<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
    <title>It’s Party Time!</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/" />
    <link rel="self" type="application/atom+xml" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/atom.xml" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2019-03-18:/azk//19</id>
    <updated>2018-09-10T01:30:07Z</updated>
    <subtitle>細々と働くエンジニアが、細々と何かを書いていきます。</subtitle>

<entry>
    <title>祝十周年だおめでたい</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/2018/09/post_6.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2018:/azk//19.11795</id>

    <published>2018-09-10T01:10:10Z</published>
    <updated>2018-09-10T01:30:07Z</updated>

    <summary>聞いたところによると  ココが十周年だそうで  おめでとうございます  僕もここ...</summary>
    <author>
        <name>浅見 憲司</name>
        <uri>https://qiita.com/azk0305</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/">
        <![CDATA[<p>聞いたところによると <br />
ココが十周年だそうで <br />
おめでとうございます <br />
僕もここに申し込んで <br />
参加させていただいて <br />
九年程になるようです <br />
若手が何か書きますと <br />
いう形で参加しまして <br />
あれから九年近く経ち <br />
四十手前の中堅ですわ</p>

<p>色んな事がありました <br />
もしドラを読んでみて <br />
なにげなく書いてみた <br />
真摯さとは何かの記事 <br />
長い間多くの皆さまに <br />
読んでいただけました <br />
ありがとうございます <br />
オフ会に参加しました <br />
コラムニストの方々と <br />
お会いしたりしました</p>

<p>まさかオフ会で会った <br />
コラムニストのひとり <br />
その方とお付き合いし <br />
その果てに結婚をして <br />
子供も二人できまして <br />
そんな事になるなんて <br />
記事を書き始めた頃は <br />
思ってもなかったです <br />
別に出会いを求めての <br />
参加ではないですが笑</p>

<p>ここに参加した理由は <br />
明確に覚えてないです <br />
書きたい事は特に無く <br />
ただただ単に書きたい <br />
ここで書くの面白そう <br />
そんな理由だったかと <br />
日頃あったことだとか <br />
ネタ用に読書をしたり <br />
それで構成を考えつつ <br />
一つの記事を仕上げる</p>

<p>ブランクはあるものの <br />
そんなこんなで九年間 <br />
やってきたと思います <br />
参加した当時は一社目 <br />
ハンドルネームにして <br />
登録してもらいました <br />
ほぼバレてましたが笑 <br />
その後に転職をしたり <br />
個人事業主になったり <br />
ここも本名にしました  </p>

<p>そんな僕の今ですけど <br />
教育系のベンチャーで <br />
プログラミング学習の <br />
文章を書くお仕事です <br />
元々プログラマとして <br />
この業界に入りまして <br />
技術スキルを磨きつつ <br />
ここで文章力をつけて <br />
人間は将来どうなるか <br />
わからないものですね</p>

<p>今までに自分が書いた <br />
コラムを再確認すると <br />
やはり教育についての <br />
記事が多いなと感じて <br />
僕って結局その方面が <br />
好きなんだなと改めて <br />
更に特徴的と思うのは <br />
メンタルヘルスですね <br />
若手でソレはどうかと <br />
批判的な方もいました</p>

<p>でも当時の僕としては <br />
専門家ではないわけで <br />
啓蒙したいとの目的で <br />
書いてたものではなく <br />
僕自身が精神的に弱く <br />
どうにかしないとなと <br />
そういった気持ちから <br />
本を読んで学んだ事を <br />
忘れないようにと思い <br />
ここに書いていました</p>

<p>論理療法というものや <br />
マインドフルネスとか <br />
今の日常生活において <br />
しっかりできているか <br />
そう問われてしまうと <br />
できていないなと苦笑 <br />
妻にあたることもあり <br />
反省ばかりの毎日です <br />
もう一度自分の書いた <br />
記事を読み返そうかと</p>

<p>改めまして運営十周年 <br />
お祝いを申し上げます <br />
アウトプットの場所を <br />
提供し続けていただき <br />
ありがとうございます <br />
これからものんびりと <br />
新しい記事を書こうと <br />
思ってますので今後も <br />
このエンジニアライフ <br />
よろしくお願いします</p>

<p>（以上、10周年にちなみ、10文字×10行×10段落 で記事を書かせていただきました）</p>
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>「天才はあきらめた」で学んだ、自信を貯金しておくということ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/2018/09/post_5.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2018:/azk//19.11784</id>

    <published>2018-09-05T00:00:00Z</published>
    <updated>2018-09-05T00:00:44Z</updated>

    <summary>山里亮太氏（南海キャンディーズ）著「天才はあきらめた」という文庫本を買って読みま...</summary>
    <author>
        <name>浅見 憲司</name>
        <uri>https://qiita.com/azk0305</uri>
    </author>
    
        <category term="ライフハック" />
    
        <category term="ワークスタイル" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/">
        <![CDATA[<p>山里亮太氏（南海キャンディーズ）著「天才はあきらめた」という文庫本を買って読みました。発売日に買っているので、今更という感じですが。</p>

<p>元々、僕はお笑いが好きな方ですし、彼の深夜ラジオ（不毛な議論）も好んで聴いていて、ネタメールの投稿もしているほどなので、発売を楽しみにしていました。本著はシンプルな「1人の芸人さんの半生記」かと思っていたら、割と人生のヒントになるようなことも多く書かれているので、ビジネス書だと言っても良いかもしれません。読むと彼が「努力の天才」だということが良くわかります（なおタイトルにある「天才」は、要するに「労せずに結果を出せる才能のある人」のことを指しているようです）。ただ、この本には、彼が若かりし頃にしていた過ちや闇の部分が包み隠さず書かれているので、素直に読んでいたら腹立ってくる場面もあるかと思います。それだけはご了承を...。</p>

<p>さて、本書は、彼がどのように劣等感をバネにして芸能界を駆け上がっていったかがわかるのですが、ここでは1つのトピックスにだけ的を絞っていきたいと思います。それが <strong>自信貯金</strong> です。簡単に言うと、ちょくちょく「俺スゲー！」と思うようにして、それを自信として貯めておく、というものです。</p>

<p>該当部分を引用させていただくと、</p>

<blockquote>
  <p>自分がおもしろい人間なんだと思い込ませていく作業をする。そういえば部活でも、皆がポジションを発表されているとき、僕に与えられたのはボイスリーダーというよくわからないポジションで、オリジナルの応援コールを作らされて、それが評判になって、ほかの学校の生徒がわざわざ観に来ていたなぁとか、バレずに悪口を言うために先生につけたあだ名が結構ウケたなぁとか。</p>

<p>それを思い出して、あたかも自分は笑いを目指すべくして目指していると思い込ませていった。(P.27)</p>
</blockquote>

他にも、

<blockquote>
  <p>例えば、壁のシミなどを見つめて、そのシミが何かの形に見えるかを考える脳のトレーニングがあると聞いてから、僕はトイレに入ったときは必ず壁のシミから何かを5個見つけるまで出ないというルールを課した。</p>

<p>たいして意味はないかもしれないけど、そうすると「俺、こんなときでもお笑いのためにやってる！俺って偉くない？」と、自画自賛で自信を貯金できた。（中略）自分の行動をしっかり目的に結び付けて、褒めてあげる。この小さな繰り返しは大きな自信になった。(P.28)</p>
</blockquote>

重要なのは、これは「貯金」です。貯めた自信を、ときに消費することが前提になっています。

<blockquote>
  <p>その貯金を、目標に向かう途中で、壁にぶつかるたびに使う。（中略）「天才」の存在に畏怖してお笑いに向いてないと思い知らされるとき。テレビでお笑いを腹を抱えて笑って見てるとき。自分には思いつかないようなことをしてる人たちをたくさん見るとき。期待されていないと感じたとき。お笑いのためにやった行動が全く笑いを生まなかったとき。</p>

<p>こういう「自分って駄目なんだなあ......」という無駄な悩み時間をスタートさせてしまいそうなとき、この貯金をちょっとずつ崩して自信を保っている。(P.29)</p>
</blockquote>

<p>この考え方は目からウロコでした。過去の記事を読んでいただければわかるとおり、僕も若い頃から自信をもてない人間だったわけです（それこそ今も）。ずっと「どうやって自信をつけるか」「自身を失ってネガティブな感情に陥りかけたらどうするか」的なことしか考えていなかった気がします。大事なのは、そこではないんだなと。</p>

<p>普段から小さなレベルでいいから「俺スゲー！」的な自信を貯めておく。1回大きな失敗をして「あーあ、結局、僕はできねぇ奴だわ」と悲観的になりだすと自信を失うけど、普段から自信を貯めておけば枯渇状態までにはならないから「いやいや、今回は失敗したけど今まではこんなことができてきたんだから、僕はできない奴ってほどではない」と考えることができる。</p>

<p>自信って「ある or ない」ではなく、量的に測れる「増えたり減ったりするもの」として捉えるという考え方は今まで持っていませんでした。今後の僕の仕事人生に役立てたいので、小さな自信を貯めていこうかなと思っています。</p>

<p>なお、この「天才はあきらめた」は文庫本なので、ハードカバーやソフトカバーの本よりは安価で買えますし、巻末には若林正恭氏（オードリー）による解説記事が掲載されていて、こちらも読み応えがあります。山里氏直筆のサイン付きの本を売っている書店もあるようなので、気になる方は、ぜひ。</p>

<p>以上、1人の不毛リスナーによる戯言でした。</p>
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>脱・脱ポンコツ宣言</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/2018/06/post_4.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2018:/azk//19.11657</id>

    <published>2018-06-21T12:00:00Z</published>
    <updated>2018-06-21T12:00:27Z</updated>

    <summary>前に書いた「社内インタビュー記事がネットで掲載される」的な話。Wantedlyで...</summary>
    <author>
        <name>浅見 憲司</name>
        <uri>https://qiita.com/azk0305</uri>
    </author>
    
        <category term="ワークスタイル" />
    
        <category term="人間関係" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/">
        <![CDATA[<p>前に書いた「社内インタビュー記事がネットで掲載される」的な話。Wantedlyで公開されたみたいです。</p>

<p><a href="https://www.wantedly.com/companies/kiramex/post_articles/123628">プログラミングが苦手だったからこそ、人に教えられる。教師を目指した僕がディレクターになった理由 KiRAMEX TALK｜浅見 憲司</a></p>

