仕事なんかしなくてもいいじゃない

2013/03/29 9:00:00

 タイトルだけ読むと何を言っているんだ感が満載ですが、半分は外れていないと思っています。というのも、日ごろいろいろな目的のために仕事をしていると思いますが、人によっては仕事が目的に入れ替わってしまっているのではないかと思える場面も見受けられます。朝から晩まで仕事だけを一所懸命にこなしていく事ははたから見ると素晴らしいことにも思えるかもしれませんが、果たして本当にそうなのでしょうか。

 社会人としてはかなり不適切な趣旨になりますが、私としては仕事だけこなしている状態をあまり良く考えていません。反対に適度に仕事以外のことを交えることができる状況がベターだ、と考えています。管理者的な見方をすれば、仕事中に仕事以外をするのはいかがなものか、と怒られてしまうのでしょうが、私は逆に仕事中に仕事以外のことを行うのは、決して悪いことばかりではないと思うのです。

 有名な話でGoogleが勤務時間の2割程度を自分のプロジェクトのために費やせ、というルールがありました。このルールを私は非常に気にいっており、実際に私もそれに近い形で日々を過ごしています。勤務中に今現在携わっているプロジェクトの業務以外のことをやる時間を、状況に合わせて調整しながら毎日用意して、その時に気になっている技術やニュースなどを調査したり、試してみたりといろいろなことに手を出しています。その効果は思っているよりも大きく、そのときは役に立たなそうな技術であっても、まったく違う場面でその話題を出せたり、使いこなすことができるようになった段階で自分の仕事に取り入れられたりと、プラスとなることの方が多かったのです。

 また業務時間中にやることにはもう一つ大きな理由があるとも考えています。それは、自宅に帰るとやりたくなくなることが多いからです。業務時間にがっつりとPCを触っていると、帰宅してからは触りたくない、という人も多いのではと思いますが、そのような人こそ業務時間中に業務外のことをやるのが適していると思います。実際勤務時間中であれば、まだやる気もあるというかそこまでPCを触ることを体が拒否するのも少ないでしょうから、その時にこそ仕事外のことに手を付けるチャンスなのです。日ごろ調べてみたいなと思ったことへ挑戦してみるとか、最近話題になっているニュースを追いかけてみることで知識を増やしたりとか、できることが多々あるのではないでしょうか。

 そうなってくると障害となるのがやはり管理者や上層部です。果たしてこのコラムがそういった層にまで届いているかは分かりませんが、もしこのコラムを見たのであれば、ぜひとも勤務時間中にこういった行動をすることを許してもらえないでしょうか。もちろん主たる仕事をないがしろにしてしまうまで没頭するのは問題がありますが、そうでないのであればこういった行動には目を瞑ってもらいたいのです。
 このコラムでも何回か、自主的に行動することのメリットやその難しさについて取り上げたことがありますが、仕事でないことであれば結構自主的に動かれる方というのは多いと思われます。会社ではおとなしいけれども会社の外では別人のようだ、という人もかなりの割合であなたの会社にもいるのです。そういった方々がもっと活躍できるようになってもらうためにも、業務時間中に業務以外のことを行うのは非常にメリットの高いことだと思われます。

 人間は不思議なもので、興味のあるものごとに関しては行動するためのエネルギーが湧きあがりやすいのですが、興味のないことに関してはものすごく低いというよりもほぼゼロに近いエネルギー量でしかありません。興味を持つことこそがすべての始まりにつながるのです。

 そのきっかけを作るためにも仕事だけをこなしているようではいけないのではないでしょうか。自主的に行っているのであればまだしも、会社で仕事として行う作業にそこまでのエネルギーを発生できる人は少ないです。そして業務を改善していこうといった、そのように行動できる方の数はもっと少ないのです。ですがこういった業務外の事を行うことで、それがきっかけとなることも十分考えらるのです。仕事だけを行っていてはそれはなかなかに得難いのではないでしょうか。

 ぜひ、これを読んだ皆さんも、何か違うことに手を出してみてください。そして興味を持つことを増やしてみてください。それはきっと皆さんの糧になることだと思います。

2013 年も自分らしく

2012/12/31 9:00:00

 2012 年もこのコラムが公開される今日で終わり、明日からは 2013 年が始まります。振り返ると 2012 年も多くの方に支えられて乗り切ることができたなぁ、と感じます。私個人としても、転職を行い新しい環境になり今までと異なる経験をすることができたり、新しいつながりができたりとこれまでよりも多くの刺激があった年だと感じています。

 このコラムも気が付けば 2008 年 10 月が初でしたので、かれこれ 5 年目に突入していたり、筆不精な自分としては月一回というほんの少しだけの文章とはいえ、珍しく継続していることだったりします。どこまで続くかわかりませんが、これからも出来るだけ続けていきたいところです。

 そんな私ですが、次の年を迎えるにあたりこれをやっていこう、と考えている事がありますので、今回のコラムはその決意について書こうと思います。

  • 来年の目標1:WF を広める

 基本自分はネタ体質というわけではないのですが、マニアック方面が好みというのもあり、なかなか日の目を見ない部分を好んでいるのですが、技術的な部分に関してはことさらこの傾向が強いのか、このコラムでも何度か話題にした Workflow Foundation という登場して結構な年月が過ぎているにも関わらずほとんど話題に上がらないものを好んで研究しています。WF 自体は非常に使いでがある、と少なくとも私は信じて疑わないのですが、なかなか実例に乏しいのもあり浸透しない現実があります。

 12 月に行われるアドベントカレンダーという 12/1 から 12/25 までの間、毎日何かしらの技術投稿を行うイベントがあり、今年も多くのカレンダーが、多くの方たちが参加して賑わっていたのは記憶に新しいところだと思います。私も複数のカレンダーに参加させていただき、何個かの投稿をさせていただきました。その中の一つで、Visual Studio Advent Calendar 2012 にも参加させていただいたのですが、その中で WF は次のような認識だったというのもあります。

