地方エンジニアが感じる地方・中小企業での悩み

技術の価値

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 技術の世界に住んでいると、こういった技術が使えるのだからそれに見合った報酬がほしい、と考えてしまう事があります。大体にしてこのように考える時は、その時点でもらえている報酬に不満を感じるからなのですが、技術が進歩していくにつれこういった不満が以前よりも増えているように感じます。
 
 確かに一部の技術は、使うことができるだけで高い価値を生み出すことがありますが、往々にして技術というのはそれ単体で価値を生み出すことは殆どありません。生み出していたとしても、それは技術者間でだけ通じる価値でそれ以外の世界にとっては、まだ価値を感じられるところまで至っていません。

 そのあたりを勘違いすると、最初のようにこの技術が使えるから見合った報酬がほしい、と考えてしまう事になります。残念ながら現実の世界では、価値を生み出していると認識されている技術を扱える場合に限り見合った報酬が支払われるので、まだニーズを感じられない技術を使えたところで、報酬や評価にはつながりません。

 難しい事に、特に IT の世界ではまだ価値を生み出すに至っていない技術というのがものすごくたくさん存在しています、数年後にはどうなっているかわからないでしょうが、今の時点ではまだまだ価値を生み出せているものは少数です。

 こういった状況を考えると、私たちが扱う技術というのは、どこかコレクターアイテム的な要素を備えているのかもしれません。それまでは見向きもされていなかったものが、なにかを契機に急にもてはやされるようになるというのも非常に似ています。特徴の一つに、新しい技術と言っても過去の経緯から発展しているものも多いですから、ある日突然ひっぱりだこになる技術というのもゼロではありません。

 技術というものがこのような存在だとすると、何か一つできるからと言ってそれがすぐ認められることは、やはり難しいものではないでしょうか。

 私が日々追いかけているものも、今の時点では自分に対して報酬や評価という形では反映されていません。ですが、それを知っていることで少なくとも自分の中に選択肢を増やすことができ、さらに発展させることで評価につながるところまでたどり着くことができているように感じます。知識の引き出しをどれだけ抱え込めるか、に近い感じですが、間違いないのはそれ一つできるからといって、何か報酬がもらえるようなものではない、という点です。知識の引き出しも、一つだけでは通じないのが殆どですが、たくさんの引き出しを持っていれば、一つがダメでも二つ目、三つ目と別の方法へと繋げていくことができます。そしてそのうち、最初に提示した引き出しへ戻ってくることも珍しくはありません。

 これが一つだけしかもっていないのであれば、最初の時点で弾かれてしまい、次以降の展開を迎える事すらできません。そう考えるとやはり、一つだけの技術ではどうすることもできないのではないでしょうか。

 決して技術それ自体を否定するのではありません。その技術がなければ、成しえない事というのも存在します。そのためにも、使い方を考えらえるようになっていなければいけないのではないか、そう私は考えています。

 このあたりを考えていくと、技術それ自体を使えることの価値よりも、その技術を使えるだけではなく使い方を考えることができる、そこまでいって初めて価値や評価につなげられるのではないでしょうか。使えることで自分の中には価値を感じるかも知れません。ですが、他人にしてみればそこにはまだ価値を見いだせていないのです。その技術がどう使われることによりどういった結果へつながるか、そこまで繋がらなければ、いかに技術として素晴らしいものであっても、価値はないと言われてしまうでしょう。

 特に技術者ではなく利用者に対して理解してもらうには、わかりやすい形で伝えることが重要です。利用者のいない限りは、技術者内でいくら認められていたとしても、そう遠くないうちに消えていきます。世の中のサービス全てが新しい技術で構築されているわけではない、そういった当たり前の状態を見ればそれは一目瞭然です。

 これが使えます、あれが使えます、というのも大切な事ではあります。ですが他人へその価値を伝えるのも、もしかすると私達技術者の責務な一つなのかも知れません。

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