<p>詳細はリンク先で見てください。
ものすごく照れるので補足なし（告知だけ）とさせてもらいます。笑</p>

<hr />

<p>さて、以前を振り返る話は一旦お休みして、最近感じたことについて。</p>

<p>僕と一緒に仕事した、もしくはお会いしたことがある方なら、おわかりかと思います。</p>

<p>僕はポンコツです。笑</p>

<p>それだけならまだしも質が悪いのは、ポンコツなのに「自分はちゃんとしないといけない」と思い込んでいる点。いわゆる真面目系クズ。悪い意味での完璧主義。</p>

<p>だから「これくらいはできないと」と思うことをやってみても結局は上手くできず、自己嫌悪に陥り、解説や指摘をしてくれる人に対する気持ちが荒れて「あの人、態度悪い」みたいに感じ取られ、人間関係も悪化しかける。そのスパイラル。コラムを始めた頃から、そんな話ばかり書いていたような気が。</p>

<p>最近もありました。詳細は書けません、ごめんなさい。</p>

<p>昔は論理療法だ何だとコラムに書いていて、もちろん、そういったことを実践するのも大事ですが対処療法であって、根本的なところは変わらず。いつも同じことを繰り返しているな、と急に思ってしまいました。</p>

<p>色々と考えてみた結果、そもそも「ちゃんとしないと」と思うことが間違いなのかな、と。15点くらいしか取れない教科で突然90点以上を目指そうとしたって、取れるわけがなく。いくらまわりが90点以上の人たちばかりだからって「僕も当たり前のようにそれくらいできないと」と思ったところで、ていう。</p>

<p>できないものは仕方ない。純粋な気持ちで人に教えを請うようにして、まずは65点くらいの及第点を目標とすべきなのでは、と思うようになりました。ある程度の努力は必要でしょうけど、徐々に徐々にで良いんですよね。それなら自己嫌悪にもならないし、気持ちが荒れた結果としての人間関係の悪化もないし。</p>

<p>まわりがみんなできても自分はできないなら、できないことを「本当なら普通にできなきゃいけないこと」だと思わないこと。自分のポンコツさを受け入れて、ポンコツなりの努力をする。脱ポンコツの精神を脱したいと思っています。何十年と生きてきて染みついたことだから簡単ではないでしょうけど、少しずつ、そうなっていけたら良いなあと。</p>
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>介護が終わって思うこと</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/2018/06/post_3.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2018:/azk//19.11650</id>

    <published>2018-06-14T04:45:00Z</published>
    <updated>2018-06-14T05:00:01Z</updated>

    <summary>定期的な更新を再開するにあたり、仕事のことやITのことなど書きたいことがあります...</summary>
    <author>
        <name>浅見 憲司</name>
        <uri>https://qiita.com/azk0305</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/">
        <![CDATA[<p>定期的な更新を再開するにあたり、仕事のことやITのことなど書きたいことがありますが、当面の数記事は、ここ2年くらいの話をしていこうかなと。</p>

<p>まずは...いきなりデリケートな話で恐縮ですが...。</p>

<p>今から約2年半ほど前に、実父が亡くなりまして。心筋梗塞で。誰かが見ていたわけではないので医師や警察の見解ですが、冬の寒い夜に、大好きだったお風呂から出ようとして...だそうで。</p>

<p>転職したばかりの会社を介護を理由に辞めて個人事業主になって5年弱、という時期で突然に介護が終わりました。</p>

<p>といっても、実父の様子から察するに「いつ『そういうこと』が起きてもおかしくないかな」と思っていたので、日常的なことはホームヘルパーさんに任せつつも、最後の1年間は毎週月曜日に必ず実家へ帰っていました。父のそばにいつつ、余裕があれば父の横でノートPCを開いて請け負っていた仕事をしつつ。夜になったら帰宅して、と。</p>

<p>同じ県内とはいえ、自分の家の車を走らせても2時間ほどかかる場所。毎週の実家通いは辛かったです。正直、イライラが募って「なんでこんなに大変な思いをしないといけないのか。はやく○んでくれないかな」と思ってしまうこともありました。週1で通うのは自分で決めたことなのに。</p>

<p>ただ、父の晩年を、そうやって自分なりに頑張って寄り添ったので、介護状態になってからについては後悔は無いです。やりきったかなって。元気なうちに「もっといろいろとできたかな」とか「1人目の子供を見せられなかった」とか残念に思うことはありますが、言い出したらキリがないので。</p>

<p>親がお若い方もいらっしゃるかもしれませんが、就職してからの親って、いつ何があってもおかしくないと思います。失礼を承知で書きますが、軽いけがでも歩けなくなるかもしれませんし、僕の実父のように脳梗塞から一気に認知症が進む可能性もあります。今、仕事を頑張っている方々は、親のことで極力後悔が少なくなるようにしてほしいです。</p>

<p>正直、そんなことを言われてもピンと来ないという方のが多いかなという気もしています。親が元気なうちは、あまり親のことは考えず、仕事を頑張ったり自分の趣味を楽しんだりしがちですから。僕がそうでしたし。でも、人生において何が大事か、自分としての優先度をつけて、後々後悔しないようにした方が...と、親を亡くした身としては思うわけです。</p>
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>エンジニアから非常勤講師...そしてディレクターへ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/2018/06/post_2.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2018:/azk//19.11637</id>

    <published>2018-06-06T03:00:00Z</published>
    <updated>2018-06-06T03:00:25Z</updated>

    <summary>ご無沙汰しています。 最後にココで記事を投稿したのが1年半前だったようで...。...</summary>
    <author>
        <name>浅見 憲司</name>
        <uri>https://qiita.com/azk0305</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/">
        <![CDATA[<p>ご無沙汰しています。</p>

<p>最後にココで記事を投稿したのが1年半前だったようで...。思ったより経っていないような、そうでもないような。</p>

<p>この1年半、いや、最後に投稿した数記事が書評だったことを踏まえると2年半ほどですかね、色々ありました。プライベートだけでも、実父が他界し、子供ができ、二人目も産まれて。</p>

<p>仕事はというと、相変わらず個人事業主としてエンジニアの仕事をしていたところから、非常勤講師の仕事を増やしたものの「各学校ごとの授業準備や採点に追われた」ために開発のお仕事ができなくなったのが2017年。</p>

<p>そして今年。まだ個人事業主ですけど、実はオフィス勤務の仕事を再開しました。会社のトップの方から「社名を出してSNSやブログをやって良い。むしろ禁止する理由がわからない」と言われたので、どこに "joinした"（←これ言ってみたかった。笑）かと言うと <a href="https://www.kiramex.com/">キラメックス</a> さんという会社です。今の僕の仕事は「カリキュラムディレクター」なる役職名をいただいて、ここで運営している <a href="https://techacademy.jp/">TechAcademy</a> というオンラインプログラミング教育サービスの教材を新しく作ったり、既存の教材を改善したりしています。</p>

<p>エンジニアライフでアクティブに記事を投稿していた頃からプログラミング教育のことをああだこうだと書いていた僕ですが、遂に社員（現状は委託契約）として関わることになったわけです。</p>

<p>経緯は、まあ、色々あります。</p>

<ul>
<li>介護という事情がなくなり、考えてみればオフィスで働けるから個人事業主に拘る理由がなくなったこと</li>
<li>複数の学校へ非常勤講師に行くのがしんどくなったこと</li>
<li>教育には「講師」としてより「教材執筆」として関わった方が向いているなと思ったこと</li>
</ul>

<p>まだ他にも色々あるというかアレもコレも書きたいのですが、久々の投稿なので、まずは「お久しぶりです」的な投稿で今回は止めておきます。また次回ということで。プロフィールもアップデートしていきたいなと。もはや若手でもないので＾＾；</p>

<p>追記：時期は未定ですが <a href="https://www.wantedly.com/companies/kiramex">Wantedlyにあるキラメックスさんの会社情報ページ</a> に、僕の社内インタビュー記事が載るみたいです。照れる。それもあってエンジニアライフを再開したくなった、という事情もあります。なお今回、写真撮影は別撮りということでインタビュー中には行われていないので、ろくろは回していません（笑）。</p>
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>「内向的な人こそ強い人」を読んで「僕は内向的なままでいてもいいんだ！」と思った</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/2017/01/post_1.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2017:/azk//19.10888</id>

    <published>2017-01-30T00:00:00Z</published>
    <updated>2017-01-30T00:00:03Z</updated>

    <summary>おめでとう、おめでとう、おめでとう、ありがとう。 いつも本を買おうと本屋さんへ行...</summary>
    <author>
        <name>浅見 憲司</name>
        <uri>https://qiita.com/azk0305</uri>
    </author>
    
        <category term="人間関係" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/">
        <![CDATA[<p><del>おめでとう、おめでとう、おめでとう、ありがとう。</del></p>

<p>いつも本を買おうと本屋さんへ行くときは、既に買う本を決めて行くことが多いのに、珍しく店頭でタイトルを見ただけで惹かれて衝動買いした本が「<a href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/4105066315/ref=as_li_qf_sp_asin_il_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4105066315&amp;linkCode=as2&amp;tag=timeover-22">内向的な人こそ強い人</a>」。</p>

<p>僕の昔のエントリを観ていただければわかるとおり、僕も内向的というか、内気というか。それもあって、興味が生まれて購入しました。洋書の訳書なので、小さい字かつ広くない行間で350ページほどある大ボリュームでしたが、やっと読み終わりまして、感想記事を書こうかなと思った次第です。</p>

<h2>■そもそも著者が内向的</h2>

<p>著者のローリー・ヘルゴーさんは臨床心理の専門家で、なおかつ自分自身が子供の頃から内向的だったといいます。パーティーをする文化が盛んなアメリカにおいて、大家族の一員として産まれるのですが、みんなでワイワイしているよりも部屋の片隅に一人で静かにしているのを好むタイプで、外向的な人が多い自国の社会に苦痛を感じていたそうです。そんな作者が、心理学者の観点から、同じ内向的な人たちに向けて書いた文章が本書の内容になっています。</p>

<p>この本の良かった点として、内向的な人が外向的な社会の中でどのように振る舞うべきかというノウハウだけでなく、内向的な人たちに対して「内向的であることは悪いことではない！」という勇気づけをしている点が挙げられます。</p>

<h2>■内向的な人はマイノリティ？実は違う</h2>

<p>外向的な人が目立つ社会を観ていると、つい内向的な性格をもつ人は圧倒的に少数だと思いがちですが、実はそんなことはなく、調査によれば外向的な人と内向的な人の数は、ほぼ半々です。外向的な人が多く見える一因は、本当は内向的な性格なのに、外向的な社会に順応するために自分自身の心を疎外している人が多いからです。その「自己疎外」な内向的な人たちのことを本書では「社会順応タイプ」と呼び、その逆である、自分自身に忠実なために社会から疎外される「社会疎外」な人たちを「影の住人タイプ」と呼んでいます。僕自身も、社会順応タイプにならなければ、と思うところはありますが、なかなかうまく振る舞えなくて悩んでいたひとりです&#8230;&#8230;。</p>

