「そやな……少し長くなるかもしれんが……聞いてくれるか……」

 Jさんは淡々と語り始めた。

Jさん「あれは……数年前のことやった……」

……

Jさん「わては突然の障害対応でIDCへ呼び出されたんや。業務時間中に突然、社内システムがまったく応答しなくなったらしい。タクシーをカッ飛ばして、息を切らせてたどり着いたIDCの入り口では、ユーザー側システム担当者が鬼のような形相でお出迎えしてくれたんや……」

Iさん「想像するだけで……」

Tさん「胃が痛くなりますね……」

Jさん「わては怒鳴りちらすユーザーさんにひたすら頭を下げつつ、とにかくトラブルシュートを始めたんや。その結果、LAN内でつないだ端末からルータ経由で各サーバへのpingは通るが、どうもディレクトリサービスへの接続がリジェクトされているところまで突きとめたんや」

Iさん「なるほど……」

Jさん「で、そのディレクトリサービスを動かしているサーバのログを見たら、障害発生と思しき時刻から後のログが出てへん。こりゃあ怪しいと思ってシステム構成図を確認すると、綺麗に冗長構成が組まれとるんや」

Tさん「それは……」

Jさん「お察しの通りや。見事にスレイブへの切り替えに失敗してたんや。いや、厳密に言えばフェイルオーバー自体は成功してたんやが、ルータ間の通信が失敗しとる。まさかNICから線が抜けとるとかそういうオチやないやろな……と思ってラック内を見回したら……」

竹金「見回したら……?」

Jさん「構成図に載ってないNASらしきものが1個、増えてたんや……」

Tさん「…………」

Iさん「…………」

竹金「…………」

 「うわぁ……」と言いながら宙を仰ぐ3人。Jさんは遠い目をしながら続けた。

Jさん「どうもユーザーさんが勝手にNASを増設して、適当にIP割り振ったらしいんやな。それがスレイブのIPと重複してるのに誰も気づかず、なんかの拍子にディレクトリサーバがスレイブ側にフェイルオーバーして、初めて分かったという訳や」

Tさん「それは……」

Iさん「お察しします……」

Jさん「まあそんな経緯やから、無闇にNASの線を引っこ抜くわけにもいかず、とりあえずマスタ側へ切り戻して無事業務が動くようになったんや。原因を告げると今までの高圧的な態度が嘘のように、今度はユーザーさんがひたすら頭を下げだしてな。なんとも言えない気持ちになりながらIDCを出ると、空調で芯まで冷え切った体に鞭打つように、夜風が吹きつけてきたんや……」

→後編につづく

孤独のエンジニアめしばな 第2めし「寿司」(後編)

2012/02/20 11:12:36

Iさん「私は1人、夜の渋谷センター街へと繰り出しました……」

Tさん「まさに……“最後の晩餐”のつもりだったんですね……」

Jさん「壮絶な話になってきたな……まさに“覚悟のめし”やな……」

Iさん「はい。私は財布だけを持ち、あてもなく夜の街をさまよいました。その時の光景は、いまでもしっかり覚えています……」

……

 俺は、死人のように渋谷の街を歩いていた。

 デザインしか考えておらず、実装など微塵も考えていないWebデザイナーの作ったHTMLモックを元に、実用に耐えるレベルではないフレームワークとJSFライブラリが吐き出すいい加減なinput formをDOMレベルで切り貼りして画面を作る作業に、心底嫌けがさしていた。

 もちろん、プロジェクトが抱えていたのは、技術的な問題だけではなかった。進捗の遅れを顧客に説明する理由として『品質を担保している』ことにしようとと考えたのか、目標値だったはずの「カバレッジ率90%以上」がいつの間にか必須条件になっていたり、誰が必要とするのか分からないようなドキュメント作りが強制されはじめたり、お世辞にもまともなマネジメントが行われているとは言えなかった。

 加えて、体調も最悪に近かった。これは後で調べてわかったことだが、実は俺はそのとき、肺炎一歩手前の症状だったらしい。どうりで咳も止まらず、熱も引かないはずだ。

 そんな中で俺は、ついにキーボードを前に、まったく手が動かなくなってしまったのだ。「ソースコードを書かなければ」という、脅迫観念に近い気持ちはあるのだが、頭の中にモヤがかかってしまったように、それ以上先へとまったく進めない。いや、考えられないといった方が正しかったのかもしれない。

 俺はもう、限界だった。ここ数カ月、ずっと戦い続けてきた。自らに課せられた義務を果たしてきた。そのつもりだった。しかし、それは本当だろうか? 分からなかった。そもそも何をどこまでやればよいのか、まともに定まっていないのだ。ただひたすら、前へ前へ、戦い続けるしかなかった。そしてそんな日々に、俺はこれ以上、耐えられなくなった。ただ、それだけだった。