Wf1tw Wf2tw

 実のところ、単体アプリケーションとしては言われるように WF は適していないというのは全くもってその通りであるので納得するご意見です。どちらかといわなくとも、バックグラウンドでアプリケーションの制御や、サービスの構築といった表に出ない部分をどうこうするのに向いています。

 このあたりもさらなる啓蒙を行い、せめてマゾと言われない程度に知名度を向上させていきたいと思います。

  • 来年の目標2:Codeplex のアプリを発展させる

 Codeplex で自作ツールを公開していたりするのですが、今年は前半に少しばかり修正を行って以来何もできていませんでした。色々な人も口にされていますが、アプリを公開・ソースを公開するというのは非常に度胸も必要です。最初にアップするまでがものすごく障壁の高かったCodeplex での公開ですが、一度始めてしまえばその後はいい感じで流れていくというのも実感できました。ですが一度手を止めてしまうと、そのあとに復活することはまた難しいというのも実感できており、途中で投げ出してしまった感が非常に高いです。どこかでもう一度心機一転しなければ以前のように活動できない、また他の活動も中途半端に終わらせてしまいそうであり、それは絶対に避けたいところです。

 恐らくは今先端を行かれているような方々とは、全く異なる方向を進もうとしているのかな、と私自身そう思っています。スピードが速い今の世の中では、多くのことに注目し色々な事に着手、ただ見切りをつけるタイミングも早くすることで、より多くのサービスを提供するのが良いとされている風潮です。そんなご時世において、一つのことに集中して続けるというのはあまり褒められた事ではないのかも知れません。

 ですが、こんなエンジニアもいたっていいんじゃないか、という気持ちで新しい年を迎えたいと思っています。もちろんやることはやりますし、新しいものも触っていきますし、勉強会などにもこれまで同様継続して活動していきますが、それら多くの活動の軸として上記二つをしっかりとやっていきたいなと思いました。

 

 2013 年の年末にはどのような結果になっているか、やるやる詐欺で終わらないように気を付けていきたいものです。

あなたは何を求められていますか

2010/04/27 10:00:00

 唐突ですが、あなたは周囲からどのようなものを求められているか、考えたことはありますか?

 技術者として、多種多様な技術に精通することでしょうか。勤務先が得意とする業種に精通して、その道のプロフェッショナルとなることでしょうか。はたまた、広く浅く対応できるよう対応力を磨いてほしいのでしょうか。

 会社によって、またその企業が保有している人材によって、求められるものは変わります。技術者が揃っている環境で、さらに技術者を求められるのは、なかなか稀だと思います。その会社で不足している領域、もしくは増強したいと考えられている領域をカバーできるよう求められる場合が多いのではないでしょうか。

 例えば、わたしの勤務先ではどちらかというと、ある程度広い領域をカバーできる人材が求められています。現有しているリソースとしてベテラン層が多いので「尖った」開発者を求めるかとも思いましたが、実際はそうでもなかった様子です。

 そのような環境では、例えプログラムを組む技術にものすごく長けていたとしても、あまり正当な評価が下されることは少ないと思います。反対に、プログラムを組むことよりも実際にユーザー先へと赴いて要件定義やサポートなどが行える人材の方が、より評価されることになります。

 このこと自体はまったく問題ではありません。企業としては、至極当然なことだと思います。企業が求めるスキルと企業に提供するスキルが一致する場合が、最も評価を高くするのは当然です。仮に自分が経営者の立場であれば、と考えることにより理解、納得ができるのではないでしょうか。

 これはある種の真理みたいなものですので、そこに不満をいうことは間違っていると思います。自分の能力を正しく評価されていないと感じる場合、よくよく考えてみると企業側が求めているものを提供できていなかった、ということはかなりあります。

 もちろん、本当に正当な評価がなされていないケースもありますので一緒くたに言い切ることはできないでしょうが、そのような企業は遅かれ早かれ何かしらの問題を起こし、衰退していくでしょう。最も発生しやすいのは、人材の流出だと思います。正当な評価が望めない環境に対して、そこに留まろうと思い続ける人はそれほど多くはありません。

 現状に不満をもつのはかまいません。それ自体は問題のない、むしろ人間として健全な状態だと思います。ですが、大切なのは不満を持つだけで終わりにするのではなく、その不満を解消するにはどうすればよいのか、このことについてじっくりと考えて行動することなのだと思います。

 改めて考えてみることにより、自分が抱いているイメージと会社が求めているものとのギャップに気づくことができるかもしれません。

 それでも、自分は自分の望む道で突き進みたい、そう考えられる方もいるかと思います。しかしそれは平坦な道ではありません。自分を貫き通すためには、周囲を納得させるだけの実力が最低限必要です。求められているレベル以上の実力を備えてこそ、会社の方針に従わなくとも認められる、ある意味の“わがまま”を通すことができるのだと思います。

 そのレベルに達してもいないのに、自分がやりたいことだけをやるというのは決して良いことではありません。会社のため、だけではなく、自分自身のためにも良くありません。結果を残していない状態で、わがままが許されるのは、いい換えると自分を甘やかしているだけなのです。給与をもらう立場、払う立場に関わらず、労働を行って結果を残すことは、プロとして最低限守るべき一線なのだと、わたしは思います。

 そうはいっても、どのようにして周囲に認められれば良いのか分からない、そう考える方もいるでしょう。そのようなときには、自分をプロデュース、またはセールスを行うことを考えてみてください。