<h2>■外向性が尊重される社会のせい</h2>

<p>では、なぜ、社会順応タイプが増えるのか。それは当然の話ですが、世の中の社会が「外向性が当たり前だ」という雰囲気を持っているからです。だから内向的な人たちは、人が集まるところへ行かないといけないと思う→仕方なく集まりに参加する→うまく振る舞えない→「来なければよかった」と思う。この繰り返しです。僕もそういうところがあります。「勉強会は、行って勉強して帰るだけじゃなくて、懇親会にまで出て人脈をつくることが大事だ」という風潮がある→懇親会にも参加する→上手に話をすることができない→結局、人脈は増えず、懇親会に参加したことを後悔する。といったように&#8230;&#8230;。</p>

<h2>■決して「人と付き合いたくない」と思っているわけではない</h2>

<p>内向的な人は、別に「できることなら人と付き合いたくない」と思っているのではありません。内向的な人たちだって豊かな人間関係を築きたいと思っています。それが上手にできない原因のひとつは志向性です。内向的な人と外向的な人の異なる点は、自分の意識が「外」へ向かうか「内」に向かうかの違いです。会話のペースなど、どうしても違いが生じます。そのせいで、内向的な人と外向的な人は、うまく付き合えないケースが多くあるのです。</p>

<h2>■テクニックよりも大事なこと「内向的な性格を大切にする！」</h2>

<p>そういった「うまく振る舞えないこと」をテクニックで補うことは可能といえば可能です。僕もエンジニアライフの過去のエントリで、<a href="http://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/2009/05/post-3454.html">経験から学んだ懇親会での振る舞い方</a>を書いたことがありました。また、勉強会初心者を対象にした勉強会を主催したこともありました（いずれ再開したいですが&#8230;&#8230;）。そんなことよりも大事なことを本書で学びました。</p>

<p>それは、<strong>内向的な性格のままでいいんだ</strong>ということ。</p>

<p>外向的な社会の中では外向的な性格でいなければならないと思うから、上手に振る舞えずに「あわあわ&#8230;&#8230;」となって、結果「出なきゃよかった」になるわけです。外向的な社会に自分を合わせるのではなく、外向的な社会にいながらも自分を大切にすることが大事なのだと思います。本書では、無理やり外向的な場でやり抜く方法（小手先のテクニック）ではなく、内向的な自分を大事にしながら「パーティーでどう過ごすか」「人と関わる仕事にどうやって携わるか」「外向的な人とどう付き合うか」等のノウハウが書かれています。具体的な内容は&#8221;本書を読んで下さい&#8221;ということにして、たとえば、パーティーの場であれば「周囲の人や場を傍観する」「一旦抜け出して散歩をしてくる」「ペットや子どもを見つける」「自分と同じ内向的な人を見つける」等です。「途中で帰る」「最初から&#8221;行かない&#8221;と言う」のだってアリで、これらには「無理やり外向的な人たちと会話しなければならないわけではない」という考えが入っています。</p>

<p>つまり<strong>自分らしくしていれば良い</strong>のです。</p>

<p>今までの僕は、これがわかっていなかったから、どのような会に出ても、場数を踏んでも、「出なきゃよかった」の後悔ばかりになってしまっていたのかもしれません。人と知り合うことに義務感を感じていたのが間違いで、もっと肩肘張らずに参加して「自分は自分」とマイペースでいれば良かったのです。その上で、人脈を広げるテクニックを身に着けていけば良かったのだと思っています。</p>

<h2>■日本の記述には少々の違和感が</h2>

<p>ただ、個人的に違和感があったところとして、本書では「内向的な人にやさしい社会」のひとつとして、ここ日本をあげています。日本の文化を大変よく調べあげていると感じる内容ではありますが、やはり「そこまで内向的にやさしいかな」と思うのが、日本で生まれ育った人間としては思うところで。日本の社会や学校だって外向性が重視されている上に、協調性も重視していて「出る杭は打たれる」文化は根強く残っている。つまり、日本文化の悪いところと欧米から入ってきた文化の悪いところがミックスされているのが今の日本というか。内向的な人ほど「ひきこもり」になるのは仕方ないかもしれないというか。（僕が自分で自分のことを内向的だと思うのは物心ついたときからで、僕が小学生だった頃の学校ですらも、学校での生活のしづらさは感じていたので、色々と思うところはありまして。）</p>

<h2>■もっと早くに読みたかった</h2>

<p>そんな僕だったので、もっと早くに「内向的でいていいんだ！」と背中を押されていたら、学校や社会に出てからの生活が全然違うものになったのかなと思いました。もっと早くに、この本に出会いたかったです。でも、もう学生時代の自分を憂えても仕方ないので、この先の仕事や人生に活かしたいと思います。僕と同じ、「自分は内気だから」という理由で悩む人たちに読んでほしいです。</p>
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>【書評】「マンガでやさしくわかるプログラミングの基本」はプログラミング学習の疑問に答えてくれる書籍</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/2016/11/post.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2016:/azk//19.10754</id>

    <published>2016-11-07T03:00:00Z</published>
    <updated>2016-11-07T03:00:03Z</updated>

    <summary>先日、編集部さんよりご紹介いただきまして、「5分間キャリア・コンサルティング」で...</summary>
    <author>
        <name>浅見 憲司</name>
        <uri>https://qiita.com/azk0305</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/">
        <![CDATA[<p>先日、編集部さんよりご紹介いただきまして、「<a href="http://el.jibun.atmarkit.co.jp/career/">5分間キャリア・コンサルティング</a>」でお馴染みの高橋さんの新著「マンガでやさしくわかるプログラミングの基本」を読ませていただきました。ぜひ感想を書きたいと思い、今回のエントリをアップした次第です。</p>

<p>なお、最初は、どこか別のコンテンツに掲載するものだと勘違いして感想を執筆したため、「ですます調ではない」など普段のエントリと違う部分が多々ある点、ご了承ください。</p>

<p>以下、書評です。</p>

<hr />

<h1>■ はじめに</h1>

<p>近年、プログラマではない人や子供たちの間でプログラミングが注目されている。小学校からプログラミングを必修にしようという動きもある。また、プログラミング初心者向けの書籍や言語が次々と発表されている。本書も初学者に向けたプログラミングの学習書で、これから会社でプログラミングに携わることになる社会人が主な対象である。プログラミングとはどういうものかという説明からはじまり、Excelで簡易的な電卓を作成することを最終的な目標としている。</p>

<h1>■ 本書の構成</h1>

<ul>
<li>序章：プログラミングとは</li>
<li>第1章：コンピュータができること</li>
<li>第2章：プログラミングの準備と基礎知識</li>
<li>第3章：プログラムの動きとつくる手順を考えよう</li>
<li>第4章：プログラミングをしよう</li>
<li>第5章：プログラミングとプログラマ</li>
</ul>

<h1>■ プログラミングは、わからない？</h1>

<p>小学校でのプログラミング必修化を反対する人がいる。私は必修化には賛成の立場であるが、立場によって考え方が十人十色、事情は簡単ではない。なぜ、プログラミングを学んでこなかった人たちはプログラミング必修化に反対なのか。根本にあるのは「プログラミングは、わからない」という理由だと思われる。確かにプログラミングは難しくて、わかりにくい。なぜ、プログラミングは、わからないのか。私も大学時代は「なんとなく面白そう」という理由でプログラミングに手を出しては挫折することを繰り返していた人間なので、その頃を思い返して考えてみた。</p>

<ol start='1'>
<li>プログラミング、ならびにパソコンを、なぜ学ぶ必要があるのかがわからない</li>
<li>どのようにして、プログラミングを学べば良いのかがわからない</li>
<li>プログラミングができることで、何に役立つのかがわからない</li>
</ol>

<p>本書では、この3つの「わからない」に答えを示している。</p>

<h2>1つ目：プログラミングやパソコンを学ぶ必要性</h2>

<p>そもそも本書は、社会人のプログラミング初学者に、プログラミングを身近なものであると感じてもらうため、マンガ仕立てになっている。更にストーリーも、プログラミング未経験の社員（主人公：野々原マイミ）が、社運を賭けたプロジェクトにプログラマとして抜擢されたことからスタートする。マイミは、彼女にしか見えない生き物「エニア」（このネーミング！）からコンピュータのことやプログラミングを学び、プログラマとして成長していく物語となっている。（プロジェクトが最終的にどうなるか、マイミが将来どのような道を歩むかは、本書を読んで確認してほしい。）</p>

<p>本書が仕事上のプロジェクトをテーマとしているとおり、コンピュータやプログラムは仕事と密接に結びついている。それがわからないままだと仕事に支障をきたす。仕事ができる人と思われるためにも、パソコンやプログラミングを使えることが大事だという。</p>

<p>個人的には「仕事で必要だから使えるようになる」だけでは足りないと思っている。能動的にコンピュータやプログラムを使うべきではないだろうか。本書では、プログラミングをしていく上で最初に「コンピュータでやりたいことは何か」を考えてほしいと説明している。そもそも何が作りたいのか（ゲームなのか、便利ソフトなのか、etc）、どのような環境で動作するプログラムか（Windows、Mac、スマホ、ブラウザ上、etc）、選択肢は沢山あり、それによって採用すべきプログラミング言語も変わってくる。「プログラミングは、とってもクリエイティブな自己表現」であると本書には書かれている。そのとおりだと思う。「やりたいことを実現する」ためにコンピュータやプログラミングを使って、はじめて「使える」と言えるだろう。</p>

<h2>2つ目：どのように学ぶか</h2>

<p>本書は、実際に電卓をつくる前に、プログラムの動かし方や動きの手順を考えるよう説明している。要するに「アルゴリズム」や「フローチャート」である。言語より先にアルゴリズムを学ぶ、という意見には私も賛成である。</p>

<p>先述のとおり、私は大学時代に何度もプログラミングに挫折してきた。しかし、アルゴリズム（フローチャート）を理解できたら、突然プログラミングができるようになった。日本語や英語のような話す言語で考えると、会話や作文をするためには「文法」と「表現力」が必要である。先に文法だけ学んでも「言いたいことをどのように表現するか」がわからないと会話も作文もできない。そのことと同様に、プログラミングでも、先にプログラミング言語を学んでも「つくりたいものや表現したいものをどのようにつくるか」がわからないために挫折を繰り返した。プログラミングにおけるアルゴリズムが「表現力」に該当する。いきなり学習書を購入してパソコンの前で格闘する前に、フローチャートをつくってアルゴリズムを学んでいくべきだと思う。</p>

<h2>3つ目：プログラミングが何に役立つのか</h2>

<p>本書では最後の第5章でキャリアプランを示している。業務システムや各種アプリケーション、家電などの組み込み機器にまでコンピュータがあふれている。そのことを考えてみれば「今の自分の職業を考えてみたところでプログラミングが必要にはならない」とはならないだろう。また、プログラマとして仕事をしていく人に向けたステップアップの道も紹介されている。第4章で電卓をつくったら、それで終わりではなく、第5章も非常に参考になる内容が書かれているので最後まで熟読してほしい。</p>