 そんな満身創痍の状態で、俺はめし屋を探していた。「これが最後のめしになるかもしれない」そんな言葉が、脳の片隅にこびりついて離れなかった。

 渋谷という街はすべてが装飾過剰だ。まぶしいネオンの看板が立ち並び、飲み屋の呼び込みがひっきりなしに通行人に声をかける。うっとうしいことこの上なかった。俺はもともと酒が飲める方じゃない。加えてこの体調だ。今はうどんすら食べようという気にならない。なぜ俺は今、こんな街に居るんだろう……? もはや、すべてがどうでもよいことのように思えた。

 俺はふらつきながらも、この街で最後になるかもしれない『めし』のテーマを決めていた。それはズバリ、『エビ』だった。

 理由は単純だ。今でも大好きな、アニメヒロインの大好物が『エビ』だった、それだけのことだ。それ以上でも、イカでもなかった。馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれない。だがそのときの俺は、海から遠く離れたこの街で、最後に食べるのならせめて、彼女の好物を食べてやりたい、そう思っていた。

 最初に目に入ったのは回転寿司屋だった。寿司屋なら、エビに不足することはない。ファンとしてアリなのかは疑問が残るが、個人的な好物であるイカを摂取することもできる。

 うん、寿司。いいじゃないか。

 だが、その回転寿司屋は、雰囲気がどうも俺の好みではなかった。外国人たちが楽しげに謎の創作寿司を頬張っており、気だるげな板前がいい加減に仕事をしていた。最期のめしにするには、その光景はあまりに残酷すぎる。

 俺はその店をスルーし、細い横道へと入っていった。ピンク色のネオンが輝く、見るからに怪しげな店が立ち並ぶ中で、あずき色ののれんが1軒、ぽつんと浮いていた。俺は吸い込まれるように、その店へと近づいていった。

その店は、一言で言うなら、駅前の立ち食いそば屋のような店構えだった。席はカウンターのみ。お世辞にもすわり心地がよさそうとはいえない、丸い椅子。カウンターの中では白い帽子をかぶった職人がせわしなく動き、切り取った何かを素早く握ると、客の目の前に2つ、きれいに置いた。

「寿司屋……?」

俺はもう一度のれんを確認した。『◯鮨』と大きな筆文字で書いてある。どうやら店名の通り、寿司屋のようだ。

 よく見ると、店の外には独特の文字で書かれた、季節のネタの品書きが踊っている。値段もリーズナブルだ。どうして俺はこんな店に今まで気がつかなかったのだろう。たしかに目立つ店ではないが、なんともいいオーラが出てるじゃないか。よし。ここだ。ここしかない。

 俺は決意を固め、引き戸をくぐった。「いらっしゃいませー!!」なんとも威勢のいい掛け声だ。俺は案内されるまま、手近な椅子へと腰掛けた。

 「飲み物はいかがいたしますか?」

 まっさきに浴びせられた唐突な質問に、俺はキョトンとしてしまった。脳が弱っているせいか、言葉の意味がよく分からない。飲み物? いったいどういうことだろう。水? お茶? それともお茶の種類が選べるということか? ほうじ茶とか?

 答えに窮している俺の様子を察してか、50代とおぼしき板前さんは言葉を続けた。

 「アガリの他にも、ビール、日本酒なども各種そろえてますよ」

 そうか! 酒を飲むかどうかを聞かれていたのか! そうかそうか、ここはそういう店なんだな。しかし今の俺は酒を飲めるような状態じゃない。俺はマスクを外しつつ、答えた。

 「……それじゃ、アガリお願いします」

 「はい、アガリ一丁!!」

 相変わらず威勢がいい。俺もなぜだか背筋を伸ばさなければいけないような、そんな気持ちになってくる。

 ほどなくしてアツしぼと湯のみが運ばれてきた。早速一口いただく。……うん、うまい。体の底から温まる。にしても、寿司屋のお茶はなんでこんなにうまいんだろうな。不思議だ。

 しかし、今の俺にはそんな疑問に答える余裕などない。手元の品書きには、どうやら本日のおすすめが書かれているようだ。生サバ、スズキ、イワシ、スルメイカ、車エビ、鱈白子……うん、どれもうまそうだ。

 自称・寿司通に言わせると、注文の仕方にはいわゆる「セオリー」があるらしい。だが俺は、好きなものを好きな順番で頼んでこそ、うまい寿司を心の底から楽しめると思っている。人間誰しも好きなネタや苦手なネタがあるだろう。だが、寿司屋でくらい、好きなネタだけを好きなだけ、存分に楽しみたいじゃないか。俺は「ゲタ」と呼ばれる寿司板が置かれると同時に、目星をつけていた品を注文した。

