地方エンジニアが感じる地方・中小企業での悩み

あえてルールを度外視する

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 開発を行うにあたり、様々なルールを明文化することは多々あるかと思います。開発そのものの手順であったり、修正を行う際の手順、リリースを行う際の手順など、色々な取り決めが必要になる場面は、実際数多く存在します。
 このようなルールが存在しているから、安定した運用に結びつくのも事実なのですが、実際の現場を踏まえると果たしてそれがいいのかどうか、悩む場面もあるのではないでしょうか。

 例えばシステム上で何かしらの不具合や問題が発覚した場合、まずしかるべきルートで問題定義を起こすことがあります。今であればチケットベースの管理システムも珍しくなくなり、随時チケットをあげ開発側がそれをもとに修正を行う、というのもよく聞く話ではないでしょうか。

 この方法は、余裕のある場面においては非常に有用なのは疑うところがありません。ですが、現場側では時として「すぐにでも必要」と思われる要望が発生することがあります。そのような場合、通常のルールに則っていたのではタイミングを逃してしまうことも多いです。

 このあたりは難しい問題ではあるのですが、実際に利用・運用している現場をどのようにとらえるかにより、ルールを厳守するのが良いか、一時的にルールを度外視した対応をとるのが良いか、この点についての考え方が決まるのだと思います。

 個人的には、システムは利用されていてこそ、だと考えていますので、できる限りは現場の要望を叶えてこそが最終的に全体幸福な方向へ向かえると思います。もちろん、すべての要望をそのまま取り込むというわけではなく、出された要望に対して望ましい方向へと向けさせる必要もありますので、開発側ならではの対応も必要でしょう。出された要望は、違う形で満たすことも時として必要です。最適解というのは、現場側だから知っている、開発側だから知らない、とは言い切れません。時として、物事を知らないからこそ最適解に気づくという事も、往々にして存在します。

 他の記事でも扱われることが多いですが、ユーザーが望んでいるのは自分たちの業務を最適にこなすための道具です。そしてその要望は、必ずしも意図したとおりにユーザー側が表現できるとも限りません。私達開発側もそうであるように、思い描いていることを正しく伝えることは、非常に難易度の高い技術です。誰しもができるものではありませんので、できるかぎりその真意を汲み取る必要があります。

 そして重要になってくるのが、ユーザーとの良好な関係です。私達とユーザーとの間に、良い関係が結ばれていなければうまく要望を汲み取ることも難しくなります。さらには対応した内容に対してのジャッジも厳しいものとなりがちですので、要望に対応したにも関わらず文句を言われてしまう、ということが起こりがちになります。こうなると、なかなか物事をうまく進めることは難しいです。

 そのような状況を防ぐためには、導入当初は特に、早期にユーザーの要望を叶えることが非常に重要になると私は考えています。そのためには決められたルールからはみでることも、時として必要なのではないでしょうか。

 自分が利用する側になったとして、相手が自分のために苦労を重ねてくれた場合、相手に対しての心象は当然良く思います。そのような事を感じると、そこから先の相手に対する接し方だけにとどまらず、相手の状況を見て、こちらが折れることも難しくなくなります。杓子定規に決められたルールを守っていては、余程優れたものでない限り、このように良い関係を築くことは非常に難しい事です。

 ルールは仕事を進めるうえで非常に大切なものです。ですが、常にルールに則った対応をするだけではなく、場合によってはそれを超えた対応をすることで、相手と自分の関係をより良くすることができると思います。自分も相手も感情を持った人間です。お互いに良い印象を持つのであれば、そこから先もよりよい方向へと進んでいくことができるのではないでしょうか。

 さじ加減が非常に難しいところです。ですが、私達一人一人が、互いに相手のことを考えた対応をとることができるのであれば、それこそがきっと関わる人の多くが幸せになれる、最も良い方法となるのではないでしょうか。

Comment(2)

コメント

Jitta

ルールを破れる人は決まっています。
その人の判断を仰がず、勝手にルールを破るのは、どんなもんでしょうか。

 先日再放送していた、「科捜研の女」のある一話です。現場の人間が上からの指示を無視した捜査を行い、結果的に早期に犯人の特定に至ります。上司は操作をしたふたりを呼び出し、「勝手なことをするな。それをしたいなら、それができる立場になれ。その立場の人間には、それだけの責任と覚悟がいるんだ。」と諭します。ふたりは、「責任を取る覚悟はできています」と返します。上司は、「ならば組織から離れろ」と返します。
 果たして、「覚悟」って何ですか。というか、その覚悟って、起こりうる結果のうち、最悪の方に対して妥当なんですかね?
 最近、学校での体罰の問題が出てきます。教師が、「責任は、私が持ちます」と言ったとします。
でも、マスコミに説明をするのは校長であったり、教育委員会ではないでしょうか。
教師に対して、どの様な指導をしていたのか、問題になるのではないでしょうか。
すると、「責任」は教師を超えて、他の人に迷惑をかけることになるのではないでしょうか。

> 早期にユーザーの要望を叶えることが非常に重要になると私は考えています。
 そういう対応をしたことがあります。
出張先で、「こういうことがしたい」という要望があり、その場で作りました。
帰社してから報告すると、「それで、その機能って、誰が保守するの?」
幸か不幸か、私が異動するまで、その機能で不都合は発生しませんでした。
しかし、移動後に不都合が発生、あるいは発見されたとき、私はどう対応すべきなのでしょう?
もちろん、「機能追加」なので、費用請求の機会も損失しています。
さらに、この時は我々は下請けだったので、元請けに対しても責任が生じます。
私がすべきことは、要望を聞いた時点で連絡をし、判断を仰ぐことでした。
組織の中で働くなら、組織のルールに従うべきです。

 行動の結果は、常に自分が望むものでは限りません。
そのような場合に、どの様な不利益があるのか。
その不利益をカバーするには、どの様なことが必要なのか。
そのことを行うには、どの様な権限が必要なのか。
そういうことを考えた上でのご意見なのでしょうか。

Ahf

Jitta さんコメントありがとうございます。

組織のルールで働く、非常にごもっともなご指摘なのですが、
その組織のルールと、会社全体で見た場合の良い方向というのは
本当に一致しているのでしょうか。

私たちが目指さなくてはいけないものは、
自分が所属する組織にとってよい結果であればよいのでしょうか。

私の考え方は、一組織というよりも、会社全体での良い方向を目指したいというものです。

今のそのルールが果たして本当に会社にとってよいものなのか、
本当はもっと違うやり方があるのではないか、
このあたりでのもやもやが今回のコラムで書きたかったものです。

もちろん、現時点では私も組織に属している人間ですから
最低限必要なエスカレーションを行ってはいます。
ただそれでも、動きがどうしても遅いのは否めないところです。

このような状況が正しいかどうか、そこは個々人によって
考え方が変わるところかとは思います。

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