<h1>■ ぜひ何度も読み返して欲しい</h1>

<p>もっと言えば、何度も読み返してほしい。毎回、新鮮に情報を吸収できると思われる。たとえば、本書の最初の方でコンピュータの5大装置（入力、出力、記憶、演算、制御）の解説が書かれている。人によっては、1巡目では難しい内容であるかもしれない。しかし、プログラムのアルゴリズムというものを理解し、電卓を作成してみた後に再度この部分を読んでみると、5大装置の意味が良くわかるであろう。ぜひ、一回読みきったら終わりにせず、何度も読み返して、コンピュータとプログラミングのことを学んでほしい。そして、一プログラマとして、一人でも多くの人に「プログラミングがわかってきた！楽しい！」と思ってもらいたい。</p>
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>タブレットやスマホにパソコンが置き換わった未来のプログラマー教育</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/2015/07/post-b309.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2015:/azk//19.8234</id>

    <published>2015-07-14T04:00:00Z</published>
    <updated>2016-05-19T07:15:16Z</updated>

    <summary>　妄想が捗ってしまったので。 若者のパソコン離れ？ 　このようなデータがあるそう...</summary>
    <author>
        <name>浅見 憲司</name>
        <uri>https://qiita.com/azk0305</uri>
    </author>
    
        <category term="業界動向" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/">
        <![CDATA[<p>　妄想が捗ってしまったので。</p>

<h2>若者のパソコン離れ？</h2>

<p>　このようなデータがあるそうで。</p>

<p>　<a href="http://weekly.ascii.jp/elem/000/000/355/355575/">メディア接触時間が激減してるのはテレビじゃなく○○だ、という話：調査結果</a></p>

<p>　上記の記事によると、10代は、エンタメを楽しむ上でパソコンを使う時間が20代に比べると格段に少ない、とのこと。スマホで事足りていて、極力パソコンは使いたくないのではないか、というのが上記の記事の考察内容です。確かに、SNSもできて、音楽や動画も楽しめる上に、スマホの性能も最近のものは素晴らしいので、娯楽のためだけであればスマホで充分ではあります。</p>

<p>　そうなると、個人的に思うのは、娯楽のために一家に一台（もしくは一人一台）設置していたパソコンは、各人のスマホやタブレットに置き換わっていくのかもしれないなあ、と。</p>

<p>　職場だって、非IT企業の会社であれば、メールもOfficeもタブレット（＋クラウド）で利用できますので、パソコンである必要がなくなってタブレットに置き換わる可能性もあるのかなあ、なんて思っています。</p>

<h2>創造性に関する懸念も問題なし？</h2>

<p>　さらに、このような記事も読みまして。</p>

<p>　<a href="http://bylines.news.yahoo.co.jp/yamamotoichiro/20150713-00047483/">PCでなければ創造性は学べないのでしょうか</a></p>

<p>　最初の記事では、パソコンを操作しなくなると創造性を育めなくなる懸念をしていたのに対し、こちらの記事ではタブレットやスマホでも使い方によっては充分に創造性を育めることを筆者の家庭を例に挙げて書かれています。</p>

<p>　プログラミングという側面で考えてみれば、現状のタブレットやスマホの性能では実用的な言語でプログラミングをすることはできません。しかし、今までのタブレットやスマホの進化を念頭に置けば、今後さらに端末が進化することは必然で。たとえば、普通のPCのOSを搭載したタブレットがもっと出てくるとか。今現在でも、Surfaceが、そうですよね。さらに、噂レベルですが、iPadにOS Xが搭載されるモデルが発売されるかも、という話もありますし。</p>

<h2>パソコンを操作したことのない人が増えたら……</h2>

<p>　そこまで端末が進化する、しない、という話は置いておきます。しかし、家庭や職場における、パソコンからタブレット・スマホへの置き換わりが進む可能性は個人的には考えていて、「別にスマホやタブレットがあれば何でもできてしまう」「パソコンを持っているのは、もの好きかディープな専門職か」という時代がやってくるかもしれません（あくまで個人の妄想です）。</p>

<p>　時代がそうなれば、（どんどん妄想が捗っていってるのですが、）パソコンを操作したことがない人がプログラミングをしたい（プログラマーになりたい）と思う、という事例が出てくるわけです。「えっ、プログラミングって、タブレットではできないんですか！？」的な。となると、そういった人たちにプログラミングを教えるときは、パソコンの基礎から教えないとならなくなるかもしれなくて。それこそ、「マウスというのは……」とか「キーボードというのは……」とか「ここの電源ボタンを押してパソコンを起動してくださいね」とか。「いくらなんでも、それくらい知ってるだろ」と思いたくても、そういう思いの何段階も斜め上のレベルで何も知らない人がプログラミングを学習しようとするかもしれないわけで。</p>

<p>　注：「さすがに、パソコンをどこかで操作した経験もない人間がいきなりプログラミングやりたいって言ったところで適正なんてあるわけない」と思う方もいるかもしれませんが、ここでは、適正うんぬんについての議論は行ないません。あくまで、個人で妄想した未来を書いているだけなので。</p>

<h2>そのような未来で気をつけるべきこと</h2>

<p>　実際にそういう人たちが大学や専門学校、職場に入ってきたとして、どう教育するべきか。第一に、「これくらい知ってるだろ」というのを完全に排除してゼロベースで接するべきだとは思います。イライラして「なんでこんなこともわからないんだよ！！」と怒鳴ってしまったら、教える側も教わる側も不幸になりますので。加えて、そういう前提で教育カリキュラムを組むことなのかな、と。それこそ「パソコンの使い方」「Windowsの操作方法」みたいなところから教えるカリキュラムを作って、徐々にプログラミングへ持っていく、という流れで。</p>

<h2>プログラミング必修化への期待</h2>

<p>　まあでも、プログラミングが小学校だか中学校だかで必修化する、という流れもありますし、さすがに、家にスマホやタブレットしかないとしても高校卒業までにパソコンを学校ですら操作したことがない、ということは無いだろうなあと楽観的に考えています。もちろん、必修のプログラミングでは、どこまで行うかがわからないので、たとえばタブレットでScratchやるだけっていう話になるかもしれませんし、パソコンを使って結構ガッツリJavaなりRubyなりやるって話になるかもしれませんし。どうなるにしても、学校の情報教育は今後さらに拡充せざるを得ないはずなので、いくらなんでもな事態にはならないと楽観していますが、だからといって、みんなが不幸にならないように、心構えだけはしておくべきかもしれません。</p>
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>音ゲーマーとして「芽兎めう」の「社畜めう」現象について思ったことを書いてみる</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/2015/05/post-57f9.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2015:/azk//19.8233</id>

    <published>2015-05-19T03:00:00Z</published>
    <updated>2016-05-19T07:15:16Z</updated>

    <summary>にわか音ゲーマーと書こうかと思ったけど「嘘つけ」と言われそうなので止めておきまし...</summary>
    <author>
        <name>浅見 憲司</name>
        <uri>https://qiita.com/azk0305</uri>
    </author>
    
        <category term="業界動向" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/">
        <![CDATA[<p>にわか音ゲーマーと書こうかと思ったけど「嘘つけ」と言われそうなので止めておきました。</p>

<p><img src="https://pbs.twimg.com/media/B7wfzwwCIAAKuS8.png" width="300px" height="283px" /></p>

<p>（注：今回の記事は趣味に走っています。）</p>

<h2>■ 「社畜めう」現象</h2>

<p>なんか流行っているみたいですね、「社畜めう」っていうネタ。</p>

<p><a href="http://blog.livedoor.jp/manamerit/archives/65707334.html">社畜キャラ？芽兎めうちゃんネタツイートまとめ</a></p>

<p>僕も見ました。全く笑えないってほどではないものの、いくつかネタを見た段階で、ページをそっ閉じ。</p>

<p>いや、そうした理由はいくつかあるわけですが……、一番の理由は、元々の芽兎めうとキャラが全然違うから、ですね。</p>

<h2>■ 芽兎めうって何者か</h2>

<p>そのあたり、色々と思うところを書く前に、まず「芽兎めう」とは何者なのかについて触れておきたいと思います。</p>

<p>芽兎めうは、「ひなビタ♪」の登場キャラクターです。</p>

<h3>-「ひなビタ♪」とは何か</h3>

<p>てか、そもそも「ひなビタ♪」とは何か、という話ですが。</p>

<p>「ひなビタ♪」は、5人の女の子が主人公の物語です。アニメではなく、<a href="https://www.facebook.com/hinabitter">Facebookページ上で展開される小説</a>（本人たちが日記形式で投稿している、という形）です。田舎に住む主人公たちがガールズロックバンドを結成して、自分たちで寂れた（というか「ひなびた」）商店街を活性化させよう、というストーリーです。自分も地方出身者ですが、「地方の商店街の衰退」という面は非常にリアルに書かれていて、読んでいて面白い印象です。</p>

<p>なお、運営元はKONAMIの音楽ゲーム制作のプロダクトであるため、ストーリーが進む中で新曲が生まれると、その新曲がゲーセンで遊べるようになっています。その他、YouTubeにラジオを配信したり、iTunes上などで新曲を販売したり、と、クロスメディアをかなり意識しているのが特徴的です。そのため、人気も出て、もうかれこれ4年目に突入しています。</p>

<p>もう少し知りたい方は、<a href="http://www.konami.jp/mv/hinabita/">公式サイト</a>を、ぜひ。なお、ストーリーが展開されているFacebookページは上記のとおりですが、Facebookページで過去の投稿を追おうとすると非常に辛いので、<a href="http://hinahis.net/">非公式（かつ公式公認）のまとめサイト</a>にて「日付が古い順」でソートして読んでいくと良いと思います。</p>

<h3>- で、芽兎めうとは誰か</h3>

<p>その「ひなビタ♪」に出てくる5人の主人公の1人が<a href="http://www.konami.jp/mv/hinabita/character04.html">芽兎めう</a>（苗字も「めう」）です。主人公の5人は共に個性の強いキャラクターをしていて、好きな曲のジャンルも異なっていますが、特にこの子は<s>酷くて</s>印象的で、いわゆる「電波」な人です。商店街の中にある「はんこ屋さん」の娘さんという設定で、着ている服装には「はんこ」をあしらっていますが、上記のキャラ紹介のページをご覧いただければわかる通り、そういうファッションをするのが好きな子です。担当楽器はドラムで、実際の楽器よりも音ゲーに造詣が深く、全国トップクラスの音ゲーの腕前をもっているというのも印象的です。あと他に印象深い点としては、5人の中で唯一の中学生であり背も小さい、とか、とにかく話す言葉の語尾に「めう」とつけるところですね。</p>