 「スルメイカ、スズキ、あと生サバをお願いします」

 「あいよー! イカとスズキ、生サバね!!」

 年配の板さんは手馴れた手つきでガラス張りの冷蔵室からイカの切り身を取り出すと、薄く切り、それに細かく切れ目を入れ始めた。うんうん。こういう細かい仕事が、うれしいんだよな。

 俺は寿司屋にくる度につい、昔テレビでやっていた少年マンガ原作の、寿司職人ドラマのことを思い出してしまう。親の後を継ぐために主人公の少年が東京の名店に弟子入りするのだが、その兄弟子が子供心にも、カタギとは思えないような顔をしていて、包丁の背で殴る蹴る、バイクでマグロを轢いたり、なにかとすごいことをしていたのだ。

 その兄弟子や、同業の悪徳業者にいろいろな嫌がらせを受けながらも、主人公は逆境をバネに、努力を重ね、ライバルたちと友情を育み、寿司勝負を勝ち抜き日本一になる……たしかそんな話だったような気がする。

 ドラマはいかにもドラマといった話だったが、この年配の板前さんにも、何かそういうつらい修行時代の話があったりするのだろうか……

 「スルメイカお待ち! 兄ちゃん、これは塩が振ってあるから、そのまま食べてね!」

  • スルメイカ (300円)
    • 塩とレモンの振られたイカの身が2つ、そして甘辛いツメの塗られたゲソがついて計3つ

 塩、塩か…… いきなり意表をつかれたぞ しかもイカの身だけではなく、ゲソもついてくるとは…… だが、これはうれしいサプライズだ 早速本体の方からいただくとしよう

 うん! 塩がイカの身の甘みを引き出し、レモン汁がそれに爽やかさを加えている…… これはうまい! いきなりの変化球にはとまどったが ど真ん中の、ストライクだ!! 

 続いて…… そうだな、やはりこのゲソは気になる…… 塩とレモンの本体と違い、煮詰めのタレが塗られている セオリーからは外れているのかもしれんが、やはりここはいかざるをえないだろう イカだけに イカんでしょ イカんでしょ

 うん 思ったとおりの味だ ゲソの独特の食感と甘辛いタレが 夜店で食べる焼きイカを思い出させる これも正解だった 

 「ハイ、続いてスズキと生サバね!」

  • スズキ (400円)
    • 純白の白身が美しい 皮の下がキラキラと虹色に輝いている
  • 生サバ (300円)
    • シメサバと違い、酢で締められていない、生のサバ。脂がたっぷり乗っている

 おおっと 援軍が最高のタイミングで来たな お茶で口の中を一度リセットして……よし、まずは白身の方からだ

 うんうん これだよこれ まさに白身 うまい白身ってうまさだ あっさりでもこってりでもない この独特の脂加減を味わうには やっぱ寿司って最適解だよな ワサビの辛味がツーンと抜けていくのもたまらない

 とことん行儀悪く次は生サバといこう 生サバ 生サバってのがまずちょっと違うよな シメサバはたまにとんでもなく酸っぱいのがあるからな 加減が難しいんだ その点生サバはどうだ?

 これは濃厚だ! まさに脂って感じの脂だ 白身魚の品のある脂と比べると、これはまさしく口の中を直撃する脂の旨さだ うぉォン これは止まらんぞ

 「すみません、あと甘エビとカツオ、それと白子に車エビをください」

……

Jさん「くうー!! たまらんわー!! わいも今すぐ寿司、食いとうなったわ!!」

Tさん「ええ!! リーズナブルな回転寿司も日常使いにはいいですが、ここぞという時にチャージをためて行く特別な寿司屋が1つあると、リリースしたときの炸裂具合は、正直たまりませんよ!」

Jさん「分かる、分かるでー!!」

竹金「(チャージ……? 炸裂……?)」

Iさん「私は結局そのお店でお腹いっぱいになるまで寿司を堪能してしまったのですが、支払いは技術書二冊分くらいに収まりました。後から知ったのですが、どうやらそこそこの値段で良いお寿司を出してくれる、知る人ぞ知る優良店だったようです」

Jさん「ええな!! こんどその店、紹介してーな!!」

Iさん「はい。そしてすっかり食べ過ぎてしまった私は、板前さんにお勘定をお願いしました。その時に言われた言葉は、今でも忘れられません」

……

 「ごちそうさまでした! お勘定お願いします」

 「はいよ! にしてもあんちゃん、いい顔になったな!!」

 「えっ……?」

……

Jさん「『いい顔』か……ええ話やなぁ………」

Iさん「今思えばですが、もしかしたらその板前さんには、私がいろいろなものを抱えて潰れかけていたことが、長年の経験から、うっすらと分かっていたのかもしれません」

Tさん「いろいろなお客さんを見てきた職人さんには、そういった方がいらっしゃると聞きますからね……きっとその板前さんも、自分の寿司で笑顔になってくれたあなたのことが、すごくうれしかったんだと思いますよ」