 もし社内の同僚や上司がユーザーだとしたら、どうすることで「自分」という商品を使ってもらえるか、またはどうなっていれば使ってもらえるか。いまの社内の状況や世の中の状態を考えると、どうあれば他よりも使ってもらえるか。そのような視点から考えてみると、今の自分に不足している部分や伸ばすべき部分も見えてくるのではないでしょうか。

 「プログラマだから、ITエンジニアだから、これだけできればよい」。そのような時代はもう過ぎていると思います。今までの積み重ね+αで、または今までとはまったく異なる部分で、自分という1つの商品を売り出せられるようになれば、自ずと目指したい道を進み続けることができるようになると思います。

 これは、決して新入社員をはじめとする若い世代だけの話ではありません。ベテランであろうと同じことです。むしろベテランであるならばこそ、さらに技術を、知識を、コミュニケーション力を身につけていかなければならないのではないでしょうか。

つながる改善

2010/02/18 17:00:00

 業務のことは現場の人が一番知っている、これは事実だと思います。よくシステムを導入・構築する際に言われることです。ですがその現場の人の意見を取り入れてシステムを構築したとしても、結果として失敗に終わるプロジェクトというのは後を絶ちません。それは一体何が悪かったのでしょう。

 その1つには「現場の意見を取り入れすぎた」というのがあるのではないかと思います。

 現場の方々は業務に対してのエキスパートです。しかしその業務を改善することに関しては特に秀でているという訳ではなく、場合によってはわたしたちSIer側の方が適している事もあります。

 システムを導入するということは、ただ単純に導入した領域での現行業務を効率向上させることが目的ではありません。最大の目標は、会社として効率を向上させ、利益に繋げることです。そのためにシステムを導入することが手段となると考えます。

 現場の方々が改善に対して秀でているわけではない、というのはどこの企業でも同じです。極論すれば現場にいるから改善できないのです。

 そんなことはない、と思われるかも知れませんが、これはかなりの確率で事実だと思います。それというのも、わたしたちIT業界にいる者でさえ、自分たちの効率を向上させることは、なかなか成功することはありません。むしろ常に試行錯誤を繰り返しているような状態です。このような状態からも、自分たちのことほど改善するのは難しいのだと思います。

 そのようなこともあり、わたしがシステムを設計する際にできるだけ心掛けるのは、現場からは知識を学び、現場以外から知恵を見つける、という点です。ある程度の年数をこの業界で過ごしてきましたが、それが邪魔になることというのは意外に多いように感じています。まったくの素人な方が口にする意見や考えほど、知らないからこそ見える本質とでもいいますか、見るべき、学ぶべき点が増えているようにも思えます。いかに自分が固定観念に染まっているかと気付かされることも多いのです。

 しかしこれが非常に難しいのは、システムを構築している最中にはなかなか気付きにくい点です。個人的には、ある程度目処が立った後、もしくは実際に導入してから気付くことが多いのではないかと感じています。

 また、実際に改善を行おうとしても、それが本当に効果を発揮するかどうかというのも難しい点だと思います。「 ○○% もの効果が! 」と言ってみたところで、それはただの広告文句でしかありません。実際にどれほどの効果となるかは、残念ながらやってみなくては分からないのだと思います。そして勿論「やってみなくては分かりません」では、許されるはずもありません。

 ではどうすれば良いのでしょう。ここで1つ提案したいのは次の点です。

  • 小さな改善範囲
  • 費用がかからない(もしくは少額)

 この2点が、何かを改善していこうと始めるにあたり、非常に重要だとわたしは考えています。小さな範囲、例えば自分の環境のみに限定した状態であれば、色々とアイデアは出てくると思います。わたしは開発を生業とする側ですので、それに限った話ですが、気に入っているツールを導入するとか、同じような作業を繰り返さないためにマクロやバッチスクリプトを用意するとか、色々なことができると思います。

 そして本当に重要になるのが次の点、「費用がかからない(もしくは少額)」という点です。このご時世というのもありますが、たとえ導入すればかなりの効果があがるシステムであったとしても、費用があまりにもかかってしまうのであれば、会社としてはなかなか首を縦に振ることはできないと思います。ここで費用が発生しないのであれば、「周囲に迷惑をかけない範囲で」許される割合が非常に高まります。

 わたしの場合は次のようなことを実行してみました。

 特に Lightning は手放せなくなっています。メールからスケジュールやToDoタスクに変換できるというだけで、物忘れが多くなりつつあるわたしとしてはかなり助かっています。個人的なスケジュールをGoogleカレンダーに登録しておけば、Lightningを通して仕事のスケジュールと一緒に確認を取ることもできます。Search Server 2008 Express の導入も、ドキュメントの量が膨大になりつつあるプロジェクトにて行い、簡単にフルテキスト検索環境が構築できるというメリットをプロジェクトのメンバーにも体験してもらいました。結果は概ね好評で、やはり無償で提供されているという点がかなりプラスに働いたのだと感じます。Excel、Word、PowerPoint、VisioにPDF も検索対象にできてなおかつ無償、というのはポイントとして大きいです。

 話が逸れましたが、このような個々人での改善こそが全体を改善するための第一歩になるのではないか、と思います。言い換えると「個々人で改善できない環境を改善するのは非常に難しい」ということです。そのような環境を改善するには「超強力なトップダウン」しか方法はない、とわたしは思っています。それはそれで方法として有効ですが、大体にして今度は導入の際に問題となることが多いというのが悩ましいところです。

 最初から大きく動いて成功するケースはそうそう起こり得るものでもありません。ですが小さく行った場合、成功する確率は比較できないほど増大します。そしてその成功が、さらに大きな改善へと繋がっていくのではないでしょうか。

人が集まってもチームにはならない

2009/10/22 20:00:00

 ITの世界に限らず、何かしらの業務を行っている以上は「個人」「チーム」というものを考えていく必要があります。「チームとしてうまく活動すること」は永遠の課題であり、「これで万事大丈夫!」といえるような解は存在しない話題です。