<p>まあ、こういったキャラなので、当然、バンドの中で彼女がメインを張る曲は、すべて電波です。こんな感じで。（ライン撮りではないプレー動画なら……セーフですかね……＾＾；）</p>

<iframe width="280" height="157" src="https://www.youtube.com/embed/DRes44xd_Qg" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

<iframe width="280" height="157" src="https://www.youtube.com/embed/NsQJLgGOvgs" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

<h3>- だから「社畜めう」として消費される、けど……</h3>

<p>こういう風貌に電波好き。「めう」と語尾につけて話すキャラ。これだけ見れば、どう考えても天然キャラ。彼女をよく知らない人たちによって「社畜めう」というネタコンテンツが出来上がっても当然かも、と。（なお、ネットの奥深いところには「芽兎めうに焼きごてを当てる」的なのもあるようですが、さすがにそれは読んでもいないです。）</p>

<p>ネタを作った人たちは、恐らく気軽に投稿したのだと思います。ただ、初期のストーリーから今までの内容を知っている人からしたら、ものすごく違和感がありまして。あの子は天然ではなくて、真面目に電波やってる子です。幼少の頃は人見知りで騒ぐ子ではなかった、とか、最年少というポジションから他のバンドメンバーの人の状況を良く見ている、といった記述がFacebookページの文章には出てきます。あと、2番目の動画で貼りました、ちくわパフェの曲。これを芽兎めう（の担当の声優さん）が歌っていますが、フルバージョンの曲の歌詞を聴くと、あのモンスターな食べ物に対して芽兎めうは実は懐疑派であることがわかります。</p>

<p>つまり、深く「ひなビタ♪」に触れてきた人からしたら、芽兎めうは実は常識人であることを知っている<s>（逆に「ひなビタ♪」の5人の主人公の中で、まともに見える3人がド天然だったりします）</s>ので、あれを読むと違和感がありすぎるんですよね。</p>

<h2>■ 本質を知られぬままネットで拡散・浸透されていく恐怖</h2>

<p>最初に「社畜めう」ネタを考えだした人が「ひなビタ♪」のことを良く知っていて芽兎めうをネタにしたのか否かはわかりませんが、少なくとも芽兎めうの本当のキャラクターまでは伝わらず、ただ単に「あの見た目で、語尾に「めう」と言って話す、小さい女の子」というキャラクターだけが「社畜めう」と共にネットで拡散、浸透していったのだと思います。これは、ネットの性質上、仕方ないことだとは思います。今回のこの現象は、「ひなビタ♪」の制作プロデューサーであるTOMOSUKE氏もtwitterで触れていました。</p>

<script async src="//platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script>

<blockquote class="twitter-tweet" lang="ja"><p lang="ja" dir="ltr">本来の設定が削げ落ち「めう」という二文字だけ残った情報の残骸、いわば形骸化したミーム然としたものがネット特有のヒットライダー現象で拡がり変異と成長を繰り返しているのをみていると</p>&mdash; TOMOSUKE (@_TOMOSUKE_) <a href="https://twitter.com/_TOMOSUKE_/status/598378823269232640">2015, 5月 13</a></blockquote>

<blockquote class="twitter-tweet" lang="ja"><p lang="ja" dir="ltr">まるでこのたった4バイトの文字情報が極めて強い生存意識をネットワーク上で持っていて、宿主の認知心理を利用して利己的遺伝子のように振る舞っているかのようにも思えたりするから、言葉の力って凄いと思ったり。</p>&mdash; TOMOSUKE (@_TOMOSUKE_) <a href="https://twitter.com/_TOMOSUKE_/status/598379061899997184">2015, 5月 13</a></blockquote>

<p>すごく難しい言葉を並べていらっしゃいますが、要するに「ネットすごい」ってことだと思います。<s>少し違いますか。そうですか。</s></p>

<p>こういった現象は、他にもあるわけで、たとえば「中二病」という言葉もそうです。元々は伊集院光氏が生み出した言葉で「中二くらいの子が背伸びして大人なことを言いたくなる状態」を意味していたのに、ネット上で拡散・浸透されていくうちに、現在では「非現実的で壮大な世界観をもった設定や人を揶揄する言葉」になってしまったわけです。</p>

<h2>■ このような拡散は仕方ない。けど、それで良いとも思えない……</h2>

<p>伊集院氏本人は、変化した後の中二病の言葉には興味をもっていないようですが、中二病の言葉が嫌いな人たちが「言葉を生み出した当人」として伊集院氏を叩くこともあるようです。お門違いなのに。</p>

<p>これらの「芽兎めう」や「中二病」のように、元々の本質とは違ったものとしてネットで拡散・浸透していくのは、ネットの性質を考えたら仕方ないといえば仕方ないです。ただ、本当にそれで良いのかっていうのには疑問が残ります。</p>

<p>「意味が変わってても言葉を生み出したのはお前なんだから責任をもてよ」と理不尽なことを言われ、伊集院氏はどう思うか。みんなに楽しんでもらおうと生み出して育ててきた芽兎めうのキャラクターとは全く違うキャラクターとして「社畜な芽兎めう」が広まっていることに対して、TOMOSUKE氏はじめ制作スタッフ、芽兎めうに声をあてている声優さん、純粋なひなビタ♪のファンはどう思うか。</p>

<p>それを考えろと言ったところで「社畜めう」を楽しみ、かつ広めているのは、芽兎めうの本質を知らない人たちなので、言っても伝わらないだろうな、とは思います。（上記のTOMOSUKE氏のツイートも、オブラートに包みすぎてわかりにくいですが、否定はしないけど容認もしていないように感じます。）</p>

<p>ただ、それでも、この流行に違和感は残ります。流行している物事の本質が何か、というのを知ろうとすることは大事なのではないでしょうか。パクツイ問題でいうところの「本当の出元（作者）は誰か」と同じです。「なぜ流行っているのか」「そもそも、めうって、誰が生み出したキャラで、こういう性格なのか」という本質を調べてほしいな、というのが自分の中にあります。</p>

<p style="text-align: center;">☆★☆</p>

<p>まあ、長くなりましたが、結論としては、（「ひなビタ♪」ファンの一人として）「ぜひFacebookページを読んでください。興味をもちましたら、曲もぜひ聴いてください」ってことです（笑）。M・O・K・S。</p>
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>最近の自分は多趣味で生活が楽しい</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/2014/08/post-adcd.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2014:/azk//19.8232</id>

    <published>2014-08-17T01:00:00Z</published>
    <updated>2016-05-19T07:15:16Z</updated>

    <summary>　楽しいです、最近。今年に入り、急に多趣味になりまして、色々と遊んでいます。たと...</summary>
    <author>
        <name>浅見 憲司</name>
        <uri>https://qiita.com/azk0305</uri>
    </author>
    
        <category term="ライフハック" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/">
        <![CDATA[<p>　楽しいです、最近。今年に入り、急に多趣味になりまして、色々と遊んでいます。たとえば、レトロゲーム。実家に、なぜかファミコンの本体のみが保管されていたのを見まして。ソフトはすべて捨てているのに。もう使っていないブラウン管のアナログテレビもありました。それらを持ち帰り、ハードオフで接続ケーブルやソフトを購入し、接続したらゲームが起動したので、それ以来あれこれ遊んでいます。懐かしいです。</p>

<p>　園児の頃の、ファミコンを買ってもらったときのことを思い出します。初代スーパーマリオで遊んだら懐かしくて懐かしくて。明るい色。操作性。システム。すべてが好きです。（ただ、ファミコンのマリオは3の方が好きですが。色々な姿に変身できるのが好きで。）</p>

<p>　はまりやすい性格というのもあります。ちょっとしたきっかけで。ベランダでのガーデニングも、そうです。もともと興味があって何気なくはじめてみたものの、何を育てても枯らしてしまい、「向いていないなあ」と。プランターに忘れな草を種から育てようとした時もそうで、せっかく種から若葉が現れても、そのほとんどが枯れてしまいまして。</p>

<p>　自信を失い、諦めて「もういいや」と放り投げてしまったら、数カ月後、残っていたものから花が咲きました。どうやら今まで、どの植物でも水をやりすぎて「根腐れ」させてしまっていたようです。水の加減がわかってからは、草花を上手く育てられるようになり、徐々にはまっていきました。</p>

<p>　分けて水をあげる（朝と夕方）とか、水をあげる頻度は植物によって大きく異なることとか、色々と勉強になりました。また、草花を買った時についてきた説明書や、育て方のサイトのとおりに行なっても上手くいかないこともありまして、恐らく、住む地域や環境、家のどこに草花を置いているかによって気候や乾燥の度合いが異なるのが一因かなと。「こう書かれていたから」ではなく、その地域や環境に合った育て方でないと上手く育たないこともわかりました。</p>

<p>　ノってきてしまいます。出来るようになると。先述のとおり、ファミコンは「動いた」から楽しくなり、ガーデニングも「水のあげ方がわかった」から楽しくなり。もちろん、本業のプログラミングでも、最近は新しいことを学ぶのが楽しくて、TypeScriptやAngularJS、統計のR言語を学び始めました。理解できてくると楽しくなり、いい機会なのでと、ここまで学んだ内容をQiitaで書いて公開してみると、多くの方に読んでもらえて。そういうのが余計に楽しくなります。本業も充実しはじめた気がします。</p>

<p>　心理的にも良い影響がありました。趣味を楽しんでいるときは、あまりネガティブなことを考えていない気がしています。人間なので、どうしても不安や心配事を抱えていますが、趣味に没頭しているときは、そういった心配事は考えておらず、目の前のことを楽しんでいます。特に何もしていないときは不安の思考が湧きやすい性根なものですから、良い傾向かなと。楽しんでいるときは「そんなことを考えている暇がない」といった言い方のが正しいかもしれません。多趣味は楽しいです。</p>

<p>　にしても、多趣味であることは本当に良いことなのか、というのは気になっています。多趣味よりも、ひとつの趣味を深く行う方が良いのではないか、と。ヤフー知恵袋でも「<a href="http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1336504513">多趣味は長所ですか？</a>」という質問と答えが書いてあるのを読みました。「何事にもチャレンジ精神で野心のある人」にも見えるし、「飽きっぽい性格」にも見える、とのこと。趣味を中途半端にやっていると「飽きっぽい性格」と思われるようで。とはいえ、何をもって、というか、どういったレベルが中途半端なのか。ぐるぐると考えてしまいました。</p>

<p>　あー、もういいや、楽しければそれでいいや。という結論になりました＾＾；　究極の趣味人ともいえる所ジョージ氏も「<a href="http://gqjapan.jp/life/news/20131218/setagaya-base">楽しいことを楽しいからやる</a>」といったことを言っていますし。</p>