Iさん「はい、そうだといいなと思います。そして支払いを済ませ、店を出たのですが、さらに不思議なことが起こりました。腹いっぱいになるまで寿司を食べたのに、なぜか私の体調が、非常に良くなっていたのです。そして『もうこれ以上は絶対に無理だ』と思っていた仕事についても、『どうにかまだやれるんじゃないか』『なんとかなるんじゃないか』と、前向きに考えられるようになっていました。精神的にも肉体的にも、プラスの効果が得られたのです」

Tさん「たしかに不思議な話ですが……うまいものを食べると、人間は各種脳内物質が分泌されると言われています。なのでうまいものを食べたことによって、回復効果が得られたというのは、あながち不思議でないのかもしれません」

Jさん「ああ。人間つうものは、みんな、うまいものを食えば笑顔になるからな。笑顔は人を幸せにするというし、うまいものを食って幸せになるのは、自然の摂理なのかもしれん」

Iさん「そうなんです。私が職場に戻りながらの道のりで考えたのは、そこなんです。あの板前さんは、自分の寿司の技術を使い、確かに、私を幸せにしてくれました。そこで思ったんです。『私の技術は、誰かを幸せにできているんだろうか?』と……」

Jさん「たしかに、この業界の技術の進化速度は凄まじいわ。だが、その技術で『本当に誰かを幸せにできているのか?』と問われると、たしかに答えに窮するわな……」

Tさん「個人としては優秀なエンジニアでも、自己満足のために技術を使っているような人は、少なからずいますからね……」

Iさん「はい。私はそこで思ったんです。技術を学ぶことも、知識を得ることも、素晴らしいことです。でも私は、それまでただ『技術を学びたい』というだけだったのだと。ですが、この一件がきっかけで、私は自分の技術を『誰かを幸せにするために使いたい』『誰かを自分の技術で少しでも幸せにできるような、そんなエンジニアになりたい』そう思うようになったんです。それを気づかせてくれたのが、あの寿司職人さんと、私のエンジニアめし『寿司』なんです」

Tさん「そうだったんですか……素晴らしい話です……」

Jさん「ああ……最初はお高く止まったグルメ気取りの若造かと思ってたが…… 本当に、すまんかった!! この通りや!!」

Iさん「Jさん、頭をあげてください。私も高級な寿司は正直いって、あまり好きじゃありませんから(ニコリ)」

竹金「素晴らしいお話をありがとうございました。Iさんのお話も、心に訴えかけてくる素晴らしいエピソードだったと思います。次で最後となってしまうのは、まことに名残惜しいのですが、Jさん。最後にあなたの『エンジニアめし』についてのお話を、よろしくお願いいたします」

Jさん「そやな……あんな話の後では、ちと話しづらいんやが……わてのエンジニアめしは……『ラーメン』や」

Iさん・Tさん「「『ラーメン』……!?」」

つづく

参考文献: 孤独のグルメ

孤独のエンジニアめしばな 第2めし「寿司」(前編)

あらすじ: ITエンジニア向け情報サイト「&IT」の企画により、『エンジニアめし』という題材で、お互いのめし論をぶつけあうことになった三人のコラムニストたち。初回はコラムニストTが「カレー」を題材に持論を展開し、他のコラムニストを唸らせた。そして2人目の語り手となったコラムニストIが題材に選んだのは――『寿司』――!!

Tさん「『寿司』……!?」

Jさん「『寿司』やと……!?」

Iさん「ええ。その通りです」

Tさん「それはもしかして、大手チェーン店が続々と参入し、外食産業でいま競争が最も激しいといってもいい、『回転寿司』のことでしょうか?」

Iさん「たしかに最近の『回転寿司』チェーンは、高度なIT技術を駆使したシステムを構築し、品質管理や、食材管理、注文管理をおこなっています。そういった意味ではたしかに『エンジニアめし』といえる題材ではあるでしょう。……ですが、それは私がここで語りたい『寿司』ではありません」」

Tさん「まさか……!!」

Iさん「そう、私が推すエンジニアめし……それは『職人が握る寿司』です」

Jさん「フ……フリーランスだかなんだか知らんが、ふざけおってーッ!!!!」

Tさん「待ってください!! 暴力はいけません!!」

 激昂して掴みかかろうとするJさんを、Tさんが後ろから羽交い締めにした。

Jさん「うるさい!! わてみたいに回転寿司すら一般的でない世代の、決して裕福でない家庭に育ったもんにとって、『寿司』つーたら、それはそれは、特別なもんなんや!! 誕生日にかーちゃんが、スーパーやら外食チェーン店やらで買ってきてくれた、プラスチックの安っぽいケースに入った持ち帰りの寿司を、その日1日中、楽しみに楽しみに、何をどういう順番で食べるかで頭がいっぱいになるような、そんな『特別なめし』なんや!! それを……!!」