 エンジニアの世界を例にしますと、現場側として日々の業務に押し潰されそうな中、「使える人材がほしい」と思うことがよくあるのではないでしょうか。また、「何年か先も大事だけどいまも大事だから」と考えられる方も多いことと思います。

 反対に経営側は「将来のことを考えて」人材の補強・増強を考える方が多いのではないでしょうか。経営側がどう考えているかというのは会社に因るところが大きいでしょうが、現場側で多くなりやすい意見としてはそれほど外れてはいない気がします。

 教育係という立場にいる身としてふと思うことが増えてきたのですが、最近は自分1人の向上にのみ気を使う人が増え、チームとしての能力向上に対しておざなりな考えを持つ方、またはそこまで考えない方が増えているように思えます。

 個々の能力向上は間違いなく必須です。それはプログラマであろうとエンジニアであろうと、果ては経営者であろうと等しく同じであり、どのような立場においても変わることはないでしょう。しかし「本当にそれだけでよいか」といわれると、実態は異なるのではないでしょうか。

 俗にいう「エースプログラマ」的な人が多数集まったとしても、プロジェクトが失敗する確率においては、恐らく普通に人数を集めたプロジェクトとそれほど変わらないと思われます。

 それは個人ではなくチームという「舞台の違い」です。

 チームにおいては個々の能力よりも、全体として目標に向かい一丸となって作業を行えるか、といった点が重要になってきます。リーダーとなるべき人がポイントです。リーダーが良ければある程度の成果は出せるでしょうし、リーダーが悪ければほとんど成果が出ないことも多々あります(出来の良い部下に助けられるなんてことは非常に稀です)。

 「1頭の羊に率いられた獅子の群れよりも、1頭の獅子に率いられた羊の群れを恐れる」。アレクサンダー大王の言葉として伝わっている諺です。チームで活動する、業務を行うということは頼れるリーダーは必須なのだと思います。

 では気をつける必要があるのはリーダーだけか、と言われるとそれも違うのではないでしょうか。

 「チームとして結果を出すためには?」。

 この問いに対する考えは、チームに属する全ての人が持つべきものだと思います。1人のチームメンバーは他のメンバー全員に対して、何らかの影響を与えているのです。決してリーダーに限定した話題ではなく全員の共通した話題です。

 それに対応する方法として考えられたのが、フレームワークを用意することにより、技術差をある程度吸収すること、円滑なコミュニケーションを心がけること、さらにはメンバーに対して教育を行う、といったものがあるのだと思います。特に昨今ではコミュニケーションがかなり重要視されていますよね。

 どちらかというと自主的に参加する類ではないことが多い、仕事上のチームではそのような明確な意識を持つ人というのは稀であり、どちらかというと「しょうがない」「仕事だから」という気持ちで参加する人が多いのだと思います。チームで活動するためには、この部分の意識改革が最も重要になるのではないでしょうか。

 参加者の意識が「しょうがない」のように消極的であったならば、そこに作られるのはチームではなく、ただの集団です。

 1人ひとりが自分のことだけを考えて、集団のことを考えていないのならば、期待する効果は望めません。逆に頭数が増えたことによる各種コストが問題視されてしまうことでしょう。デスマーチ状態など切羽詰まったときでは「人数だけ増やされても物事は好転しない」という事実はよく知られている思います。うまく機能するためには、リーダーだけではなくメンバーも同じ問題意識を持ち、全員が協力しあえる気持ち・環境が必要なのです。

 そのような状態にどのようにして持っていくか。そこがチームを組み業務を遂行するにあたり重要なポイントなのではないでしょうか。

 「この人は使えない人だ」「この上司とは上手くやっていけない」と思い、切り捨ててしまうことは簡単です。しかしその思想でいると、有能な人材ばかりでなければチームとして活動できないことになってしまいます。よほど人材に恵まれなければ、そのような環境にそうそう出会えることはありません。どのような立場であろうとも、業務上チームに参加するのであれば優先される目標は「業務の遂行」です。そこには上も下も老いも若きも関係ありません。今チームに参加していて同じような悩みを持たれる方は、ちょっと視点を変えて

どうすればこの人の能力が発揮できるか
どうすればリーダーを楽にすることができるか
自分がこの人の立場ならどうするか

と、他人のことについて考えてみるのがいいのかも知れません。全員が全員同じ問題意識を持てたとき、チームとして上手く活動できる第一歩なのだと思います。

 1人でいろいろできるよりも、多くの人で多くのことができた方が素晴らしいと思いませんか?

人が人を育てられるか

2009/09/02 18:30:45

 人が誰かを育てることはできない、と最近思えるようになりました。

 これを書いているのは8月の終わりごろでして、社内講習会としては再来週にて7回目に辿りつくところです。ネタ的には基本編というような形で、経験の浅い社員を対象にしていたのも手伝ってか、ある程度以上のキャリアを持つ方はなかなかに悩ましい参加率となりました(0回というのも多数)。メインターゲットとしている人達は、業務時間中というのと一応役職についている身分からの話というのもあってか、都合がつく限りは参加してもらっていますので状態としてそれほど悪くはないのですが。

 そんなとき、Twitterでつぶやきを眺めていると、編集者の方から「心が折れそうな方は是非!」というコメント付きで次の記事(社内勉強会と「勉強会エコシステム」のススメ - @IT自分戦略研究所)が紹介されていたので、

「これはビンゴだなぁ」

と即座に読ませてもらいました。

 記事中では、わたしよりもさらに厳しく打ちのめされたことなども書かれており、非常に参考になる点が多かったと思います。「メタ勉強会」という方法などは、わたしも近いうちに画策してみようと思わせるところです。