<p>　ルールやマナーを守り、本質を理解した上で、多趣味を楽しめば良いのだと思います。また、趣味に効率を求めすぎると、かえって疲れてしまいますし飽きが来る可能性もあるので、時にはのんびり、ゆっくりと趣味を楽しむことも大事かもしれません。これからも、色々なことを楽しく行えたら良いな、と思っています。（以下、追記。最近、Ingressをレジスタンス（青）で始めました。<span style="text-decoration: line-through">iPhoneだとPortalの申請が出来ないので、最新のAndroid携帯が欲しくなりました（笑）。リアルアイテム課金が怖い。</span>）</p>
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>うう脳エンジニアの仕事術</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/2014/07/post-d4e1.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2014:/azk//19.8231</id>

    <published>2014-07-27T02:00:00Z</published>
    <updated>2016-05-19T07:15:16Z</updated>

    <summary>　※以下、よくあるWeb上の診断サービスの結果に対して真面目に考察した文章となっ...</summary>
    <author>
        <name>浅見 憲司</name>
        <uri>https://qiita.com/azk0305</uri>
    </author>
    
        <category term="ワークスタイル" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/">
        <![CDATA[<p>　<em>※以下、よくあるWeb上の診断サービスの結果に対して真面目に考察した文章となっています。「こういった診断サービスなんてお遊びだし、何が面白いんだ」などのように否定的に観ている方は、今回の文章を読むとイライラしてしまうかもしれません。その点を承知いただいた上で、以下をお読みいただけると幸いです。</em></p>

<h3>■ うさうさ脳診断</h3>

<p>　ちょっと前にtwitterで流行った、うさうさ脳の診断。</p>

<p>　<a href="http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4715468.html">自分の脳が右脳派なのか左脳派なのかが分かる一枚の画像が凄いと話題に（哲学ニュースnwk）</a></p>

<p>　指の組み方と腕の組み方で、情報のとらえ方と処理の仕方に関して右脳左脳のどちらが優位であるかがわかる、こちらの診断。僕がやってみた結果、「うう脳」であることがわかりました。</p>

<p>　情報を直感的にとらえ、感覚的に処理する「うう脳」。</p>

<p>　あれ……。</p>

<p>　エンジニアであれば、情報を論理的にとらえ、論理的に処理する「ささ脳」の方が良いはず。なのに、僕は対極の「うう脳」。</p>

<p>　<strong>僕、エンジニアに向いてない？（苦笑）</strong></p>

<p>　向いてない職業で10年もやってきたのか、自分。そんな……。うう……（泣）。<span style="text-decoration:line-through;">うう脳なだけに、うう……（泣）。</span></p>

<p>　い、いや、そうはいっても、10年エンジニアやプログラマーをやってこれたわけで。向いてないっていうことはないはず。じゃあ、僕は、今までどうやって仕事をこなしてきたのだろうか。そのあたりを考えてみると「うう脳」エンジニアの仕事の仕方がわかるのではないか、というテーマで今回の記事を書くことにしました。</p>

<h3>■ 左脳と右脳</h3>

<p>　まず、左脳は論理的で、右脳は直感・感覚的というのは有名な話ではありますが、改めて比較してみます。</p>

<p>　<strong>左脳</strong></p>

<ul>
<li>計画的</li>
<li>理性的</li>
<li>論理的</li>
<li>正確さを重視</li>
<li>現実的なものを好む</li>
<li>クラシカルな音楽を好む</li>
<li>犬が好き</li>
</ul>
　**右脳**

<ul>
<li>衝動的</li>
<li>感情的</li>
<li>創造的、芸術的</li>
<li>直感を重視</li>
<li>不思議なものを好む</li>
<li>最新の音楽を好む</li>
<li>猫が好き</li>
</ul>
　※参考：[Are You Left or Right Brain?](http://www.onlinecollege.org/left-or-right-brain/)

　僕自身、自覚している性格や長所・短所として当たっていると感じる項目と疑問に思う項目が混在しています。まあでも概ね当たっている感じでした。続いて、同じ参考ページに記載されている「学習スタイル（学習の指針）」についても以下にまとめてみます。

　**左脳優位の学習スタイル**

<ul>
<li>道筋から知る</li>
<li>順序どおりに学ぶ</li>
<li>事実を知ることを中心とした学習</li>
<li>文字や言葉、数式で論理的に学ぶ</li>
</ul>
　**右脳優位の学習スタイル**

<ul>
<li>全体像から知る</li>
<li>部分ごとをランダムに学ぶ</li>
<li>考察することから始める学習</li>
<li>実物を五感で感じて感覚から学ぶ</li>
</ul>
　**左脳優位の学習指針**

<ul>
<li>自分が学習を引っ張るような姿勢を取る</li>
<li>学んだ知識を自分でカテゴライズする</li>
<li>トレーナーと頻繁に議論することは避ける</li>
<li>自由テーマのレポートよりも答えが決まっている課題レポートに取り組む</li>
<li>独学の学習を行う</li>
<li>「自由に考えてみましょう」と言ってくるトレーナーは避ける</li>
</ul>
　**右脳優位の学習指針**

<ul>
<li>ゴールを目指す学習をする</li>
<li>学んだ知識をきれいに文章にまとめる</li>
<li>学習内容の記録をとる。そして、今なにを学習しているかを常に意識する</li>
<li>考えられる限りの答えを考え出そうとして立ち止まることは避ける</li>
<li>より深い考察を行う</li>
<li>たくさんのことを教えるトレーナーは避ける</li>
</ul>
　こういった比較記事を観ていると、確かに自分は右脳優位だと感じてしまいました。どういうところが、自分自身が右脳優位っぽいかというと、

<ul>
<li>写実的な絵画よりも抽象絵画が好き。あと、シュルレアリスムのような絵画も好き。</li>
<li>IQクイズが大好き。割と正解できる。</li>
<li>本を読むときは、書いてある内容を頭の中でイメージしながら読み進める。</li>
<li>歴史の資料集を見たり歴史資料館を訪れたりして、実際に使われていた道具や、その時代の絵画・写真などを見て、その時代のオーラみたいなものを感じ取って妄想するのが大好き。</li>
<li>面白いことを考えるのが大好き。エンジニアなのにコードよりもアイデアを褒められた方が嬉しい（以前お世話になった先輩が「アイデアマンだね」と仰ってくれたことがありまして）。</li>
<li>急に別々の一部分だけを見せられても全然わからない。先に全体像を見ないと、その一部分が理解できない。</li>
<li>言葉を「なんとなくな感じ」で覚えてしまい、言葉の使い方や言葉そのものを誤用し、恥をかく（例：子どもの頃、「油断も隙もない」を「油断も隙間もない」だと思っていた）。</li>
</ul>
　などなど。これ以上なにか書くと自分の短所や秘密の暴露ばかりとなり、マイナスにしかならない気がするので止めておきます。こうして列挙してみると、やはり僕は感覚的な人間だなと、改めて思う次第です（苦笑）。

<h3>■ うう脳エンジニアの仕事術</h3>

　では、右脳優位の人、つまり論理的思考力より直感や感覚の力に優れた人がエンジニアやプログラマーのような論理的思考力の必要な仕事をしていくためには、どうしていくべきでしょうか。偶然にも、参考になる記事として、10年ほど前に書かれたWeb上の記事がありましたので、こちらをご紹介します。

　[右脳と左脳の連携（Life is beautiful）](http://satoshi.blogs.com/life/2005/05/post_7.html)

　この記事によると、右脳優位の人は「パターン・マッチング」によって答え（らしきもの）を導いているのではないか、という考察です。これには、自分自身、納得してしまいました。

　というのも、たとえば先述のようにIQクイズが好きで割と正解することもできるのですが、自分がどう考えているかを思い返すと、問題の傾向を考えているような気がします。こういうパターンがあったなあ、と。法則を考えて解き明かすよりも、クイズの問題になりそうな法則を探る、といいますか。なので、割と簡単なレベルの問題だと言われていても、見たことのないパターンだと正解にたどり着けず、家族の方が先に「わかった！」となることがあります。また、学校時代、数学が得意でしたが、こちらも、どうやって考えていくかよりも教科書の例題や問題集で解法パターンを覚えて、「この出題パターンは、こう解く」という感じで問題を解いていたような気がします。

　それらを思い返したので、個人的には、右脳優位な人の考え方は「パターン・マッチング」だという説は非常に納得のいく説だと思っています。では、「パターン・マッチング」を活かして仕事をしていくにはどうすべきかを考えてみると、思い浮かぶのは、**知識や経験を記憶にインプットし続けること**かなと。書籍で学習したり、環境的に可能であれば様々な経験を積んだりして記憶の片隅に情報をインプットし続ける。そうすれば、何らかの問題に対峙した際に、以前に得た知識や経験の記憶をパターン・マッチングで引っ張りだして、答え（らしきもの）を導けるのではないでしょうか。

　もちろん、右脳優位とはいえエンジニアを長くやってきたのであれば論理的思考力が全くないわけではないはずなので、その出した答え（らしきもの）が間違っていないかどうかを論理的思考力を使って検証する必要はあるでしょう。それに、時代にそぐわない答えを出してしまわないよう、学習をやめてしまうことは避け、常に新しい知識をインプットし続ける姿勢も必要だと思います。大変ですが、自分の武器になるはずです。

<h3>■ 答えが出せないときの対処</h3>

　とはいえ、人間、覚えられる量には限界がありますし、いつどういった機会を得られるかは運によるところがあるので、未知の問題に出会ってしまいパターン・マッチングを行っても答えが出ない場合があります。パターン・マッチングで答えが出せれば即答できるのに、それで答えが出せなければ、いつまでも考えこんでしまう。僕自身、昔から「アドリブが苦手」という短所を自覚していまして、まさにそこに原因があったのかなと今は思っています。

　では、即答できない問題に対峙したとき、どのように振る舞えばよいか。その戦略のひとつとして、**自分なりの対応策を考えておく**というのがあると思います。たとえば、

<ul>
<li>自分よりも詳しそうな人にアドバイスを求めたり、作業を依頼して助けてもらったりする</li>
<li>「検討します」と相手に伝え、考える時間をもらう</li>
</ul>

<p>　といったやり方があります。ある意味「例外処理」と呼んで良いのではないでしょうか（&copy; 妻）。自分なりの例外処理を定義しておいて、即答できないときは、その例外処理を呼び出せば良いのだと思います。</p>

<p style="text-align: center;">☆★☆</p>

<p>　「うう脳でもエンジニアをやっていけるか？」に対して「やっていける。うう脳の僕が10年ほどやってきたから」という答え方でも済んだかもしれませんが、その答え方が既に「うう脳」っぽいので、もう少し左脳を働かせて考察してみました。右脳左脳がどうたらこうたら、とか、脳科学とか、そういうのを信じていないとしても、自分の脳の癖を理解し、それを基にして「欠点をどうカバーするか」「今の仕事でどうやっていくか」という戦略を立てて仕事をしていった方が仕事の成果も出やすくなると思います。もうすぐ、お盆の季節ですから、夏季休暇を取れるようでしたら、ぜひ一度ご自身を見直す機会を設けると、今後に有意義な機会となるのではないでしょうか。</p>
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>やる気のある者は去れ！</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/2014/04/post-1127.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2014:/azk//19.8230</id>