Tさん「それについては私も一緒です。……話の内容次第によっては……私もこの手を離すことになるかもしれません……!!」

しばし、あたりは沈黙で満ちた。

 Iさんは、怒りの炎をたぎらせる2人の目を、慈しむように見つめると、静かに通る声で語り始めた。

Iさん「お2人のお気持ちは、私にも痛いほど分かります。 ですが、私にとってこの『板前の寿司』は、私の『エンジニアとしての生き様』を左右することになった『大事なめし』なのです。……少し長くなりますが、どうか、お聞きいただけないでしょうか」

Jさん「『エンジニアとしての生き様を決定づけためし』……やて……?」

Tさん「……Jさん、どうやら深い事情がおありのようです。取りあえず、話を聞かせてもらおうじゃありませんか」

Jさん「…………下手な話をしたら、ただじゃおかんで……」

Iさん「……ありがとうございます」

Iさんは深々と一礼すると、言葉を選ぶように、だが確かに響く口調で、語り始めた。

Iさん「……あれは、もう秋の足音も去りゆくような、寒い冬の夜でした……」

……

Iさん「当時私は、とあるWebベンチャー系システム開発会社の社員でした。しかしそこは、ベンチャー系システム開発とは名ばかりで、オフィスという名のマンションの一室には、社員の半分の椅子すらない、事実上の人売り会社でした」

Jさん「要求仕様に見積もりを出し、ソフトウェアを開発して納品するという、受託開発ですらない会社……エンジニアを時間単位のみで計算し、ただの労働力として扱う労働形態、請負開発が売上の中心となっている会社か……」

Tさん「会社によってはSESなどという横文字で言いかえたりはしていますが、現実は法律で禁止されているはずの事前面接や偽装派遣が堂々と行われ、ピンハネや中間搾取がはびこっている、この業界の最も悪しき一面、その1つですね……」

Iさん「その頃の私は、『賃金や対価』といったものに、あまり興味を持っていませんでした。そんなことより、自分の知らない技術や、マネジメント手法、開発手法などを学び、いかに自分のものにしていけるか……そう、『自分が技術的にいかに成長できるか』という点にしか、はっきり言って興味がなかったのです」

Tさん「典型的な『エンジニア』ですね……」

Jさん「珍しいことやない……技術屋にはよくいるタイプや。問題なのは、そういうエンジニアたちをだますような形で金を絞りとろうとする、ハゲタカのような奴らが、この業界にはぎょうさんいることや……」

Iさん「もちろん、自分が月にいくらの売上を上げ、対価としてどれくらいの額をもらっているのかは、おおむね把握していましたし、自分がまるでモノのように、人月などという単位で計られることについても、あくまでそれは『自分に対する評価の1つ』でしかないと思っていました。実際にもらえる給料との乖離については、会社員として働く以上、ある程度は仕方のないことだと、そう思っていた……いや、思い込んでいたのです」

Tさん「今でもそう考えている人は、多いと思います」

Jさん「わては正直、そういう考え方、好きになれんわ。そりゃ営業の給料とか会社としての経費は当然、払わんといかん。だが、奴らは平気で個人の売上の半分以上を持っていったりするからな。実際に稼いでいるのは実力のある若手社員なのに、本来払われるべき額を無視して、彼らに払われるのはスズメの涙とか、よくあるこっちゃ」

Iさん「そうですね。ですが、フリーランスとして独立して働くようになってから、仕事を取ってくるということが、いかに難しいのか、身に染みて分かるようになりました。そしてこの業界の悪しき構造を覆すことが、いかに難しいかということも……すみません、話がそれてしまいましたね……」

Tさん「おかまいなく。失礼を承知で伺いますが、その『人売り』として働かされていたあなたが、そこまで金銭的に裕福だったとは思えません。それがどうして、『板前の寿司』などを?」

Iさん「……その時の私の勤務先は渋谷の企業でした。もうすっかり慣れっこになった、面談という名の事前面接で受けた説明では、『日本ではまだあまり利用事例のない、非常に先進的なフレームワークを用いて、複数の既存Webアプリケーションを統合・リプレイスする仕事』だということでした。そして、非常にチャレンジングな要素が多く、高い技術力が要求されるということも……。私はそれを聞いて『自らの成長につながる』仕事のように思ったのです」

Jさん「たしかに……一見、面白そうな仕事に聞こえるわな……」

Tさん「ええ。ですが『前例のないフレームワーク』という単語には、少々ひっかかりますね」

Iさん「はい。その点については、『オープンソースであること』『某ベンダが、APサーバへと抱きあわせて販売しているので完成度は保証されていること』『これからの業界標準になりうるアーキテクチャであること』といった説明を受けました。私は違和感を残しながらも、金銭的メリットが大きかったという営業の猛プッシュもあり、結局はその仕事を受けることにしたのです……が……」

