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そしてサービス工学へ

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 プロジェクトが一段落したころ、縁あって「サービス工学」という研究に参加することになりました。この「サービス工学」で、奇跡プロジェクトの成功要因を分析していくのですが、その前に「サービス工学」とはいったいどのようなものか、簡単にお話ししたいと思います。

 ただ、わたし自身はサービス工学研究に参画はしているものの、専門の研究者ではないので説明が厳密ではないと思います。そのあたりはご容赦ください。

■サービス工学の生い立ち

 吉川弘之博士が提唱した「現代の邪悪なるもの」に取り組むため、1992年、東京大学に人工物工学研究センターが設立されました。サービス工学は、この人工物工学研究センターにある、新たな工学研究部門です。

■「現代の邪悪なるもの」

 古くから科学技術や学問は、自然災害や病原菌といった「邪悪なるもの」に対抗して打ち勝ち、人は安全と豊かさを手に入れてきました。ところが、学問の体系化が進んできた現代、「邪悪なるもの」は環境問題や貧富の格差、環境破壊事故の大規模化、パンデミックや過当競争など大規模化・複雑化しており、領域細分化されてしまった現代の学問では、太刀打ちできなくなってきております。これを「現代の邪悪なるもの」と言います。

■「人工物工学」とは

 「現代の邪悪なるもの」に取り組むには、視点の限定がない「領域」を作り出すことが必要です。学問全体を取り扱うには問題が大きすぎるので工学を例に考えてみましょう。すべての工学領域が対象とするものは「人工物」です。そこで、学問の領域を否定した工学を「人工物工学」と言います。

 ここでの留意点は、「人工物工学」はこれまでの工学領域の「総和」ではなく、「全体」を扱う学問だということです。これはドラッカーの言うところの「全体は部分の総和ではない」というところでしょうか。

■そして「サービス工学」へ

 いまでこそサービスの研究は広く関心を持たれていますが、設置当時はまだまだ「サービスなど研究して何になる?」という風潮だったようです。2004年、米競争力委員会にて米IBM CEO サミュエル・パルミサーノが報告した通称「パルミサーノ報告」で「サービスサイエンス」が提唱されたあたりから、サービスに関する研究は一気に注目を浴びるようになりました。

 IBMがサービスサイエンス研究部門を立ち上げたのが1993年、人工物工学研究センターがサービス工学研究部門を設置したのが2002年、パルミサーノ報告でサービスが着目されるのが2004年。いまではサービスに関する研究はさまざまあちこちで行われ、「サービス数学」なる研究もあると聞き及んでおります。ということで、サービス工学はどちらからというと「歴史あるサービス研究」ということが言えるかと思います。

■少し踏みこんで

 それでは、サービス工学ではどのような研究がおこなわれているか、簡単にお話しいたします。言ってしまえば、「サービス」の表現、評価手法の確立、あわよくば新サービスの創造、というところでしょうか。それだけではピンと来ないと思いますので、研究意義をあげてみます。

1.領域を否定した工学の設計手法

 「人工物工学」を説明する中で、「人工物工学は領域を否定した工学である」というお話をしました。領域を否定する、ということは電気工学、電子工学、機械工学、建築工学など、現在ある工学領域を跨いで物事を考えることにほかなりません。例えば、何か人工物を作る際、いまは機械設計と電気設計を別々に行います。それを一緒に取り扱う、そんな手法の研究です。

2.脱物質、循環型社会へ

 人工物工学研究の目的は、「現代の邪悪なるもの」への対抗でした。その1つの提案が「脱物質」「循環型社会の実現」です。関連して、ライフサイクルエンジニアリングなどという言葉があります。これまでの大量生産大量消費、モノがあふれる時代から脱却し、コトに着目して真の豊かさを目指しましょう、ということでしょうか。コトすなわちサービスを研究する所以です。

3.製造業の2.5次産業化

 かつて「Japan as No1」と言われた日本の製造業は、環境資源問題、物質飽和、価値感の多様化、海外との価格競争、生産拠点や技能の海外流出により、いまや苦しい立場となっています。この現況を打開するため、ソフトウェア(知識、経験、方法論、匠の技、システムなど)と合わせ、サービス+製造業で巻き返しを図ろうと……。……少し形は違うかもしれませんが、旗は早い段階であげたにもかかわらず、iPod+iTunesに見られるようなサービス+モノづくりの成功事例が、日本の製造業からではなく、海外の企業からであったのは残念です。

4.サービス業の生産性向上

 これまで、サービスは学問的に取り扱われたことがなく、サービス業は経験と勘の世界でした。そのためか、製造業に比べて生産性が低いのだそうです。サービスを科学的、工学的に扱うことによって、サービス業の生産性を向上を図ることが、目的の1つにあります。ただこの議論については、個人的には「?」なところもあるので、紹介程度で終わらせたいと思います。

 お堅い話ばかりで、そろそろ眠たくなってきたのではないかと思いますが、もう少しお付き合いください。最後に、サービス工学のカラクリを簡単にご紹介したいと思います。

●カラクリ1.サービスの定義

 サービス工学ではサービスを、「サービスの供給者であるプロバイダが、対価を伴って受給者であるレシーバが望む状態変化を引き起こす行為」と定義しております。

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●カラクリ2.RSP(Receiver State Parameter)

 サービスの受給者(レシーバ)が状態変化を起こす行為がサービス、受給者の状態を表すパラメータをRSPと定義しています。受給者がサービスを受けることによってRSPが変化し、満足になったり不満を持ったりします。言いかえると、サービス設計で必要なことは「受給者のRSPを探し出すこと」で、その方法論ととしてはペルソナ法などが用意されています。

●カラクリ3.機能展開

 サービスは、供給者から「機能」として提供されます。機能は受給者のRSPに作用して状態変化を起こします。その機能をRSPに近い抽象度の高いレベルから、より具体的な手段に展開し、最終的には供給者の実在物へと繋げてゆくことを「機能展開」といいます。

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●カラクリ4.評価

 供給者の機能は受給者のRSPへサービス(機能)としてつながりました。後は機能のスペックを変えてRSP(顧客満足度)がどのように変化するか評価したり、機能構造を改善し、RPSへの作用が不足している機能を提供したりします。これによりサービスの評価と改善を行ってゆきます。

■まとめ

 簡単にと言いつつ、すっかり長くなってしまいましたが、以上がサービス工学の概要となります。本コラムはサービス工学そのものを取り扱うつもりはありませんが、次回に予定している「奇跡プロジェクトの成功要因」をお話しする前提知識として、知っておいていただくと分かりやすくなるのではと考え、少し時間を割きました。ただ、サービス工学を理解していないと分からないようなお話をするつもりはありませんので、あまり気にしないでください。

 また最初に述べましたとおり、わたし自身これが本職ではありませんので、説明の中にも至らぬ点があるかと思います。関係各所のホームページをご紹介しておきますので、もしご興味がおありでしたらこちらを参考にしてください。

 ○サービス工学研究会

 ○人工物工学研究センター

 ○現代の邪悪なるもの(人工物工学の提唱)

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