    <published>2014-04-04T15:15:00Z</published>
    <updated>2016-05-19T07:15:16Z</updated>

    <summary>　2014年3月31日に「笑っていいとも！」が終了してから、当記事の執筆時点で5...</summary>
    <author>
        <name>浅見 憲司</name>
        <uri>https://qiita.com/azk0305</uri>
    </author>
    
        <category term="ワークスタイル" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/">
        <![CDATA[<p>　2014年3月31日に「笑っていいとも！」が終了してから、当記事の執筆時点で5日ほど経ち、未だ深刻なタモロス状態に陥っています（苦笑）。在宅で仕事する日は毎日お昼にウキウキWatchingしていました。それ以前に、小さい頃からお笑い番組が大好きだった僕は、体調不良で学校を休んだ日のお昼や日曜（増刊号）は欠かさず観ていました。番組の終了に対して自分自身、色々と思うところがあり文章にしたいものの、「エンジニアライフ」という場の主旨から外れるので別の機会に譲ることにします。</p>
<p>　さて、2013年の10月に番組内で終了宣言がされて以来、タモリというタレントの一大ブームが起こっているようで、様々な方によって書かれたタモリ本が多数、書店で並んでいます。森田一義という人間の半生を追っていたり、過去の発言を「名言」として紹介していたり。名言に関しては、本人に「名言を言いたい癖」があるようで（「めちゃイケ」の特番で本人が言っていました）、数多くの名言を残しています。中でも有名な言葉のひとつに、</p>
<p align="center"><span style="font-size: large;"><strong>「やる気のある者は去れ！」</strong></span></p>
<p>　というものがあります。彼のキャラクター（性格）を顕著に表現した言葉のように見え、その実は、「【面白いこと】は、物事の周辺にあるのに、やる気のある人は物事の中心しか観ていない。ただただ暑苦しい。」というものです。この言葉に、予備校講師の林修氏も同意していて、「先生の中にも、『私は教えることが天職です』と言っている先生に限って授業が酷い。生徒の反応を観ない。授業が暑苦しい」と発言しています（<a href="http://www007.upp.so-net.ne.jp/iitomo/2014/20140210.htm" target="_blank">2014年2月10日の「笑っていいとも！」にて</a>）。</p>
<p>　タモリ氏は芸人なので「面白いこと」と言っていますが、この「面白いこと」という言葉を一般化して言うと「物事の本質（本当に大事なこと）」なのだと思います。「物事の本質は、その物事の周囲にある。なのに、やる気のある人は中心しか観ていない。」といったように。</p>
<p>　そう考えると、思い返すことがあります。仕事に没頭しやすい僕は、今までも、周りが見えなくなっていたことによるミスがよくありました。</p>
<ul>
<li>時間が無いからと大急ぎでコーディングを行った結果、新たな不具合を作りこむ</li>
<li>先方の要望として言われた言葉のとおりに作成した結果、より悪い方向へ進んでしまう</li>
<li>自分の判断によるものを、いつの間にか「相手もそれで同意している」と勘違いして進めた結果、トラブルになる</li>
</ul>
<p>　などなど。（本来は一流のエンジニアとして仕事をするなら、このようなトラブルは起こすべきではないのですが、僕自身まだまだな人間で、お恥ずかしい限りです。）</p>
<p>　「やる気のある者は去れ！」の本当の意味を聞いて以来、「自分の犯してきたミスは、没頭しすぎて視野が狭くなっていたことによるものが多い」ということに気づきました。もっと余裕をもちながら仕事をすることで視野を広く持てば、「本当にそれが正しいのか」と常に改善のための疑問視をしつつ仕事することができ、ミスも減り、より良いものが作れるようになるのではないかと。</p>
<p>　技術やツールを学び続けることも大事ですが、こういったワークスタイルやマインドの面の改善も、職業人として成長していく上で重要である、と感じています。この言葉を、自分の座右の銘にしたいです。</p>
<p align="center">☆★☆</p>
<p>　「やる気のある者は去れ！」以外にも沢山の「タモリ名言」があります。最近も、このようなネット記事がありました。</p>
<p>　新生活を迎えるあなたへ。心に響く珠玉のタモリ名言集<br />　<a href="http://www.switch-info.com/?p=3286" target="_blank">http://www.switch-info.com/?p=3286</a></p>
<p>　何かに気づかされる名言もあるかと思います。ご興味ある方は、ぜひ、まとめ記事や解説記事、書籍を読んでみることをおすすめします。子どもの頃からのタモリファンの一人として（笑）。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>エンジニアも「教育に関心がある」と言い出したらエンジニアとしてアガっているか</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/2013/09/post-8d19.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2013:/azk//19.8229</id>

    <published>2013-09-20T11:00:00Z</published>
    <updated>2016-05-19T07:15:16Z</updated>

    <summary>　つい先日、話題になった、こちらの記事。 人気ブロガーちきりんさん「教育に関心が...</summary>
    <author>
        <name>浅見 憲司</name>
        <uri>https://qiita.com/azk0305</uri>
    </author>
    
        <category term="キャリア" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/">
        <![CDATA[<p>　つい先日、話題になった、こちらの記事。</p>
<p>人気ブロガーちきりんさん「教育に関心があると言い出したらその人はアガってる」<br /><a target="_blank" title="http://kabumatome.doorblog.jp/archives/65763976.html" href="http://kabumatome.doorblog.jp/archives/65763976.html">http://kabumatome.doorblog.jp/archives/65763976.html</a></p>
<p>　小さい頃から教師を目指し、IT業界に入ってからも新人研修を担当するなどしていた自分ですが、「教育に関心があると言い出したらその人はアガってる」という意見は、同意です。</p>
<p>　ただ、数年前までの自分だったら、反対意見だったと思います。</p>
<p>　というのも、まだ若い頃の僕自身が教師を目指したりITでも講師をしたりしていたのは、単に教えることが好きだという「教え魔」なところがあったからです。性格的な面に依るところが大きかったです。もちろん、相手がどうあれ教えられる機会があればそれで良いというわけではなく、良い講習にするために自分で企画・計画を立てていましたし教材・資料も作っていました。準備段階から含め、先生として活躍できることが好きでした。</p>
<p>　現在、個人事業主として講師の仕事を委託して行っていますが、自分の中で、教える仕事を受ける上でのマインドが変わってきたように感じています。</p>
<p><strong><span style="font-size: large;">■エンジニアとしてアガっている</span></strong></p>
<p>　そのひとつが、主題である「自分自身がエンジニアとしてアガっている（自分自身の可能性に見切りをつけた）」ように感じているから、というものです。まだ30代前半で、昔から定年説を言われている35歳よりも数年も前ですが。<span style="text-decoration: line-through;"><span style="font-size: xx-small;">ステテコやサンダルで外出したり飲食店のおしぼりで顔を拭いたりするなどの「おっさん化」は進んでいますが。</span></span></p>
<p>　個人事業主として色々な仕事を受けて色々な経験をしたこと、ならびに、社会人時代よりも外に出るようになり沢山の凄い方々にお会いしたから、そう考えるようになったのかもしれません。</p>
<p>　最近では子供向けプログラミングの分野が盛況で、僕も関心があるので関連したセミナーに参加したのですが、中高生でも「アプリDL一位」のアプリの作成者がいたり、シリコンバレーに行ったことがあるという人がいるわけです。場合によっては小学生でも将来が楽しみな子が多いわけです。</p>
<p>　そういった方々を観つつ、これからの日本のIT業界のことを考えると、「自分がイノベーションを起こすサービスを作る」とか「エンジニア（の集団のひとり）としてサービスの構築に関わる」よりも「プログラミングスキルに適性がある人をいかに発掘する（原石を磨く）か」という方面に強い関心が沸いてくるのです。僕の場合。</p>
<p>　自分が無能だとか無能になったとか思っているのではなく、自分の技術力を、ITに適性があるのに燻っている方々を軌道に乗せるために使いたいのです。（ここ最近、そのように感じているのですが、もしかしたら「勉強会初心者のための勉強会」をやりたいと言っていた時点で、もう既にアガっていると感じていたかもしれまん。まあ、深層心理はよくわかりませんが＾＾；）</p>
<p><strong><span style="font-size: large;">■「教え魔」から「支援者」へ</span></strong></p>
<p>　もうひとつ。以前までは「教え魔」だったのが、今では「支援したい」から講師の仕事をしている、という点も変わりました。具体的には、ここまで書いてきたとおりです。教えたいからではなくて、育てたいから教育の仕事をするようになりました。自分のことを振り返ってみると、これは大きな変化であるように思っています。</p>
<p>　この心境の変化は、教育の世界にも起こっている変化が一因です。初学に最適なツールやオンライン上の学習サイトが増えた現在、ただただ教えるだけの人というのは淘汰されるのではないかと思っています。独学でスキルを伸ばせるところまで持っていくことと、独学できる人に対するメンター的な支援をできる講師が今後のニーズになるのではないかと思います。「知識の伝達」よりも「能動的な学習の支援」です。</p>
<p>　恐らく、上記のサイトで批判していることのひとつが、単純に教える人になるな、ということだと思います。昔、「教師にでもなるか」「教師にしかなれない」という「でもしか先生」という言葉がありましたが、同じように「自分はもうアガっているから教育者にでもなるか（教育者でしかやっていけない）」という考え方は良くない、ということなのでしょう。教育者になるならなるで、どうしたいか、というところが大事なのだと思います。</p>
<p align="center">☆★☆</p>
<p>　個人事業主として2年目になってから、セミナー講師などの教育の仕事を1年目より増やしています。もし、どこかでお会いすることがありましたら、よろしくお願いいたします（笑）。</p>
<p>　<span style="font-size: small;">「勉強会初心者のための勉強会」、そろそろ復活したいですが……なかなか……＾＾；</span></p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ゼロからプログラミングを学ぶ上で言語選択より大切なこと</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/2013/05/post-10fc.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2013:/azk//19.8228</id>

    <published>2013-05-13T00:00:00Z</published>
    <updated>2016-05-19T07:15:15Z</updated>

    <summary>　プログラミング勉強したいんだけど、どこから手を付けたらいいの？　http://...</summary>
    <author>
        <name>浅見 憲司</name>
        <uri>https://qiita.com/azk0305</uri>
    </author>
    