Tさん「ということは……やはり?」

Iさん「ええ。実際にプロジェクトにアサインされ、そのフレームワークを調べてみると、日本語の書籍は1冊出ているだけで、Web上にもほとんど情報がない。あっても日付は数年前。フレームワークに同梱されているサンプルコード自体にもバグがあるというありさまで、ベンダの有償サポートも、二言目には『現地法人に問い合せ中』で1カ月放置は当たり前、といった状態でした」

Jさん「そりゃひどいわ……そのアーキテクチャで行こうと決めた奴は、事前に調査しなかったんか……」

Iさん「それについてはいわゆる『政治的問題』があったらしいです。『癒着』とまではいかないようでしたが、『このソフトウェアを使ってシステムを構築してくれれば、構築事例としてプレスを打ち、会社総出でソリューションとして大々的にビジネス展開していく』というプランが、アーキテクチャを選択した上層部内でやりとりされていたらしいという噂を、後々小耳にはさみました」

Tさん「それは……この業界で仕事をしている上で、ときに耳にする話ではありますが……技術者としては、なんともやりきれませんな……」

Iさん「というわけで順調にプロジェクトは炎上、私も比較的初期から参画していたということで多少は責任を感じており、毎晩帰りは終電近く、土日もどちらかは出勤、という日々が続きました。その間、およそ3カ月といったところでしょうか……」

Jさん「そこで責任を感じるべきかどうかは、正直意見が分かれるところだと思うが、気持ちは分かるわ……」

Iさん「その頃の私の唯一の心の支え……それが『イカの娘』でした。海から来たキュートな侵略者に、私の心は完全に侵略! 侵略! されてしまい、それだけが日々を生き抜く、唯一の希望だったのです」

Tさん「なるほど、『イカの娘』ですか……あれはかわいすぎますからね……気持ちはよく分かるでゲソ」

Jさん「わても当時はデスマ真っ最中でな……録画した『イカの娘』だけが毎週末の楽しみやった……そういうエンジニアは、かなり多かったんじゃなイカ?」

竹金「(いえ、たぶん少数派だと思います)」

Iさん「そんな中、悲劇は起こりました……ご存じの通り『イカの娘』のアニメが、最終回を迎えたのです」

Tさん「あれは……まさしく悲劇でしたね……」

Jさん「当時は2クール目が決まっていたわけではなかったからな……『イカの娘』のかわいさに侵略された奴らが、こぞって皆絶望していたのはよく覚えてるわ。もちろん、わてもその1人や」

Iさん「人間というのは不思議なもので、気を張っていれば多少の無理は効くものです。しかし、あくまでそれは短期的なものにすぎません。長期的に精神的負荷の高い状態が続くと、肉体的な弊害が出てきます。 その時の私は、微熱と咳という風邪に似た症状に常に悩まされており、それを『イカの娘』のかわいさや、赤牛等の栄養ドリンクによって、だましだまし働いていたのです。……しかし、ついに限界が来ました。食欲が完全になくなってしまい、コーディングをしようにも、まったく手が動かなくなってしまったのです」

Tさん「食欲がなくなると、脳は糖分を失い、頭も体も働かなくなる……末期症状ですね……」

Iさん「私は自らが限界に達したことを悟りました。『これ以上この仕事を続けていくのは、精神的にも体力的にも、無理だ』――私は期間途中での退場だけではなく、こんな職場へ無慈悲に放りこんだ所属会社への、退職すら考えました」

Jさん「完全に追い込まれたときの考え方やな……だがその気持ちは、痛いくらいに分かるわ」

Iさん「そして私は、この街に来るのも最後になるのならばと思い、定時を過ぎても皆が残業している中、1人、夜の渋谷センター街へと繰り出したのです……」

→後編へ続く

孤独のエンジニアめしばな 第1めし「カレー」

2012/02/13 10:53:53

竹金「本日はお集まりいただき、まことにありがとうございます。わたくし、『&IT』編集部の竹金と申します。皆様、顔合わせされるのは今回が初めてかと思いますので、まずは簡単に自己紹介をお願いできますでしょうか?」

Tさん「コラムニストの『T』です。俺はシステム開発会社で数年間の開発・運用・保守とひと通りやり、現在はWeb系開発会社で、まあ、プレイングマネージャの真似事のようなことをしてます」

Iさん「コラムニスト『I』です。私は大学卒業後、SIerで数年仕事をした後に、ベンチャー企業に転職しました。その後独立して、現在はフリーランスのプログラマとして働いております」