 ただ残念ながら、今のわたしが勤める会社に「みんなで作る」という風潮はまだありません。それ以前の状態、自主的に動こうとする「環境作り」といいますか、まだ種蒔きな状態なのです。もっといえば、幹事的な人というのも周りにはいません。

 今はまだわたしが1人で(ある意味独断と偏見で)社内勉強会を行っている状態です。話したいことをしゃべる、以前のエントリでも書きました。わたしが「まだ」そう思えているので続けています。

 そのような状況ですので、参加者からのリアクションやレスポンスというのは、かなり悪いといわざるを得ません。こちらから「どういった部分をやった方がいい?」とか「このあたりもう少し掘り進めようか?」と投げかけてみても、反応が返ってくることはほとんどありません(過去に1~2個あった程度なのです)。

 投げかける内容が悪いのか、投げかけ方が悪いのか。わたしの中では「参加者」を理由として考えたくないところがありますので、手を変え品を変え、もう少しやり方は変えていく必要があるなぁ、と思っています。

 また勉強会とは異なりますが、人に物を教える場として、新人教育もあるかと思います。わたしも何度か教師役に抜擢され、その時の新入社員相手に教育を行っていました。今勤めている企業が少人数で、なおかつ.NETやデータベースなどをまとめて扱える人間が不足しているというのが主だった理由で、当時は中途入社2年目あたりだというのに、その他プロパーな人材ではなく、わたしが教える状態というのが長く続いていました……というか、今でも続いています。それ自体はどうこう言うつもりもありませんが、社内ではどちらかと言わなくても改革側なわたしを採用するあたり、色々なところに波風立ちまくりです。

 話はそれましたが、このように「誰かに対してしゃべる」ことを続けていると、ふと思うことがあります。

 それは、自分が誰かに対してしゃべる時は「育てよう」という気持ちを少ないながらにしても持っていますが、実際に自分が何かを教えて育つことはあるのだろうか? という疑問です。

 いくら回数を増やそうと、話す内容を多岐にわたらせようと、その人が成長するかどうかは「その人」次第です。話す側の意思や情熱が、必ずしも受け手側に伝わるとは限りません。話し手が「話を聞いて少しでも育ってくれ」と思おうと、聞き手にその意思がなければあまり効果を生み出すことはないのです。

 話し手が人の教育を意識することは、話し手側のエゴのように思えるのです。変な話、どれほど素晴らしい内容を話したとしても、聞き手にその意思がなければ何も残るものはありません。

 では勉強会や講習会などはつきつめると意味をなさないか、といわれれば、それは「違う」と思います。人を育てるというよりも、他人に何かしらの影響を与えるという点だけにおいても、開催することに意義があるかと思います。その影響が「自分も喋ってみよう」とまで昇華していなくても一向に構わないのです。「また聞いてみよう」、そのように思ってくれただけでも、十分に他人または会社の中に影響を与えたといえるでしょう。

 わたしの中でイメージする理想的なスタイルというのは、「各人が自主的に」参加してくれる勉強会・講習会です。自主的に参加してもらえる状態になるということは、各々が「聞きたい」「話したい」という意思を持ってくれていることにつながると思います。

 現状わたしがたまたま講師役を演じているだけの話ですので、「人に教える」という上からの目線ではなく「喋りたいことをしゃべる」程度の同じ目線で行うことが、恐らくは好ましい結果へとつながるのではないか、そのように思えます。

 誰かを育てることは、自分1人の気持ちだけではどうにもならないものだと思います。

 かといって勝手に育つわけでもありません。全体から見れば勝手に育つ方が少数派だと思われます。ここ最近の風潮もあってか、今は物凄く受身姿勢な人というのも珍しくはありません。あまりにも受身で自ら何かをやってみようという姿勢が見えないからダメだ、こう思われている方も多いことでしょう。

 実はそのどちらも同じ、表裏一体なのです。勉強会や講習会などでは、受ける側よりも話す側の方が自主的に動いているだけで、それ以上のさしたる違いはありません。テーマが変わり立場が変われば、同じように受身になることも十二分にあるのです。「いかに興味を持ってもらうか」、そこがきっとポイントなのでしょう。

 そう考えると「人を育てる」ということは、どこか間違った考え方なのかもしれない、そのように思えてくるのです。「興味を持たせる」ことはできるかもしれないが、「育てる」ことはひょっとすると誰にもできないのかもしれませんね。

やりたいと思うからやってみた

2009/08/17 20:16:07

 気がつけば、無事に5回目の社内勉強会を開催できました。今まで何度か行って、自分の勤務先ではオープンな雰囲気を醸し出すコミュニティスタイルよりも、どこかクローズドな雰囲気なセミナースタイルの方がやりやすいと実感しています(それでいいのかどうかは悩むところがありますが……)。

 もともと、わたしはMicrosoft系のセミナー、カンファレンスなどに好んで参加する性格でしたので、企業主催型のセミナースタイルな勉強会に慣れているせいもあるかと思います。反対に、コミュニティ主催型には全く参加していないという状態です……。前にも書いたのですが、わたしは「土日開催でなければ参加する」というほとんどのエンジニアと真逆な行動パターンですので、参加が難しいのですよね(次に参加できそうなのはMSパートナーカンファレンス2009でして、ちょっと間が空いています)。

 まぁそんなわたしが行っている勉強会ですので、スタイルも内容もやはり「カタめ」な内容に偏ってしまいがちです。色々な記事や参考意見を見聞きする限り、あまり褒められたスタイルではなさそうです。

 ですが5回程やっていると、

「誉められないスタイルだろうと、それが適している風土はあるとこにはあるんだなぁ」

という、一般的な考え方とは少々趣が異なる考え方を持つようになりました。

●活発でない企業、受身な社員が多い部門、チームには押しつけ気味なスタイルが向いている

 コミュニティ勉強会などの記事を読んで、同じような(似たような)ことを行おうと思っても、開催する企業自体の風土、もしくは参加をお願いする相手方が非常に非協力的(受身な人も含め)などなど、もともと「自主的に行動する」人達が集まるコミュニティで行う勉強会スタイルを、そうではない企業の中で行うとほぼ確実に失敗で終わると思われます。