        <category term="スキル" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/">
        <![CDATA[<p>　プログラミング勉強したいんだけど、どこから手を付けたらいいの？<br />　<a href="http://blog.livedoor.jp/news23vip/archives/4453300.html">http://blog.livedoor.jp/news23vip/archives/4453300.html</a></p>
<p>　最近、この話題が流行っているようなので、自身の経験談を交えて、思うことを書くことにしました。</p>
<p>　僕が本格的にプログラミングを始めたのは、大学生になってから、2000年代初頭です。インターネットにハマり、自分でもホームページを持ちたいと思ってHTMLを勉強して、その後でです。もっとITのことを勉強したくなり、その一環として「プログラミング」を学びたくなりました。</p>
<p>　ちなみに、僕は教育学部（理科の先生を目指していました）。情報系の畑では無く、全くの素人でした。</p>
<p>　さて、どの言語を学ぼうか調べてみると、「Visual Basic」が初心者向けだという情報を見て、更に、大学の情報処理センターのPCにもVBがインストールされていたので、本を買って情報処理センターで勉強を始めました。</p>
<p>　さっぱり、わけがわかりませんでした（苦笑）。</p>
<p>　他の言語をやってみようにも、同様にわけがわからず。とりあえず本の内容を（わからないことがあったとしても）「こういうものだ」と思いながら進めていけば良かったのかもしれませんが、ちょっとでもわからなくなるだけで先に進もうという意欲が薄れ、すぐに挫折。根底の根底といいますか「プログラミングとは何か」というレベルから理解していなかったのだと思います。今にして思えば。</p>
<p align="center">☆★☆</p>
<p>　プログラミングがわかるようになったきっかけは、基本情報技術者の午後試験の勉強として「アルゴリズム」のことを勉強してからです。</p>
<p>　<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4532407648/ref=as_li_qf_sp_asin_tl?ie=UTF8&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4532407648&amp;linkCode=as2&amp;tag=timeover-22">福嶋先生の基本情報技術者 集中ゼミ 午後・アルゴリズム編 2013年版</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=timeover-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4532407648" style="border: medium none ! important; margin: 0px ! important;" border="0" height="1" width="1" /></p>
<p>　この、福嶋先生という方のアルゴリズム問題対策の書籍は、僕が基本情報技術者の試験を受験した頃から既に発売されていました。この本は、ただの午後問題対策だけではなく、「アルゴリズムとは何か」「上から下に処理が流れる」といった底辺のレベルから解説を始めていました。この本で、僕は基本情報技術者に独学で合格できましたし、この本の内容をマスターしてから、プログラミングも出来るようになりました。docomoのiアプリや、HSPというゲーム作りに強い言語でWindows用のミニゲームを作って遊ぶように勉強していました。</p>
<p align="center">☆★☆</p>
<p>　僕の経緯の話は、ここまでです。</p>
<p>　つまり今回、何が言いたいのかといいますと、プログラミングをゼロから勉強するのであれば、「どの言語を勉強するか」という観点より「まずはアルゴリズムをしっかり学ぶ」ことの方が大事だと思うのです。</p>
<p>　本質を理解しないまま、本のサンプルコードを打ち込んで実行して、本にある通りに出力されて、「こう書けばこう動く」というように「（とりあえず）こういうものだ」と覚えていきながら本を進めても、行き着くところはコピペプログラマな気がします。「趣味で独学」にせよ、「新人研修でプログラミングの基礎を学習中」にせよ、簡単なレベルで挫折してしまうことなく、作りたいと思うプログラムを作れるようになるためには、基礎の基礎から、本質を理解しながら学習していくことが大事だと思っています。</p>
<p>　アルゴリズムアルゴリズムと、しつこく書いてきましたが、では、言語選択とアルゴリズム学習の関連はどうするか。企業の新人研修であれば言語は予め指定されているので、その言語の研修を始める前にフローチャートか何かでアルゴリズムの話をしておく方が良いでしょう。簡単なサーチとソートのアルゴリズムまで行えればベストです。目的（作りたいものの構想）が既にありましたら、それに合う言語を選べば良いと思います。ゲーム作りであれば、今の時代ならJavaScript（＋enchant.js）がやりやすいかなと。</p>
<p>　もし、「今は特に作りたいものも無いけどプログラミングを勉強してみたい」というのであれば、プログラミングの本質を理解する（先にアルゴリズムを学習する）ときに、言語を理解する労力は抑えたいところです。一度に覚えるべきことは極力減らすべき、という理由です。そのためには、フローチャートで紙に書くのでも良いですし、PCで何か作って確認していきたいなら、僕自身は<a href="http://scratch.mit.edu/">Scratch</a>が一番良いと思っています。最近、Scracthは、ブラウザでWebからプログラミング出来るようになり、開発ツールをインストールする手間が省けるようになりましたし、「Scratchは子供向け」というイメージが強いかもしれませんが言語習得の労力は他の一般的な言語より少なく済むはずです。</p>
<p>　参考）<br />　子どものためのプログラミング言語Scratchがブラウザから使えるようになった<br />　<a href="http://jp.techcrunch.com/2013/05/11/20130510kids-programming-tool-scratch-now-runs-in-the-browser/">http://jp.techcrunch.com/2013/05/11/20130510kids-programming-tool-scratch-now-runs-in-the-browser/</a><br />　「すべての人がプログラミングを学ぶべき」---米MIT教授が三鷹市の小学生に伝授 <br />　<a href="http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20130127/452101/">http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20130127/452101/</a></p>
<p align="center">☆★☆</p>
<p>　Scratchが無い頃は、「日本語プログラミング言語の『<a href="http://nadesi.com/">なでしこ</a>』とか初学に良いのではないか」と色々な方に言っていました。言ってみたものの、ほとんどの方に反対されました＾＾；　C言語など現場で使われている言語でなければ意味が無い、などの理由で反論されました。ただ、どうしても、「言語よりアルゴリズム」という思いは変えられません。学校の情報教育でアルゴリズムを取り入れると良いのに、とまで思っていますが、なかなかそういうわけにもいかないのは理解しています。なので、少なくとも、これからプログラミングを始めたい方、情報系以外の畑からIT業界を目指したい（既にIT企業に入社された）方に、挫折しないためにも、プログラミングの本質を理解するためのアルゴリズムの学習を勧めたいです。</p>
<p>　僕自身、一人でも多くの方の助けになるなら、何らかの活動に参加したり、自分で何か企画して実施したりして、手助けをしていきたいです。</p>
<p>　どこかでブログを作って、Scratchを使ったアルゴリズム学習の記事でも書いてみるとか面白いかな……。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>「君は、何エンジニア？」に答えられるようになった1年間（と少し）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/2013/05/post-6b36.html" />
    <id>tag:el.jibun.atmarkit.co.jp,2013:/azk//19.8227</id>

    <published>2013-05-01T12:30:00Z</published>
    <updated>2016-05-19T07:15:15Z</updated>

    <summary>　独立して、結婚して、ちょっと進む道を間違えて……。いろいろあった1年でした。 ...</summary>
    <author>
        <name>浅見 憲司</name>
        <uri>https://qiita.com/azk0305</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://el.jibun.atmarkit.co.jp/azk/">
        <![CDATA[<p>　独立して、結婚して、ちょっと進む道を間違えて……。いろいろあった1年でした。</p>

<p>　そんな1年の一番の収穫は、「自分は何エンジニアか」、つまり「普段、何を作っているか」や「自分は何の技術分野に一番強いか」に胸を張って言えるようになったことでしょうか。</p>

<p>　はっきり言うと、「スマホアプリ（エンジニア）」。この1年、スマホアプリの仕事ばかりしていたので。iOSアプリ（Objective-C）にAndroidアプリ（Java）。Titanium MobileやPhoneGapによる案件も行いました。ほとんどはフリーランス（SOHOエンジニア）としての請負案件ですが、目に見える実績として、自作アプリをApp StoreやGoogle Playで公開してもいます。Windows Phoneなどの、いわゆる「第三極」にも意識して目を向けています。</p>

<p>　「エンジニアライフ」を始めたときの自分は、何が強いかと言われても…… 特にありませんでした（苦笑）。最新の技術を追うことは好きであるものの、会社では運用保守のお仕事が中心。しかも、技術情報をアウトプットするといったインフラエンジニアとして誇れるようなことは特にできておらず。開発のお仕事ではPHPを中心に携わってはいたので、インフラ含めLAMPは得意だとは言っていました。事実として。それでもLAMPができる人なんてゴマンといますから……。絶対的な尺度でなら「LAMPは得意です」と言えますが、相対的な尺度で「他の人よりLAMPはできます」とは言えなかったです。</p>

<p>　なので、ここで書いている話も「メンタルヘルス」だったり「ドラッカー」だったり。あまりに他のコラムニストさんと毛色が違うことに悩むことも多々ありました。</p>

<p>　今なら、はっきり、「僕はスマホアプリが作れます！」と胸を張って言えます。自作アプリの公開実績が、より自分に自信を持てるようになりました（今後、Gitでのソースコード公開の実績も作りたいなと考えています）。「iPhoneアプリの作り方」に関するセミナーの講師も担当し、人に教えられるほどになりましたので。</p>

<p>　また、会社員時代からスマホアプリをやってみたかったというのも大きかったです。あらゆるスキルが足りない自分が悪いのですが、会社員時代は学習していても機会に恵まれなかったのが、独立した身では、仕事募集サイトで応募して採用されれば仕事ができる環境です。もちろん、請けたからには、しっかりやらないとならないので、しっかりやっています。楽しいです。やり甲斐があります。独立して良かった一番の点でもあります（ただ、独立して悪い点もあり、家族には迷惑をかけています……）。</p>

<p>　少なくとも、エンジニアとしての自信は持てるようになりました。「ソフトウェアテスト」の分野にも近くなり、いろいろとテストのことを考えるようになりました。「バグを減らしたい」という観点から、流行りの「関数プログラミング」の学習も始めました。こうして、技術に触れられているのが楽しくて仕方ないです。</p>

<p>　よくT型のエンジニアになりましょうね、という話がありますが、僕も、この歳になり、よりそう思うようになりました。いろんな技術知識をある程度もちつつ、特化した分野を持つというのは、エンジニアとしての自信をつけるという意味でも重要だと思います。今の仕事が楽しければ、その分野を極めれば良いですし、「本当はやりたいことではない」のであれば、勉強会に参加したり、個人で何かを作って、その作ったもの自体もしくはソースコードを公開したりすればいいのだと思います。</p>

<p>　GWですし、自分自身は今後、どうしていくか、考えてみてはいかがでしょうか。僕も考えます。スマホアプリに強くなったとはいえ、この一年は闇雲に走ってきてしまいまして、とにかく前に向かって走っている中で運良くスマホアプリの話をいくつかいただけたことで、結果的にそうなったという感じです。もう少し、戦略的に方向性を定めて、今後は仕事をしていきたいなと思っています。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

</feed>