Jさん「コラムニストの『J』や。わては工専卒業後、通信系の会社に入社して、まあ、ローレイヤからハイレイヤまで、ネットワークの構築・保守・運用と、ひととおりやってますわ」

竹金「ありがとうございます。今回、さまざまな背景をお持ちの皆様をお呼び立てしたのは、実は皆様には、『ある共通点』があるからなのです」

Jさん「……共通点、やと?」

竹金「はい。それは「食べ物」です。“食べ物”について並々ならぬこだわりを持っているコラムニストのお三方に、「これぞ『エンジニアめし』」という食べ物は何か? というお題で、是非、お話をお聞かせ願いたいと思いまして」

Tさん「『エンジニアめし』……」

Iさん「なるほど。お二方のコラムは拝見させて頂いていますが、たしかに食べ物に関しては、なかなかのこだわりをお持ちのようだ」

Jさん「たしかにな……あんたらの書いたコラムの食べ物の描写で、今すぐ仕事を放り出して飯屋にいきとうなったこと、1回や2回やないわ」

Tさん「俺も同じです。しかもそれが『エンジニアめし』となれば、これは『エディタ戦争』、『言語戦争』に続く、第三の『宗教戦争』になる可能性も高い……&ITさんも、挑戦的な企画を用意されたものです」

竹金「いえいえ。私はただ、読者の皆様が喜んでくださるような記事を提供したい、ただそれだけですよ」

Iさん「いいでしょう。そういうことなら、普段のコラム同様、いやそれ以上に、本気でいかせてもらいましょう」

Jさん「ええ心意気や。わても食べ物に関しては、ちとうるさいで。ガチンコで食いもんの話ができるとあらば、断る理由など、どこにもあらへんわ」

Tさん「皆さんノリノリですね。そういうことなら俺も異存はないです。うまいものの話をするのは、ぶっちゃけ開発方法論やマネジメントを語るより、得意でしてね」

竹金「ありがとうございます。皆様なら間違いなく、そう言っていただけるものと思っておりました。 では形式ですが、こちらに簡単なクジを用意いたしましたので、その順番に従い、これぞ『エンジニアめし』という食べ物について語っていただきたいと思います。よろしいでしょうか?」

Tさん「OKです」

Jさん「了解やわ」

Iさん「承知しました」

竹金「では皆様、クジをお引きください」

……

Tさん「……どうやら、俺がトップバッターのようですね」

Iさん「私は二番手ですか」

Jさん「わいはトリか……こりゃ盛り上げたらんといかんな」

竹金「それでは、Tさん。Tさんの『エンジニアめし』について、よろしくお願いいたします」

Tさん「はい。では結論から……俺の考える『エンジニアめし』は、ズバリ『カレー』です」

Jさん「『カレー』か……!!」

Iさん「『カレー』とは……!! さすがTさん。核心を突いてくる」

竹金「お二方のリアクションを見るかぎり、高評価のようですが……どのあたりが『エンジニアめし』なんでしょう?」

Tさん「理由は3つあります。まず重要なのは『速い』こと。 エンジニアというのは基本的に忙しい人たちが多い。納期に追われ、飯をゆっくり食べていられるような余裕がない場合が多いのです」

Jさん「そやな……その点『カレー』なら、基本的にメシの上に出来合いのルーをかけるだけやから、注文してすぐにメシにありつける。忙しい中、合間合間を縫って食うには、これ以上のものはあらへんわな」

Iさん「ええ。しかもカレーにはさまざまな野菜が含まれており、栄養バランスも良い。スパイスの刺激も体温を上げる効果があり、栄養が偏りがち、運動不足がちなエンジニアにはもってこいの食べ物だ」

Tさん「はい。そして2つ目の理由。それは『どこでも食べられる』ことです。カレー専門店というのはなかなかないかもしれませんが、ファミレス、ファストフード店、はたまた喫茶店でも、視野を広げればいくらでもカレーを扱っている店はあります」

Jさん「たしかに、近頃ではどこの牛丼屋にもカレーがあるくらいや……カレーはもはや国民食ゆうてもよいかもしれん」

Iさん「立ち食いそば屋のカレーというのも侮れませんよ。あの独特のとろみの効いた黄色いドロッとしたカレーが、なぜか無性に食べたくなるときがある」

Jさん「そやな。定食を食べに定食屋に入ったのに、なぜかようわからんが、気がつくと『カレー丼』を頼んでいること、あるわ」

Tさん「そして最後の理由。それは『汎用性』です。一口に『カレー』といっても、店によって基本となる味わいはさまざま。しかもその上、鳥、豚、牛、シーフード、さらにはトッピングまで考えると、その組み合わせはまさに無限大。極論すれば『2週間は毎日カレーで生きていける』といっても過言ではありません」