 回数を重ねれば自主的に動き出すことはありますが、そのような文化が育っていない場所でいきなり「勉強会だー!」と意気込んでみたところで無理なのです。変なたとえですが、発言や意思表示に慣れていない人にいきなり、

Twitterで適当につぶやいてみて」

「社内にBlog用意したから好き勝手に書いてみて」

と押しつけるような状態です。

 相手にしてみれば何をどうしていいのかすらわかる訳がありません。そうして戸惑っている間に時間だけが過ぎ、最後に何事もなかったかのように戻ってしまうのです。

 理想的なスタイルというのは、それに見合う環境が整っているからこそ初めて理想的なのだと思います。スタイルだけ理想に近づけたところで、それを構成する環境が理想に近くなければどこかで破綻します。

 今のわたしの勤務先のように、自主的にどうこうする空気が薄いところでは、ある程度の強権を発動して、半分業務の一環的なスタイルで行うのがやりやすいのではないか、と思います。

 最初の数回をそのような形でこなしてから、自由参加を求めるようにすると結構惰性で参加しつづけてくれることがあります。そうなれば第一段階はOKです。「集まってくれる」この壁がなかなか継続するにあたって大きい障害ですので、まずここをクリアすることが最優先です。相手が惰性で参加してくれようと自主的であろうと、話を聞いてくれる観客がいなければ主催者のモチベーションも何もありませんから。

●続けるかどうかは自分だけが決めてよい

 社内勉強会は「やってみると良さそうだからやる」のでは続きません。「自分が喋りたいからやる」のが大事だと思っています。あくまでも自分(主催側)の気持ちが大事だと。

 よく勉強会を開くメリットは~と書かれる記事も多く目にしますので、何となく「やったほうがいいなぁ」という気分にさせられますが、これはあまりお勧めできません。

 「社内に技術を伝える」ですとか「雰囲気を変える」ですとか。綺麗な言葉でいろいろなメリットとして語られることが多いですが、あくまでもそれは勉強会を行った結果の余波みたいなものと考えています。主催者が「やりたい」ことをやった結果についてくるものだと。やりたいと思えないことをやったところで、良い影響は発生しないのです。

 ですので最初は周りのことなど考えずに、自分が喋りたいことを喋る、それだけのために集まってもらう位に捉えてみるのがいいのではないでしょうか。そうして数をこなすうちに、周囲に良い効果が出てくるものだと信じています。

 わたしは理想として目指したいところがありますが、今はまだそこまでたどり着いていません。ですがまだまだわたしは「喋りたい」と思うことがあるので、社内勉強会は続けていこうと思っています。たとえ良い結果が残せなかったとしても、わたしは一向に構いません。

 「やりたい」からやっただけなんですから。

運動なんてしなくても

2009/05/15 15:55:00

 この業界で働いている人にとっては運動不足というものは常につきまとってくる難題だと思います。もちろん、わたしも社会人になってからというもの、まったくといっていい程、体を動かしたりはしていません。その割に体をおかしくすることもなく、この歳まで過ごせてきていますが……。その点で「お前はおかしい」「変に丈夫なヤツめ」と言われていたりします。

 友人連中に聞いてみても「お前は栄養失調で入院する!」というイメージで見られているようです。まぁ食生活については、誉められたものではないスタイルを続けていたこともあるので、あまり反論できないのが悔しいところで。色々あったおかげでインスタント系(特にカップ麺)は、体がほとんど受け付けなくなったんですよねぇ。その理由は飽きるまで食べ過ぎたからです、ええ。

 実家に戻った時期には「炊いた米はその日のうちに食え」というハウスルールがあったため、一時期だいぶ脂肪をため込んでいた時期もありました。その日のうちに、と言っても米を炊くのは夜になってからだというのが何ともなところです。一度に何合炊くのかは秘密です。

 結婚してからはそのあたりもまともになったので、今の体調を維持できているのかも知れませんが、独身時代の生活を続けていればどこかで調子をおかしくしたであろうことは、容易に想像できたところです。

 このような生活を行っていた人間にとっては、「運動とは体に悪いもの」と開き直って構わないと思うのです。

 アルコールやタバコも似たようなものと思えるのですが、あれだけ「健康を害する」と言われ続けていても寿命にそれほどの差が表れることはありません。長生きする人は長生きします。まぁ病気になる確率の問題ということですので、体に悪いことをやり、なおかつ長生きされた方というのはかなりの「豪運」の持ち主なのかも知れませんが。

 通勤で自宅~勤務先の往復(合わせて1時間半~2時間程度、そのうち歩く時間は1時間弱)を歩いていることぐらいが今のわたしにとって運動のほぼすべてです。プラスアルファとしてもWii Fitぐらいしかありません。その程度の運動量でも、今のところは大きな問題もなく過ごせています。逆にWii Fitで筋肉痛に襲われました。

 何というか、ここまでくると「病は気から」という言葉を信じていてもいいんじゃないか、と思えます。もちろん開き直りです。

 真面目な話をしますと、運動というのは肉体的にも大事でしょうが、わたしはそれよりも精神的にも良いところが大事だなぁ、と思います。ずっと座り続けて画面とにらめっこな時間ばかり過ごしていると、それはもうものすごく精神衛生上よろしくないのは皆さん分かっていると思うのです。その部分のためだけでも、何かしら体を動かすことは必要だと思います。「運動」とまでいかなくとも、そのあたりをぶらっと散歩してみるとか、フロア内を何周かしてみるとか、ちょっと若ぶって階段を使ってみるとか。それだけでもだいぶ楽になりますね(体は悲鳴をあげることもあるでしょうけど)。