Jさん「かけらのような肉片がかろうじて入っているような庶民的なカレーでも、その上にコロッケを乗っけるだけで、とたんにご馳走になるからな」

Iさん「上に載せるだけがカレーの可能性ではありませんよ。ライスかナン、そういう選択肢も立ち上がってくる」

Jさん「ナン……? あかんあかん! ナンなんて、あんなピザみたいなもんはあかんわ! カレーつーたらやはり飯の上にこう、ドバーっとかけてなんぼやろ」

Tさん「いえ、一概にそうとは言い切れませんよ。俺の最近のオススメは、昼時にカレー専門店でやっている『カレーバイキング』です」

Jさん「『カレーバイキング』やて?」

Tさん「ええ。その名の通り、一定の料金を払えば好きなだけライスもカレーも取り放題。それもカレーの中身は日替わりで、野菜中心から肉中心まで、さまざまな味のカレーが用意されています。ナンも注文を受けてすぐ焼いてくれるし、食べ放題の店でありがちな、時間制限といったものもありません」

Jさん「なんちゅうことや……そりゃまさに、カレーの天国やないか……」

Iさん「カレーというものが、基本的にローコストだからこそできるサービスですね。補足すると、私が特に嬉しいのは、『ルーとメインのバランス』を自分好みにカスタマイズできる点にあります」

Jさん「『バランス』? どういうこっちゃ?」

Iさん「Jさん。あなたはカレーライスを注文したものの、『ルーとライスのバランスを取るのに失敗して悔しい思いをした』ことはないですか?」

Jさん「あるわ!! めっちゃあるわ!! 思ったより辛めのカレーが出てきて、辛さをやわらげるためにライスを多めに口に入れとったら、最後にルーだけ残って悔しい思いをしたり、逆にルーが足りなくて飯だけ残って憤死しかけたりとか、めっちゃあるわ!!」

Tさん「そもそも『ルーとライスのベストバランス』というのは、皆がそれぞれ違っていて当然だと、俺は思うんです。ちょっと水っぽいルーが、ダボダボとご飯に染みこんでいるような……まるで小学生のときに出た給食のようなカレーが好みという人もいれば、逆にドライカレーのように水分が少なく、具をたっぷりと載せた、濃厚なバターライスを掻きこむように食べるのが好きな人もいる」

Iさん「そうですね。その点セルフサービスのカレーバイキングなら、自分でルーとライスのバランスを調整することができます。私も以前行った時には『おおっと、ちょっと今回はルーが多かったな、よしナンを頼もう』『今度はナンが残ってしまったぞ、あちらの豆のカレーはまだ試していない……よしこれに使おう』『今度はルーが多すぎた、次はターメリックライスと合わせてみるか』」というライフサイクルを3回ほど繰り返しました。おかげで腹は、はちきれそうでしたよ」

Jさん「いかん!! めっちゃカレー、食いとうなってきたわ!! わいは盛りの良さで有名な、金沢発祥のカレーチェーン店の、カツにソースがかかった揚げ物盛りだくさんのカレー、あれがめっちゃ好きやねん!!」

Tさん「おお!! あれはいいですよねえ。あれはまさしく『ご馳走』のカレーですよ!! 二種類のカツ、エビフライ、そしてウインナー!! 『オトコノコの夢』、そのものです」

Iさん「ええ。揚げたての、ロースカツとチキンカツの2枚が乗っている光景は、まさしく『メジャー』の名にふさわしい。 さらに素晴らしいのは、豚と鳥という、まったく世界が違う2つを、カレールーが『1つにまとめあげている』というか……」

Jさん「『世界が違うものを、1つにまとめあげる』か……たしかにカレーには、どんなものでも『調和』してしまう力があるように思えるわ……チーズや納豆なんていうトッピングまで受け入れる懐の広さは、他のものではなかなか、真似できんわな」

Iさん「そう考えると、われわれのやっている「いろんな機器やソフトウェアをつないで、1つの『システム』や『サービス』として作り上げる」という、エンジニアリングという仕事そのものを、『カレー』という食べ物が体現しているようにも思えてくる」

Jさん「まさに『エンジニアめし』として、こりゃ文句のつけようがないわ! 最初から一本取られたで!」

Tさん「いえ、そんな大層なことではありませんよ。単に『カレーが嫌いなエンジニアなんていない』、ただそれだけのことです」

竹金「初回からとても良いお話、ありがとうございました。お二方も活発に論議に参加していただき、非常に有意義な議論になったと思います。……続きまして、Iさん、あなたの『エンジニアめし』について、お話いただけますでしょうか?」

Iさん「ええ。私は正直、迷っていたのですが、先ほどのお話を聞いて決心が固まりました。……私の『エンジニアめし』は、『寿司』です」

Tさん「『寿司』……!?」

Jさん「『寿司』やと……!?」

つづく

参考文献: めしばな刑事タチバナ

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