 恐らく大多数の方たちも似たような生活を送られていると思われます。日々の仕事などに追われて運動するほど余裕がない! という気持ちではないでしょうか。わたしはそのクチです。むしろ余裕があっても運動しないという徹底ぶりです。そのような同志の方は、ぜひとも「勤務時間中に」うろつく頻度を増やしてみてください。地味にそれだけのことでも、けっこう変わると思いますよ。まぁ職場の雰囲気がそれを許さないところもあるとは思いますが……。

 そのような場所に勤められている方は、休み時間に10分~15分程度散歩してみるのもいいと思います。気持ちがすっきりすると、不思議なことに体も健康になっていく感じが味わえると思います。

 恐らくは「気持ちが健康であれば運動しなくともなんとかなる」。

 わたしはそう信じて生きていこうと思っています。信じる者は救われるのです、きっと……。

 わたしの体は体脂肪率「だけ」ならアスリートまであと一歩、というところなんですけどねぇ。独身時代に比べると15kg程落としたこともあって、今でも体はだいぶ軽いです。ただ、ついでに筋肉までも落ちてしまっているのが悩みどころですね。そこは取り戻したい。

 時間があれば「それは鍛えてるからだー!」と言っても差し支えのない体にはしたいと思い続けています。

 ……それは目標遠すぎだろ自分。

情報共有という理想郷

2009/04/10 15:55:00

 古くはグループウェア、最近で言えば社内Blogや社内SNSなど、いかにして社内の情報を共有させるかという話題はなくなることがありません。利用できるツールは日々進歩を遂げているにも関わらず、です。

 わたしも社内で情報共有を活発にしようと色々な手を考え、実行してみましたが、いまだにこれといった解決策はないと思っています。

 そもそも、情報共有を行う理由はなんでしょう。

 理由としては至極明快で、「ノウハウを分かち合い、効率化したい」「車輪の再発明と呼ばれるようなことをなくしたい」などなど、暗黙知をできるだけ形式知へと変換し、社員全員の作業効率を上げようという点になるかと思います。また、コミュニケーションという点でも同様で、特定の人間だけが抱える情報を減らし、多くの人間に課題として共有してもらえる、社員の間で意思疎通が図れるなど、実現できれば多くのメリットがあるからだと思います。

 しかし、実際にツールを導入し、社内で情報共有が活発になった事例というのはどれほどあるのでしょうか。カタログや広告などで掲載されいる事例は数多く目にすることがありますが、わたしとしてはどうにも眉唾ものに見えて仕方ありません。

 というのも、情報共有がうまくいかない問題の根幹は、「利用者」にまつわる人的要因と、その人を囲む「社風」などの環境的要因が大元の問題ではないのか、と考えるからです。

 ITmedia オルタナティブ・ブログで興味深い記事がありました。

 記事中では

こういう組織では「聞くことは恥」となり、フォーラムなどで迂闊な会話をして自分の知識のなさをさらけ出すのはリスク以外の何モノでもないからだ。そしてこの「聞くことは恥」という文化が行き過ぎるとかなりやばい。酷いと異動や業務替えになった時もこの文化を引きずって社内のわかる人に教えを請わず自分のわかる範囲でしか仕事をしない。

という一例が記されています。この一例がすべてを物語っているようにも思えます。

 社内で情報共有が進まない会社というのは、ほとんど何らかの思いがあって個人個人で情報を抱え込み、そこを周りに対しての差別化要素として扱う節があるかと思います。自分はこれだけ知っているんだ、とか、自分はこうやって解決したんだ、とか。そして、人に対して質問をするということを「恥」と思う空気があるのだと思います。これが形になって現れているのが、相手の見えないWeb上での質問増加なのでしょう。どうも社内では質問をしづらい空気が流れているので、関係のないWebの世界で同じことを聞いてしまうのです。

 よく新人に対しては「何度も質問するな」というような形で、質問する行為を抑え込むような教育を行っているところもあるかと思います。「分からないことはすぐ聞け」といいつつのこの言葉ですから、人によってはかなり戸惑うところでしょう。わたしは個人的には、「何度でも質問してこい」というスタンスで新人たちには接するようにしています。その中で「同じことは何度も聞かない」ということを体感してもらうように仕向ける方法を採っています。言葉上だけを見れば同じことを表しているのですが、受ける印象としては大分異なるのではないでしょうか。NGからOKな部分を教えるのと、OKでNGな部分を教えるのは、先に言われるNGもしくはOKのイメージが強くなってしまうのだと思います。

 そして、このように過ごしてきた人たちが、社内で情報共有を行うにあたっての障害となりやすいのです。このような人たちは情報を出すという考えもない(あったとしても特定の相手にのみ)、また他人に聞くということを行わないので、ポータル的な仕組みを利用しようとしないのです。車輪の再発明がいつまでたってもなくならないのも仕方がありません。

 この悪習を覆すことはかなり難しいでしょう。思いつく手段として、「発言数の多い人に対するメリット」または「有益な情報を発言した人に対するメリット」が考え付きますが、それにしても使わない人は使わないままなのです。どうにかするためには「利用しない人」を利用するように仕向けることですが、トップダウンに圧力をかけるか、利用することによって仕事が改善されるなどの、分かりやすい事象がなければそれも難しいでしょう。

 そして、そのうちに少数の発言する人もモチベーションを失って、後には高いコストをかけて構築した仕組みだけが残るというわけです。

 情報共有は「実現できれば」ものすごく効果の高いものだと思います。ですが、そのための障壁もものすごく高いものなのです。ツールを導入することは簡単です。社内SNSだろうと社内Blogだろうと、今のご時世ではソフト費用をかけなくとも用意できます。ですが、利用する人の意識を改革することを行わなければ、確実に失敗するでしょう。

 ……本気で情報共有を実現できた会社には、どのようにして実現できたのかを聞いてみたいものです。

ここは海外だから

2009/02/13 16:00:00

 以前にも書いたようにわたしは札幌で働いています。ちょうど今は雪まつりの時期で、国内外問わず大勢の観光客の方がいらっしゃっているようです。先月にはなぜか雨が降ったりと雪まつり自体を心配していたのですが、今月に入ってからは冬らしい天候が続いたので無事に開催できたようで本当によかったです。これを書いている今は大分、吹雪いて視界が悪いのですが……。

 わたしが住んでいるのは札幌でも外側ですけれど、ここ何年かで中国の方が観光に来ているのが目立つようになっていますね。たまにコンビニなどで周囲から日本語が聞こえてこないこともあったりと、

 「これが話に聞くグローバル化か!」

と何か間違った方向で感慨を受けていたりします。

 もともと札幌出身のため札幌で生活する分にはなんとも思わないのですが、別の地域から北海道に来られて仕事をする方に聞くと、やはり色々苦労をされるようで。冬道が雪ではなく氷だというところで歩くのも車で移動するのも大変だとか、中心部以外では商店がほとんどないのが不便だとか苦労する要素はたくさんあるみたいです。

 これが仕事の話となるとさらに輪をかけて……というか、今の時点では北海道に限らずどこにおいても景気が悪化しているので似たり寄ったりなのかも知れませんが。地方都市ではその傾向はさらに顕著に表れています。

 もともとニュースなどで景気悪化が言われるよりも早くから、中小企業の状況は悪化の一途を辿っていたと思います。IT関係で言えば「本州の仕事を受ける」状況が以前より続いていたと思います。そのような状況ではなかったのは、コンシューマ向けの開発を行っている企業や小口の案件をメインに扱う企業など一部企業に限られていたでしょう。

 地元企業を相手に商売をする企業には冬の時代がかなり長いこと続いています。北海道は「試される大地」というキャッチフレーズを1998年のあたりから使いはじめていますが、当初の思惑とは裏腹に今なお、言葉通り試され続けているのが実態です。

 (本当は「未来にむけて」という意味合いを持ったキャッチフレーズだそうで、純粋に試すという言葉の意味合いとは異なるそうです。地元民ですが知りませんでした……)

 このような状況ですので、今地方で働くというのはイバラの道です。イバラというよりも罠満載の一本道というイメージです。本当に明るい話題というのが仕事では少ないですね。

 その反面、現在働いている人間にとって地方というのは魅力的なところもあります。

 地方の場合、都心と比較してハイレベルな人材というのはかなり不足しています。言い換えると「努力し能力を身に付けた人材は都心よりも需要がある」ということです。経験年数ではなく実際の技術、知識、能力ですね。わたしが知っている範囲(かなり狭いですが)では、いまだに「アプリケーションサーバって実行ファイルを置いておくサーバのことだろ。クライアントからはサーバ上のexeファイルを直接起動するからね」と普通に口にするSEというのが残念ながら意外に多いです。これが冗談であればまだ救われるのですが、本当だから泣けてきます。変にキャリアを積んでいるのにこういうことを言ってくる人に出会うとたまらなくげんなりしてきますね。このような方にお会いするたびに「経験年数など何の意味もない!」と思ってしまいます。

 話がずれましたが、レベルの高い技術者を求めるのはどこであろうと同じだと思います。ただし不足している数というのは地方が多いです。ここは実際の技術者数と比例しているからだと思いますが、母体となる全体での技術者数が都心と地方で差があるように、レベルが高い技術者というのも同じく比例して少なくなるわけです。このあたり、個人的には教育的な話題も絡んでいるとは思っています。義務教育の時点でけっこう差が出ているんですよね、地方と都心では。

 まぁ、実際に働いている人間にしてみれば、だからこそ上を目指したくなるというところがあったりしますが。差があることを知っているというのは、少なくともその差分は伸びる余地があるというところですし。誰かができたなら自分も努力次第で可能、と思って日々努力です。

 また、やはりと言いますか、仕事以外の生活は都心部で暮らすよりも充実させることはできると思います。「エンジニアライフ」としてはこちらの方が重要でしょうか? ただし、冬に強くなければ楽しさは半減してしまいます。というのも、北海道はなんだかんだ言っても雪と付き合い続けなければならない土地柄だからでしょう。雪が苦手、寒いのが苦手という方は来てはいけません。ウインタースポーツもありますが、冬に行われる数々のイベントは、なかなか楽しめるものが多いです。特に雪像や氷像などの「見て楽しめる」イベントが多い気がします。個人的には雪像よりも氷像派です(?)。

 しかし給与基準が本州とは異なり最低賃金近辺な地域ですので、収入が下がる可能性が高いことには気を付けてください。その分、家賃など生活費は下がる部分も多いです。ですのでそれほど変わらない……と思えそうですが、ここは冬をどう過ごすかによって大きく変わるところです。暖房で利用するのは基本灯油です。伊達に燃料手当なるものが支給される土地ではありません。昨年のような高騰が起きるとものすごく厳しいです。ここだけは洒落にならないですね……。何とか現行水準を維持してほしいですね。

 もし今は都心で働いているのに北海道で働こう、と思う人がいたら。

 「ここはパスポートのいらない海外だ! 陸地でつながっているところと一緒に考えるな! 来るならば覚悟を決めろ!

と伝えておきたいと思っています。一度足を踏み入れてしまうと、本州に行くことは難しくなりますよ。何せ「海外」旅行になるのですから。新幹線が通ってもきっとこの点は変わりません。

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「試される大地」で働くエンジニア。
貪欲に前へ進もうとやみくもに生きています。

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